文化祭とは、学校の外部から訪れる人々に、学校の特色と活動を知って貰うため行われる行事の1つだ。もう少し詳しく言えば、生徒らが任意の目的のもと、共同活動を行い一体感を得る。また部活動なり、校風なりを生徒の親類や関係者に見て貰い知って貰う、これが大きな目的だろう。 IS学園の場合、ISを扱うという特殊性からIS関係者の訪問が多く一般参加は限られる。地域振興のため、ISの透明性のため門戸を開くべきだという案も一時あったが、競技中の盗撮や、生徒への痴漢行為が続発したため取りやめとなった。(もっともそれは表向きで、取りあえずやりました、問題ありました、だから止めました、の出来レースが正解なんだろうな) 時刻は午後の9時。学園祭を控え、学園警備が職務の真は忙殺されていた。(クラス別、部活動別の出し物の把握に審査、警備施設の確認と調整、非常時のシミュレーション……てんこ盛りだ) 書類をめくり思わずげんなりと。渋い表情をする真に、ラウラは涼しい顔だった。彼女もまた等量の仕事が有るにもかかわらずである。彼女は瞳を小刻みにゆらし常人の数倍の速さで書類を処理していたのだった。 あくまで静かに冷ややかに、右の赤い瞳を覗かせてこう言った。「蒼月先生はデスクワークが苦手ですか」 薄暗い職員室。見渡せば2つ3つの明かりがあった。まるで水面を流れる灯籠のような室内を見て、彼は愛想笑いを浮かべた。「苦手では無いです。得意でもありませんけれど」「管理の必要がない仕事はありません。全ての仕事が得意でないと?」「そんな事はありません。好きか嫌いかと言えば嫌い、ただそれだけです」「困りますね。その様な後ろ向きな態度では。質が問われますよ」「もちろん理解しています。少しぼやいただけですよ」 ラウラがすっと立ち上がると真は驚いたように眼を開けた。何事かと、碧の瞳が落ち着かないように揺らいでしまっていた。「ならば休憩にしましょう」 ラウラは意地の悪い笑みを浮かべていった。彼は脱力し、背もたれに背を預けた。ぎしりと鳴る椅子は、彼のぼやきを代弁しているようだ。「コーヒーを一杯頼む。抜き抜きで」「ブラックですね、分かりました」 アルコールランプの火が灯り、ぼこぼこと沸騰する水の音。サイフォンの音だ。漂うコーヒーの香り、離れに座っていた3年の教師が匂いに釣られてやって来た。「ボーデヴィッヒ先生は多芸ですね」「いえ、知っているだけです」 知っているだけとは言いつつも、落ち着いた流れる水の様な手際。教師たちが恐れ入ったように褒め称えていた。彼女らにとってもラウラの人間くささは意外だった。 真はラウラの手さばきをじっと見て、それを頭の中でなぞった。沸騰した後のお湯を掻き回すタイミングとその量、上瓶の傾け具合、下瓶の水の量。それらは前の彼が試行錯誤で編み出した“こだわり”であった。それに大きな意味は無い。サイフォンというのはそう言う物だ。ただこうすれば美味しいだろうという半ば思い込みで身につけた手法だった。 ラウラは数杯のコーヒーを作ると皆をもてなした。2つのカップを持ち、真の元へやって来た。「父上どうぞ」「ありがとう」 匂いをかいで一口呑んだ。「どうですか?」「教えることは何もない、という感じだな」 彼は静かに笑った。「自分なりに変えて行こうと思います」 彼女もまた静かだった。「それは良いな。上手くなったらまた頼む」「お任せ下さい」 ラウラが残りのカップを机に置いた。彼は不思議そうな顔でこう言った。「それは誰の分だ?」「扉の影に隠れている生徒の分です。隠れていないで入ってこい」 職員室と廊下を隔てる扉。カタリと音を立てると、その後は音を逸してしまったかのように滑らかに開いた。楯無だった。バツの悪い顔で立っていた。隠密に自信を無くすと言わんばかりの顔だ。ラウラが言った。「更識。お前は年上だが立場を優先させて貰うぞ」「構いません。ここは職員室です」 軽快な足取りの生徒に彼は軽く左手を挙げた。ラウラが2人に一瞥を投げる。楯無はカップを手に取った。「頂きます」「構わん」「……美味しいですねこれ」「更識当主のお墨付きなら自信も増そうというものだ。それでこんな夜遅くにどうした? 就寝時間にはまだあるとはいえ、理由もなしに出歩いて良い時間でも無いぞ」(この立ち振る舞い、千冬さんにそっくりだな) 彼はコーヒーを飲みながらそんな事を考えた。「蒼月先生、よろしいですか?」 楯無がこう言うと、ラウラのこめかみが一つさざ波立った。「俺?」と真が言う、神妙な表情の楯無が居た。「学園祭のことでご相談があります」「OK.聞こう」「とりあえず蒼月先生にのみご相談したいのですが」 そうかと彼が生徒指導室に向かおうとした矢先だった。彼の身体が止まった。襟首を掴むのは白く細い指。ラウラだった。眼帯のない赤い右目。不審を湛えて光っていた。「ボーデヴィッヒ先生?」「蒼月先生。夜の9時を過ぎています。この様な時間に女生徒と2人だけというのは、いささか問題があります。倫理上芳しくありません」 同棲しておいて良く言うわよね、と小さな声が囁いた。「何か言ったか? 更識」「いえ、何でもありません♪」 ラウラの意見に同意だと真は腰掛けた。「ボーデヴィッヒ先生は俺と同じ警備担当だ。俺らはデータを共有している。彼女にだけ話すか、俺らに話すかにしてくれないか」「分かりました。実は……」 渋々話し始めた楯無の話は学園祭に関わるものだった。荒唐無稽というよりは破天荒な内容にラウラは不審と言うよりは不機嫌そうだ。「更識、当の本人は了解しているのか?」「もちろんしていません。了解を取れば拒否されるでしょうし」「それなら話が成立しないではないか」 真は二人に割って入った。「一応聞きたい、狙いは何?」「OVAをご存じですか?」「……いや、アニメは見ない」「オリムラ・バーサス・アオツキの頭文字でOVA、お二人の人気比率です」「初めて知った。それで?」「お二人が入学して半年。今現在の割合は9:1です。小数点まで入れると9.8:0.2位です。10:0にすると問題が生じるので9:1にしました。因みに生徒のみの数字です」「あそ」「一学期の学園は激動でした。学園サイドは上手くまとめたと思っているようですが、現実は異なります。多感な10代の乙女達。彼女らが受けたプレッシャー、ストレスは無視出来ないはず、これが理由です」「“筈”ってな、」 筈とは何だ、そう聞こうとした真は楯無のこのセリフに撃墜された。「我が学園の一学期がどうだったか“蒼月先生もよくご存じかと”」 目の前に迫る懇願するような、非難するような楯無の視線。目に涙もにじませていた。彼はちらりと脇に立つラウラの表情を見た。むっすりと沈黙を守っている。一理ある、ラウラも意義を挟めなかった。 単に騒ぎたいだけでは無いのか、反論は思いついたが止める事にした。楯無に重なる貴子の姿。彼女の破天荒な行動が真自身に良い影響を与えたのだ、そう思い知ったのである。「……分かった、織斑先生には俺から伝えておく」「ご理解頂けて感謝の言葉もありません♪」 彼は頭を抱えた。伝えるべき相手を一人失念していた。千冬のみではなくディアナにも伝えないと一大事だ。もっとも、伝えても伝えなくても一大事には変わりない。 ◆◆◆ 翌日の一限目は1組2組合同のIS実習だった。学園祭があるからと言って授業に変更しないのが習わしだ。もちろん時間のしわ寄せは生徒の自由時間を圧迫するが、学園の立場としては“時間を作る”これを体感させる意味合いが大きいのである。 見渡す少女たちはの話題は学園祭一色だ。その様な元気かつ花やかな中、目に隈を作った真と一夏は彼らなりの視点で話し合っていた。「1組はメイド喫茶か」 真は眼を淀ませていた。「ご奉仕喫茶というらしいぜ」 一夏は驚きとも、笑いとも付かない珍妙な表情で真を見ていた。「2組は中華喫茶だそうだ。なんか最近お嬢様とかメイドとか良く聞く気がするけれど流行ってるのか?」「さあな」 二羽の鳥が二人の頭上を鳴きながら飛んでいった。真の寝不足には理由がある。昨夜、楯無の要望を、要望の許可を千冬とディアナに伝えたところ深夜まで叱責され続けたのである。その原因で彼の頭も少々巡りが良くなかった。「一夏、今日の午後全校集会だぞ」 覇気がない脈絡がない。気にしないつもりの一夏だったが、やっぱり聞くことにした。「さっきから気になってたんだが、眼にくま出来てるぞ。どうしたんだお前」「深夜遅くまで説教だった。なあ一夏。女の子に弱み握られると後が大変だな。というか理屈が通用しなくてもうあれだ。聞いてくれよ、寝不足は美容の大敵なのよ、なのに夜更かしさせるなんて今度という今度は許しませんとか、わけが分からないだろ。だったら手短に伝えてくれよ、しってるか? 黒の人は普通に怖いけれど、金の人は笑いながら怒るから凄い怖いんだ。前はあんな風じゃなかったのにどうしてああなったのか。時の流れは残酷だー」「よく分からねーが。もう握られまくってるじゃねーのか?」 え、と驚き喜びをまき散らすのはシャルロット。耳聡く近寄ってはこう言った。「ねえ真。誰に握られたのかな? 教えて欲しいな。やっと真も重い腰を上げたんだね、僕は嬉しいよ。思い出も大事だけど前に進むことも重要だよ。ああどうしよう、この年で孫なんて、お父様とお母様に連絡しないといけない。男の子かな女の子かな。相手は誰? オルコットさん? それとも篠ノ之さんかな? まさかディアナ様じゃないよね、そんな神に挑戦するような恐れ多いこと。でもでも、それだとディアナ様が僕の娘って事にそれはそれで感無量ー」「握るとか握らないとかそうじゃない! というかはしたない!」 びくりと肩を揺らしたセシリアに真は気づかなかった。 ◆◆◆ 少女らは千冬の目にある隈を見た。「あー 全員揃ったな。それではこれより合同実習を行う。本日は狙撃の実習を行うから今から説明する山田先生の話を聞くように。山田先生」 そして真の目にある隈を思い出した。「「「まっさかー」」」「皆さんそれ酷いです!」 涙目の真耶が事前説明を行った後、脇にあったコンテナが解放された。中に入っていたのは20ミリ狙撃砲ヴェントであった。何の飾り気もない分厚い肉厚の銃身に機能性樹脂で作られた銃床。シンプルながらも存在感を示す。M40狙撃銃に似たフォルムを持つ、ボルトアクション狙撃砲だ。真が福音戦に用いた物と同型だ。 第3アリーナに散ったのは6つの班。セシリア、シャルロット、ラウラ、千冬、真耶、鈴と真の計6班。一夏と箒はアリーナの中央で模擬戦を始めた。 黒のIS、ラファール・リヴァイヴ・ノワールが狙撃銃を掲げこう言った。「それでは始めます。今日皆にして貰うのはアクチュエータのつまり四肢の部分拘束による精密射撃の練習です。どうして部分拘束をすると精度が上がるかが要点なんだけど……分かる人」 真が少女たちをずらっと見ると癒子が手を上げこう言った。「発砲時の反動を打ち消せるからです」「惜しい。正確には反動を身体全体で受けられるからです」「先生しつもん」「はい、相川さん」「例えば右腕の関節を固定すると、発砲しても関節が動かないから精度が高くなる、これは分かるんですけれどそうすると非常に強力な、戦艦の主砲でも撃てると言う事でしょうか」「良い質問です、答えられる人いますか?」 本音が手を上げた。「はい、布仏さん」「発砲時の衝撃エネルギーが、ISの瞬間的に発生できる慣性エネルギーを超えない範囲で撃てます。戦艦の砲では弾頭サイズ、火薬量、発砲時の反動を考えて現存機では撃てないと思います」「正解です。部分拘束はあくまで撃てるを前提とした精度の問題だと思って下さい。したがって相川さんへの回答は、撃てない、になります。とはいえ、PICのマニュアル操作をする場合でも力点を腕に置くより腹に置いた方がやりやすいので併用するとより高い精度を期待出来ます」「「「ふーむ」」」「習うより慣れろです。相川さんから始めて下さい」 清香はリヴァイヴにのると、バッチファイル(細かい命令を一括りにしたファイル)を実行。右腕が固定された。肘から下が動かなくなった腕を、上下に左右に動かしている。「お、おお、ギブス付けている感じ」「では相川さん、ターゲットを撃って下さい」「らじゃー」 乾いた音が響く。500m先のターゲットに全て7点以上当てた。「やった! これでやれば百発百中だよ!」「ただし、機動力が落ちるので、使い所をよく考えなくてはいけません」「えー」「ISの強みは機動力、性質上物陰に隠れての狙撃は考えにくいです。余談ですが高質量兵装、つまり巨大な兵器を使う高機動戦闘は2年生でやりますので軽く覚えておいて下さい。では次の人」 上空5メートルで癒子が狙撃していると、清香と本音が思わせぶりな視線を浴びせていた。ちらちらと彼を見ては、視線が合うと他所を向いた。(そういえばISスーツ姿を恥ずかしがって隠れていたこともあったな) 彼がそう回顧している時である、意を決した様に本音が近寄った。「まこと君」「蒼月先生」「すみません。あおつき先生、同好会を作りたいんです。顧問になってくれませんか」「顧問? 随分突然だな。何の同好会だ?」「IS操縦を向上する為の会、チーム名はベルベット・ガーデンです」「それはつまりIS操縦を上手くなろうという人たちの会と言う事?」「はい、具体的にはシミュレーターや実機を使用した、技能向上を目的とする議論が主な活動内容になる予定です」「前向きで良いと思う。顧問の件はOKだ、申請書持ってくれば署名はする。けれど審査が降りるかどうかは別だぞ」「ありがとうございます。こんど用紙持ってきます」「分かった。メンバーは?」「静寐ちゃん、ティナちゃん、清ちゃん、癒子ちゃんと私の計5名です」「正直意外なメンバーだな。篠ノ之と凰が居ないのは意図があるのか?」「専用機を持っている人たちは忙しいので。先生として呼ぶことはありますが、基本的に私たちは私たちでやるんです」「分かった。異論無しだ、がんばってくれ」「はい、ありがとうございます」 ふわりと舞い降りた、カーキのリヴァイヴ。本音は、真の促しで、「むん」 肩を怒らせ搭乗、空に舞っていった。(こんなに話したのは久しぶりだ。なにかあったのか?) 真の問いに答える者は誰も居なかった。 ◆◆◆2013/04/29ちょっと強引でしたが、本音と清香が合流しました。