4月から8月までの4ヶ月は激動だった。本当に色々なことがあった。記憶が無く自分が誰か分からずに悩んだり、IS適正があると世間に知られ騒がれたり、学園に入学することになったり、ドンパチのすえ思いあまって学園を出ようとしたり、民家の頭上でドンパチしたり、失明したり、学園上層部に喧嘩を売ったり、フランス行ってまたドンパチして、左手が無くなったり、人知れずどこかへ消え去ろうとしたり、記憶がまた無くなったり、人格が消えたり、死んだり、生き返ったり。よく知る少女らの手を煩わせ、よく知る女性らに尻ぬぐいをさせた。改めて思うとここに立っているのが奇跡ではないかと思うぐらい、様々なことがあった。 その激動を乗り越えて至った今日という日は、嬉しくもあり、誇らしくもある。教室を見渡せばよく知る少女たちが居た。鮮やかな金色の髪を持つ狙撃の少女、日本刀を打つ黒髪の少女、深みのある金髪の、手さばき優れる銃使いの少女。他にも多くの少女らが俺を見ていた。 新たなる第一歩。門出として、身を引き締め、この1年1組の教室の壇上に立っているワケなのだが。「うひゃひゃひゃひゃ♪」「笑うならもっと品の良い笑い方しろよ!」 目の前の自席で腹を抱え、今にも椅子からずり落ちんばかりに笑いこけているのが、何を隠そう織斑一夏、一応の友人である。親愛なるという枕詞は先程消えた。 本日は9月1日の月曜日、今日から2学期が始まる、つまりは始業式だ。今年の4月、生徒として入学した俺であるが、諸般の事情で新学期から教師の真似事をするようになった。警備補佐兼IS操縦指導専任コーチという肩書きだ。つまりは日頃生徒ら彼女たちに操縦訓練の指導を行い、いざとなれば銃を片手に学園に仇成す不貞な輩成敗いたすお役柄である。 旧知の仲であるマチルダことリーブス先生が、けじめは必要よというのでライトグレーのビジネス・スーツを着込み、挨拶のため教室にやって来た訳だが。俺の姿を見るや否や、頬を膨らし始めた。自己紹介をしていると、更に膨らまし、とうとう吹き出した。釣られて他の少女らも必死に笑いを堪えている。「いやだってよ、真、お前、左頬の傷に、碧の眼で、義手でスーツだぜ? すっげーちぐはぐで、ぜんぜ似合わねーな♪ まるっきり格ゲーで言うところの色物キャラだぞそれ、紙袋被った先生とかよ♪」「やかましいわ! TPOは重要だろうが、TPOは!」「すまんすまん♪ だからこっちみんな♪ 顔文字貼り付けるそこの野郎♪」 笑顔というのは良い。妬みを投げ飛ばし、怒りを突き飛ばし、愚痴るを蜂の巣にする。笑い声というのは良い。人を幸せに、自分を幸せに、幸福を呼び寄せる。それが親しい人の笑顔なら、声なら尚更だ。 だが。ゲラゲラ笑う、年の離れた、年の近い友人の姿を見てそれには例外があると言いたい。釈迦如来か、イエス・キリストか、アッラーか。どなたかにか、もしくは全てに例外があると言いたい。是非とも言いたい。「取りあえず笑いを堪えろ、話が進まない……」「わりぃ、もうちょっとだけ……うひゃひゃひゃ、おぶぅ」 つかつかと歩み寄り、一夏の頭を机に押しつけた鉄腕の持ち主は、織斑千冬という黒髪の女性である。1年1組担任。彼女の弟である一夏は真面目な狼と評しているが諸手を挙げて同意だ。因みに彼女とは前世で夫婦、今世は保護者被保護者という少々複雑な関係だ。もちろん俺が被保護者である。「見習いとはいえ教師には敬意を払え、織斑」「失礼しました織斑先生」「失礼しました、蒼月先生だ」「えー」 ぶうとまた机に押しつけられる一夏。溺れるように手をバタバタさせていた。「あ、お、つ、き、先生だ」「失礼しました、あ、あ、あおちゅき先生」「子供か、ばかもん」 織斑君、器が小さいよと癒子が言った。俺もさらなる同意。もっとも俺も他人事では無い、これからは彼女を呼ぶ時は癒子ではなく谷本と呼ばねばならないワケだ。ぐりぐりとひとしきり一夏の頭を押すと、千冬さんは俺の隣に居た人物に目配せをした。腰まで届く銀髪が美しい少女である。彼女は一歩前に出て、カチッと踵を鳴らし直立不動。「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」 訪れる沈黙。鏡ナギが「……それだけ?」と呟いた。ボーデヴィッヒ先生はふむとしばらく目を瞑る。更に沈黙「あの、ボーデヴィッヒ先生?」これは山田先生だ。織斑先生が彼女を促そうと口を開いた時だった。「趣味は音楽鑑賞と読書。音楽はJazzを聞く。好きなアーティストはカーメン・マクエレ。あの大きくかつ深みがあり、身体に響く声が良い。機会があれば諸君らにも聞かせたいな。Jazzは旋律も良いが、音で聞くものだから相応のオーディオ環境がないと良さが分からないから気をつけるように。好きな作家は夏目漱石、日本人なら当然一冊ぐらいは読んでいると思うが、読んでいないという不届き者は後で出頭すること。罰則交えて読ませよう。他には芥川龍之介だ。邪宗門という作品が未完なのが惜しい。もう亡くなっていてどれ程望んでも続きは―」「んんっ」 織斑先生はひとつ咳払い。ぴたりと演説が止まった。彼女は胸を張り一同を見渡した。「あー、いま紹介があったとおり本日からボーデヴィッヒ先生と蒼月先生は諸君ら一年生を指導する立場となる。今までを忘れろとは言わない、公私の区別は付けるように」「「「はーい」」」 残念そうなラウラだった。 ◆◆◆「ボーデヴィッヒってあんな風だったんだな知らなかったぜ」 昼食のラザニアを突きながら言うのは一夏だ。柊の食堂で、何時もの4人掛けのテーブル。こいつと二人面を付き合わせ食べている、女性陣は別テーブルだ。窓から空を覗けば雲は多少在るものの空の高い気持ちいい日だった。 俺は鶏肉の照り焼きを摘まみながらこう言った。「あんな風ってどんな風だ」 口に放り込む。とろっとした肉汁とぷりぷりした肉の歯ごたえが口中に広がって心地よい。「もっと堅い奴だと思ってた。仕事が趣味とか、そんな感じ……なんだその呆けた面はよ」 言われてみればラウラと一夏の接点はアリーナでの巨人騒ぎ、ほぼあの一件のみ。その後に起こった出来事を、知っている方が摩訶不思議だ。「別に。まぁあれだな。人は見かけによらないというか、特に女性の外見は当てにならない」「確かにな」 そう一夏がしみじみと言ったとき鈴がラーメンを手にゆったりと歩いてきた。長く黒いツインテールが揺れていた。「なに? また女の子の話?」「「概ね当たり」」「なに威張ってんのよ」「いやさ、ボーデヴィッヒ先生が見た目と随分違うなって」 一夏は反り返り鈴を見上げていた。「あぁそういうこと」 鈴は仲が良いのか、と聞いてみた。「普通に。挨拶程度はするわよ」「共通点多そうだもんな」「イチカ?」「長い髪が綺麗でチャーミング」と、割り込むように言ってみた。「……まぁいいわ。真、先生呼んでたわよ」「分かった」 鈴は染めた頬を隠すようにいそいそと立ち去った。一夏は呆れた様にジト眼だ。「お前、息するように出てくるんだな。そう言う言葉」「練習しとけよ。褒められて嫌がる人はあまり居ない。というか、実際可愛いだろ。鈴は」「お前ズレが酷くなってるだろ」「そんなにおかしいか?」「チャーミングとか面と向かって言わないと思うぜ、普通」「シャルの血が混じった影響かな、以前より抵抗がない」 鈴の後を追うと、席で清香が手を振っていた。他には静寐、本音、箒の姿が見える。少し離れたところにティナ、セシリア、シャルの姿もあった。ラウラは教員用食堂で食べているだろう。「箒も変わったな。出来れば1組の娘とも、ああしてくれると言うこと無しなんだけど」 一夏が独白のように呟いた。「まだ浮いているのか」「そこまでじゃないけどさ、ほら束さんから渡されたISの件もあって少し引け目を感じてるみたいだ」「箒は孤立しやすいからな」「他人事みたいに言うんじゃねぇ」「すまん、失言だった」 二人揃って茶をすする。湯飲みはいい手に馴染む。「箒のIS、紅椿だっけ? あれ結局どうなるんだ?」「虚さんが今レポート書いてる」「面倒なのか?」「突如降って沸いた468個目のISコアに篠ノ之束の銘が入った謹製ISだからな。無理もない。だがなに、箒以外使えないことを証明出来ればお偉いさんも認めざるを得ないだろ」「できるのかそんなこと」「世界最高峰の学園のメイン・フレームでもハッキングは出来なかった、転じて箒以外使えないと言う事だから、その線で進めるそうだ」「ふーん」「他人事だな」「箒はもう真に預けたからな」「預けたって、兎じゃないぞ」「いや、預けたのは真か?」「言ってろ」 一夏は何食わぬ顔でスプーンを置く。続いて俺も箸を置いた。「ごちそうさま」「まったく、俺もごちそうさまだ。一夏。夕食は先生らとだから来られないぞ」「あいよ、それじゃ」 一夏は授業、俺は仕事だ。立ち上がり軽く手を上げ別れた。 ◆◆◆ 穏やかな日々である。「おひっこしです」 穏やかな日差しが入る職員室。陽の加減で緑色に見える髪の先輩は、もう穏やかな日は終わりですよと言った。引越し。住処を変えること。つまりディアナさんの部屋を出ると言う事だ。 俺は自席で、側に立つ彼女を見上げた。身長は俺の方が高い、座っているから見上げている。ただそれだけだ。「いつですか?」「今日です」「今からですか?」「もちろん終業後です」「結構強引になりましたね」「蒼月先生には苦労させられましたから♪」 眼鏡をくいとあげて胸を張る真耶さんだった。誇らしいらしいが、何が誇らしいのかよく分からない。先輩という意味か、仕切るという意味か。寮長という責任と権利、この肩書きが彼女を成長させたのかもしれない。いずれにせよ背後の、これは真耶さんの背後でと言う意味だが、座っているディアナさんの表情がぴくりと動いた事に彼女は気づいていない。「して、私は何処ですか?」 IS学園教師用マンション。元々真耶さんが住んでいた部屋には入れ替わりで千冬さんが入ることになった。このマンションは高級マンション並みに豪華な作りにもかかわらず賃貸料が格安で学園の先生たちに大人気だ。学園外の物件を予定していた人もこのマンションを希望し全て埋まっていたはず。「2Fの倉庫を改装しました。そちらに移って下さい」「分かりました」 千冬さんは自席で書類を読んでいた。隣の席の小林さんは居なかった。向いのラウラはコーヒーを飲んでいた。この時3人の女性の態度に気がつかなかったのはミスだが、どうして気づくことが出来ようか。 学内の、生徒に知られてはならない相応の極秘設備に目を通し、気がついたら17時半。終業となった。一路リーブス邸に赴き、荷物を鞄に詰めていく。スウェットにジャケットにタブレット型端末。歯ブラシ、コップに電気カミソリ……はまだ持っていなかった。前使い始めたのはいつ頃だったか、そう思いを馳せていた時である。「はいこれ」 ディアナさんに下着を渡された。念を押しておくが自分のである。若干の気まずさを感じながら、礼を言い受け取った。鞄に詰める。「嬉しそうね」「もちろんです」「……」「勘違いしないで下さい。これ以上ディアナさんの手を煩わせずに済む、そう思うと嬉しくて、と言う意味です」「私も嬉しくて安心して眠れるわ」「ディアナさん」「何かしら」「今までありがとうございました」「心にも思っていないくせに。早く行きなさいよ」 扉を開け、廊下に出た。振り向くと扉が閉まった時だった。カチャリと鍵が掛る。俺は扉に頭を下げた。済まない、そう心に念じた言葉は届いただろうか、それとも空に霧散するのか、そんな事を考えた。 207と刻まれた扉。扉を開ければ僅かな薬品の臭いがする。ダイニングキッチンに、キングサイズのダブルベッド。作りはディアナさんの部屋と同じだが広さは大分在った。ベッドがなければ助走を付けて宙返りが出来そうなほどには在る。壁に埋め込まれたコンソールに手を当て、部屋のブラインドを開けた。宵の明星がみえた。「見通しは悪いけれど、中々良い部屋になりそうだ」 部屋に備え付けの端末で一夏にメールを送る。横着をしてキーを叩かずに直接文章を作った。『新しい部屋だ。教師用マンションの207号室。暇を作って遊びに来い』 送信。 かちゃりと扉が開く音がした。そんな馬鹿なと振り返った。送信して一分経っていない。部屋の奥に見える暗がりの、玄関があろうそこから人影が忍び寄る。とたとたと軽い音だった。眼を凝らす。銀が見えた。「なぜ?」 鍵は掛っているはずだ。「広くてなかなか良い部屋だな」 千歳茶色(せんさいちゃ:暗い黄土色)のミリタリーキットバッグを背負ったラウラが立っていた。「なぜ?」 もう一度言ってみた。 銀の彼女はポケットをごそごそと探ると、細長い三本の紙切れを取り出し俺に突き付けた。それには一本だけ末端に赤い文字で『あたり』と書いてあった。「くじ?」「外れだ」「ならなんだこれは」「違う。くじはあっている。当たりが外れと言う意味だ」「つまりラウラは不本意ながら俺と同室になってしまったと、だから外れと?」「肯定だ」「「……」」「拒否しろよ! 全く状況が変わらないじゃないか!」「私とてそう言った! だが部屋が物理的に足りないと言われれば仕方なかろう!」「何まるめ込まれているんだよ! 織斑先生の所へいけよ!」「ブリュンヒルデが相部屋では学園の沽券に関わる!」「ならリーブ、」「ストリングスと二人っきりなどこちらから願い下げだ」「彼女もそう言ったろ」「よく分かったな」 はあと溜息をつきベッドに腰を下ろした。頭を抱える。ラウラは背負っていた荷を下ろすと、すたすたと近づき隣に腰掛けた。俺はそのまま仰向けに寝転んだ。ぎしり、ベッドが一鳴き、俺は立ち上がる。「どこへいく」「柊寮、前使っていた部屋が空いているから使えないか交渉してくる」「父上」 なんだ、そう返事をする前に手を引かれ、倒れ込んだ。背後から抱きかかえられる。首に回された腕は、軽く締まった。ぐえと声を出した。「一つ言っておきますが」 何だよと、もごもご言ってみた。「そこまで真剣に否定されると私とて傷付きます」 首を絞めていた力が緩む。赤い瞳は縋るように揺らいでいた。俺はやれやれとこう言った。「俺はラウラの記憶を持っている」「私は貴方の記憶を持っている」「同居人としてはこれ以上の相手は無い、か」「そう言う事です」「仕方ない」 そう見上げると、柔らかな笑顔が目の前にあった。年甲斐もなく一つ胸が高鳴った。カチャリと扉の開く音がする。何故だろう、オートロックの筈だ。現れた二つの揺らぐ影。夕焼けに染まる山の木々、それを背景に立つ2人。何故だろう、黒色と金色に見えた。「最良の選択だと思ったが、少し目を離せばそれか」 黒い髪の隙間から覗くこめかみには血管が浮いている。口は笑っていたが目が笑っていなかった。「とても楽しそうで何よりですわ、少尉」 金の髪がふさあと広がり笑顔だったがやっぱり怒っていた。「もう良いって、二人とも言いませんでした?」 辛うじてそう言うのが精一杯だった。「織斑先生、リーブス先生、家庭内の事ですご遠慮下さい。それに、いくら合い鍵を持っているとは言え、ノックも無に入ってくるとは礼を欠いた行動ではありませんか?」 少しズレたラウラの言動が火に油を注ぐ。千冬さんに首根っこを掴まれ持ち上げられた。ディアナさんに縛られミノ虫状態になった。二人に両頬を抓られた。俺が悪いらしいので、ひたすら謝った。初日がこれではと思いやられた。 ◆◆◆ あれ? もう8巻出たの? と思った方。ごめんなさいまだ出てません。更識姉妹をどうしようか迷い、取りあえず書いてみることにしました。書いてみて分かる事もあるだろうと。と言う訳で一期の後始末的な、のんびりした話が続きます。のんびりイェイ。【どうでも良い作者のぼやき】「~というか、実際可愛いだろ。鈴は」「~というか、実際可愛いだろ。鈴は」大事なことなので2回言いまし(ry