場所は移り楓寮の食堂で3人は朝食を取っていた。4人掛けのテーブル、優子はハムエッグ定食、ダリルは焼き鮭定食、虚はサンドイッチだ。見上げれば窓から朝日が射し込んでいた、快晴だった。 衝撃の事実発覚から一夜が過ぎた。クラスの異なる3人であったが、今後の対策を練るため、虚のためと集まっていた。3人は1年の時同じクラスだったのである。ダリルは味噌汁をすすりながら、真正面の虚を見てこういった。彼女はじっとサンドイッチの載った皿を見下ろしていた。「虚のじーさんの部下なんだろ? そっちから攻めた方が簡単だ」 優子は卵を崩して、ちらと横の虚を見た。虚はやはり見下ろしていた。「おじいさん厳しい人みたい。うちの孫に触るんじゃねー ってそんな風」「ならヤマヤに頼んでみるか?」「見習いとは言え教師だし、止めておいた方が良いんじゃない? それより同じハンガーに出入り出来る立場を利用するってのはどう?」「俺ら2年生は11月からだ」「見学ぐらい出来るでしょ」「それじゃ話せないだろ」 ふーむと腕を組み首を傾げる二人。沈黙が訪れる。ちらりちらり、2人は虚を見た。箸でつまんだハムは落ち着きなくひらひらと、優子はぎこちない笑いを作りこう言った。「いやー それにしても年下とは驚いた。絶対年上だって思ったのに」「老け顔に強面とはある意味貴重種だな」「それ酷くない? せめて大人っぽいって言いなさいよ」「ちょっと言いすぎたか?」 二人はあははと笑いあったあと溜息をついた。「で、虚は何時までフリーズしてるんだ」「ねー うつほー どうするのー やめとくー?」 肩を掴まれゆさゆさと。彼女はサンドイッチを見つめたまま、止まっていた。焦点定まらぬ眼で宙を見つめていた。 真偽の程は分からないが、女性というのは甘えさせてくれる男性を好む傾向があるそうだ。例えば自分を否定しない、例えば理論的な指摘をしない。我が儘を聞いてくれる、気遣ってくれる、そして話を聞いてくれる。欲しているモノを与えてくれる相手、精神的成熟が遅いと言われる男に当てはめると、年上になるのは自明の理だ。 子供から女性へ移り変わる途中の少女たち。彼女らにとってもそれは無縁ではなく、現実的な虚は、現実的であればこそ、無意識にそのような相手を求めていた。もっとも都合良く行かないのは世の中の常である。 幼い頃より才女として名を馳せてきた彼女は、初めて壁にぶつかったのであった。理想と現実の折り合いが付けられないでいた。 ダリルが「一目惚れした相手が年下ってぐらい良いだろ別に」と言った。ぴくり、と虚の身体が揺れる。優子が「ダリィは年下OKなんだ」と意外そうに答えた。ぴくりとまた振れた。「いや、俺はごめんだな」ぴくり「また他人事に言うし」ぴくぴくり「他人事だろ」「だったらダリィはどんなのが良いのよ」「やっぱり年上で、スポーツマンで、頭は並で良いけど機微と機知に飛んで、度胸がある背の高いナイスガイだな」「どれだけ理想高いのよ、現実みなさいよ」「理想は高くあるべきだろ」「妥協すると際限が無い?」「もちろん」 どっと笑い合う2人。虚はすっくと立ち上がった。優子が恐る恐る彼女の名を呼ぶと、彼女は眼鏡を光らせこう言った。「貴子先輩の所に行って来るわ」 慌てて止める友人を振り切って彼女は歩き出した。 ◆◆◆ 黒之上貴子という人物を学園で知らぬ者は居ない。モデルのようなスタイルはもちろんのこと長く緩く波打つ銀髪は美しく、銃を持って良し、ペンを持って良し、料理に生花と、文武両道才色兼備を絵に描いたような人物である。ただ一つ、難点をあげるとすれば騒ぎを起こすのが三度の飯より大好物と言う事だ。 その彼女と真の出会いは、9月初旬、新学期が始まって早々の事である。ハンガー内の小さなミーティング・ルーム、既に面識があった渡辺裕樹に連れられた彼は無表情に立っていた。 千冬から事前に聞き及んでいたとは言え、他の少女たちと同様に、彼女もまた反応の薄い真を毛嫌いしていた。なにを考えているか分からないと、薄気味がっていたのである。 とはいえ。IS関連では一流企業である蒔岡機械の人間である真だ。水が会わないという理由で彼を無視をするわけにもいかず、じっと耐えていた。“渡辺さんの部下、薄気味悪いですね” と言うわけにもいかなかった。 そして、真が学園を訪れて数回経った頃。彼が15歳だと聞き及んだ貴子は、とうとう裕樹の目を盗みハンガーの外に連れ出した。 彼女とほぼ同じ背格好の少年はただ立っていた。笑うわけでもなく、困惑するわけでもなく、ただ黒い眼を彼女に向けていた。人目に付かない場所に引っ張り込んだは良いものの、彼女はどうしたものかと困ったように首を傾げてしまった。“……”“……” 風がさあと吹いた。空には鷹が一羽、哨戒する様に飛んでいた。“お前は人に促されないと挨拶も出来ないのか”“こんにちわ”“そうじゃなくてだな”“……”“……”“名前は何という”“蒼月真”“私の名前を言ってみろ”“黒之上貴子”“私をどう思う”“黒之上貴子”“……自己紹介を一つ”“あおつ― ”“いや言わなくて良い”“……”“……”“エイーンって”“えいーん”“……”“……”“なにか自発的に言ったらどうだ!”“指示は具体的にお願いします。曖昧な指示というのは―”“だまれ”“……”“……”“ジョークぷりーず”“A列車はええ列車”“……ゲーム?”“Jazz”“Jazz聞くのか?” 彼女は詰め寄り、彼は頷いた。“お好きなプレイヤーはどなたでしょうか”“ハンク・ジョーンズ”“合格!” 真が居なくなった、千冬がその連絡を受けたとき、2人はJazzトークで盛り上がっていた。Jazzが好きだという少女は学園に、少なくとも彼女の周りには殆ど居らず、話し相手が出来た事は彼女にとっても幸運だったのである。 それ以来2人は同好の士として、拳骨を共に受けた仲として懇意にしだした。また彼女はそれを公言し、真の学園内、少なくとも関わるメンバー内での地位向上に努めた。千冬には貴子が一方的に遊んでいるだけにしか見えなかったが、情操的に良い影響が出るだろうと、複雑な心境ではあったが黙認した。事実、僅かずつではあったが、真の表情に揺らぎが見え始めていた。 ◆◆◆ 虚が“1006”と刻まれた部屋の前に立ち、一つ息を吸い吐いた後こんこんと二つノックをした。中から複数の気配が動く。 IS学園楓寮、2年3年の少女たちが日々を営むこの建屋は、1年寮の柊より3フロア高く、敷地面積も大きい。そしてその10階の6号室“1006”と刻まれたのは貴子の部屋であった。廊下と平行して並ぶ二つのベッドと小さなキッチン。ユニットバスに壁に向かい並ぶ二つの机。作りは柊寮と同じだ。 扉が開きその部屋を見渡すと、虚は日を改めますと部屋を出たくなった。その部屋には主である貴子はもちろんの事、貴子の同室者や上級生、同級生までも居たのだ。総勢8名ほど、さらし者である。 日々噂の絶えないIS女学園、どのみち遅かれ早かれ知られるのだ。ようやくの決心を崩してはならないと彼女は促されるまま椅子に腰掛けた。貴子はベッドの上であぐらを掻き、彼女をじっと見ていた。虚にはその顔が見つけた玩具を我慢する子供の顔に見えた。 貴子は毛足の長いふんわりとした素材の、横ストライプのカットソーに、ボトムはデニムという活動的な装い。虚は象牙色のマキシワンピースでゆったりとした格好だった。貴子は腕を組んでこう言った。「ほう、つまり真を紹介して欲しいと?」「はい」「なぜ?」「一身上の理由です」「惚れたか」「ISに携わる者同士彼には何か光る物が― 」「フォルテから聞いた」「「……」」 虚は絨毯に両膝を突き、三つ指添えて深々と頭を下げた。「は、恥を忍んでお願い申し上げます」 きゃあきゃあと黄色い声に耐えながら虚が見上げると、貴子は一転、うすら笑いを消してうーんと唸っていた。眉を寄せ口はへの字。どこか歯切れが悪い。「虚。あいつは普通とだいぶん違う。安易な気持ちでは叶わないぞ」「あの、もしやとは思ったのですが。貴子先輩は彼と付き合っていらっしゃるのでしょうか」「そういうわけじゃないんだが、姉御の事もあってな……」「織斑先生がどうかしましたか」「ふむ。条件を付けよう。あいつを驚かせたり、動揺させたり、笑わせたら紹介してやる」「それはどの様な意味でしょうか」「そのままだ。真は情緒が希薄でな、私らも手を焼いている」「無理して笑わせるという理由がよく分かりません」「虚、笑わない子供が居たらお前はどう思う?」「……子供ですか?」「弟でも良いけどな、どうする止めとくか?」 虚はしばらく考え込んだあと、面を上げてこう言った。「わかりました。その話、受けさせて頂きます」 昨日の、雨降る中に立つ真を見た時に感じたインスピレーション。それが何だったのか、彼女は今改めて疑問に思い、そしてまた知りたくなったのである。 覚悟を秘めた虚の態度に貴子は屈託のない笑みを浮かべていた。「まてまて“布仏”のお前が“生徒会長”の私と連んでたら具合悪いだろ。先日決闘したばかりだし、違うか?」「では、どのようにしろと?」 一転。貴子は意地の悪い笑みを浮かべ、虚の背後に控えていた2人、優子とダリルを見た。二人はげんなりと頭を垂れた。しかしそれでは、そう異議を唱えようとした虚を、2人の友人は止めた。「あー もう分かったわよ」 一蓮托生だと優子は言った。「虚、今度ディナー奢れ」 ダリルは自棄気味だ。「2人ともありがとう」「伝令ー まこと到着ぅー!」 現れた少女の報告で、貴子は立ち上がった。胸を反らし、両の手は腰に、全てを見通さんばかりだった。「よーし、いいかお前たち。今日こそあの“そう良かったわね”的な能面を引っぺがす!」「「「おー」」」 一抹の不安を感じながら優子は「それで私どもはなにをすれば」と聞いた。貴子はにんまりと「くるしゅうない、耳を貸せ」と2人を手招きする。それを聞いた時2人は空虚に笑い始めた。虚はもう一度彼女らに謝辞と謝罪を述べた。 ◆◆◆ 風も無く空も高い暖かい日だった。ハンガーからアリーナに続く煉瓦道。茂みの仲に隠れていたダリルは空を見上げ溜息をついた。「乙女のプライドがー!」 涙目で駆けだしていく同級生の背中を、同情を湛えた目で追っていた。貴子らの取った作戦は色仕掛けだ。とやかく言っても真は15歳の少年である。もっとも性欲旺盛な年頃、美技の揃う学園の生徒に掛れば動揺させる事など造作も無い、貴子がそう思っていたのは二人目までであった。 控えていた少女が悲痛な報告を上げる。「貴子先輩! 投げキッスにも、たくし上げにも効果が見られません!」「猶予を与えるな! 続けて攻撃せよ!」 貴子は手刀の要領で合図をした。ダリルは渋々と立ち上がり、歩いていた真の前に立つ。彼は工具箱を持ちながらじっと立っていた。「蒼月」「はい」「お前に恨みはないがこれも仕事だ。運が無かったと思って諦めてくれ」「はい」 彼女はおもむろにジャケットのボタンを外し、ブラウスのボタンを外し、褐色の肌を、肩を露わにした。肩越しに流し目、まぶたが痙攣していた。「うっふーん」「ブラ紐ねじれてますよ」「それだけ?」「他に何か?」「……がんばったんだぞー!」 彼女は涙目で走り去った。彼は真顔だった。走り去る後輩に、哀愁の情を感じながらも貴子はあっけらかんとこう言った。「4撃目は誰だ?!」「私でーす」「よし、いけ!」 自虐的な勢いで優子は立ちふさがった。彼はじっと優子を見たあと、避けて歩き出した。「ちょ、ちょいまち!」「なんでしょうか」 優子はおもむろに胸元をはだけさせて、腕を組み胸を持ち上げた。特筆するほど大きくないが小さくもない二つ丘が持ち上がる。彼女はすり寄った。香の臭いが鼻孔を突く、彼女は、「汗掻いたし休憩していこうか」 耳元で小さく囁いた。「なぜですか?」「えーとほら、汗掻いたし?」「掻いていませんけれど」「あのねぇ君! 花も恥じらう16の乙女がここまでしてるのに、なにその態度! それでも男!? 頬を染めるとか慌てふためくとかしなさいよ! ほらっ!」「失礼します」「あ、こら。人の話を聞きなさいって……こ、こらーー!」 地団駄を踏む優子を他所に貴子は呟いた。「堅いな。予想以上だ」「織斑先生なみですね……」 供の少女もあきれ顔だ。「姉御はあれでうぶだけどな。堅物的な意味で織斑の盾と名付けよう」「織斑の盾と書いてアイギスというのはどうでしょう」「いや、オリハルコンだろ」 一緒に笑っていた木の上の少女が突然青ざめ騒ぎ出す。「ちふでぃな警報発令ー!」「どっちだ!?」 貴子も一大事とばかり声を荒らげた。「ちふですー!」「総員退艦!」「艦長も退艦を急いで下さい!」「ばかもの! 艦長は最後だ! 例外はない、いけ!」「艦長、おさらばです艦長!」 木から飛び降りる少女、茂みに隠れていた少女、そのほか諸々の少女たちが、わらわらと逃げ出していった。見送り手を振る貴子の背後に影が指す。「その気概だけは褒めてやろう。言い残す事はあるか黒之上」 組んだ指の鳴る音は、絨毯爆撃のようだった。黒いジャケットに黒いタイトスカート、千冬である。貴子は汗水を垂らしながらこう言った。「初めてなんです、優しくして下さい」「26回目だ!」 鈍い音が響いた。「ご指導ありがとうございましたー」 ◆◆◆「まったく。あの娘の悪ふざけは一向に治らないな」 職員室。やれやれと溜息をつき千冬は腰掛けた。窓硝子には土曜の柔らかい日差しが差していた。左隣のディアナは何時もの事かと茶をすする。ほうじ茶だった。整理整頓清掃が行き届いているディアナの机に、書類が乱雑に積まれた千冬の机、何が何処にあるか把握してあるとは言え2人の質の差を良く表わした事例だろう。 ディアナは湯飲みを机に置くとこう言った。「また貴子? 今度は何したの?」「下らん事だ」 ディアナはぴたりと手を止めた。頬を赤く染めキーボードを叩き始めた同僚の様子で、何があったかディアナには察しが付いた。「そう。今度からは私も見回ろうかしら」「だが黒之上に任せたのは正解だったな、あの大らかな感情をうけて改善傾向にある、それは間違いない」「私たちだって職務が無ければ同じように、それ以上に出来るわよ」「職務を無い事には出来ない、その仮定には意味が無い」「どうして、7年も隔たりがあるのかしら。本当ならば私たちの役目だったのに」「7年も開いているからこそ、あいつを保護出来た、そう考えるべきだろう。7年前では他人に構う余裕がなかった、お互いにな」「他人ではないわよ、今でもね。少なくとも私はそう思ってる」 ディアナはゆっくりと立ち上がった。彼女の長い金の髪が揺れる。「化粧直し」 そう言って、廊下の先に消えていった。千冬は手を止め何も言わず眼を伏せたままじっとしていた。 ◆◆◆「かくなる上は決戦あるのみ! 総力戦だ! 無理強いはしない! 戦う意思の有る者のみついてこい!」 楓の食堂で、握り拳を掲げ少女らの視線を浴びるのは貴子であった。数々の作戦を失敗し、千冬にも目を付けられ一刻の猶予もない、そう思っていた。貴子が千冬に目を付けられたのはこれが最初ではないが、千冬の発覚から現地到着、取り締まりまでの期間は短くなっている。大規模な作戦を実行出来る機会はもう多くない。 そう貴子が言い終えたとき一人の少女が立ち上がった。それを合図に次々に立ち上がる。「一人だけ良い格好なんてさせませんよ先輩」「そうですよ、モンテカルロのモンブラン、奢って貰うまで付いていきますからね、地獄の底までも」「お、おまえら……」 彼女は涙ぐんだ。「して合戦の場所は?」「アリーナの更衣室!」 食堂に木霊するのは少女たちのときの声。コンクリートよりも堅い真の情動に少女たちは意固地になっていた、否。今の状況を楽しみ始めていたのである。推移を影から見守っていた虚が歩み寄りこう言った。「貴子先輩、私も」「だからお前は、」「私だけ友の影に隠れる訳にはいきません。かえってお嬢様に叱られます」「良いんだな?」「はい」「良く言った! よーしよし、いいか未来の戦乙女たち……我に続け!」 作戦概要“ターゲットMをアリーナ更衣室に陽動し飽和攻撃を仕掛ける”作戦第1段階。第3アリーナの入り口付近くを歩く真を発見、とある少女が近寄った。「えいっ!」 バケツ一杯の水が彼を襲う。当然、水を滴らせていた。「あぁ、ごめんなさい。私ったら不注意でー」「……」「風邪引くと大変だから! ささっ、こっちに来て!」 第2段階。彼女は有無を言わさず真の手を引きアリーナの中へ引っ張り込んだ。少し離れた背の低い木々に隠れた影に気づく事なく。 第3段階、第3アリーナ更衣室。教室3つ分は有ろうかというその部屋で10名ほどの少女たちが円陣を組んでいた。この部屋には、本来その様なスペースは無い。彼女らは円陣の為に並ぶロッカーを移動させていたのである、その意気込みを示すものだろう。 貴子は轡を並べる少女たちを一人一人見たあと、こう告げた。身体の芯に響く心地よい声だった。「諸君! IS学園の興廃はこの一戦にあり! 各員一層奮励努力せよ!!」「「「おー」」 数名の少女は、頬赤く意気昂揚していた。虚もまた顔赤くして小さく応と皆に応えた。彼女は己の行動を顧みるべきだったが、集団心理の為、散っていった友に報いる為、何より心の奥底にある感情が何か、それを知るため盲目的に邁進していたのである。 扉が開いた。水に濡れた真が見た光景は、赤白黄色、下着姿の少女たちだった。手と足が止まる。彼は目の前に広がる現実を、どの様に理解しようか考えあぐねていた。「どうだ真! 酒池肉林だぞ!」 貴子は真の腕を掴み引き寄せて、少女らと共にもみくちゃにした。(下着姿、下に着る衣類、その上に何か羽織る必要がある、着替えの途中、男である自分が居て良い場所では無い、だがここに誘導された、それは何故か) 答えの出ない推論を止め、彼は現状について言及する事にした。「風邪引きますよ」 ぴたりと止まった。「……他には?」「はしたないかと」「真顔で言った?!」 やっぱりだめだった、まだまだこれからよ、ちょっと押し当ててみなさいよ、シャワー室に連れ込もうか、挟んでみよう等々、意地になった少女たち。「ちふでぃな警報発令ー!」「どっちだ!?」「ちふでぃなです!」 沈黙が訪れた。圧搾空気の抜ける音、ゆっくりと開く扉に手が掛り、強引にこじ開けられた。シリンダーが破損し空気の抜ける音が響く。扉を構成する金属板が悲鳴を上げ曲がり始めた。金属同士を擦り合わせる耳障りな音もした。 薄暗い廊下、現れたのは黒と金、千冬とディアナだった。少女たちは血の気を失ったようにその端正な顔を真っ青に染めた。「この馬鹿者ども、ここまで学園の品性を貶めるとは……」「そんなに下着姿が好きなら気の済むままやらせてあげるわ……」 拳風と糸に追い立てられる。少女らは悲鳴を上げながらちりぢりに駆けだした。「「全員グラウンド10周!」」「「「きゃー」」」 夕暮れに染まる学園のグラウンド。世界最強と謳われる2人の監視下の元、少女らは下着姿のままグラウンドを走っていた。「諸君ー 私はー 皆と共に戦えた事を誇りに思うー」 息も絶え絶えの貴子だった。彼女にはハンデとして腕と脚、そして背中、50キロのウェイトが付けられていた。正気に戻った虚は自己嫌悪の真っ最中だった。(裸を見られた、ダイエットしておくんだった、もっと可愛い下着にしておくんだった……) グラウンドから見上げる小高い土手、その上に立つ千冬とディアナと真耶と、真。千冬は鋭い視線で、ディアナは不愉快そうに、真耶は歪な笑みで、真は真耶に目隠しされていた。 真が立っている、その事実が虚を更に追い立てる。だが、良い事なのか悪い事なのか、真は虚を個人として認識していなかった。少女たちの一人、その様にのみ見ていたのである。彼は不思議そうな顔をしながら横に立つ千冬にこう言った。「千冬さん、なぜ彼女らはあのような行動に至ったのですか?」「全て忘れろ」「はい」 秋空の元、誰かのくしゃみが響いた。 ◆◆◆と言う訳で、本編で真耶が言っていたあのイベントを回収です。2013/03/29【以下ネタバレかもしれない作者のぼやき】次回あの人が初登場。