街灯が灯りはじめた誰も居ない道を1人歩く。静かなものだ。太陽がその日の勤めを終え、天が赤から青、青から黒になりつつある。桜咲く頃とは言えまだ肌寒い。残念ながらお気に入りの防寒具はリニアレールで30分先だ。腕を摩っていると、痛っと思わず声がでた。腕をまくるとさすった所が竹刀状に赤黒く腫れ上がっている。 篠ノ之箒は善良な少女だ。竹の割ったような気性は話しているだけでも快くなる。万事斜に構える私には尚更だ。多少の人見知りも愛嬌と言っても良いだろう。だが、とその箇所をじっと見る。 この一週間で気づいたのだが、彼女は案外その場の空気に流されやすい。剣道場で、自室で、剣の稽古中とISの勉強中。道場では剣客のように振る舞い、自室では一夏と眼が合うだけで、ぽやんとした表情を作る。そして私の存在を思い出しごほごほと取り繕うのだ。恐らく一夏がその気になれば彼女は戸惑いながらもその身を委ねるだろう。……無性に腹が立ってきた。 さらに歩き続けると周囲が洒落たものから無機質なものへと変わりはじめる。IS学園ハンガー区画。その名の通りISを整備格納する施設が建ち並ぶ場所だ。オイルや焼けた金属の臭いが鼻につく。華やかなIS学園においてもこの懐かしい臭いとは無縁でいられないらしい。 先程のことだ。部屋備え付けの多機能端末にISの準備をするから、と上級生からの呼び出しの連絡が入った。準備というのはファーストシフトの事で少々乱暴だが操縦席のシートの位置をパイロットに応じて自動調整する事と同じだ。 ISコアはパイロットとフレームの間を取り持ち、パイロットの意志をフレーム、つまり駆動装置や兵装管制装置に伝えその意志を具現化する。また逆にセンサーからの情報をパイロットに伝える。コアの重要な役割の1つだ。ともすれば1秒以下の世界で戦うIS戦においてこの伝達速度と精度は非常に重要となる。ファーストシフトとはその伝達をパイロットの個性に応じてISコアが自動最適化する作業を言う。もちろん工場出荷時とファーストシフト後では比較にならない。 考えてみれば前日に時間がかかるこの作業が出来るのは幸運だ。一夏にも第3世代の専用機が用意される。良い風が吹いているようだ。 程なくして指定された第7ハンガーに着くと、煌々とする灯のもと深緑のISに乗りかかる白いツナギの少女が居た。他には誰も居ない。どうやら彼女が連絡主にして今回の担当整備士らしい。作業に集中しているのか私が居ることに気がつかない彼女は、タラップにつま先立ちでパイロットが収まる場所に頭を埋めている。埒があかないので声を掛けると、少しまって、と脚を上げて返された。ゆっくりと揺れる尻と脚を見てどちらが失礼なのか、どうでも良いことを考えた。 暫くごそごそしていたが、よしと言うと彼女がその顔を上げた。そして私の姿を確認するとにまっと笑う。ともすれば嫌味にもとれるほど大げさな笑顔だったが愛嬌があった。どうやら悪い印象を持たれている訳では無いらしい。彼女は黒い髪を後ろで結い上げ、多少つり上がった目から感じるきつめの印象を眼鏡で和らげていた。「お、来たわね。蒼月君」「1年2組の蒼月真です。整備ありがとうございました」「あらま、これはご丁寧に。2年4組、整備課の黛薫子だよ、よろしく。整備って言っても確認と軽いメンテだけだからね。たいした事してないよ」 第1印象とは裏腹にフランクなようだ。手にしたタブレットをはたはたと振っている。学園の生徒は2年への進級時に操縦課と整備課に専攻が分かれる。操縦技術を磨く操縦課、ISテクノロジーに通じる整備課だ。整備課とは言ってもテストパイロットの意味が強く、華やかさに欠けるが操縦にも技術にも長ける彼女らは世界中の企業や軍隊から重宝されている。 彼女はタラップから下りるとISに手を掛けた。「この子がご指定のラファール・リヴァイヴだよ。でもこの子かなり気むずかしいよ? 君は入試の時もこの子に乗ったみたいだけど」「ええ、こいつで良いんです。一番しっくり来たこいつで」 デュノア社製、第2世代型ラファール・リヴァイヴ、学園登録ナンバー38。私はそのナンバーにかけて"みや"と名付けていた。残念ながら専用機で無いためそれを知るのは私だけだ。 ラファール・リヴァイヴはフランスの第2世代ISで世界中で運用されているベストセラーだ。左右の巨大な物理シールドと豊富なオプションを特徴に持つオールラウンダー。入試の時、入試と言っても形式上のものだったが急遽試験官が変更されたため待たされついでに幾つかのISを乗り比べた。ハンガーの隅に追いやられるように、少し埃をかぶったコイツがもっともしっくり来た。気むずかしさなど全くない。コイツ以外には考えられなかった。 みやに手を触れる。 すると命を得たように青白く光り、低く唸りを上げた。各デバイスが作動し、みやからの情報が私に伝わる。ざっと2ヶ月ぶりだな、みや。なんとなく返事をしたような気がした。「はぁー頭じゃ分かっていたけど、我が目を疑う光景だわ」彼女の感嘆に私は目だけで答える。「じゃファーストシフトやっておこうか」「えぇ、でも急ですね」「全くよ。急遽許可がでるなんて、珍しい」 1次移行したコアを初期設定に戻すには大がかりな装置と、コアの状況にも寄るが最長で1日必要となる。このため1生徒の訓練に許可が下りることはまず無い。特別なイベントを除けば成績上位者位なものなのだそうだ。無論私は出来が悪い。訝しげな私に彼女はあっけらかんとラッキーと思えば良いのよ、と言った。確かにそうだ。 みやに搭乗すると装甲が展開され私の体を包み、ファーストシフトが始まる。幾何学的な文様が意識内に表示され絶えずその形と色を変えている。どうやら処理を表しているらしい。みやが示したファーストシフトの処理終了時間を見るとあと1分20秒と示している。その時タブレットでモニターしていた黛さんが低い声で呟いた。「なによこれ」「どうしました?」「こんな処理速度見た事無い……」 そんなに早いですか、という私の問いに彼女は異常とまで言った。みやを通じて彼女の心拍、呼吸から興奮している事が分かった。「俺、機械と相性良いんです。きっとそれですよ」 異常、その言葉が私の中に動揺を生じさせた。 微かに震えた呼吸を整えた。程なく表れた確認メッセージに承認を与える。突然世界が広がった。壁の向こう、地面の中、遙か上空まで知覚が広がる。かすかに残った体のしこりが消えた。「個人差は確かにあるけど、そういうレベルなのかしら……」 騒がしいハンガーが妙に静かに感じられた。 ベッドに固定されるみやを見送る。残念ながら待機状態にして持ち帰ることは出来ないらしい。照明が消えハンガーの扉がロックされた。みやにまた明日と声を掛ける。 空を見上げるまでもなく完全に日が落ちていた。彼女を寮まで送ろうかとも思ったが、考えてみればここはIS学園内である。不審人物がいればとうに警備ロボットがすっ飛んできていることだろう。 流石に体がだるい。黛さんにまた明日と挨拶をして踵を返した瞬間、後ろ襟首を引っ張られた。思わず、ぐえと声をす。何事かと振り向くと、少し付き合いなさいと彼女が言った。普通に声を掛けて下さいとの私の抗議に彼女は缶のホットココアで応える。私のぐえは120円らしい。 ハンガー近くのベンチに2人腰掛ける。街灯が静かに灯っていた。薄暗い人目に付かない場所で彼女は警戒心が無いのだろうかと思った。無かったらどうするのかと考え、そして自分を戒めた。学園の生徒は良く温室育ちと揶揄されるが、本当かも知れない。一夏はどう考えているのだろうか、今度聞いてみようと思う。「ねぇ、実際のところどうなの?」「なにがです?」「噂の真相よ」 彼女の問いはあの噂の事だった。意図を掴みかねた私は経緯を簡単に話した。「日本人を馬鹿にされたからですよ」「嘘ね」「嘘じゃ無いです」「何か隠しているでしょ」「何故そう思うんです」「勘」 私が既に冷たくなり始めた缶を軽くさすると、彼女は続けた。「あの噂は私も聞いた。中身はてんでばらばらでしかも要領を得ない。直ぐデマだって分かった。でも私、自分で確認しないと気が済まないのよ。顔見知りとは言え先輩方が君を擁護したのも気になる」「俺の事どの程度知ってます?」「蒼月真。16歳。孤児。1年前にIS学園近くの蒔岡機械株式会社に入社。定期健康検診先の病院で実施されていた一般IS適正試験で偶然適正が判明する。その後日本政府の指示で学園に入学し今に至る。先日発表された資料見たんだけど、合ってるかな?」「えぇ間違いないです」 発表内容とはね、と心の中で付け加える。しかし一体どこで知ったのか、彼女の持つ情報はたいした物と言わざるを得なかった。私の発見と発表から間が空いていたことまで知っていたのだ。「詳しいですね、それ発表資料だけじゃ無いでしょ?」「もちろん、いくつかの報道を合わせての事。海外のレポートも見たかな。君の事注目してたし」「光栄ですよ」 彼女の眼を見る。単純に興味本位という訳でも無さそうだった。彼女の信念のような物を感じた私は空になった缶を床において答えた。「恩人が居るんですよ。その人を馬鹿にされた、そう思ったら引っ込みが付かなくなって。たいした理由じゃ無いです」「会社の人?」「それは秘密」 彼女はココアを飲み干すと缶を振った。「まぁ良いわ、大体分かった。その恩人は女の人で君はその人が好きと」「なぜです?」「1つは勘」「またですか……」「2つめは今の君の呆けた顔。どうして分かったの? って顔だったわよ」 笑いながら言う彼女に私は思わず顔をしかめた。一杯食わされたらしい。「もう話しませんからね」「いい年して拗ねないの。代わりにタメ口許可するから」「同い年でしょうが……」 女の勘ほど怖い物は無い。からからと笑う彼女を見てそう思った。 第3アリーナのピットは空母の内部ハンガーのようだった。全てが無機質な金属製で、床にISを固定するベッド、天井には重力式のクレーン、壁に整備用の多連ロボットアームとスタッフへの連絡用ディスプレイがある。そして発着口からアリーナ内部が見えた。そのアリーナの第2ピットが慌ただしい空気で満たされる。駆動系統、異常なし。防御および兵装管制に異常なし。全システム、オールグリーン。みやが唸りを上げる。「ラファール・リヴァイヴ38番機、確認終了! いつでも行けるよ!」 黛さんがその声を響かせた。「真! こっちも済んだ! いつでも行けるぜ!」 白い鎧を纏った一夏が吠えた。-データリンク完了、第3世代機 白式を僚機に登録しました-「蒼月、一夏、もう何も言わん。思う存分やってこい」 千冬さんが告げる。みやのセンサーが彼女の僅かな震えを捕らえた。どうやら心配をしてくれているようだ。まったく貴女らしい。眼だけで彼女に応えゲートに向かう。「いくぞ一夏」「うーし、漲ってきたぜ」 一夏が拳で手を打ち付け鳴らす。剣道、射撃、座学、この一週間できうる限りの事をした。全てを出し切る。 予備加熱状態のバーニアが力強く振動しはじめると同時に、みやが人用のハッチに近づく人間が居ると知らせた。そして篠ノ之さんと鷹月さんと布仏さんがその姿を見せる。「箒、お前……」「これ以上待たせる理由は無いな。後は戦うだけだろう?」 どうやら篠ノ之さんが2人を連れてきたらしい。腕を組み私を睨み上げる篠ノ之さんは聞く耳持たない、と言わんばかりだった。彼女に促され憂いを表情に含んだ2人がゆっくりとしっかりと近づいてくる。何故だろうか、クラスで毎日会ったのに随分と懐かしく思う。いつもより低い位置にある鷹月さんが、息を静め、手を胸の前に組んでその顔を上げた。「ごめん、どうしても伝えたい事があるの。決闘の前で無いと意味が無いから」 そんなしおらしい彼女は瞳を潤ませ、はせず足を肩幅ほど開き肩を怒らせ、「最っ低ーーーーーー!!!!」 と、怒鳴り声を上げた。「なんで私たちは駄目で箒はいいの?! あの3年生は誰?! 勝ったらオルコットさんに何するつもり?! 私がどれだけ心配したか分かってる!? 絶対っ分かってないよね!? この大馬鹿まことーーーーーー!!!」「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」 ISが女の子に土下座しているのはシュールすぎだと一夏が言った。私はだまれ、と睨み付けた。 肩で息をする鷹月さんにかわり、布仏さんが膝を立ててしゃがむ。いつもの笑みだったがこめかみに血管が浮かんばかりの様相で、私の頬をつねった。「まことくん、相手が相手だから絶対勝ってとは言わないけど、格好悪いのはダメだよ。それと、勝ったらデートとか道義に外れる事しちゃいけないんだからね」「れーとって、ろうぎにはぶれるんれすか? のひょとけはん」 千冬さんが先程から背中しか見せていない。笑っているな、笑っているのだろう。篠ノ之さんと黛さんは目に涙を浮かべて笑っていた。一夏は半眼で私を睨むとこう言い放った。「ったく、最後までしまらねぇな。大馬鹿真」「うるひゃい」 黛さんが言う。「君らの実力見せて貰うからね」 篠ノ之さんが言う。「2人とも勝ってこい」 鷹月さんが言う。「気をつけて」 布仏さんが言った。「2人ともがんばってね」 そして千冬さんは無言で頷いた。「「行ってくる」」 重力から解放された鋼の巨躯が宙に舞う。バーニアの鼓動が増し視界が広がった。日の光の下アリーナが"一望"出来る。「まことーー!! 負けたらはっ倒すからねーーーー!」 ハイパーセンサーが少女の声援を拾いその方を見ると観客席に皆が居た。2組の皆、リーブス先生と小林先生が居る。先輩達も居た。みんな駆けつけてくれたのか。それにしてもはっ倒すは酷いだろう、相川さん。 多少心許ない身のこなしで、私の横に並んだ一夏がぼやいた。「ほんと、いい人達ばかりだよな」「羨ましいだろ」「言ってろ、ちくしょうめ」 頭上の青いISを見る。さて、ミス・オルコット。勝負― 第3世代型IS、ブルー・ティアーズ。4枚のフィンアーマーが青いドレスに錯覚させる。そして、手にするのはスター・ライトMk3。数メートルの鋼板を貫通する強力な光学兵装だ。その姿はまるで身の丈を超える猟銃を構えた貴婦人。シュールにも程があろう。 足下の遙か先に大地がみえる、白い太陽が赤み帯び始めた高度30m、第3アリーナ中央付近。徐々に近づく青のISを目視で捕らえた。 陽の光を浴びて、その有り様を変える金色の髪。 胸に渦巻く思いは、興味、怒り、後悔、そして。 この時を、どれほど待ち焦がれたか。 女性にこれほど執着したのは、あの人以外に無い。 セシリア・オルコット。 今日、私の持つ全てを君に捧げる。 さぁ、決着を付けよう。「ようこそおいで下さいました。織斑様、蒼月様」「「……」」 彼女は微笑を浮かべながら器用にも空中で小さく身を下げた。優雅な青の狙撃手を見て、思わず一夏と眼を合わせる。「待てども待てども貴方様方のお姿は見えず。お越し頂けないのかと、不安でどうにかなってしまいそうでしたわ」 顔を伏せた彼女は、手で口元を隠しその瞳を潤ませた。一夏が怪訝そうに眉を寄せる。 荒ぶる青き女神の御許、その湛えし怒りに恐れおののけば、招かれるは優美な宴。女神が注ぎし杯に、満たすは死を呼ぶ毒の水。怒り静める生け贄は、愚者の命と嘆きのみ……彼女からもたらされたのはそのような一節だった。 トリガーにかかる彼女の指が小刻みに震えている。察するところ、私たちを、私を言い倒さないと気が済まないのだろう。彼女の一面を如実に表すその行為は、逆に私の心を穏やかなものにした。よかろう。他ならぬ女神(彼女)のお誘い(心理戦)だ、喜んで応る。「ですが悲しみの雨は去りました。愛おしい草木が芽吹き、風の乙女が優しく舞う今日、お二方に再びお会い出来ましたことは至上の喜び。歌の小鳥たちも控えております。さぁ舞を奏でましょう」-僚機白式より秘話通信が入りました-なぁ真。一体セシリアはどうしちまったんだ。からめ手だよ。からめ手?トリガーにかかるオルコットの人差し指見てみろ。なるほど……一夏、これから心理戦を始める。いつでも始められるように準備しておいてくれ。挑発って事か。 みやがクルージング(巡航)モードからアサルト(戦闘)モードへ切り替えた。量子兵装格納領域がアクティブになる。ハイパーセンサーが短距離高精度モードへ、駆動系統およびシールドジェネレータの予備加熱温度が上昇し、高速反応状態で安定動作。エネルギー消費量が僅かに上昇した。「美しき方。貴女の純真なる心を踏みにじり、悲しみに陰らした我らの罪をお許し下さい」-バーニア予備加熱最大 バースト機動準備完了-「貴方の悲しみは私の悲しみ。貴方の喜びは私の喜び。貴方が微笑みを下さるならば、私の心は躍り、その身を喜びで焦がすでしょう」-警告、敵ISセーフティ解除-「おぉ愚かな我らをお許しくださると! その慈悲、その深き愛に悔い改めない悪鬼はおりますまい! 正しく"天より授かりし女神の涙"その慈愛に満ちた美しさに我が眼も眩むばかり!」「まぁ、お上手ですこと」 彼女はその饒舌加減を抑え、手櫛で金の髪を梳き始めた。赤く見える頬は私の願望かも知れない。「そのブルー・ティアーズがね」 ガキッと金属がかしむ音がした。流石高貴なる方だ。その笑みを保つ技には感服するばかり。多少歪んではいるが。「ふ、ふ、そうでしょうとも。我がブルー・ティアーズがうちゅくしいのは当然ですわわ」「噛んだ」「噛んでなどおりません!」 まだ冷静なようだ。「もう結構! このような茶番付き合いきれませんわ!」「そっちが始めたんじゃないか」「お黙りなさい!」 むんっと大型ライフルを構えるその姿は実に和むものだった。「さぁお言い! 頭!? 脚? 腕? それとも胸? エメンタールにして差し上げますわ!」-エメンタール、穴あきチーズのこと。カートゥーン"トムとジェリー"で有名- 銃口を向けられつつも、あと一押しを考えている最中に一夏がセシリア、と口を開いた。どうやら一夏も戦列に加わるらしい。呼び捨てにされた彼女は予想通りに声を荒らげる。やれ無礼者、無法者、無能者と、いとま無い。これが彼女の地なのだろう。何とも微笑ましい限りだ。そんな罵声に一夏は物ともしていなかった。「あれ、やらないのか? どうも拍子抜けなんだが」 アレ? という私の問いに一夏はこう答えた。「おほほーって奴だ」「うほほ?」「それじゃゴリラだよ。おほほだ。ほら腰に手を当てて小指たてるアレ」「そんなことやるのか、彼女は」「ヨーロッパの人って振る舞いがダイナミックだよな。真も見せて貰えよ。アレがまた凄いんだわ。日本人じゃああはいかないぜ」「俺は嫌味か怒っている顔しか見せて貰ってない」「あははっ違いねぇ!」-警告 ロックオンされています-「「……あ」」 私たちが直前まで居た空間を幾条もの光の束が貫き、空気の焦げる臭いがその威力を物語る。いつの間に展開したのか、彼女の頭上に青いフィン状の小型兵器が荒々しく舞っていた。「よくぞ、よくぞ言いました。このセシリア・オルコットに向かってなんたる暴言……お、おほ、ほほほほほほほほほっ!」「ほらなっ!? うほほってーー!」「おほほだろ、一夏ーーーー!」 最大速力で距離を取る私たち2人に彼女はとうとう理性を放り投げる。「この野蛮人どもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーー!!!」 心理戦勝利のファンファーレ(怒号)がアリーナに鳴り響く。どうやら羽目を外しすぎたらしい。彼女の形相は私を後悔の念に駆り立てた。 50口径(12.7mm)アサルトライフル"レッドバレット"を量子展開。FCS(Fire Control System:射撃管制システム)作動。"意識"に照準とライフルコンディションが浮かび上がる。高度750m。ブルー・ティアーズまで距離700m。FCSが有効射程外と警告を発する。 足下から絶え間なく走るレーザーを躱しつつ急激降下。距離600射程内。青のISに向けフルオートでトリガーを引いた。照準補正が働き、振動と発射音が小気味よく響く。瞬く間に残弾ゼロ。離脱行動および弾倉交換。 弾丸30の内半数が命中。敵ISの推定ダメージが85とCIS(Combat Information System:統合戦術管制システム)を兼ねるみやが告げた。被弾によりタイミングを逃したブルー・ティアーズの追撃をかわす。「訓練機風情が!」「言ってくれるね!」 彼女は怒りの形相でロングレーザーライフルのトリガーを引いている。我を失わん程だ。その狙いもタイミングもでたらめで、攻撃後離脱の鉄則もままならない。事実、白式の接近に気づかずブレード攻撃を受け、追撃しようと私の目の前で背中を向けた。私の打ち出した弾丸が彼女を激高させる。「おのれーー!」 多少心が痛むが心理戦も戦術の1つ、有効に使わせて貰う。一夏はむろん、私にも慣れる時間が欲しいのでね!-僚機白式の1次移行まで16分12秒--------------------------------------------------------------------------------