【Attention】人によっては不快に感じる内容かも知れません、ご注意下さい。シャルロットのアレの回収です。読み飛ばして頂いても問題はありません。-------------------------------------------------------------------------------- 激動の一学期が終わり、その後始末もようやく一息付いたころ。真の元に一通の手紙が届いた。目を通した彼は考慮の上、千冬とディアナに断りを入れ、それは少々強引な断り方だったが、その手紙の記す場所に赴く事にした。 その手紙とは先の福音戦で戦死した米兵士たちの、追悼式を知らせるものだった。それを知った一夏は参列の旨を伝えたが、千冬に止められた。いくら非公式とはいえ、男子適正者が2人、アメリカに行くのは好ましくないからだ。 尚、彼の死亡通知は、誤認による物として一応の決着を付けている。 ありふれた4畳程度の洋風玄関。真は黒いスーツに黒ネクタイの喪に服する姿で立っていた。靴べらを“左手に持ち”黒のビジネスシューズを履いていた。一夏はその真にこう言った。玄関のガラス窓からは朝の光が差し込んでいた。「おまえ、本当に大丈夫なんだろうな。体だってよー」 白い靴箱に右手を添えて、身体を支える真は、左腕に動く義手を付けていた。「ハワイだし、みやなら往復6時間少々だ。直ぐ戻るさ。知り合い、と言っても知り合ったばかりだけれど頼れる人も居るしな」 お気楽な真に対し、一夏は不安を隠さない。ナノマシンにより一命を取り留めたとはいえ、その影響で真はまだ完全な状態では無かった。町中で倒れた事は一夏の記憶にも新しい。(心配性の一夏、か。生き返ってみるものだな) 真が笑いながら右手のひらを差し出すと、一夏は仕方が無いと、手の平を差し出した。平と甲。乾いた音が2回鳴る。扉を開けると、門の先に領事館ナンバーのスポーツ・セダンが止まっていた。黒いスーツにサングラス、海軍パイロットのハル・バリーだ。「じゃぁ行ってくる。晩飯までには戻るよ」「あいよ、気ぃつけてな」 真は、学園から強制休暇を申しつけられ一夏の家に居候しているのである。 織斑の家 ふっと沸いた空白の時間。一夏は居間のソファーに腰掛け、じっと庭を見る。窓ガラス越しのその庭は、もう一件家が建てられるほどの広さだった。学園都市における千冬の、存在の大きさを表す物だろう。(どーすっかなー 千冬ねぇも夜遅いって言ってたしなー) 時計を見れば午前6時。朝食も済ませた。どうするかと悩んだ上で結局一夏はいつもの通りに過ごすことにした。トレーニングに朝食の片付け、家の掃除、洗濯、夏休みの宿題。全て終われば午前11時。そろそろ昼食かと庭の蝉も鳴いている。 一人の少女がその家を訪れたのは、一夏が昼食の買い出しに出かけようと、玄関の扉を開けたときである。シャルロットだ。滴る一粒の汗、それは暑さだけではないだろう。「コンニチワ、いちか。本日はお日柄も良く、」 鉢合わせ、面くらう、挙動不審なクラスメイト。わざわざ会いに来てくれた事を察した彼は、フォローをしなくては男が廃ると何食わぬ顔でこう言った。「シャル。これから昼飯を買いに行くんだけど、一緒に行こうぜ」「あ、うん。僕で良ければ是非!」 突然のお誘い。シャルロットが頬を染めるのも無理は無かろう。あの一夏である。「おぅ。ところでその鞄何?」「一緒に昼食をって持ってきた、ん、だ」 訪れる沈黙。痛いほどに響く蝉の音が2人を、否。シャルロットを貫いた。「あ、は、ははは」「立ち話も何だから早く入れよ。エアコン効いてるぜ」 己の愚行を、何度も繰り返し罵る貴公子であった。 一夏の家は一見、どこにでも見られる2階建ての一軒家だが、ブリュンヒルデの住まいである以上もちろ普通ではない。建築学的な意味での強度、防犯的な強度、様々な強さを誇る。真が初めてやってきた数日前、2人とも稼いでいるんだなと、呟いたのは2人だけの秘密であった。むろん、最初の2人は千冬とディアナ。次の2人とは一夏と真である。(まぁなんだかんだ言っても辛いよな。俺も千冬ねぇにぶら下がっているし)「一夏」(俺だって奥さんより収入低かったら嫌だもんなぁ)「一夏?」(これは古い考えじゃ無い。給料と仕事の難しさは比例するから、より高い所を目指す自分自身の動機として― )「い、ち、かっ!」「はい! ごめんさい!」「昼食にしよう。静寐なら寮だよ」「おぉう、それは残念無念」 半眼のシャルロット。彼は慌てふためき、どうして考える事がばれるのか、今晩にでも考えようと決意したのも無理は無い。ただ惜しいことに時機を逸した事に、気づいていなかった。 彼女はシステム・キッチンに立つと下ごしらえをしてきた料理を手早く仕上げ、黙々とテーブルに並べ始めた。彼女の不機嫌さを一身に受ける木製テーブルが悲鳴あげて、一夏を非難した。 リズムを刻むのはシャルロット。キッチンが舞台ならば、今の彼女は観客を魅了するダンサーである。黒のポロシャツにチェック地のプリーツ・ミニ。シンプルなエプロンはベージュ色。各々が混じり合い相まって、とても可憐な雰囲気を醸し出していた。 一夏には若奥様にみえた。不機嫌そうなところがまた生々しい。「一夏」「お、おう」「できたよ」「い、頂きます」「はい。全部食べてね」 かちゃかちゃと食事が進む音がする。(気まずい) ほうれん草とベーコンのキッシュ、牛ヒレとフォアグラのロッシーニ風、チーズと卵のガレット。見栄え良し、香り良し、味良しの本場フランス料理がずらりと並ぶ。 シャルロットは黙々と食べ続けていた。「うん、美味しいなー これ。シャルは良い奥さんに―」「もう何度も聞いたよ」「そうだっけ?」「……」「こ、今度さ」 思わず口から漏れる言葉も淀み、まるでドブ川のよう。「フランスの料理教えてくれないかなー なんて、」「本気で言ってる?」「おぅ。もちろんだぜ」(よし、もう一押し)テーブルの下で一夏が握る拳は、ガッツポーズ。「こんなに美味しいなら毎日でも食べたいからな」 織斑一夏、15歳の夏に踏んだ特大地雷だった。一夏は教われば毎日食べられる、と言いたかった。もちろんシャルロットはそうは思わない。もちろん。シャルロットは意思疎通の齟齬は分かった上で、こう言った。「それじゃぁ仕方ないよね。毎日作ってあげるよ。楽しみにしててね」 笑顔の戻ったシャルロット。どこからともなくスイッチが切れたような音が聞こえる。あちらこちら向いては天も見た、彼は罠に掛ったことにすら気づいていなかった。「カチ?」「何でもないよ」「今作るって言った?」「ところで真はどこ?」 質問に答えてくれ、てゆーか、今更? 一夏は疑問を胸にしまい、よく知るフランスのお嬢様にして御曹司を見た。彼女の機嫌が180度回転している。訝りつつもこう答えた。「ワイハ」「ハワイだね。正しい言葉を使わないと性格も……どうしてさ?」「知り合いが亡くなったらしいぜ」「意外だね、真にアメリカ人の知り合いが居るなんて。ティナ絡み?」「当たらずとも遠からず。この間の事件絡み」 シャルはナイフとフォークを置いて、テーブルナプキンで口を拭く。すっくと立ち上がりこう言った。「一夏! なに平然としてるの!?」 両手はテーブルの上に、シャルロットは身を乗り出した。「俺だって止めたんだよ!」 一夏も立ち上がった。「あの子を1人にするとまた無茶するよ!?」「疑問系なのは少し自信なさげ?!」「誤魔化さないでよ!」「してねーし! どうして真を子供扱いってゆーか、子供みたいに扱うんだよ!?」「「……」」 鈍い間の抜けた空調の音。2人は黙って席に着き、食事を再開する。「理由なんて無いんだ。あの子は僕の子供ったら子供」 ナイフを立てる肉から血がにじみ出した。「年齢計算合わないぜ、てゆーか、人種も違うし」「一夏は細かくなったね。僕らにはとても強い絆があるんだよ。血のつながりもあるし」「……輸血?」「うん。血をあげて、血を受け取ったんだ。気づいてたかな? 真の眼の色は僕の色と同じだよ。ここまで言わせて認知しないなんて言わないよね? 大体一夏は唐変木なんだよ。昔よりは改善してるけど、まだまだだね。だからいい加減そろそろ落ち着いて身を固めるべきだよ。そうないと身近にある幸せを逃してしまうんだから。ほら僕らって少なからず血なまぐさい生き方をしているから、生の時間を大切に― 」(あの阿呆。よりにもよってシャルにそんな事したのか) 一夏も、シャルロットが重い娘だと薄々理解し始めていた。最近である。「あれ?」「どれ?」 トリップしていたはシャルロット。一夏とも共、不可解な合いの手を入れる。彼女はもぞもぞ、身体を小刻みに揺すると、手元を見つめ、顔を上げた。その顔は赤く紅葉していた。「ごめん、食事中だけれど少し失礼するね」「相変わらず優等生だなー トイレならそこを出て右」「一夏はデリカシーが無いよ!?」「わりー わり…… シャル! お前怪我してるじゃ無いか! 血が出てる!」 “え”と重なるのは2人の声。その2人が見たのはシャルロットの脚から垂れる赤い液体だった。 一夏は、何処を怪我したのかと慌てふためいた。そのあと顔を真っ赤にし、慌てて姉の“用品を”取りに駆けだした。シャルロットは、トイレに駆け込み怪我が無い事を確認し、どこからの出血か確認し、眼を剥いた。頭の中が白く染まり、そして赤く染まった。赤く染まったのは彼女を心配し、初めての事態に混乱した一夏が扉を開けたからである。流石の千冬もそこまではさせていなかった。 腰掛ける少女と、見下ろす一夏。見合う2人。ちちちちちとトイレの窓越しから鳥が鳴く。金切り混じりの悲鳴と頬を引っぱたく音が家に響き渡った。何かが一夏の手から落ち、パサリと音を立てた。トイレットペーパーがトイレから投げ出された。一夏とも共である。------ 静寐はショックを受けていた。それはたいそうな精神的衝撃だった。(確かに何時でも好きなときに呼んでとは言ったけれど) 初めての男の子の家に呼ばれた理由の酷さにである。時間を遡ること0.5時間前。自室の端末が鳴ったかと思うと、聞こえてきたのはよく知る思い人(一夏)の悲痛な叫び。 -シャルが!- よく知る友人の一大事か。要領を得ない一夏の説明に、埒があかないと飛び出した。道の途中、鈴も無理矢理同行させ、着飾ることも頭の外に押しやって、滴る汗もそのままに、そう思い慌てて来れば…… 一息付いた彼女に押し寄せるのは津波の様な大きい虚脱感。ソファーに深々と腰掛けた。 居間から覗く窓越しの小鳥たち、その鳴き声のわみしさと言ったら無い。白のノースリーブ・ワンピース。英字新聞のプリントが無ければ死に装束だ。「私ほど都合の良い娘って居ないよね」 静寐がぼやくと扉の開く音が聞こえた。現われたのは鈴である。薄いたまご色(淡いベージュ)のフレア・キャミソールとデニムのショートパンツ。浴室から出てきた鈴はしばらく悩んだあと、それはどうコメントして良いのか分からなかった為だが、努めて明るくこう言った。「まぁこれで、一夏に身の証がたった訳だけどね」「それはそれで複雑だけれど。シャルは?」「大丈夫、けどショック受けてたわ」「当たり前」「そうじゃなくって、なんかこう初めてで戸惑ってたカンジ」「そんな訳無いじゃない。用意周到、準備万端のシャルにしては、不用意だとはおもうけれど」 2人は暫し悩んだ後、両頬を赤く張らした一夏にこう言った。「「一夏、説明」」 また正座かと彼は肩を落とした。-----「シャルが来て、怒っていて、ご飯を食べたら怒っていて、」 一夏の説明はとにかく要領を得なかった。顔を真っ赤にしてしどろもどろだ。無理も無い。見合う2人。鈴は汗で纏わり付く服を気にしながら、こう聞いた。「2人っきりは後にして、何話してたのよ」「いやよく分からないけど、子供がどうと― 違う! 真を子供扱いしてる、って意味だって!」 鬼気迫る2少女の、否。女性としての気迫に腰が引けた一夏だった。男にとって理解が難しい問題である。「あ、そーゆーことね」とは鈴。「一夏。説明力は大事だから」とは静寐。「2人とも気づいてたのかよ」 一夏は声が震えていた。命がけの戦闘より怖いらしい。馬鹿にしないで憤慨する2人。鈴は本人の話から、静寐は2人を観察して察しを付けていた。ただ分からないのがシャルの不手際である。鈴がシャルに聞きただしても“何でも無いよ”と取り付く島が無い。仕方がないと、2人は真に任せることにした。「ところで一夏」と鈴が言う。「シャワー借りて良い?」と静寐。 “おぅ良いぜ”2人が期待したセリフはこれだ。だが一夏は顔赤くして、どもっていた。明後日を向き赤い顔を隠していた。この一夏の反応は2人にとって新鮮で、喜ばしくも少々恥ずかしい反応である。「覗かないで」「覗くんじゃないわよ」 汗で張り付き透ける下着。それに気づいた2人は胸元を寄せる様に隠し、頬を染めていた。恥じらいの表情と言うよりは、悪戯を思いついた妖精のようである。(覗けって事か……?) 真が戻ったのは薄暗い午後6時。彼が居間で見た光景は、料理をする3人の少女と、ソファーで力無く伏せる友(一夏)の姿だった。「ただ今」 と真が言えば台所に立つ少女たちの姦しい返事。一夏は片手をあげた。ゆっくり力無く振っている。「何かあったのか?」「ナニもないぜ?」 陽は水平線の下だった。----- 一息付く暇も無く風呂で旅の汗を落とし、真は織斑の家の、臨時の自室にシャルロットを招いた。 い草の匂いがする白い壁の部屋。彼の目の前には、腹に手を置き、仰向けに身を横たえるシャルロット。彼は右手を彼女の額に添えた。胸のみや鈍い音を立てる。数刻が過ぎ、彼は手を離すと腕を組んだ。指でリズムを刻む。考慮の上、仕方がないと白状する事にした。彼女は居住まいを正し、彼女と同じ碧の眼を見た。「みやによると、」 無制御のカテゴリー3のナノマシンは、生物に侵入するとまず細胞のDNAを解読する。生物の質を調べる為だ。その後、宿主の“材料”を分解・再構成を行いながら増殖をする工程を踏む。 ところが、Heaven’s Fall時のシャルロットの状況、彼女が落ちた穴、鉄分を多く含んだ地質、地形学が影響し、侵入したナノマシン群は極少数となった。 そこでナノマシン群は通常の工程を中止、全組織の把握を目的に全身に回った。彼女の場合それが幸いした。死に至る直前プラズマ弾頭の電磁波を浴びて、一命を取り留めたのである。 つまり、彼女の体内にはDNAを読み取ったナノマシンが破損した状態で存在していた。それらが渡仏時の輸血の際シャルロットから真へ、ごく少量流れた。 ナノマシン戦で真の体内に侵入した正常なナノマシンは、輸血により遭遇した同族の修復と情報交換を行った。その血は真からシャルロットに戻り、宿主を癒やした訳だが、生殖機能を司るゲノム配列は無事だったのは幸運と言わざるを得まい。 尚、ナノマシン群が2人の遺伝子情報を、宿主として持っているからこそ、真の体内でナノマシンの質が変化したからこそ、の結果である。強引に移植しようとすればナノマシンが自己崩壊する。もしくは無登録の宿主をケイ素の塊とするだろう。 真は目の前にぶら下げるみやを半眼で睨みながら答えた。結果オーライにしては綱渡りの度が過ぎる、そうぼやいた。「そうか。みやがスラスターを直したのは真の特異的な体質だった、いや能力かな」 涼しい顔のシャルロットに真は楽観過ぎると複雑な心象だ。「驚かないんだな。俺結構面食らってるけれど」「一夏と真と一緒に居ればこの程度、些細な事だよ」「それ、褒めてないだろ」「僕はそんなに優しいお母さんじゃないよ」「それと、」「もちろん誰にも言わないよ。真には幸せになって欲しいからね」「皆にはなんて?」「疲労とストレスで乱れた、って言っておくよ」 それはそれで大事では無かろうか、と彼は思ったが「了解」と彼は慌てて顔を逸らし立ち上がった。「顔を隠して耳隠さず。真っ赤だよ、安心した。その辺は変わらないね」「放って置いてくれ……ってそれの原因は俺の心労にならないか?」「子供の面倒を受けるのは親の義務であり権利だよ」「あー この話はお仕舞い。夕食にしよう。皆が待っている」「真、」「俺には一歳下の娘も居るんだ。妹だろうが弟だろうが、当面勘弁してくれ」「残念」 1階から騒がしい声が聞こえてくる。相談しているうちに新たな客が来ていたようだ。彼は義理の母親の手を取ると、彼女も応じ、2人は騒々しくも楽しい皆の所へ降りていった。--------------------------------------------------------------------------------冒頭のシャルと一夏のやりとりは、HEROES一夏でないと出来ないのです。