-------------------------------------------------------------------------------- ディアナが航空母艦ヘリ“SH-60F オーシャン・ホーク”に向けて歩み寄る中、別のヘリ“HH-60H レスキュー・ホーク”が風切り音を立て、その巨体を甲板から浮き上がらせた。箒は何も語らず眼を伏せながらディアナの背を追っていた。F-14Eを8機失い、戦闘機パイロット10名がK.I.A(戦死)した。奇跡的に助かった6名は洋上に浮いている。そのレスキュー・ホークは彼らの為のヘリだ。 バリーがアラクネによる真の救出を志願したが、イージス艦が撃ち出したスタンダード・ミサイルは福音の射程距離内で撃墜された。脅威は依然健在。無理な救出を行い損害が生じればそれこそ無駄になる。ディアナはその申し出を断った。 搭乗者保護機能の作動も確認出来ず、心肺停止から10分経過。黒のリヴァイヴは完全に停止していた。打撃群司令部指揮所(TFCC)のモニターに表示される真のバイタル・ステータスがK.I.Aに変わる。ディアナはそれを見届けるとハミルトンに背を向けた。片翼を失った福音は上空1000mでその身体を繭の様に包んでいる。数刻で再び翼を広げるだろう。“この機を逃したくはありません。学園に戻ります” 背を向けたままのディアナ。ハミルトンはその非礼を咎めることはなかった。“君は強いのだな”“私は、強くなど成りたくはなかった。嘆き悲しむ普通の女でいたかった。でもあの人はそれを許してはくれませんでしたから” 強引にでも救出に向かおうと考えていた箒は、ディアナのその表情を見て止めた。彼女の足下が雫で濡れていた。今の箒にはその気持ちが痛い程に分かった。世界最強を誇るディアナもまたそうなのだと彼女は理解した。 夕日と海風を浴びるディアナの背中を見つめ、箒は立ち止まる。(私に出来る事はなんだ)「箒、早く乗りなさい」 ヘリの音が遠い。箒は目を上げると夕日に染まるディアナを見た。そして、こう告げた。「リーブス先生、私に紅椿を」「話を聞いていたのかしら? 助けに行くなら“許さない”けれど」「そうしたいのは山々ですが、彼が手も足も出なかった以上私には打つ手がない。ですから、空で待ちます」「なにを?」「何かをです。簡単に諦めたくない」「それは感傷だわ」「分かっています。ですがディアナ。貴女なら分かるはずだ。今の私がどの様に感じているか……今、私は貴女がかって辿った道に立っている」「そう、なら好きになさい」 ディアナは腕飾りを箒に手渡すとヘリに乗り込んだ。学園に向かう空の道、ディアナの背後で紅の光が迸る。その手を静かに眠るラウラの額にそっと添えると、その紅の光は空に駆け上がった。「やっぱりあの時殺しておくべきだった。そうすれば私だけのあの人になったのに……馬鹿ね、私」 2人は風に髪をなびかせていた。----- それは奇妙な体験だった。 突然、体と心を切り離されたように、全ての感覚に実感が伴わなくなった。 覚醒している筈なのに、見る物聞く物全て、もやが掛ったように曖昧だった。 寝ている筈なのに、全てが痛い程感じ取れた。 己が薄くなり、消えるのでは無いかという恐怖。 何かに追い立てられ、潰されるような不安。 長い間だったのか、短い間だったのか。 時の流れすら感じ取れないその狭間。 彼の身体を貫いた誰かは絶望し嘆いていた。 目が覚めた。 何時もの部屋。 何時もの日常。 違う事と言えば、身近で喧嘩友達でもあった少女が国に帰っていったこと。 時間に厳格な姉が予定通り帰宅しなかったこと。 学校から家に戻ったその日、焦点が定まらないまま居間に立ち尽くす姉の姿があった。 白昼夢でも見たようなその姉は彼の姿を見付けると、歩み寄り抱きしめた。“夢でも幻でもなかった”“今の私はどちらだ”“私は織斑の千冬なのか。それとも― ”“私はどうしたら良い” そう何度も呟いていた。皆が、彼が最強と褒め称える姉の、初めて見る怯えた姿。彼は姉の名前を小さく呼ぶと抱きしめた。“家族は俺が守る” 心に秘め、言葉にしようと欲し、出来なかったその誓い。その時から生じた胸のわだかまり。今から1年と4ヶ月ほど前の事になる。----- 一夏は岩礁の際に腰掛け、片足を立て、うずくまっていた。足元で揺らぐ、静かな波をじっと見ていた。絶えず感じていた圧迫感、反発感、わだかまりが嘘のように消えていた。それがどの様な意味を持つのか、彼は直感的に感じ取っていた。 夕暮れ時の海は赤く染まる。あと数刻で陽が沈むだろう。全てが終わり、全てが元に戻る。 ディアナからの一報を受けた教師たち6人は、一言も口にすること無くISの準備い取りかかった。ISスーツに着替え、屋外に並んだ訓練機に乗り込んだ。今頃は一次移行の最中だ。何事かと様子を伺いに来た少女数名は、教師らの怒声で慌てて部屋に逃げ帰った。その姿は戦に赴く兵士たちの姿その物だった。“2人に何かがあった” だから、彼女らが戦う準備をしている。その結論に至った彼はあてども無く歩き、気がついた時にはここにたどり着き、海を見つめていた。「くだらねぇな」 一夏にとってのこの4ヶ月は異常だった。入学を境に何もかも変わった。一夏にとって真と言う存在は初めてだった。 一夏にも男友達はいた。だが彼らは皆優しかった。一夏の鈍さに皆は皆、呆れるか、精々やっかみを言う程度で咎め、怒り、殴りかかる者は皆無であった。誰も彼もが不自然なまでに親切で、都合が良かった。彼はそれが当然だと思っていたし、疑問にも思わなかった。 彼がそれに気づいたのはたった今。そして、それが今正に失われようとしていた。「本当に、くだらねぇ」 水面に一瞬映ったその少年は、表情を苦しそうに歪めていた。その時、海風と共に流れてきたのは美しい旋律。体と心を包むように暖かい、優しい歌だった。 綺麗なあの娘は海の姫 偉大な父に守られて 歌うは楽しい祀り詩 ある日出かけたその姫は 溺れる王子に一目惚れ 救い出したは良いものの 掟に縛られ背を向ける 魔女に願うは両の脚 美しい声と引き替えに 大地に脚立て会いに行く 愛しい彼の王子様 声を失いその姫に 気づくことなく人の子と めでたく結ばれその姫は 涙を流し海の泡「人魚姫?」 その少女は沈黙を守ったまま歩み寄った。腰掛け、彼の背に背中を預けた。「私はこのお話しが好きだった。だってロマンチックじゃない? 王子様を想って泡になるなんて綺麗だよね」「今は?」「今は、嫌い。だって悲しいから。好きな人とは一緒に居たい」 背中に感じる心地よい温もりと重み。彼はそれを感じながら空を見上げた。空には星が1つ輝いていた。「歌、凄い上手いんだな。初めて知った」「一夏は行かないの?」 1つの波が強く弾け、彼の足下を濡らした。飛沫が口元に掛り、彼はそれを拭った。「行かない」「さっきね。シャルが突然リヴァイヴを展開しようとしたの。慌ててセシリアと鈴が取り押さえたんだけど、旅館の人が鎮静剤を打つまで、泣く喚く暴れるの大騒ぎ。“あの子があの子が”って。凄い取り乱しようで皆眼を剥いてた」「行かない」「真耶先生がどうにかしてあれを学園に招き入れるって凄い剣幕だった。真耶先生のあんな厳しい顔初めてだってみんな驚いてた」「行かない」「移動指揮車から織斑先生の叫び声が聞こえた。泣いてたみたい」「行かない」「一夏は空気を読まず、自分の理想を真っ直ぐ追い求める男の子だと思ったのだけれど」「行かないって言ってるだろ!」「どうして?」「……行っても意味が無い。あいつは静寐を傷つけた。俺はそれが許せない」 2人に流れるのは波の音と風の音だけだった。一夏は俯いたまま何も言わなくなった。静寐は見上げ、髪を彼に預けて、こう告げた。「私は初めから真が好きじゃ無かった。どちらかと言えば一夏が格好いいって思ってた。けれど私には関係無い、どうでも良い、そう思ってた。 真が初めて教室に来たとき、無表情でしばらく教卓の近くで立っていたの。その時“うわ、暗そう!”って思った。今考えれば、どうしたら良いのか分からなかった、そう決まっているのに。 黙って席に座った真は静かにしていたと思ったら突然立ち上がって、クラス中の女の子に挨拶し始めて。呆然としているうちに私にも挨拶されて、驚いて“どうも”ってしか答えられなかった。 皆が面食らっている中、本音だけが普通に話し始めて。ほらあの娘人当たりが良いでしょ? 仲良さそうに話している2人を見たら、悔しいなって思った。 考えてみれば世界で2人だけの男の子で、1組にいるのはブリュンヒルデの弟で、競争率高そうだったし、皆が皆“一夏一夏”って言ってたからその反動もあったかな。だから、最初は真を好きな振りをしていたの。 少し経って、真がセシリアだけを見ている事に気づいて、私はそんな真を馬鹿だなって思った。オルコットのご令嬢にして御当主じゃ釣り合わない、だから私にしなよって何度も思った。 そしたら、いつの間にか本気になっていて、そして振られちゃった。違うか、相手にもされなかった。神様は怒ったんだと思う。“お前のような打算的で身勝手な娘には失恋が当然の報いだ”って。私は……私は、一夏が思っているような娘じゃないい」「そんな事言うな。そんな事言ったら静寐を好きな奴が可哀想だ」「居るかな」「居るさ」「そう」 静寐は小さく笑うと、背中の少年をちらと見た。その少年は背中を丸め、水平線を見ていた。夕日を浴びてその眼差しに影が落ちていた。「行かないの?」「俺は……真が間違ってるって思った。ずっとそう思ってた。でも俺はあいつの生き方を否定出来なかった。俺にはあいつを助けられない、あいつはそういう存在だから」「なら、迷っているのはどうして? それでも助けたい、そう思ってる。だから悩んで苦しんでる」 静寐は立ち上がり、腰を下ろしたままの一夏の手を取った。風に、白い制服と伸びた藍の髪がゆっくりと揺れていた。その少女は彼の名を呼んだ。「奪われっぱなしで良いの? 負けたままは悔しいよね? 行ってこい織斑一夏。そして取り戻してこい。お前の全部を見せつけてこい。俺は俺だって」「俺は俺?」「そう、証を立ててこい」 彼女は身を屈めると、見上げる少年に口づけをした。波が揺らぐ、彼が見上げる少女は微笑んでいた。「これはおまじない。がんばれ、私の好きな男の子」 その少女は少年を立ち上がらせると、純白のガントレットを手渡した。 彼は大きく力強く頷いた。----- 光が溢れ、白い翼が羽ばたいた。 帳が降りる直前の、赤く染まる空。 2つ目の星が輝いていた。 見送る藍の少女に歩み寄るのは千冬だった。黒いISスーツを纏い、クリスタルの指輪を右手中指に付けていた。眼を赤く腫らしていた。静寐は振り返ることなく空を見続けた。「弟が世話を掛けたな」「迷惑を掛けたのは私の方です」「それが本当でも言わなくても良い。男は直ぐ調子に乗る」「先生にそう言う人が?」「あぁ、居た……いや居る」「初めて聞きました。どんな人ですか? 織斑先生のお眼鏡にかなった人って」「意地っ張りなくせに泣き虫で、頭は良いが愚か者。とても手間が掛った」「酷い言われようですね」 静寐の静かな笑みに千冬もつられた。「けれど、私のことを心から大切にしてくれて。つい応じてしまった、私も若かったな」「今はどちらに?」「近くて遠い場所に居る」「まるでお月様ですね。歩いてはいけないのに、手を伸ばせば届きそうな」「実は私の夫だ」「……え?」「冗談さ」 2人が見上げる空が明るく染まり、翼音が響き渡った。その輝きは、立ちこめる黒い雲を吹き飛ばさんばかりの、太陽が降りてきたような、輝きだった。「男の人って大変ですね」「全くだな」 2人は笑い合った。-----『一夏か。遅いぞ』『すまねぇ』 紅の雲。濃紺の海。暗がり始めた空。2人が互いを確認したのは、一夏が飛び出し間もない頃だ。一夏は多少気まずそうに、箒は仕方なさそうにしたあと穏やかな笑みを浮かべた。『場所は分かるか』『あぁ。あいつの居所なら分からない筈がない。俺とあいつはそう言う関係だ』 少年は、僅かに戸惑ったあとこう聞いた。『箒、真をどう思ってる?』『……諦めない。ここに立つのがその証』 箒は剣を掲げた。鋭い光を放つその刀身に一点の曇りも無かった。彼の眼にその光が映る。一夏は笑った。心の底からの嬉しさだった。『それでこそ、俺の幼なじみだ』『一夏、私はお前を裏切った』『もう気にしてねぇよ。俺は箒に全く気がつかなくて、優しくしなかったからな。逆の立場なら俺でもそうする』『一夏の言葉とは思えないな』『色々あったし』『静寐は言い奴だろう』『あぁ』 合流した2人は共に並んで飛ぶと手を握りあった。紅椿のワンオフ・アビリティ“絢爛舞踏”発動。紅の光が“姿を変えた”白式を満たす。「泣かしたら覚悟するのだぞ……真を頼む」「任せとけ」 2人は笑い合うと手を離した。少女は立ち止まり彼を見送った。 白式は翼を広げた。 加速。 音の壁が割れる。 雲が向かい合う巨大な滝のように裂かれた。 抜刀。 刀身が蒼銀の光を放つ。 戦槌の様な重厚な一刀を、翼を広げかけた神の御使いに打ち下ろした。 衝撃波が、洋上を波立たせた。 空に溜まった重苦しい気を吹き飛ばした。 海に墜ちて行くその使いは山のような大きい水柱を立てた。 荒れ狂う水面の更に先、彼は海の底を見下ろした。(居やがる、まだ居やがる。本当に全くしぶとい。相変わらずむかつく感じだ……けれど、) 彼は奥底の心を滾らせた。 世界がきしみ、悲鳴を上げる。 止めろと彼に訴えかけた。(お前が居なけりゃ詰まらない) 一夏はありったけの声で、腹の底から叫んだ。 その思いは言葉となり、力となり、世界を揺らす。 彼は決めた。 それは彼自身との決別である。 インフィニット・ストラトス HEROES 一夏と真 昔、一人の少年がいた。年は……そうか丁度おまえと同い年だ。小さい頃から型にはめられるのが嫌いで、学校もまともに行かなかった。そいつは馬鹿だったが、ただ妙に知恵と勘が働いてさ、バイトで得た金を元手に株を始め、仕事を始め、親よりも収入があった。周囲の人達を妬むだけの愚か者と見下し侮蔑していた。 そんなそいつには2つ下の幼なじみが居た。それができた娘で、文武両道、才色兼備を絵に描いたような娘だった。その娘はどういう訳かその馬鹿を好いていて、いつもそいつの世話を焼いていたよ。そして、その馬鹿もその娘のことが好きだった。 そいつはその娘がずっと居ると思っていた。その娘もそう思っていたかもしれない。付き合っているのかいないのか、曖昧な関係が続き、いい加減はっきりさせようと告白した。一年が過ぎ、指輪を取り交わした。その当日、 その娘が死んだ。 交通事故で、そいつの目の前だった。 腕の中のその娘は、白いワンピースを血で赤く染めていた。徐々に冷たくなるその娘を抱きながら、そいつは神を怨んだ。助けてくれなかった全てを憎んだ。そして、自分を呪った。 目の前に居て何もできなかった。 その娘を見殺しにした。 無力な自分が許せなかった。 そいつは力を求めた。数少ない引き留める人を捨てて、守る力が欲しいと、国を飛び出した。海外の軍隊に入り、ひたすら力を求めた。滑稽だよな。僅かに残った守るべき物を捨てた事に気がつかなかった。 そいつは走った。まだ違う、まだ力が足りないと、ひたすら戦場を走り抜けた。昇進し部下を持った。自分の隊を持った。それの意味も考えなかった。敵を殺し、味方を死なせ、気がつけば敵にも味方にも死神と罵られ疫病神と嫌悪された。 しばらく経って一人の女性が隊に加わった。彼女はエリートで周囲の人間はなぜそいつの側に居るのかと不思議がっていた。そうさ。その彼女はそいつの事を愛していた。だから側に居た。そいつは、彼女の能力が必要だ、俺は彼女を利用しているだけだ、だから俺は彼女のことを何とも思っていない。そう自分に嘘を付き続けた。突き放すことも、抱き寄せることもしなかった。彼女に甘えていた。 そいつが35歳になった頃ある作戦に従事することになった。少数の部隊で基地内にある高エネルギー物理研究施設を襲撃、破壊する。要塞並みに強固なその基地を襲撃する事は無謀以外何物でもなかった。 研究目的があまりにも荒唐無稽で、軍事戦略的な意味が小さいと考えられていた。ただ目障りで破壊出来れば儲けもの、その程度の意味しか持たない作戦だった。上層部も遂行出来るとは思っていなかっただろう。失敗しても厄介払いが出来る。そいつは、内にも外にも敵を作りすぎた。 そいつは引き受けた。そいつは自分の間違いを分かっていた。でも止まれなかった。あまりにも多くの人を不幸にした。 周囲の引き留めに応じず、その作戦に志願したその女性はそいつをかばって死んだ。彼女の死でやっと止まれたそいつは作戦遂行と共に命を絶った。本当にどうしようもなく、情けなく、哀れな人生だった。 ところがさ。それで終わる筈だったそいつの人生は、暴走した施設の影響か、何の因果か、次元の壁を越え、世界を渡り、再び目を覚ました。15歳に若返っていたそいつは、自分の事を忘れていた。世界に自分の痕跡が全くなく、そいつは当初でこそ混乱したが、適応して普通に働き始めた。そして、 一人の少年に出会った その少年は守る力を欲した。全てを守りたいと願った。その馬鹿はうっすらと覚えていたのだろう。かってそいつが誤った道、他人のように感じず世話を焼いた。 それは間違いだった。その少年は守る事の意味を知っていた。守る強さを既に持っていた。何故なら、その少年はこの世界に於けるそういう存在だった。 もう分かっただろ? お前と俺は相反する存在だ。 これで分かったろ? 俺はお前を助けるつもりが邪魔をしていた。 それどころか、お前の存在自体を脅かした。 お前はこの世界で皆を助ける真たる英雄。 俺は居てはいけない。 俺が居ると世界を、お前を壊す。 だから、ここでお別れだ。 なら一緒にやろうぜ。 俺だけじゃなく、 お前だけじゃなく、 2人でみんなを守るんだ。 その方が絶対面白い。 白い翼音が轟いた。 白い風が吹き抜けた。 どういうことか世界が明るかった。 光が見えた。 何故光が、眼が見える。 足下が明るかった。 それは水面か? いや違う、何故ならその向こうに雲が見える。 その雲に混じり白い何かが飛んでいた。 口に染みいるその水は塩辛かった。 俺は海の中だ。 意識が明瞭になる。 その事実に俺は慌てて藻掻き、這い上がった。 左腕が無いから、なかなか海面に出ない。 掻く腕が見えた。 光っていた。 血筋に沿うように、光っていた。 腕どころか体中に光の筋が迸り、胸元のみやが高熱と光と音を発していたが、それに構う暇がなかった。 どうして俺は生きている? 徐々に明るくなる世界。 右手だけが空気を切った。 水面を叩く音が聞こえた。 藻掻いた先、更にその先。 空を切り裂く者を俺は知っていた。 光を失った筈の眼がそれを捉えた。 紅に染まる空、白い何かが羽ばたいていた。「何時まで寝ぼけてやがる! さっさと手伝いやがれ!」 それは白い翼だった。 それは蒼く光る剣を持っていた。 それは黒い髪をなびかせていた。 俺は知っている。 強い意志を宿した眼を、それを持つ少年を知っている。-機体照合 IS学園所属 白式パイロット 1年1組 織斑一夏- アレは一夏だ。 一夏が飛んでいた。 頭によぎる海に落ちるヴィジョン(映像) 死んだはずの俺がどうして眼を覚ましたのか、そんな事はどうでも良かった。 問題は、あの馬鹿が一人で福音と鍔迫り合いをしていると言うことだ。 俺にはその意味が考えるまでもなく分かった。 どうせ。 何も考えず、感じるまま一人で飛び出したに違いない。 その証に福音に押されている。 善戦しているが半分以上、運だ。 直にあのロンギヌスを喰らう。 そうしたら全て台無しと言う事だ…… こ、この、こーーー「このバカイチカ! のこのこ何しに来やがった!」「うるせぇこのアホマコト! どこかの誰かが余りにも弱っちいから助けに来てやったんだろうが!!」 金属同士をぶつけ合う重い音が響いた。火花が散った。頭に来た。言ってくれるじゃないか。俺に全敗のレコーダー(記録保持者)が!「さっさと帰れこのバカ! 今にもやられそうじゃ無いか!」「うっせぇ! 偉そうなこと言えたザマかこのアホ!」 こ、こんガキ……人が下出に出てれば調子に乗りやがって! みやに展開を指示するが、発動しない。代わりに自己修復中と伝えてきた。一夏の到達する時間が計算より、非常に速かったらしい……みやもグルか。 福音が上昇すれば一夏も上昇し。樽の内壁に沿うように、弧を描きながら福音が下降すれば一夏もそれに続く。一夏は必死に、距離を離されないように喰らい付いている。 福音の最大攻撃効果距離は中距離。銀の鐘による飽和攻撃は一夏にとってに鬼門だ。 雲を裂きながら上昇していた福音が、反転。羽を広げ雫を撃ち出した。白式は翼を広げると、矩形軌道を描き、回避。零落白夜を小刻みに振い、迫る雫を迎撃。 一夏の咆吼が響く。 ミリ秒レベルの隙を突いて加速、袈裟切りに打ち下ろした一刀は空を切り、福音は右手を広げ、掲げた。 福音の放った黒い錐が、一夏の頭を掠めた。俺の頭から血の気が引いた。一夏の黒い髪の毛が空に散った。絶対防御無効化攻撃、直撃すれば即死だ。俺はその最悪な、最大級の馬鹿げた結末を見逃す訳には行かなかった。 みや展開まであと20秒。「お前が死んだら全てが終わるんだよ! いい加減立場を自覚しろーーー!!」「いいか良く聞けこのアホ! 寝ぼけて聞いてないようだからもう一回言ってやる!」 みやが光を放ち、水が暴れ始めた。懐に飛び込んだ一夏に、福音はその身を高速回転させ、振り回した左踵を打ち下ろす。一夏、踏み込み。一夏は左肘を上げ、福音の蹴りを回転軸近くで受け止めた。が、弾き飛ばされた。格闘戦は向こうが上だった。 福音はマントを翻すかのように、回転させながら翼をまとめ、広げると、大量の雫を撃ち出した。白式、姿勢制御。被弾。落下。再姿勢制御。水面を這うように回避を続ける白式に、俺は声を荒げた。右脇腹に痛みが走る。「逃げろ! 良いから逃げろ! 四の五の言わずさっさと逃げろ! 逃げないなら俺が撃ち落とすぞ! この大馬鹿野郎ーーーー!!」 みや展開まであと15秒。「俺は静寐を愛してる!」 そうかそうか! そんなに蜂の巣になりたいなら高速徹甲弾をお前のケツにぶち込んで……は?「待て! 今お前なんて言った! いや言わなくて良いからさっさと帰れ!」 展開まであと5秒。海面が激しく揺さぶられる。「俺は! 織斑一夏は鷹月静寐という女の子に惚れた! 何度でも言ってやる! 俺は静寐を愛してる!」 力が抜けた。それは、「お前……お前は! 自分がなにをしたか分かっているのか! 特定の誰かの為に立つ、それは世界の否定、英雄たる己の否定だぞ!」「知った事か! 俺は俺だ! 他の誰でも無い! 俺は俺の歩む道を自分で切り開く! 決める! 仕方がないなんて、諦めるなんてクソッタレだ! ……文句あるか?! 自称賢者のアホ真! 俺の有様、一粒漏らさず眼に焼き付けやがれ!」 一夏、お前は己の有り様を捨てるというのか。それがどれ程の影響を及ぼす? それこそ世界レベルの大異変だというのに。「これが俺の証だ! 分かったらさっさと手伝いやがれ! こいつスゲー堅いんだ!」 必死で福音を捌く一夏は凄い形相だった。俺は笑っていた。一夏の馬鹿面じゃない。そうか。そう言う事か。俺は、こいつに負けたらしい。完全無欠の大敗北だ。 “諦めない”これが一夏の証だった。こいつは己の有り様を捨て、いや変えてまでも、俺を助けに来た……仕方がない。本当に仕方がない。これ程の誠意を、証を見せられては、仕方がない!-修復完了 フレーム量子展開開始- 胸のみやがあたりを震わせた。水が弾かれ、半球形状に押しのけた。身体が宙に浮いていた。蒼い光が、集まり黒い鎧となった。広げた黒い翼が-飛翔-雲に届かんばかりの水柱を立てた。 立ち上る水柱の中、降り注ぐ飛沫の中、その先にあいつが居た。「一夏ぁぁぁぁぁぁぁっーーー!」 俺は声を出した。腹の底から自分の底からありったけの声で叫び、空へ駆け上がった。あいつに、あの男に、一夏が待つその場所に。-シールド再稼働 異常なし--機動システム 異常なし--残攻撃兵装36%--条件付き(白式共闘)で作戦実行に支障なし--データリンク完了--僚機白式 再接続- ヴェルトロ(狙撃銃)量子展開。照準、距離1800m、発砲。弾丸は、空気を貫き、飛沫を巻き込み、福音の額を弾いた。体勢を崩した福音に一夏が竜巻のような回し蹴りを入れ、雲の中に打ち込んだ。 駆け上がった俺は、地球の丸みが見えるその場所で。海と雲を背に、翼と手足を尊大なまでに広げ、大空に立つその男を見た。その瞳を見た。 一夏……覚えたからな! お前の眼差し! お前の姿! 二度と! 二度と忘れるものか!「一夏! 覚悟しとけよ! 後で言いたい事が山ほどあるからな!」 弾倉量子交換。0.2秒。ライフルを掲げると一夏は笑い叫んだ。その挑発的な眼のむかつきさ加減と言ったら本当ない。だが、俺にとってお前以上の存在はない!「あぁ! 文句なら後でしっかり聞いてやる! 後でな!」 光子の歌が響いた。雲が裂け、6枚の光の翼を広げた福音が現われた。俺らの眼がそれを貫いた。「「倒す!!」」 反撃開始!--------------------------------------------------------------------------------このイベントの原型を作ったのはいつだったかなー と思い起こせば多分去年の夏頃。これは一夏と真が和解する象徴でした。当初予定した他のイベントがことごとく変更、キャンセルされて行く中で、これが残るが非常に不安だったのですが、いや良かった良かった。2013/01/28【追伸】真の独白の合間に入る、一夏の独白からBGM「The Liberation of Gracemeria」を流すと燃えるかも知れません。【補足1:白式の経路】千冬→本音(白式整備補助)→静寐以下、ネタバレかもしれない作者のぼやき自動車免許証が取り消しになっても、自動車を運転する能力は残ります。一夏の能力はそんな感じ。真が生き返った理由ですが、恐らくご推察の通りナノマシン。みや再起動も同じです。真は一度死ぬ必要があった訳ですが、それは後日説明の予定。みやとアレテーが首謀者です。真の眼は治りましたが、左腕は治ってません。これも後日。でも色は碧のまま。