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No.32237の一覧
[0] 【完結】HEROES インフィニット・ストラトス【チラ裏より】[D1198](2014/08/20 08:37)
[1] 00 プロローグ[D1198](2012/03/21 22:13)
[2] 01-01 ショートホームルーム[D1198](2012/03/20 22:06)
[3] 01-02 出会いと再開[D1198](2012/03/20 22:11)
[4] 02-01 篠ノ之箒[D1198](2012/03/21 22:50)
[5] 02-02 セシリア・オルコット1[D1198](2012/03/24 07:13)
[6] 02-03 セシリア・オルコット2[D1198](2012/04/08 09:32)
[7] 02-04 セシリア・オルコット3[D1198](2012/04/08 09:40)
[8] 02-05 セシリア・オルコット4[D1198](2012/03/24 21:42)
[9] 02-06 セシリア・オルコット5[D1198](2012/03/24 21:59)
[10] 03-01 日常編1「お説教」+「IS実習」[D1198](2012/08/24 20:32)
[11] 03-02 日常編2「引っ越し」+外伝「Miya」[D1198](2012/08/24 20:33)
[12] 03-03 凰鈴音1[D1198](2012/04/22 16:51)
[13] 03-04 凰鈴音2[D1198](2012/04/29 22:37)
[14] 03-05 凰鈴音3[D1198](2012/12/04 16:00)
[15] 03-06 外伝「織斑千冬の憂鬱」+日常編3「2人の代表候補」[D1198](2012/08/24 20:13)
[16] 03-07 日常編4「模擬戦1,2」+「真と、」[D1198](2012/08/24 20:33)
[17] 03-08 日常編5「現状維持」+「模擬戦3,4」[D1198](2013/06/30 14:12)
[18] 03-09 クラス対抗戦[D1198](2012/07/06 21:23)
[19] 04-01 日常編6「しばしの休息」+「戦場に喇叭の音が鳴り響く」+AS01+02[D1198](2013/07/05 21:55)
[20] 04-02 日常編7「終わりの始まり」+「凰鈴音」[D1198](2012/07/09 00:08)
[21] 04-03 日常編8「五反田の家」+「古巣」[D1198](2013/06/30 14:33)
[22] 04-04 日常編9「貴公子来日」[D1198](2013/06/30 14:38)
[23] 04-05 日常編10「乙女心と梅雨の空」[D1198](2013/06/30 14:42)
[24] 04-06 分岐[D1198](2012/08/14 21:05)
[25] 04-07 日常編11「綻び」[D1198](2012/08/19 21:59)
[26] 04-08 日常編12「デュノアの私生児」[D1198](2012/08/28 12:14)
[27] 04-09 日常編13「胎動」[D1198](2012/08/30 21:16)
[28] 04-10 日常編14「襲撃」+「己の道」[D1198](2012/09/08 10:38)
[29] 04-11 日常編15「幕の間」[D1198](2013/07/05 21:40)
[30] 外伝2 とある真のズレた一日[D1198](2012/10/02 08:25)
[31] 05-01 シャルロット・デュノア1[D1198](2013/07/05 21:41)
[32] 05-02 シャルロット・デュノア2[D1198](2012/09/24 17:19)
[33] 05-03 シャルロット・デュノア3[D1198](2012/09/27 08:43)
[34] 05-04 シャルロット・デュノア4[D1198](2012/09/29 23:40)
[35] 外伝3 ほんねのきもち[D1198](2012/10/02 09:51)
[36] 05-05 日常編16「少女たちの誓い」+「帰国」[D1198](2012/10/10 22:44)
[37] 05-06 日常編17「予兆」【12/10/17大修正】[D1198](2012/10/17 22:42)
[39] 05-07 セシリア・オルコット6[D1198](2012/10/14 21:09)
[40] 05-08 新しい在り方[D1198](2012/10/17 00:42)
[41] 05-09 日常編18「朝」[D1198](2012/10/21 00:04)
[42] 05-10 日常編19「トーナメント前夜1」[D1198](2013/07/05 21:43)
[43] 05-11 日常編20「トーナメント前夜2」[D1198](2012/10/26 11:23)
[44] 05-12 学年別トーナメント1,2[D1198](2012/11/16 22:00)
[45] 05-13 学年別トーナメント3,4[D1198](2012/11/24 12:48)
[46] 05-14 学年別トーナメント5+日常編21「夏草や兵どもが夢の跡1」[D1198](2012/12/03 15:03)
[47] 05-15 日常編22「夏草や兵どもが夢の跡2」[D1198](2013/07/05 21:46)
[48] 05-16 Lost One’s Presence 1[D1198](2012/12/04 16:09)
[49] 05-17 Lost One’s Presence 2【注:アンチ期間開始】[D1198](2012/12/23 18:02)
[53] 05-18 日常編23「少女たち改1」[D1198](2012/12/24 23:50)
[54] 06-01 ラウラ・ボーデヴィッヒ改1[D1198](2012/12/24 20:47)
[55] 06-02 記憶[D1198](2012/12/24 20:47)
[56] 06-03 Broken Guardian 1[D1198](2013/01/04 10:05)
[57] 06-04 Broken Guardian 2[D1198](2013/01/07 17:07)
[58] 06-05 Broken Guardian 3[D1198](2013/01/12 00:08)
[59] 06-06 Cross Point[D1198](2013/01/15 20:20)
[60] 06-07 Broken Guardian 4[D1198](2013/01/21 14:58)
[61] 06-08 Broken Guardian 5[D1198](2013/03/22 13:27)
[62] 06-09 UnBroken Guardian[D1198](2013/02/17 07:09)
[63] 06-10 HEROES【アンチ期間終了】 改1[D1198](2013/03/21 12:17)
[64] ネタバレかもしれない作者のぼやき特装版![D1198](2013/02/17 07:12)
[65] 織斑の家[D1198](2013/02/18 07:20)
[66] 外伝 ぼくのおとうさん[D1198](2013/02/18 07:18)
[67] 友達の友達 ~五反田兄妹~[D1198](2013/02/18 07:22)
[68] Everyday Everything[D1198](2013/02/18 07:19)
[69] 外伝 邂逅[D1198](2013/02/18 07:22)
[70] 夏休みの2人[D1198](2013/02/28 16:33)
[71] 過去編 布仏虚1[D1198](2013/03/26 21:55)
[72] 過去編 布仏虚2[D1198](2013/03/29 20:30)
[73] 過去編 布仏虚3[D1198](2013/04/03 21:38)
[74] 過去編 布仏虚4[D1198](2013/04/07 19:44)
[75] 01-01 平穏なり我が日常その壱[D1198](2013/04/17 21:48)
[76] 01-02 平穏なり我が日常その弐[D1198](2013/04/17 21:49)
[77] 01-03 更識楯無[D1198](2013/04/21 17:10)
[78] 01-04 平穏なり我が日常その参[D1198](2013/05/27 19:23)
[79] 02-01 学園祭1[D1198](2013/04/29 22:26)
[80] 02-02 学園祭2[D1198](2013/05/07 20:36)
[81] 02-03 学園祭3[D1198](2013/05/16 21:21)
[82] 02-04 学園祭4[D1198](2013/05/29 20:59)
[83] 02-05 学園祭5[D1198](2013/07/05 21:48)
[84] 03-01 更識簪1[D1198](2013/06/23 22:39)
[85] 03-02 更識簪2[D1198](2013/07/05 21:49)
[86] 03-03 更識簪3[D1198](2013/07/07 21:06)
[87] 03-04 更識簪4[D1198](2013/07/11 20:40)
[88] 03-05 更識簪5[D1198](2013/07/20 01:07)
[89] 03-06 更識簪6[D1198](2013/08/22 14:53)
[90] 03-07 更識簪7[D1198](2013/08/28 11:51)
[91] 03-08 更識簪8[D1198](2013/09/08 17:27)
[92] 04-01 平穏なり我が日常その四[D1198](2013/10/13 22:53)
[93] 04-02改 紅椿(ブービー・トラップ)[D1198](2014/06/07 21:12)
[94] 04-03改 遺跡(ゲートストーン)[D1198](2014/06/07 21:13)
[95] 04-04改 楽園(異能者たちが願った世界)[D1198](2014/06/07 21:14)
[96] 04-05改 亡国企業(ファントムタスク)[D1198](2014/06/07 21:14)
[97] 04-06 別れ(シャルロット・デュノア)[D1198](2014/06/07 21:15)
[98] 04-07 開幕(篠ノ之束)[D1198](2014/06/07 21:15)
[100] 04-08 誕生日(マイル・ストーン)[D1198](2014/06/07 21:16)
[101] 04-09 更識楯無(新しい仲間)[D1198](2014/06/07 21:17)
[102] 04-10 別れ(セシリア・オルコット)[D1198](2014/06/07 21:17)
[103] 外伝 定番イベント[D1198](2014/06/02 20:52)
[104] 外伝 贔屓とやきもち[D1198](2014/06/05 22:11)
[105] 外伝 とある一夏の日常(ダイアリー)[D1198](2014/06/07 08:32)
[106] 04-11 少女たちの挽歌(レクイエム)[D1198](2014/06/09 11:53)
[107] 04-12 出発(Determination)[D1198](2014/06/11 23:07)
[108] 05-01 ファントム・タスク編 復活(赤騎士)[D1198](2014/06/21 21:38)
[109] 05-02 ファントム・タスク編 真1(産軍共同体)[D1198](2014/06/26 23:56)
[110] 05-03 ファントム・タスク編 一夏1(総天然色ナチュラルボーン)[D1198](2014/07/03 19:30)
[111] 05-04 ファントム・タスク編 真2(不死者の悲嘆)[D1198](2014/07/11 23:33)
[112] 05-05 ファントム・タスク編 一夏2(クロス・ワールド)[D1198](2014/07/15 18:21)
[113] 05-06 ファントム・タスク編 一夏3(理想と現実と)[D1198](2014/07/21 18:51)
[114] 05-07 ファントム・タスク編 真3(スコール・ミューゼル)[D1198](2014/07/25 20:08)
[115] 05-08 ファントム・タスク編 帰還(セシリア・オルコット)[D1198](2014/07/31 14:43)
[116] 06-01 IS学園攻防戦 前編[D1198](2014/08/05 21:20)
[117] 06-02 IS学園攻防戦 中編[D1198](2014/08/08 19:26)
[118] 06-03 IS学園攻防戦 後編[D1198](2014/08/10 21:50)
[119] 06-04 赤騎士編(邂逅)[D1198](2014/08/13 22:00)
[120] 06-05 赤騎士編(赤騎士討伐隊)[D1198](2014/08/15 22:47)
[121] 06-06 赤騎士編(篠ノ之束)[D1198](2014/08/17 14:11)
[122] 06-07 赤騎士編(最後の戦い)[D1198](2014/08/18 20:38)
[123] 最終話 新しい家族(On Your Mark)[D1198](2014/08/20 08:37)
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[32237] 06-04 Broken Guardian 2
Name: D1198◆2e0ee516 ID:3516d58f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/01/07 17:07
06-04 Broken Guardian 2

あけました。おめでとうございます。
今更ですがPV10万越え、ありがとうございました。


 Broken Guardian 2
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 食事を終え、割り当てられた部屋に戻った少女たちが、入浴までの空いた時間をどのようにして遊ぶか、そう思案に耽っていた頃。横4人並べば塞がってしまう程度の廊下の先で、1人の少女が揺らぐ影を見た。天井から明かりが差しているにもかかわらず、黒い靄のようにはっきりしない。

 幽霊か、妖怪か、そう少女が恐れ戦きつつも眼を凝らすとそれは人影だった。徐々に近くなる。冷や汗が出る。ここはIS学園警備下の宿泊施設だ。不審人物は居ないはず、そう分かっていても、その人影の纏う雰囲気がその少女の危機感、恐怖感を煽り立てた。

 悲鳴を上げるべきか、でも声が出ない。逃げるべきだ、身体が動かない。

 呼吸が荒くなる。身体が震え、歯が打鳴る。心臓が破れそうなほど動悸が高鳴ったとき少女が見た者は、見知った目付きの悪い少年だった。その少年は左頬と首回りに傷を持ち、左腕がなく、目を瞑りISスーツを着ていた。

 少女は安堵し腰を抜かした。今度は怒りがわき始めた。

「真がそう言う事すると洒落にならないから気をつけてってば!」

 彼は廊下にぺたんと座る少女を閉じた眼で見下ろすと、僅かの間の後こう言った。部分展開されたハイパーセンサーが僅かに唸る。

「やぁ相川。確かに元気だ」
「は?」

 清香は間の抜けた声を出すと、真をそのまま見送った。理解出来ない、今のは何の冗談なのかと、どういうつもりなのかと、問い正すべきだと理性は訴えた。だがそれを確認するとまだ知らない事実を知ってしまうから止めろと直感が止めた。

 結局清香は誰にも言う事が出来ず、遊ぶ気にもなれずそのまま部屋に戻り寝る事にした。明日、目が覚めれば全て戻っているとそう信じて目を閉じた。


-----


―相川清香。15歳。1年2組。一般生徒。俺が学生だった頃、同じクラスだった。ショートカットで元気が良くハンドボール部所属。凰鈴音と仲が良い。打鉄を好んで使い、狙撃にセンス有り―

 割り当てられた部屋に入った真は、手早くISスーツを脱ぐと、備え付けのシャワー・ルームで湯を浴びた。みやが真に示す清香は笑っていた。それはラウラが持っている情報を元に即興で作った名簿である。

(会えば思い出すかもと思ったけれど、そう都合良く行かない、か)

 彼は頭上から降り注ぐ湯の玉を浴びながら額をベージュの浴室に打ち付けた。

(何時まで俺で居られる。何時まで持つ。もう1人の俺になった時俺はどう行動する。皆に危害を加える? ラウラの様子だとその不安は無さそうだけれど、誰かに言うべきか。言ったらどうなる。この瞬間すら無くなる。違うか、もう1人の俺に戻るのか。なら今の俺は何だ……どうしたらいい)

「血反吐吐いて、失明して、左手失って、死を覚悟して、自分を持ったらその結果がこれか」

 その独白は声にならなかった。彼は壁に埋め込まれたコンソールに手を添えると湯量を増やし温度を上げた。漏れた嗚咽は湯の音にかき消え、涙は湯が流し去った。湯の熱は身体を叩き、痛みが迸る。そうでもしないと、今この瞬間にでも、己という存在が消し去ってしまいそうだった。

 湯を止め、身体を拭きながら彼は浴室を出た。その部屋はラウラの部屋でもあるが、それに大した意味は無い。ラウラとは半ば同居状態であった上、この臨海学校中は交代で警備に当たる。2人一緒に居る時間は空の上だけだ。今頃、星空の中を彼女は白銀の髪を靡かせている。

(今の俺が子供を作ったらその子はもう1人の俺を父親と呼ぶのだろうか。ラウラに頼んでみようか。ひょっとしたらあっさり受け入れてくれるかもしれない。受諾ってさ)

 自分の愚かな考えを振り払うと彼は壁に近づき、鞄に手を伸ばすと衣服に身体を通しながらこう言った。

「で、男の部屋に何の用だよ。まだ8時とはいえ1人で来るなんて常識に欠けるぞ……箒」

 部屋の奥の窓際の、竹で織り込んだ椅子に腰掛ける少女は、浴衣姿の箒だった。いつか見たように、何時も見たように、緑の結い布で髪を結んでいた。目尻は釣り上がっていたが、瞳は揺らいでいた。彼から目を逸らし頬を染めていた。

「ノックはしたのだが、気配はあれど返事がなくてな。入らせて貰った」
「答えになっていない」
「あのドイツ人と同室なのだろう?」
「ラウラはあと4時間は戻らないぞ」
「なら好都合だ」
「済まないけれど、今の俺は冗談を言う気分じゃないんだ。早く部屋に戻ってくれ」
「知っている。だから私はここに来た」
「慰めてくれるって? 10年早いよ」
「その時私は25だが」
「例え。早く帰るんだ。帰らないなら俺はこのまま夜空に帰る」

 箒は立ち上がると、そのまま両膝を床の上に付け、両手を付け、頭を深々と下げた。結った黒く長い髪が、畳の上でうねり光沢を放っていた。戸惑う真に箒はこう言った。

「教えてくれ真。お前は何を見出した? 私は“どうしたら良い?”」

 遠くから届く少女たちの喧噪と、波の音がその部屋で混ざり合っていた。


-----


 真はライトグレーのスウェットを纏う。休憩時ではあるが非常時に動き易くする為だ。だから、ウェストホルダーに拳銃もあった。左腕にはバランス取り用に、重さを調整した、動かない医療用義手が取り付けてあった。

 彼は窓辺の席に箒を招くと、自販機で購入した缶の紅茶を手渡した。竹を編み込んだテーブルを挟んで2人は腰掛ける。雲が時折かかる程度の月夜で、窓から見える月は夜空との境を縁取るほどに蒼かった。最初に口を開いたのは真だった。

「力とは何か?」

 箒は静かに頷いた後こう切り出した。

「あの時、第3アリーナで、あのボーデヴィッヒを倒した一夏を見て私は嫌悪感を覚えた。だがそれは一夏に対してではない、私に対してであったんだ」
「あの時の一夏が箒?」
「そうだ」
「真。かっての私は、いや今でもそうかもしれない。私は力に溺れ縋った」

 箒が語り出したのは彼女がここに立つ、正確に言えば静寐と本音に出会うまでの生い立ちだった。彼女はISを生み出した篠ノ之束の妹という理由で、当時幼心ながらも好意を寄せていた一夏と別れ離れになり、その後も保安上の理由で各地を転々とした。家族とも引き裂かれた。幼い子供にその環境は劣悪極まりなく、彼女は徐々に精神を歪め、周囲に壁を作り、友人も持たなかった。

 ただ一つ。一夏との思いを、思い出のみを糧にした。箒は一夏と唯一共有した剣道に縋りそれのみを歪なまでに鍛え上げた。それが篠ノ之箒という少女の有り様だった。

「あの時話したと思うが、私は静寐と本音に出会い徐々に変わったのだろう。そして昔の自分を忘れた。だが、」
「あの時の一夏を見て、かっての自分を見せつけられたように感じた?」
「そうだ。その時私は同じ事を繰り返しているのでは無いかと、」

 怖くなった、と箒は眼を伏せ呟いた。彼はこう答えた。

「箒。それは自分で見付けないと駄目だ。俺が何千何万の言葉を費やしても、箒には伝わらない」
「私には“時間が無い”んだ」
「何故急ぐ」
「私には2人と交した誓いがある。その誓いを守る為には力が必要なんだ。だが誓いは待ってくれない。だが、それはかっての私が縋った物と同じだと思うと怖い。私はどうしたら良い」

 箒の問いかけはかって真が辿った道だった。己を否定し、一夏という絶対の存在に縋り、破滅し掛けた道だった。彼は学園や近しい彼女らに救われた。

(人から人に伝わる、か)

 真は水を飲み月を一瞥すると、こう箒に語り出した。

「ある人が俺に言ったよ。自分を尊重しろ、まずそれだってさ」
「自分?」
「そう。箒は多分あれだ。その誓いを大切にするがあまり、篠ノ之箒という女の子の有り様を犠牲にしてる」
「しかしそれでは誓いが果たせない」
「もしその誓いに箒が居ないなら、土下座してでも出来ないと謝るべきだ。そうしないといつか箒が壊れる」
「私に誓いを、反故しろというのか!」

 彼は手を上げ諫めた。

「一方的に破棄するなら問題だけれど、その相手の同意があるなら問題ないだろ」
「しかしそれでは、」
「誇り、約束は大事さ。でもその結果箒が壊れたら意味が無い。その誓いを交した相手というのは、謝っても許してくれない相手か?」
「いや、許してくれる、と思う」
「なら簡単。謝ってくるんだ」
「それはできない」
「何故?」
「それは私の意思でもある」
「箒はそれをしたいと望んでいる?」
「そうだ」


-----


「箒はさ、良い事と悪い事とは何か、って考えた事はあるか?」
「それがどう関係する?」
「いいから」
「……道徳や法律、マナー。公共に反する事が悪い事だろう」
「表面上は合ってる」
「違うのか」
「例えば清貧って言葉がある。慎ましく生活するという考え方」
「当然だな。欲望に流されるなど言語道断だ」
「禅宗を基本とする武士らしい考え方だよな。でもさ箒、欲望ってそんなに悪い事か? そもそも何故悪い? たらふく食べても、沢山女の人を囲っても、豪勢な家に住んでも、誰かに迷惑が掛らなければ別に問題ないだろ?」
「それは道徳に反する」
「道徳ってなに?」
「皆が決めた決まりだ」
「それは何の為に?」
「集団で生活する為に必要なルール」
「もう一度聞くぞ、集団生活と欲望はどう関連する? 地域清掃なり、身体が不自由な人の手助けなり、お金を出し合って公共の施設を作る事、それら公共的行動と、欲望を持つ事は関係無いだろ」

「つまり。真。お前は肉欲食欲消費欲を持つ事は正しいというのか」
「人に迷惑が掛らないという前提であれば、そう」
「それらに精神的嫌悪感を感じる人達が居る。その人達はどうする」
「それは嫉妬なんだよ箒。もし清貧にしろ何にしろ、それ自体に価値を感じ、自己で完結するならば他人をどうこう思わないだろ? でもそうじゃない。 自分がこんなに苦しいのにあいつらは良い思いをしている。それが許せない。大半の人はこう考えるんじゃないか?」
「それは嫉妬ではなく教育と教えと呼ぶべきものだ」
「定義が問題じゃ無い。良い悪いというのはあくまで状態を指しているにしか過ぎない。その質自体が問題。嫉妬ってのは言い換えると足の引っ張り合いなんだよ。考えても見ろ。嫉妬は底が無いぞ。あいつは俺より頭が良い。あいつは俺より身体が丈夫。あいつは俺より金を持っている。俺は苦労しているのにあいつは楽をしている。あいつは俺より……何処を基準に取る? 誰もが相対的な基準を持つ。皆が皆、低い方に低い方に流れると、文明なんて無い。だから逆に上へ向く必要がある。皆が手を取り合い上を向き、登る為に励まし合う必要がある」

「それが欲望を是とする事とどういう関係がある」
「欲望というのは性欲にしろ肉欲にしろ、身体、自然界が生み出した、自然的な欲求なんだよ。誰かの側に居たい。誰かの温もりが欲しい。美味しい物を食べたい。自己を実現したい。これを否定するから辛くなる。辛くなると自分を削る。自分を削れば後は破滅。それがいやなら人間を、生物を止めるしか無い」

「しかし欲望というのは争いを産む。それ程世の中は調和的では無い。矛盾が生じる」
「そう。生きるってのは矛盾なんだよ。辛く苦しい。あまり苦しいとその理由が欲しくなる。誰かのせいにしたくなる。何かに縋りたくなる。自分を責めたくなる。でもさ、箒。その苦しみに意味があると思う? 世界はただ機械的に動く。神様なんていない。その悲しみに価値を与えてくれる、助けてくれる存在なんて無いぞ」

「苦しみのみと言うならお前は何の為に生きている」

「俺を形作っているのはこの学園。学園その物を目指すと絶対化し自分を低くしてしまうから、学園を守ろうとしている。それが今の俺に出来る事、望む事。もう少し余裕が出来たら、明日は何か良いも物の為。もし優れた者が居るならそれを支え、目指す。俺も上へ上へと向く。皆がこれを繰り返せば、最後に居るのは―」

(一夏かもしれない)

「何だろうな」真顔で言い切る真に箒は「ここまで期待させてそれは無いだろう」と笑いながら言う。

「無茶言うな。俺は普通の16歳だよ。賢者じゃない」
「お前の何処が普通なのだ」
「酷いぞ、それ……だから、箒もまず胸を張って自分を尊重してみたらどうか、と思うよ」
「お前はそれを自力で見出したのか」
「まさか。教わったんだよ。大切な人から、ね」
「たいせつ?」
「あぁ。それより箒ありがとう。俺も初心を思い出したよ。これで腹をくくれた」

 部屋の時計を見れば午後10時を指していた。流石に限界だと、真は箒に帰宅を促し、立ち上がった。歩くつもりの彼は上肢を引かれ、仰け、反る。彼の視線の先には真の手を掴む箒の姿があった。15歳の少女の瞳には不安と決意の色があった。彼は箒の行動を見定めようと、彼女に向いた。

「真、私の答えを聞いてくれないか?」
「明日じゃ……駄目だな。分かった聞くよ」真はもう一度すとんと腰掛けた。右手は繋がれたままだ。かって2人が義理からデートをした時のように指を絡めていた。彼は戸惑いながらも少女を見据えた。

「たとえ話をするぞ」
「了解」
「仲の良い3人組が居たとしよう……なんだその顔は」
「別に。続けてくれ」
「そのうちの2人がある奴の事が好きで」
「うん?」
「残りの1人が毎日そいつの話を聞いていたとしたら、どうなると思う?」
「そりゃ……あ」

 彼はじっと見つめる箒の瞳に気づいた。彼女は指に力を入れる。彼は絡め返さない。

「前に言った事を覚えているか? 辛くなったら言うのだぞ、と」
「箒。俺は、」

「お前は何かに耐えている」
「箒、」

「お前はいつの間にか戦場に赴き、傷付きそれを繰り返してきた」
「やめるんだ。それを口にすると戻れなくなる、」

「今までもそうであったように、これからもそうあるのだろう」
「辛いのは何時か癒える。時が経てばそんな事もあったと笑える時が来るから、」

「私はお前と共にありたい」

 真は、堅く傷の付いた手に添える白い指の温もりを感じていた。これを得られればどれ程素晴らしいかも彼には理解出来た。

「真、私を頼ってくれないか。そうすれば私は―」

 だが、彼の有り様はそれを許さなかった。

「済まない。俺は、」

 箒の指から力が抜ける。

「箒に応えられない」
「……そうか」彼女は小さく呟くと、手を引いた。
「ごめん」彼は深々と頭を下げた。テーブルの縁に額が当たった。
「止めてくれ。それ以上されては私が道化になってしまう。色々面倒を掛けて済まなかったな」

 箒は目に涙を浮かべ笑うと立ち上がり背を向けた。結い上げた髪はなびく事無く、垂れ下がっていた。ゆっくりと歩いて扉を開き、部屋を出た。走る足音が聞こえたのはその後だった。

(俺はもうじき俺でなくなる。箒の事を忘れる。どうにもならない……仕方がない)

 向けられた真っ直ぐな好意。彼は右手を何度も握りかえしていた。部屋の静けさが耳に障った。





 臨海学校3 ここまで去年。ここからお正月。めでたく行きます。
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 彼は上機嫌だった。何時もと変わらない夜の空。

 ぽっかりと浮かぶ丸い月。建物の縁を走る廊下からは海が見えた。無機質な、微かに濁る硝子越しに、草木が見えた、虫が鳴いていた。何時もと変わらない、なんと言う事も無い、風景。それらが違って見えた。見るだけで、心が弾む。満たされる。

 それは彼が、初めて持つ物だった。誰もが持ち得る、今まで彼が持たなかった物。不安も迷いもあったが、それ以上に嬉しさが彼を満たしていた。

(しっかし、あの静寐がなー あんな癇癪持ちだとは。意外と言うか、人は見かけによらないというか)

「お恨み申し上げます、なんちって」
「一夏」
「ごめんなさい」
「……どうして謝るのさ?」

 一夏は振り向かずに答えた。

「いや、なんでもないぜ?」

 僅かに声も震える。木目の廊下に白い壁、白色光の照明が、天井をぽつんぽつんとゆっくり照らす。図ったかのように誰も居なかった。

「シャルと静寐って似てるよな」と頬を強ばらせて一夏は言った。怖いところが、とは言わなかった。「そうなんだ。静寐の事考えてたんだね」と彼女は言うので、彼はそれをやんわりと否定した。

 冷や汗を掻きながらゆっくり振り返ればそこに、笑顔のシャルロット。深みのある金髪を結い上げて、白い肌はほのかに赤く、透き通った碧の眼、天然のアイシャドウ、可憐と色気を織り交ぜて、笑顔に影を刺していた。

「一夏ってさ、もてるよね?」
「何処がだよ」
「清香とか、ティナとか、癒子とか、ナギとか、元気な娘から温和しい娘まで、たくさん」
「IS学園だぜ? 友達作れば女の子だけになるって」
「友達以上の関係にみえるかな。とても怪しい」
「言いがかりだぜ、それ」
「清香のブラを脱がそうとしてた」
「ズレたから直してたんだって! ……つか、シャルは何が言いたいんだよ?」
「女の子に振り回されてる、尻に敷かれてる」

 失礼な、と言わんばかりに口を尖らせる。

「だって静寐に怯えてるよ?」
「こういうのは尊重してるって言うんだぜ?」
「本当に?」
「当然。偉ぶるつもりは無いけどよ、やっぱり対等じゃないと“長続きしない”と、お、も、」

 思う、と言う彼の言葉は霧散した。うふふ、と底冷えする笑み。一呼吸のあと彼女は青ざめた彼の手をそっと手に取った。少女の細い十の指は、彼の手に絡まった。指を見ていた彼が視線を上げると一転。そこには二つの潤んだ瞳と、唇一つ。

「だったら、証拠見せて」

 彼は浴衣の襟の奥、深い影を虚に見ていた。


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 彼は、彼の手を引くシャルロットの後ろ姿をぼんやりと見る。結い上げたシャルロットの金の髪。ほつれが揺れる。歩む度に、脚を動かす度に、波打つ浴衣の皺が彼を夢の中に誘った。手を引かれ、彼が向かった先は彼の部屋である。手を引く少女がこの部屋に入るのは何ら問題は無い。何故ならこの部屋は、

 僕たち2人の部屋だからね。

 そう囁く少女の声は濡れていた。なんらおかしいところは無い、それは学園が割り振ったのだ。彼は繰り返し自分に言い聞かせると、ふすまの黒い引き手に伸びる、白い指を見つめていた。

 開いた扉の中は薄暗く、何かがうごめいていた。甘い息づかいが木霊のように何度も響く。彼はそっと手を暗がりに伸ばすと、手を引かれた。その先に座っていたのは、

「わー」
「どんどん、ぱふぱふー」
「織斑君、あそびにきたよー」
「シャル君、こっちこっち!」

 1年の少女たちだった。その数およそ12名。ぱんぱんと何故か鳴るクラッカー。畳の上のテーブルに敷き詰められたのは、トランプやら、人生ゲーム、オセロやら、定番の品々。我に返った一夏はいそいそと少女らに混ざり、彼な彼女は、泣きながら少女たちをもてなしていた。

 壱番手、シャルロット。彼女はテーブルに向いせっせとトランプカードを切っていた。

「あうあうあう」
「シャル君、どったの?」
「皆と一緒に居られて僕は幸せです……ダウト」
「きゃー」

 弐番手、一夏。それは何かと彼は冷や汗を垂らす。

「あっれーこれなんだろうー」ととぼけるのは少女B。手にしているのはビニールのシートで記号が印刷されている、合法的に手足を絡め、られる伝説の遊具だった。

「誰が持ってきたんだろうねー」
「ねー」
「折角だからやらねばなるまいてー」
「賛成ー」

 いやしかし、それはちょっと、いくら何でも浴衣でそれはマズイだろ。とそう思いつつも両腕を固められ、背中を押され、目の前の少女に懇願され、あっさり陥落する一夏であった。

 好青年と美少年。2人にもてなされ、至福の時を噛みしめる浴衣姿の少女たち。それを破ったのは廊下から聞こえる諍いのような声である。皆が手を止め眼を合わせ、ふすまを開けて見えるのは、廊下の角に集う少女の影と影。

 何事かと一夏が向かえば、騒ぎの主は鈴と本音だった。側に静寐も困ったように立っていた。

「鈴ちゃん、早く」
「離せって言ってるじゃない!」

 鈴は廊下の角の柱にしがみつき、本音はその鈴の腰にしがみついていた。

「えーと、本音がひっぱてるのか? それ」
「あ、おりむーが来たよ。鈴ちゃん」

 電気ショックを受けたように、身体を一瞬大きく震わせて、壊れた時計のようにぎこちなく一夏に向けた鈴の顔は、硝子越しに母を呼ぶ幼子の様な顔をしていた。鈴は一夏の姿をゆっくりと確認すると、慌てて騒ぎ出した。

「本音! もう良いでしょ!」
「鈴ちゃん、我慢はだめ」
「我慢なんてしてない! アタシにも都合があんのよ!」
「女の子に酷い事するつれない男の子は早く忘れると良いんだよ」

 何時もの間延びした声と何時になく強硬な態度の本音に、一夏は訳が分からず静寐を見た。彼女は言えないと眼を伏せた。

 皆に助けを求める本音の声。それに応じて周囲の少女たちが手を伸ばし、鈴を強引に一夏に宛がった。一夏は顔赤く戸惑いつつも、胸の中に収まる昔からよく知る小柄な少女を気遣った。

「ごめん。すこしだけ充電させて」

 箒が振られた、彼が行きずりの少女からそれを聞いたのは、鈴の背中に腕を回した時である。





 臨海学校4
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 一夏は、壁に背を預け座っていた。立てた右膝を肘当てに見立てて腕を置き、部屋の中央で布団を敷くシャルロットの後ろ姿をぼんやり見ていた。一夏が思い悩むのは近しき少女たち。そして、今まで考えないようにしていた、もう1人の少年であった。

“静寐ちゃんも箒ちゃんも、突き放す人なんて知らない”

(とうとう本音まで怒らしたか、あの阿呆は)

“箒が告って振られた”

(予想はしていたけどよ、あの大阿呆が)

 一夏は幼なじみである箒を泣かせた事に憤りがあった。だが彼が拳を振りかざすにはためらいがある。

(前の俺なら乗り込んだだろうな、多分)

 箒の様子を見に行った静寐は未だ戻らない。彼は同行の旨を伝えたが、箒と私は違う、優しさは時に苦しめる事になる、と追い返された。

(千冬ねぇも、鈴も様子が変だったし、俺もおかしい。最近こんな事ばっかりだ。本来の様にあるべきだと俺が言う。けど、俺は今の俺を否定したくない、そう感じてる……訳わかんねぇな)

「楽しかったね」

 不意に投げられたシャルロットの言葉。彼女は、漂う重苦しい気配を振り払わんと、先程まで笑顔が満ちていた12畳ほどの部屋を、確かめるように見渡した。彼は微動だにしなかった。

「おう」
「僕、こういうの初めてなんだ」彼女はちらりと一瞥を投げた。
「おう」
「でも、ビーチで遊べなかったのは残念だったかな」彼女は眼を細めた。不審を湛えていた。
「おう」
「……折角一夏専用の水着を用意したのに、ご披露出来なかったのは残念極まりないよ」
「おう」
「見たい?」
「おう」
「分かったよ、僕がんばるね」

 すっと静かに立ち上がるシャルロット。薄い艶やかな衣擦れの音が響く。夢見心地で見ていた彼は、

「ちょっとまてーい!」

 慌てて止めた。目の前には、朱みが混じる白玉の肌。うなじから連なる柔らかな肩には、1本の黒い肩紐が掛っていた。眼が丸まり唾を飲む。彼は頭を何度も振り、わき上がったそれを振り払うと、乱れた浴衣に手を掛け、戻した。

「何考えてんだ!」
「一夏が見たい、って言った」ぷくーと頬を膨らます。
「言ったけど言ってない!」
「訳が分からないよ」
「それはこっちのセリフだって! とにかく!」

 開いた浴衣の影。覗く白い肌と薄手の黒い布。肢体を描く曲線は神の業。顔赤く視線を逸らした彼は「浴衣直してくれ、目に毒だ……」と理性を総動員し声を絞り出した。

 不満を隠すこと無く帯を締め直したシャルロットは、両手を畳に付け、息荒く疲労を隠さない一夏にこう言った。

「それで、一夏は何を悩んでいるのさ」
「普通にそう聞いてくれって」

 彼は畳に突っ伏した。


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 仕切り直しを象徴する部屋の中央に置いた木目のテーブル。静寐に配慮した一夏の説明を、適度に補完しつつ質問しつつ、その一夏に向かい合うシャルロットは静かに湯飲みを下ろすと溜息を一つ付いた。ことりと音がする。

「成る程ね、真と喧嘩して負けたのは良いけれど、一夏自身どうして立ち直ったのかよく分からない。更に周りの、女の子たちとのよく分からない違和感に戸惑っている」

 部屋のふすま越しに、少女たちの笑い声が聞こえてきた。窓硝子越しに草木と波のざわめきが聞こえてきた。彼はふて腐れてこう言った。

「負けてねぇよ」
「話を聞く分には完敗だね」
「まだ未成年だし」
「完敗に乾杯をかけたのはよく分かったよ」

 冷や汗を垂らし湯飲みを口に運ぶ一夏だった。

「それで一夏は、真と喧嘩した時の自分をどう思うのさ」
「おかしかったと思う。なんつーか、身体に振り回されたような」
「静寐の大胆な仮説については?」
「よく分からん」
「鈴の態度について」
「……」
「なるほどね」
「なんだよ」
「何でも無いかな」

 背筋を伸ばし見事な正座の彼女は、物言わず、目を閉じ、澄まし顔である。静かな彼女の居住まいに、一夏は居心地の悪さを感じ、頬を掻く事すらためらった。湯飲みの音、彼は身をすくませた。

「心と体は表裏一体。健全な精神は健全な肉体に宿る。でも強すぎた一夏の身体はその調和を乱し、不安定になっていた。元々真にコンプレックスを抱いていた一夏は、敗北が引き金となっておかしくなった、そんな所かな」

「コンプレックスなんてねぇ」

「自覚が無かっただけだよ。一歳上だけど同学年だった真が、いつの間にか学生を飛び出し、働き始めた。皆が、織斑先生が頼り始めた。焦りと嫉妬……違うかな?」

 彼自身自覚していなかった、彼女の容赦ない指摘に、彼はただ押し黙った。

「自分と他人を比べるのは愚かな事だよ。自分を見据えて歩むべき。それに、静寐の仮説はあくまで彼女の仮説、彼女の解釈でしかない。僕からすれば一夏はブリュンヒルデの弟だから、思い悩む事は無いと思うよ。身体能力という事実はあるけれど、それが証明にはならない。織斑先生とディアナ様だって力を持っているけれど、人と同じように悩み苦しんでる。

 だから、特異な力を持っているからって超人と結びつけるのは早計じゃないかな。一夏を惑わした記憶もそう。誰にもそれを証明出来ない。記憶なんて不確かなものさ、人は自分の都合の良いように改竄するし、作り出してしまう事もある。それを証してくれる神様でも居れば話だけど、ね」

「女の子たちへの違和感は?」

 深々と溜息を付いた。更にとても長い。

「なんだよ、それ」
「何でもないよ。一夏はさ、静寐の告白を受けた時どう感じたのさ?」
「いやなんつーか、兎に角むかつくとか、可哀想とか、腹立つとか、あいつには勿体ないとか、支えたいとか、とかとか」

 咎める様な、拗ねる様な、彼女の視線に早口になる一夏であった。

「僕って損な役回りだね」
「なにが?」
「つまり静寐を見ていたらどうでも良くなった」
「そそそ」

「もうっ、何自慢げなのさ。あのね、一夏が違和と感じているそれは、きっと男の子にとってとても普遍的なものじゃ無いかな。他の娘たちに感じているのはその現れだね」
「よく分からない」
「それ以上聞くなら流石に怒るよ、僕」

 慌てて目を逸らす。口を閉ざす。沈黙が訪れたその部屋の窓からは夜の空が見えた。少女は静かに座っていた。押し黙り足先を見ていた少年は、はっと目を見開くと、天命を得たかのように、立ち上がった。少女は言った。

「役に立ったかな?」
「もちろんだぜ、シャルありがとう」
「何処行くのさ? もう消灯だよ」
「直ぐ戻る」

 少年の姿が、薄暗い廊下の先に消ええる。それを見送ったシャルロットは寂しさと頼もしさと、嬉しさを織り交ぜていた。

「男の子って本当にだらしないね。そう思わないかな?」

 振り向きもせず彼女は背後の主にそう言った。真はISスーツに身を固め、シャルロットの後ろに立っていた。彼は小さく笑っていた。

「最近自信ないな。シャルにまで気づかれるなんて」
「僕は別だよ。一夏の様子を見に来たの?」

 彼は黙って頷いた。

「篠ノ之さんの事聞いたよ。真が選んだ事なら何も言わない。でも、これからどうするのさ? ずっと1人で蒼月真と戦うつもり?」
「己が最後の敵か、シャルも上手い事を言う」
「冗談を言ったつもりは無いよ」
「大丈夫。もうすぐ片が付く。そしたら一からやり直すさ」
「言っておくけれど、女の子たち皆カンカンだよ」
「そうだろうな」
「一からっていっても学園に居場所ないかもしれない」
「それは困ったな。どうしようか」

 振り向き彼を見上げる少女は静かに微笑んでいた。

「仕方ないな。真の全て僕が肯定してあげるよ、好きにしなさい」
「はは、シャルは本当に15歳に見えないな」
「忘れたのかな? ……“私は”凶行持ちで16歳の子持ちだもの。かのブリュンヒルデの弟御の相手どころか、普通の恋愛すら難しい、いえ無理でしょう」

 下腹部をさすりながら、言葉を紡ぐ彼女はシャルロット・デュノアという失われた少女だった。

「気づいてたのか」
「もちろんです。一夏は彼女を見ています」
「なら、どうしてだ」
「だって関係無いもの。一夏が誰かを好きな事と……“僕”が一夏が好きな事とは関係無い。僕が好きでいさせてくれるなら、一夏が何をしても許すつもり」
「愛してるな」
「もちろんさ。壊れてしまいそうな程だよ」
「だったら、一夏が天国に行って、俺が地獄に堕ちたら、母さんはどっちに来る?」

 押し黙る彼女に彼は慌てて取り消した。

「済まない。意地の悪い質問した」
「良い事思いついたよ。部屋に入って」
「なんだよ。キスは困るぞ」
「もっと素晴らしい事だよ」

 彼女はみやの動作を確認すると、真の背に手を伸ばし、戸惑う彼に歯を立てた。左首筋の太い血管が破れ、血が噴き出した。シャルロットは唇を沿わせた。

「これで大丈夫。真は僕と、僕は真と一緒」

 待機状態のみや蒼い光を放ち、血が止まる。鋭い痛みに顔をしかめる彼を彼女は力強く抱きしめた。

「まったく、とんでも無い事をする。鮮血を浴びて、唇を赤く染めた見目麗しき少女か、シュールにも程があるぞ」
「勘違いしないでね。僕だってこんな事したくなかったよ。でも、真がどこか遠くに行きそうだったから、こうする他無かったんだ」

 彼女には破れた血の道が薔薇に見えた。血に汚れる事を、躊躇う事なく、疑わず、厭わない。その薔薇の匂いを確かめる様に顔を埋める少女を彼は抱きしめた。

「一夏も大変だ」
「一夏も真も、女の子を甘く見すぎだよ」

 2人は喉が奏でる心地よいリズムを感じ取っていた。


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 一夏はできたばかりのこぶの痛みに耐えながら正座していた。目と口を強く引き、しかめ面である。そこは千冬とディアナの部屋だった。

 急ぎ姉の元へと慌て、ノックを忘れ、姉の名前を呼んだ彼が、ふすまを開け見たものは、浴衣を手にした下着姿のディアナだった。こぶを作った主は言うまでも無い。一夏の意図を感じ取ったディアナは、静かに注意した上で席を外した。

「ぢ、ぢふゆねぇ、痛すぎだって……」

 一言発する度に割れんばかり痛みが襲う。眼には星が流れる。浴衣姿の姉に恨みがましい視線を送れば、入浴でしっとりと光を放つ黒髪の姉が居た。

「ふん。その程度で済んだ事を感謝するんだな」
「どごがだよ」
「現役時代のディアナなら今頃ローストハムでシマウマだ」

 糸で縛り付けられ、釣り下げられ、体中に糸傷を付けられる、と言う意味だ。彼は先程の光景を思い出し、顔を赤くし、青く戻し、繰り返し、最終的に青くした。

 危ない橋を渡った事を悟った彼は、自分を取り繕うかの様に、千冬にこう言った。

「千冬ねぇ、食後のビールは太るぜ」

 彼女は弟の言動に、やれやれと笑いながらビールの缶を開けた。

「どこかの誰かさんのせいで気苦労が絶えなくてな」
「何処の誰だよ」
「忘れたというなら思い出させてやろうか」
「いや、良いです」
「それで。わざわざ消灯後に何の用だ。くだらん用件なら覚悟しろ」

 折り曲げた膝は僅かに開き、背筋を伸ばし、握り拳は膝の上。居住まいを正した弟の真摯な眼差し。千冬は缶を持つ手を止めた。

「千冬ねぇ。俺さ、」
「なんだ」


「俺、好きな娘できた」


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 Oh……2013/01/06











































 外伝 Alice ※ネットスラング使ってます。ご注意下さい。
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・前の4月頃
 4月というのは卯月である。如月だっけ? そんな事どうでもいいね。今日は愛しの箒ちゃんがIS学園に入学する日なのだ。これで転々とする生活ともおさらばだよ、ごめんね箒ちゃん。本当は一緒に居たいけど、居たいけれど、おねーちゃんのお仕事はまだ箒ちゃんに知られる訳には行かないんだよ。

 とにもかくにも、箒ちゃんにおめでとうコール。あれ? でない。学園に居る事は衛星からも分かってるのに……居留守? そっか、箒ちゃんったら相変わらず恥ずかしがり屋さんなんだね♪

 また電話するとして、先に仕事を済ませよう。箒ちゃんのIS適正値を改竄しないといけないね、折角落ち着いて生活出来るのに騒がれたら意味ないからね。

 さてさて。学園コンピュータなんてこの束さんに掛れば、お茶の子さいさい、茶流彩彩……おや? 意外に手強いね。びっくり。でも甘い甘い、対応が素人だよ。はいはい、ファイルめっけ。おーSランクだ、流石箒ちゃん。Cにしとけばいっか。書き換え終了。

 そう言えばいっくんも入学したんだっけ? ついでに覗いてみようか。男子男子、男の子っと……あれ? あれれ? 強制ログアウト? え? え? こちらを探られてる? 逆探? おのれー たかが生体素子ごときが生意気な。

 こちとら量子コンピュータだからね、その名も“ラトウィッジ先生”。ふっふっふ、データごっそり抜いちゃうからねー ついでに操り人形に……ハッキング出来ない?!



・4月とちょっと
 あーーーー やっぱりだめだー どうやってもハッキング出来ない……なんで、なんで!? 学園のコンピューターは生体素子のアレテー・タイプ。出来が良い方だけど先生に比べれば圧倒的に格下なのに。試しに同型で試してみようか。例えばジャガイモの国のはー あっさり入れた。何度やってもあっさり入れた。他のもちょーかんたん。学園のが特殊仕様なのか。IS国際委員会のデータでは同仕様だけど。ちーちゃんに聞きたいけれど、でも直ぐあの紐女の肩持つからなー 思い出したらむかっ腹立ってきたよ。今日はここまで!



・多分5月末
 ふっふっふ。もー 束さん怒ったよ。麗しき姉妹を引き離そうなんて、神をも恐れぬ所業だね。そんなん居ないけどさ! ちょっと過激に行くよ。放置しておいた原理試作機を改造して、物理ハッキング! 押しても駄目なら引いてみな、外から駄目なら内側から、その名もトロイの木馬作戦。我ながら良いネーミングだね。本家と少し違うところは強引に打ち込むところだけ。丁度試合(クラス対抗戦)をやってるから、これがいいね。ショウタイム!

 負けた。

 戦闘に手間取ってろくすっぽハッキング出来なかった。ぐぬぬ、今回は引くけど次は覚えておくんだね! ……それにしても、いっくんの隣の子(みや)はなんだい? スラスターを直すなんて、ちょっと驚き。この子のマッピング見てみたいね。でもハッキング出来ないし……ふぅん。変な連中(ファントム・タスク)がちょろちょろしてる。



・6月中旬だったかな
 こいつら(ファントム・タスク)、いっくんを狙ってるのか。それにしても、この連中マヌケだね、いっくんの外出に気づいてないよ。……なるほど、アレテーにジャミングされてるのか。まーこの束さんが手を焼くぐらいだからね、仕方ない。

 ほーほー、ふぅん。この子(みや)が動くとアレテーが活発になるね。これを利用するとしよう。丁度、もう1人(サイレント・ゼルフィス)が学園の近くにいるし……って、何やってるんだい。アレテーの近くでドンパチしないと意味が無いじゃ無いか。あぁもう、不甲斐ないね。この連中の仲間(ハリエット王女の誘拐犯)に偽の連絡入れて、交通システムにハッキングして、いっくんを学園におびき寄せて、よーしよし、都合良くこの子(みや)が戦い始めて、予想通り防御が手薄になった。アレテーはみやと仲良しさんなんだね。よし、侵入開始!

 やられたーーーー

 くぬー! くぬぅぅぅ!! まさか、この束さんがダミー・ゴースト(アレテーが作った中身の無い自分のコピー)掴まされるなんて……この反応速度、先生と同等? それとも自己学習? 変。絶対おかしい。あの子(みや)のデータも偽装だったし…… ふーん、この子は“みや”って言うのか。38番機でみやか。

 あはは。他にも“みく”(39番機)とか“みな”(37番機)とか“みお”(30番機)とか“にな”(27番機)沢山だね。誰だろ? 良いセンス……おろ? なんだいこれ。“まこと”? どの子(コア)の名前? なんだ、この少年の名前かい。がっかり。

 それにしても気になるなー 気になるねー よぅし、ようし。束さん本気だよ。もう一回うちの子をお使いに出してみやを直接調査しよう。それにしても、さ。ねぇ、ちーちゃん。君は一体何を隠してるのかな?



・6月の終わり
 ふふふ。待っておいで、みや。もう直ぐ束さんの秘蔵っ子が行くよー お? お、おお! このメロディは!

 でーんわ、でんわー 電話には誰もでんわー でも箒ちゃんは別ー うふふ。“姉さん、その、あの、”だってー あーもう可愛いなっ! 箒ちゃんの少し低い声がおねーちゃんの大事なところにビンビンくるよ! 大丈夫大丈夫、みなまで言わなくて良いんだよ。おねーちゃん、ぜーんぶ分かってるからねー こうしちゃ居られない。急いで“紅”を完成させないと! おぉぉーー 燃えてきた!



・7月に入ったばかり
 よーしよし、箒ちゃん専用機ももう直ぐだね。ここをああして、こうして。ちん? なんだい、この間の抜けたマイクロウェーブ・レンジみたいな音は。しかも煙がもわもわー ごほごほ。おぉ、そうかそっか“プロメテウス”が完成したん…… はうぁ!? みやの事すっかり忘れてたよ!

 うーん。追いついた心を落ち着けるにはココアが一番だね。さて、どうしようか。プロメテウスをどうやって学園内に、みやに接触させるかが大問題。アレテーなら直ぐ気づくだろうし…… え? なんだい先生。ほーへー こいつら(ドイツ軍)いっくん達のデータが欲しいのか。ついでにこのお人形さん、いっくん達に確執・遺恨あり、と。それでそれで? 人間の縄張り意識を利用? そんなに上手くいくかな。



・それから1週間後
 おぉ、あっさり侵入出来た。流石先生、人間の事が分かってる。慣例とか縦割り行政とか、馬鹿すぎだね。もっともそのお陰でアレテーの検閲を抜けられた訳だけどさ。プロメテウスもこの子(シュヴァルツェア・レーゲン)に取り付いたし、接触する確率もテン・ナイン(99.9……と9が10個並びます)だし、順調順調。

 それにしてもA.I.Cか。ご大層な名前の割には不完全も良いところだね。今度のうちの子(紅)は凄いよ、ちーちゃん。



・プロメテウス、フィールドに立つ
 よーしそこだ! いけ! あぁ惜しい~ え、何? 先生。コーラとポップコーンは身体に悪い? 何を言ってるんだい。お約束だよ。あぁ良いところだから邪魔しないでくれないかな。あれ? 箒ちゃんも居るじゃないか。あ、うわ、あー もー 箒ちゃんったら無茶するね、逃げないなんてさ。いっくんが居るせいかな? おねーちゃん冷や汗掻いたじゃないか。まったくもー あの気の強さは一体誰に似たんだろうね…… あーやだやだ、嫌な事思い出しちゃったよ。コーラコーラ。

 へー 流石みやだね、よく動く。それにしてもおかしい。幾ら改修されたとはいえ、能力が高すぎだよ。おろ? 箒ちゃんのお目当てはこの少年かい。 成る程それで逃げなかったのか。まてまて、という事はいっくん振られた? まぁ仕方ないか。箒ちゃんの事全然気づかなかったしね。それにしても目付きわっるーw 人相わっるーww 箒ちゃんったら趣味悪いwww うぷぷ。おねーちゃん心配だよwww 義手付けたいね。こう“うぃんうぃん”って奴www はいはい、草刈りますよwwwwww

“足手まといだ。下がれ”

 むか。むかむかむか。なんだいこの子! うちの箒ちゃんになんて言いぐさだい! 箒ちゃんに好かれるなんて、身に余る光栄だってのに! おぉそうだ、こうなったらコア外部強制介入装置でこの少年もろとも……いやしかしそれだと箒ちゃんが。へ? ナノマシンが強制停止? 制御を奪われた? みやにそんな芸当が? あれ? 少年の目の色が? カテゴリー3のナノマシンを? ……この少年、もしや。

 これは確認する必要ありだね。よし、次の作戦を立てないと、ってなんだい!? さっきから“ぴこんぴこん”って騒がしいねっ! ……いやっほぉぉぉぉう! がたっ 箒ちゃん専用機完成っ! 嬉しさのあまり、思わず“がたっ”って言っちゃったよ!

 こうしちゃ居られない! 最新式、箒ちゃんレーダーを作らないとっ! 箒ちゃーん♪ 待っててねー おねーちゃん、今行くからねー

 今ここ。

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 頭に血が上ると周囲が見えなくなる。そしてその頭に血が上りやすい。この姉にしてあの妹あり。そんな感じ。あと、たばねっ党の方、ごめんなさい。


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