分配しくじりました。学年別トーナメント5--------------------------------------------------------------------------------「残念です。キスをするには少々ムードが足りません」「着ている服はすっげぇ高いけどな」 ギリ、ガリと打鉄と白式、2つの力が軋み耳障りな音を立てる。目の前にはティナの綺麗な碧い眼と色っぽい赤い唇があるのだが、先程までのドキドキはどこかに消え失せた。してやられた。こう来るとは流石に予想してなかった。 今俺はフィールドから80mの空の上、打鉄ティナと取っ組み合いの真っ最中だ。雪片弐型を握る俺の右腕はティナの左腕に抱きかかえる様に、左手はティナの右手にガッチリと固定され身動き出来ない。端から見るとタンゴでも踊り出しそうな体勢なんだけど、残念ながら踊り出す気分ではない。 どうしてこうなったかというと― 俺は開始直後の先制攻撃を狙っていた。何故ならセシリアは半端なく強いから。静寐も頭が回るけれど戦闘力は1年のこの時期相応より良い程度。けれどセシリアは違う。頭が回る上にISの操縦技術も銃器の扱いにも長け、戦闘経験も豊富。どちらかと言えば直情的で近接戦闘を好む鈴はともかく、セシリアは中遠距離。俺にとっては鬼門でしかない。 しかも、クラス代表戦の時の油断してたセシリアならまだしも、今のセシリアは正真正銘本気モード。どうしてか知らんけど調子が良い今の俺にとっても油断出来る相手じゃなかった。チームナトーに勝つには俺が先制攻撃を打ち、畳みかけ一気にセシリアを先に潰すのが必須だった。 そう思ってブルー・ティアーズに切り込んだらティナがサブマシンガンを両手に切り込んできた。静寐の牽制射撃にお構いなくだ。更にイグニッションブーストまで使ってきた。 ティナのそれに意表を突かれつつも、俺は予定を変更し迎え打った。ティナの持つサブマシンガンは“H&K MP5i” 7.62mmのライフル弾で威力は強いけれど1マガジン32発しかない。流石に2挺あるとダメージはともかく速度が落ちるのは避けたかったから、弾切れ、つまり弾倉の量子交換を見計らい切り込んだら、ティナはサブマシンガンを投げつけてきた。意表を突かれた俺はそのサブマシンガンを切り落とし、その振り下ろした隙を突かれこうなった。 意表を突くつもりが完全に突かれた、と言う訳だ。くそったれ!「銃を持っているからと言って、必ず銃として使用するとは限りません。武器と道具は紙一重。道具と頭は使いよう、です。織斑君」「ティナ、お前の戦い方真そっくりだぜ」「違います。彼が私たちに似ているんです、私たち米兵に」 ティナが何を言っているのか、俺は深く考えなかった。セシリアを相手に必死に逃げる静寐が気に掛っていたから。----- 1発目は左肩に直撃し装甲が弾け飛んだ。2発目は右脚を掠め装甲が溶解した。残エネルギー430。静寐の視界には回避機動先、意識内の小さな窓には空が映る。その1100m先の上空には青の狙撃手が猟銃を構え、一片の躊躇なく引き金を引いていた。 3発目、反射的にかざした右舷物理シールドで防御。激しい閃光と振動。直撃を防いだものの姿勢が乱れ高度が下がる。(この距離でこの精度。流石) 軽口を叩く心中とは裏腹に、静寐の表情には余裕が全くない。攻撃を放棄し、静寐の全能力を用いた回避ですらブルー・ティアーズには通用しなかったのである。観客席には溜息が漏れた。既に勝敗は決まったかの様な空気が漂っていた。(一夏は捕えられたまま。この距離でこの射撃精度なら近づく事はおろか、ACM(空中格闘戦:Air Combat Maneuvering)に引っ張り込むのは絶望的……どうする?) 4発目、直撃。静寐の視界が白い光で塗りつぶされた。それはスターライトmk3の光弾とリヴァイヴのエネルギーシールドが反発した光だった。幸運にも弾着角が浅く、絶対防御の発動には至らなかったが、残エネルギー380、いずれにせよジリ貧である。 墜落し、土煙を上げながらフィールド上を転がった。ブルー・ティアーズの光弾が迫る。吐き気を覚えながらスラスターを闇雲に吹かし、強引に離脱。安定しない機動の中、立ち上がる土煙の隙間に、彼女が見たのは未だ組み合うティナと一夏の2人だった。彼女は僅かな躊躇いの後、軌道を変えその影に身を投げた。 セシリアの照準からリヴァイヴが消え、彼女は眼を細めた。彼女の目に映るのは、ウィングマン(僚機)であるティナの後ろ姿である。位置を変え高度を下げた。今度はティナと一夏の横顔が見えた。しかしリヴァイヴの姿は見えない。ブルー・ティアーズが伝えるリヴァイヴの位置は組み合う2人を中心にした真反対である。 セシリアの一呼吸を合図に2人は、静寐とセシリアは互いの僚機を中心にくるくる回り始めた。有る時には水平に、また有る時には垂直に。2人には互いの僚機が現われては消え、敵の僚機が現われては消えた。地球を回る人工衛星の如く。観客席はこの成り行きを見守ろうと声を潜めた。 静寐には1つの選択があった。理想と実益である。全ての技術でセシリアに劣る彼女はこの状況を利用するしかない。だがそれは最後の砦でもあった。実益とは彼女をここに、この場に至らせたその理由、執念である。“私に残った物それは箒に託された事と勝つ事”それを思い出し静寐はグレネードランチャーを量子展開。ティナの後ろ姿に銃口を向けた。 彼女が指に力を入れる直前のことだ。「格好良く行こうぜ、静寐」 聞こえてきた一夏の言葉は彼女にとって救いとなった。 白式が黄金の光を放つ。零落白夜最大顕現。一夏から爆発的な気配が吹き出した。彼は白式に自身の力を上乗せし、ティナの拘束を振り解くと真っ直ぐにセシリアへ向かった。雪片弐型の光が増し蒼銀の光が第3アリーナを照らす。 一夏は追撃するティナの銃撃を背後に受けながらも構うことなく空を切り裂いた。静寐もとっさに加速、追従する。白式は迎撃するセシリアの光弾を躱し、躱し。刀身を奮い光弾を切り払い、無効化した。一閃。ブルー・ティアーズが崩れ墜ちる。白式、残エネルギー30。光が失せた。 一夏の背後に迫る打鉄はショットガンを構えていた。スラッグス弾装填。ティナが引き金を引く瞬間である。当たれと念じた静寐のシールド・ピアースは“何かに引かれるように”ティナの打鉄を貫いた。 僅かな沈黙のあと笛の音が試合終了を告げた。『試合終了! 勝者、チーム“花水木”!』 歓声が沸き起こる。一夏は両肩を揺らし、自身の荒い呼吸に混じるその声々を聞いた。見下ろすと第3アリーナがあった。其処は学園の少女たちの笑顔と拍手で満たされていた。彼の功績と偉業を湛えていた。(俺が、優勝?) 彼を満たすのは今まで知らなかった満足感、充実感、達成感、そして高揚感。一夏は震える右手をじっと見つめると何度も握り直していた。静寐の確信めいた視線に気づくことなく。--------------------------------------------------------------------------------大変です。一夏が勝ってしまいました。一夏が主力で優勝してしまいました。一夏のパートナーが原作ヒロインだったらこうならなかったでしょう。この、今の静寐であったから勝ってしまったんです。一夏にとっての契機だった、キスと未遂の背後から攻撃。この2つは、箒を除く原作ヒロインはそれなりの実力を持つため不可能イベントです。箒だったら性格上、セシリアに突貫したでしょうか。で、この一夏優勝は予定している大イベントのフラグの1つでしかありません……ふふふ。今しばらくお待ち下さい……たいへんだー日常編 夏草や兵どもが夢の跡1-------------------------------------------------------------------------------- そこは柊の食堂である。1年の少女たちは、窓から射し込む夕日を浴びてその時を待っていた。「はい、2人とも。座ったままで良いからこっち向いて」「「……」」「表情が硬い!」 一夏は口元だけ器用に歪ませた。静寐は引きつらせながら笑った。「……やっぱりそのままでいいわ」 薫子は溜息をつくとシャッターを切った。電子音が鳴り、少女たちの祝いの言葉が木霊した。そのカメラに記録された画像データは、後日優勝を祝う文字で装飾されるだろう。 IS学園前期の一大イベント、6日間に及ぶ学年別トーナメントは本日の夕方つつがなく終了し、楓、柊共々その祝賀会兼慰労会が行われていた。柊での主賓はもちろん静寐と一夏である。学園あげてのイベント故に惜敗の涙を呑んだ者も居たが、喉元過ぎれば熱を忘れるべきと極一部を除き全員参加だ。 食堂の一角で、8人掛けのコの字席。少女たちの声を浴びる一夏は焦点定まらず、呆けたように座っていた。「織斑君! おめでとう!」「おー」「負けた時は悔しかったけれど、優勝チームに負けたのなら言い訳出来るしね!」「おー」「なにいってんの。ミヨは私に負けたじゃない」「おー」「それは言いっこなし!」「おー」「……織斑君今度デートして」「おー」「おっしゃ!」 右手を握ってガッツポーズ。別の少女がそれはマズイと呼びかけた。2人の視線を浴びて静寐は手を振り言う。「気にしないで、そう言う関係じゃ無いから」 あれ? と見合う少女たちを押しのけて、ソフトドリンクを主賓2人に手渡したのは癒子である。「静寐も凄かったよ、最後のシールド・ピアース」「え、あうん。ありがとう」「がんばってよ。静寐は私たちの誇りなんだから」 何のこと、と首を傾げる静寐に癒子はこう言った。「なに言ってるの。専用機持ちに渡り合った唯一の女丈夫(一般生徒)じゃない」「せめて女傑にして」 笑い合う2人にとてとてと大きなナベを持った人影が歩み寄る。「静寐ちゃーん、おめでとう~ おりむーはついで~」「おー」 小柄な身体に不釣り合いなほど大きな業務用ナベを持つ、本音のその姿を支えようとナギが慌てて駆け寄った。歓声が沸く。「やた! 本音のシチューきた!」「今日は白しちゅーだよー」「「「おおー」」」「え、何おいしいの?」「むっちゃおいしい♪」 わき上がる主賓たちに一部少女たちは平常運転だ。食堂の4人掛けテーブルに少女4人が腰掛けて、スナックを摘み話し合っていた。「そう言えば蒼月は?」「後から来るって」「仕事?」「さぁ?」「真って最近付き合い悪いよね」「もう生徒じゃないし、しゃーない」「付き合い悪いと言えばやっぱり篠ノ之」「だのぅ」「今日も来てないな」 少女たちは一夏と、一角に陣取りなにやら穏やかでない表情の専用機持ち、少女2人と少年1人、セシリア、鈴、ディマをちらと見るとテーブルに乗りだした。鼻先が当たらんばかりに顔を寄せ声も小さい。「そういえば、篠ノ之さんって最近真と仲良いね。トーナメント中ずっと一緒だった」「なに? あの話知らないの?」「どの話?」「スワッピング」「まじでー」「まじで」「織斑君と蒼月はそれ知ってるの?」 さぁと4人が見るのは目の前に出されたマイクをぼんやりと見る一夏の姿だ。薫子の言葉尻には忍耐と苛立ちが混じり始めていた。右手を何度も握り直す彼の姿に、眼鏡越しでも分かるほど端正な顔が歪んでいた。「一夏」「ごめんなさい」「……なにが?」「あー、いえこっちの話です」二人のやりとりにバツ悪く顔を伏せる静寐であった。「しゃきっとしてよね、これじゃ記事にならないでしょ」「はぁ」「もー写真写りが悪いのは真だけで十分だってのに……」 ぴくりと一夏の身体が振れる。「ささ、だからコメント頂戴」「不器用ですから」「訳分かんないわよ。なんかないの? こうバシッと決まる奴」「そういわれても……」「無いならねつ造するわよ。面目躍如とか」「めんもく?」「織斑先生のに決まってるでしょ。ブリュンヒルデの弟が並み居る強豪を押しのけて、学年トップになったんだから。しかも入学3ヶ月。学園どころか世界クラスの大ニュースじゃない」 アマチュアとは言えジャーナリストの血がたぎるのか、カメラを構える薫子の表情にも誇らしさが浮かんでいた。「千冬ねぇの……」「ほらしっかりしてよ! 一年最強なんだからさ!」 一夏ははっとしたように顔を上げると、最後に右手を力強く握りしめた。静寐は不安と恐れを交えてその握り拳を見つめていた。----- 壁に埋め込まれた大型電子ボードが消えると職員室に照明が灯る。「それではこの会議をもって学年別トーナメントを終了とする。だが学園を取り巻く状況は例年より激しい。各位気を引き締めるように。以上、解散」 教頭のコメントを合図に、ある教員はガタガタと席を立ち、またある教員は長い息を吐きながら上肢を伸ばしていた。長い戦いを終えたのは彼女たちも同じだ。午後7時、既に暗くなった空を、茶をすすりながら見る真耶が言う。はぁと深い息を吐いた。それは開放感に満ちた軽やかな息だった。「おわりましたー」「直ぐ臨海学校です」「一息付きたいですねー」 同僚である千代実の無慈悲なツッコミに涙を流す真耶である。すする番茶も塩辛い。「2年生は楯無さん、3年生は白井さん。彼女たちは順当な結果に終わりましたが、織斑君には本当に驚かせられました。オルコットさんの光弾を剣で弾いての切り込み。流石に開いた口がふさがりませんでした」「そうそうそれです千代実」「なんですか」「織斑先生の様子おかしいと思いません? 実の弟が優勝したのに喜びもせず逆に警戒していたんですよ」 2人は職員室の前方で教頭と話す千冬をちらと見た。「確かに……身内には厳しいとは聞いていましたがおかしいですね。流石に厳しすぎだと思います。無事に終わったと泣き出した蒼月君を気遣っていたぐらいですし」「蒼月君との扱いの差も気になりますねー」 閉会式の直後、真から入った通信を思い出し吹き出す二人。せめて一学期はこのまま何事もなく終わって欲しい、と同時に茶をすすった。物思いに耽る二人の背後に現れたのは金の影。「千代実、真耶。あの礼儀知らずの、生意気な、身の程知らずの、腹立たしいドイツの千冬バカ2号(小娘)はどこかしら?」「彼女が居ましたねー」「忘れていました」 二人がぼんやりと見る窓には、夏の大三角形が空から上り始めていた。-----「幾ら女の子が早熟だと言っても限度が有ると思わないか? 大体俺は一歳上なんだぞ。しかも今や同級生ですらないのにおかしいだろ。誰とは言わないけどさ。そう思わないか?」 学園中央本棟から柊に向かう夜の道。街灯の明かりを手がかりにとぼとぼと歩くのはジャケットにジーンズ、私服姿の真である。千冬から取りあえずはお役御免だと解放され、一夏たちを祝おうと向かう途中であった。2人と顔を合わすこともあろうが、仕方有るまいと箒の許可も取り付けてある。陽も落ちたというのに気温が下がる気配はなく、蒸し暑い。りりりと虫たちの合唱が木霊する。「大体さ、シャルだって人の事とやかく言える状況じゃ無いと思うんだ。気づいてたか? 一夏の奴無意識に静寐を目で追ってるんだ。まぁ俺も初めて見た時まさかと思ったんだけど。男って色々世話を焼いてくれる娘に好意を持つからな。一夏の優勝は静寐の貢献に寄るところが大きいし、静寐はルックスも良いし。当然と言えば当然かもしれない。シャルも大変だ。ここから巻き返さなきゃいけないし。 そうそう箒もおかしいんだ。一番不機嫌にならなくちゃいけないのに、何処吹く風で冷静なもんだよ。何時もなら“ぐぬぬ”って成るはずなのに。昨日なんか“ボタンを付け間違えている。身なりの緩みは心の緩みだ”と怒られたんだけど、そのボタンを付け直すとかあり得ないだろ。しかも前側からだぞ。余りの事に思わず呆けたよ。好きな奴の友人に世話を焼いたんだから。 あの箒だぞ? 剣道長らく続けてたのも一夏の為だと言うし、入学して間もない頃なんかその一夏との会話を邪魔して、初対面にも拘わらず怒鳴られたんだ。今でも良く思い出せるよ“一夏は今私と食事をとっているのだが!”って。今思えばよく殴られなかったなって不思議なぐらいだ……黙って聞いてないで返事しろって! お前、絶対俺の言ってること分かってるだろ! みや! おいってば!」 彼はぶんぶんと振り回していたネックレスから手を離した。りーん、りんと虫が鳴く。(まぁその箒も、静寐と本音、友人が出来て変わったって事なんだろうか。そう言えばデートした時にした約束、どうにかならなかったら言う言わないって……はもういいか。どうにかなったし。あれからどれだけ経った? 確か5月の中頃だからもうそろそろ2ヶ月か。早いもんだ。その静寐と本音には三行半を叩きつけられた訳だけど……結局好き嫌いもはっきりさせずに終わったな。二人が怒るのも無理ないかもしれない) 彼は今までに起った事を振り返ると、左腕をゆっくり擦った。暫しの沈黙が訪れる。彼は深く溜息をついて、道を逸れ、しばらく歩いて立ち止まった。其処は周りを木々に囲まれたちょっとした広場だった。見上げれば空が見え、月明かりが射し込んでいた。しばらくすると鳴いていた虫の音が止む。がさり、聞こえない音、気配が周囲に射し込んだ。長い銀と共に堅く、重く、鋭い声が彼の後ろから現れた。「ほぅ、気づいたか。もう少し近づけると思ったが」 投げられた言葉に彼は振り返りもせずに言う。「盗み聞きとは良い趣味じゃないぞ」「ISに愚痴をこぼしては説得力はないな」「放っておいてくれ。こっちにも色々あるんだ」 彼の背後に現れたのは、真より頭一つほど小柄で華奢な少女だった。赤い瞳と白銀の長い髪、一見、人形と見紛うごうばかりの可憐な少女であったが、纏う雰囲気は刃物である。それを感じ取った並の者は間違いなく恐れを抱くだろう。 カーキ色の長袖襟付きシャツにロングパンツと黒いブーツ。飾り気のない実用のみを考慮した服装で、左胸には功績を示す多数の証が輝く。肩には黒と赤と黄色の国を象徴するカラー、縦に長い階級章にはマヨーア(少佐)を示す花が一つがあしらわれていた。何より左目を多う眼帯が重苦しい雰囲気を醸し出す。 ハイパーセンサー展開。彼は振り向いて、敬礼。だが不機嫌さを隠していない。「これは失礼しました。ドイツの見目麗しい陸軍少佐様がこの私めに何のご用でしょうか?」 彼女は腕を組んで眼を細める。その表情は怒りではなく冷笑だった。「その知見は褒めてやろう。だが上官には敬意を払え」「もちろん皮肉。ここ(学園)で払って欲しければ……ブリュンヒルデになってみろ」 それが合図となった。----- 二人が動いたのは同時だった。銀の少女は身を屈め大地を蹴りだした。その右手には白銀の得物が光る。左の懐に手を伸ばした真は息を呑んだ。その少女は距離5mを一瞬で詰め、彼の懐に潜り込んでいた。(速い!) 彼は事前に少女の意識の線を読んでいたが、その速さが予想を上回り読みを外したのである。彼は銃の引き抜きを一端中止し、身体を揺らし空のジャケットの左袖を鞭のように波打たせ、少女の視界を遮らせた。 少女は、真の足を見て立ち位置姿勢に変化無しと判断。そのまま刃渡り20cm程のナイフを突き付けた。軽い金属音が鳴る。その刃先は真の左脇で止まっていた。身体を捻り拳銃で受け止めたのである。 彼の左脇に痛みが走る。それに構わず右脚で大地を蹴り、左足を前へ前方へ滑らした。シフトウェイト。ナイフが外れ左脇を通り過ぎ、ジャケットを切り裂いた。途中までしか無い左二の腕で少女のあごを狙う。少女は真の左側へ飛び退いた。虫の音が止んでいた。月の光が差していた。 彼は呆れた様に銃を抜く。「なんだその身体能力。人間か?」 少女は身を屈め、ナイフを構える。彼にはその姿がネコ科の猛獣、ヒョウに見えた。「その言葉そのまま返そう。お前は未来でも読めるのか?」「それならこんな面倒なことには成っていない」「それはそうだ」 その少女は皮肉を浮かべて笑うと、続けてこう言った。「となれば情報通りだな。お前を排除する」 何が、と彼が口を開こうとした瞬間である。少女の瞳に殺意が灯る。大地を撃ち抜く少女の足音が周囲に鳴り響き、白銀の影が彼に迫る。少女の初手は手加減されていた。少女の放つ意識の線は真の心臓を貫いていた。彼はそれを読み、位置とタイミングから銃が間に合わないと判断。銃撃姿勢から近接戦闘にモードシフト。そのとき左脇に痛みが走り、動きがワンテンポ遅れた。彼の鼓動が身体を打ち付ける。(逝ったか、これ?) ゆっくり流れる世界、二人を最初に隔てた物は小さな石だった。----- 次に突風、だがそれは修練を積んだ者だけが感じとれる刀気の風、剣気である。白銀の少女はその風圧に飛び退いた。風が止み、草木の嘶きが去った時。 真の視界を覆うのは、黒く長い髪、髪を結う白い布、白を基調とした学園服、立ち塞がりし者。篠ノ之箒である。左手に鞘、右手に柄。突き付ける刀身、黒い瞳が月の光を浴びて鋭い光を放つ。彼女は緋宵を抜いていた。「そこまでだ。神妙にしろ」 彼女の放つ気配を表現すれば、雪化粧をした物音一つ無い夜の竹林が適当だろう。黒い瞳と赤い瞳が火花を散らす。最初に緩めたのは赤い瞳の少女であった。「中々に面白い奴がいるが……蒼月真。また会おう」 白銀の少女が闇夜に消える。それを追おうと箒が駆けだした。「逃すか!」「箒、待った」「何故止める!」「軍人相手に森林戦は分が悪いよ。それにどうせ直ぐに会うさ。ここに居るんだから」 箒は逃げた先を一瞥すると、ふんっと剣を収めた。緩んだ気配に彼は言う。「箒、助かったありが―」と言い切る前に彼は手刀で頭を叩かれた「痛いぞ」「真! 私を待てと言った筈だ! どうして言う事を聞かない!」「あの娘、顔合わせだけだったんだよ、多分」「そう言う問題ではない! それに多分とはなんだ!」「50分待ったんだぞ、俺。それにどうして打鉄の通信切ってたんだよ」「女には色々あるのだ……」「髪の毛、湿ってるぞ」 ジト眼の真に、箒は僅かにたじろぎ、直ぐさま復活。「私に汗を掻いたままでいろというのか!」「だから先に行くって言ったじゃ無いか」「女をおいて先に行くとは日本男児の風上にも置けん奴! 其処になおれ成敗してくれる!」「話逸れてきたからもう行こう。祝賀会が終わってしまう」 一瞬緋宵に手を掛け踏みとどまり、手刀をかざす箒。真は何時ものことだと無防備に背中を向けた。気勢を削がれ箒はしぶしぶと彼の後を追う。彼女は真の右に並ぶとこう言った。「何故だ?」「何が?」「挑発に応じるとはお前らしくもない」「……何で分かった?」「気配を読む、お前の専売特許だと思うな」「俺ってまだ子供だなってさ」「知っている」「あそ。なんて言うか、同族嫌悪?」 二人が柊に着いた時には既に終わっていた。--------------------------------------------------------------------------------ラウラ編はあるのだろうか(タイトル的な意味で)2012/11/27■追伸ラウラの襲撃の動機は後日書きます。