HEROES史上最も明るく軽快なシリーズになりそうです。学年別トーナメント3-------------------------------------------------------------------------------- そこは選手控え室から観客席に通じる廊下である。ISスーツから学生服に着替え、てくてくとぼとぼと歩くのは鈴と清香であった。天井から照らす半導体照明がどこかもの悲しい。「鈴ごめん、私がもっと上手ければ……」と眼を伏せ清香が言えば、「やめてよそういうの。チーム戦なんだからどっちが悪いとか言い始めたら向上しないじゃない」と鈴は不機嫌さを隠して答えた。 鈴の少し後ろを歩く清香も流石に元気がない。敗因の理由は清香にとっても明白なのである。でも、と食い下がらない清香に鈴は挑発的な笑みを浮かべてこう言った。「なら今後も訓練に付き合うこと。この借りは万倍にして返すわよ、清香」 清香はしばらく足下を見つめた後おやすいご用と漸く笑みが戻る。(やっぱり代表候補って凄いんだ) そう清香が心底感服した時である。突如鈍く重い音が廊下に鳴り響き、なにかと清香が見た物は、げしげしと鈴に蹴られる哀れな壁の姿であった。「ぬわーー! あんな金髪ばか女共に~~~!」「ちょ、鈴! 落ち着いてってば!」暴れ出した鈴を抑えようと慌てて近づく清香であった。「ちょっと大きいからってーーーー!! なにか! 持久力とむねの大きさは比例するのか!」「しない! ぜんぜっしない! ラクダじゃないんだから!」 羽交い締めにしようと清香が手を伸ばすと、鈴はぴたりと止まり、ゆっくりと振り向いた。目が据わっていた。清香は引きつった。その距離およそ1m。逃げられない。「ちょっと清香! それ少し寄越しなさいよ! 明日の勝利の為! いいわよね!?」「むり! だめ! てゆーか、そのわにわにって指は止めてって!」「静寐と言い、本音と言い、清香と言い、リーブス先生と言い2組っておっきいのばっかりじゃない! 腹立つ!」「小林先生が無い―ひあっ!」 廊下に響くくぐもった声。清香が解放されたのは、懇願でもなく涙目でもなく身体能力でもなく、運悪い真耶が出くわしたからである。廊下の彼方から響くのは、逃げる足音と追う足音、最後に1組副担任の切ない悲鳴。廊下にぐてっと伏していた清香はむっくりと立ち上がり涙を拭くと、「幼なじみだから責任もって直して貰おう♪」 とズレた下着はそのままに、軽快な足取りで去って行った。この逞しい2人は次回モンドグロッソを蹂躙し、東洋の魔女と呼ばれるまでになるのだがそれは別の話である。----- うーん、とじっと手を見る。わにわにと両手の指を動かしてみる。其処にあるのは先端が少しとんがった白式の指がある。 かちゃかちゃかちゃ。 なんというか不思議な感覚だ。とても身体が軽くて、周りがゆっくり見える。雪片弐型を構えると更に顕著で、止まって見える事もあった。きっと奥歯を噛むとこんな感じなのだろう。最近リメイクされたし。加速装置! って小さく言ってみた。「……」 笑顔で蔑むのは静寐である。聞かれたようだ、だが返事がない。「……私が話したこと言ってみて」 えーと、なんだっけ? 確か2人で“清鈴”が負けるところを見て、そのあとピットに向かって、その途中次の対戦相手がどうとか……ピットに沈黙が訪れる。ごぅんごぅんと音がする。何の音だろう。はい、静寐のリヴァイヴが近寄る脚の音でした。「初めから聞いてないんだ?」 目の前に笑顔の静寐があった。でも血管のマークが沢山あります。ごめんなさい。 静寐の話は次の対戦相手の事だった。本音のチームは“かんちゃん・のほほん小隊”と言って“のほほん”は本音。“かんちゃん”は本音の相方である更識簪という娘の事。何が小隊なのか知らんけど。 この更識さんって娘はデータが殆どなく静寐が警戒していたのだけれど、試合も進みいざ蓋を開けてみれば普通に上手いだけで怖くない。静寐は始め“操縦技術は凄いけれど……”と戸惑っていた。 ただ本音とのコンビネーションは目を見張る物があって俺の見たところ、この娘たちを上回るチームは他に見当たらない。2人が勝ち進んできたのはこの武器のお陰だと思う。と言っても今の俺らには脅威にはならず落ち着いていけば勝てる、そんな感じ。でも1つ気になるのが専用機を使わず打鉄でエントリーしているって事なんだが……故障でもしたのかね?「愛機は大切にしないとダメだと思うぜ? なーシキ」「シキ?」「白式のパーソナルネーム」「そう。男の子って好きだよねそう言うの」「格好良いだろ?」 随分悩んだんだよなこれ。初めはシロにしようと思ったんだけど色々迷ってシキにした。どうでも良いけど繋げるとシロシキ。食べ物はピロシキ。ピロシキはロシア。白式は日本なのにロシアとはこれいかに。「一夏。それ面白くない」 何故ばれたし。----- 今年の学年別トーナメントは例年と色々異なっているパート2。タイトル“ハンデの詳細” 課せられるハンデは当初公平性を考えて全員訓練機を使う意見も有ったけれど、それ聞きつけた所属各国からクレームが入ったらしくハンデキャップになった。第3世代は実験機でデータ収集が大きな目的だからで、それは困ると言う事だ。 さらに話はこれだけで終わらず各国のお偉いさんは装備制限はもちろんエネルギー制限ですらかなり難色を示したらしい。何でかというと、このレギュレーションは実験機持ちにとって逆に相当のハンデになるから。 例えば鈴の甲龍ならば双天牙月と第3世代兵装である龍咆を前提に作られていて装備の後付けと交換ができない、と言うより意味が無い。甲龍にアサルトナイフ持たせたり、バズーカ持たせても後付け兵装の運用を前提としたリヴァイヴや打鉄ほど運用効果が得られないのだそうだ。龍咆だって撃つだけでエネルギーを喰う。龍咆を選択すれば双天牙月が使えない。攻撃を受ければエネルギーが以下同文。近接攻撃のみか遠距離攻撃のみか、今思えば鈴が双天牙月を選択した理由はこの辺にもあるんだろう、単に殴る蹴るが好きなだけ、とは思いたくない。 一方、訓練機を使う普通の娘たちはどうかと言うと、装備も自由でナイフからバズーカまで登録された武器なら特に制限は無く、なんでもござれの戦術バリエーションは自由自在。もうあれだ。これは専用機持ちへのいじめと言っていいんじゃね? それでもセシリアと鈴が、俺が勝ち進んだのはそれが決定的な理由じゃないから。 このレギュレーションはパートナーとの相性もさる事ながらその質が、また何処と戦うことになるのか、その運にも、何よりチームワークと戦術眼が勝敗に大きく影響するって事。さっきの清鈴とナトーの対戦が良い例で、セシリアと組んだのがティナじゃなく近接型の娘なら、鈴と組んだのが清香じゃなく機動型の娘なら結果どうなっていたか分からない。それでも戦わなくちゃいけない場合どうしたら良いか、を千冬ねぇは考えさせたいのだと思う。IS乗りは個人主義に走りやすいそうだし。つまり。俺がここまで来たのは俺の質と静寐の質が上手く合致したって事だろう。女の子と相性が良いとか、こっぱずかしいやら、落ち着かないやら色々困る。 その静寐が纏うリヴァイヴは授業でも使うカーキ色。実はリヴァイヴに苦手意識を持っていたのだけれど静寐が着るとどこか安心感があって、やっぱり人間中身が重要だと心底思った。これさえなければ完璧なんだけどな。『一夏』『だから、俺も知らないって』 試合も既に準決勝。今俺は白式着込んで空にぷかぷか浮いていて、左隣にはもうお馴染み静寐の濁った眼、静寐の目の前には久しぶりのにこにこ本音。目の前にいるのは見ず知らずの温和しそうな眼鏡っ娘。でもどうしたことだろう。俺はその娘にジロリと絶賛睨まれ中だ。困ったことに覚えがない。全くない。静寐の視線が痛い。やっぱり痛い。ごめんなさい。 静寐の視線に曝されて冷や汗を掻く。どうしたもんかと腕を組んで首を傾げていたら本音が俺に話し掛けてきた。「おりむー 手加減無しだからね」「おう。手を抜くのも抜かれるのも嫌いなんだ」 何度目かね、これ。と思っていたら今度は静寐にだ。「静寐ちゃん、大丈夫?」「当然。私が選んだ事だから。本音も落ち着いたなら戻れば良いと思う」「でも……」「箒も私も本音が本当にそうしたいなら何も言わない。どちらかと言えば箒もその方が嬉しいかもしれないし。だからよく考えて」「あのね、私も決めたんだよ」「本音も頑固になったよね」「2人と一緒だね」 何か要領の得ない話だな、と思っていたら箒の名前が出てきて妙に気になった。『静寐、何の話だよ。箒がどうとか』『箒が気になるの?』『……そう言う訳じゃねーけどよ』 そうこうしているうちに試合開始の笛が鳴る。俺は気分を入れ替えて歓声が飛び交う中雪片弐型を構えた。眼鏡の娘がAで本音がBだ。因みに2人とも打鉄でゴツイライフルを構えている。 あれ? 俺は予想外の展開に戸惑った。何故なら2人はぴくりとも動いていないから。初め“止まっているように見えるだけ”なのかと思ったのだけれどどうもそうでは無いらしい。シキも僅かに位置を変えただけで、それ以降止まっていると言っている。因みに俺から2人までの距離は同じだ。今までの流れなら開始直後からギュイーンでブブブなのだが、相変わらず眼鏡の娘はぷんぷんで本音はにこにこだ……なんかやりにくいぞ。 端から見ると俺らは高度50mでにらめっこをしている訳で、観客席も様子がおかしいとざわつき始めた。俺の後方へ下がって警戒している静寐にこう聞いた。『どう思う?』『主導権を握る』 即断即決。機先を制す。いいなそれ。 静寐からの通信で俺はAの更識さんに目標を定めた。理由は目の前に居たからであって、本音が顔見知りだったからではないと思う。加速。背中と脚、シキのスラスターが青みを帯びた白い光を放つ。世界が歪み、空気を切り裂く音が身体から剥がれ始める。70m先の打鉄が一瞬にして大きく映る。刀身が青白く光った。刃が届くその刹那。 俺は側面から銃撃された。----- この第3アリーナにおける白式の瞬間最大速度は音速の80%にまで達する。速度で上回る存在は弾丸程度で、静寐はもちろん当の本人でさえその速度に自信を持っていた。だから。本音に迎撃され落下する白式の姿は、それを見る人達にとって白昼夢の様に思われた。 静寐は加速と上昇、追撃を仕掛ける敵2機に向けてサブマシンガンを発砲し一夏を援護する。彼女の目に映るその敵は空を舞うバトンの様にくるくると位置を変えていた。それ程速い機動ではないが一糸乱れぬフォーメーションである。(一夏に当てた……何をしたの本音?) 今の一夏に弾丸を当てられそうな人物は1年では1人しか居ない筈だった。静寐にとって完全に予想外の事態である。彼女は前後から挟撃しようと機動する2機を絶えず意識内に収め、回避と牽制を続けていた。 彼女の手にあるサブマシンガン“FN Pi90”は他の7.62mmを使うサブマシンガンより威力は落ちるが装弾数に優れこの様な援護、防御に適している。その選択に彼女は感謝しつつ、右手でグリップを掴み直し、脇でストックを挟み込み銃身を固定。左手にグレネードランチャー“M25-i”を量子展開、射出。敵2機との中間距離でリモート爆破。流れるような手腕で更に距離を稼ぐ。 彼女は発砲を続け一夏に近づいた。高度20m、空中で起き上がった彼は、意識を明瞭にしようと数回小さく首を振っていた。『一夏、無事?』『……あぁ、俺何されたんだ?』『側面から本音に撃たれたの。頭部に当たったみたいだけれど?』 白式に聞けば分かる事ではあるが、パートナーとの意思疎通のため一夏は敢えて聞く。静寐は一夏のバイタルデータを確認し、半分意識を失いながらも刀剣を手放さなかった一夏の頑丈さに苦笑した。即座に2人は散会、その場所に2方向から多数の銃弾が撃ち込まれる。白式の残エネルギーは380。 一夏は頭上から浴びせられる2人の銃撃を躱しつつ言った。『本音が銃の名手だとは思わなかったぜ。セシリア、真クラスだ』『違う。何か理由があるはず』 静寐は頭上のその2人に向けて牽制射撃。敵機2人が応戦。まず本音が射線を向け、次に簪が向けた。2人の正確克つ冷静なそれに静寐は急遽距離を取る。被弾、残エネルギー520。静寐は一夏の牽制加速に合わせてサブマシンガンの弾倉を交換した。『何で言い切れるんだよ』『セシリアのような威圧がないから……多分装置的な物だと思う』『取り付けるだけでこれならアイツは失業だな!』 一夏の軽口を聞き流しつつ、静寐の眼は2人の動きを注意深く追っていた。----- オレンジの明かりが照らすその部屋は第3アリーナの中央管制室である。対抗戦が行われた時と同様、千冬は真耶を伴いこの部屋に詰めトーナメントの警備を行っていた。対抗戦と違うとこをあげれば、第2ではなく第3であること、そして傍らにディアナと千代実が居ることであろう。 椅子に腰掛けコンソールに向かう真耶は映し出される準決勝を呆けた様に見上げていた。「かんちゃん・のほほん小隊が使っているのひょっとして“ファランクス”?」 その左隣に腰掛け、やはりコンソールに向かう千代実は恐らくと頷いて答えた。 ファランクスというのは第2世代用のFCS(火器管制装置)のオプションで、高い射撃精度を有するが防御よりで調整と運用が難しい。今回のトーナメントではペアを組む事になり、注目した者も少なからず居たがその特性から大半の者が断念した。機械に精通する簪、本音ならではの選択であろう。「彼女たちと言い今年はレベルが高いです」千代実が言えば真耶は「同じ訓練機を使った蒼月君の影響ですかねー」と答える。「蒼月君の稼働ログはアクセス数トップでした」 等々、後輩たちのとりとめない会話の中、千冬は腕を組み何時もの黒いスーツでじっと大型ディスプレイを見つめていた。彼女の瞳に映るのは、映し出される白いISであり、また懸念と憂慮―不安である。 その千冬に話し掛けるディアナも何時になく温和しい。申し訳なさそうに歩み寄る。「千冬の言うとおりだったわね、ごめんなさい」「いや、大して影響はなかったな」 2人が言うのは一夏の初期エネルギー量のことだ。事実白式のそれが200以下になることは皆無であり、真っ当な被弾は今回が初めてである。ディアナのつく溜息は重く、呆れを含んでいた。「正直、静寐と一夏の相性がこれ程良いとは思わなかったわ」「初戦の零落白夜が効果的な宣伝になった。あれでどのチームも警戒し動きが堅い。短期決戦が一夏の体力温存にも一役買っている。狙って行ったのなら鷹月の評価を改めなければならないな」「一夏がああなったのも静寐のせいかしらね。何があったのかしら?」 さあなと、石のように動かない千冬の視線を追い、ディアナもディスプレイを見上げこう小さく呟いた。「静寐と箒の話、聞いた?」「ただの噂だ」----- うぉぉぉと切り込んでみた。弾かれた。静寐と挟んでみる。逃げられた。さっきからこの繰り返しだ。 切り込みも2方向から撃たれると躱すのが難しいし、銃圧も結構有るから押し切るのも流石に無茶だ。俺が上から静寐が下から、はたまた左右からの挟撃は静寐が有効射程に入る前に弾丸の雨あられで俺が弾かれ、静寐もまともに撃てない。ならばとアリーナの端に追い込んでみたら、銃圧に物を言わせて強引に逃げられた。 片方が被弾するともう片方が盾になってダメージを分散化したり、その隙に給弾したり。更識さんと本音は互いの状態、つまり位置とかダメージとか残弾を絶えず確認し合っているようで連携は完璧だった。おまけに射撃は正確で反応も早い。重装甲の打鉄だけあって静寐が当てられる距離のサブマシンガンじゃ大してダメージもない。弾切れを誘って逃げ回るにしても被弾している分こちらのポイントが低いので時間が切れると負けになる。どーすりゃいいんだよこれ。『……』 静寐もさっきからコメントが無く、じっと2人を見つめている。その2人はというと、簪さんは相変わらず怒っているようだし本音は笑っている。いや、眉毛だけはきりっと鋭い。とてもシュールだと思う。温和しそうな2人があんなゴツイライフルを持っているんだから……2m近くないか?『なぁ静寐。あれなんていう銃だ? アサルトライフル?』 静寐には意外な質問だったようで少し驚いたようだ。『あれはH&KのMG43iだからライフルではなく軽機関銃』『リコイルもでかそうなのに良く狙えるもんだ』『多分機動力を犠牲にして反動制御にPICを割り振っているんだと思う』 ほーそんな事が出来るのか。『なら射撃精度が時々落ちるのはそのせいなのか?』『……どういう時に?』『切り込んだりした時に』『一夏』『ごめんなさい』 反射的に謝ってしまった。静寐の眼が少し傷ついたと言っているのは気のせいに違いない。『……作戦変更。2人を速度で翻弄して。ただし途切れないよう連続で』 ファランクスというFCS(火器管制)のオプションがあって、とても性能が良いのだけれど情報処理の負荷が大きく、IS一機では使い物にならないのだそうだ。静寐もそれで諦めた。そして誰も使うまいと思っていた。簪さんと本音はそれぞれの打鉄をデータリンクさせ分散処理や相互利用を行っているのだろうと言うのが静寐の意見。例えば、後衛の簪さんが測定、処理をしてそのデータを本音に送ったり、又その逆も然り。 2人の射撃精度が落ちたのは2人の連携、つまり情報のやりとりが乱れた時なんだけれどこの仕組みなら当然だった。ISと言うのは緊急時、基本的に自己防衛、パイロット保護を最優先で行う。零落白夜を掲げる俺の急速な接近を繰り返すことにより、自己防衛が優先され、情報処理容量が足りなくなり、ファランクスの処理が阻害された、と言うのが種明かし。相手2人の機動が鈍いのはてっきりPICを調整しただけだからと思っていたらしい。 だから俺は2人を攻撃すると見せかけて行ったり来たり、間を通り抜けたりを連続で行った。すると本音は顔色を変えて、種がバレたような手品師の様な顔で、わたわたと慌てふためいた。その隙を狙って静寐が攻撃、タイミングを見計らい俺が零落白夜で追撃。「おりむーのばかーーー」 と言いながら墜落するのは本音だった。俺はすまんと心の中で謝る。更識さんは最後まで俺を睨んでいるから、トーナメントが終わったら会いに行こう。そう思いながら零落白夜でとどめを刺した。--------------------------------------------------------------------------------死して屍拾う者無し。南無。学年別トーナメント4-------------------------------------------------------------------------------- 静寐と一夏のチーム“花水木”の決勝進出は多くの人物を揺さぶった。 最初はシャルロット。彼女は薄暗い第2ピットのなか青い顔で立っていた。彼女が見るのは第1ピットに帰投する一夏である。一夏はシャルロットが見たことのない気持ちの良い笑顔を静寐に向けていた。一夏を見て、隣の真を見て、一夏を見て、真を見て。そんなシャルロットを見て真はこう言った。「我慢しないで行ってきたら?」 彼女は慌てふためき2人の控え室に駆けだした。(もぅ! 真はまだ手が離せないのに!) 2番目は千代実である。呼び鈴が鳴る第3アリーナの中央制御室。ディアナが受話器を取り二言三言交わすとこう言った。「千代実、用事頼まれてくれるかしら?」「はい。なんでしょうか」「書類よ」 職員室で千代実を待ち構えていたのは書類を持った教頭である。千代実はまたやられたと、泣きながら真耶を口八丁で呼び出した。 3番目は真だ。「一夏のところへ行かないのか」と真が聞き「私は行かない」と箒はその場に残る。眉を寄せる彼だったが、まあ良いかと背を向けた。「何処へ行くのだ」「俺もトイレ」「早く戻るのだぞ」 皆が皆俺を子供扱いする、と不満顔の真を待ち受けていたのは、廊下で漂う鈴である。―ねぇアンタ。アンタは小さいのが好き? 大きいのが好き?―「鈴らしくもない。どどーんと器を大きく― 鈴、痛い」 真はがじがじと噛みつかれた。 4番目は一夏。廊下で出くわしたシャルロットと静寐はすたすたと歩く。静寐はシャルロットの不安を解こうとあーでもない、こーでもないと話すが、シャルロットはむーと不審を募らせた。がちゃりと音を立てたのは控え室の扉。2人が見た物は、清香のホックに手を掛ける一夏の姿。「「一夏」」「ちがうって!」 清香の胸には掴まれた跡が付いていた。もちろん鈴による跡だが2人は知るよしもない。 最後は再び真。顔に歯形を付け戻った彼を出迎えたのは、青い顔で後ずさる箒である。「ま、真、お前は―」「違います」 大慌てで誰かを探す1組2組副担任を尻目に決勝戦は始まった。----- 静寐と一緒にピットを出ると歓声に包まれた。とうとう決勝、セシリアとティナのチーム“ナトー”との対戦だ。やるからには優勝だし、妥協するとキリが無いし、なんか静寐もチーム“ナトー”と戦いたがってるみたいだったし……やっぱセシリアとの再戦だろうな。「「「織斑君! がんばれー!」」」 俺は声援を受けて手を上げた。わーと声が返る。なんか良いよな、これ。盛り上がるというか身体の奥底から何かが盛り上がってくる感じ……と1人で浸っていたら銀色が目に付いた。その銀は観客席の最上段に居て、風に靡かせていた。それは長い銀髪の女の子でカーキの長袖に長パンツ、黒いロングブーツで左目に眼帯をしていた。あんな娘居たか?「私たちを前にして目移りとは……失礼ですわよ一夏さん」 セシリアの声で我に返る。俺の数メートル上で、両手を腰に添えて微笑んでいた。確かにそうだと、俺は向き直った。「勝負は勝負です。織斑君」「もちろん、全力勝負だぜ?」 ティナの挑発的な笑みに俺は努めて冷静に返した。2人の視線を浴びて正直俺はどきどきだ。ティナは肩に掛る程度のボブカット。セシリアは腰に届くまでのロングヘアー。2人とも透き通った碧い瞳で、さらさらの金髪を輝かせていた。しかもスタイルが良い、どこぞのモデルさんが裸足で逃げ出すほどだ。セシリアはバランスが良いし、ティナなんか箒以上。でもこんな2人には好きな奴が居るらしくて、残念無念。何処の誰かね? 会ったら殴っておこう。 それにしてもセシリア、最近急にお淑やかになったよな。入学初日のおほほが夢じゃないかって思えてくる。そんな事を考えながら相手2人と同じ高度になった時、静寐も遅れてやってきた。「セシリア」「またここで、お目にかかりましたわね鷹月静寐さん」「今度は勝つから」「挑戦は何度でも受けますわ」 静寐の表情は怒っても笑ってもいなかったが、その双眸は鋭く光っていた。セシリアは相変わらずゆったりな笑みを浮かべていたがやっぱり眼は鋭い……脇役みたいだな俺ら。そうティナと笑いあった。 試合開始の笛が鳴る。俺らは激しい音を、金属同士のぶつかる音、防性力場の相互干渉音を打ち鳴らした。--------------------------------------------------------------------------------トーナメントもう一回続きます……おかしい。それにしても一夏視点だと明るい。2012/11/24