“05-06 日常編17「予兆」”の清香と一夏の会話修正・追加しました。と言うかヌケ。申し訳ないです。詳細は末の説明を参照して下さい。 セシリア・オルコット6-------------------------------------------------------------------------------- 夜明けもほど遠い闇夜の中で彼は眼を覚ました。意識と無意識、現と夢、主観と客観、真理と解釈、混濁する世界のなかで、無意識に伸ばした手は宙を切った。左手は伸ばすことすら叶わなかった。彼の側にたゆたうもう一つの意思。それに気づいた彼は心臓の方に寝返りをうった。伸ばした右手はその女の頬に触れ、女の存在を確認すると彼の意識は再び闇夜に落ちた。 ディアナが眼を覚ましたのはその3時間後だ。時計は午前6半時を指していた。彼女は隣に寝ている包帯だらけの少年を確認すると、ベッドから抜け出し朝の準備に取りかかった。熱めのシャワーで身体を目覚めさせ、身支度をし朝食の準備を済ませた時には7時半を過ぎていた。 エプロンを脱ぎベッドに歩み寄る。そして起こそうと伸ばした手を途中で止めた。死んだ様に眠っている表情を見て、このまま目覚めない方が良いのでは無いか、そう躊躇ったからだ。窓から聞こえる鳥の声で我に返ると彼女は思い巡らしていた愚かな考えを戒めた。(らしくなく弱気になってるわね……) 改めて伸ばした手の先には黒い丸が二つ、天を見上げる様にじっとしていた。起こしたかしら、そう彼女が朝の挨拶を交わすため唇を開いたのと糸を繰り出したのは同時だった。 彼女の目の前を覆わんと掛け布団が広がる。13糸でそれを切り捨てた時には少年は消えて居た。否、姿が見えないだけで確実に存在していた。布団のなれの果てが部屋に舞い踊る、その様な中ディアナの身体を貫くのは殺意の線。 彼女は呆れた様に溜息をつき、蜘蛛の糸より細いそれを宙に編み巡らした。少年の存在が空気を揺らし糸を揺らす。瞬きに満たない時間、少年は絡め取られ床に叩きつけられた。部屋の片隅でうめき声を上げながらのたうち回る。腹に響く濁った声は窓硝子を怯えさせ振わせていた。ディアナは少年の四肢をきつく締め上げた。 彼女は覆い被さる様に詰め寄ると、腿で身体を挟み両肘を胸に乗せ、顔を両手で掴んだ。眼の前には明かりが届かないと思われる程に黒い丸が小刻みに動いていた。無くしてしまった物を永遠に探し続けている様に思われた。「私の名前を言いなさい!」ディアナの声に少年の身体がぴたりと止まる。「私の名前を言いなさい」2度目の問い掛けに「ディアナ・リーブス」とその少年は答えた。「貴方の名前を言いなさい」「……すいません、寝ぼけたようです。解いて貰えませんか」「貴方の名前を言いなさい」ディアナは無視してもう一度問うた。彼は意気消沈し目を逸らし答えた。「……蒼月真」「ここは何処か答えなさい」「IS学園」「貴方は何処の誰?」 少年は何かを答えようと、口を開き喉を振わせたが言葉を紡ぐことはなかった。「まぁ良いわ。それより朝の食事を始めましょう。今日は休みではないから早くして頂戴」「食欲ありません」「食べなさい」「後で頂きます。仕事があるなら先に済ませて下さい」「一緒に、よ。相変わらず失礼な人だわ」 腰に手を添えて、見下ろし睨むよく知った金の人。彼女の威圧に彼は渋々と頷いた。「その前に顔を洗ってらっしゃい」 いつの間にか解放されていた身体をさすりながら立ち上がり、歩き、顔を洗い、席に着いた。彼の目に前にあるのはサラダ、チーズオムレツ、ベーコンにソーセージ、ロールパンとフルーツ。内容はありきたりだが量が非常に多い。軽く4人前はあった。だが彼は特に印象も持たずコーヒーカップに手を伸ばした。「何か言うことは無いのかしら」「……頂きます」「どうぞ」 合掌出来ないことに真は改めて戸惑い、自嘲した。右手でナイフを持ちオムレツを刻むとフォークに持ち替え口に運んだ。パンはそのまま口で食いちぎった。「テーブルマナーと言いたいけれど、それを求めるのは流石に理不尽かしら」「ペナルティに食事抜き、と言うなら俺は一向に構いません」「呆れた。拗ねるなんてまるで子供みたいだわ」 “子供”と言う単語に反応し、一瞬真の手が止まったことをディアナは見逃さなかった。「そう、シャルロットの事知ったのね」 ディアナの言葉に知っていたのかと、真は目を上げた。「レオン様ともベアトリス様とも面識あるのよ」 真は、シャルロットの処遇が気になったが聞くのを止めた。表向きはともかくデュノア社のご令嬢だ。学園側が悪く扱うはずは無い、そう確信していた事もあるがなにより、(俺が気にしてどうなる。何が出来る) という激しい自己否定に侵されていたからだ。彼はナイフを置くと小さく食事を終える言葉を吐いた。捨てた左腕を右手でさすりながら虚に宙を見る。「私はもうでます。ゆっくりでも良いから全部食べること。食べ終わったら皿は水につけて、真が散らかした部屋の掃除をしなさい」 ディアナはライトグレーのジャケットに袖を通すと鞄を持ち玄関に向かった。「それは命令ですか?」「命令よ。そうね追加するわ。寮に戻り最低限の私物を取ってくること。良いわね」「いやです」「取ってきなさい」「ディアナさんは先生ですよね? なら生徒を守るべきです。俺が行けば皆を危険に晒します」「繰り返すわ、取ってきなさい」 真は右手をテーブルに叩きつけ立ち上がると睨み、叫んだ。「駄目だと言っているんです! 先程の俺を見て何故そう言えるんですか! あれがディアナさんでなかったら! 俺はまた女の人を殺―」 乾いた音が部屋に響いた。ディアナは振り抜いた手をゆっくり下ろし鞄の肩掛けに添えた。「取ってきなさい。午前中であれば授業で誰も居ないわ」「……分かりました」「よろしい、行って来るわね」 何時までも立ち尽くす真を背にディアナは家を出た。深い溜息が出る。人格の弱体化、今の真は辛うじて踏みとどまっている状態だった。つなぎ止めているのは言うまでも無くシャルロットが括った糸である。(千冬では無いけれど、モンドグロッソ優勝者でも一人ではたかが知れてるか……頼んだわよお嬢ちゃんたち) 学園に所属する人間ならば真に報いる義務がある。経緯はどうあれ真は学園を守りその対価としてその眼とその左腕を差し出したのだ。組織とはそう言う物、これがディアナ・リーブスという女性の考え方だった。----- 学園ハンガー区画、第7ハンガー。固唾を呑み見守るのは整備課第4グループの少女たちである。 薫子がネックレスを、黄と黒で塗りつぶされた円形の反重力フィールド中心に置いた。そのネックレスとは今朝千冬から虚に渡された物だ。薫子は退去しタブレットを操作、重力が遮断されネックレスが宙に浮く。先輩、そう虚に声を掛けると今度は虚がタブレットを操作。学園でも数名のみが知る管理者権限でみやにアクセス。セキリュティを解除、量子展開させた。 蒼い光りが迸り現われた鎧に少女たちは見上げ、口をぽかんと開ける。其処にあったのは黒い鎧だった。マットブラックを基調に、ダークグレー、赤褐色のラインでアクセントを付けていた。「……どう見ても悪役機ですね、これ」とは困惑気味の薫子。「織斑君の白式を意識した、そんなところかしらね」そういう虚も呆れ気味だ。 真は単に“黒”と指定したが、この様なカラーリングにしたのはジャンである。彼は色々な意味で日本通だった。一方、他の少女たちの感想は三者三様である。「せめて赤をもう少し明るいのにすれば良いのに。こっそり塗り替えようかな」「おースネクマ社のスラスターだ、これ」「ディマ君のリヴァイヴIIと同じ奴か。おっきいー」「うぅ、在学中に軍用機を触れるなんて夢みたいだよ」 ゆっくりと大地に降り立つリヴァイヴにある少女は手を当て、有る少女は涙ぐみながら細部を確認していた。その様ななか「全員注目!」と檄を飛ばしたのは虚である。薫子らスタッフは一瞬で気分を正し迅速に並ぶ。「皆も知っての通りこの子は不完全な状態で満足に飛ぶことも出来ない! だから私たちが居る! 時間は短いがやることは多い! でもこの子を完全にするのが私たちの仕事! いいわね!」「「「はいっ!」」」「整備課第4グループ心得その壱!」「「「ねじ1本! 信号1つ見逃すな! 気の緩みが死を招く!」」」「その弐!」「「「撃墜にボンクラ(操縦ミス)以外の理由無し!」」」「結構! それでは始めるわよ貴女たち!」「「「了解っ!」」」 ISにねじが使われている訳では無いが、機械の基礎はねじだと言う祖父蒔岡宗治の教えによる物である。機械が絡むと性格が変わる、虚もまた彼の血を引いていると言うことだった。 整備士の仕事は機体を万全の調子にすることだ、そう深呼吸すると虚はタブレットを手踵を返し、慌ただしく動くスタッフとみやの元へ足を向けた。----- それは中央本棟から教室のある学習棟と寮にいたる道である。白ツナギ姿の整備課女生徒2人が工具箱を手に歩いていた。焼く様な太陽を恨みがましく見上げ、袖で汗を拭えば顔に油汚れが付いたと2人とも笑いあった。「あー今年のトーナメントきっついわー」「虚先輩のグループ抜けちゃいましたしね」「蒼月の機体整備やってるんだっけ? みた?」「見ました。黒ですよ真っ黒」「軍用機かーいいなー私も整備したい」「訓練機ばっかりじゃ飽きますしね、偶には刺激欲しいです」「ふと思ったんだけど織斑君ってさ所属決まって無いよね?」「そうですね、日本に成るかと思ってましたけど一向に決まってないみたいです」「白式整備したいなーできないかなー あれだけ宙に浮いてるんだよなー第3世代機ー」「あはは、でも勝手に触ると規約違反になっちゃいますしね……あれ?」「どした?」「今誰か居た様な?」 2人が立ち止まり辺りを見渡すも誰もいない。ただ煉瓦道と木々とガス燈を模した街灯が立っているだけだ。「誰もいないじゃない」「確かに人の気配が……ひょっとして幽霊?」「まだ昼前なのに?」「はれ?」「晴れ?」「「……あれ?」」 頭を傾げる少女2人を背に歩くのはもちろん真であった。黒のTシャツにスウェット。ある時は物陰、ある時は死角に入り込み、特に労もせずやり過ごした。ただ時折痛む左腕を擦るのみである。眼は見えないが生き物の気配なら読める。転じて、何もない地面は舗装道路と言う事だ。 彼が歩くのは柊に続く道であった。他にも数個の少女グループをやり過ごし、昼食の準備をする食堂スタッフをやり過ごし712号室、彼自身の部屋に滑り込んだ。彼の部屋は最上階の角部屋、迷うこと無く探し当てた。 その部屋はブラインドが下ろされていて薄暗く、埃の匂いが漂っていた。彼が最後に過ごしたのはみやの改修申請書を提出した日で約2週間ぶりとなる。一夏と江ノ島をぶらつき、カーチェイスをし、Mの襲撃を受け、失明し、米軍に捕まった。学園に戻れば独房に入れ、査問を受け、フランスに渡り、Mに再び襲われ、人を殺めた。左手を失った。彼はしばらく立ち尽くすと、もう一度左手をさすった。(2週間たらずでこの様か、“前の”俺はそこまでの事をしたのか) 薄暗い部屋を手探りでを探る。最初に空けたのは机の引き出しだった。触れたのは小さな刃物、彼は衝動的に手に取った。首筋に冷たい感触が走る。頸動脈を切れば出血多量によるショックで死亡する。部屋にセンサーはない。数分だ。誰かが気づいた時には全てが終わっている。 誰かが呟いた。 お前に掛けた時間と労力と金をふいにするのか。 誰かが囁いた。 問題なのは今まで掛けたコストではない。これからが重要だ。お前は一夏になれなかった。お前はこれからも誰かを巻き込む。お前は誰をどれだけ巻き込めば満足する? 見切りが大切、そう言ったのはお前だろう? 彼は歯を食いしばり、右手に力を込めた。刃が薄皮に食込み血がにじみ出した。 そうだそれで良い。あの不幸なフランスの少女は忘れろ。お前はお前、あの少女はあの少女だ。お前は不幸な身の上の少女に当てられているだけだ。あの少女は自分で完結する。だがお前は違う。お前は災いをバラ蒔く。この学園の彼女らを粉々にしたくないだろう? あの女の様に。 腕を引く、刃が皮を滑る、手応えが変わった、弾力を感じた。刃が首の太い管に到達した。 何を戸惑っている。殺した時の感触、あの絶望感を思い出せ。それとも全てを捨ててMの様になるか? ―もう疲れた― シャルロットの括った糸が綻び切れるその瞬間、背後から響く声は、「久しぶりですわね」 心と身体に響く透き通った声だった。彼は振り向かずナイフを下ろした。「交わす言葉はもう無い」「真に無くとも私にはありますわ」 金髪碧眼の少女、セシリア・オルコットだった。彼女は薄く透けた白のナイトドレスの上に淡い青のガウンを纏い、右手に“それ”を持ち立っていた。「来るな、セシリア・オルコットを捨てるな」「捨てはしませんわ、私は私としてここに立っておりますの」 一歩一歩、歩み寄った。「来るな、全てが台無しになる」「そう思っているから、そうなるのですわ」「その言葉を口にするな!」 振り向いた其処に、15センチほど下に碧い眼が合った。「みろ」真は左手をセシリアに突き出した。もちろん二の腕の半ばから欠けている。「その言葉を発した女が死んだよ、その対価だこれだ」「私後悔しておりますの。あの夜走り去るべきではなかった。真があの行動に至った理由など分かりきっておりましたのに。取り乱してしまいましたわ」 そう笑みを浮かべたセシリアが差し出したのは一挺の銃だった。オルコットの家紋が刻まれた38口径回転式拳銃。細める彼の見えない眼は忌々しいと言わんばかりだった。「忘れ物ですわ」「もう持てない」「あの夕暮れの屋上をお忘れ?」「忘れてなどいない、だからこそ持てない。俺にその資格は無くなった」「そう思っているのは真だけですわ」 彼はナイフを机に置くともう今度は右手を少女の前に突き出した。「この手を見ろよ、その人は死んだんじゃない。俺が殺した。抱いて殺した、だからもう持てない。その家紋はそんなに軽いものでは無い筈だ」 僅かな間の後その少女は、「どうしても拒否するというのならば、」 銃を彼の右手に握らせ、銃口を己の右目に添えた。「お撃ちなさい」「……何のつもりだ」「誓いというのは交わした者同士がその責を担う物。真にその資格が無くなったというのならば、その責は私にもありますわ」「言葉遊びにしては冗談が過ぎるぞ」「言葉は時として命以上の意味を持つ、それは私が改めて言うことでも無いでしょう。あの時私たちが何をし、何を交わしたのかそれを思い出しなさいな」 彼は引き金に指を掛け、力を込めた。ゆっくり上がった撃鉄は打ち下ろされること無く戻り、彼は銃を下ろした。ただその顔は苦渋に満ち、絞り出した声は幼子の様に震えていた。「……君はまだ俺を括るのか」「背負っているのは真だけではなくてよ。用件は済みましたのでもう失礼しますわ、私、体調が優れませんの」「これ重いよ、セシリア。挫けて打ちひしがれそうだ」 その少女は扉の前で一瞬だけ立ち止まり、だが振り返ることは無く俯き歯を食いしばる少年を後にした。----- 部屋を後にしたセシリアを待ち構えていたのは1人の少女である。喉元には黄色のリボン。廊下に立っていたその少女はセシリアの姿を認めると歩み寄り一つ身を下げた。セシリアは構うこと無く自室に向かう。その表情に感情は無かったが瞳には不機嫌さを湛えていた。「セシリア様」 その少女はサラ・ウェルキン、2年操縦課にしてオルコット家の使用人。そしてセシリアのお目付役である。サラは体調を崩しているセシリアの様子を見るため柊にやってきていた。平常この2人は先輩後輩の関係だが今は主従関係である。もちろん他に生徒は居ない上での話だった。「サラ、部屋で待つ様にと言ったはずですが」「突然外出するなど何事かと思えば、案の定でありましたか」 サラの言葉にセシリアは鋭く睨む。紡ぐ言葉は棘の様だ。「盗み聞きとは無礼な。身を弁えなさい」「そうは参りません。今後あの者と関わるのはおやめ下さい。あの者は災いです」 苛立ちを隠さず歩むセシリアは自室に入り、追ってサラが入る。ぱたりと扉が閉まった。振り向きサラを見据えるセシリアは抑揚なくこう告げた。「身を弁えよと言いました。サラ、私の友人を愚弄するのは覚悟の上かしら」「セシリア様、良い機会ですので申し上げますがご友人はお選び下さい。先日の鷹月殿との決闘と良い、あの者と良い、セシリア様の振る舞いは軽率ではありませんか? 付け加えれば漸く取り戻した銃を再び渡すなどどのようなお考えです」「相応しいと思うから渡したまで。サラ、私が誰と言葉を交わすかは私が決めます。口を挟む事はまかり成りません」「セシリア様は何処の何方かお忘れですか?」 その言葉はセシリアにとっての枷だった。静かに問うサラにセシリアは一つ足を引いた。「忘れてなどいません、忘れたことなど―」「ならばそれを踏まえた御交友をなさいませ。1組ならばブリュンヒルデの弟御、織斑様。2組であれば更識家と蒔岡家の血を引く布仏様。3組であればハミルトン様、この方は代々米海軍の家系です。4組であれば更識家次女の簪様、この方々なら功績も血筋も家柄も申し分ありません」「分かっています。もう良いでしょう? 私は休みます、サラも戻りなさい」「くれぐれもお忘れなきよう、セシリア様はオルコットのセシリア様なのですから」 サラはうやうやしく身を一つ下げると部屋を後にした。彼女は廊下の妙な気配に眉を寄せたが、誰も居ないことを確認するとそのまま立ち去った。 セシリアはそのままベッドに横たえる、思いが知られぬよう腕の中に唇を埋め嗚咽を漏らした。----- 部屋に戻った真はソファーに腰掛け、パイソンを右手に持ちじっと見ていた。時折シリンダーを出し回す。戻してはまたじっと見る。その見えない眼は虚だったが、確かにそれを捕えていた。時刻は午後6時、空は赤く焼けていた。明かりが灯さないその部屋は暗く、カーテンの隙間から染みこむ赤い光が彼に影を作る。 ローテーブルに置かれているのは6発の“.357マグナム弾”だった。それは空砲などでは無く実弾だ。発砲すれば鉛球は眼球を砕き、骨を砕き、脳をかき混ぜただろう。セシリアの行為はそう言う事であり、真はもう一度それを犯しかけた。 何故だ。彼を支配するのは思索、セシリアがあの様な行動に至った理由である。カチャリカチャリと何度も繰り返した。1キロ少々のそれは手にずしりと響き、それ以上に彼の心と身体にのし掛かる。それは重りその物だ、それは彼にとって紛れもない枷だった。 最後に使ったのは高速道路でのカーチェイス。あの時彼は絶対の自信を持った一撃を外した。見えない何かがのし掛かった様に狙いが外れた。 思い起こせば携帯した事など僅かしかない。精々射撃場でセシリアの警護に使った程度であり大半は樫の木箱に入れていた。だがこれは絶えず彼の中にあった。鈴が触ろうとして、思わず取り上げたことがある。その時彼は危ないからと告げたが、単に触らせたくなかっただけだった。 遡ったその最果ては、セシリアと命のやりとりをした夕暮れの屋上だ。彼女は誇りを掛け、彼は意地を掛けた。あの時から彼は銃を知っていた、初めて持った筈のその銃は手に腕に身体に精神に馴染んだ。引き金を引くことは容易だった。銃を下ろし頭を下げたのは、自分よりセシリアが大切だと思ったからだった。千冬のみだった彼の心に打ち込まれたのはその少女の銘。家名を背負い、苦しみつつも、藻掻き足掻き、自分で在り続けた様とするその生き方に貴さを感じたからだった。(そもそもセシリアは何故これを俺に渡した? 別の物でも良かった筈だ) 最初に思い至ったのは銃の意味。持つ度に思い浮かぶのは夕暮れとこんじきの髪。碧い瞳。(そうか。撃てなかったんじゃない、撃たせない様にしてくれていた。だから、置いて行ってしまった、捨ててしまった俺は人を殺した) 次に気づいたのは渡したことの意味。(つまり、俺はずっと彼女に守られていた。なら―) 最後に気づいたのはその動機。セシリアは真の真実を知っていた。彼の思いを知っていた。それに言及しないのは一夏に好意を持っている、だからだと彼は思っていた。だが彼女は真に対しつかず離れずの距離を取った。二股まがいの行動は、彼女の有り様と矛盾する。真にとって好意は苦痛。オルコットとしての立場。つまりその動機とはセシリアから真への、叶わぬ思いだった。 真は声と身体を震わし、表情を歪めた。「ははは……馬鹿か俺。何から何まで全部自滅じゃ無いか」 見えぬ眼から大粒の涙をこぼすと、すすり泣き、銃を抱き抱え、大声を出して泣いた。声にならない声で謝罪の言葉と少女の名前を何度も繰り返した。 陽は既に落ちていた。-------------------------------------------------------------------------------- というワケでした。気づいていた方もいらっしゃるのではないかと思います。幾度となく有ったセシリア伏線の回収、長かった…… ところで合間に虚ら整備班のシーンを入れてます。これは時系列的な理由による物ですが、どうでしょうか? シーンの流れ的に突然的かどうかという意味です。宜しければご意見下さい。 まとまりを考えると冒頭に入れるか、もしくは思い切って略しどこかで2,3行ですますか、小説に時系列を厳密にするかどうか、判断が難しいです。1人称だと見えないシーンは書けないので3人称故の悩みです。 他にもおかしいぜ! というツッコミは常時ウェルカムです。指摘済みの内容でも直したつもりに成っているかも知れませんので、ご負担で無ければお願いいたします。 ちなみにHeroesでのサラ・ウェルキンは代表候補ではありません。2012/10/14