06-05 赤騎士編(赤騎士討伐隊)聖地巡礼お疲れ様です。--------------------------------------------------------------------------------北緯32度東経139度,青ヶ島より東へ約100キロの洋上に1隻の艦船が居た。全長155.3メートル、全幅20.1メートル。排水量9,648トン。アメリカ海軍第7艦隊 第15駆逐隊 所属 アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦32番艦。“ラッセン”である。ラッセンは周囲を警戒しつつ20ノットでハワイ方向に向けて航行していた。艦長である米海軍中佐ケニー・ステーロはラッセンのCIC室(戦闘指揮所)でレーダーディスプレイを凝視している。それは立体映像で半球ドームを形成しており、中心が自艦を示している。周囲に敵性艦船、航空機の反応はない。ただ一つ、高度35,786キロメートル上空、静止衛星軌道上に存在する赤騎士を除けば。彼に下された命令は赤騎士の偵察(情報収集)と破壊である。かれこれ約半月、赤騎士は依然沈黙を保っていた。ただその内に秘める内部エネルギーの上昇を除けば。赤騎士が力を貯めているのは間違いない。問題なのはそれが何時で、何をするかだ。彼の表情は優れない。赤騎士事件は彼も知っていた。約10年前、下級将校であった彼は白騎士赤騎士事件の戦闘を直接見た数少ない人物だ。その経験を買われこの任務に就いた。(非IS兵器でダメージを与えられるのか)彼の疑念はこの一つのみである。IS技術体系に属しない兵器もこの10年で進化を遂げた。幾ら絶対防御であろうとも、物理エネルギー力場である以上、負荷エネルギーを一定以上与えれば崩壊させる事ができる。ただそのしきい値が恐ろしい程に大きい。計算では核を用いてもISにダメージは与えられない。爆発エネルギーが周囲に広がるのみで必要圧力に達しないのである。そこで用いるのは慣性力だ。質量を持った弾頭を一端宇宙に上げ、加速させ、ぶつける。大気のない宇宙空間では空気摩擦が生じないので加速した分だけ速くなるからだ。ただ第二宇宙速度(秒速11.2キロ)を超すと外宇宙に出てしまうため同一の静止軌道上での攻撃は意味が無い。低軌道からの加速により、外宇宙に向かう高速度で狙うのだ。砲雷担当の下士官が言った。「艦長、発射時刻まであと5分です」「異常はないな」「ありません。VLS(垂直発射装置)及びSM-4(スタンダード弾道迎撃ミサイル)ともに異常なしです」レーダーを凝視続けるケニー。下士官がこう問うた。その声に不安が混じっている、ケニーにはそう感じた。「ミサイルが通用するのでしょうか?」「我々は偵察が主任務だ。心配するな、撃ってお仕舞いだよ」ケニーも同意見だったが部下の前で泣き言は言えないのだ。「だと良いのですが」その下士官は非IS兵装では最高峰の戦術兵器が効かなかったらと恐れていたのだ。「不安は皆同じだよ。君ひとりだけ恐れていても仕方あるまい」「恐れなど……」「恐れを恥じる必要は無い。大事なのはそれに打ち勝つ精神だ」彼は恐れを打ち消す様に返答した。カウントしていた時計がゼロになる。ケニーにこう言った。「艦長。時間です」僅かなあと、腹に響く声でケニーはこう言った。「ミサイル発射」復唱。「発射」甲板の、VLSのハッチが開き、並列するポートから煙と炎が吹き出る。僅かの間のあと矢の様な勢いで弧を描きミサイルが空を昇っていった。ただその速度は時速9,600キロである。この速度でLEO(低軌道)まで打ち上げ、そのご再加速するのだ。「ミサイルがLEO(低軌道)に乗りました。第二次加速まであと35分」ディスプレイに映し出された地球の地図。それには二つの軌道が正弦波の様に映し出されている。目指すは軌道が交差する一点、予想着弾点である。計算された時間になりスラスターが作動した。弾頭が第二次加速を始める。弾頭の居るLEO(低軌道)からGSO(静止衛星軌道)へ向かう為、その中間軌道であるGTO(静止トランスファ軌道)を取る。尚加速中。「軌道修正0.5度。異常なし」「速度は?」「着弾時の予想速度は時速220,524km。音速の約180倍です。着弾まであと一分」レーダーに映る静止している赤い点(赤騎士)と、高速で飛来する弾頭(青い点)徐々に近づく。ケニーは集中してその二つの点を見ていた。(着弾時の運動エネルギーは68,598メガジュール。TNT火薬で16トン相当だ。赤騎士め、防げるものなら防いでみろ)「最終軌道修正……命中します」赤騎士の防性力場に弾頭の鋭利なエネルギーがぶつかる。発生した干渉光は凄まじい光度を持っていて、ラッセンのブリッジからでも肉眼で確認出来る程だ。「艦長、月が二つ出来たようだとブリッジが言っています。「赤騎士の確認急げ」「イエッサー」CICシステムを操作する電測員が悲痛な声を上げた。「赤騎士健在! ダメージ見受けられません!」ケニーが冷静に「司令部へ連絡」と言う。「こちらラッセン。コマンドー応答されたし。こちらラッセン。コマンドー応答されたし。任務失敗、敵兵力に損害見られず。繰り返す。任務失敗……」慌ただしいCIC内でケニーは舌を打った。(やはりISにはISか。化け物め)空には月が出ていた。◆◆◆IS学園、柊寮。その食堂である。真は白い4人掛けテーブルに腰掛け、空を見た。冬の晴天という奴で、雲一つ無かった。木枯らしが吹き枯れ葉が舞う。真は窓越しにその様な天気を見ると目の前の、友人を見た。その様な寒いときでもコールドドリンクを飲む一夏を見て真は呆れるやら感心するやら、微妙な顔をしていた。真はホット・ココアをすっと飲みこう言った。「これが若さか」一夏はコーラをちゅーとストローですすり飲む。「なんだ。シャア・アズナボー」「そのセリフを言った時はクワトロだって理子が言ってたぞ」「見てねえのかよ。Zガンダム」「途中までしか見てない、勉強で忙しかったんだ。というか一夏の年代だと古すぎだろ。どう言う名前だったか……Seedとかダブルオーとか、年代を考えるとそっちだろ」「古典は押さえる主義なんだ」「また大袈裟にいう」「へへん。そういう風にアニメを馬鹿にして、あぐらを掻いていると足元をすくわれるぜ?」「だから大袈裟だぞ」「聞いてねえのか? マドねえもガンダムを見なかったばっかりに貴子先輩に負けたんだ」「……まじで?」「マジで」「というか、なんでそんな事を知っているんだよ」「貴子先輩本人から聞いた。お前も最低でもガンダムは押さえておけって」「あの人は……」真は呻いた。機密情報を漏らすなよ、いや機密じゃないか。アニメが機密など大事な何かが壊れてしまう。自分の矜持というか自尊心というか……真はぶつぶつとココアを飲む。一夏が言った。「でだ。結局今どうなってんだ?」「もろもろのことか?」「そう。もろもろ」セシリア殺害はイギリス政府によりテロリストへの囮作戦だとして処理された。存在しないはずのテロリストは拘束されイギリス特殊部隊に射殺されたとしている。セシリアの扱いはと言うと、セシリアは負傷、移送は負担が掛ると言う事で、現在IS学園で療養中、と言うことになっている。真が言う。「療養中ってのも嘘じゃないし、まあこんなもんだろ」「じゃー、俺は?」一夏は真を探しに出国したが、機内でテロリストと戦闘、撃退したが墜落。奇跡的に中国で無事保護され帰国となっている。一夏が唸る。「……なんかだせーぞ。俺」「未成年が丸腰なんだ。誰も責めはしないよ。日本政府と学園なんか正義感と責任感溢れる行為だと盛大に宣伝してる。まあフランスでの騒ぎに関連づけられるとヤバイから、落とし所としては妥当だ」「そう、それだぜ。それ」「ロスチャイルドの事はいま検討中」対応にはセシリア殺害の冤罪で貸しのあるイギリス。ファントム・タスク幹部という地位に喰い込んだ、この秘密を共有しているデュノア家。そして学園と更識家が当たっている。が、もみ消すのは不可能。真は世界各国に睨まれているため、学園に居るという事実を秘匿に為なくてはならない。「みんなには箝口令を敷いているけれど、完全な口封じは不可能だから、名前変えるとか身分を偽らないと駄目だな。まあ赤騎士がいるうちはそれどころじゃないだろうから良いけれど、問題はその後。正直その時に応じて、が解答だ」「真。お前も雑になったなー」「一度死んでるからな」「そう。それだぜそれ。その身体どうすんだ」「なんともならん」「アレテーとか。ほれ、会社の人に相談してみたらどうだよ」「おいそれと話せる内容じゃないし、アレテーにも無理だ」「お前の異能はどうなんだよ」「自分の身体で身体は触れない、だから操作は出来ない。成り行きに任せるままだ」「まあ無事なら結構な事だけどよー。全力で殴っても死なさそうだし」「言ってろ」真はココアをぐび飲んだ。真の身体には代謝がない、細胞の老化がない、年を取らない。この事実が明るみになれば大騒動だ。不死の命、賢人ですら惑わすにも十分だろう。この事実を知るものは千冬、ディアナ、楯無のみだ。(ディアナはああ言ったけれど、その時は数年で姿を隠すよりない)一夏が言う。「で、マドねえの事は?」「会ってみた」「で?」真はマドカの言葉を思い出す。“君は勘違いをしている。もう真は人間じゃないの。あの女とは同じ時間を過ごせない。永遠の孤独を味わいなさい、永遠に苦しみなさい。永遠の苦痛に苛みなさい”真は青い顔で、カップを口にしたまま固まる。察した一夏も青い顔で溜息をついた。一夏が言う。「ヤンデレここに極まれり」「お前の姉だろ、何とかしろよ」「真がああしたんだろ、責任転嫁すんじゃねえ」「不可抗力だよなあ」「何時までもこのままって訳には行かねーぞ。どうするんだ」「今セシリアに骨を折って貰ってる」半眼で睨む一夏だった。「おいこの阿呆」「何だいきなり」「セシリアのスカートに隠れて、泣き付くなんてお前いくら何でも情けなすぎりゅぅ!」真は右拳を一夏の顔面にねじ込んだ。ぐりぐりとねじ込んだ。「だれがセシリアの影に隠れて、マドカをどうにかして貰うなんて言った。秘策だよ、秘策。マドカともセシリアとも綺麗に収まる秘策だ。その為にある事を手配して貰ってるんだよ」一夏はパシっと真の拳を払う。「真、てめえ何を考えてやがる」「直ぐ分かるさ」また秘密癖かよ、全くむかつくぜ。突っ込んでも白状はしねーな……一夏はうんざりとこう聞いた。「みやの事は?」「ここのあるけれど?」真の胸に待機状態のみやがいた。セシリアを経由して受け取ったのだった。“一夏様、私のこの身体の事はマスターには秘密にしてください”“なんで?”“マスターの質を考えると私を使う事に躊躇しかねません”“ありえーる”という嘆願があり一夏とも共皆は言わない事にした。一夏は話を逸らす。「みやに変化があるのかって事だ」「力は働いてる、近々何かあるかもしれない」「何かってなんだよ」「セカンドシフトならいいなー」「ずり―ぞおまえ」「気合いでセカンドシフトした一夏に言われたくない」一夏はみやのメンタル・モデルを思い出す。喪服姿風の年上美人。一夏は右腕のガントレットを外すと「ちょっと持ってみ」といった。何のことだと分からず真は受け取った。待機状態の白式からぶーんと鈍い音がする。真が言う。「……白式も進化させようってか。そういう安直な手段は良くないぞ」「真が言うなし」「まーなー」「赤騎士はどうするんだ?」「放っておく」「おい」「言い方がまずかったか。怖い各国の軍人さんに一任だ。教育機関である俺らが出張る必要はない。学園は先日無人機とドンバチしたばかりだしな」「それでいいのかよ。俺らが」真はテーブルに乗り出した。指でコツンコツンと叩く。一夏も何のことだと乗り出した。真がぼそぼそと小声で言う。「ここだけの話だが」「おぉう」「国連主体で赤騎士討伐隊が緊急で組織されている。その数48機のIS大隊だ」「ぉぉぉ」「俺らの出番は無い」一夏は後頭部で手を組むと身を逸らした。「なるほどな。俺らは高みの見物か。良く一致団結できたもんだぜ」「ISの軍事的組織行動はどの国も持ってないからな。どこもかしこもデータが欲しいんだろ」「汚い大人の世界事情ってか、ああ嫌だ嫌だ」「まああれだ。一夏も帰国したばかりだし、」「おう。のんびりさせて貰うぜ」「聞いてないのか一夏。休んだ授業追いつくために暫く休み無しだぞ」「きゃー」どたどたと足音が響く。何事かと食堂の皆がその方を見た。楯無である、目はつり上がり口元は歪み、髪は逆立つ。まさに怒髪天を突く勢いでやって来た。「おりぃむぅらぁ~、い~ちぃかぁ~はぁ、いねぇがぁ~?」「なまはげ?」真である。「なまはげ」一夏だ。少女たちが一斉に一夏を指さした。どどど。地を揺るがさんばかりの勢いでやって来た。楯無の背後に簪の姿も在る。お姉ちゃん止めて、必死に追っていた。殺気を感じた一夏は逃げ出した。ぐるぐると食堂を回るように走る。「一体何の用ですか! 楯無先輩!」「うちのー簪ちゃんーをよくも! よくもよくもっ! 傷物にしてくれたわねっ! 詫びて死になさい!!」きゃあきゃあと黄色い声を上げる少女たち。視線を浴びた簪はオーバーヒート、停止した。ぽつねんと立ち尽くしている。「強引にとかそう言うわけでは無く! お互い合意の上で!」「簪ちゃんは一夏ハーレムになんて入れさせないわよっ!」「そんなもん組織してませんってば!」聞きとがめた少女たち、ふらりと立ち上がった。その姿は柳の如く、揺らめいていた。「そうそう一夏、その話聞かせて」静寐である。「一夏! 正直に白状しなさいよ! 素直に話したらぶっ飛ばす!」これは鈴。「いーちーかー」とは清香。「織斑君、テーザー銃って見た事ありますか?」最後はティナ。ぐるぐる。どたばた。一夏を初めとした集団は、追いつ追われつ食堂の外へ駆けていった。真がぽつり。「あぁ。平和だ」つかつかと箒が歩み寄り、ぽむと手刀を真の頭に入れた。◆◆◆「どうしてこうなった」真の呟きは雑踏に紛れて消えた。彼が居るのはコロッシアム形状の第4アリーナ、第1ピットの中。こっそりフィールドを覗けば各国のテントがみえる。移動指揮車に軍人、そしてISが見える。イギリスはティアーズ型、イタリアはテンペスタ型、ドイツのシュヴァルツェア・ツヴァイクにフランスのリヴァイヴ、アメリカのファング・クエイク、世界中のISがここぞとばかり集まっていた。こうなったのは訳がある。赤騎士討伐はいい。だがその最前線基地は何処にすると揉めた。当初アメリカ海軍の原子力空母が検討されたが、機密を理由にアメリカが拒否。赤騎士は太平洋上空にいるので、なし崩し的に学園が選ばれた。各国に目を付けられてる以上、目だって動くわけにもいかず日陰者の有様であった。真はこっそりと双眼鏡を覗く。ドイツ軍服のラウラがいた、クラリッサを伴い千冬と話している。セシリアも居る、サラを伴い名も知らないパイロットとなにやら話している。セシリアは討伐隊に加わらないようだ。真は人知れず溜飲を下ろした。シャルロットの姿も見えた。「シャル。元気そうだな。少し太ったか?」と少々ボケたことを呟く。双眼鏡をずらすと、黒髪の女が見えた。グレーのISスーツ姿で髪を結い上げている。オータムだ。2人ともリヴァイヴⅢを見上げなにやら話していた。「うげぇ」と品の無い驚きをする真。あぶない、あぶない、あぶない、と3回繰り返した。彼女との情事は、否“取引”は致し方なかったのである。公明正大なギブアンドテイク、ビジネスなのだ。何処ぞの誰かのように粉飾決算などしていないのである。だが。“彼女ら”にその言い訳は通用しまい。事が済むまで身を隠すが吉だ。非常に情けないことを考えながら真は立ち去った。お馴染みのT字路。右を向く、誰も居ない。左を向く、クリア。次のコーナーへ向けて迅速克つ静穏に走ると、ナターシャ・ファイルスと出くわした。女子トイレ前である。「あ」「え」彼女はホワイトのカジュアルパンツスーツ姿だった。真は目立たないようにと学園服を着ていた。女子トイレの前で壁に沿って歩いていた、何とも冴えない再会だった。「ハァイ」「……ナターシャ・ファイルス?」なんでイレイズドの兵士がここに? とぼけを噛ます真だった。彼女は笑顔で言う。「よかった。会えないかと思った。ところで何してるの?」「……整理体操、かな?」◆◆◆何だからと場所を変えて楓寮の食堂である。真が自販機の前で彼女にこう言った。「何にする?」「年上に奢るなんて10年早いわよ。これぐらい私が出すわ」「ドルは使えないよ」納得とナターシャはこう言った。「ならホットのココアで」4人掛けのテーブルに腰掛ける。2人の目の前にはココアがあった。微笑を湛えるナターシャル。うぅむ距離感が掴みにくいと頭を捻る真。会話が長引くと彼女も俺も困ると、仕事の話をすることにした。「ファイルス大尉。貴女が来ているとは思わなかった。シルバリオ・ゴスペルも持ってきてるのか?」「その質問は個人として? それとも学園教師として?」「どちらでも構わないよ。回答を無理強いしてないから」「もう少し熱っぽく質問したら答えをあげる」なら良い、と出かかったセリフをなんとか飲み込んだ。楓寮は2年3年寮だ。遠くの席に貴子の姿が見える、じっと見ていた。抜き打ちテストらしい。心中で脂汗を掻く、どうにかしてこう続けた。「そう言うセリフを言う相手は慎重に選んだ方が良い。誤解する」少し引いてみた。「誤解って誰が?」ナターシャは踏み込んだ。えぅーと心中で泣く真だった。ここで“ごめんなさい、そう言うつもりはないの”と期待していたのである。貴子が親指を床に向けて“やれ”と言っている。優子ら何時もの面々も見える。どうしてあの人がここに居るのかと、さめざめ泣く真。「俺さ。俺のような不器用な男さ。“ひょっとしてこの娘は俺に気があるのかも”と思ってしまう」くすりと、ナターシャが笑う。しまったと心で舌を打つ。「落ち着いて会話するのは初めてだけれど、貴方ってなんだかアメリカ人の様ね」「そう?」「日本人らしく奥手じゃない」鋭い、と真は驚いて見せた。「俺は十分奥手さ。態度は人によって変える」「ふぅん。本気の相手には余裕がないっていうの」流石イレイズドのパイロット。駆け引きが上手い、場数を踏んでいる……と真は作戦変更。「見目麗しいパイロットさん、口説く相手は選んだ方が良い。俺に関わると碌な事は無いぞ」事実その通りである。「例えば?」「俺と付き合うと……古い映画を一緒に見るはめになる」「どれぐらい?」真はつい乗ってしまった。「80年代の映画さ。この時代のアクション映画は特に良い」「アクション映画なんて単調よ?」「それ今風の作品だけ見るからそう思うんだ。いいか? 古い映画を見ると今の映画と何が同じで何が違うか、それが分かる。例えばカーチェイス。歩道を走る、走行中Uターンして追って自動車に銃を向ける。ガソリンを積んだトレーラーが発砲で直ぐ爆発する」「爆発の中から自動車が現れる」「そう、まさにそれ。この辺は80年代から大して変わっていない。でも最近の自動車は温和しいね。大作映画ほど高級セダンや、スポーツ風のSUVが目に付く。昔のようにターボ・チャージャーやニトロなどそういう装置がない。スポーツカーすら出てこないんだ。予算ではなく青少年、世間への配慮だろうね。昔の映画にはこう言うやんちゃなところがあってそれが非常に……」そこまで言って自分が何をしているか気づいた真であった。ナターシャはこみ上げる物を必死に押さえている。憮然としながら真はこう言った。「構わないよ笑ってくれ。我慢は身体に悪い」ケラケラでもなくアハハでもなく、くすくすと笑っていた。軍人らしくない、出身は良いところなのかもしれない、と真は仏頂面でそんな事を考えた。「言っておいてなんだが、泣くまで笑わなくても良いだろう」「ごめんなさい。貴方の姿と言動が一致しなくて。そんな一面があったたのね」目尻に溜まった涙を指で拭うナターシャだった。「放って置いてくれ。古いものは結構好きなんだ」「悪いなんて言ってないわ。本は?」「夏目漱石とか太宰治とか読む。知ってる?」「聞いた事あるわ。シェークスピアはどう?」「ロミオとジュリエットなら読んだかな。他の海外作なら“星の王子さま”」「サン・テグジュペリね、彼の作品も素敵だわ。心に来る物がある」「俺が読んだのは日本語訳だったけれどね。何時か彼の母国語で読んでみたいよ」会話が弾む。気がつくと1時間は経っていた。「ごめんなさい。もう行かないと」「こちらこそ長く引き留めて悪かった。任務に戻ってくれ」ナターシャが席を立つと、顔をを寄せてきた。囁くような声だった。「貴方って不思議ね。誰と話してるか分からなくなる。教師? それともパイロット? それとも少年?」「いずれも俺だよ。どの様に取ってくれてもいい」「ならマコトと呼んでもいい?」「ご随意に」彼女はマコトに口づけをすると颯爽と去って行った。「それじゃまた会いましょう。ナイトさん」少しだけ驚いて彼女と別れた。口を右手で覆う。「……まぁいいか」「楽しそうで何よりだ」千冬だった。背後の席にいた。振り返らず背を向けたまま話していた。真も同様に動けなかった。「織斑先生。何時からそこに?」「シルバリオ・ゴスペルがどうのこうの、と言う下りからだ」ほぼ始めからである。脂汗を流しながら真はこう言った。「織斑先生。ご用件が無ければ職員室に戻ります」「連絡事項があります。蒼月先生」「な、なんでしょうか」「学園もバックアップとして赤騎士討伐作戦に加わることになりました。出撃の準備をしてください」「分かりました。如何様にも」千冬の握るココアのカップが割れて砕けた。「蒼月先生は人気者ですね。エマニュエル・プルワゴン、エリザベッタ・オータム、ナターシャ・ファイルス。そして私の妹。正直迂闊でした、学園外でこれ程人気があるとは」「人気があるなんてそんな」「まだ居そうですね?」「そんな滅相もありません」「大事なお話があります。生徒指導室に来て下さい。これから」「今からですか?」「なにか?」「いえ。何でもありません」「さあ早く行きましょう。蒼月先生。教師は生徒の模範とならないと」真はそのままドナドナされた。貴子たちは十字架を切ったり、合掌し拝んだりしていた。学園に悲鳴が響いたのは、赤騎士討伐作隊が学園を飛び立った、丁度その時だった。つづく!◆◆◆広げた風呂敷を回収するだけですので、ぽんぽん進みそうです。