05-08 ファントム・タスク編 帰還(セシリア・オルコット)暑中見舞申し上げます(ちょっとはやい某GGOで僕っ娘がブレイク中のご様子。我がHeroesもこのビッグ・ウェーブに乗ってみようと思います。“キリト”→“キリコ” ↓“マコト”→“マココ”……終了(´・ω・`)--------------------------------------------------------------------------------朝である。窓から空を見上げれば雲一つ無い、冬の晴天だった。まだ昇ったばかりの朝日をぼーっと見つめると、一夏は高級ベッドから這い出るとベッドの脇に腰掛ける。ぎしりとマットレスのバネが鳴った。時計を見ると早朝であることが分かったが、デュノア邸は既に目覚めていた。下フロアからは人の働く気配がする。使用人たちの朝は早いのである。“ご滞在中、お世話させて頂きますリズベット・マシーナです。何なりとお申し付けください”唐突に困惑的なメイドの姿を思い出した。年上で、真っ赤な髪を結い上げて、覗くうなじが何とも色っぽい。必要最低限のメイクだったが、ルージュは必要ないのでは無いかと思うぐらい赤い唇をしていた。にへら。口元が緩む。セクシー系年上キャラにかしずかれるのは、一夏にとって初めてなのである。年上と言えば姉である千冬だが彼女は畏怖の対象だ。色っぽいと言えばディアナだが、真につけた糸傷は今なお恐ろしい。真耶の胸は大きいが、その不注意な振る舞い故かあまり色気を感じない。(一夏)脳内に響く誰ともしれない少女の声、一夏は我に返り煩悩を追い払う。「いかんいかん、使命だ使命」洗面台に向かい、ばしゃばしゃと顔を洗う。もそもそと着替えた。机に置いてあるメモにペンをさらさらと走らせる。“ちょっと散歩がてらロデーヴ行ってくる。一夏”部屋を出た。「何がちょっとだ。700キロ先だぞこの馬鹿者」ラウラに頭を叩かれた。手にスリッパを持っていた。「朝っぱらからなんだよ、ラウラ」「それはこちらのセリフだ織斑一夏。もしやと思い駆けつけてみれば案の定か。単独行動はよせと何度言えば分かる」朝一番から説教である。一夏は頭をさすり、恨みがましい眼でラウラを見れば。フリルをちりばめた純白のネグリジェがそこに居た。背格好といい、プラチナブロンドの髪といい、まるで何処ぞのお姫様であった。さらにラウラの左目には眼帯がなく、彼女はそのこんじきの瞳を惜しげも無く晒していた。まじまじと見られて居心地の悪いラウラだった。「なんだじろじろと。不躾な」「へー。何時も素っ気ない格好なのにどう言う風の吹き回しだよ」「勘違いをするな。シャルロットに無理矢理着せられたのだ。この様な少女趣味は無い」気配を察知し、急ぎ飛び出したが迂闊だった。そう後悔の念に捕らわれるラウラだった。「少女趣味ねぇ」「何が言いたい。含みを持たせる言い方をするな」一夏はずいっとラウラの鼻先に歩み寄る。息が掛り呼吸も聞こえる距離だ。古今生涯迫られたことが一度も無いラウラの心臓が高鳴った。「綺麗な金色だな、その左目」「っ!」思わず一夏の左頬を引っぱたいた。繰り返すが一夏に含みはない。頬を抑えぶーたれる。「ってーな! いきなりなんだよ!」「馬鹿者! 冗談でもその様な事を言うな!」「素直じゃねーな! 褒めたんだぞ俺!」「黙れと言っている!」「今初めて言った!」「揚げ足を取るな!」カチャリと対面の扉が開く。「あさっぱらからうっせーな」「「っんな!?」」オータムである。素っ裸だった。慌てて鼻血を抑える一夏と、赤い顔で髪を逆立てるラウラだった。「オータム! なんて様だ!」あん? と億劫そうに髪を掻き上げ、指さすラウラを見れば、にたりと笑う。それはそれは悪い笑みだった。小悪魔的な意味である。「確かになんて“様”だな。ドイツ連邦陸軍 第10装甲師団 IS小隊“シュヴァルツェ・ハーゼ”隊長 ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐殿?」ラウラは己の愛くるしい姿を確認すると、一夏の影に隠れた。耳まで赤く染め、慌てて指を刺し直す。「勘違いするな! これは単なる間違いだ!」「こりゃ傑作だ。デュノア来た甲斐があるってもんだぜ♪」「認識を改めろオータム! これは命令伝達の齟齬だ! 情報の欠落だ! 素粒子通信の際用いられるナビエ式パケット通信の、同期タイミングミスによる指令の誤りなのだ! 意思疎通の際には誤りが起きるとユング・フロイトも言っている! 北アフリカの英雄、砂漠の狐でも遂行不可能な命令だ! つまり上官命令だ! だからわかったか!」「ほにはふ、おひふけ」一夏が鼻を押さえながらラウラを宥める。「了解であります隊長殿♪ 本日にでもウサギのぬいぐるみを贈呈致しますぞ。エルヴィン・ロンメル元帥もボーデヴィッヒ少佐の戦果にさぞや満足しておられるでしょう♪」くっくっく、と声を押し殺し笑うオータム。きーっ、と意味不明な発言を繰り返すラウラ。騒ぎを聞きつけて、使用人たちがやってくる。シャルロットもやってきた。「これは何の騒ぎ?」ネグリジェの上にガウンを着て、欠伸を殺しながら、シャルロットはその光景を見た。素っ裸のオータムが立っていて、鼻血を抑える一夏が立っていて、一夏に隠れるように怒りを露わにするラウラが立っていた。つまり修羅場である。ぴしり、世界が凍った。しんとデュノア邸が静まりかえる。恐怖の余り誰1人声を出す者は居なかった。「ふ、ふ、ふふ。まさかラウラとそんな関係だったなんて。昨日の今日でオータムさんと関係を持つなんて。早朝から痴話喧嘩だなんて。全然気がつかなかったよ僕……うふ、うふ、うふふふふふ。あははははは♪」「シャル待って! これは不幸な事故!」「死刑♪」結った髪が解かれ、ふさあと広がる。その姿は千手観音の仏罰か、それともメシアの怒りか。いずれにせよ、もうすこし言葉を選んだ弁明をするべきだったと、消えゆく意識の中一夏は猛省した。◆◆◆“デュノア家の跡取りは姉上であられるアンリエッタ様よりシャルロット様が相応しくないか?”“しかし恐怖統治だけは勘弁願いたい”“シャルロットお嬢様はディアナ・リーブス様にご執心だった。あの時のお姿、現し身のよう”“オルレアンの絶叫にしろ鮮血の女神にしろ。畏怖の称号、いつかお引き継ぎになるのだろうか”“いずれにせよデュノアは、否、我がフランスは安泰だろう”恐ろしい、と頷き合いながらデュノアの使用人たちはシャルロット一行を見送った。目指すは一路ロデーヴである。軽快に車を走らせるオータム。助手席のシャルロットはナビゲーターだ。ラウラはむっすり顔で後部座席にいる。これ以上無様な姿は晒せない、と表情を押し殺していた。サラは所用があると言い、現地で集合する手筈となっていた。車内に80年代の歌が流れる。インパネに表示される、アーティスト名とトラック名、そしてミュージック・クリップ。オータムは指でリズムを刻む。物珍しそうにシャルロットがこう聞いた。「Rick Astley って言うの? この人。随分古いね」「古いとか言うんじゃねー。ノリノリだろ?」死語に愛想笑いするシャルロットだった。こう続けた。「80’sのディスコ・ナンバーが好きなんて意外だよ。てっきりロックとかR&Bを聞くものとばかり思ってた」「Marilyn MansonとかJamiroquaiとかも聞くけどな。Rickはこのベイビーフェイスとこのソウルフルな声が良いんだよ」「オータムさんってギャップ萌えだったんだね。なっとくだよ」腕を組み、口はへの字。後部座席のラウラが2人に言う。「2人とも、理解できるように会話してくれ」後部トランクの一夏が言う。『シャルーってばー。もう出してくれよー。誤解だって分かっただろー。なーってばー』まだ機嫌が直らないシャルロットは、むっすりしたまま2人に現状を話した。オータムの証言を受けて、フランス軍は大手を振って部隊を動かした。反ファントム・タスク陣営である。ただ動かしたは言いものの、双方にらみ合いが続き膠着状態だ。山の中とはいえ町も近く戦闘になれば大事になる。更には双方の背後に系統の異なる政府が控えているため、適当な容疑も貼れないのだ。シャルロットが言う。「ロデーヴで陣取っているファントム・タスクの部隊は第3機械化歩兵旅団 第126歩兵連隊所属の1個小隊。対するこちら側は第1機械化歩兵旅団の第1歩兵連隊を核とした中隊隊規模の戦闘団だよ」ラウラの希望は大隊規模の戦闘団だった。相応の戦力で圧力を掛け投降させる。これが理想だ。現実というものは思い通りにならないものである。タブレットで軍の編成を見ているラウラが眉を寄せてこう呟いた。「中隊と言っても編成下限の60人……想定より心許ないな。シャルロット、増援は期待出来ないのか? 戦車はともかく戦闘ヘリは欲しい」「これ以上は無理だね。旅団間どころか部隊内部でも対立が起きてるんだ。“根”が深いんだよ」オータムが笑いながら言う。「だがこの状況は好機だ。間違いなく好機だ。ファントム・タスクが正常なら対立すら起こせないんだからな。幹部の親父共が相当慌ててる証拠だぜ」楽しそうなオータムの姿に、ラウラは訝るようにこう問い正した。「オータム、貴様何が楽しい?」「決まってんだろ。これを機に世界が動く、大きく動く。俺達は、俺はその爆心地にいるんだ。これ程愉快なことはねえよ。あの野郎、大したタマだぜ」「弾?」はシャルロット。「魂だ」ラウラで。「ナニに決まってるんだろ」にたにた笑うオータムである。ラウラはぷしゅーと頭から湯気を出していた。シャルロットが頬を染めながら言う。「オータムさん! そう言うはしたないこと言うの止めてよ!」「今更カマトトぶるなってシャルロットお嬢様。もう織斑一夏とやってるんだろ?」「な、な、なななっ?!」「なんで知ってるのかって?」こくこくと高速で頷く。「みりゃあ分かるってもんよ。年上を舐めるな小娘共。少佐殿はまだおぼこだな」ぷち。ラウラはナイフを抜き出した。シャルロットが青い顔で止める。オータムはゲラゲラ笑う。そのとき後部トランクの扉が、歪な音を立てて開いた。何事かとラウラが振り返る。一夏がすっくりと現れた。「ふんっ」と気合い1発、自動車から飛び降りた。アイススケートの様に路上を滑ると、停止し、そのまま森の中へ消えていった。その速力といい跳躍力といい、バッタそのものである。車内に流れる陽気な歌がなんとも寒々しい。シャルロットが深い溜息を付いた。「ここ高速道路だよ」ラウラは達観したよう。「抑えられるのは父上だけか。あの暴走特急超天然児め」オータムはうんざりしたようにこう言った。「シャルロットお嬢様よ。オーダーをくれ」「一夏に発信器をつけてあるから、その信号を追って」「ヤー。マイマスター」◆◆◆一夏が駆けつけた場所はラ・フレーシュである。トランク中でトラブルの気配を感じ取った彼は、シャルロットらを説得する暇も惜しいと飛び出したのであった。窓が割れ、壁面に銃創を作ったビルは一部が大きく崩落していた。芝生は焼け焦げ黒炭化していた。何かが溶けた金属の塊が庭に置いてあった。想定される熱量の割には範囲が限定的で、一夏にはそれがISに依るものだと分かった。“Keep Out”ロープ越しに警官たちが“人を納めたような”大きな黒い袋を幾つも並べていた。消防士の姿も見える。政府関係者とおぼしき背広組もいた。詰めかけたギャラリーを警官が誘導している。報道機関もカメラを回していた。漂う血の匂い。大地に伏す亡骸。かって生きていた者たちのなれの果て。太陽は昇り良い小春日和だというのに、そこは凍てついていた。一夏が為す術も無く立ち尽くしていると、オータムが背後から歩み寄った。鍔付き帽をくしゃりと一夏に被せた。顔が分からないように目深にである。側に立つラウラがこう言った。「覚えておけ織斑一夏。人間は死ぬとこうなる。とくに兵隊は五体満足で逝られるとも限らない。腕がちぎれたり、足が抜け落ちたり。彼らはマシな方だ」「ひとり“燃え尽きちまった”奴が居るな」と庭に立ち尽くす金属の塊をみてオータムが言う。「見覚えがあるか?」とラウラが聞いた。「あの熱量、スコールのゴールデン・ドーン以外ありえねえな。ソリッド・フレアだ」シャルロットが近場の警官に声を掛けた。「マルコ・ギャバン警部にお会いしたいのですが」「失礼ですが、どちら様?」胡散臭そうにシャルロットを見る警官だったが、気品を感じさせる彼女の笑みに戸惑った。「C.D.とお伝え頂ければ分かります」「……お待ちを」暫くすると中年の白人男性がのっしのっしとやって来た。背は低く中年男性ゆえ腹を大きく突き出していた。たっぷり生やした髭が威厳を漂わす。彼はシャルロットを見ると、致し方ないとこう話掛けた。「フランスにお戻りになられた、そう伺っておりましたが。再会がこの様な場所では感動も台無しですな」「ご無沙汰しております、ギャバン様。ますますの壮健なそのお姿、安心しました。またご挨拶が遅れたことここにお詫び申し上げます」シャルロットが小さく身を下げると、2人は軽く抱き合った。ビズを交す。「シャルロット、美しくなったな。レオンもさぞ鼻が高いだろう」「叔父様も相変わらずで安心しました」「それは褒めていないな?」「とんでもありません。最大級の賛辞です」(なんか俺ら空気だな)とはオータム。(気にしたら負けだ)とラウラは相変わらずのむっすり顔だ。「学園生活の話を是非にでも聞きたいところだが、今は仕事中だ。それに若い娘に相応しい場所ではない、家に帰りなさい」「叔父様。私の友人たちを紹介します。ドイツ陸軍のラウラ・ボーデヴィッヒ少佐とIS学園の織斑一夏。そしてデュノアのテストパイロット、エリザベッタ・オータム。彼女は元ファントム・タスクです」マルコはちらとオータムを見た。シャルロットは変わらぬ笑みでこう続ける。「叔父様。私たちもこの事件に関わりがあるようです、情報交換しませんか?」彼はやれやれと頭を片手で抱える。「どんどんレオンに似てくるな。その応じざるを得ない状況の持っていき方、そっくりだ」「恐れ入ります」「まったく……話を聞かせてくれ」簡易指揮所であるテント内。シャルロットが経緯を話すと、マルコはむうと唸った。セシリアと真のことは伏せておいた。「ラ・フレーシュは設立時から曰く付きの企業だった。調べようにも圧力が掛り手を出せなかったからな。軍を動かしたこと、開発中のEOSがあること、IS戦闘の跡があること。ファントム・タスクの資金源となっている事を前提にすれば、一蹴できんな。疑う必要がある」ラウラが組んだ両手を机に置き、身を乗り出した。「ムッシュー。質問がある」「何かね。少佐殿」「銃撃戦は昨晩と聞いたが、なぜ警察の出動が遅れた? 即座に行動していれば現場を押さえられたはずだ」「ラ・フレーシュは警備ネットワークを遮断していた。市民からの通報ももみ消している。余程我々に関与されたくなかったらしい。その結果壊滅では目も当てられないが」「壊滅?」「生存者の話では40名近く居たそうだが36名死亡、まさに地獄絵図だ」オータムが聞いた。僅かに声を弾ませる。「敵兵力は?」「大隊規模、と言いたいがね。ラ・フレーシュの連中は大半がワンショット・キル。そのような芸当は特殊部隊でも無理だ。名士殺害事件との関連を調べているが、どの様な手段に訴えたのか、正直言ってお手上げだ」「警備システムの記録映像は?」「何も残っていない。バックアップまで綺麗さっぱり消去されている」(くくく。あの野郎やってくれるぜ。まさにカオス。エムが執着するわけだ)一夏はふらりとテントの外に出た。ふらふらとあてどもなく歩く。高く積み上げられた死者の山。彼らにも人生があったはずだ、兵士というのはどの様な気持ちで銃を持つのだろうか。武器を持ち立ち向かった以上、哀れな被害者ではないのだ。一瞬で決まる生と死と。どうしてその様な世界に足を踏み入れたのか。何故人は人同士戦うのか。殺すことは良くないことだ、道徳として常識としてそれを習った。では何故いけないのだろう。命が尊いというならば動物とて同じ事だ。それは一重に人の社会基盤を維持する為である。懸命に紡いだ人の生が、誰かの一存で奪われてしまうならば、それが確定されているならば、誰も彼もが紡ぐことを止めてしまうだろう、そうしたら誰も彼もが奪うようになるだろう。理性に従うことと、自然に抗い営みを生み出すことは難しいからだ。その結末は社会の文明の種の終焉である。だが人は1人で生きて行くことは難しいし、人と人が集まった時には必ず争いが生じる。身体的精神的に差がある以上平等はあり得ない。優越、嫉妬、妬み、これは争いの元だ。その様な中、コミュニティ構築に争いは必須と言ったならば、人はそれを否定するだろうか。人の心は弱いのだ。抑圧がなければその欲望は何処までも肥大する。コミュニティの中で人との対立があって初めてこそ、自己を保つことができる。人と折衝をしその結果自制するのだ。甘やかされて育った人間がわがままな理由だ。組織の頂点に立つ人間もまた同様。賢王のように己の力で己を客観的に律する人間は稀なのである。一つ言えることは大なり小なり人は争わなくては己と仲間を守れない。だがその都度争っていては切りが無いから人々はルールを作った。だが。価値観の異なる人間が作りあった物で有る以上、全ての人間にとって平等な、完全なルールなどありえない。戦争で敵を殺しても罪に問われないが、隣人を殺せば罪になるという矛盾が生じる。他の国より自分の国、他の町より自分の町、隣人より家族、他人の子より我が子。身近な存在を優先する理論的な本能のもと不平等な状態が起きる。その結果生じるのは犯罪であり戦争だ。誰とて死にたくはなかろう。殺したくはなかろう。だが敵は命を賭けて襲ってくる、ならば同じ命を賭けねばならない。生命が持つ最大にして最後の財産である命を、である。その賭ける命は誰の者であれば正しいのか。他人のならば良いのか、己のならば良いのか。組織で見た場合と、個人で見た場合に生じる人命の差違、ヒューマン・システム・コンフリクト。一夏は有史以来絶えず人類が直面してきた難題とぶつかった。世界の頂点に近い、権力を持つファントム・タスク。その横暴を抑制するには力に訴えるしかなかった。法に訴えてももみ消される、そもそも相手にすらできないだろう。では真の行為は正しいのか。人生を持つ兵士たちを犠牲にしたことは間違っていなかったのか。(うーん)一夏は腕を組んで、口をへの字に結ぶ。「取りあえず1発ぶん殴って、真に考えさせるか。考えるのは阿呆の役目だしー」遠くで騒ぎが起こる。一夏は何事だと走り寄った。巨大な穴が空いていた。底に鉄骨が編むように転がっている。金色の何かも見えた。一夏は近くの警官にこう聞いた。「何か事故ですか?」「ISだよ。パイロットと一緒に見つかったんだ」「生きてるんですか?」「いや。死んで……君は誰だ?」警官が問い詰める前に一夏は身を投げ出した。「おいっ!」警官が慌てて声を荒らげる。20メートルはある穴の底、彼は壁面の出っ張りを足場にしながら、駆け降りて行く。一夏が降り立った穴の底、そこに高く積まれた鉄骨の、さらにその奥。スコールが眠るように死んでいた。「この人は……?」と一夏が呟いた。「スコール・ミューゼル。ファントム・タスクの幹部だ」ラペリングで降りてきたラウラが応えた。「真がやったのか……つー事は真が近くに居る?! こうしちゃ居られねえ!」ラウラはハリセンで一夏を叩いた。唐竹を割ったような良い音がする。「すぱーんって、なにすんだよラウラ!」「落ち着けこの馬鹿者! 毎度毎度騒ぎを起こすな!」「あの阿呆が近くに居るんだ! これが落ち着いていられるかって!」むっすりとラウラはこう言った。腕を組んで赤い瞳で一夏を見上げていた。「……あの真の事だ。目的を果たした以上もう近くにはいまい」「……」既に一晩経っている。言われれば一夏も全くの同意だった。ラウラが言った。「気が済んだか。済んだならばロデーヴにいくぞ。いま我々がここにいて出来ることはない」「……おう」一夏は渋々ラウラの後に続いた。穴の上からオータムが弔いの瞳で見下ろしていた。(あばよ。スコール)◆◆◆ロデーヴは相変わらず膠着状態だった。ファントム・タスク陣営と反ファントム・タスク陣営、双方がにらみ合いを続けている。交渉役の兵を互いに送り出し、数度落とし所を探るも悉く失敗に終わった。夕日に染まる山と谷。兵士たちが森の暗がりに隠れ銃を片手に控えている。「強硬手段に訴えるべきです」とサラが言った。皆が首を揃える移動指揮車の中、彼女は机を指で叩いた。こつんこつんと苛立ちを隠さない。彼女は続けた。「こうしている間にもセシリア様の時間は失われているのです。一刻の猶予もなりません」ラウラが何時もの様にむっすり顔でこう言った。「冷凍睡眠だ、オルコットの時間は止まっている」サラは向いに腰掛けるラウラをキッと睨んだ。「くだらない言葉遊びをするつもりはありません」「サラの戯言はともかく時間の浪費は問題だ。シャルロット、こうしていても埒があかない仕掛けるべきだ」呼び捨てにされたサラは不愉快さを隠さない。「素直に同意すると言ったらどうですか。このひねくれ者」「お前に同意とは面白くない冗談だ。もうすこしまともなユーモアを言ってみろ。この頑固者」「ドイツ人がユーモアなど何の冗談?」「イギリス人のひからびた古典よりはマシだろう?」パシッと火花を散らす。拗れる前にシャルロットが割って入る。「採掘場に続く道は全て閉鎖してる。持久戦に持ち込めば活路も開けると思うよ」2人がシャルロットを見る。ラウラが「同じフランス軍同士だ。相打ちにさせたくないのは理解出来る。だが奴らがオルコットに何をするか分かったものではない」と言った。するとサラが「連中を追い込むのは得策とは思えません、余裕のある内に攻めるべきです。許可を頂ければ英国特殊部隊が(SAS)が対応します」と続けた。「流石にイギリス軍をフランス領内で動かすのは困るんだよね」同席するフランス軍将校も不満を隠さない。一夏が鉄パイプを振り回しながらこう言った。「フランス軍は動けない、他国の軍隊も困る。なら俺達がどうにかするしかねーだろ」ヒュンヒュンと竹刀の要領で空を切る。その姿を見つつ、感嘆したようにラウラが言った。「悪くない。睨み合っている以上採掘場内部の警護は必要最低限になる。内側から仕掛けよう。オータム、道案内は可能か?」「眼を瞑っててもできるぜ」サラが念を押すように申し出る。「私も同行しますが、いいですね?」「学園生徒としてなら許可しよう」「なぜ貴女が仕切るのか理解に苦しみます」「忘れたか2年生。私はIS学園の教師だぞ」ふっと笑みを交すサラとラウラ。シャルロットが仕方なさそうにこう言った。「メンバーはサラさんとオータムさんとラウラだね。念を押すけれど境界線を越えたら支援出来ないよ」「シャル、俺は?」「一夏は留守番」「えー」ラウラがこう言った。「いや、一夏にも参加して貰う」「「「えっ」」」ラウラの立てた作戦は陽動だ。ラウラたちが侵入しセシリアを確保し、装甲車両を奪取。一夏が陽動を掛け生じた混乱に紛れて脱出する。無茶苦茶な計画だった。少なくともドイツ陸軍で将校たちに伝えれば、失笑されるどころか降格ものだろう。陽動役が一夏でなかったならば。装備を調えたラウラが、迷彩服を纏った一夏に言う。「一夏。お前の役目はあくまで攪乱だ。無鉄砲なお前の全てを駆使して、とにかく騒ぎを起こせ」「なんか馬鹿にされてる気がするけど、了解だぜ。隊長殿」「それと捕まることは決して許されん。織斑一夏はフランスには居ない、これを肝に銘じろ」「了解でありますサー。捕まったら爆散します」「サーは男性将校への敬称だ」「あれ?」ラウラは表情を緩めてこう言った。その姿は千冬に似ていた。「……お前が死んだら私は教官に殺される。私を死なせたくなかったら死ぬな」「女版真がここに居る。捻くれすぎだぜ」「褒め言葉と受け取っておこう」シャルロットが一夏に歩み寄る。「一夏。矛盾してるけれど、無茶しないでね」「おう任せとけ」「僕は悪い王子様に捕まっちゃったんだね。きっと生涯にわたって不安に苛まれる運命だ……悪い王子様の帰還を永遠に待つ、悲劇のお姫様なんてイヤだからね」「シャルの王子様は無敵なんだ。安心して城で待っててくれ」2人が口づけを交す。アサルト・ライフルを携えオータムがこう言った。サラも同じだ。「準備出来たぜ隊長」「では作戦を開始する」日没と同時にラウラたちが森を疾走する。味方のフランス陸軍が入念な現地調査を行ったお陰で、順調なペースで侵入出来た。最も能力に優れるラウラが作戦遂行の核となったが、2人は想像以上の働きを見せた。オータムは近接格闘あるいは火器で敵兵を無力化する。サラはタブレットに指を走らせ警備システムを解除する。隠密行動も文句がなかった。流石のラウラも2人の実力を認めざるを得なかった。洞窟の闇に紛れ、ラウラが音一つ立てず敵兵を倒した。十字路から突然現れた敵兵にスローイング・ナイフを投げつけた。苦悶さえ許さないラウラの手腕をみてオータムが呆れた様に言う。「データ以上だな。戦う前に味方になって良かったぜ」「無駄口を叩くな。この部屋か?」「そうだ」3人の前に鋼鉄製の扉があった。赤いペンキで十字マークを刻んでいる。ラウラが目配せするとサラがタブレットを取り出した。指を走らせタブレットに複雑なシンボルを描いた。セキリュティに指令を割り込ませる。扉を開けた。オータムとラウラが銃を構え部屋に押し込んだ。警備兵2人を一瞬で打ち倒す。程なくセシリアを発見。サラが追いすがるように冷凍睡眠器のステータスを確認する。無事を確認すると直ぐさま覚醒シーケンスに入った。ラウラが時計を見ると一夏が騒ぎ出す時間を指していた。「サラ、覚醒に何分かかる」「10分です」「5分で済ませろ。ここにも敵兵が来るかもしれない。オータムは車両の手配だ」「十字路の影にジープがあった。それが使えると思うぜ」「思う、ではない。確認しろ」「ラジエターが暖かかったから大丈夫だろ。エンジン掛けろとか言うなよ? 1発でばれる」「行き当たりばったりは好かない」程なくして遠くから音が聞こえだした。ずずーんという慌ただしい爆発の音。ガダダという狼狽する銃声に、わーわーという兵士たちの悲痛な叫び。時おり“でりゃぁぁぁぁ!”という雄叫びも聞こえた。どかばきという何かを殴りつける音とか、どすどすんという投げ飛ばす音も聞こえたりもした。あの男はちゃんと攪乱しているのか、ラウラは不安に駆られた。ぴぴぴ。電子音が響く。冷凍睡眠器の石英のような透明のシェルが開いた。鮮やかな金色の髪が、残った人工羊水に浮かび揺らいでいる。その姿はヴィーナス誕生の絵画を連想させた。オータムが抱きかかえベッドに優しく寝かす。サラはシーツをセシリアに掛けた。涙を流しながらセシリアの手を握っていた。(ふむ。オルコットへの忠誠は本物だ)「感動の対面だが、まだ大仕事が残っているぜ」ラウラが銃を構え、オータムが油断なく扉を開けると、目の前に煤けた一夏が居た。髪もちりちりになっている。「やはー」「「……」」しゅたりと右手の平を掲げて満面の笑み。一夏はまるで一仕事追えた様な達成感を満喫していた。オータムとラウラは声が出ない。「……おいガキ」オータムである。「……陽動はどうした」ラウラである。「全部倒した。何とかなるもんだなー」事実であった。フランス陸軍1個小隊40名は一夏一人に無力化されていた。簡単に表現すれば、昏倒させられていた。一夏の背後に立っていたシャルロットは青い顔で笑っていた。(幾らブリュンヒルデの弟相手でもこれはフランス軍の汚点だよ。どうにかして記録から抹消しないと……)敵対していたとはいえ同じフランス陸軍。味方の兵は同情しながら彼らを拘束していった。作戦もへったくれもない。思わず脱力しそうになる光景を見ながら、ラウラは「作戦終了だな」と何とか声を絞り出した。一夏がラウラに問う。「んでセシリアは無事なのか?」「冷凍睡眠から覚醒したばかりだ。意識を取り戻すには暫く掛るだろう」「もう起きていますわよ」セシリアがゆっくりと眼を開けた。「体の調子は?」ラウラの問い掛けにセシリアは「まだ身体は上手く動きませんけれど」と応えた。彼女は蒼い瞳をゆっくり動かし、サラ、シャルロット、ラウラに一夏。あと資料で見たファントム・タスクのメンバーであるオータムの姿を認めた。セシリアはこう続けた。「ところでボーデヴィッヒ先生。この状況を教えて下さらない? 私は確か成田で襲われた気がしますの。そこに仲良く立っているオータムさんのお仲間に」安堵の余り涙を隠さないサラ。ラウラは経緯を手短に話した。セシリアは静かに眼を瞑る。唇を強く結び、悔恨の表情だった。一夏が胸を張りこう言った。「セシリア。俺達はこれからあの阿呆を追う。そしてぶん殴って正気に戻す。セシリアも来るか?」「是非同行させて頂きます。いえ、同行させて下さいな」サラがはっと顔を上げた。「イギリス本国には戻られないのですか? 女王陛下もセシリア様の身を案じておられます」セシリアは首を振った。「一度本国に戻れば当面国外には出られないでしょう。全ては私の失態、真を止めねばなりません」一夏が笑いながら言う。「決まりだな。セシリア、病み上がりにはちーと辛い旅になるぜ。覚悟は良いか?」「その程度問題ではありません。恋人にちょっかい出された方が問題です。黙っている事などできるものですか」あははと一同が笑う。シャルロットが一夏にこう言った。「ところで一夏。これから何処へ向かうつもりなの?」「……シャルが知ってるんじゃないのか」「……一夏って本当に無計画だよね。当てずっぽうというか向こう見ずというか」「だれかが知ってるんだと思ってたんだよ、うん」一同が白ける中、ハスキーな声が響く。陽炎の様に現れた喪服姿の女に皆が面食らった。「エムは母様が連れて行きました。母様は学園地下に保管するある物を狙っています。マスターも恐らくそこに」「だれ?」一夏はズレた方向に理解していない「みやです。一夏さま」「みやって、あのみや? 真のリヴァイヴ・ノワール?」「はい。マスターの異能でこの姿を手に入れました」あんぐりと口を開ける一夏。我に返ったシャルロットがみやに詰め寄った。「みや! データくれないかなっ!?」「お断り致します」「即答?!」全力で縋り付くシャルロット。本当に飽きない連中だと屈託無く笑うラウラ。一夏は白式もメンタル・モデルを持っているのかと気が気では無かった。笑いが満ちるその場所で、セシリアが夜空を見上げると月が浮かんでいた。(真。必ず取り戻しますわよ)それは蒼い満月だった。つづく!◆◆◆な、長かった。マジ長かった。すでにお伝えしたように、このファントム・タスク編、真サイドは書かない予定でした。シリアス・ダークの上、IS原作キャラの出番がないと言うのが理由です。とはいうものの、真がスコールを倒すシーンを説明だけで済ますのは、如何なものかと思い、そこだけプロットを起こしたら、それに至る過程も書かないと駄目だよねとこうなった次第です。予想通り真の評価は落ちましたけれど……。一夏サイドと真サイドを書き分けるに当たり、テンションの激しい切り替えが必要でした。それにはニコニコ動画の“作業用BGM”タグが大活躍でした。陽気な曲からシリアス、ダークな曲までそろっております。小説を書いていらっしゃる方、お試しください。次回、ゲートストーン学園攻防戦編!【どうでもいい作者の独り言】ゲームやってないのに“艦これ”BGMのアレンジにはまりました。BGM“母港”がいいのですよ。【更にどうでも良い独り言】加賀さんも良い。赤城さんも良い。でも鳳翔さんも捨てがたい……空母ばっかやな。