05-07 ファントム・タスク編 真3(スコール・ミューゼル)真サイドはとても大変です……いやマジで。--------------------------------------------------------------------------------真は工事用照明が照らす光を浴びて、タブレットが示す情報と格闘していた。彼が立つ地はフランスの地下。全長1.7キロメートル、地下20メートル、中世から続く死者たちが眠る場所、カタコンベ(地下墓所)である。墓所と言っても元々建築用石材の採石場だ。遺骨が納められている場所もあったが、何もないただの洞穴の場所もあった。彼はその何もない開けた半球ドーム状の場所に立っていた。周囲には4本足やら6本足の、工事用亜人型ロボットの姿が見える。そのロボット・アームには採掘機や溶接用トーチがあり皆一心不乱に作業をしていた。真は彼らを工事現場から拝借し、洞穴に細工をしているのだった。ぴぴぴ、電子音に真が振り返ると4本足の搬送用ロボットが荷を持ってきた。その背には大量のセムテックス(高性能プラスチック爆薬)が積まれていた。化学合成企業のコンピュータに依頼し作らせた物だった。資材データも弄ってあり直ぐには発覚しないだろう。ロボットたちはセムテックスを計算された量、形状にし、計算された位置に取り付けた。半球ドームの内側に規則的に取り付けられた爆薬に雷管を取り付けた。爆破計算用コンピューターと電線で結んだ。電磁波の影響を受けないよう、ECMシートで覆う。他にも足止め用のワイヤー・アンカーに、ありったけの手榴弾、即席の炸薬式パイル・バンカーも用意した。自動化工場で作らせた物だった。オータムから聞いた情報によるとスコールは専用ISを持っている。専用だろうが汎用だろうが、ISにはミサイルも戦車砲弾も効かない。核を使っても地上に被害が出るだけだ。ISを倒せるのはISのみ、みやを持たない真は搦め手を使う必要がある。ここは罠なのだ。スコール・ミューゼルを始末する為だけの、陥れる為ためだけの場所。タブレットに企業の内部映像が映し出されている。これから襲撃するビル“ラ・フレーシュ”だ。スコールが経営する飲料用アルコール製造会社で、工場とオフィスが一体になっている。広い敷地の中央に立ち、とても大きく、デザイン掛ったシンプルな窓硝子の建物。大まかな間取りも分かった。社長室は最上階の最奥、ご多分に漏れないようだ。いまその会社は要塞と化していた。屋上に狙撃兵、屋内には至る所に武装した兵士が巡回していた。パリが近いだろう。戦車、装甲車両などの陸戦兵器は流石に見当たらない。そうしていると大型トレーラーが一両ラ・フレーシュにやってくる。荷台にはシートが被せられていてよく見えないが、比較的小型のなんらかの兵器のようだ。これはなにか、真が見ていると映像が突然切れた。警備ネットワークが外部と物理的遮断されたと、タブレットが答えている。(異能に気づかれた?)まだ確証はないはずだ。真は立ち上がり装備を確認する。セミオート狙撃銃、ハンドガン、グレネード、スローナイフ、全て異常なし。装備を調えた真は左袖をまくり、腕にナイフを突き立てた。焼くような痛みが走る。顔を歪め、切開し1発の拳銃弾を取り出した。弾頭は青白く光り、その表面は幾何学的な光の文様を描いていた。進化弾である。異能を集中させるため1発だ。空の弾倉に詰めるとポーチに入れた。ロボットたちが工事終了を告げる。半球ドーム状のそこは、緻密に計算された故か聖堂のような厳かな雰囲気を漂わせていた。「セシリア」真は素直にそう呼んだ。「君は今の俺を見たら怒るだろうな」ロボットたちが静かに立ち去った。「説教だけじゃ済まない。引っぱたいて引っぱたいて、そして泣くだろう」涙は出せなかった。既に人の身体ではなかったからだ。「俺はまた君を泣かす。俺は馬鹿だ。また同じ過ちを繰り返そうとしている。でも無理だ。無理なんだよセシリア。君を殺し、君の亡骸を陵辱した奴らがのうのうと生きている。俺はそれが許せない」彼は跪こうとしたが、それを止めた。「許しは請わない。俺は胸を張り地獄に下る。奴らに報いを受けさせる」ただライフルを携えた。慰霊の思いを胸に、ライフルを胸に抱く。「せめて君の魂に安らぎがあらんことを」◆◆◆スコールが待ち構えるビルの屋上で、兵士たちが警戒の任に当たっていた。濃紺色の戦闘服で、ヘルメットのほか身体のあちらこちらにアーマーをつけていた。防御兵装としては一夏の救出に当たった部隊より整っていて、拠点防衛用の装備だった。見上げる空には雲がながれ月が見え隠れしていた。暗視ゴーグルで周囲を警戒していた兵士が独白するようにこう言った。「今日辺り来るかもな。空気がピリ付いている」空から順に見下ろせば、星、夜景、木々である。目下には広大な芝生が広がっていた。警戒には適した地形だ、侵入する影があれば一目で分かる。敷地の境に植えられた木々の落とす暗闇、そこをスコープで覗いていた兵士が応える。彼は狙撃兵だった。「なんだお前、あの話を噂を真に受けているのか?」暗視ゴーグルを持つ手に汗が滲む。彼は歌うかの様にこう応えた。「曰く殺しの名手で、曰く気配がなく、曰く、」「「気がついたら死んでいる」」「まるっきり死神だな。ばかばかしい」狙撃兵はスコープを覗く。「だがマダム(スコール)は信じているようだ。だからこのビルに1個小隊も配置してる」「焼きが回ったんだよ。もしくはあの日だ。軍神ヴィーナスの現身とも言われるミューゼル様もあの日には勝てないんだろ」「茶化すのはよせ。俺は真面目に言っているんだ」「らしくないな。隊で一番勇猛なお前が」「お前はこの空気を感じないのか? 肌に纏わり付く血なまぐさいこの空気が」「まあ確かに陰湿な雰囲気……」そこまで言って狙撃銃を携えていた兵が突然話すのを止めた。なんだ? そう思い暗視ゴーグルから目を離した瞬間、その相方の男はドサリと音を立てて仰向けに倒れた。ゴーグルのグラスが割れ、眼から血を流していた。それは狙撃だった。即死だ。彼はとっさに振り向いた。警報を鳴らす前にである。振り向き終わったとき彼の目の前にライフル弾があった。その弾はゴーグルを割り、眼球を砕き、脳に達した。彼は死んだ。異変を察知した他の兵たちが銃を手に、屋上から身を出すと立て続けに射殺された。まるでいつ、何処に顔を出すのか、分かっているかのような狙撃だった。生き残った兵たちは、得体の知れない恐怖に駆られつつ、屋上に這いつくばり、警報を鳴らした。時は少し遡り、ラ・フレーシュ内の兵士詰め所である。黒人兵と白人兵が入り交じり談笑していた。アジア系も僅かながらいた。そのうちの数名の兵士たちがテーブルを囲みポーカーに興じていた。「クイーンのスリーペアだ」「フルハウスだよ」「くそったれ」一人の兵がカードを放り投げる。別の兵がカードを切り配る。ぼんやりと見ていた3人目がこうぼやいた。「で、俺らは何時までこの城に収容されているんだ」「そりゃ事が終わるまでだろ」「その“事”が何時終わるかって事だ」「俺らに喧嘩を売っているどこかの誰かが何時やってくるか、それ次第ってことだ」「違う。どこかの連中だ、だろ。一人なんてあり得ない」陰鬱な空気が詰め所を支配する。最高級の警備、最新型のセキリュティを突破しファントム・タスク幹部が暗殺されているのは事実であった。痕跡が殆ど残っていない事がまた恐怖を誘う。暗い空気を振り払うように、眼鏡を掛けた黒人兵がこう陽気に言った。「監視システムを使わずに目視で警備しろって命令と関係があるのだろうな。ハッキングか何かか?」「目視で警備しろなんて中世に戻った気分だぜ」「お前とし幾つだよ」「スタンド・アローンのシステムなら言いそうだぞ」「かったるい話だ。エリーの店で一杯やりたいぜ」「済むまで我慢しな」笑い声が響く。テーブルを囲む一人の兵が、部屋の隅に腰掛けぼんやり宙を見ている仲間にこう話掛けた。「おい、ポール。お前もつきあえよ」「止めておけ。ダニエルが死んでからあんな風だ」彼はポール・アルダン上級伍長。ロデーヴで真の世話をした兵士の一人だった。友人であるダニエル・エイメ軍曹は、赤騎士復活のさい崩落で死亡している。けたたましい警報がビルに響く。『全兵に次ぐ。敷地内に侵入者一名を発見した。見付け次第即刻射殺、排除せよ。これは演習ではない。繰り返す……』部屋の壁に設置されたディスプレイに侵入者の姿が映る。既に屋内に侵入されていた。身長は173センチほど、灰色を基調としたデジタルドット迷彩パターンのACU(戦闘服)に身を包んでいる。ボディー・アーマーは殆ど見当たらない。ベストには催涙弾とハンドガンを装備していた。手にする銃はセミオート型狙撃銃、SR-25である。兵の1人が装備を調えつつ叫んだ。「まじ一人かよ!」銃を構えた兵士が応える。「どんなマジックか知らないが、こちらは1個小隊40名だ。肉片も残すか」ポールにはディスプレイに映る姿に見覚えがあった。ゴーグルをつけていて表情は分からないが、記憶にある顔作りだった。「まさか……あの子供が?」「ポール! ぼさっとしてるな。仕事だ!」はっと我に返る。装備を調えたポールが部屋を出たとき、屋内監視システムがシャットダウンされた。照明が落ち、非常用の赤い光りが鈍く灯る。無線も、屋内放送もとまり、他の分隊、班と連絡が取れない。状況すら分からなくなった。サブ・マシンガンを携えた兵が大声で誰かに罵る。「このビルの警備システムは最新鋭じゃなかったのかよ!」「超一級品だそうだ」「うそつけ! あっさり落とされやがって! 粗悪の中古品じゃねーのかっ!」「全くだ」薄暗い通路の奥から銃声が聞こえてきた。その奥は大型のタンク、パイプが立ち並ぶ酒造エリアだった。ここから向かえばエリアの内壁を走る、高位置の通路に出る。そこからならば広く見渡すことができるだろう。駆けつけた兵士たちが、通路の途中で息絶える先遣チームを発見した。通路の影に隠れて待機する。銃声がエコーする。班長がこう指示をした。「いいか。奴の得物はスナイパーライフル。それほど弾は持っていまい。発砲を誘い弾切れさせろ。可能であれば射殺だ」「この入り組んだ屋内で、狙撃銃とは素人め」「だがここまで入り込んだ腕の持ち主だ。締めてかかれ。カールは援護、俺とブライアンは向こうまで走り抜ける。行くぞ兵隊共!」「「「アイ・サー!」」」二人が飛び出した、援護のカールが銃を掲げ、影から身を乗り出すと、目の前に射出されたライフル弾があった。アーマーの隙間を通り、弾が眉間にめり込んだ。通路を走る2人の兵は、間もなく頭部から鮮血を吹き出した。どさり、どさり、どさり。三つの肉塊が呆気なく崩れ落ちる。それは一瞬の出来事だった。ほんの数秒前まで、生きていた人間があっさりと死んだ。兵士たちは声を失った。ポールは鏡を使い、酒造エリアを見渡した。反対面の通路はもっと酷い、5名近くの兵士が息絶えていた。「おい、どう言うわけだこれは。走って行ったら途中で死んじまったぞ。偶然か? まぐれか?」ポールが応える。「3名と5名、計8人の兵士が瞬殺された。偶然ではない。恐るべき射撃精度……マダム(スコール)が警戒するわけだ」強い閃光と爆発音、そして銃声が聞こえた。下層フロアの警備班である。投擲したスタングレネードに紛れて、味方の兵士が8名が突入してきた。その侵入者はスタングレネードをものともせず、走りながら発砲、3名を射殺。障害物に身を隠しながら、銃弾をかわし、タンクとパイプの影を走り、飛び越え。瞬間の隙を突いて発砲した。更に2名が死んだ。1人が手榴弾を投げ用としたとき、その脳天にスローナイフを撃ち込んだ。崩れおちる。ピンを抜いた手榴弾が転がり、仲間の兵2人を巻き込んで爆発した。下層警備班が3分持たずに全滅だ。見ていたポールたちはその惨劇を呆然と見ていた。「なんだあいつは。化け物か」「俺らの動きを正確に把握しているな、一体どうやって」「それだけじゃない。1人につき1発だ、本当に人間なのか?」ポールは同じように通路の隠れている仲間に、手信号で計画を送った。同意の答えが返ってくる。「グレネード・ランチャーを持つ者はありったけのグレネードを放り込め。銃身は影から出すなよ」投擲されたグレネードは何発か空中で撃墜・爆破されたが、残りは地面に落ちた。爆発し、振動と火焔と破片が大きな部屋に吹き荒れた。火災が発生し、消火用のスプリンクラーが作動する。侵入者は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられていた。「いまだ!」全員が銃を掲げ通路を走る。構え発砲したときライフル弾が飛来してきた。一名死亡。侵入者は、壁に背を預けながら狙撃銃を構えていた。ポールは叫んだ。「爆風に吹き飛ばされてまだ動けるのか! 全身骨折でも軽い方だぞ!」その叫びに呼応するかのように、10名近くの兵が軽機関銃を構え発砲する。侵入者は避けられる物は避け、それが無理なら被弾しながらも確実に射殺していった。足に穴が空き、背中に穴が空き、肩、腕、腹に被弾した。それにもかかわらずこの侵入者は戦闘を止めなかった。その異常な光景を見て恐怖に駆られたポールは弾をバラ巻き続けた。流れ弾が腹に当たり、彼は崩れ落ちた。真は戦闘で破損したライフルを放棄した。ラ・フレーシュ、最上階。3班18名の兵士がバリゲードを組んでエレベーターが開くのを待ち構えていた。エレベータには催涙ガスを充満させている。扉が開くと同時に、全員がフルオートで弾丸をバラ巻いた。エレベータの内壁は無数の穴が空いていた。文字通り蜂の巣だ。硝煙と血の匂いが漂う。一人の兵が油断なく銃を構えて、確認のため近寄った。仲間の死体があった。その死体の影に隠れていた真は兵を抱き寄せ、ハンドガンで腹に1発撃ち込んだ。苦悶の表情を浮かべる。真はその傷付いた兵を盾にしながらハンドガンを構えた。「撃ち方始め!」「しかし、ジャコーが楯に取られています!」「あいつは化け物だ! 仕留めねば全滅する! 撃て!」飛来するサブマシンガンの弾。真は兵士の影に隠れ、全員を撃った。身体はともかくこれ以上装備を被弾させるわけにはいかない。何発かは足に当たり、右肩に当たったが戦闘行動に支障は無かった。盾にした兵は既に事切れていた。彼を静かに寝かすと最奥の部屋に向けて歩き出した。身体の修復が始まり、直ぐに終わった。破れた服からのぞく腕や肩、傷一つ見えない。真はグロッグを構えながら、歩み行く。途中壁が突然崩れ人型のロボットが現れた。3メートルはあろうかという巨躯で、太い油圧シリンダーが何本も見えた。中央にコックピットがあり腰掛けるようになっていた。移動を司る下半身は足の動きに追従する半自動制御、背面からのびる2本の腕は2本の操縦桿と同期するようになっている。その名はExtended Operation Seeker、略してEOS。国連が開発中の外骨格功性機動装甲である。試作機体を強引に徴発したため、コックピット周りの装甲が心許ない。その2本の両腕には一挺ずつチェーンガンがマウントされていた。M242ブッシュマスター25ミリ機関砲だ。それが火を噴いた。破壊的な銃撃がオフィスフロアを支配する。柱が砕け、鉄骨がむき出しになった。壁に穴が空き、崩れた。机や椅子は宙に舞い粉々になった。掠めただけで抉られる、それ程の威力だった。銃撃が止むと静かになった。アクチュエータの機動音だけが聞こえる。非常照明は銃撃で破損していた、窓から射し込む月明かりだけが頼りだった。EOSのパイロットが言った。「お前は何者だ」真はその声に聞き覚えがあった。柱の陰に隠れ、銃を構え、慎重にこう答えた。「ポール・アルダン上級伍長か。ここに居るとは思わなかった」彼は志願したのである。友であるダニエル・メイエが死んだ理由を探すため戦場を求めてやって来た。彼は繰り返し問うた。「お前は何者だ」「それを聞いてどうする」アクチュエーター音が唸る。真はベストに取り付けてある、催涙弾に手を伸ばした。「お前は銃を知っている。戦い方も知っている。人に命じて殺させたこともある。一人や二人ではない、おびただしい数だ。だがお前の身体からは硝煙の臭いがしない、血の臭いもしない。当然だ。ただの16歳の身体にそんな事はありえない……だがお前は違う! お前は一体何だ! 学園は何を隠してる!」真が催涙弾を投擲するのと、ポールがトリガーを引くのは同時だった。弾丸が催涙弾に当たり、ガスを吹き出した。ガスに曝されたポールは涙を流し、むせ、咳き込んだ。薬品の効かない真はガスをものともせず隙を突いた。背中のバックパックからチェーンガンに弾を供給する、給弾機構を撃った。作動不良を起こす。真はEOSの死角からハンドガンを構えて駆けだした。ポールは右腕チェーンガンをパージ、真に向けて投擲した。真はそれをかい潜る。ポールに狙いをつけたその瞬間、EOSの両脚から車輪が高速回転する音が響き渡った。その巨躯からは想像出来ない機動力で、真に迫る。狙いを外された真の弾丸は、ポールの左腿を掠めた。彼は右腕アームで真を掴むと壁に叩きつけた。「何故ダニエルは死んだ!」その表情には怒りと憤りが浮かんでいた。誰にも向けられず発散出来ず、渦巻き、体と心を蝕む、憎悪という感情。「そうか。彼は逝ったのか」「あいつはもうすぐ結婚する予定だった! 死んではいけなかった! なのに何故死んだ!」真が殺したわけではない。それはポールにもよく分かっていた。だが、もう、どうにもならなくなっていた。真は無表情でこう返した。「兵士だからだろ」ポールの表情が憤怒に染まる。「兵士は死んでも構わないというのか!」「辛いなら逃げろよ。逃げて全てを忘れてしまえ」「友達が死んだ! 呆気なく死んだ! これが忘れられるものか!」「よく分かるよ。ならば敵同士、こうするより他はない」パンパンと乾いた銃声が響く。真はポールの腹に拳銃弾を撃ち込んだ。ポールが最後の力で真を圧死させようとしたが、EOSは動かなかった。真は左腕でEOSに触り、すでに支配下に置いていた。真が両手で血を吐くポールの顔をそっと持ち上げこう言った。その眼は虚だ。「俺の顔を見ろ。お前を殺した男の顔だ。忘れるなよ、俺も忘れないから」息絶えた兵士の瞼をそっと下ろす。「すまない。少し付き合って貰うぞ」真がそう言うと、EOSは新しい主の意を察し振り返った。脚部の車輪を唸らせ向かうは最奥の部屋である。突入した。扉を破りオフィス家具を蹴散らした。沈黙が訪れる。EOSは黄金色の尾によって拘束されていた。スコールは自身のIS“ゴールデン・ドーン”を展開していた。黄金色でミツバチを彷彿とさせるカラーリング、その形状はサソリのように鋭利で恐ろしいまでに美しかった。一般ISと異なり装甲感はなく、まるで闘衣のよう。ISを纏ってこそ本来の姿だと言わんばかりだ。アクチュエータの軋む音、金属同士が擦れる音がする。部屋に流れる白煙、真が暗闇からふらりと姿を見せた。双眸に宿る黒い穴がスコールを射貫いていた。彼女は笑みを浮かべてその影に言う。「死者に鞭を打つとはまさにこの事だな。神の怒りに触れるぞ」「貴女がどの面を下げて神を説く」スコールは興味深そうにEOSをみた。EOSはゴールデン・ドーンの尾を掴み、拘束から逃れようとしていた。「マスター・スレーブのEOSが自律作動か。お前の異能はやはり修復ではない様だ」次ぎに真の左腕を見た。欠落していた腕が復元されている。「腕を復元したことといい、戦闘中の不死身さといい、お前が内包するナノマシンはカテゴリー3だな。カテゴリー3ナノマシンの根源、無限増殖の先に有る物は死滅だ。だからナノマシンをお前と共生させるように変えた……そうか、お前の異能は機械進化か」「死に行く者が知る必要は無い。スコール・ミューゼル。セシリア・オルコットの仇、討たせて貰う」「やってみろ」スコールは既に真実を言う気が無かった。真もセシリアを殺した理由をきく気も無かった。互いに異能を持つ二人が、共有するのはただ一つ。己を顧みない、間違っているとは考えない、決して立ち止まらない……狂気という心の有り様だった。先制したのは真だ。2発の拳銃弾を正確にスコールの左目に向けて発砲した。全く同じ軌道だったため、スコールは2発目を見落とした。1発目はたたき落としたが、2発目はスコールに当たる。もちろん防性力場に阻まれたが僅かに動揺した。その隙を突き、EOSは左腕のチェーンガンをスコールに撃ち込んだ。ギーンという腹を抉るような重機械音。25ミリの銃圧と防性シールドが反発しあい虹色の干渉光を放つ。その隙を突いて、真が踏み込んだ。EOSがスコールを拘束しようとアームを伸ばす。触れられるとまずい、直感したスコールはEOSの腕を掴み、投げ飛ばした。真を巻き込み、屋外に吹き飛ばした。2体の身体が夜空に舞った。EOSはスラスターを噴かし着地した。真は左腕のワイヤーアンカーを撃ちだし、大地に転がるように下りた。ラ・フレーシュの崩れた部屋からスコールは笑みを浮かべ下ろしている。EOS、プロペラント・タンクをパージ。右へ左へ、また右へ。鋭利な軌道で発砲を続ける。真はグロッグの弾倉を交換した。「目障りだ」とスコールが言うと、火球を生みだしEOSに撃ち込んだ。ゴールデン・ドーンの特殊攻撃“ソリッドフレア”。中心温度は数万度に達しEOSが焼き尽くされる。吹き荒れる熱風爆風の中、真はグロッグを構えた。装填する弾は進化弾である。弾は道具、それ自体は貫こうとするただの金属の塊だ。殺意が籠もり凶器となる。それが進化すれば、何物であろうと貫けぬ物は無い。真が引き金を引くと、青白い立体的な幾何学模様に包まれた弾丸が飛び出した。ゴールデン・ドーンがアラームを鳴らす。(高エネルギー反応?)スコールはISの機動力を生かし、躱す。その弾はラ・フレーシュに当たり、一角を砕いた。5フロア分を破壊する威力で、巨大なコンクリートと鉄骨の塊が高く宙に舞った。戦車砲弾並みの威力だった。「それが切り札か。だが生身ではISには当てられんぞ」真はそのまま、侵入経路である縦穴に入り込んだ。カタコンベに続く道である。スコールも後をった。◆◆◆そこは狭い石造りのトンネルだった。アーチ天井の場所もあれば、石板天井の場所もあった。狭く薄暗い。もっともハイパーセンサーを備えるスコールに暗闇は関係がなかった。(狭い坑道で機動力を削ぐ腹か)壁一面に積み重なる骸骨、一瞥もくれずスコールはこう言った。「カタコンベ(地下墓所)とは用意が良いな、蒼月真」その声は響き、地の底へ消えていった。「幹部暗殺がお前の単独行為だと、その可能性に至った時。私は己の正気を疑った。たった一人で組織であるファントム・タスクを追い込むなどあり得ないからな。異能を持っていたとしてもだ。女1人を奪われただけでその反応は尋常でない。その精神力、いや執着力とでもいおうか。何がお前をそこまで突き動かす? 前世のお前は何だ? 狂信者か、それとも、殉教者か」(兵隊だよ、ただの海兵だ)地の底から真の声が響き渡る。スコールは笑みを浮かべてその方向に歩き始めた。「ほう。余程未練を残し死んだと見える」(お前は何だ)「私は科学者でね、核を作ったよ」(優れた科学者にモラルはない。核という悪夢を形とした、お前がどの様な未練を残した)「私は一つのミスを犯した。核を独占すれば世界が亡ぶと、人類存続には均衡が必要だと敵国に情報を渡したのだ。それで世界が滅んだ」(お前の世界か)「そのとき悟ったよ、強い力は一つだけでいい。人類は愚かなのだ」真は洞窟の影に隠れ息を潜めていた。徐々にスコールの気配が強くなる。(奴はまだ進化弾があると警戒している。つけ込むならそこだ)真はこう続けた。「強い力は人の手に余る……スコール・ミューゼル。お前も救いがたい愚か者らしい」「何のことだ」「赤騎士だよ、気づいていないのか? お前、また“しくじった”よ」スコールの表情が醜く歪む。真が岩場の影から銃を構えた瞬間だった、スコールが熱線を走らせ真の右腕を切り落とした。「があっ!」のたうち回り、苦痛に顔を歪ませる真の顔をスコールは踏みつけた。「弾頭は直線的、必ず“手を出す”と思ったよ」スコールは焼け焦げた、腕の断面を見た。一様で骨も肉も無い、金属の焼け焦げる臭いがする。不思議に思ったスコールは、彼の身体をハイパーセンサーでサーチした。「不死身なわけだ。だが痛みは感じるか……ふむ、感覚が無ければ繊細な判断行動もできないだろうからな。なにより外部環境と隔絶されれば、自己意識に影響が出るだろう。実に合理的だ」スコールは真に蹴りを入れ壁に叩きつけた。岩が崩れ落ちた。よろめきながら真が言う。「……さすが博士だ。理論的なご鞭撻痛み入る」「これでも教壇に立ち教べんを振るったことがあるからね」「そのなりなら教壇ではなく舞台の方がお似合いだな。ポールダンスとかやって見ろ」「前の私は男だったからな、それは無理な相談だ」真は隠しておいた1つ目の仕掛けに手を伸ばす。「転移の際性別が変わりうるとは知らなかったな!」仕掛けておいたありったけの手榴弾がスコールの周囲で爆発する。地を振るわすような振動と音、崩落も起こる。土煙が舞う中(この程度で仕留められまい)と、真はパイル・バンカーに手を伸ばし踏み込んだ。真は長年の戦闘経験から、土煙のなか位置を定め撃ち込んだ。炸裂音、炸薬が杭を打ち込む。手応えがあった。「どうした蒼月真。お前ともあろう者がこの程度でISを倒せると思ったのかね」正確に喉元へ向かったパイル・バンカーの杭はゴールデン・ドーンの右アームによって止められていた。「2発目」真がそう言うと、杭とは逆方向の石突きが炸薬で撃ち出された。その衝撃はスコールの手を介し、眉間に命中した。防性力場発動、スコールの頭蓋を激しく揺さぶった。スコールは目眩を堪えながら、走り去る真の背を見送った。「手を変え品を変え、全くよくやる……だがお遊びはもう終わりだ」スコールは真が消えた闇夜にソリッド・フレアを撃ち込んだ。その爆風と灼熱が洞穴を走り、真を吹き飛ばした。壁面が赤褐色に光り、直撃箇所は岩が溶けていた。真の全身から焼け焦げた臭いがする。左足が炭化し、ひび割れていた。真は歯を食いしばり、身を起こした。身を裂くような痛みが走る、どうにかなってしまいそうだった。「生物は激しい痛みを感じると、麻痺なり失神なりで身を守るが、そう言う訳にも行かないらしいな。不死の身体といえば聞こえは良いが、これは考え物だ。死ぬことも許されず、永遠の痛みに苛まされる。まさに生き地獄に相応しい」真は身体が割れそうな痛みに耐えながら、どうにか最後の間にたどり着いた。彼が用意した半球ドームの部屋だ。入り口とは反対側の壁にもたれ掛る。追いついたスコールは聖堂の様なその場所を見て、感嘆の声を上げた。真に、部屋の中央に歩み寄る。「ほう、カタコンベには地下教会もあると聞いたがこれは見事なものだな。全く以て用意が良い。神に裁かれ地獄に落ちるがいい」「馬鹿が。イスラムと違ってキリスト教には偶像が必須だぜ。それが何処にある」「なに?」コンピューターがワイヤーアンカーを四方八方から撃ち込んだ。ゴールデン・ドーンの身体を絡め取る。隠れていたロボットが真の身体を掴み、穴に引きずり込んだ。カメラのシャッターのように、高速度で入り口と穴が隔壁で塞がれる。全てコンピューター制御でミリ秒にも満たない。ハイパーセンサーで周囲を探ったスコールは息を呑んだ。「爆縮レンズ」「ご名答」壁と床、計算通りに仕掛けられたセムテックスが計算通りに着火爆発する。中心から遠い箇所は早めに着火、近い所は遅めに着火、全ての爆発による衝撃波が、重なり合い破滅的な力を生み出した。弄ばれるように揺さぶられ、侮辱的に打ちひしがれたスコールは、脳しんとうを起こしながらもこう言った。彼女は健在だった。ISの補助を受け立ち上がり、あざ笑う。「愚か者め。ISはISでないと倒せない。もう終わりだ。蒼月真」そう言ったスコールは天井から落ちてきた大量の鉄骨に押しつぶされた。地上は高層ビルの建築現場になっていて、爆発によって緩んだ地盤が崩落したのだった。これが真の本命である。無様な姿を見せ、増長させた。事前に簡単な罠にはめ、油断させた。爆縮レンズの衝撃で脳しんとうを起こさせ、正常かつ迅速な判断力を奪った。全てが繋がる罠だった。穴から這い出た、真は片足を引きずりながら鉄骨の山をみた。「スコール。お前の言うとおりISを倒せるのはISだけだ。通常攻撃はISに効かない、全てシールドに阻まれる、ISが現代兵器を駆逐した理由の一つ。だがスラスターの推力、アクチュエーターのパワーは別だ。IS重量200キロに対し高層建築用鉄骨一本10トン。それが30本で合計300トンだ。動けるものなら動いて見ろ」ゴールデン・ドーンの防性力場は鉄骨と反発し干渉光を放っている。手足を動かそうと試みるが微塵も動かなかった。スラスターを噴かすも同様だ。それどころか動けば動く程、隙間がなくなり追い込まれていく。真は鉄骨の山を登り、左手の手袋を噛み、外す。腕を伸ばしゴールデン・ドーンに触れた。彼の腕が蒼白く光る。ゴールデン・ドーンが主であるスコールの命に叛き、その活動を止め始めた。火器管制……シャットダウン。航行管制……シャットダウン。情報処理……シャットダウン。スコールが眼を剥いた。「そうか、お前の異能は」「ドクター篠ノ之はマシン・マスタリー(機械上位者)と呼んだよ。さよなら」防御管制……シャットダウン。防性力場が消失し、300トンの荷重がゴールデン・ドーンに押し掛る。スコールはフレームごと押しつぶされ、口から鼻から目から血を噴いた。悲鳴は上げなかった。スコールが死んだことを確認すると、真は闇夜に消えていった。「エム、次はお前だ」崩落した穴から、蒼い月が覗いていた。つづく!◆◆◆【どうでもいい作者のぼやき】 ____ / \ UAとかどかんと増えたのは嬉しいけれど、反応薄いのが気になる。。 / ─ ─\ 受け入れられてるんだろうか。 / (●) (●) \ | U (__人__) | ___________ \ ∩ノ ⊃ / | | |___( ` 、 _/ _ノ \ | | || | \ “ / ___l || | || | | \ / ____/| | || | |  ̄ |_|___________| ̄ ̄ ̄ ̄("二) ̄ ̄ ̄l二二l二二 _|_|__|_