05-05 ファントム・タスク編 一夏2(クロス・ワールド)悲しい出来事がありましたので、やさぐれました。リミッターブレイクです。もう自重なんてしません。── =≡∧_∧ =遠慮無くいくぜっ!!!── =≡( ・∀・) ≡ ガッ ∧_∧─ =≡○_ ⊂)_=_ \ 从/-=≡ r( ) ── =≡ > __ ノ ))< > -= 〉# つ ←自重─ =≡ ( / ≡ /VV\-=≡⊂ 、 ノ── .=≡( ノ =≡ -= し' ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| | | | ~~~~~~~~~~~~~~~~ | ディラックの海--------------------------------------------------------------------------------場所はフランス、デュノア邸。シャルロットは自室の姿見の前に立ち、己の姿を見た。半袖のフレアワンピース。色は限りなく黒に近い緑で、大きめの襟は白。深みのある金の髪にも、跳ね偏りはなく、梳きも良い。肩甲骨辺りで軽く結って黒のリボンを咲かせる。彼女は鏡に映る自分の顔をじっと見た。メイクは薄いルージュのみ、日本の男の子は薄化粧が好みだ。白い肌故か、それでも薄紅色の唇が鮮やかに浮かび上がる。唇をそっと薬指でなぞる。少々シックすぎるだろうか。いや、他の少女らとの違いを見せなければならないのだ。“君の恋人は深窓の令嬢なんだよ”ぱっと身を翻し、両の手を後ろ組手で、右脚を軽く曲げ、左足に寄せる。黒いストッキング越しに肌の色が色気を醸し出す。「ねえラウラ。再会した時の表情は上目遣いが良いかな、それとも澄まし顔が良いかな。やっぱり微笑?」「その問いかけは既に5回目だぞ、シャルロット」ラウラはうんざりした様にカップを置いた。シャルロットは一夏との再会を今か今かと待ちわびていたのである。一夏と別れて早二ヶ月。何時会いに行こうか、何時フランスに招待しようか、そう考えていたところ、一夏がフランスにやってくるという思いがけない一報が入った。楯無からである。その渡仏する段取りを聞いた時、無茶苦茶だと文句を言おうとしたら“大丈夫大丈夫”と一方的に通信を切られた。憤慨する間もなく、父であるレオン・デュノアに泣き付き、彼は極秘裏にフランス軍を動かした。私事も同然な話であるが、デュノアを初めとした反ファントム・タスク陣営にとってIS学園の動きは好都合だったのである。表向きファントム・タスクに組みする彼らは、面だって動けないからだ。フランスのみならずヨーロッパの裏権力は繊細な均衡で成り立っていた。いまその均衡が大きく崩れようとしている。言うまでも無いが、ここに正と邪はない。最終的に権力を握るのはどちらになるか、それだけだ。勝てば官軍負ければ賊軍、と言う訳である。その様な裏事情は知らないシャルロット。彼女はくるりと回り、後ろ姿を鏡で確認した。鼻歌交じりで髪を整えている。ラウラは呆れた様に言った。「身嗜みも結構だが。シャルロット、状況を本当に分かっているのか」セシリアが殺害され、真が誘拐、一夏の乗った旅客機がファントム・タスクによって爆破されたという一連の報道を受け、ドイツ陸軍も極秘に動いた。ラウラがデュノア家に居るのは情報交換の為である。顔なじみと言う事でラウラが選ばれた。ネットワークを使えばどこから漏れるか分かったものではないのだ。「もちろん分かってるよ。これから一夏に会うんだ」「違う。我々がこれからどうするか、と言う事だ。ファントム・タスクは秘匿性を犠牲にしてまで活発に動いているのだぞ。尋常ではない」「もう。ラウラはいつもそう言う事ばかりだよね。もうちょっとは化粧っ気をださないと一生独り身だよ。そう、そう。幾ら織斑先生に憧れているからって黒スーツは無いと思うな。せっかくのプラチナ・ブロンドが勿体ない」「……余計なお世話だ。というより何故そこまで話が飛躍する」「飛躍?」「結婚、伴侶の話だ。我々はまだ16歳だぞ」(※:劇中は12月で、二人は一歳大人になりました。誕生日設定はしていません)「何暢気な事を言っているのさ! 只でさえISに携わる女の子は可愛げがないって婚期が遅れるのに、そんな悠長な事してたら行き遅れだよ!」「落ち着けシャルロット! 今はそんな話をしている時ではない!」「女の子の幸せだよ! とても大事な事だよ!」「今は真の誘拐とオルコット殺害の方が重要だ!」「そうだよラウラ! どうしよう!?」「落ち着け!」二人はまだ最新情報を知らないのであった。慌てて、取り乱す、癇癪しかけたシャルロットをラウラがどうにか宥めた。やっぱり姿見で確認するシャルロットを見て、ラウラは疲れた様にこう言った。「一体どうしたシャルロット・デュノア。冷静なお前らしくない」「ごめんねラウラ。僕ちょっと情緒不安定なんだ」「体調が悪いのか? 健康管理も代表候補生の務め……もう違ったな。ならば休んだ方が良い。調査対応は私が行おう、バックアップに努めてくれ」シャルロットにとってクラスメイトであったセシリアの殺害、息子である真の誘拐、恋人である一夏の殺害、立て続けに不幸が一度に舞い込んだのだ。彼女はメンタル・トレーニングを受けているとはいえ、現役を退いている。やむを得ないだろう、とラウラは考えた。シャルロットは気遣うラウラを見て、済まなさそうにもじもじと手慰みをする。「ごめんねラウラ。通常では無いけれど異常では無いんだ。だから休む必要は無いよ」「なんだそれは」「ラウラにもそのときが来れば分かるって言うか、僕はちょっとフライングしたというか、なんていうか……」シャルロットは右手を下腹部に添えて、左手を頬に添える。頬を紅葉させ、身体を左右に小刻みに揺すっている。「いやんいやん♪」その仕草を見て、ラウラは言葉を失った。口に含んだコーヒーをリスの様に貯めている。ラウラに経験は無い、軍でも最低限の事項しか教わらなかった。だが真の記憶はそれが何を意味するのか、明確に教えてくれた。ごくんとコーヒーを胃に流す。「シャルロット・デュノア。それは本当なのか」とようやく声を絞り出した。「うん。遅れているんだ……えへ。えへへ。えへへへ♪」織斑一夏だろう。奴しかいない。殺処分にするべきだろうか、学園生徒に手を出すとは不届き千万……一夏はその生徒だったな。シャルロットは既に生徒ではない。では学園教師の出る幕はない。デュノアと織斑の問題だ、と理解はしたものの納得が未だ出来ないラウラであった。最も、楽しそうに踊るシャルロットを見ていたら、どうでも良くなった。コンコン、屋敷のメイドが部屋の扉をノックした。彼女はシャルロット直属のメイドであり、主の許可を得て扉を開ける。軽く身を下げた。「シャルロットお嬢様。織斑様がご到着なさいました。ビュッフェの間にてお食事中です」「食事?」「はい。非常に空腹だと仰いまして」時計を見ると午後3時。夕飯には早い、昼食には遅い。シャルロットは少し気分を害した。「もうっ。僕との再会よりご飯を優先するなんて! 失礼だよね、そう思わないラウラ」「ああ、そうだな。織斑一夏は相変わらずらしい」ラウラはすっくと立ち上がると、シャルロット共に歩いて行った。シャルロットと一夏は二ヶ月ぶりの再会である。高鳴る鼓動、こみ上げる喜び、シャルロットはノックすることも忘れて扉を開けた。「「……」」熊が居た。がつがつもぐもぐ。熊は一心不乱にフランス料理を食べていた。よく見ると熊は毛皮であり、誰かが着ており、誰かとは一夏だった。フォーク、ナイフの使い方は雑だったが、音を立てない様配慮していた。状況が理解出来ない。流石のラウラもどう反応したら良いのか分からず、突っ立っていた。部屋の奥に立っていた、ビジネススーツ姿の軍人にシャルロットは話掛けた。軽く身を屈め挨拶をする。「わたくしシャルロット・デュノアと申します。この度はご協力頂き、感謝の言葉もございません」「マドモアゼル。私はフランス陸軍第2外人落下傘連隊、空挺コマンド小隊所属フィリップ・シュメトフ、上級伍長です。要人の捜索救助作戦はこの場を持って終了です。引き継ぎをお願い致します」「もちろんです。もちろんですが……あの状況の説明をして頂けないでしょうか。彼は何故熊の毛皮を着ているのでしょうか」シャルロットはフィリップが変な疲れ方をしていることに気がついた。肉体的なつかれではなく、精神的な疲労を滲ませていた。部隊に被害が出たのだろうか? そうならばお悔やみを言わなくてはならない。彼女は両の手を握り頭を垂れてこう言った。「シュメトフ様。負傷、戦死された方をお教え下さい。デュノアからお見舞いを……」フィリップは慌てて笑顔を作った。「そうではありませんよ、心優しいマドモアゼル。戦死者はおりません、負傷者はいますが極軽いものです。私はただ、己の未熟を恥じれば良いのか世の不条理を嘆けば良いのか、判断に苦しんでいるのです」シャルロットは理解出来ず、おずおずとこう問うた。「あの、一体何が」「我々救出特別編成班7名は、不幸な行き違いで“熊の毛皮を着た”16歳の織斑殿と交戦、為す術もありませんでした。努力で覆せない天賦の才とは存在するものなのだと思い知らされた次第です……いやこれはとんだ醜態を。兵士がお若いご婦人に話すべき事ではありませんね」胸に詰まった鬱憤を少し吐いて楽になったのか、フィリップは微笑んだ。シャルロットは彼に飲み物を勧めたが、任務があると丁重に断り基地に帰っていった。がつがつもぐもぐ、側に控えるメイドは動ぜず「織斑様。お飲み物のお代りは如何でしょうか」と言った。「くま♪」喜びを伝えているらしい。注がれた水をごくごくと飲んだ。シャルロットは肩を怒らせ、両腰に手を添えて、こう言った。「一夏、フィリップさんたちに何したの?」「くま♪」「一夏、ふざけてないでちゃんと教えてよ」「くま♪」「もうっ! いい加減にしないと僕怒るからねっ!?」「くま?」メイドが「織斑様。バゲット(フランスパン)のお代りは如何でしょうか」といった。「くまー♪」至福の笑みでフランスパンを食べる一夏。流石におかしいと思い始めたシャルロットは恐る恐るこう言った。「あのね、一夏。自分の名前を言ってみて」「くまくま」「シャルロット、しゃ、る、ろ、っと」「くまくまくま」ぎぎぎ、さび付き動きの悪いブリキ玩具のような仕草でシャルロットはラウラを見た。ラウラは静かにこう言った。「野生化しているな」◆◆◆“久しぶりだね、一夏”“おお、久しぶりだぜシャルロット”“もう。ちゃんと僕を呼んでよ”“はは。わるいわるい。会いたかったぜシャル”“僕もだよ、一夏。浮気とかしてなかった?”“そういう悪い事を言う可愛らしい口は塞がないとな”“ん……”と言うのがシャルロットの筋書きだった。全てが台無しである。「あうあうあう」彼女はテーブルに突っ伏し泣いていた。ラウラがビュッフェの間から窓の外を覗けば、フランス・バロック様式の大庭園。その敷地面積70ヘクタール。東京ドーム1個で約5ヘクタールと考えればその広さを実感して貰えるだろう。窓から歩く人を見下ろせば正しくゴミの様。その広大な敷地を持つ大富豪の娘も一夏にかかると形無しだな、ラウラはそんな事を考えた。振り返ればシャルロットは突っ伏し続けている。「シャルロット。何時までそうしているつもりだ」ラウラの指摘にがばっと起きた。一夏にびしっと指をさす。「だって酷いよ! あんまりな仕打ちだよ!」「どの様な状況でも臨機応変に対応する、IS乗りにとって必須条項だ」「恋人の野生化を受け入れる位ならISパイロットになりたくはなかったよ!」「いちいち大袈裟だな」「くまー」一夏はまだ食べていた。「もうっ! 何時まで食べているのさ! 早くごちそうさましてよ!」「くま?」「落ち着けシャルロット。織斑一夏という存在は変わっていない」「落ち着いてなんて居られないよ! 一夏! たった2週間森の中に居ただけで野生化するってどう言う事っ!? ぼく悲しいよっ!」「くま」「理知はある、人語を失っただけだ」「大問題だよ! 意思疎通出来ないよ!」「織斑一夏、旨いか?」「くま♪」「旨いと言っている」「そんな事分かるよ僕にだって!」美味しそうに食べる一夏の姿は、シャルロットの知る一夏その物である。ああ、目の前の一夏はどう否定しようとも僕の一夏なんだね。例え“くま”としか喋らなくても、例え熊の毛皮を着ていても。と現実を突き付けられた、彼女はよよよと崩れ落ちてしなを作る。その姿は悲劇のヒロインだ。「うぅ、恋がこんなに辛いなら、恋なんてしたくなかった……」ラウラは腰掛け、メイドに紅茶を頼む。「いっそクマの着ぐるみにしてみたらどうだ。可愛げがでる」「そーだねー。連れて行ったら託児所の子たちが喜ぶよー」「託児所? そんな事をしていたのか」「何時までも家に籠もっているわけには行かないしねー。子供好きだしー、働いているんだー」もう自棄だと言わんばかりのシャルロット。それでも別れようと思わないのが彼女たる所以である。仕方がないなと、ラウラはカップをテーブルに置いた。「織斑一夏を戻せるかもしれない」「本当!?」「可能性の話だがな。そこまで気にするならばやってみよう」「是非ともお願い!」「少し待て」嗚呼ラウラ様。シャルロットは藁にも縋る思いで泣き付いた。ラウラは立ち上がり部屋を出て行った。暫くすると戻って来た。手に回転式ハンドガンを持っていた。スミス&ウェッソン社製“M686”である。銀色のフレーム、木製のグリップ、その流れる水の様な姿は質実剛健。装弾数の少なさから、スポーツ用途以外に使われることは少ないが、威力、命中精度ともに優れる一品である。シャルロットは身覚えのある銃を見て、一粒汗を流しラウラにこう言った。「どこから持ってきたの、それ」「地下の武器保管庫から拝借したぞ」「どうして場所を知っているのさ、教えてないよね。というかセキリュティ掛ってなかった?」場所を知っているのはラウラが真の記憶を持っているからである。真はかって渡仏した時に射撃場で汗を流したのだった。セキリュティは強引に開けた、別名破壊とも言う。ラウラはドイツ陸軍最新鋭の超高振動ナイフを隠し持っていたのである。汎用装甲鋼材など朝飯前だ。因みに極秘兵装である、素直に話すわけにはいかない、どう言ったものか。んー、と首を傾げてラウラはこう言った。「乙女の嗜みだ」「その一言で片付けられると凄い困るんだけど。デュノアの人間として、この館の娘として」不審一杯のシャルロットを他所にラウラは一夏に近づいた。「織斑一夏」「くま?」それは一瞬の出来事だった。ラウラが銃を構える、その前に一夏はラウラの右手首をつかんで引いた。重心を崩して軸足を刈る、柔術の一つ、大外刈り。組み伏された彼女は感心した様である。ラウラは仰向けに一夏を見た。「結構だ。更識楯無にしっかりしごかれた様だな」一夏はラウラを見下ろす。顔が近い。息かがかる程だ。「今の狙い方、真にそっくりだったぜ」「当然だ。私の父なのだから」「真の娘だから、だろ」床に寝そべる2人を見てシャルロットは、ラウラが戻せたことを嫉妬して良いのか一夏が戻って喜んで良いのか、悩んだが兎に角こう言った。「いつまでそうしているのさ」2人は慌てて身を引いた。◆◆◆「つまり何? ラウラは真の記憶を持っているの?」「臨海学校の前までだがな」「真と同じ銃の構えで、一夏を刺激して?」「そそ。本当に真そっくりだったぜ」「……ねぇラウラ」「笑いながら怒るとは随分器用だな。シャルロット」「シャル、その顔怖いからやめて。超やめて」「かってにうちの子と同棲なんてして! ぼく許さないよ!」「「そっちか」」場所は引き続きビュッフェの間である。この部屋はとても広い迎賓用のダイニングで、豪華なシャンデリアがぶら下がり、立派な絵画が壁に掛けられていた。大きなテーブルもあるのだが、今はシャルロットら3人だけなので、小さなテーブルが置かれていた。それでも十二分に大きい。そのような立派な部屋でシャルロットはふくれっ面だった。白い椅子に腰掛け、白いクロスを敷いたテーブルに向かっていた。とんとん、と床を叩く足のリズムは苛立ちを隠さない。シャルロットは一夏を自室に招こうとしたのだが、メイド長に怒られたのだった。せめて着替えの手伝いを、と思ったらやはりメイド長に追い出された。一夏の身の回りの世話は、嫌がらせだろうか、妙齢のメイドがしている。シャルロットより背が高く、スタイルが良く、年上で、結い上げてはいるが長い髪の、燃える様な赤毛の女だ。シャルロットより美人……かどうかは個人の主観によるので明言を避ける。ただ、整った容姿の一夏はメイドたちに好評で、館のところ何処で噂話が花を咲いていた。というか代わる代わる一夏目当てにやってくる。「織斑様。コーヒーのお代りは如何ですか?」「はい。頂きます」「一夏。クッキーが焼き上がったぞ。どうだ」「おお。とても美味しいです」「いちかさま。庭園を散歩したいとき言ってね。とっておきの場所案内するから」「よろしくたのむぜ」「おにいちゃん、ベッドメイク済んだのよ、いつでもふかふかだからねー」「ベッドは君に任せたっ!」「うん。だから今晩呼んでねー」「おう、任せとけ……今晩?」冷たい眼が二組あった。痛々しく刺々しく、これ以上ないぐらいの軽蔑の眼差しだった。こほんと一つ咳払う。一夏はフランスにやって来た理由を簡潔に話した。「と言う訳で。セシリアを探し出して真を見付ければ全て解決って訳だ。ラウラ、シャル協力してくれ」そう一夏が言うと、ラウラが「確かに辻褄は合うが何とも言えんな」と応えた。そうしたら一夏が驚いた様に「何だよラウラ。千冬ねえがそう言っているんだぜ?」と言った。「私とて教官が嘘を言っているとは思わん。ただ異能というのは政府、軍でも扱いかねている物なのだ。それを根拠に組織を動かす事はできない」「なんで?」難しい顔をしているラウラに、シャルロットが続けた。「力は確かに存在する、だけれど解明ができていない。異能というのは手品を見せられている様なものなんだよ。どうとでも作り出せてしまうんだ、CGやトリックを使ってね」「教官やストリングスの様に公になっている物ならともかく、秘匿されているとなれば特にな」「じゃあどうするんだよ。このまま黙って見ていろってのか?」苛立ちを隠さない一夏に、ラウラは抑揚なく静かに冷静にこう言った。「異能は取りあえず置いておく。だが回りくどい手法をとって殺害に至った矛盾は無視できない。セシリア・オルコットが生きている可能性は我々にとっても朗報だ」「ラウラって本当に真に似てるな。その言い回しといい、素直じゃない言い方といい。生きているかもしれないから探そう、でいいじゃねーか」「織斑一夏、お前が純朴すぎるだけだ」ぶーたれる一夏を他所に、ラウラはシャルロットに眼を向ける。「シャルロット・デュノア。聞いての通り、私の部隊を動かすには根拠が弱い、尚且つフランスでの行動には制限がかかる。デュノア家頼みだ。ロデーヴ(赤騎士)の騒動を調べるのが肝要だと思う」「それは僕も気になって調べようとしたんだけど、妨害があって上手く動けないんだ。もっともまだ崩落してるからどうにもならないんだけどね。衛星写真を見る限り重機がたくさんあるから、掘り起こしてるようなんだけど」「重要な何かを置き忘れたと言う事か……デュノア伯爵に諜報を頼めないのか?」「お父様、最近忙しくて家に帰ってないんだ。何かあったみたいなんだよ」「強引に押し入ってみるか?」と一夏が言うと、シャルロットが「駄目だよ、一夏。戦闘活動になると大事になる。それにISを持ち出されたら今の僕たちに為す術がない」と応えた。代表候補を返上したシャルロット、書類上ただの観光客であるラウラはISを装備していなかった。一同がだまりこむ。そのとき一夏が「だったらよーイギリスに話を持ちかければいいじゃん。スパイの本場だろ?」と言った。こうべを振りながらラウラが「イギリスに極秘情報を流せるパイプなど無い」と応えた。シャルロットが「真を探す手助けなんてしてくれないよ」と悲しげに言う。「何言ってんだよ。2年にサラ・ウェルキンって先輩が居るだろ。イギリスに帰国してるはずだぜ? セシリアが生きているかもって言えば無視しないだろ」「「……」」2人はぽかんと口を開け、こう言った。「「一夏が頭使ってる……」」「むかつく」◆◆◆英国とIS学園はセシリア殺害の一件で関係を硬化させており、円滑な情報交換ができていない。そこで、シャルロットが内密に連絡を取ることにした。サラ・ウェルキンがセシリアのお目付役、オルコット家の人間であることは、シャルロットも知るところである。翌日の朝。進められるがまま、デュノア邸に一泊したラウラはビュッフェの間に向かった。白いブラウスに黒のタイトスカート、スカートも既に履き慣れた。部屋に入るとシャルロットが既に席に着いていた。見渡せば控える給仕の姿が見える。どうもこう言うのは落ち着かないな、ラウラはそう言いながら席に着いた。一夏はまだ居なかった。2人は朝の挨拶を軽く交す。「シャルロット。朝から済まないが、昨晩の件どうなった?」「ウェルキンさんと連絡は付いたよ。動いてくれてるみたい。ただ時間は少し掛るかも」「感触はどうだ」「それが余り驚いていなかったんだ。僕たちが気づいていた事もそうだけど、連絡をしてきた事に驚いた様だった」「オルコットが生きている事はイギリスも把握していたのだろうな」「IS学園に対する賠償請求はパフォーマンスって事だね」「処遇は表向きで、みやと真を手に入れようとの目論見だろう」「更に僕たちが頼んだことになるからね。正直迂闊だったかも」「時間が惜しい。それには目を瞑らざるを得まい」政治的、国家間的駆け引きに、気が滅入る。IS学園が如何に平和なのか思い知らされる。学園の一歩外は汚い世界なのだ。ラウラが独白した。目の前の白いティーカップをじっと見る。「学園の生徒達にはこの様な事教えたくはないな。これは教師としてのエゴなのだろうか。いずれ知るというのに」「そうだね」沈黙が訪れる。テーブルには3人分の朝食が並んでいた。「一夏遅いな」シャルロットが言う。「弛んでいるな。たたき起こしてこよう」ラウラが言った。「駄目だよ、ラウラ。長旅だったんだ。疲れているんだよ」「あの男はそんなにヤワではない。名高きフランス陸軍の特殊部隊を返り討ちにするほどだ」たたき起こす、寝かせてあげよう。シャルロットは甘すぎる、ラウラも人を好きになれば分かるよ。甘やかすことと大事にすることは別だ、厳しさだけならそれは愛じゃないよ。それが分からない様な軟弱者は不要だ、心を表現することは大事なのに……らうら! 何故それが分からん!言い争うこと暫く。その間に一夏の世話係のメイドがやって来た。一通の手紙を出す。『ラウラ、シャルへ。目が覚めたから散歩がてら真探してくる。一夏』「……首に縄をつけよう」「……機関車の様な奴だな」◆◆◆日本と異なりパリは古い石の面影を強く町である。当然のことながら石は木より永く持ち、フランスは国土対し居住可能面積も広いから、建築物の高層化は余り起こらなかった。地震も殆ど無く、今なお数多く残っている。木材建築物に対し、床と天井を支える為に柱は太く、多くある必要があった。壁も柱の役割を果たすから分厚く、同じような構造の建築物が数多くあった。その結果石で統一された一つの町ができあがる。ある意味異文化の象徴だろう。「~♪」一夏はその様なパリを彷徨っていた。いつの間にか物見湯山である。右を向いても人、左を向いても人で。白人、黒人、黄色人種。欧州、中東、アジア、アフリカ、多種多様だ。「ほへー、流石移民国家。フランス人の方が少ないんじゃねーか?」日本人らしき東洋人もちらほら見かけるものの、真は見当たらない。ぶらぶらと歩くと噴水のある公園にでた。真の代わりに、くつろぐ人々や楽しそうに謳う鳩や雀がいた。おもむろに一羽の雀に近寄る一夏。「雀さん、真しらね?」(……)声が小さい、というよりは遠い。都会の生き物とは会話出来ないのである。仕方がねえな、と一夏が立ち上がる。ちゅんちゅんと一羽の雀が頭の上に乗った。「あ」と言う間もなく、また一羽、また一羽。瞬く間にもみくちゃにされた。ばさばさと羽ばたかれ、こんこんと突かれた。雀に混じり鳩もいた。周囲から笑い声が聞こえる。子供がきゃっきゃ、きゃっきゃと笑い出す。ビデオカメラを構える人、普通のカメラを構える人。それに気づいた一夏は顔を隠しながら逃げ出した。「かめら、のーさんきゅー!」「「「HAHAHA♪」」」鳥たちから逃げ切って、一息ついた。といっても全く息は切れていなかった。「ヒッチコックかよ」とついぼやく。気を取り直し近くのカフェでホットのカフェオレを買う。カウンターのカード読み取り機に、カルト・ブルー(キャッシュカード)を差し込み暗証番号を押した。楯無から受け取ったカードだ。フランスはスリ、強盗が多く大金を持ち歩くのは危険なのである。一夏が通りを歩いていると、早々にスリに遭った。財布をすっと盗られた。一夏は相手が気づく前に取り返した。手に取ったはずの財布がない、スリははてなマークで立ち尽くしていた。一夏はそのまま立ち去った。ベンチに腰掛け、紙コップのカフェオレをすすり、道行く人をじっと見る。すると白人金髪女性と、東洋人男性のカップルが目の前を歩いて行った。意識なく目で追う、町並みに消えていった。実際真はどうするのか、一夏はそんな事を考えた。セシリアは生きている、真と共に連れ戻せば元通りだ。だが、学園の誰もが思うとおりセシリアは英国貴族であり、真は一般人だ。卒業したらセシリアはイギリスに帰国する、そのとき真はどうするのだろう。IS学園に残れば当然別れることになる。よしんば付いていったとしても、みやは持って行けまい。ただの人になる、そのとき嫌な言い方だが真の価値は低くなる。オルコット家は武家ではないから警備員が関の山だ。当主と東洋人の警備員、ノーフューチャーである。異能は秘密にしなくてはならない、イギリス軍は避けなければならないし、入隊すればそれこそ会えない。イギリス人では無いからIS乗りにはなれまい。セシリアを取り戻し、イギリスに返し、イギリスの要求通り、みや丸ごと明け渡すのが最良なのだろうか。でも、それでは駄目だ。セシリアと結ばれる保証はないし、むしろ逆だろう。出来損ないのナイトの烙印を押されているのだから。一夏は答えのない問答を繰り返し、溜息をついた。「馬鹿をやれるダチが居なくなるのは、つまんねーな。でも別れろとは言えねえし……」両手を頭の後ろに組んで、両脚を伸ばし天を仰ぐ。雲が流れていた。空も日本と何かが違う、ぼぅっと眺めていると突然“真”と叫ぶ少女の声がした。その声は小さく、雑踏に紛れていた。一夏でなければ聞き取れない程の、か細い声だった。鋭く眼を左右に走らせた。一面に広がるのはストリート、人々と車が行き交っている。路地裏か、そう当たりを付けて駆けだした。右へ左へ、また右へ。己の直感に従い、細い石畳の路地を駆け抜ける。最後のコーナーを越えたとき、数名の人だかりが見えた。日本人の少年一人、少女一人、あとは見るからに外国人だ。白人、黒人、アジア系も混じっている。真と呼んだのはこの少女か、では真とはこの少年か。一夏のよく知る目付きの悪い少年ではなかった。よくよく考えてみれば、ありがちな名前である。一夏は僅かに落胆しながら、駆け寄った。いずれにせよ緊急事態だ。一夏より頭一つ分は小さく黒髪で、少女の様に華奢な少年が、気丈にも少女の楯になっている。一夏は地に伏せる大男に気がついた、腹を抱え蹲っている。少年は武道の構えをしていた、この少年がやったらしい。それなりに達者の様だが多勢に無勢。少年は捕まり右腕をねじり上げられた。痛みで端正な表情を歪ませ、苦悶を上げる。少女は背後から捕まれ引き離された。恐怖の余りか、失神しそうな雰囲気だ。「真ちゃん!」「お前達! 雪歩を離せ!」少年は真、少女は雪歩と言うらしい。一夏は少年をねじ上げている男の背後に、風の様に走り込み背中をとんとんと突いた。あん? と男が振り返った、ねじ上げる力が緩む。一夏はそれを待っていた。ねじ上げられている状態で激しい衝撃に襲われると、関節を痛めてしまう恐れがあったからだ。一夏は笑って男の顔面に右拳をねじ込んだ、彼のこめかみには血管が浮き上がっていた。ぐぅと男は崩れ落ちて、少年は解放された。誰だこの人、少年は右肩をさすりながら一夏を見た。穏やかでない表情で男達が一夏を囲む。なんだこいつは、馬鹿がしゃしゃり出てきやがって、こいつ日本人だぜ、MAKOTOってこいつじゃないのか、ディアナを汚しやがって、と眼のみで雄弁に語っていた。ディアナを信奉する過激派、ディアニストの面々だ。少女を羽交い締めしている男を除けば全部で5人。一夏はフランス語ができない、英語も和製英語だ。だから。右人差し指をくいくいと動かし、挑発。「かもーん。まざー・ふぁっかー」ティナから教わった相手を侮辱する最上級の言葉である。決しておもしろ半分で言ってはならないのだ。事実、怒髪天を突く勢いで、男達が襲ってきた。何名かはボクシングと空手の経験者の様である。殴って蹴って、一夏は全員昏倒させた。一夏の足元に男達がひっくり返っている。少年が呆気に取られたのも無理はない。複数の敵を相手にしてはいけないのが実戦の鉄則だからだ、何故ならば相当な実力差が無いと勝てないから。あと一人。最後の男は少女を盾にして、喚いている。近づいたらこの女の無事は保証しないぞ! と言っていた。一夏は黙って左手を外側から内側に振るった-真空の刃かまいたち-空気の断層が空気を巻き込み突風が起こった。怯みが生じる。その隙に、一夏は10メートル程の距離を一瞬でゼロにし、男の顔面に一発ねじ込んだ。仕舞いである。雪歩という栗毛のボブカットの少女は、ぽかんとしながら地面にしゃがみ込んだ。白いワンピース姿。見るからに儚げで、保護欲を駆り立てそうな娘だった。その娘は自分たちを助けてくれた目の前の同年代の少年をじっと見ていた。彼は自分の倍以上も体重がありそうな、筋肉だるまの様な男を達を背負ってはおおきなゴミ箱に入れていた。バタンと蓋を閉めた。一夏はパンパンと手を叩き、雪歩に「うーし、終了。雪歩だっけ? きみ怪我はない?」と言った。雪歩はうんともいいえとも言えず、瞳を落ち着きなく動かすだけだった。一夏は簪タイプか、と判断して無事だと分かった。手を取り立たせた、雪歩は不思議な顔で自分の右手を見ていた。彼女は男性恐怖症なのだった。それを知っている少年も驚きを隠さない。一夏は少年に歩み寄った、黒髪の短髪で気の強そうな少年だった。でもジャージはないだろう、と一夏は思った。その少年の肩を触った。折れてはいない、だが手当はしておいた方が良いな、とこう言った。「これ大したことないけど帰ったら一応湿布か何か張った方が良いぜ」「えあ、うん。ありがとう」(あー、こりゃまだ動揺が抜けてないな。無理ねーけど)一夏は続けて真に言った。「お前、名前は?」「真、菊地真」(うーむ。やっぱり違和感ありまくりだ。あの陰険野郎のイメージが強すぎる……)どうしても目の前の、一見少女にも見える美少年をその名で呼ぶのは無理がありすぎた。だから一夏は名前で呼ぶのを止めた。「つーかお前。その娘を守ったのは立派だけど、不用心すぎるぜ。なんでこんな裏路地に入り込んだんだよ」「わざとじゃないって!」思いの外甲高い声で一夏は少し驚いた。雪歩という少女がこう言った。「私たちお忍びでパリ観光してたんです。ちゃんと人気の多いところを歩いていたんですけれど、ついうっかり真ちゃんと呼んでしまったんです」擦れる様な間延びしたしゃべり方だった。ウィスパーボイスという奴である。だがそれはどうでも良くなった。一夏はがっくりと肩を落とした。「もう分かった。蒼月“真”と間違えられたんだな」「そう、です」ここフランス、特にパリでMAKOTOの名前は御法度だ。楯無から貰った“よく分かるフランス旅行”というガイドにも書いてあった。黒髪で、同じ短髪で、MAKOTOと呼ばれれば無理もない。真が続けた。「突然血走った男達に追い掛けられて、いつの間にかこんな裏路地に迷い込んでしまったんだ。何とか一人は倒したんだけれど。そこを織斑くんに助けて貰ったって訳……ディアニストがこれ程過激だなんて思いも寄らなかった。ごめん雪歩。危ない目に遭わせて」(あれ? 俺名前言ったっけ?)と一夏はボケた。フランス人ならともかく同じ日本人である、二人が一夏を知らないわけがない。真は一本気が強い性格で、雪歩を巻き込んでしまったこと心底悔いていた。雪歩は雪歩で責任を感じ真に謝り、その都度真が謝る。終わりそうになかった。同じく一本気の強い一夏は一夏で(加害者みたいなもんじゃねーか、俺)とか思っていた。一夏は頭を1くしゃり。「うし、乗りかかった船だ。ホテルは何処だ? 送ってくぜ」「スクリーブ=パリ=マネージド=バイ=ソフィテル」「五つ星ホテルじゃねーか。金持ってるな」一夏に含みはない。雪歩と真は互いに見合わせた。真がおそるおそる一夏に問うた。「あの、織斑君ってひょっとして僕たちの事知らない?」「さっき初めて会ったんだ。知ってるわけねーだろ」「“マジェスティック・シックスティーン”って3人組を聞いた事は?」「アサルトライフルのM16なら知ってる」徐々に真のトーンが低くなる。雪歩も顔を青くしだした。「“READY!!”とか。“Kosmos,Cosmos”とか“エージェント夜を往く”って曲はっ!?」「まったくしらん」一夏は芸能関係に疎かった。中学時代でこそクラスメイトから色々聞いたがIS学園への入学が決まってからは、マスコミやら座学やら訓練やら戦闘やら喧嘩やらで、それどころではなかったのである。一夏は可憐な少女に興味はもちろんあったが、IS学園には不自然なぐらい器量よしが揃っていた。コンビニで時おり雑誌の表紙を飾るアイドルを見ても、なんとも思わなかった。だから。目の前の二人が、S級アイドル3人組の2人だとは気づく事は無かった。どれ程の衝撃だったのだろう、茫然自失で立っていた。ファンでなくても名前ぐらいは知られている、そう信じていただけにショックが大きかった。レコード大賞とか、紅白歌合戦とか、東京アリーナとか、全国ツアーライブとかぶつぶつ言っている。頭を抱えて涙目で。一夏は理不尽な罪悪感に駆られた。何とか慰めようと試みる。「あのよ、なんかよく分からんけど。1消費者の意見としてだな」残念ながら一夏は1消費者ではない。学園の少女たちが普段意識することはないが、こう見えても日本中に銘を轟かす超有名人である。つまりは追い打ちだ、いっそう塞ぎ込む。「ドラゴニック・バスター・キィィィックゥ!・THE・春香ぁ!」頭の左右に二つのリボンを付けているショートカットの少女がドロップキックで飛んできた。勢い付けて突然背後から飛んできた。スカートが翻ることに躊躇がない程の勢いだ。一夏は一瞬白い布きれに目を奪われたが、あっさり避けた。その少女はそのまま通り過ぎ転がり、どんがらがっしゃーん、とゴミ箱に盛大に突っ込んだ。その姿はまるでボーリングの様。そしてそのまま動かなくなる。周囲に漂うはしくしくしくという嗚咽のみである。「えーと」流石の一夏もどうして良いのか分からなかった。◆◆◆なんだからと場所を変えてとあるカフェである。飛んできた少女は天海春香と言い、M16というアイドルグループのリーダーだった。一番地味で普通に見えるのにリーダーとは驚きだ。(この娘の服、しま○らかなー)と一夏がボケた。淡いピンクのジャケットに、青いスカート。服装も至って普通だった。彼女らはバカンスでパリに来たと一夏に言った。メンバーは彼女に加えること菊地真、萩原雪歩の3名だ。春香は途中ではぐれた2人を探しだし、一夏をディアニストと間違えたらしい。「とんでも失礼しました。私ったらてっきり君が悪漢だと思って。はるるんったらお馬鹿さん♪」ぽかりと自分の頭を叩く。このようなテンションの娘であった。そんな春香を見て一夏はどきどきだ。(やべー。この娘あぶない。ぜってー危ない。下手したらマジ狩られる……)初対面にも関わらず、失礼極まりないことを考えていた。人々から正常な判断を奪い思うがまま従わせる特異な力、天性のアイドル資質と言おうか、それを直感で感じていたのである。その様な一夏を他所に、春香は飛ばしていた。笑顔で一夏の手を握る。柔らかく暖かい感触が何故か恐ろしい。猫かぶりモードだ、雪歩と真が苦笑する。「真と雪歩は私の大切な仲間なんです。助けて頂いて何とお礼を言って良いのやら……」「あ、いえ。お気遣いなく」突然丁寧語になる一夏だった。落ち着いて余裕が出来た真が身を乗り出した。「みんな同じ16歳だし、仲良くしよう」「あー。それでシックスティーンなのか」と一夏は納得した。「真、この人知ってるの?」とコロっと態度を変えて春香が聞いた。(なんつー、厚い猫の皮)一夏は戦々恐々だ。「何言ってるんだよ、春香が時々言う彼だよ彼」と真が呆れた様に言う。眼を細め、じっと一夏を見る春香。ぴこんと電球が灯り、指さした。「あー! 織斑一夏!」もう一回一夏を指さした。「しー! しー! 声がでかいって!」「静寐元気してる? いま何してるのあの娘?」「……はい?」かくかくしかじかまるまる。何とびっくり、静寐と春香はアイドル候補生時代の友人だったのだ。春香はそのまま芸能界入りし、静寐はIS学園に入ったのである。一夏は呆けた様に春香に聞いた。「まったくしらんかった……春香は今でも静寐と交流があるのか?」「メールを時々。最近は忙しくてあまりしてないかな。でも元気そうで安心した」「春香ちゃん。静寐ってだれなの?」と雪歩が言った。「歌が凄く上手い娘で私のライバルだったんだ。家の都合で学園に行ったんだけどね」と春香は何故か鼻高々である。「昔の春香なら歌で勝負にならなかっただろ」真も酷い事を言う。「なんだ。春香は下手だったのか」一夏が笑う。「ひどいよそれ。一生懸命レッスンしたんだから」という春香の言葉に一夏は酷く共感した。入学当時一夏も真に勝てなかったのである。もっとも一夏の場合はかなり特殊なケースであるが。真がまた身を乗り出した。拳を握り頬を紅葉させている。何時もと異なるテンションの高さに見合う春香と雪歩。「ところで一夏はどうしてパリに? 行方不明だって聞いたけれど」「俺は特別な任務を帯びているのだ。だから俺が居るって事は秘密にしてくれ」妙に説得力のあるセリフだった。実際その通りであったし、一夏も何だかんだ言って凄みが増している。それを感じ取った3人は感心した様である。「なにそれ♪」と春香が笑う。「格好いいね」と雪歩も笑う。「先程の立ち回りと言い、流石IS学園の織斑一夏は言うことに重みがあるね♪」嫌味が無く、屈託がない。同じ真でもこうも違うのか、一夏は深く考え込んでしまった。「どうしたの?」真が首を傾げる。なぜか胸が高鳴る一夏だった。「いや。こっちの真と偉い違いだなって。取っ替えたいぐらいだぜ」「あはは、それは魅力的な提案だね。これでも一度はブリュンヒルデに憧れたんだ」「真はIS適正計ったの?」と春香が聞いた。「ふふふ。Aだよ」と真が自信満々で応えた。「え?」一夏である。「え?」春香だ。「え?」雪歩で。「……ふーんそう。一夏はボクをそういう風に思ってたんだ。一夏だけは違うと思ったのに」真である。ゆらりと立ち上がり、組んだ両指をばきぼきと鳴らす、その姿は般若の如く。この一見美少年の様な姿の真は少女であった。父親のエゴで少年の様に育てられたが、その心の奥底には乙女への飽くなき追求があったのである。少女の矜持を傷つけてしまったと一夏は「まじごめん」と土下座した。「要反省!」ごちんと、真は涙目で一夏に拳を打ち込んだ。一夏が3人をホテルに送ると眼鏡を掛けた、小柄な女性が待っていた。結い上げた髪とパンツスーツと。何処をどう見てもキャリア・ウーマンである。彼女は3人を認めると、走りより一度怒ってそのあと安堵した。目が潤んでいた。とても心配していたのである。いい人そうだ、一夏は思った。雪歩は握り拳を口元にこう言った。「秋月律子さんといって私たちのプロデューサーなんですよ」「へー。裏方の割には随分綺麗だな」「前はアイドルをしていたんです」「なるほど」その律子が一夏の前に歩み寄る。保護者を兼ねているのだろう、母の様に堂々としていた。「織斑一夏君ですね。わたしは765プロの秋月律子と申します。うちの娘たちを助けて頂いたそうで。感謝の言葉もありません」深々と頭を下げた。「あ、いえ。たいした事してないです」「それはそれとして」律子の眼鏡が光った。「なんでしょうか」後ずさる一夏だった。「な、に、もしてないでしょうね」「してません」「本当ですか?」ずいと迫る律子に照れる一夏。「俺をどう言う目で見てるんですか……」「当代きってのプレイボーイ。IS学園でやりたい放題のハーレム王。出会ったら一秒で妊娠させられる、女泣かせと聞いていますが?」「根も葉もない言いがかりです!」「本当ですか?」「本当の本当です!」律子はふっと笑って身を引いた。「今のは冗談です。助けて頂いたことに感謝しています。本当にありがとうございました」その扱いにくさ。俺と年もたいして変わらないのに大人の女性なんだなと、感心する一夏であった。律子は振り返りもう休暇はお仕舞いよ、と3人に告げた。春香が言った。「何してるか知らないけれど、気をつけてね。静寐に宜しく」雪歩が言った。「お仕事頑張って下さいね」真は何も言わなかった。腕を組んでふくれっ面だ。「まだ怒ってるのかよ……」「ボクの乙女心は深く傷付いた」「どうすりゃ良いんだ?」「それをボクに聞く?」「分かった。俺も男だ。出来る事ならなんでもしよう」「……ミックスベリー」「?」「IS学園都市にある臨海公園でミックスベリー味のクレープを奢ってくれたら許す」「なんだ、そんな事か。お安いご用だ」「言質取ったよ」「おう。二言はねえ」律子はやっぱりという目で見ていた。雪歩と春香はおぉと興奮していた。真は一夏の手を取りこう言った。「じゃ取りあえずのお別れだ」「真も元気でな」そう言って3人と一夏は別れた。ホテルのロビーに入るまで見送り手を振る一夏。「かわいい娘たちだったね。流石トップアイドル」シャルロットが背後から言った。「でもなんつーか。アイドルって学園の娘たちとあんまり変わらねーな。元気があって輝いていて」「そう。それが理解できるほど仲良くなったんだ」ごごご、という地響きが聞こえる。一夏には確かに聞こえた。汗が噴き出した。「……なあシャル」「なにかな」「何時からそこに?」「一夏が公園で鳥たちと戯れていたときから」彼女はずっとつけていたのである。一夏がゆっくり振り返ると、鬼の形相の令嬢が居た。ラウラはやれやれと髪を掻き上げた、千冬そっくりである。一夏は慌てて逃げ出した。シャルロットはぴっと糸を一本、一夏の首に絡ませた。ディアナ仕込みである、逃げられない。逃げられるわけがない。「一夏! 真を探すとか言ってナンパするなんてどう言うこと?!」「違う! 探してたのはホント! 真もちゃんといたし!」「僕、嘘は許さないからね!」「でー!」翌々日、3人はサラ・ウェルキンと会うことになった。つづく!◆◆◆【どうでもいい作者のぼやき】真評判悪いなー。でも仕方ないんだよなー。真の経歴、状況考えると非合法に訴えるしか方法ないんだよなー。孤立無援だし。最大の枷(セシリア=自意識形成)が無くなっちゃったし。そもそも本質的に汚れ役だし。今まではそう言う事をする必要が無かったから、しなかっただけで。ダークヒーローを主人公にすると辛いってホントなのねー。へこむーまあぶっちゃけ。真が本気で狂ってたら、病院とノントロンの警備員。マルセイユのゴロツキ含めて全員○してたでしょうね。これ重要です。レオンに銃を向けたのも交渉の為です。ネゴシエーターのバックに狙撃隊が付くのと一緒。武力があって初めて交渉が進む、これ個人国家問わずの現実です。我々一般市民も、互いに警察という抑止力を持っているから日々交渉をしている訳ですね。【もっとどうでも良い作者のぼやき】あかん、最近1話当たりの文字数が多すぎる……めっちゃ大変。