日常編~引っ越し--------------------------------------------------------------------------------「狭いな」「開口一番ひとの家を愚弄するな」 一夏の悪意ある呟きに私は抗議を上げた。時は流れ入学から3つめの日曜日、本日を以てこの6畳一間のアパートとお別れとなる。埋め込み式の半導体照明、木目調のフローリング、白い壁、窓からは日の光が差し込んでいた。変色した柱にそっと手を添え、思い出すは毎夜激しい大学生、読経のご老人、神経質なマダムに、口達者な小学生達……快適な住処では無かったが、いざ引き払うとなると名残惜しさもわくというものだ。「さっさと片付けようぜ、これなら直ぐ済む」「俺は一夏を連れてきたこと後悔してるよ」 情緒もへったくれも無い一夏に私は溜息をついた。 時は一昨日に遡る。つい先月まで一人暮らしをしていた私は、頃は良しと自宅の引き払いを決行した。事前に準備をしていた為、掃除と家財の処分のみで済む訳だが、最後だからと外泊申請を出した。それを一夏に見つかり、俺も家に戻るからついでに手伝ってやる、と相成った次第だ。 何故か女性陣が執拗に手伝いを申し出ていたが、なにぶん独身男の部屋である。少女に見られて困るの物も多いと、丁重に断った。「17時には山田先生が来るからな、それまでに片付けるぞ」「何で山田先生が来るんだよ」「ベッドとか冷蔵庫とかリサイクル業者に売るんだが、未成年だと売れないんだよ。だから頼んだ」 実は千冬さんに頼んだのだが、時間がとれないからと山田さんにお鉢が回ったのだった。「パイプベッドは捨てるのか? まだ真新しいのにもったいない」「寮に持って行けないからな、しかたがない」 この時初めて知ったのだが、一夏は家事が得意だった。エプロン姿でテキパキ片付ける。その姿は主婦顔負けだった。そのお陰で作業は予想以上に進んだが、多少複雑な気分になった。家事で優劣もないと自分に言い聞かす。そんな一夏を見て、織斑先生は家事はしないのか、と何気なく聞いてみた。一夏は生活能力ゼロと言い切った。少しだけ悲しかった。 暫くすると一夏は風呂場の掃除に細い物が欲しいと言い出した。そこまでしなくても良かろうと言ったが、すっきりしないという。しかたがないと樹脂の三角定規を手渡した。そうすると文房具じゃないか、と意外に頭が堅いことを言ってくる。道具と頭は使いようと答えれば、それ受け売りだろと一夏が言った。やかましい、と雑巾を投げつけた。ぺちょりと一夏の顔に張り付いた。拳の応酬を繰り広げた。 廃棄する中サイズの段ボールを手にした一夏が言う。「真、これえらく重いな。中身なんだ」「エロ本」 部屋にビリビリと何かを剥がす音が響いた。「開けるな!」 思わずはっ倒した。打張り合った 寮行き小サイズの段ボールを開けた一夏が言う。「これ、日本酒じゃないか。お前不良かよ」「それはおやっさん、会社の人から貰った大事な物なんだ。というかさ、なんで開ける……」「未開封か……なら、飲んだことはないんだな?」「話聞けよ、あるし。リーマンだったし」「この不良学生」 むかついたので殴った。殴り合った。次々に、段ボールを、開ける、一夏が。「これオーディオか? 随分ごっついな」「あぁ趣味でさ、ジャズなんか良く聴く」「こっちは本か。文字ばかりじゃないか。漫画はないのかよ」「読まない」「ジャズに文庫、と」「一夏、さっきから気になってるんだけど、そのメモは何だ」「報告書」「……誰への?」「箒に静寐に本音」「……何で?」「頼まれた。捨てるかも知れないから見てきてくれって。真、お前趣味とか自分のこと、余り話さないんだってな。そう言うの良くないぜ。3人とも寂しがってた。まぁ趣味が音楽鑑賞と読書なんて恥ずかしいのは分かるけどよ。それにしても、なんかおっさん臭い―へぶぅ」 一夏の顔面を捉えた右拳をぐりぐりまわす。「表でて裸で踊ってろ。おまわりさんと戯れられるぞ、このタレコミ一夏。お前は一言多いんだよ、癪に障るわ」「酒飲む、エロ本読む、直ぐ暴力を振るう。俺は残念だぜ、栄光のIS学園生徒がこんな不良なんてよ。みんなが知ったら悲しむだろうな……このムッツリ真の陰険変態野郎!」 一夏が俺の胸ぐらをぐいぐい掴む。「そういう薄っぺらい、不愉快なセリフは……エロ本持ちながら言うんじゃない! この馬鹿一夏!」 だから殴った。「馬鹿、阿保しか知らないのかよ! 語彙すくねぇな! このへつらい真!!」 そして殴られた。「何時どこで誰がへつらった!? このすりこぎ一夏が!」「すりこぎ舐めるんじゃねぇ!」「ただの悪意だ!」「尚悪いわ!」 「そろそろ私たちが来たこと気づいて下さい」と、どかぼかドツキ合う俺らに、そういうのは冷たい視線の2組副担任 小林千代実さんだった。 「それ没収しますからね。未成年はダメですよ」赤い顔でそういうのは1組副担任 山田真耶さんだった。 本は没収された。酒は無事だった。軽蔑の視線は、いと悲し。「あのリサイクル屋さん結構素敵じゃありませんでした?」 助手席の山田さんは顔を強ばらせ、言う。「そうですね、山田先生に熱っぽい視線浴びせてましたよ」 ハンドルを握る小林さんはそのこめかみに血管が浮かせて、言った。「「……」」「えぇーあれは絶対小林先生でしたよ」「そんな事ありませんよ、あのひと真耶の胸ばっかり見てましたし」「私はいやらしい人は好みじゃ無いんです。胸の小さい千代実にお似合いです」「私だって嫌です。胸の大きい女が好きなんて絶対人格破綻者です」「「……」」「「ねぇ、君たちは大きいのが良い小さいのが良い?」」「「……」」 じきに5月だというのにスポーツセダンの中は妙に寒かった。 部屋の引き払いも終わり、寮へと帰る車の中、小林さんと山田さんは終始この調子である。小柄で髪が短く可愛いという印象の山田さんに、長身で髪が長く凛々しい印象の小林さん、真逆の2人ではあるが、実際は仲が良いのだろう。でなければ、車が故障し途方に暮れた山田さんが、助けを求め、小林さんがそれに応じるはずが無い。 一夏はこの2人仲悪いんだな、と呟いた。私は曖昧に答えると窓の外に眼を向ける。空に瞬く幾多の星。流れる夜景は時間を遡っているような錯覚に陥らせた。「千冬ねぇとリーブス先生も仲悪いのかな」「さーな。端から見れば普通だけど、遺恨なしって訳にもいかないだろ」「なんでだよ?」「そりゃそうさ、あの2人は誰が見てもそう思う」 よく分からない、そういう顔の一夏に私はこう言った。「一夏、リーブス先生は第2回モンドグロッソのゴールドメダリストだぞ」「それって、千冬ねぇが……」「そう、織斑先生が棄権したあの大会だよ」 連覇確実と言われた千冬さん。それを唯一阻止出来ると謳われたディアナさんの対決は千冬さんの棄権という形で幕を閉じた。当時多くの憶測が流れたが、真実は分からずじまいだった。余程不本意だったのだろう、ライブラリーに写る当時のディアナさんは金の表彰台に立ちながらも、その不満を隠す事無くただ憮然としていた。 無粋な詮索はいくらでも出来る。だが、今その2人は学園の教師としてくつわを並べているのだ。きっと2人には、それに値する、共有できる何かがあったのだろう。私はそう思いたい。「それ俺のせいなんだ」 突然発せられた言葉に、私が顔を向けると、一夏は窓の外をじっと見ていた。まるで、過去を見ている様なそんな眼をしていた。「一夏?」「試合直前に拉致されてさ、千冬ねぇが助けに来てくれたんだ。大事な試合だったのに。きっと2人の仲が悪いならそれは俺のせいなんだ」 車内に沈黙が訪れる。前席の2人はきっとそれを知っていたのだろう。はっと息をのんだ後何も言わなくなった。私は一回だけ、少しだけ深く呼吸した。「一夏、右手出せ」「なんだよ」「いいから。握手の要領で、そう開き気味にだ」 私は一夏の手の平を、同じ自分の手の平で軽く叩いた。乾いた音がした。呆然とする一夏に私は続ける。「今度は右の甲同士で叩くんだ」 また乾いた音が響き、手に鈍い刺激が残る。「これを繰り返すぞ」 2つの音が続けてなった。一夏は自身の右手を、じっと見ると今度は俺も動かす、と言った。 今度の2つの音は、大きめに、だが心地よく、体の芯に響いた。 悪くない、と一夏が言った。 そうだろ、と私は答えた。 自分が悪い訳ではない、そんな事は一夏自身にもよく分かっている。きっと千冬さんは一夏に気にするなと言ったのだろう。その時コイツは、無力な自分にただ怒りと悔しさをぶつけた筈だ。 よく分かるよ、一夏。俺が世間に知られた時、俺も彼女にそう言われ、俺もそう感じたから。「真」「なんだ?」「さんきゅ」「おう」 俺はこの時初めて一夏を友人と感じた、そんな気がする。外伝 Miya01 (視点を変えてます)-------------------------------------------------------------------------------- ISから伝わる滑らかな振動に、真は多少ではあるが違和感を感じていた。打鉄のバーニア、アクチュエータ等の駆動デバイス音、FCS(Fire Control System:射撃管制システム)やハイパーセンサーと言った情報デバイスからの信号、滑らかではあるが物足りない、というのが彼の正直な感想だった。動かしにくい、慣れにくい、すぐ歩み寄らない、俺はそういうのが好みだったのか、唐突に気づいた自分の質に、驚きと皮肉を込めた。もちろん頭上の、金髪の少女を含めての話である。 彼は上空の青いISから放たれ膨れあがる威圧を感じると、その余所事を意識から瞬時に消し去った。幾多の意識の線が降り注ぎ、それに遅れて光弾が続く。その線を捉え、降り注ぐ光弾雷雨をかい潜ると、第3アリーナのフィールド上に機動痕が走った。エネミーまで距離60m。彼はあの時より重い体をひねり、手にする12.7mmアサルトライフル"IMI タボールAR21i"をフルオート発射。彼の放つ意識の線と赤い軌跡は外れ、7発の弾丸は青いISを掠めた。 青のIS、ブルー・ティアーズは回避運動中に打鉄の機動を把握。全ての子機を緻密に操り、その動きを押さえ込む。主力兵装大型レーザーライフル"スターライトmk3"を最小時間で照準を合わせ、光弾を連続発射。 打鉄、最大加速。絶え間なく降る光弾の隙間をくぐり回避。瞬時に急速上昇。ブルー・ティアーズに肉薄する。 4月下旬の放課後。この第3アリーナで高速機動戦闘を繰り広げる2人の生徒、セシリア・オルコットと蒼月真の模擬戦は観戦席に座る者をただ唖然とさせていた。開始から既に14分経過、互いに直撃がない。2機の減少したエネルギーは機動による物と攻撃した物が大半だ。これは異常と言っても良い。もちろん1年生にしては、という条件は付く。 銃口を向け迫る真と視線を交差させたセシリアは、同じく加速、"追撃"に移行する。(第2世代の打鉄で、しかも初期設定のままで良く躱しますこと……ですが詰めが甘い!!) 回避に徹し、機会を待ち、セシリアの、ブルー・ティアーズの不得手とする近接攻撃を仕掛ける、これが真の狙いだ。だが、真の飛び込んだ空間はセシリアが意図的に作ったもの、つまり罠だった。彼女は2番子機の光弾を打鉄の左脚部にさせると、その衝撃で打鉄の姿勢を大きく崩した。セシリアはこの隙を逃さず、4つの子機と大型レーザーライフルの光弾を撃ち込んだ。 指向性の急激な外部運動エネルギーを受けた打鉄は高速落下。瞬時に姿勢制御、バーニアを噴かすが制動が間に合わずフィールドに激突。回転しながらフィールド上を進み、衝撃吸収防壁で止まった。第3アリーナに激しい音が響き、砂塵が巻き上がる。 真は直ぐさま機体状態の確認、離脱運動に移行しようとし、両手を挙げた。片膝をつく彼が見上げるのは、高度2mに佇むブルー・ティアーズパイロット、セシリア・オルコットだった。エネルギーは220ほど残っていたが、心理的チェックメイト。その光景は、王女にかしずく騎士というよりは、女王の怒りを買った宮仕えの様に見える。 その彼女は肩を怒らせ左手を腰に置き、仁王立ちで真を見下ろしていた。その表情には呆れ、憤り、不満、が混じっている。レーザーライフルを光子に変換、量子格納領域に収納するとその指を苛立たしく真に向けた。「なんですの、あの不抜けた攻撃は」「不抜けたとは言い過ぎじゃないかな。シミュレーションより3分も長く耐えたんだぞ」 精一杯がんばりました。でも駄目でした、そう言わんばかりの真にセシリアはこめかみに青筋を浮かべる。「お黙りなさい! 16分32秒の戦闘時間で撃ったのがたったの27発! 戦う気はありますの!?」 落第ですわ、赤点ですわ、と容赦なく繰り返されるセシリアの罵倒、いや説教に真は思わず視線を落とした。フィールド上をちまちまと歩くテントウムシを見てお前は幸せそうだな、とついぼやく。 真の攻撃不振には訳が2つある。1つは彼が使用した打鉄30番機は、初期設定状態だ。つまり、ISとの連携に齟齬が多く撃つに撃てなかった、撃ったところで無駄弾にしかならなかった、と言うのが実際である。こちらは初期設定なんだ、高速機動は酷くないか、手加減してくれよ、と言うに言えない真であった。言えば言い訳がましいと更に酷くなる。酷くなるのは彼女の機嫌であるが、彼はここ1週間でそれを嫌と言うほど思い知らされていた。 真には強くなって貰わなくては困る、というのがセシリアの偽らざる本心だ。家紋入りの拳銃を渡したのだ、気持ちも分からなくもない。しかし2人の関係、とくに真のことを思えば少々酷な話ではあろう。時間も経ち、大分落ち着いたものの、未だ淡い思いを寄せる少女にダメ出しを食らえば誰であろうと落ち込むものだ。「――気が入っておりませんわ! 真! 聞いていますの!?」「はいっ! 聞いてます!」 ISは正座が出来るのか、とズレた感心をしていた真は慌てて声を上げる。断っておきたいが、真は16歳、セシリアは15歳である。もし彼の身内が見れば涙すること間違いないだろう。そんな真にセシリアは深く溜息をつくとその右手指を額に当てた。「そもそも何故"打鉄"ですの? 真にはラファール・リヴァイヴが合っているのではなくて?」「……ちょっと乗る気にならなくてさ」 突如トーンを落とした真にセシリアは訝しげな視線を向ける。 2つ目は真の心理的調子だ。元々機械に愛着を持つ質の彼は、一度使うとそれを使い続ける傾向がある。授業でもこの自習でも使う打鉄は30番機だ。ラファール・リヴァイヴはセシリアとの対決で使用した38番機である。 特殊な故障をしたため長らく登録を外れていたこの機体が復帰したのはつい昨日のことだ。そしてその連絡を2年の薫子から受け取ったのは本日の朝。彼の調子が悪いのはそれからであった。 気分で戦いに影響を及ぼす様では先が思いやられる、との叱咤に真は何度も謝罪するだけだった。そんな真を見かねたのか、ピットで控えていた白式の一夏が選手交代だとやって来ると、真は一言詫びてそのまま消えていった。「真の奴、相当重傷だな」「一夏さん、真は一体どうしましたの? まるで覇気がありませんわ」「セシリアと戦った時に使ったラファール・リヴァイヴ、今日初期化されるらしい。多分それだぜ」 成る程と、セシリアは右手を口元に添えると真が消えたピットをじっと見つめていた。外伝 Miya02-------------------------------------------------------------------------------- Blue Rainy Day症候群。これは一次移行を済ませたパイロットが、卒業や任務終了などの理由で、ISと離れるもしくはISが初期化される時に生じる、喪失感、意欲減退と言った心理的症状を指す。 搭乗時間比例して、つまり優秀なパイロットほど悪化するこの症状であるが、当初、単純に訓練不足と見なされ、精神を病む者、ISに拒絶反応を示す者が続発、大きな問題となった。特に繊細な10代の少女たちだ、当然の結果とも言えよう。 こう言った経緯から、今日においてIS学園とした世界各国の訓練所はその心のケアに非常に神経を使っている。少々無粋だが、1人の人間を訓練するには莫大な資金と長い時間がかかり、これが無駄になるのは避けねばならない、という事だ。専用機持ちともなれば言うまでも無い。 では男の場合はどうなるかと言うと、当然今まで実例がなく専門家でも意見が分かれていた。真を見る限り典型的な症状であったが、彼は特殊な経歴を持つ為、簡単な話ではない。彼には1年以上前の記憶が一切無く、また彼を知る人物も皆無であった。だから、真がそれとISコアが全てを忘れてしまう事を、重ね合わせてしまうのも無理からぬ話である。 その真は、校舎の屋上でベンチに座り、ぼんやり空を、あかね色の空をじっと見ていた。時折右手を空にかざしては、その手で顔を覆い、指の隙間から空を見ては、視線を下ろし海を見てまた空を見る。先程から彼はずっとこの調子であった。(みやが俺を忘れる、か。思ったより堪えたな。分かっていたんだけどさ……) 時計を見ると17時前。初期化が行われるのは18時。あと1時間ほどだった。最後に会いに行こうと考え、そして止める。それは彼自身がそれを肯定し確定する事と同義だ。どうしても彼は一歩踏み出すことが出来なかった。(というかさ、昼より落ち込んでいないか、俺。あぁそうか、セシリアに改めて指摘された事が効いているのか。セシリアも容赦ないよな。というか、もう少し丸くなっても良いと思うぞ。そもそもなんで一夏は"さん"で俺は呼び捨てなんだ) 真は分かりきった事を疑問に思い更にへこんだ。"しみったれ野郎"、一夏が真をそう評した所以である。そして話の芯が外れ、思考の堂々巡りをし始めた。こうなると止められるのは時間か他の人だけだが、あいにくと屋上には真1人しかいない。(だいたい、なんで今日俺はアリーナに居たんだ。練習する予定はなかったのに。そうだ、そう。セシリアに誘われた一夏が俺を誘ったんだ。余計なことをしやがって。お陰で16分33秒もセシリアに意識を集中する羽目になったんだ。何が一緒に練習しようぜ、だよ。セシリアは一夏と練習したかったのに。馬鹿かあいつ。お陰でセシリアにフルボッコじゃないか。唐変木もあそこまで来ると始末に負えないよな……ひょっとして、わざとやってるのか? 俺に気づいていて見せつけているとか……くくく、神は言っている、一夏をボコボコにして良いと) 何とも低い、地獄の釜を開いた様な、気味が悪い声を屋上に響かす真であった。黒いもやを漂わせて正直不気味だ。どのような気配を察したのか、鴉の大群が頭上に飛び、屋上には大群がただ足爪を鳴らしていた。まるでヒッチコックが作ったホラー映画のワンシーンである。女生徒が居なかったのは幸いであろう、見ればトラウマになりかねない。 ひとしきり笑った後、気が済んだのか正気に戻ったのか、そのまま天を仰いだ。無様だ俺、そう自分を罵りながら一番星を見つめる。海風がゆっくりと吹き抜け真を凪ぐ。髪が揺れた。 彼がその音を聞いたのは、最後の鴉が消えてからだった。それは軽やかさと柔らかさを感じさせたが、しっかりと、確実に地面を捉える音で近づいてきた。彼は振り返りもせず、その音の主に声を掛けた。その主は真の無礼を咎めた。「この屋上の花壇とベンチ、あの後置かれたんだ。絶対俺らのせいだな。セシリア」「真の、せいですわ」「違いない」 真は苦笑気味に立ち上がると、彼女の手を取りベンチに招いた。真も存外調子が良い。そして2人の距離は0.5人分。この2人の関係を良く表わす距離だろう。セシリアは缶のホットミルクティーを真に渡すと空気の抜ける音を発した。真もそれに続く。「一夏は? 随分早くないか?」「3分42秒ですわ」「納得」「あの時おくれを取ったのはお二人だったからですわね。不足する技術を補うほどののコンビネーション。初めてとは思えないほど、息がぴったりでしたもの。少し羨ましいですわ」「やめてくれ、冗談じゃ無い」 それを聞いたセシリアが小さく笑い始めた。何がおかしいのか全く分からない真は、つい憮然とした顔で不満を口にする「一夏さんも、そう言ってましたわよ。一語一句変わらず」 真は顔赤くし紅茶を含んだ。セシリアは堪える様に笑った。「ったく、世話掛けさせやがる。貸し一つだぜ真」と、屋上と屋内を隔てる小屋に身を潜めるのはその一夏だった。 二人の肩と頭しか見えないが、一夏には目論見が上手くいったと分かった様だ。しかし、と一夏は腕を組む。あの真があのセシリアをねぇ、大げんかだったのに意外だぜ。雨降って地固まったって事か。色恋沙汰とは難しいものよと、うんうん唸っている。真の思いに気づき、一夏なりに気を遣った、と言うことであろう。自分以外には鋭い一夏であった。 だが残念なことに、自身の行動がどのような意味を持つのか、そこまでは考えが及ばなかったようだ。何分まだ15歳である、詰めが悪いのは仕方がない。一夏の後ろに揺らぐ影2つと1つ、思わず顔が青ざめる。(貸し二つだ、大バカ真) 一夏はその影に引きずられ暗闇に消えていった。外伝 Miya03 ( 推奨BGM 機動戦士ガンダムUC 「Unicorn」 )--------------------------------------------------------------------------------「聞いて頂けますか」 セシリアがそう切り出したのは、他愛ない話を幾つか交わした後だった。「聞く? 何を?」「私の家のことですわ」「……王室縁の貴族、莫大な財力を持ち、イギリスの政治と経済に影響を与えて、いた」「本当に失礼な人ですわね。女性を詮索するとは」「すまない」 セシリアは軽く息を吐く。「……私、父を軽蔑しておりましたの」 真は口にしていた缶を下ろすと、セシリアは目を伏せ静かに語り出した。「父は何時も人の、母の顔色を伺う人でした。入り婿で負い目があったのでしょうが、それでも何時も自信なく、人目を気にしていました。何時も怯えていた父に、私は憤りを感じていました。強い母とは正反対でしたわ。ですから私、情けない男とは口も聞きたくない、男など従える者と、そう、あの時の私はそのような愚かな考えに取り憑かれていたのです。本当に、愚かでしたわ」 真はあの時の、あの廊下での、セシリアを思い出した。「……どうして話してくれた?」「私だけが秘密を知っているのもフェアではありませんし、中途半端は好みではありませんの」 つまりはそういう事だ。思いもがけない彼女の告白、懺悔に真は全てを理解した。彼女がここに居る訳、身の上を話してくれた訳、何時までもここで腐っている訳にはいかなくなった。彼は缶を飲み干すと、立ち上がった。「ん、そうだよな。挨拶してくるよ」「そうなさいな」 ようやく顔を上げた真に、セシリアは笑って応える。「それにしても酷い味ですわね、これ」「そうか? それなりにおいしいと思うけど」「これが紅茶だと思って頂いては困りますわね、今度部屋にいらっしゃいな。本物でもてなしますわよ」「あぁ、必ず」 校舎の出入り口で二人を迎えたのは、箒と一夏であった。どうやら待ち構えていた様である。一夏の姿を認めたセシリアは、僅かではあるが歩みを早めた。そんな彼女を見た真は、自分自身の心が今までよりも、随分とゆったりとしていた事に気づいた。真はそうかと理解し、箒だけがそれに気づいた様だった。 一夏はそれに構わず真に詰め寄り、胸ぐらを掴む。何があったのか一夏は少し涙目だった。恐らくは、静寐だろう。「貸し9つだ、この馬鹿真! 分割禁止、一括払い上等だ! とっとと払えこの大馬鹿真!」「訳わからんわ。制服が傷むから手を離せ、この阿保一夏」 ジト目でにらみ返す真。そしていつもの様に始める二人であった。また始まったと箒とセシリアは溜息をつく。 殴り合う二人を止めたのは、千冬でもディアナでも無く、2年の薫子だった。騒ぎを目印に息も切れ切れに駆け寄ってきた。いつもと異なる、慌てる彼女の様子に、二人は手を止める。「やーっと見つけた、真、アンタどこに行ってたのよ~~」「どうしたんだよ薫子。そんなに慌てて」「これが慌てずにいられるかっての……これっ!」 薫子が真に突き出したのは、学内メールを印刷したものだった。一夏が読み上げる。「整備課第4グループ 学生各位以下に記すISの機体設定を一般から個人へ変更を行うこと。・IS機体名:ラファール・リヴァイヴ・機体登録番号:38番機・登録者:1年2組 蒼月真尚、この通知をもって上記ISを個人専有機体とし、他者の使用を禁ずるものとする」 真が永きにわたり駆る鎧を手に入れた瞬間であった。「個人専有機体……これって、ひょっとして」声を震わす真に薫子が答えた。「専用機よ! 専用機! アンタわかってんの?! この間の決闘が認められたって事! 企業も国も何の後ろ盾も無しに専用機が宛がわれるなんて前代未聞だわ! もっと驚きなさいよ!」薫子は興奮状態だった。 真が一夏を見ると、一夏も真を見ていた。互いの手の平と甲を打ち鳴らす。「一夏! 付き合え! 第7ハンガー、会いに行く!」 真が叫び駆けだした。「応よ! しゃーねーから、付き合ってやる!」 一夏がそれに続き、「ちょっと、あんた達待ちなさいっ! ハンガーの鍵は私が持ってるんだからねー! 先輩を蔑ろにするんじゃなーい! 待てったら! この一年共は! もーーー!!!!」 薫子が2人を追いかけた。「真! 明日の模擬戦、覚悟しやがれ!」「よく言う! 一昨日負けたのどこの誰だ! この馬鹿一夏!」「ざけんな! 手加減してやったに決まってんだろ! この阿保真!」「なら明日が楽しみだよ! この大アホ一夏!」「吠え面かかせてやるからな! 大バカ真がっ!」 罵り合いながらも笑う、2人の少年を2人の少女が見送る。黒髪の少女は苦笑気味だった。金髪の少女は意外にも穏やかな目をしていた。人によっては慈愛を感じたかも知れない。「手間を掛けさせますこと」「それだけは同意しよう。だがオルコット、もう真にちょっかい掛けるな」「あら、ちょっかいだなんて人聞きの悪い。男と女の関係は色々ありましてよ。篠ノ之さん」「お前、まさか真に気づいて……?」「さぁ? どうでしょうか」 これで失礼しますわ。そう言うとセシリアは踵を返した。その表情は厳しくも楽しそうであった。(第二世代というのが少々不満ですが、まぁ良しとしましょうか。覚悟なさい真、まだ始まったばかり、立ち止まることなど許しませんわ。貴方が私に贈ったもの、軽くはなくてよ) 残された箒は深く溜息をついた。部屋で待つ2人の友人に、なんと伝えたら良いのか、それを考えると頭が痛い。朗報なのか凶報なのか。(真の調子が戻っただけでも良しとしよう) そう思うと、彼女もまた立ち去った。 4月最後の日に下されたこの決定は、この学園の、世界の方向を左右する大きな分岐となった。世界の歯車はゆっくりと、だが確実に周り始める。だがそれを語るのはもう少し後の話。外伝 Miya 完--------------------------------------------------------------------------------この外伝では色々実験しました。ネタを織り込むのもそうですし、BGMを意識したのもそうです。そして、一夏たちから見た真はどうなるか。真視点でも神様視点でも、彼の行動に差は付けていませんが、非常に新鮮でした。2重人格というか、気分の浮き沈みが激しいというか、何というか。書いていて面白かったです。その真はセシリアに対し、折り合いを付けました。もっとも終わった訳では無く、新たな関係で2人は交友を続けます。引っ張りすぎですね、もう少しさっぱりした性格の予定だったのですが……?それにしても一人称が難しいと思い知らされました。登場時の箒とセシリアに悪い印象を持たれた方がおられまして、そのフォローでもあります。登場時の原作ヒロイン5人組は、1人を除いて真に厳しく当たります。次からは気をつけないといけないな、でもどうするんだよ、と悩む日々です。それでは。