ファントム・タスク編 真1(産軍共同体)※今回IS原作キャラが出てきません。登場予定の次回投稿分をお待ち頂き、まとめて読むのも一手です。--------------------------------------------------------------------------------ロデーヴ郊外の山林地帯を抜けた真は、一路南下。サン・タンドレ・ド・サンゴニ市を抜けモンペリエ市に入った。地中海に面するフランス南部の港町で、19世紀の面影を今に残している。美しい町並みで観光客の足取りは絶えない。赤騎士はその町の人々に衝撃を与えていた。何時もは静かな町が、夜が更けてもざわめいていた。無理もない、山を一つ吹き飛ばしたのである。その距離40キロ、衝撃と閃光が届くには十分だった。人々は一心にニュースを見ていたが、その事件は一向に報道されなかった。まるであの現象は起こらなかったと言わんばかりだ。疑心暗鬼が町を覆っていた。人目に付かない様、真は裏通りを歩いていた。そうするとどこにでもいるのがゴロツキである。ゴロツキたちは初め、仲間どうして言い争っていたが、真に気づくと薄ら顔で近づき取り囲んだ。彼は早々に出くわした事を、感謝していた。ひょっとしたら居ないのかもしれない、そう思っていたからだった。『ニーハオで、いいんだろ?』『なんだこいつ水着一枚だ』『海水浴にしちゃ、ちーと遅いぜ』『お家は何処だ、ママに連絡してやろうか』『おい、こいつどこかで見たこと無いか?』『金物もの持ってないぜ』『不法滞在者か』『構わない、やっちまおうぜ。こう言う奴らをのさばらせるから、あんな事が起こる。国が荒れるんだ』真は取り囲む、若者と言って良い男たちを見た。高い脈拍と心拍数、血走った瞳。麻薬使用者であることは直ぐ分かった。アジア系、アフリカ系、中東系。フランスは元々移民が多いが全てが恵まれているわけではない。貧困や無教育、不幸な家庭環境などによって社会から外れた者たち。先進諸国で切っても切り離せない問題、移民問題である。彼らに言わせれば言いたいこともあろう。先進国は、世界経済を名目に後進国から搾取し続けてきたのだから。だが真は容赦しなかった。6名、全員打ちのめすと、全員から服と現金を奪った。冷たい石畳の上、苦悶の表情を隠さない若者を、一瞥することなく真は立ち去った。ジーンズに襟のない黒の長袖シャツ、靴は薄汚れていて、衣類も靴もサイズが合わなかった。まあ無いよりマシだと彼は町影に隠れて着込んだ。◆◆◆モンペリエから東へ、道のり140キロメートル。中々つかまらないヒッチハイクを重ね彼が訪れたのは、フランス最大の港湾都市にして2600年の歴史を誇る古都、マルセイユである。壮大なノートルダム・ド・ラ・ガルド寺院やサン・ジャン要塞。マリンブルーの地中海に、それを臨む絶景なカランク(入り江)。観光客を魅了してやまない世界有数の観光地だが、この地にも治安の悪い場所はあった。マルセイユ市北部、低所得者居住区。傷んだ道路と今にも崩れそうな壁。道路と壁の隙間からは雑草が生え、落書きが至る所にあった。道端に腰掛ける若者が威嚇の視線で真を睨んでいた。“余所者が何の用だ”そう言っていた。真は安いズック鞄と黒い縁取りの度無し眼鏡、そして地図を買うと、安ホテルに宿を取った。薄暗くかび臭い。カウンターに座るのは中東人の男だ。真はカウンターに肘をたてフランス語でこう言った。前の人生の知識だった。『部屋はあるかね?』「英語だけだ。もしくはアラブ語」真は英語に切り替えた。アラブ語も少々出来たがスラング混じりの酷い物だったので止めた。「それなら話が早い。しばらく泊まりたい」「前払いだ。一泊12ユーロ」「シングルか?」「相部屋だ」「シングルにしてくれ」「一泊15ユーロ」「毎朝、現金で払うがそれでいいな?」「構わんよ」男がノートを差し出すと、真は“ジョン・マクレガー”と書いた。胡散臭そうに男は真を見た。「英語は随分堪能だが、あんた日本人だろ。どこかで見たことがある」「それを言ったら安くなるのか?」「ならんね」「なら良いだろ。何処の誰でも」「帳簿に書く欄がある」「日系米国人」「虚偽はアラーへの侮辱だ」「俺はムスリムじゃない。それともあんたの唯一神は、旅人に改宗を迫るのか?」「あんたは旅人か?」「そうだ。長くはいない」なら良いと、男はカウンターに鍵を置いた。真はカウンターに15ユーロ置いた。「302号室。言っておくが見たとおりの町だ。何をしにここに来たのか知らんが、危険な目に遭いたくなくば不用意に出歩かんことだ。特に夜はな」「肝に銘じておくよ」鍵を受け取った真はこう言った。「assalamu `alaikum(アッサラーム アライクム:あなたに平安あれ)」それはイスラム教の挨拶だった。男は少し呆けたあと、笑顔で真にこう言った。「wa`alaikum salam(ワライクム サラム:あなたにも)」真への心証を良くした様だった。◆◆◆真の宛がわれた302号室は予想より良い部屋だった。壁にひび割れは入っていたが、窓があり陽が良く入った。窓の格子越しに町が見えた。パイプベッドはスプリング式で大分へばっていたが、毛布と枕があった。シャワールームとトイレ。洗面台と鏡もあった。オイルヒーターは壊れていて動かない、だが地中海性気候のマルセイユは冬でも比較的温暖だ。なにより日本の冬にある乾燥した寒さがない。それ程不便とは思わなかった。どうしても必要なら“直して”しまえば良い。難点をあげれば壁の色である。たまご色、一色だ。もう少し落ち着く色が良かった、彼はそう思った。荷物を置いた彼はまずは現状把握だと服を脱いだ。全て脱いだ。右腕、ある。右脚、ある。左脚、ある。胴体にも傷、怪我はない。左腕、存在していた。一度失い、義手となった左腕が元に戻っていた。握る、開く。左の人差し指を軽く噛む、鈍い痛み。二の腕に傷跡も無かった。彼はじっと左手を見た。ナノマシンの影響だろう、そう思った。ロデーヴを経って丸一日。飲まず食わずだが、喉も渇かない、腹も減らない。眠くもなければ疲れもしない。山の中を素足で歩いたが、脚に傷も無かった。鏡を見れば千冬が付けた左頬の傷、ディアナが付けた首元の糸傷も消えていた。抉れた眼だけを除けば、全てが元通りである。ナノマシン以外に考えられなかった。理解出来ないのが動機、切っ掛けだ。カテゴリー3のナノマシンに感染したのはラウラがやって来た後の巨人騎士戦のとき。それから大分時間が経っている。ナノマシンが治そうものならとっくに治していても良さそうなものだ。今頃になって何故? 連中に麻酔薬を投与され意識を失ったからか?ヒッチハイク中、運転手の男が話していた事を真は思いだした。ロデーヴの山が吹き飛んだという事、赤い光が天に昇っていったと言う事。目撃者が多数いるのにもかかわらず、全く報道されない、報道規制がされていると言う事。そして、目が覚めたとき森の中にいた理由、真の記憶から全て抜け落ちていた。理由はもちろん、大量の麻酔薬による意識障害、脳死、そして赤騎士から落下した事による肉体的な死だ。彼は知るよしも無かった。記憶にあるのはエムへの、ファントム・タスクへの憎しみのみである。まあいい、真はそう思った。これから行うことを考えれば好都合だった。義手も顔の傷も、目立ちすぎる。なにより。顔の傷を見るたび思い出す、2人の女性の優しい姿、復讐には邪魔だった。真は地図をベッドに広げ、兵士だった頃の記憶を辿り、マルセイユのある場所、2カ所を突き止めた。黒縁眼鏡が幾分人相を和らげることを確認し、シャワーで体の汚れを落とした。奪った衣類を全部洗った。靴も洗った。陽が落ちれば作戦開始だ、そう思いながらベッドに身を横たえた。衣類を乾かすため、結局オイルヒーターは直した。キチキチと音を立て“異様に早く”直ったことを不思議に思いながら。◆◆◆日が暮れ、そらが茜色に染まるころ。真は宿の主人の忠告を振り切って夜の町に繰り出した。マルセイユ市街に居たる道、薄暗く人通りも少ない。彼は早々にゴロツキ共に出くわした。日本人は良いカモなのである。ゴロツキたちは危機感が足りない馬鹿な日本人観光客だと思ったのだろう。真は4人全員返り討ちにして現金とダッフルコートを奪った。真は閉店寸前の靴屋に入り、ハイカットのスニーカーと靴下を買った。モンペリエで奪ったボロボロの革靴と鋭い目付き。初め、女の店員は真を不審がったが、彼の流ちょうなフランス語に安心した。「靴をどうしたの?」「ユースホテル(相部屋式ホテル)に泊まったら相手に持って行かれて」「それは不運だったわね」「全くだよ」「あなた中国人? フランスは初めて?」「日系米国人。昔少しだけ居たことがあるんだ」「フランス語はその時に習ったの?」「いや。仏系の友人がいたんだ。厳しかったよ、発音で良く注意された」「そのお友達に感謝しなくちゃね。こんなに上手なんだから」脳裏に浮かぶ金の髪。彼はその思い出を掻き消す様にこう言った。「ありがとう。もう行かないと」「直ぐホテルに戻った方が良いわ。観光地だけれど夜は危険よ」「メルシー」真はファントム・タスクを追う一つの手がかりを持っていた。それは金である。組織実体、歴史、何もかもが不透明な組織だが、ISを運用している以上、膨大な資金繰りが必要となる。転じて、大規模な組織の筈だ。政府に関わるほどに。そこで目を付けたのが石油だ。マルセイユから西に向かうこと30キロ、世界最大規模の石油港、フォスラベラ港がある。フランス国内に輸入される石油の流れを調べようというのだった。赤と白のストライプに塗られた煙突に、白い石油コンビナート。至る所に走る太いパイプの列、日本庭園の砂紋の様だった。停泊中の石油タンカーと繋がっていた。時は夜、照明は幻想的な光景を作り出していた。真はコンビナートの夜景が観光になっていることを思い出した。だがこれだけ近づけばただの工場だ、そう思いながら駆けていた。時おり走る意識の線。警備員か、作業員か。避けながら走って行った。身体に異常は無かった。疲労も無かった。マルセイユから人目に付かないよう、走り続けた身体が汗一つかいていない。それどころか身体のほてりすら無かった。今までとは身体の状態が異なる、彼はその疑問を振り払った。真は昔の記憶を使いフランスの税関“税関・間接税総局”フォスラベラ港支部に潜入。片っ端から警備システムを味方に付け、全船舶を管理しているコンピューター室にたどり着いた。フェンスに取り付けてあるカメラ、センサーは警備コンピュータに直結されていたのだった。冷温なコンピュータ室。のっぺりとした箱が幾つも並び、一つ一つにLEDの灯が瞬いていた。薄暗い部屋、彼はそのうちの一台を触った。税関本部のホストコンピュータとオンラインで繋がっていた。膨大な船舶のデータをふるいに掛ける。「ビンゴ」彼は思わず呟いた。実際に行き来している石油タンカーの数が政府発表資料より多いのである。例えば石油から生み出される製品の一つ、ガソリン。正規のルートでは原価と税金と、企業の利益が上乗せされ一般市場に販売されるが、税金分を丸々利益としている石油があると言うことだ。フランスの場合ガソリン価格の6割以上が税となる、一国が輸入している石油量を考えれば、その額は計り知れない。その石油の扱い企業は“ノントロン”という名だった。◆◆◆場所はマルセイユ、ナシオナル通りのネットカフェ。真は“ノントロン”というキーワードで検索してみた。ヒットゼロ。手がかりは税関で調べた“企業名”と“所在地”のみである。地図で調べたら所在地は空白。グーグルビューもそこは避けていた。臭う、怪しいなんてものじゃない。少なくとも真っ当な企業で無い事は明白だ。「……」真はカフェオレを飲み干すと店を出た。出るとき店のゲートウェイを操作して、使用した端末のIPアドレスを変更を忘れずにしておいた。日も暮れた夜の町。道路には路上駐車の車が並び、石造りの建物には落書きがあった。窓には格子、下りたシャッター。電灯も少なくひっそりとしていた。彼は歩きながら考えた。ノントロンという会社を見付けたのは良い、だがファントム・タスクとの関連は未だ不明である。ネットで調べてもこれ以上の期待はできまい。どうにかして裏情報の確保が必要だ。地図で調べた2カ所のうちもう1カ所、明日訪れてみるか。そう思った時だった。真は突然足を止めこう言った。「隠れてないで出てこい」息を呑む気配。待ち伏せしていたのだろう、意を決しわらわらと男たちが現れた。その数9人。真には一部に身覚えがあった、ホテルを出発して早々襲ってきた連中だった。バットやナイフを持っていた。青色のジャージを着た、リーダー格の背の高い男が言う。「どうして分かった。拳法って奴か」「そんな高尚なもんじゃない。ただ鼻が利くだけだ」「鼻? 何を言ってやがるんだ」「臭うって意味だ。ドブネズミの様な臭いだ」「なんだと」それを合図に1人の男がバットをもって襲いかかった。背後から振り下ろされる攻撃を、真は視線すら変えず、身体を一歩ずらしてやり過ごした。男の手を掴み、脚を捌く。宙で一回転、どうと地面に叩きつけた。腹を踏みつけた。2人目、ナイフを振るう。右から左、上から下。真は最小限の動きで躱すと、ナイフを持つ男の右手を掴み、引き寄せた。真は左肘で男の電光(右脇)撃ち抜いた。肋骨の折れる音がする。崩れ落ちた。流れる様な打ち込みだった。複数で襲いかかっても同時に攻撃出来るのはせいぜい3人である。萎縮さえしなければそれ程難しくはない。「囲め、ゆっくり取り押さえろ」多少は頭が利くらしい。真は落ちているナイフを拾うと即座に投げつけた。投擲用のナイフでは無かったが、右手にいた男の腿に突き刺さった。ぎゃあと悲鳴がする。悲鳴で男たちの意識が逸れた。その隙に回し蹴り、軸足をスイッチし2連撃。正確に二人の顎を捕え、脳しんとうさせた。5人倒した。残りは4人だ。真は薄明かりの中ゆらりと立ち上がり、4人を静かに見た。眼鏡の奥の真っ黒な二つの穴(眼)。命を吸い取られそうなほど黒かった。4人を得体の知れない感覚が襲う、歴戦の兵士だったなら殺気と称しただろう。一人の男が油汗をかきながら言った。脚と声が震えていた。「おい、ロベール。こいつやべえよ」リーダー格の男はロベールと言うらしい。肌の色は白いが、黒髪で短く切っていた。欧州のサッカー選手の様だった。「だまれ、モーリス。今更引き下がれるか。後が無いんだ俺らには。ヴィクトル、やれ」ヴィクトルと呼ばれる、筋肉質の大男がずしずしと足跡をたてながら近づいた。真は視線を逸らさずに、そのまま走って近づいた、身を沈ませる。振り下ろされた拳を躱すと、懐に入り込んだ。回り込む影の様だった。真はヴィクトルの水月に右肘を撃ち込んだ。全体重を乗せた一撃だった。ヴィクトルは苦悶の表情を上げる。続けて右肘を蹴り抜き、その反動を利用し、跳躍。右回し蹴り、霞(こめかみ)に撃ち込んだ。真は、一夏ほどの速さも力もないが、虚を突くことが出来た。どの様な状態でも正確に急所を突くことが出来た。相手の死角から、真自身の身体を死角にして。彼らから見ればいつの間に撃ち込まれている、そう感じただろう。そして、全力に近い動きを続けても、疲れもしない、息も切れない身体である。ゴロツキ程度であれば敵で無かった。どう、ヴィクトルと呼ばれた大男が崩れ落ちた。残った2人が逃げ出した。「逃げれば追わない。さっさと去れ」真がそう言うとリーダー格の男、ロベールは拳銃を抜いた。ご丁寧にもサプレッサー(消音器)まで用意している。真は眼を細めた。「これならどうだ、チャイニーズ。お得意の拳法でも弾丸は避けられまい」真は日本人だと敢えて否定しなかった。手間だったというのもあるが、ロベールは怯えていたからである。歪な笑みで怯えていた。何を言っても無駄だ、そう思った。真は無造作に歩み寄った。「脅しだと思うのかよ!」「撃つならさっさと撃て」かちゃり、ロベールは撃鉄を起こす。真は歩みつつこう言った。「一つ言っておくが、外すなよ。必ず一発で仕留めろ。でなければお前の首をへし折る」「な、」「そんな物を持ち出したんだ、相応の覚悟は出来ているんだろう?」銃を取り出せば状況が一変すると踏んでいたのだろう。恐怖をおくびにも見せない真の姿に、ロベールは慌てた。慌てて引き金を引いた。ばす、という鈍い音が打鳴った。真は銃口から射軸を予測すると、左へ一歩強く歩いた。弾丸が右横を通り過ぎ、彼方へ飛んでいく。踏み込み、ロベールの腕をねじ上げると拳銃を奪った。機能性樹脂を多用した拳銃、グロッグ17であった。真はロベールの後頭部に突き付けた。「Freeze」「ひっ」「跪いて両手を組んで頭に乗せろ」「う、撃つな!」「乗せろと言っている」ロベールは恐る恐る、膝で立ち、手を頭に乗せた。脚はがたがた震えていた。真は銃を突き付けこう言った。「名前は?」「ロ、ロベール・カントナ」「よし、ロベール。今から質問に答えるんだ。いいな?」「わ、分かった」「ロベールは純フランス人か?」「ばあさんがイタリア人だ」イタリアね、真は心中でそう呟いた。「どうして俺を待ち伏せることが出来た。居場所が分かった」「仲間と連絡を取り合っていた。市北部の連中が東洋人にやられた、そう噂で聞いたからマルセイユ市内との間にいるだろう、と。そうしたらネットカフェで働く仲間から連絡が」相応の組織化された連中と言う事だ。「ホテルを探さなかったのは?」「あの地区はアラブ系が多い。迂闊に動くと後々面倒になる」知恵は働くが、見極めが足りないな、真はそう思った。「最後。この拳銃、何処で手に入れた? 拾ったとか言うなよ」「売人から買った」「嘘は無しだ、ロベール」「嘘じゃねえよ!」「アメリカと違って所有審査の厳格なフランスだぞ、大金を叩いても入手は簡単じゃない。しかも粗造品じゃなく正真正銘のグロッグだ。一介のギャングではまず無理だな。相応の密売ルートを持つ組織に身を置く必要がある、違うか?」ロベールは眼を伏せ黙り込んだ。真は続けた。「稼ぎを奪われて、仲間もろとも返り討ち。金を取り戻そうと銃を無断で持ちだし、この様だ。良くて追放、悪ければ……」ロベールはがたがた震えだした。真の読みが当たった様である。「言えない。掟があるんだ。言ったら俺は……」「ユニオン・コルス。マルセイユを中心とした犯罪組織集団。確かドラコ電気器具商会だったか? ロベール、君はその末端だろ」目を見開き、驚愕を隠さないロベール。真は兵士時代の知識が、この世界でも通用することに感謝した。ドラコ電気器具商会とは、地図で確認したもう一つの場所であった。「……あんた、何者だよ」「秘密。さあロベール。君の直属の上司に会わせてくれないか? 生き残る可能性はまだ有るぞ」◆◆◆真が訪れたのはマルセイユ市の繁華街だった。片道2車線の広い道路には中世を彷彿させる白い石造りの建物が並んでいた。風情のある建物に近代的な看板は違和感を感じさせる。道路にはスクーターや自動車が走っていた。樹木が並んでいた。それなりに往来のある歩道にはカフェのテーブルや椅子があちらこちらに置いてあった。酷いのが落書きである。シャッターはもちろん、どうやって描いたのか、そう思うほど高い場所にも描かれていた。フランスは綺麗なところは綺麗だが一歩入れば諸外国と余り変わらない。世界が変わっても町並みは変わらないものだ、真はそう思いながら前を歩くロベールにこう言った。「プラド通りじゃないのか」「あっちは本部なんだよ。向かっているところは一支部だ」「下っ端がうろちょろ出来る場所じゃないって事か」「当たり前だろ。幹部しか行けない」道路に並ぶ店と店。そのうちの一つには白い看板があり、黒い文字で“ドラコ電気器具商会”と書かれていた。窓には鉄格子、木目調の扉が一つあった。流石に門番はいないらしい。「着いたぜ」「じゃあ打ち合わせ通りにしてくれ。土壇場で敵対行動を取っても良いけれど、その時は真っ先に眉間を撃ち抜くからな」「頼むから真顔で言わないでくれよ」作戦は簡単である。ロベールが真を捕まえた振りをして支部長のところへ連れて行く、それだけだ。ロベールには玩具の銃を渡してある。ポケットの中に入れ、それらしく見えればそれで良い。一階はダミーの営業所で支部長室は二階にあった。胡散臭い眼で真を睨む、イタリア系の男たち。ある男が言った。“ロベール、何とか面目を保ったな” またある男は言った。“首の皮一枚で繋がったぜ” その都度愛想笑いをするロベールであった。真は何気なく聞いた。「それ程怒られたのか?」ロベールはたちまち憮然とした表情をした。「次はないと脅された」「それは可哀想に」「……」ロベールは舌を打った、皮肉もここまで来れば上出来だ、そう心中で罵った。樫の木の扉を開けるとそこは社長室の様だった。ガラスのローテーブルと黒いソファーがテーブルを囲んでいた。最奥には木製の、ビッグサイズのデスクと、チェアーがあった。壁には窓、反対側にはワインの瓶が整然と置いてあった。男たちは計5人。うち4人は立っていて部下か護衛の様だった。ソファーに腰掛ける支部長は意外と細身の男だった。60歳前後で髪には白い物が混じっていた。イタリア系の割には色が白く、堀は浅かった。どことなく猫科の生き物を連想させる。一見、品の良いエリート・ビジネスマンの様に見えた。それこそ何処ぞの社長だ。その男はマルコ・コレンテと言った。黒のスーツに白いシャツ、そしてネクタイ。「君がそうか」良く響く声だと真は思った。真はそのまま歩み寄る、4人の部下がぴくりと動いた。マルコは4人を制止すると、真っ直ぐ真を見据えた。「名前は何という?」「ジョン・マクレガー」「偽名は感心せんな。名を偽る者は魂も偽る」真は、自分自身のことに関心が無かった。だが学園の皆の名を汚す事は避けねばなるまい、そう思うと言い直した。「マコト・アオツキ」「宜しい。いいかアオツキ君。君が何処の誰かはこの際どうでも良い。フランス人でも良いし、アメリカ人でも良いし、日本人でも言い。確かなのは君のせいで我々は大きな迷惑を受けた、と言う事だ。分かるか?」「ええ」「私はこの地域を預かる責任者だ。勝手を働いた者には罰を与えなくてはならん。でなくては組織の運営に関わる」「理解出来ます。俺があなたの立場なら同じように考えるでしょう」「結構だ。君は外国人でありながら我々を妨害し、面子を潰した。遠路はるばる済まないが消えて貰う」「少々大袈裟すぎませんか? ロベール君は下っ端でしょう?」「私の甥だ」「成る程」連れて行け、マルコがそう言ったのと真が動いたのは同時だった。真が銃を抜き狙いを付けた時、部下の4人は既に抜きかけていた。真は瞬きの間もなく引き金を引いた。マルコの両隣、2人の男の拳銃を連続で弾いた。次ぎに後方に大きく跳躍、背後の1人の人中(鼻下)に左肘打ちを喰らわした。そのまま飛んだのは振り返り、撃つ、この時間を稼ぐ為である。怯んでいるうちに最後の1人に向けて発砲、狙いを付けた直後の銃を弾く。1人に1発、瞬く間に護衛4人を無力化すると、真はつかつかと歩き、マルコに銃を突き付けた。「形勢逆転です、シニョーレ」「鮮やかな手並みと言いたいが、ユニオン・コルスの幹部を殺したとなれば、もう平穏な世界には戻れまい」銃声を聞きつけた部下たちが部屋に押し入った。真に銃を向ける。真は左手を掲げ、男たちを制止した。マルコに突き付けている銃をよく見える様に身体をずらした。マルコは冷静だった。銃を恐れない口らしい。となれば脅迫したところで望む物は得られまい。だから真はこう言った。「失礼だが、あなたは勘違いをしている」「どういうことだ?」「銃の腕は今見たとおりだ、貴方方と取引したい」「何を取引するというのか。護衛か? それとも暗殺か?」「情報をくれ。そうすれば大金を約束しよう。それと一つ訂正をしたい」「なんだ」「平穏など、とうに彼方だ」ロベールは卒倒直前で行く末を見守っていた。◆◆◆フランスとイタリアの国境に広がる山林地帯。ここでは大型犯罪シンジゲートの違法な取引が頻繁に行われる。人気も少なく身を隠すところが幾らでもあるからだ。特に活発なのが観光地の近い地中海側、海沿いである。フランスはニースとマルセイユ。イタリアはトリノにジェノバ。観光地のイメージダウンを恐れた政府が、大規模な摘発に二の足を踏んでいるのが実情だった。彼らはそこにつけ込んでいるのである。そしてクリスマスの足音も聞こえてくる最中、一つの大規模な取引が行われていた。ヘロイン2キロ。末端価格にして72万ユーロ(約一億円)の取引である。現金と品物で価値はその倍だ。迷彩服を着込んだ真は、切り立った崖の上から望遠鏡で取引の様子を覗っていた。1人でもろとも強奪しようというのである。マルコからは情報と銃器、そのほか手配。真は実働として契約した。スコープに見えるのは白いバンと黒いセダン。そしてトラック2台。武装した男たちが8名ほどいた。注意するべきが肩に掛る程度に長いロングヘアーのイタリア系の男だ。黒の革パンにロングコート。この男をジュリオ・カールといい一見俳優の様な優男だが、そのじつ凄腕の殺し屋で取引を見張っている。ジュリオには金を払えば取引を厳正監視するという、裏世界の信用があった。取引相手の片方が不義を働き、もろとも奪おうとすれば彼は容赦なく鉄槌を下す。だから、大型取引には何時も彼が引き立てられた。彼の得物はデザートイーグル“Mark XIX .50AE”である。50口径のマグナム弾を撃つ、世界最強の自動拳銃(化け物)だ。真はそれを確認すると、あれを実用する奴がいたのか、と溜息をついた。拳銃の取り回しの良さに破壊的な威力、厄介である。ただライフル弾と異なり近距離で威力を発揮するタイプの為、離れているうちはそれほど脅威では無い。彼はそう思いながら手元にあるアサルトライフル“ナイツSR25”のセーフティを外した。7.62x51mmNATO弾、メタルジャケット。マウンタにはスコープ、銃口にはサプレッサー(消音器)を付けている。真の感覚に投影される意識の線、それは森の中から伸びていた。狙撃手が3名いた。ジュリオの仲間で取引現場を監視しているのだった。真の狙撃位置から、取引現場まで見下ろすこと100メートル。敵性狙撃手まで300メートル。もっと距離を置きたいところだったが、逃げられると手が打てないのでこの距離まで近づいた。スタングレネードや手榴弾が欲しいところだが信用がないと手配されなかった。見ず知らずの男にアサルトライフルと自動拳銃、御の字だった。作戦開始である。真はバイポッド(2脚)を立て狙撃手を狙う。セミオート。射出された一発の弾丸が、森の中に消えていった。意識の線が一本消える、命中。即座に狙いを変え、2人目の狙撃手を狙う、手動であるはずのスコープが自動で距離を調整した、銃を進化させるため彼は一晩銃を持ち続けたのである。命中。続けて3人目の狙撃手を狙う、ジュリオが異常に気がついた、声を荒らげる。早い、真はそう舌打ちすると3人目を狙った。2発必要だった。狙撃手は全員無効化。今度は取引現場の男たちを狙う。2人倒した。1人は走っている途中、1人は自動車の影に隠れているところを撃った。仲間の倒れた方向から、真の狙撃位置が発覚する。何度か銃撃を繰り返した後、真は3名倒した。残り3人。影に隠れて出てこない、時間が掛ると仲間を呼ばれる恐れがあった。接近戦の開始だ。真はサプレッサーを外すと、崖から滑り降りた。森の中を全力で走り抜け、木の影から狙撃した。車両まで30メートルの距離である。男たちの表情も、血の臭いも漂ってきた。車の影からサブマシンガンだけを出し、出鱈目に発砲している男がいた。手を撃ち抜いた、7.62ミリのライフル弾は、男の右手を吹き飛ばした。残り2人で影に潜んでいるのが1人いた。自動車と地面の隙間、脚が見えた。狙撃、打ち倒した。真はバンに走り寄る、同時に弾倉交換。その時だ、50口径のマグナム弾が真を襲った。意識の線がやってくるのと殆ど同時で、真は反応出来なかった。ジュリオはただの殺し屋ではない、撃つ直前まで殺意を殺せる一流の殺し屋だった。真の技量を見抜き、全力で掛ってきた。ジュリオの弾丸はライフルに当たり、直撃しなかったが真を吹き飛ばすのに十分だった。ジュリオはデザートイーグルを二挺掲げ、連射。真の左足に当たる、真は慌ててバンの影に隠れた。痛みを無視し、すかさず立ち上がる。ウィンドウ越しに、9x19mmパラベラム弾(グロック17)を連射。分厚い硝子越しだったので、弾丸が届かなかった。しまった、そう言う暇も与えず、ジュリオは窓硝子を撃った。お返しと言わんばかりだ。50口径の弾は窓硝子を貫通し、真の左肩に当たった。倒れた。ジュリオはバンを回り込み、デザートイーグルを向けた。倒れた真も銃を向けたが、ジュリオの方が早かった。ジュリオの弾丸が真の眉間を貫いた、砂塵を吹き飛ばすほどの衝撃波と身体の芯を殴られた様な衝撃が真を襲う。ライフル並みの50口径マグナム弾である。頭部に喰らえば、脳漿をまき散らす。真は。その状況を他人事の様に感じながら、グロッグの引き金を引いた。真は頭部を撃たれたにもかかわらず死んでいなかった。5発の弾丸がジュリオを襲い、彼は血を吹き出した。“Mostro”と呟いて崩れ落ちた。それはモストロと発音し、イタリア語で怪物という意味であった。真は撃たれた左足、左肩、眉間から血が出ていないことを知った。穴が空いていた。そこに皮膚はなく、肉も骨も無かった。彼は絶叫した。その嘆きは山々に住む全ての生き物を震え上がらせた。◆◆◆目撃者を残さない為、真は一人残さず確実に殺した。虫の息の者、命乞いする者、平等に撃った。バンにヘロインと現金と被弾したアサルトライフルを積み、車を走らせた。アサルトライフルは既に修復されていた。真の傷は何事も無かった様に塞がっていた。息一つ切れないはずだと、彼は呪われた身体を罵った。合流ポイントではロベールらユニオン・コルスの男たちが待っていた。ロベールは酷く興奮した面持ちで、真を迎え入れた。荷は別の車に乗せ替えられ、どこかに走り去っていった。真はロベールのシボレーに乗り込んだ。白いバンは処分専門の人間が持ち去った。昂揚し、鼻歌を歌うロベール。真はぼぅっと流れる町並みを見ていた。ロベールが言う。「いやすげえよあんた! 本当にやっちまうとは思わなかったぜ!」「……」「連中にはあのジュリオも居たんだ! 俺らだって二の足を踏んでたのに、それをあっさりとまあ!」「……」「連中の仲間だって、一人でやったとは考えないぜ! 足は着かない!」「……」「抗争に掛る費用も無し! つまり、ぼろ儲けってことだ!」「……」「これだけの儲けを呼んだんだ! 俺も晴れてお咎め無し! 言う事無いね!」「……」ロベールの見る真の横顔は、今まで通り真顔だったが、何故か落ち込んでいる様に見えた。「……なんだ、後悔してるのか?」「後悔? 何故?」「麻薬に携わったっていう罪悪感だよ。初心者にありがちなんだ」「別に。ルートが変わっただけだ。あいつらが捌くか、ロベールたちが捌くか、市場に流れる量は変わらない」米軍でもその類いは使うしな、彼は取り繕う様に呟いた。「いいねいいね、そのクールさ。俺もそうなりたいぜ」「やめとけ、クールと狂気ってのは違う」「狂気?」「狂った奴は自分が間違っているとは思わない。顧みない。自滅する最後の最後まで、突っ走る。そういう救いがたい連中さ」「マコトがそうだって言うのか? とてもそうは見えないぜ? 賢そうに見える」「俺も今日まではそう思っていた」支部に戻った時、マルコは真を静かに迎えた。初めて会った時の様に落ち着いていた。二人はソファーに腰掛け向かい合った。マルコは言った。「何か飲むか?」「いや、結構だ。これでも急いでいる」「そうか。では取引の話を始めよう。荷は確認させて貰った。ヘロイン2キロ、末端価格で72万ユーロ。その代金含めて144万ユーロだ。間違いないな?」「ああ」「取り分は6:4、支払いは現金か?」「7:3でいい。その代わり依頼をしたい」「依頼とは?」真は紙を差し出した。そこには銃器や弾丸、自動車、免許証、パスポートの偽造など必要な物が記してあった。マルコは言った。「戦争でもするつもりか」「そんなところだ」「1ヶ月後だ」「1週間、これ以上待てない」「なら8:2だ」「そこまでがめつくなら、代わりに一つ聞きたいことがある」「代金込みなら聞こう」「ノントロン、この会社を知っているか?」マルコは初めて表情を変えた。眼を細め、警戒している様に見えた。部下の男たちも態度を慎重な物に変えた。それだけ重要なことか、真は思った。「それを知ってどうする?」「恐らく世話になった連中だ。だったら挨拶に行かないとな」マルコは一つ間を置いた。「裏の世界では公知の秘密という物がある。それもその一つだ」「つまり?」「ロスチャイルド、ノントロンはそれのダミー会社だ」つづく◆◆◆ファントム・タスク編の真サイドは当初、端折るか簡略化を考えていました。原作キャラが出ないし、ハードだしダークだし。でも、Heroesにここまでお付き合いして頂いてる読者の方々であれば、書いても良いのかなと思った次第です。え、今更ですか? そうですか。いちか「俺って何時まで森の中?」次回を待て!