贔屓とやきもち--------------------------------------------------------------------------------相対する白式を見て鈴は腰を溜めた。手にする双天牙月を小さく回す。左足を前に、右脚は後ろに、相手に向かう切っ先を上げて構える。宙を駆けるISにとってそれは本来の意味を成さなかったが、戦闘前の一儀礼として彼女は好んで行っていた。空中戦、IS戦に切り替えるという己へのマインドセットの意味もある。鈴の瞳に映るのは純白の機体。背にある一対のウィング・スラスターは猛々しくそびえ、世界を覆わんばかりに羽ばたかせている。その姿は正に天空の覇者。幼き頃より彼女が想い、慕い、共に笑い、泣いてきた相手、そして今だけは打ち倒すべき相手である。「行くわよ一夏」「おう」構える一夏に鈴は踏み込んだ。イグニッション・ブースト(17G)。一気に距離を詰める。甲龍の兵装は近接格闘用の双天牙月と両肩の浮遊ユニットにある龍砲、この2つ。空気を圧縮し衝撃波として撃ち出す龍砲(※独自設定)の初速は音速の1.5倍。超人じみた反応速度を誇る一夏には50メートルまで近づかないと反応し躱されてしまう。そしてその50メートルとは近接格闘の距離だ。一夏は近接格闘特化型、この2人に中遠距離は存在しないのである。一夏は実刀状態の雪片弐型を構え、ノーマル・イグニッション・ブースト(20G)で迎え撃つ。星が瞬くその刹那、2人はアリーナの空で邂逅した。耳をつんざく様な金属音、火花が散った。重量の軽い白式ではあるがそのスラスター・パワーを活かした突進力は驚異的。パワー型の甲龍と言えども押し負けた。甲龍のスラスターがレッドゾーンに入る。鈴は押し切ろうとする一夏の意図を見抜き、剣圧を受け流した。持ち手を変え、双天牙月をシーソーの様に切り返す。円弧的な、回転的な鈴の攻撃を一夏は柄で受け止めた。鈴は驚愕する己の精神を強引に押さえつけた。左蹴り上げ。双天牙月の質量とスラスターを用いその威力を蹴りに乗せる。AMBAC(アンバック:Active Mass Balance Auto Control:能動的質量移動による自動姿勢制御)だ。一夏の表情が驚きで歪む。蹴りが入った、鈴はそう思った。鈴はその後のコンボ(連続攻撃)を組み立てた。だが。一夏は表情を直す前に踏み込んできたのである。まるでアニメのコマが飛んだ様な、物理運動をねじ曲げた様な歪な光景で、左肩を鈴の胸部に打ち込んだ。鈴の息が止まる。続けて腹部に衝撃、白式の蹴りだ。鈴の視界が回る。姿勢制御。構え直した時、鈴の首元にあるのは発動状態の雪片弐型だった。「降参」と鈴は言った。「勝負あったな」屈託無い少年の笑顔が妙に癪に障る。「いやー驚いたぜ鈴。あの蹴り、あの状態から出せるとはおもわんかったぜ。どうやったんだ?」ちょいテクよ、彼女は言った。もちろんそうでは無く高度なテクニックだ。実戦で活用できるとなれば更に少なくなる。少なくとも一年生では鈴以外、いない。「教えてくれよ」「だめよ」「えー何でだよ」「乙女には秘密が必要なのよ」「なんだそりゃ」負けるのは悔しいから。強さの差が余り開きすぎると戦ってくれなくなるかも、しれないから。彼女はその独白を口にすることなくそっと仕舞い込んだ。「そこを何とか、たのむ!」「一夏があの当身を教えてくれたらいいわよ」「おっけ。等価交換だもんな……えーと? あれ?」「ナニよ」「おれ、どうやったんだ?」「知らないわよそんなん」彼女ははてな顔でうんうん唸るボーイフレンドをしばらく見ていた。ぐうとお腹が鳴る。「夕食にするわよ一夏」腹の虫を一夏に気づかれずにすんだ、そう思いながら彼女はその場を後にした。一夏が1人だと気づいたのは鈴がピットに戻ってからである。◆◆◆真は右を見た、キッチンが見える。そこには彼の旧知の女性が持ち込んだ調理器具が並んでいた。元々その女性が使う為に持ちもまれた物だが最近はもっぱら、彼の同室の銀髪の少女が使っている。忌々しいが道具を見る眼はたしかだな、そうその少女は言った。左を見た、カーテンが見える。ベージュ色でゆったりと風にその身を流していた。ゆらゆらと揺れる。彼は寒色系にしようと意見したのだが、彼女の意見を覆すことが出来ずこの色に至った、その事を思いだした。部屋の調度品に合わない、そう同室の少女は切り捨てたのである。真は正面を見た。幾分視線を落とす、そこには同室の、銀髪の、眼帯の少女が立っていた。別に何も思わない、彼自身の部屋だからである。だが彼女の姿を見てどうした物かと頭を掻いた。一緒に暮らす様になってからと言うものの、彼は口酸っぱく言ってきた。何度も繰り返し言ってきた。でもその少女は中々聞き入れなかった。でも言ってきた。彼女の品行である。別に大和撫子たれ、と言っているわけでは無い。時代錯誤であるし、そもそもその少女はドイツ人だ。日本の、彼自身の価値観を押しつけるわけにはいかない。でも礼儀は必要だろう、一線は必要だ。立場はともかく、精神はともかく、生い立ちはともかく、肉体は15歳の少女と、16歳の少年なのだ。だから彼はこう言う事にした。右手は腰に、機械の左手も腰に据え胸を張る。そして幾ら視線を下ろす。「あのさ、ラウラ」「なんだ」彼は眼を瞑り右手でもう一度頭を掻いた。視線が落ち着かない。「用件なら手短にしてくれ、ココアが冷める」「……確かに俺は脱衣所でパジャマ着ろと言った」「知っている。だからこうして着ている。問題は無かろう」彼女は長袖の長い丈のワンピース形状の寝間着を着ていた。所々フリルが付いて可愛らしい。ラウラを直視出来ない彼は眼を瞑り歯を食いしばる。「……」と彼は言った。その言の葉は小さく、ラウラには聞き取れなかった。「はっきり言ったらどうだ、それでも日本男児か」ぴくり、彼の口元が引きつった。繰り返し「……」と小さく言った。出せる声は小さいか大きいか、適切な声が出せなかった。憤りの為である。「話にならんな、私はココアを飲む」振り返るラウラの肩を掴んだ。それは華奢で儚げだったが、彼女がその気になれば屈強な軍人を倒せてしまう躰だった。「……だよ」「聞こえないぞ」「……ジェなんだよ」「いい加減にしろ。その手を離せ」ぷちん、真の頭の中で何かが切れた。大きく息を吸う。「何でネグリジェなんだよ! しかもパープルのシースルーって何だ!」ぱちくり、ラウラは何のことだと首を傾げた。「……ピンクの方が良かったか?」「そう言う問題じゃ無い!」「言っておくがこれは寝間着だ。店で何度も確認した。店員にも確に、」「寝間着は寝間着だがそれは違う! ちょっと違う! ぜーーーーったい違う! 断じて否!」「男はこういうの好きなのだろう」「男の好みなんてどうでも良いの! 俺が言っているのは、パ、ジャ、マ! 第一そんな店何処で知ったんだよ!」「ストリングスだ」「あのひとはー!」きつね色に笑うディアナが真の頭上で飛び跳ねる。頭を一層抱える真であった。「ふむ、違う物なのか」 はてな顔のラウラは裾をぴらとめくる。透けて見えるボトムのインナーと、無機質な筈の太ももが異常なほど艶めかしい。「だああああ!」止めさせようと慌ててラウラの裾を掴む真であった。その時だ、ぴゅうと風が吹いた。玄関が空いていた。鈴が笑顔で立っていた。挨拶の右手も上げていた。時が止まる。おやと視線を鈴に投げるラウラ。だらだらと脂汗を流す真。ラウラの裾を掴む手がふるふると震える。その光景を見た鈴は笑顔のまま真に歩み寄り、挙げた右手をそのまま振り下ろした。引っぱたかれた真は思う。(どうしてこのマンションはオートロックじゃないのだろう)◆◆◆鈴はダイニング側、つまり真のベッドであぐらをかき、冷ややかな視線を真に向けていた。左頬を真っ赤に腫らし真が言う。「あのさ鈴」「ナニよ」「理由も聞かずいきなり引っぱたくのはどうかと思うぞ」「平日の日中からあんな如何わしい事してる方が悪いのよ。ヘンタイ」窓から覗く空にはすでに星が瞬いていた。もう夜じゃないか、真はそう思ったが火に油だと言うのを止めた。ラウラが鈴にホットココアを差し出した。客人がいれば話は別だとガウンを上から着込んでいる。鈴は小さく礼を言い一口すすった。真は少々憮然とした表情で同じくココアを飲んだ。酒を欲したが鈴の手前、飲むわけにも行かなかった。千冬とディアナに注意されているのである。尚、ラウラと一夏は別勘定だ。彼は何時もより居心地の悪いソファーを気にしながらこう言った。「鈴が来るのは初めてだよな、用件はなに?」「実はさー」鈴には学年二位という地位がある。この優秀な成績は1年で素人から代表候補まで上り詰めた彼女自身の資質・努力ももちろん在るが、状況が彼女に味方したのだった。シャルロットのラファール・リヴァイヴは、第2世代の中で最も優れる機体だが第3世代と比較すると心許ない。それでも鈴ら第3世代と渡り合っているのは一重にシャルロットの技能による物だ。セシリアのブルー・ティアーズは中遠距離型。子機の母艦的な特性をもつ故に2キロメートル四方のアリーナでは小さすぎた。鈴と並び立つ者、強いて言えば箒の紅椿だが箒は発展途上、未だ鈴が優勢である。甲龍は第3世代のバランス・パワー型、鈴自身、己の特性を活かし他の少女らに勝ち越していた。それでも完全一位になれないのは一夏の存在だ。白式は紅椿と同じ第4世代で更には第2形態を迎えている。一秒で音速に達する暴力的な加速力とエネルギーを対消滅させる雪片弐型。その性能はモンスターと言っても良い。加えて一夏の英雄としての身体能力、彼自身の選択でその資質を欠き、今では能力が残るのみとなっているがその力は驚異的。一年生どころか全学年で一線を画す存在となっていた。事実、2学期以降鈴は一夏に一勝もしていない。鈴は思う、一夏が強いのは嬉しい、でも負けるのも悔しい。一夏に対して優位だったのは何時の頃までだっただろう。置いて行かれるのはイヤだ。そう思い至った鈴は真の部屋に足を向けたのだった。身を乗り出し、鈴は右拳を握る。「つまりアタシはもっと強くなりたいのよ!」その表情は正しく豹。真には鈴の、口から覗く八重歯が牙に見えた。血気盛んな妹分に一抹の不安を覚えながら、真は言う。「要するに上級生から模擬戦相手を都合してくれと? しかも強い?」「そーそー、さすが話が早いじゃない。出来れば専用機持ちが良いわ」端から見れば2人の会話は成立していない。それでも意思疎通が出来るのは、短いとはいえ深い日々を送った結果だ。“つうと言えばかあ”という事である。自分の持っていない絆を見せつけられ、むっとするラウラだった。「一夏が居るじゃないか。こう言っちゃアレだけれど、一夏は学園トップクラスだぞ。楯無、生徒会長でも簡単に勝てないし」「そんなん知ってるわよ。でも同じ相手ばっかりじゃ駄目じゃない? 世界が狭まるというか、井の中の蛙というか。アタシは……1年という枠から飛び出したいのよ!」「鈴はラクロス部だろ? 先輩に頼めないのか?」「こういうと角が立つんだけど、ISで強い人いないのよね。整備課の人多いし」基本的に学年越しの模擬戦は上から下の指名が原則だ。上級生が鈴を相手に指名できるがその逆は出来ないのである。上級生に個人的に頼むしかないわけだが、適当な人物がいないと鈴は言っているのだった。余談だが、ラウラと一夏の一件で教師と生徒の模擬戦は審査制になった。書類選考、面接と手間が多い。ただ例外的に一夏と真だけは認められている。真は腕を組んで考えた、口はへの字。かちこちと時間が進む。鈴の言うことも一理あるし、彼女の向上心は心地よい。それに学園の少女たちは少々ハングリーさに欠ける、鈴のなりふり構わない姿勢は、皆の良い刺激になるかもしれない。だがこれは教師として問題は無いのか。真はそう考えた。ちらと鈴を見る。小さい唇は波打つ様に強く結ばれていた。鈴なりに考え迷った行動だと分かった彼は、決めた。「わかった、頼むだけ頼んでみる」「ホント!? いやー、助かるわー♪」「ただし。過度な期待はするなよ、鈴の依頼は立場的に微妙な内容なんだからな」「わかってる♪」本当に分かって居るのか、真はそう思ったがベッドで喜びを隠さず暴れている鈴の姿を見たらどうでも良くなった。あははと笑う鈴。ラウラが真の近くで囁いた。その表情は心配と言うより咎めだった。「いいのか?」「指示じゃないし、個人的な頼みだし。それに教師が生徒の向上心を台無しにしたらだめだろ」「そう言う事を言っているのでは無い」「じゃあなんだよ」「前々から思っていたが。真、お前は凰に甘いな」「そうか?」「そうだ」「俺に頼み事をする娘が少ないだけだろ。箒の相手もしているし、そう見えるだけだ」「篠ノ之は正規の手順を踏んでいる。そもそも凰はお前を捨て、織斑一夏を選んだ娘だぞ」「今回のケースは明文化されていないから箒と比較は出来ないだろ。どうしたラウラ? 随分感傷的な発言だ。らしくない」「贔屓も程ほどにしろという意味だ」ラウラはむっすりとした表情で立ち上がり、キッチンに向かった。水の流れる音がする。洗う様な食器はあったかと真は首を傾げた。じっとラウラの姿を認めつつ、頭の中に当てはまらないパズルのピースが幾つも幾つも浮かぶ。あれでもない、これでもない、そう苦慮しているとき鈴が半眼でこう言った。「なにじろじろ見てんのよ。イヤらしい」鈴の一言でパズルが霧散する。「いやなんでもない。それよりそのスウェットだけれど」ベッドの上であぐらを掻く鈴はライトグレーのスウェットを着ていた。長袖長ズボン、シンプルなデザインで胸に仲間を意味する“HOMIES”とプリントしてある。スウェットは一般的に余裕のあるサイズだが、それでも随分弛んでいる様に見えた。「ちょっと大きいんだけど、着心地が凄い良いのよこれ」「左手首にコーヒーの染みが無い?」「あるわよ?」「……」「……」真はゆらりと立ち上がる。鈴もベッドの上に四つん這いで体勢を整える。何時でも飛び出せるようにだ。「鈴! それ俺のじゃないか! 最近見ないと思ったら!」「なによ! あの時くれたんでしょ!」「違う! 貸しただけだ!」真が追いかける。鈴が逃げる。「返せ!」「何に使うのよヘンタイ!」「洗って使うだけだ!」「着て匂いかぐ気でしょ! L・ヘンタイ!」「気に入っているんだよそれ!!」「きゃー、ごうかんまー!」「人聞き悪い!」笑いながらドタバタと騒ぐ2人。意識しないようラウラはむっすり顔で空のシンクに水を流し続けていた。◆◆◆楓へのいたる道、真は腕を組んで考えた。口はへの字、むうと唸る。ラウラの様子も気になるが今は鈴だととぼとぼ歩く。客観的な立場の人物がいたならば、成長の無い奴だと注意したであろう。お気づきであろうか。真は複数の女性の事を、同時に考えることが、非常に苦手なのである。困ったことに本人もそれなりの自覚が有る故、「たっちゃん登場!」「更識様ごきげんよう。さようなら」という扱いをする。優先順位が明確だと言えば良く聞こえるが、ビジネスライクな女性の扱いは危険である。日常がビジネスライクだからと思い、常時その様な態度でいるとそのうちとぱっちりを喰らう。IS学園なら尚更だろう。身体的危機という意味だ。伸ばした右手は真っ直ぐに。軽く握った左手は胸の前。右脚は曲げ腿を上げる。ぱっと登場した楯無は決めていた。メイク、ポーズはもちろん、重要なのが髪。ノンシリコンシャンプーにトリートメント。水にはアルカリイオン水を使い、乾かす時は根元から。一見癖毛の髪だが手ぐしで流せば水のよう。自信があった。全てが無駄である。楯無は問答無用で切りつけた。怒り笑いで切りつけた。最初は右薙ぎ、次ぎに袈裟切り、円弧を描き連続で切りつけた。紙一重で避けつつ真は言う。「あのさ、楯無。今日は何の用?」「何その態度! このたっちゃんを前にして失礼よ! 超絶美少女に興味ないわけ?!」「今立て込んでいるんだ、今度にしてくれ」「今度って何時よ!」ちちちと小鳥が鳴いた。2人が立ち止まる。「……今度」ぷち、楯無の中で何かが切れた。「我が内に“不倶戴天”の4文字懐いて悪(女の敵)を撃つ! 秘技! 鏡花水月!」「それ“Kitson”?」「へ?」技の発動直前だった。突然真に、ヘアケアに使うシャンプーのメーカーを聞かれ呆気に取られる。「だからヘアケア」「えあ、うん。そう。どうしてわかったの?」「ピオニーとローズが混じるフローラルブーケの香りっていうとそれしか知らないから。なんとなく。つかってどう?」「うん。良い感じ。艶もでたし紫外線対策もばっちりだし」「これから冬に向けて強くなるもんな」「そうそう」あははと2人笑うと背を向け合った。数歩歩く。ぷち。更識楯無、本日二度目の切断である。楯無は踏み込み、切りつけた。真避ける。「そんな事で誤魔化されないわよ!」「思いっきり誤魔化されたじゃないか!」ヒュンヒュンと鋭い風切り音で楯無は切りつける。真避ける。「いい加減当たりなさい!」「御免被る!」「あ、セッシーが水着姿で歩いてる」「えっ?」真被弾。崩れ落ちた。「ふ、ちょろいわ……」「ひ、卑怯者ー」楯無は笑顔で立ちさった。真は仰向けで不満顔だ。ぶーと溢している。途中から見学していた薫子が近寄り真にこう言った。「真、人を怒らせてしのぐの止めなさいよ」「薫子、パンツ見えてる」「あんたそれセクハラ」薫子は倒れている真の頭を踏みつけた。◆◆◆上級生の寮“楓”は一年寮“柊”から僅かばかり離れた所に有りその距離徒歩5分。基本構造は同じだが、2学年分と言う事で床面積は約倍になっている。また式典、来賓対応もするので高級ホテルの様なロビーと食堂は、1年の少女たちに憧れとなっていた。行ってみたいでも先輩は怖い、そう言う事だ。大理石の床と柱。白い壁に天井からはシャンデリア。三階までの吹き抜け構造で、上からはロビーが一望出来た。夜には淡いオレンジの照明が灯り、瀟洒(しょうしゃ)な雰囲気を醸し出す。秩序良く置かれたソファーには上級生たちが飲み物を片手に、静かに談笑していた。真は、騒がしい一年寮を思い浮かべながらその場を通り過ぎた。彼の姿を認めた少女たちが声を掛ける。彼は手を上げて皆に応じた。彼はエレベータのボタンを押した。機械音がどこからともなく聞こえてくる。カウントダウンされる数字を見ながら「薫子って人の頭踏んづける様な娘だったんだな、俺ショックだ」と言った。とはいうもののショックらしいショックを受けてはいない。真の左側に立つ薫子は、僅かに語気を強めてこう言った。「誰でもって言うわけじゃ無いわよ、というか真だけ」「そうか。俺が特別だからか。嬉しいよ」「無表情で言われると非常に腹立たしいわ」ちん。間の抜けた音と共に扉が開いた。2人が乗り込み、上へ上がる。目指すは最上階だ。(うーむ、やっぱり楓はエレベーターも質が良いな。殆ど振動が無い……)その様な事を考えている真を薫子はちらと見た。狭い密室に若い男女二人きり、意にも介さないとそれはそれで腹が立つ。私はエレベータより下か。苛立ちをおくびにも出さず薫子はこう言った。左二の腕には何時もの、新聞部の腕章がない。「で、どうなのよ」「何が?」「たっちゃんの事よ」「別に」「別に、何とも思っていない?」「そう」「……なんだ。たっちゃんに気づいていたんだ」「まあ、さすがにな」真はポリポリと頬を掻く。「応じないわけ?」「そのつもりは無いよ」「なら、ガールフレンド出来た?」「さっきから気になっているんだけれど、どうしてそんな事を聞く?」「入学して早七ヶ月。周囲には見目麗しい少女たち。居ない方がおかしいわよ。ホモ説ってやっぱり本当?」「風評を信じるなんて、記者失格だな」「TVとか見てないわけ? ガールフレンドは何人いるか、良く取り上げられるわよ」「ワイドショーの類いは見ないんだ。何が楽しいのかよく分からない」「IS学園の世間の風評、意外と参考になるわよ。教師なら意識するべきだと思うけれど」「……今度見てみる」「それがいいわ。で、どうなのよ」「俺はセシリア一筋なんだ。話したことなかったか?」「ふーん。相変わらずローマの休日やってるって事か」「いやはや。ラブロマンスなんて言い過ぎだ」「報われないって言ってるのよ」この時初めて真は薫子を見た。碧色の眼に僅かな非難の色が浮かぶ。だが薫子は何処吹く風で受け流した。「……薫子。君も同じ事を言うんだな」「あっちはイギリス王室縁の貴族様。かたやちょっと毛の生えた一般人。あったりまえじゃない。誰が見てもそう思う」真はやれやれと溜息をついた。改めて言われずとも分かっている、と言う意味だ。「虚さんや楯無、本音。一夏にも“箒はどうだ、他の娘はどうだ?”って暗に言われる。薫子で何人目かな」(破局するの分かってて応援出来るわけないじゃ無い。弟分なら尚更。親心子不知とはこの事か)薫子は心中で深い溜息をついた。「ならどうするわけ? これから。実際のところ」「どうもこうも無い。今のままさ。つかず離れず、友人と恋人の間を行ったり来たりする。俺らの距離だ」手が付けられないわねと、薫子は降参のポーズ。「不器用もここまで来ると表彰もんね」「……えぐえぐ」突然ボロボロ泣き出す真。薫子は慌てた。同い年の16歳、格好付けるお年頃。しかも準教師の真が生徒である薫子の前で泣き出すとは流石に思わなかったのである。「ちょ、泣くことないじゃ無い!」だってしょうが無いじゃ無いか。セシリアはそう言う人だったんだから。考えない様にしているのに。非道いやかおるこ。声にならない声、さめざめ泣く真だった。「えぐえぐ」「あーもう! めんどい奴ね!」 と言いつつハンカチで真の頬を拭う。ちん。エレベータの扉が開いた。「「「あ」」」2人の目の前に立ちふさがるは二年生の、薫子のクラスメイトたち。不味いところを見られたと顔青ざめる薫子を見て、彼女らは玩具を見付けた様な顔をした。「あー薫子が真なかしてるー」「なかしてるー」「布仏先輩に言ってやろー」「いってやろー」「ちょ、いい加減なこと言いふらすなー!」逃げて追いかける少女たち。「報道は正確誠実! 新聞部はジャーナリズム宣言よ!」「「「わー、悪徳記者が怒ったー」」」真は薫子が戻ってくるまで泣いていた。「えぐえぐ」◆◆◆美人の知り合いは美人が多い、誠か嘘かは真相は置いておいて真の知り合いには専用機持ちが多かった。教師という立場の1年生はともかく2年はフォルテ・サファイアと更識楯無。3年はダリル・ケイシー、白井優子といった面々と交友がある。彼女らは全員専用機を持っていた。真は首を捻って考えた。(誰が適切だろうか)フォルテとダリルは意欲に欠ける。頼んでも面倒だと一蹴されかねない。楯無はISの実技と座学、共に優れる才女だが、天才肌故に教えるのは苦手かもしれない。なにより彼女に借りは作りたくない、真はそう思った。消去法である。「と言う訳でして、是非優子さんの助力をお願い致したく存じます」真は深々と頭を下げた。真の居る部屋は優子とそのルームメイトの部屋である。部屋の作りは一年寮と同じだが、整理整頓、明窓浄机(めいそうじょうき)、清潔感溢れる部屋だった。真は学生の時も教師となった今でさえも1年女生徒の部屋を知らないが、散らかしている彼女らが見れば泣いて掃除に励みそうなそんな部屋であった。「わたし?」「はい」彼女は1年から地道に着実に訓練に励み3年操縦課主席という地位まで上り詰めた。平時の行いが成果にも表われる、というが優子の部屋はそれの証でもあった。なにより(手加減配慮が出来るんだよな、この人)逆に出来る人物がいないとも言う。「こう言うと白々しいけれど、それって職権乱用じゃない?」「ですから個人の立場でまいりました。私服がその証でございます」謙りすぎじゃ無いか、とは薫子。彼女は面白そうだからと付いてきた。正座に三つ指突いて深々と頭を下げる真。優子は暫し思案。「鈴ってあの娘でしょ? すこし生意気……じゃなかったざっくばらんな、礼儀に欠け……じゃなくて元気なツインテの小さい娘」「はい、その娘にございます」「前々から聞きたかったのだけれど、真ってあの娘に構い過ぎじゃ無い?」真が頭を上げるとそこには優子の姿があった。椅子に腰掛け不思議そうな表情で真を見ていた。別に怒っているというわけでは無い、ただどうしてそこまでするのかと理解出来ないと言っていた。真は言った。「確かに鈴は、少々粗暴で礼節に欠けますが某にとっては妹同然。根は気立て良しだと我が種子島(火縄銃)に掛けて請け負いまする。兄馬鹿は重々承知。数々の無礼、私より言い聞かせます故、この蒼月真の身勝手、何卒、何卒聞き入れては貰えませぬでしょうか」あんた何時の誰よ、とは薫子。呆れている。「……」優子の胸裡に宿るのは去年から見続けてきた真の記憶。他人にも自分にも興味が無く、言われているから、生きているから仕方なく生きているという印象。その真が必死に頭を下げている。一人の少女の為に必死になっている。二つの真のイメージ、小さい去年の真と、大きい今の真。重ねようとするとその隙間、重ならない部分に優子ら3年生以外の少女が入っていた。詰まっていた。彼女の胸に小さいわだかまりが一つ、瞬く。まるで丑の刻を過ぎた、和風家屋の暗闇の中。襖と畳、陽炎の様に瞬く蝋燭。「いいわよ」「本当ですか!?」「うん」「ありがとうございます!」へへーと謙るその姿は何処ぞの騎士か侍か。胸のつかえが下りたと、意気揚々で立ち去った。見送った優子はコーヒーカップをかちゃりとならす。「薫子、ブリューナクの用意を」(あちゃー)光る双眸は狼の如く。薫子は人知れず鈴に同情した。◆◆◆その日の第3アリーナは満員御礼だった。生徒どころか教師まで観戦に押しかけ、観客席はごった返しだ。大多数が優子が勝つ、そう予想していたが中国代表候補が、3年操縦課主席を相手にどの様に仕掛けるのか、皆興味津々だったのである。鈴が勝つのは難しい、真もそう思っていたが学べることが有れば良いと割り切っていた。鋼板で囲まれた空母の格納庫の様な第2ピット。虚が号令を出し、整備課の少女たちが精を出す。無人の甲龍が最終チェックを受けていた。真は甲龍の脇に立ちウォームアップに励む鈴にこう言った。「模擬戦じゃなくて、試合みたいになったな。凄い人の入りだぞ」「ふふん、当然よね。アタシがどう戦うのかみんな興味津々なのよ」鈴は意にも返さない。「緊張しないのは良いけれど、もう少し危機感を持ったらどうだ」「真が不安がってどうすんのよ……ひょっとしてアタシが負けるとか思っているんじゃ無いでしょうね」「勝つ気なのか?」「あったりまえじゃ無い! 戦う前から負けてどうすんのよ! やるからには勝つ! 負けなんて考えないわよ!」元軍人の真は勝敗を計算するのである。ただでは負けないという考えを持っていた。負けても良い、その代わり得るものは得る、という考え方。だから。真は久しぶりに心の底から楽しんだ、楽しい心持ちになった。彼は、鈴のこの質が心地よくて好きなのである。男女など関係無く。「確かにそうだ。勝ってこい鈴」「任せなさい!」「鈴ちゃん、チェック終わったよ~」と本音の呼ぶ声がする。「じゃあ勝ってくるわ」「ああ」鈴と真は互いの右拳をぶつけ合った。駆け出す鈴の背中を追っていると、側に居た一夏が笑いながらこう言った。「ぐーぱん挨拶なんて普通男同士でやるもんだぜ」「いいだろ、こう言う関係」「ぬかせ」鈴が発進すると第4ピットから優子が現れた。歓声がこだまする。ピット内の大型ディスプレイ、そこには空中で対峙する甲龍と打鉄が映っていた。2機とも無手である。2機とも一礼をした。緊張感が生まれ鈴の表情から笑みが消える。優子は何時もの様に嫋やかに笑みを湛えていた。一夏は優子の打鉄をじっとみる。「なあ、真」「どうした」「どうして白井先輩はリヴァイヴじゃなくて打鉄を使っているんだ?」「そりゃー、機体特性で選んだんじゃないか」「どんな?」「っとな。リヴァイヴはパワード“スーツ”、打鉄は肉体の延長っていうコンセプトで作られてる、わかるか?」「ぜんぜん」「……例えばスラスター。リヴァイヴは脚と背の翼にスラスターが付いていて操縦感覚が乗り物に近い。けれど打鉄は全部下半身に付いて生身の動かし方に近いんだ。つまり移動や打ち込みといった動作を下半身中心にして行う。武術経験者が打鉄を好むはこれが理由」「へー、つまり白井先輩は武術経験者なのか」「それは聞いた事無いな」「優子の家は薙刀術の一派なの、しらなかった?」と言うのは虚だ。ゆったりと二人に歩み寄る。「初めて知りました」と真が言うと、「強いんですか?」と一夏が聞いた。虚は「直ぐ分かるわ」と言った。だから真は「優子さんが勝つ、そう確信していますね」と虚に確認した。「真」「なんですか」「凰さんを宥める用意をしておきなさい。彼女の性格を考えるときっと荒れるから」「そこまで言いますか」むっとする真だった。◆◆◆ホイッスルが鳴る。鈴は即座にスラスターを全開にまで上げ、双天牙月を一刀のみ展開、右手に構えつつ、一足飛びに間合いを詰めた。鈴には一つのプランがあった。それは開始直後の奇襲である。近接兵装である双天牙月を一刀のみ展開し、量子展開の時間を稼ぎ、切り込む。開始時の間合いを短めにし、猶予を与えない。防がれれば良し、躱されれば良し。万が一ヒットしよう物なら即座にもう一振り展開し、連撃を入れる。そして龍砲で追い打ちだ。真にいう文句も考えてある。“強い奴って言ったでしょ”徐々に近づく相手の姿、未だ兵装も展開しなければ動きもしない。いよいよ考えた文句が無駄にならないかも、そう鈴に失望感が生まれた時である。初めて優子に動きが出た。鈴は優子のデータを見ていた。真と同じ中近距離の射撃型。真と異なり、攻撃回避防御のバランス型。だから、アサルトライフルかサブマシンガンで攻めてくる、そう踏んだ。だが彼女の手にある物は槍だった。否。正確に言えば槍の様な武器。棍棒と円錐を繋げた様な形。ただその円錐が異様に大きく長かった。円錐の末端から棒が申し分程度に生えている、そう形容した方が正しかった。何よりその光沢、夕日を浴びて虹色に光っていた。鈴の脳裏にテキストが浮かび上がる。知っている、その金属を知っている。確か講義でならった、でも直ぐ思い出せない。だがどうでも良い、近接格闘は私の世界。そもそもそんな大きくて重い武器、使いこなせない。なにせ“ISより重い”のだから。真は優子が展開した、虹色の槍を見てそれが“ゼラニウム”という金属だと分かった。その性質は表面強度と許容応力、そして密度にある。鉄に炭素と熱を与えると強度が増す。この性質を利用した工業的処理を熱処理と言うが、このゼラニウムにそれを施すとセラミックの3倍の強度を発生する。また鉄に力を加えると一定の力まで持ちこたえる性質がある。これを許容応力と言うが、ゼラニウムはチタンの4倍。なにより鉄の6倍の密度を誇り、優子の持っている大きさから推定するとその重量は1トン以上有ることになる。つまり一般的IS重量の約5倍だ。その金属を“武器に使う”には。“武器として使う”には。この考えに至った時、真は思わず「鈴! 距離を取れ!」と叫んだ。鈴が右から左に振った一撃は優子の槍に阻まれた。優子のその槍は、僅かに揺れただけだった。鈴は驚きを隠さず、もう一刀展開し左から右に薙いだ。優子は槍の位置を小さく変えただけだった。鈴、青竜刀連結、双天牙月。回転力と質量を乗せた全力攻撃。優子は軽く揺れただけだ。宇宙を支配する物理法則の根源原理の一つ、慣性保存の法則。動いている物は動き続けようとし、止まっている物体は、止まり続けようとする。そしてその慣性力は質量に比例し、鈴の双天牙月は優子の槍に比べて余りにも軽すぎた。鈴の表情が固まる。優子は一瞬困った様な顔をした後、狩猟者の表情を見せた。対人決戦兵装“ブリューナク” 優子が考案し、虚が作り上げ、3年操縦課主席に上り詰めた武器、真の知らない彼女だった。優子はP.I.C.をマニュアル制御、慣性制御を槍に集中する。優子の一撃、とっさに掲げた双天牙月越しに、鈴にぶち当てた。新幹線にはねられた様な衝撃が甲龍を襲う。甲龍は姿勢制御もままならないまま、フィールドに落下、激突。鈴は躰に掛る衝撃を無視してスラスターを吹かした。距離を取る。その先に優子がいた。鈴は構えを取る暇も無く、再度衝撃に襲われた。土煙を上げながらフィールドの際を滑る様にはじき飛ばされた。打鉄が追撃を掛ける、甲龍は龍砲を連射。打鉄は躱せる物は躱し、躱せないものは槍で受け止めた。鈴は距離を取ろうとスラスターを吹かすが、異常が発生した。機動力が30%に低下、スラスター破損、まともに動けない。打鉄は槍に回転力と質量とスラスターパワーを乗せて甲龍に打ち込んだ。「アイヤーーーーー!」鈴はフィールドに打ち込まれそのまま動かなくなった。動けないのはピットにいる真たちだけでは無い、観客も呆気に取られ沈黙していた。先程の歓声が嘘の様だ。真は本音に「何秒だった?」と静かに聞いた。彼女は「32秒」と答えた。声が震えていた。一夏は「鈴が秒殺? マジで?」と開いた口が塞がらない。真は回収してくる、そう静かに言うとみやを展開、鈴の元へ急いだ。アリーナのフィールドに空いた大きなクレーター。鈴はその底で眼を回していた。甲龍が最後のエネルギーを振り絞り、搭乗者は気絶しているだけだと伝えて、具現化限界、光となった。鈴の右手にブレスレットが現れる。真は大の字でぴよぴよと気絶している鈴を抱えると、空中を睨んだ。優子に詰め寄った。彼女は笑顔だった。それが真の癇に障る。「優子さん、やり過ぎです……」ヤクザさえも震え上がりそうな怒気だったが、彼女は涼しく受け流した。「増長する後輩を指導するのも務めのうち」「どこが指導ですか。こてんぱんにするなんて」「あのツインテ娘なら初撃入っただけでもいい気になるわよ」「鈴はそんな娘じゃありません。優子さんは鈴の何が分かってるって言うんですか」「なら真は私の何を知ってるって言うの?」初めて優子はその表情を陰らせた。「……?」何を言っている、よく分からない、そう言う前に優子は真に背を向けた。「真が意地悪で悲しいから帰る」「話はまだ終わっていません!」彼女小さく振り返り、自身の肩越しにこう小さく呟いた。「初めからある幸せって気づかないものよね」真が優子さんと呼ぶ3年生がピットに戻って、しばらくすると鐘が鳴った。アリーナの使用終了を告げる鐘だった。真の頭にパズルのピースが浮かぶ、今度は正確に収まった。(やきもち? まさか、なあ)組み上がったパズルはそのまま彼の奥底へ消えていった。真にとって少なくとも今は優子より鈴なのである。◆◆◆翌日の朝。何時もの様に騒がしい柊寮の食堂である。8人掛けのテーブルに、ステーキ、ラーメン、ハンバーグ、ピザにシチューに、チャーハンと、所狭しと並べられていた。鈴はやけ食いしていたのである。がつがつ食べていた。しばらく食べては止まり、昨日の模擬戦を思い出し、騒ぎ出す。また食べては騒ぎ出す。この繰り返しだ。「くぬー、くぬー、あ、あのリス女。よくも、よくも、よくもよくも、赤っ恥かかせてくれたわね……む、むきーーーーー」鈴は、身体的にも精神的にもタフだった。朝っぱらがつがつ食べる鈴を見て、胸焼けするのは彼女に近しき友人たち。飲み物だけを片手に鈴を宥めていた。「りんちゃん、ほっぺにご飯粒」と言うのは本音だ。ちょいとつまんで食べた。「朝っぱらから良く喰うぜ、うぷ」一夏である。「でもびっくりしたー、白井先輩ってあんなに強かったんだ」清香である。1年から地道に努力し為し得た強さ、清香の瞳に憧れの星々が浮かんでいた。「強さもだけれど、奇襲を読んでいた洞察力も凄いと思う」静寐だ。「正確にコンボを繋げたあの局地的戦術眼、参考になるね」シャルル。「これに懲りて地道な鍛錬に励む事だな」箒はホットティをすっと飲む。「ちょっとアンタら! 少しはアタシを労りなさいよ! 慰めなさいよ!」「「「自業自得」」」「覚えてろー! リス女ー!」鈴は中国という一つの国のエリートである。だが、優子は世界中の資質ある生徒たちが集うIS学園のエリートなのだった。楯無に生身の格闘戦はかなわないまでも、ことIS戦には引けを取らない。その彼女に鈴が勝てなかったとしても無理はないのである。少なくとも今は。「ところで真は?」一夏の問い掛けに本音が答えた。「反省文だって」女子校に於ける男性教諭の鉄則は皆平等に扱うこと。その通りだったと思い知った真は、机に向かい渋々ペンを走らせる。『えー、わたくし蒼月真は、持定の生徒に対し個人的な配慮を行い、その結果2人の生徒の関係をこじらせてしまいました。これは教師と生徒の信頼関係を損ねかねない行為であり、教師としてあるまじき、まさに言語道断と猛省しています。2度とこの様な事はしないとここに強く胸に誓った次第です……まる』「これでどうですか、リーブス先生」「ここ字を間違えてるわ、やり直し」「これボールペンなのですが」「だから?」「……いえ何でもありません」涙目で反省文を書く真であった。実はこの後ご機嫌取りとして優子とラウラに最上級ジャンボパフェを奢ることになるのだが、それはまた別の話である。おしまい◆◆◆もっと短いつもりが15k文字……つ、つかれました。一話としては最長じゃなかろうか。もう一本外伝を予定しています。