(右や左の紳士淑女の皆様方)(ご無沙汰しておりますお待たせしましたご心配おかけしました)(実は仕事でずっと死にかけておりました)(ストレス的な意味です)(でももう大丈夫です)(だから再開したいと思います)(ただ随分間が空いたので)(リハビリします)(外伝です)(時系列的には専用機持ちズが帰国する前です、そんなあたり)(本編は今しばらくおまちください) 毎日が日曜日だぜ、うひゃほー--------------------------------------------------------------------------------IS学園は一つの問題を抱えていた。慌てるには大きくなく、忘れてしまうには小さくなく、時折数名の教師が思い出した様に「あれはどうなった?」と発言確認する内容である。その程度の問題である。その問題の、学園外の当事者たちも同じように考えていた。実際のところ、無視しても無かった事にしても良い様に思われた。建前とはいえIS学園はあらゆる存在から独立した組織だからである。だが。多くの人がそうであるように、学園もまた人間的な心をもつ組織だった。その問題は燻り続け、何時か大きく弾けるのではないかと疑念を持った。疑念は徐々に不安となり、次第に苛立ちとなった。だからとうとう。ある金髪の教師が手を上げた。「一気に片付けてしまいましょう」どちらかと言えば気の短い彼女は我慢出来なくなったのである。だが皆も同意見で力強く頷いた。奥歯に挟まった様な鬱憤は皆同じだった。黒髪の教師も賛同した。小柄な銀髪の、準教師も同意見だった。皆から真と呼ばれる目付きの悪い少年は、慎重な面持ちでとうとう来たかと呟いた。それは。日本国政府とIS学園との会合である。 身、体、測、定(定番イベント)秋風が舞う曇り空、空に昇ったばかりの太陽も雲に隠れおぼろげだ。その様な詫び寂しい朝、IS学園の最外層にして最北端、黒いアスファルトで覆われた広大な駐車場には、日本国政府が手配した要人用乗用車が列を成し止まっていた。マイバッハと呼ばれるそれは知る人ぞ知るドイツ製の超高級車である。メタリック調のオーシャンブルーカラーで重厚な曲線を描くそのボディラインはドイツの民族性そのもの。何時ものライトグレーのスーツに身を固める真は、車両の側に立ち至って真面目な表情で見つめていた。その心中、(うわーうわーマイバッハだよマイバッハ。初めて見たよマイバッハ。これって62Sだよな。確かごせんまんえん位するグレードだ。各パーツが芸術的なまでに緻密で繊細に作られてる。とても量産車だとは思えない。くおーこの塗装どうやってるのかな、普通のカチオン電着塗装じゃこの質感はでないよな。いいなーいいなー乗りたいなーだめかなー触るだけなら良いかなー)と、はしゃぎまくっていた。繰り返すが真顔である。要人と会うため相応に着飾った千冬ら女性陣の事などそっちのけであった。そんな真に近しき女性陣数名。真の考えが手に取る様に分かるラウラは、祖国の技術の結晶を賞賛されうんうんと頷いていた。同じように真の考えが手に取る様に分かる千冬は、出迎え(政府関係者)の目を気にして表情鋭く静かに立っていた。が、不愉快だと不真面目だと不実だと心中で真を罵っていた。千冬にはここまで見惚れられた事は無い。やはり真の考えが手に取る様に分かるディアナはかつかつと真に歩み寄り、真顔で惚ける真の耳を引っ張った。笑顔で怒っている。「リーブス先生、痛いです」突然なにをするんですか、止めて下さい、と言いかけた言葉は耳をくすぐる様な声に掻き消された。「では私たちは出かけます。20時までに戻る予定ですが、何かあれば直ぐ連絡すること。判断は任せるけれど、無茶はしない様に……いいわね?」何時もより強い香の匂い。見ればディアナは何時ものライトグレーのスーツでは無く、黒いビジネススーツを着ていた。千冬のスーツよりタイトで身体のラインがはっきり見て取れた。スカートの丈は短かったが品を損なうほどではなく、艶めかしい脚を惜しげも無く晒していた。開いた襟から覗くタンクトップは純白で、胸元が開いていた。流れる金色の髪、何時もより強めのカーブを描いていた。ほつれが頬に掛る。醸し出す色香は如何程のものか。魅惑の魔法といっても良いそれに真は涼しい顔である。(ディアナはあるいみ臨戦体勢だな。餌と鞭、甘さと苦さ、愛撫と苦痛……政治家の人たちも可哀想に)ディアナに慣れている真。あくまで動じないその姿に、キスでもしてやろうかしら、そう彼女が思った時である。千冬が一つ咳をした。一拍。ディアナはぷいと車に乗り込んだ。しばらくして高級車が列を成して走り出す。2両目は千冬。3両目は教頭。4両目がディアナだ。学長を除けば、IS学園のトップスリーである。黒服だけが乗る5両目が見えなくなった時、今まで静かにしていた真耶が深い息を吐いた。組んだ両手を頭の上に、身体を伸ばす。「ん~♪」その姿に伸びをする猫の姿を重ねながら真は問い掛けた。「2人が苦手なんですか?」真の言う2人とは千冬とディアナのことだ。真耶は肩に手を乗せ、首を回しポキポキと。「まさか。2人とも尊敬していますし、好きですよ。ただ、」「ただ、何です?」「2人は厳しいですから。自他共に」根が真面目の千冬。奔放なところがあるが、締めるところは締めるディアナ。それなりに付き合いのある真耶とはいえ、上司部下というプレッシャー関係からは逃れられない様だ。たははと僅かに眼鏡をずり下げる真耶。その時心配性の千代実がぽつりと呟いた。「無事終われば良いのですが」会合の目的は、4月以降発生したトラブルの事実確認と今後の対策である。正体不明のISが、これはサイレント・ゼフィルスのことであるが、これが国内で活動している事実は政府にとっても不安要因なのである。ファントム・タスクの件を含め意見交換するというのが目的であった。「謀略知略に長けた教頭先生とリーブス先生が居ますし大丈夫でしょう。どちらかと言うと心配しなくてはいけないのは政治家の人たちかも知れません」平静に務めていたが緊張を隠せなかった黒服の男性たちを思い浮かべ、その場に居る全員がどっと笑い出した。千冬とディアナ。赴くのは一軍に匹敵すると謳われる2人だ。幾ら訓練を積んでいる黒服の彼らとはいえ、その気になれば跡形無く文字通り消せる。無理もなかろう。「織斑先生が激怒して暴れ出してもリーブス先生なら押さえられますしね」と千代実が言った。「逆じゃですよ、きっと」と真耶が言う。「教頭先生も大変だな。上司というのも楽では無い」とラウラが言った。しれっとしたものだ。「さて皆さん。我々の任務も重大です。3人が帰ってくるまでしっかり留守番しましょう」そうですねと笑いながらと女性3名と少年1人、職員室に帰っていった。とある日の朝、日がこぼれだした。さあさあと秋風に曝される草や木々、そろそろ冬支度をせねばと話し合っている。災厄という悪魔が近づいていることを彼女ら彼らは未だ知らない。◆◆◆何時もより騒がしい職員室。あちらこちらで談笑が華咲いていた。その様な中、真耶は自分の席で携帯型の端末に向かっていた。カタカタとキーを打つ。彼女が取り組んでいるのは2学期末に行われる個人別トーナメントの計画書の草案だ。IS学園で行われる年間行事としては最大のイベントで各国から要人が大勢やってくる。特に今年は男性適正者が居ると言う事で、視察申し込みが殺到していた。フランス、アメリカ、イギリス、ドイツ。中国に加えてイタリアとカナダにロシア。錚々(そうそう)たる面々である。(要人の宿泊先の確保に、警備の準備。学園外は日本国政府からSPを派遣して貰うのは良いとしてその人たちの素性調査が必要……毎度毎度のことだけれど、各国要人には日本の法律も学園内の決まりも通用しないから大変ですねー)とついぼやく。そんな時、真がマグカップを差し出した。黒々としたコーヒーだ。「お疲れ様です。ブラックで良いですよね?」「あ、はい。ありがとうございます」2人揃ってぐびと飲む。真は真耶の手元を覗き込み、コーヒーから湯気を立てながらこう言った。「個人別トーナメントの準備ですか? お疲れ様です」「何分大規模で準備が大変なんですよ」「準教師なのでセキリュティ上、出来る事は限られてますが手伝えることがあったらいって下さい」「はい。その時はお願いしますね」そのとき真耶は真の顔をちらと見た。抉れた眼と左頬に走る傷は相変わらずだ。ネクタイと襟に隠れる糸傷は未だ健在。一夏より褐色で、一夏より短めの黒髪は多少すすけていた。何より目立つのが碧の瞳。シャルロットと同じ色である。一夏はちぐはぐと称したが、真耶にはエキゾチックに見えた。真耶はマグカップに口を付けながら、上目遣いでふと思う。(IS学園教師だから給料は悪くない。身長も172センチ(一夏と同じ)と合格点、16という年齢を考えるとまだ伸びそう。気遣いも出来るし、陰った表情はミステリアスと言って良い。何よりIS操縦はピカイチでとても強い。少年さと大人っぽさが同居して……あれあれ? 狙い目?)とまで考えたまでは良い物の、真耶と真の間に立ちふさがる黒と金。涙を流し諦めた。「む、無理です。あの2人に挑むなんて地雷原でスキップする様なものですようー」爆死という意味だ。肉片すら残るまい。「はい?」真は何のことか分からず首を傾げた。察したラウラの瞳が鋭く光る。「兎に角何かあったらいって下さい」「ありがとうございますぅー」べそを掻く真耶。はてな顔で立ち去る真。その時である。真耶の机から付箋(ふせん)がぽろりと落ちた。クリームイエローで、張って剥がせるよう弱い糊が付いてある。用件をメモし貼り付け、終わったら剥がし捨てるビジネスツールだ。コンピューターが発達したIS世界においてもこういった古典的な手法は現役だった。簡単に言えば真耶の忘れ書きである。ビジネスデスクの死角に張り付いていたのだ。ややっ? と思った真耶は拾い、メモを見た。息を呑む。行事とその期日が書いてあった。壁にぶら下がるカレンダーを見る。今日の日付は何時だったか考えた。その事実に気づくとみるみる顔が青くなった。立ち去る真の左手をはっしと掴む。暖かみのある生身の左手では無く、無機質な義手で触り心地は良くなかったがそんな事どうでも良かった。何事かと眉を寄せる真に、真耶は一層べそを掻きながらこう言った。「身体測定を忘れていました……」◆◆◆身体測定とは。“大きくは身長、体重の測定だが、それ以外に座高、胸囲、腹囲などの測定を含める。健康状態を知る上での基本的な値。肥満や痩せの度合い、成長の程度を知ることができる”(from KOTOBANK)◆◆◆「身体測定ってあの身体測定ですか? 身長とか計る?」真は何故泣くのかさっぱり理解出来ない。真耶はぐずりながら「はい……それを忘れていたんです」と言った。「ならやれば良いじゃないですか」真耶は歪む唇を噛みしめる。「期日が今日までなんです」この時やっと真は理解した。ディアナの存在である。奔放な面が目立つ彼女であるが、実はスケジュール、予定、計画と言った物に非常に厳しい。彼女は元軍属だからだ。兵士の命に、部隊の危険に関わる僅かなミス。元軍属の彼女とって転移し、この世界に来た今となっても看過出来ないのである。余談ではあるがかっての真の部隊“エリュニス”の副隊長として隊の管理を行っていた彼女は、経験を活かしIS学園を切り盛りする一角として君臨している。地味ではあるがそう言った実務的手腕は高く評価され、ディアナを毛嫌いするあのラウラですら例外では無い。更に余談ではあるが、ディアナの機嫌を損ねると給与の支払いが遅れたりもする。誰も彼女に逆らえないのである。だらだらと涙を流す真耶の頬は滝のよう。真にとって真耶は先輩である。この世界にやって来たとき彼女にも世話になった。今ですら何かと世話になっている。だからこう言った。「素直に謝るしか」「薄情ですそれっ!」「大丈夫です、幾らリーブス先生でも命までは取りません」「フォローのつもりですか!」「縛られるだけで済みますよ」「大問題じゃ無いですか!」「はあ」頻繁に縛られている真には真耶の危機感が理解出来ない。「わかっているんですかっ!? 糸傷って完全に消すの難しいんですよ!? 身体にあやが残ったらどうしてくれるんですかっ! もう結婚出来ません! 女の幸せどうしてくれるんですかっ!? それとも責任取ってくれるんですかっ!? それって実は遠回しのプロポーズっ?! 年下の男の子も良いかもっ! 幸せにして下さいっ!」ラウラが真耶の頭を引っぱたいた。手にはスリッパ。ハリセンで西瓜を殴った様な心地よい音がする。「すぱーんって何するんですか! 酷いです!」 真耶が涙目で非難をする。「落ち着け山田真耶。慌てふためいても事態は好転しない、悪化の一途だ。冷静になれ」同じ教師とはいえ年端もいかないラウラに諫められしおしおと縮こまる真耶だった。「でも一体どうしたら……」「どうもこうも無い。実行するしか無いだろう」ラウラはスリッパをいそいそと履く。真耶ははっと上向き、真はラウラの意図を確認する様にこう問うた。「今日、これから?」「本日は特に予定は無い上、どのみちいつかは実施しなくては成らない。これからとなっても問題は無かろう」助けてくれるんですか、ボーデヴィッヒ先生とぐずりながら真耶が言う。「私とて真耶のフォローを得ている。借りは返す」感極まる真耶。組んだ両手を胸の前に。今の真耶にとってはラウラが女神の様に見えた。「それに私の母には教官が相応しい。真耶。お前の実績は認めるが役不足だ」「はは?」「こちらの話だ。真、お前も良いな?」確定事項だと言わんばかりのラウラの視線。真は仕方ないなと身をすくませた。「俺だって真耶先生には世話になってる。異存は無いよ」「決まりだな。真耶、指揮を執れ」こうして真耶の結婚を賭けた決死の身体測定作戦が始まった。◆◆◆全校にラウラの声が木霊する。「通達。本日ひとさんまるまる(13:00)より身体測定を実施する。生徒は体育館に集合すること。また関係者は職員室に集合されたし。繰り返す……」それを聞いた学園の少女たち。僅かな間のあと悲鳴を上げた。「えーーー 急だよ急! 何の準備もしてないよ!」「昨日、ステーキ食べちゃった……」「私なんてパフェとチーズケーキ食べたのに!」「ちょっと私走ってくる!」「あーわたしもー!」「こうしちゃ居られない、授業なんてエスケープよ!」「どうしよう、このぱんつ人に見せられない……」非難と怨嗟渦巻く学園で、真耶は大急ぎで計画をまとめていた。時刻は午前10時。教頭、ディアナ、千冬が戻るのは午後の8時。残り時間は10時間だ。1クラス30名で4クラス3学年ある。合計360名。1人あたり5分必要とすると1800分、つまり30時間。機材と場所の準備、そして撤去に4時間、残り6時間。一人ずつ計っていては日が暮れる。同時に5人以上捌く必要がある。真耶は他の教師に泣き付いた。ちふでぃな(厄介事)に関わりたくないと逃げ腰の教師たち。千代実、ラウラ、真、更には“一部生徒にも依頼し”辛うじて10名確保。測定に記帳、生徒の誘導などを含めると余裕は余りない。職員室にラウラと真がやって来た。真耶が真にどうだと恐る恐る問う。「今先生たちが会場の準備しています。測定器は5人分有りました。全部動きます」「神様って居るんですね……」身長、体重、座高、視力、聴力は問題ない。眼を潤ませ神に感謝する真耶。「でも3次元測定器が全滅です」身体のサイズを測るのに使う機器である。「なぜですかっ! 3台有るはずです!」涙目で訴える真耶に、真は頬を掻きながら。「一台は外部に貸し出し、一台は調整中で分解状態、もう一台は壊れています。ぼこぼこです、どうしたんですかアレ?」今を遡ること3月に教師の身体測定が行われたのだが、ディアナに負けた千冬は腹いせに測定器を殴ったのである。もちろんただで済むはずが無い。もちろん、測定器がである。「ばかー、先輩のばかー」思い出した真耶はよよよと崩れ落ちた。ラウラが近寄りこう言った。「身体のサイズなど巻き尺で十分だ。時間も大して掛らない」「アナログですけれどこの際贅沢は言えませんね……ボーデヴィッヒ先生、蒼月先生、早速ですが巻き尺を持って現場に向かって下さい」ラウラは分かったと言った。真は何のことだと眉を寄せた。真耶は真を促した。「どうしたんですか蒼月先生。早く向かって下さい」「えーと、体育館で身体測定ですよ?」「そうですよ?」「女生徒ですよ?」「すよ?」「俺男なんですが」「非常時ですのでこの際気にしません」「……」「……」職員室の窓。つがいのスズメがちちちと鳴いていた。騒がしい職員室がしんと静まりかえった。真は眼を釣り上げこう言った。「気にするでしょ、それ!」「私の幸せが掛っているんです!」真耶は怯えてこう訴えた。真の眼は怖いがちふでぃなはもっと怖いのだ。「それでも教師ですか! てゆーか同じ女性としてどうですかそれ!?」「私がどうなっても良いって言うんですか!」涙目ですがりつく真耶。う、たじろぐ真。彼とて手伝いたい。だが身体測定は薄着だ。下着姿だ。彼には荷が重かった。なにより、ちふでぃなである。「と、に、か、く、無理な物は無理です! 他の先生に頼んで下さい!」「みなさん、関わりたくないって言うんです!」「俺に死ねって言うんですか!」「遺骨は拾います! 後生大事にしますから!」「それってどういうサイコパス?!」喧々噪々、ぎゃーぎゃーと言い争う真耶と真。時間が無駄だとラウラがこう言った。「真、やれ。男が契約を反故するものではない」「しかしだなラウラ……」「サイズ以外なら服を着ていても出来るだろう。制服分の重量は後から補正すれば良い」「同年代の男に体重を知られるのはいやだと思うぞ」「ならば2年3年の上級生を担当しろ。向こうもお前なら意識しないだろう」下着姿でもみくちゃにされた昨年をふと思い出す。泣き崩れる真耶。突き刺さる周囲の視線。真は渋々同意した。「……わかった」「では行くぞ」(大丈夫かなー)真の胸裡に宿る巨大な不安。概ね不安とは確定されている物である。◆◆◆IS学園の体育館は一般的な学校と変わらない。コーティングされ艶を持つ板材の床。白い壁、高い天井。その天井からは水銀灯が幾つもぶら下がり、煌々と屋内を照らしていた。バスケットボール用のゴールもあった。朝礼の時に使用する壇上もあった。その様な中、白いパーティションで仕切られた即席の測定室で真は不審満々で生徒の到着を待っていた。折りたたみ式の長机にパイプ椅子2つ。真は腰掛け隣の椅子の主をじっと見る。楯無だ。1人で十分だ、君も検査だろう、さっさと戻れ。こうけしかけたものの彼女は一向に動かない。終始笑みを絶やさない彼女に不安が募る。我慢出来なくなった真はとうとうこう切り出した。「あのさ、楯無」「あは」「何か企んでいるだろ?」「あは」「今回は事情が事情なんだ」「あは」「しくじると真耶先生の結婚が危ない。傷物になるって意味で」「あは」「……何もするなよ」「何もしないわよ、私はね」「……」13時を少々回ったところで生徒たち一行が体育館に入ってきた。とうとう始まったと真は人知れず気を引き締める。最初に現れたのは白井優子であった。1項目目、身長。「こんにちわ、優子さん」「はい、こんにちわ。今回はまた急ね、真」「はは、ちょっと手違いがありまして。早速計ります、それに乗って下さい」身長を測る器具は一般的なものだ。四角い台にメモリが刻まれた細い柱。生徒は脚を揃えて背筋を伸ばす。顎御引いて、その柱を滑る滑車構造の部品を頭上に当てて計る。ところがである。優子はその測定器を前にして突然跳躍し始めた。とんとんと力強く飛び、髪が揺れる。スカートもまくれ上がりその都度腿が見えて少々目に毒だ。「……あの優子さん? 一体何を?」「どうみえる?」「ジャンプしてますね。勢いよく」「正解。50回程飛ぶからちょっと待って」ぴょんぴょんと飛ぶ優子。気配を探ればパーティションの外、列を成す他の少女たちも跳躍していた。その意図に気づいた真はげんなりしながらこう言った。「……そんな事しても身長は伸びません。早く乗って下さい」「じゃんぷっ! じゃんぷっ!」2項目目、体重。体重計に乗る少女を見て真はどうしたものかと考えた。その少女は体重計に乗っていた。乗っていたは良いものの、両手を広げ、手の平は床向きに。左足を高く後ろ方向に上げ、右脚はつま先立ち。俗に言う、白鳥の湖のポーズである。「あの、ダリルさん」「なんだ真」「片足にしても体重は減りません。普通に立って下さい」「少し減るかもしれないだろ」「1グラムも減りませんってば」「乙女は1グラムに賭けているのだ!」難しい乙女の事情、真は安定しない体重計の測定値を渋々読んだ。3項目目、視力。パイプ椅子に腰掛ける薫子。真は壁に掛けられたプリントをレーザーポインタで指し示す。一般的な“C”の字判定である。「これは?」「上」「じゃあこれ」「上」「これとこれとこれ」「下、下、左、右、左、右、B、A」「アルファベットは無いっ! てゆーか、コナミコマンドは古すぎだ!」4項目目、聴力。ボリューム感のあるヘッドフォンを付けるのはフォルテだ。ピーという電子音が聞こえたらスイッチを押す、簡単な物である。「ぴー」「ボタンを押すだけです」5項目目、座高。「ご苦労様、真」「虚さん」ゆったりと歩み寄る虚を測定器に促した。椅子の背もたれに測定用の滑車が付いている、普遍的な物である。とすと腰掛けた虚の頭に滑車を当てる。数字を読んで記入。「どうかしら?」「80.5センチ、身長が157.9センチですから全国平均と比べても随分足が長いですよ」「そう? 実は気にしていたのだけれど」「何でしたら、すこし減らしておきましょうか?」あははと笑う真と、笑みを絶やさない虚。彼女は黙って指さした。その指の先、壁と扉の隙間、じっと睨むまなこ4人分。「なんか虚だけ扱いちがくない?」とは優子「不愉快だな」とはダリル「整備、手を抜いてやろうかしらね」とは薫子「ランチ奢れッス」最後はフォルテ。真は笑って誤魔化した。◆◆◆一夏は悩んでいた。苦悩していると言って良い。彼の居る場所は、測定会場となった体育館の、白いパーティションで仕切られたとある一室。パイプ椅子に腰掛けて、長机に肘を置き、頭を抱えている。パーティションの向こうには少女たちの声。彼の手には巻き尺。「どうしてこうなった……」事の始まりは、本日の午前10時を回った頃。真耶から健康診断を手伝ってくれと連絡が入った。もちろん最初は断った。真と同じだ。だが真耶の涙の訴えと、聞き及んだ真の役目。真と同じ仕事だと思った一夏は、それならと引き受けた。そして昼を少々回った頃、彼はその事実を目の当たりにすることになる。「身体のサイズを測るなんて聞いてねえぞ!」彼は手にした巻き尺を握りしめた。至る経緯を説明するのは少々手間が掛る。学園を支えている人工知能型コンピュータ“アレテー”には、生徒の情報が一元管理されている。それには氏名、生徒番号、生年月日、保護者といった情報がデータベース化されているわけであるが、性別の項目は無い。学園のシステムが作られる時、学園の生徒なら女性に決まっていると省略されたのである。一夏と真が入学する時、システムを更新するべきだという意見も有ったがわずか2人の為に予算は出せないと見送られた。つまりは一夏はデータ上女性、一緒くたにされているのである。生徒から助っ人を選抜する時、慌てていた真耶はうっかり選び、そして見落としてしまったのだ。慌てた一夏は現場の教師に訴えようとしたが、リミットが迫り鬼気迫る教師の表情を見て断念した。がやがやと近づく黄色い声。一夏はゴクリと唾を飲んだ。部屋に入る下着姿の少女たち、一夏の姿を認めるや一斉に騒ぎ始めた。一夏は1組所属、当然彼女らも1組である。1組というのは一年生の中でもっともバランスが良い。性格的な意味だ。だから。「あー、織斑君だ」「ほ、本当に織斑君が測定するの?!」「ね、ねえっ! ウェスト大丈夫かな?!」「たぷたぷ」「そんなにないわよ失礼ね!」というオープンな少女たちも居れば。(ど、どうしよう、気に入って貰えるかな……)(見られる、見られない、見られる、見られない……)(あうあうあう)と羞恥に身を焦がす少女たちも居る。嬉し恥ずかし複雑な乙女心。織斑一夏は徐々に追い詰められた。目の前には下着姿の少女たち、背後はパーティション。逃げ道は無い。だが一夏は逃げ出した。2メートルはあるパーティションを軽々ジャンプ。呆気に取られる少女一行。跳躍高度約5メートル、一夏は「あーおーつーきーまーこーとーはーむっつーりーすーけーべー!!!」とあらん限りで叫んだ。体育館に木霊する。何事かと呆然とする女性陣、その時である。鉛筆が真っ直ぐ飛んで来た。ボウガンの様に正しく飛んできた。投擲したのはもちろん真だ。「有ること無いこと言いふらすな! この馬鹿一夏!」一夏は鉛筆を人差し指と中指で挟んで受け止めた。真の位置を確認し、着地、一目散に押しかけた。「ずりーぞ真! お前も手伝え!」「手伝うってなにをだこのエロザルが!」「身体測定に決まってるだろ、ムッツリ法師!」何のことだと呆ける真。「身体測定? 一夏が?」「そうだ説明しやがれ! この変態まこ、ぶっ」真は一夏の顔面に右拳をねじ込みながら、(またドジったな、真耶先生……)と目頭を押さえた。みやに時間を確認。スケジュールはだだ遅れ。一夏の対応をしている暇は無い。「何時までぐりぐりしてやがる!?」「あー、一夏。悪いがお前やれ」「教育倫理は何処に置き忘れやがった?!」「この作戦には一人の女性の幸せが掛っているんだ、お前だって本望だろ」「そんな理由で納得出来るかよ!」「ほほう。一度引き受けたことを撤回するか、織斑一夏が」「……」押し黙る一夏を見て真は勝利を確信、踵を返す。「なら真と変わってやる。確かに手伝いは引き受けたけど、別に真の仕事でも良いもんな」「……」一夏、カウンターパンチ。「できるかそんなもん!」「そんなもんとか言いやがったか!?」「測定の話だ!」「箒も居るんだよ!」「尚更却下だ!」「ぼっきゅんぼんだぜ!? ぽよよーんのぷるるーんだぜ?!」「エロ親父かお前!?」「真なら箒も喜ぶにきまってんじゃんか!」「お前らは幼なじみだろ! 第一他の娘が駄目だ!」「だから手伝えって!」「話し聞けよ!」睨み合うこと数刻。一夏は分かったと一転、踵を返す。よく分からない奴だと、真は思ったが時刻を確認してやはり踵を返した。この時一夏はこう言った。「箒の次ぎ、セシリアなんだけどよ」「ちょっとまて一夏」疾風の様に一夏の襟を掴む真であった。にへら、一夏は締まりの無い笑みでこう言った。「何だよ真、できないんだろ?」「まあ、無理強いは出来んな。楯無が空いているから交代しよう、そうしよう」「そっかーわりーなー」「いや、気にするな相棒」あははと笑う少年2人ににじみ寄る人の影。それは学園の少女より背が高めで、僅かに重めだった。そして鋭く光っていた。見る人が見れば刀をイメージしただろう。鋭敏な感覚を持つ2少年は、歪な笑みでそっと首を回しその方を見た。真と呼ぶその声は雷鳴の如く。竹刀を振りかざす姿は雷雲の如く。空を走る切っ先は雷光の如く。篠ノ之箒、怒りの頂点である。「今度という今度は我慢ならん! 真そこに直れ! 成敗する!」「一夏シールド!」唐竹の様な音が響いて一夏が崩れ去った。暫しの沈黙。「「……」」見つめ合う2人。そして非難の少女たち。「うわー、織斑君を盾にしたよ」「ひっどーい」ひそひそと漂う声。だが誰も割って入らなかった。「あとでお見舞い行こ」「ちょっと抜け駆けは駄目だからね!」したたかな少女たち。一転、有無を言わず箒は打ち込んだ。だん、床を蹴る音は大砲の如く。唐竹、袈裟切り、逆袈裟、右薙ぎ、左薙ぎ、左切り上げ、右切り上げ、逆風、刺突。その太刀筋の鋭さと言ったら無い。「ちょ、ちょいまち。箒! 悪かったから落ち着いてくれ! おい起きろよ一夏! お前死んだふりしてるだろ! おいってば!」小さく手を振る一夏であった。ひゅんひゅんと風を切る音。箒の太刀筋を見切り全て躱す真であったが、涙目の箒をみて、一発食らわないと収まるまい、そう観念した。(あたる瞬間その方に飛んで、威力を相殺すればさほどダメージはないだろ)その時である。真の身体が掴まれた。左腕に静寐、右腕に本音。2人とも笑顔だったがこめかみに血管が浮いていた。力任せに動けば2人がけがをする。慌てふためく真、にじり寄る箒。「ちょい待ち! 身動き出来ない相手を切るのが武士道か!」ぴたり、箒が止まったとき本音はこう言った。「箒ちゃん、お仕置きだよ♪」「良い響きだっ!」 額に竹刀を喰らい真は気を失った。◆◆◆騒ぎのあと楯無と一夏が交代し、際どいところではあったが身体測定は無事終わった。真はそのまま保健室に連れ込まれた。楯無の狙いはこの騒ぎだったのである。少し時間を遡り、夕焼けに染まる保健室。清潔な白いベッドに横たわるのは真だ。傍らに控えるのは箒で、じっと真の寝顔を見ていた。一つ風が吹く。真の寝顔を見るのは箒にとって数度目だ。まだ真が学生だったころ起きないと本音にせがまれて何度かたたき起こしたことがある。その時の寝顔は死者の様だった。肌は白く唇は薄く、生気を欠いていた。永遠に動かない、その様に思われた。だが今は普通の少年らしく生気に満ちていた。箒はその真の額に手を添えて、こう思った。(この生気を得るのに僅かでも役に立ったならばそれで良いか)「いてくれたのか」真はゆっくりと眼を開けると、ゆっくりと身を起こした。夕暮れの灯、頬に赤みが差していた。「……一応とはいえ、私にも責任の一端がある」突如つっけんどんな態度の箒であった。「一端所じゃ無いだろ、おもいっきり当事者だ」「お前が失敬な事言うからだろう」「違いない」真は頬を掻いた。バツが悪そうにしていた。「済まない箒、俺は配慮を欠いた」「本当に謝っているのか怪しいものだな」「本当だ」「怪しいな」「本当だ、どうしたら信じて貰える?」その時である。急に箒が落ち着かない、足場の無い様な態度をし始めた。「どうした箒、そわそわして」「じ、じつはだな」「ああ」「わ、私の身体測定はまだ終わっていないのだが」「はあ?」真が箒の言葉を理解するのに数秒かかった。我ながら間抜けな声を出したものだと己自身を戒めた。くしゃり、真は己の頭を掻いた。一つ深呼吸、そしてこう続けた。「巻き尺が無い」「ここにあるのだが」「記録媒体が無い」「タブレットを持ってきた」「……俺の、胆力が無い」「それは私がつけてやろう」箒はそっと、真に口づけをした。「これでどうだ?」「……巻き尺を貸してくれ。一つ言っておくけれど、この状況で“そんな事”をしたら自分を抑える自信は無いからな」「楽しみにしている」小さく笑うと箒は一つ一つ衣類を脱いだ。現れたのは紅赤色。無機質な保健室に咲いた一輪の花、真はそっと箒の身体に手を伸ばした。その少女の躰が赤いのは、夕暮れか否か。それを知るものは2人だけだった。◆◆◆翌日、どこからともなく聞こえる悲痛なすすり声。朝日が差す柊の食堂で、セシリアは仏頂面だった。コーヒーの入った白いマグカップ、ティナは不思議そうにこう言った。「どうしたのですかセシリア。機嫌が悪いようですが」「状況次第であそこまで大胆になるとは思わなかったのです」「なにがです?」「女がですわ」ふふふ、と響く声は夜叉の様である。セシリアは箒をけしかけ、廊下で様子を覗っていたのであった。「身を引くのですか?」と察したティナが問う。「まさか」とセシリアは言った。「彼女は確かに強敵ですが、少々純真すぎますもの。私のアドバンテージは変わりませんわ」「セシリア、私は貴女と友になったことを今ほど感謝した事はありません」「それは、先達という意味かしら」「見ていて飽きないと言う意味です」結局、真耶はディアナに説教された。記録日の改竄を失念した為である。◆◆◆と言う訳で如何だったでしょうか。色々な議論があったあの話をこう変えてみました。疑問点があれば書き込み下さい。なお、2人が一線を越えたかどうかの回答は控えさせて頂きます……うふ。それでは。【作者のどうでも良い話】あと2,3本外伝を書こうかと思います。本編はストーリが未だ浮動中。どうしようかなーと悩みまくっています。