俺が扉を開けたとき職員室は驚くほど静まりかえっていた。何時もは騒がしい、この空間が嘘の様だ。誰も彼もが一様に黙っていて一瞬葬儀の列を見ている錯覚に陥った。窓から射し込む柔らかな夕陽が皆の表情に影を落とし、一層それを強調する。いつもは陽気な3年の教員が押し黙っている。 夕影が動く。眼を細めると壇上に教頭先生が立っていた。もともと証券会社のディーラーだという彼女は表情を余り表に出さず、日頃なにを考えているか分からなかったが、流石に今日は別の様だ。厳しい視線を俺に寄越していた。 見渡すと皆が皆席に着き、壇上に立っている教頭先生を凝視していた。ぼうっと突っ立っていると誰かが咳払いをした。俺は急いで席に着いた。 ISコアの製法公開、まだ解析らしい解析も行われていないが、概要を説明するとこうだ。チタンとインジウムを主成分とする結晶構造で、自己組成能力を有する金属情報体。簡単に言えば金属性のニューロネットワークと言ったところ。 両元素の結晶化にニオブとパラジウムが触媒として使用され、特筆に値するべき事がその結晶化に使用されるエネルギー量だ。一個製造するのに必要な電力が約8000万キロワットアワー。これは130万キロワット級原子力発電所が1年発電する量に相当する量である。 俺はとりあえず安堵した。製法がこれでは公開されたところで、おいそれと作れるものではない。為政者がISの量産化を望んだところでコストが掛りすぎるのだ。それこそ1年に1個出来るか出来ないかだろう。IS大隊など夢物語である。 だが、政治的にはどうだろうか。単純にコストが問題であれば世の中はもっと単純だが、実際はそうではない。どこもかしこも我先に、ISをと考えるべきだ。なにより、ISのエネルギー増幅能力がある。 今は規模が小さいが、この研究がすすめば、大量のエネルギーを利用出来るようになる。上手くいけばISコアでコアの製造エネルギーを賄うことも出来るだろう。いずれにせよ世界が大きく変わる……そこまで考えた時、俺は教頭先生の厳かな声で我に返った。議題は長期的な問題は棚上げして、コアの製法公開に対する学園の今後の方針に移っていた。「今まではコアが少なく、ISに携わる事すら難しかったが、数が増えれば話は変わってくる。1人当たりの重要度が下がり、分散するはずだ。他の国、地域にIS学園の様な施設が作られることも当然考えられる。問題はその時我々の役目はどうなるか、どう動くべきかだ。各位柔軟な発想で意見を言って貰いたい」 教頭先生の問い掛けに、様々な意見が出された。世界唯一の育成機関、この看板が下りれば予算が減り、今まで通りの運営が難しくなる。競争の原理が働き逆に予算が増える。 優秀な生徒が分散し、学園生徒の質が落ちる。逆に国際交流が増え、生徒のみならず教師間でもIS育成が活発になる……等々。意見は真っ向から分かれた。良くなるか悪くなるかのどちらかである。つまり情報が少なく現段階では分からないと言うことだ。 一通りの意見が出されたところで、教頭先生と眼が合った。中年の、カーリー・ウェーブ・ヘアのその人は、微かに笑うと、それは微笑と言うよりは挑発に近い様に感じたが、確かに笑いこう言った。「蒼月先生は何かあるか」 視線を浴びた俺は立ち上がる。ディアナと千冬がちらと俺を見た。「推測の域を出ませんが、他の地域に学校形式の育成機関が作られることは間違いないでしょう。ただ今のところそれ程問題とは考えていません」「それはなぜか?」「IS学園が設立されて早7年、学校という枠組みで考えれば短いですが、進歩速度が速いIS関連機関と見ればすでに歴史があると言っても言い過ぎではありません。学園にある訓練機を揃えるだけでも相応の時間は掛るでしょうし、生徒や教師には日本人以外にも外国籍の先生が沢山居ます。なによりブリュンヒルデ級の教師もいます。新興の育成機関に対し十分なメリットがあると考えます。もちろん地位に甘んじるのは論外ですが。それより問題は教育面より軍事面が問題です。ISが一機あるだけでも大きく違う、今回の一件が契機となり世界規模での軍備再編が進むことは十二分でしょう」「結論をたのむ」「学園の解体が考えられます、もちろんワーストケースとしてですが」 辺りがざわついた。この俺の意見は誇張だろうか、いやそうではない。他所の地域で軍備と言う事が現実味を帯びると、学園に於ける訓練機数が改めて評価されるはずだ。学園訓練機数30機、少ないと考える人は少ないだろう。同意見なのか、教頭先生は頷くとこう言った。「ふむ、荒唐無稽と片付けるには筋が通っている。こうなると今後の活動方針に保守的な物を含めなくてはならないな……今件は継続審議とし、各位は提案書を提出すること。織斑先生」「はい」 千冬が立ち上がった。「当面、学園周辺の警備体制をもう1ランク上げ、情報収集に努めるように」「分かりました」 ◆◆◆ かって楯無の技は舞う水と評された。流れる清流の如く淀みなく滑らかに、霧の如くつかみ所無く変幻自在、ひとたび打てば鉄砲水の様に荒々しい。神童と呼ばれしその少女は、幼き頃からその才を申し分ないほど発揮した。幾年が流れ、その少女は誰もが思う楯無となり、その少女もまたそれを受け入れた。寝転び、天井を仰ぐ一夏は思う。才というのは一つじゃないんだな、と。 一夏が一瞥を投げると道着を纏うその少女が立っていた。「更識先輩、そろそろ種明かしを」「だーめ。言ったでしょう、頭を使って盗みなさいって」 楯無が一夏の訓練を施す様になり一ヶ月少々が過ぎたが、未だ一本も取れず、黒星を重ねている。理由は簡単で、訓練と言っても楯無が具体的に何かを教えるわけでも無く、ただひたすら組み手を行っているだけだからだ。組めばただ投げられ、床に叩きつけられる。それをずっと繰り返していた。「そうは言っても何がなにやら、ちんぷんかんぷんで」「男の子でしょ、泣き言言わないの。ほら何時までも寝っ転がっていないで、ちゃっちゃと立ち上がる。それともどうする? 今日はもう止めとく?」 涼しい顔の楯無に、一夏はゆっくりと立ち上がった。その表情には悔しさを隠すこと無く滲ませている。 一夏は左脚を一歩前に構えを取る。両の手の甲をかざす様にするその構え、左構えと言うがこれは静寐から教わった合気道の基本の構えだ。連敗が続き、付け焼き刃は百も承知で教えを請うたのである。一夏の眼に、楯無が映る。鋭くも無く激しくも無く、ただ静かに立っていた。(掴むといつの間にか投げられるのはなんでなんだぜ。スピードもパワーも俺の方がある、それは間違いないのに。何かが変だ、何処が変だ? 例えば楯無先輩のこの構え、動かずにじっとしていて、俺が掴んだ途端、こうふわっと、まるで手品みたいに……んあ? まてよ、種も仕掛けもある手品、それを見られない様にしているとしたらどうだ?) 彼は天啓を得たかの様に、構えを解き静かに歩み始めた。彼の脳裏には今まで何百回と投げられた楯無の、身体の肩や腰、頭や足に腕、それらの位置が明確に再現された。「む、気づいた様だね」 楯無の言葉に警戒の色が混じる。構えが変わる、彼女は重心を足の平全体から親指の付け根に移した。静から動だ。 2人の間合いが交わるその瞬間、一夏の身体が宙に舞った。壁の茶色、床の緑色がくるくる回る。叩きつけられる。身体のダメージは全くなかったが一夏は悔しさを隠すこと無く両の手足を広げた。「くっそー いけると思ったんだけど……やっぱだめかー」「そんな事無かったわよ」「でも投げられたじゃないですか」「結果はね」 結果が大事でしょうと、一夏が上肢を起こした時、その光景を見て、唖然とした。何度挑んでも息一つ切らしていなかった楯無が、息を乱し大粒の汗を流していたのである。接戦だったことの表れだ。一夏のプレッシャーがそれ程大きかった事を意味していた。 一夏のなめ回す様な視線に居心地の悪さを感じながら楯無はこう言った。「一夏君の見抜きは正解よ、いい? 人間の動きには骨格や筋肉の付き方から生じる限界、つまり動きに制限があるわけ。逆に言えば身体の状態から動きが予測出来る。一夏君のスピードに私が対応出来たのはその為。そしてどうして一夏君に気づかれない様に投げられたのかというと、」「俺自身の身体の影に隠れて投げていたというわけですね」「ご名答、如何に反応速度が高くても見られさえしなければ話は別だもの」「そうかーそうか、よっしゃ! 楯無先輩もう一本!」「じゃ訓練は終わりよ」 一瞬ぽかんとした一夏だったが、頭を下げて喰らい付いた。「先輩、あと一本だけで良いですからっ!」「もうタネがバレた手品は終わり」 右手をひらひらさせて踵を返す。「勝ち抜けなんてずるいですよ!」「知らなかった? 私はずるい女なのよ」「そりゃないですよ~」「一夏君」「……なんですか」 憮然と言うよりはふて腐れている一夏だった。その一夏に楯無は警戒の面持ちでこう言った。「今のは武術の基本、基本だけれど根底を成す物。これを覚えた君は恐らく名実共に最強になる。君はその力をどう使うの?」「皆を守る為に使います」「簡単に言うのね」「いけませんか?」「守るってそんなに単純じゃないの。100歩譲って守ろうとするのは良い、でも強い力は災いを招く事もある。何より君はまだ16歳、力に溺れる可能性だって有るのよ、1年後、10年後、君が君でいる保証なんて無いじゃない。私はそれが怖い」「怖いならどうして俺のコーチを引き受けたんです」「とある人物の頼みじゃ断れないわよ」「それが解答です」「どういうこと?」「俺は一人じゃない。千冬ねえも居るし、鈴たちも居る。なにより、目付きが悪くて陰険で、臆病なぐらい慎重なくせにひとたびISに乗ればのっぴきならない、ダチがいるんです。俺がおかしくなったらそいつが怒ってくれますよ、馬鹿一夏ってね。だから大丈夫です」「随分仲が良いのね」 表情無く、堅い口調。楯無自身気づかない嫉妬という感情に気づいた一夏は笑いながらこう言った。「そいつ、ちょー奥手なんです。彼女候補の二人も古風というか奥ゆかしいというか、ともかくそいつと同じで、俺やきもきしてて。どうです? 年上の余裕を見せてやってくれませんか?」「……」 楯無は頬を染めてそっぽを向いた。一夏は屈託無く笑っていた。 ◆◆◆ 11月最初の週末は大忙しだった。一つは教職の仕事で、授業の他に訓練要項の作成。生徒たちにどの様な指導を行えば適切か、これが案外難しい。自分の常識は他人の非常識、何故と聞かれても回答に困る時がある。それはそう言うものだから、で中々納得はして貰えない。かって所属していた軍隊の様に命令だとするわけにも行くまい。 千冬やディアナも天才肌なので意外に教えるのが上手くない。そう言う時は真耶先生だ、彼女は常識的な視点を持っているのでありがたい。根掘り葉掘り、聞きまくっていたらディアナにこっそりと怒られた。決して胸に目が行っていたわけでは無いのに。 もう一つは授業後で、専用機持ちとの模擬戦に本音らが活動をしている同好会の顧問指導。箒、セシリア、鈴、一番強いのは鈴だ。勝率は6割を超え、一夏を除けば全員に勝ち越している。近距離は双天牙月、遠距離は龍砲、鈴の性格とも相まって非常にバランスが良い。この調子なら来年開かれるモンド・グロッソへの出場も夢ではあるまい。 セシリアは鈴に次いで第2位。ブルー・ティアーズは中遠距離型、高速巡航に優れるが機動力に劣る。その為の子機であり、フレキシブル(偏光制御射撃)なのだが如何せんアリーナが狭すぎだ。これが大空ならばひけは取りませんのにと、セシリアが溢していたのは此処だけの秘密である。国から何か言われないのかと心配になって聞いてみたら、BT稼働データは順調に取れているので大丈夫なのだそうだ。溜飲が降りた。 箒は勝率が小さいものの、まあ専用機を持って日が浅いから小さいのは当然であるが最近順調に白星を増やしている。先日、とうとう鈴から勝利をもぎ取ったと聞いた。立ち会ったセシリアに言わせれば偶然といってもいい勝ちらしいが、勝利は勝利だろう。はしゃぎながら俺に報告してきたその姿は、本人に言わせれば冷静を装っていたのだろうが、無邪気に笑う子供の様でとても微笑ましかった。 本音らが活動している同好会だが、皆熱心でがんばっている。5人いるので訓練機が借りやすく週2は実機で訓練だ。各位毎回60分ほど乗れている。残りはシミュレータなのだがこれが意外によく出来ていて馬鹿に出来ない。子供の頃あそんだ大型筐体のビデオゲームな感じでぐるぐる回る。懐かしさの余りつい調子に乗って5人同時相手に完勝してしまったら、やり過ぎだと千冬に怒られた。後日、メンタルケアという名目でデザートを奢るはめになった。 これらが終われば教職員免許の勉強。テキストを片手に鉢巻きを絞る毎晩である。正直辛いところであるが、仕方ない。何故かというと千冬はゆくゆく俺を正式な教員にすることを考えている様だからだ。まあ生涯、非正規職員というのも格好が付かない。教壇に立つのも悪くないだろう。どうでも良いが目を通しただけで覚えるラウラの能力に、驚きと言うよりは怒りすら覚える。ぱらぱらとめくっただけで一語一句覚えるのだ。おお神よ、貴方は不公平だ。「で、一夏はブルー・ティアーズの光弾を雪片で打ち返したのか」「ええ、ベーブ・ルースの再来と言わんばかりで、こうカキーンと」 セシリアは握り拳をスウィングの要領で軽く振るうと深い溜息をついた。今日は11月11日の日曜日。セシリアの、16歳の誕生日である。 ◆◆◆ ここはMの字で有名なファースト・フード店。最近値上げされたがそれでもリーズナブルなバーガーショップである。本当はもう少し豪華なところをと思っていたのだが、業務に忙殺されて予約を失念してしまったのだ。セシリアに詫びたら、構いませんわ祝ってくれるのでしょう? と言われて不覚にも泣いてしまった。 店内を見れば学園生だけでなく他の学校らしき生徒も多数見える。カップルらしきペアも見えた。他から見ると俺らはどの様に見えるのだろうか、そんな事を考えた。 セシリアはチーズ・バーガーとカフェ・オレを。俺はダブル・バーガーとコーヒーを注文した。カップを持ちながらセシリアは言う。「偶にはこう言うのも悪くありませんわね」「ハンバーガー?」「ええ」「まあ確かに毎日は飽きが来るかな」「健康が抜けておりますわ、なにより美容にも良くありませんし」「成る程それは一大事だ。でも、」「でも、なんですの」「セシリアと一緒なら毎日でもいいな、多分飽きることは無いよ」 彼女は黙ってフライドポテトを頬張っていた。彼女のカーディガンはニットのライトグレーで、シフォンのワンピースはドット柄。珍しくカジュアルな装いだった。だが黒のロング・ブーツが相まって何時もより大人びて見える。 彼女は黙って2本目のポテトを頬張った。顔はそうでも無いが、耳が赤い。照れている様だ。俺は静かに笑ってコーヒーを飲んだ。かわいい。 今までの道乗りはと言うと、待ち合わせるのも何だからと、2人で一緒に学園を出た。そのとき先輩ズに見られてはやし立てられた。程なくして貴子さんにも知られるだろう。恐らくきっと茶化されるに違いあるまい……いや彼女はそんな事はしないか。 そのあとセシリアと一緒に駅前をぶらついた。プレゼントは食事の後でゆっくり選ぼうとそう言ってこの店に入った。相応に混んでいたが幸いにも通りに面する窓際の席に座ることが出来た。空は高く、雲は薄く筋を引いて、陽気を感じる良い秋の昼日だった。 何にしようか本当に悩ましい。服にしようかアクセサリーにしようか、ジュエリーだって可能だ。今日の日の為に資金は貯めに貯めてある。相応のものででも大丈夫だ。 そういえば、はやし立てる群衆の中に楯無がいたが彼女の表情に影があった。僅かな物だったがどうかしたのだろうか。「……真」「なに?」「今私が何を言ったか話してみなさい」「美容と健康が」「まったく聞いていなかった様ですわね」「そーいえば一夏がさ、」「上の空とは失礼ですわよ、一体なにを考えていたのやら」「プレゼントをどうしようかと考えていたんだ」「嘘おっしゃいな、他の女性のことを考えていたのでしょう」「……何故そう思う」「顔を見れば一目瞭然ですわ」 こわい。笑顔のセシリアが心底怖かった。「正直に言うとだな、調子が悪そうな人が居て、どうしたのだろうと考えていただけ。決してやましいことじゃない」「どなたが?」「それは内緒」「やましくないのではなくて?」 ぐうの音も出ない。「生徒会長だよ、彼女調子が悪そうだったんだ」「そうだったかしら」「はやし立てる皆の中、1人俯き気味に口を閉ざしていた。なにかあったのだろうふゃ……しぇしりあ、いふぁい」 頬を抓られた。見ればセシリアのこめかみに血管が浮いている。笑いながら、だ。器用な物である。「本気で言っているのかしら。そんなわけないでしょうに」「他に意図があると? ……仮病なわけないよな、何故?」「秘密です。というか信じられないですわ、まさか真が、一学期の一夏さんの様」「なんか知らないがえらい言われ様だな。傷付いたぞ」「もうやめにしましょう、せっかくの日を台無しにしたくありませんもの」 セシリアの言っていることが何だったのか、結局分からずじまいだが敢えて追求しなかった。彼女の言い分に異存が無かった為であるが、なによりその真実を知る事にためらいがあったからだ。知ってしまうと気づいてしまうと後戻り出来なくなる。「まあ無かった事にも出来るんだけどな」「どう言う意味ですの?」「なんでもない。とにもかくにも、おめでとうセシリア」 時が穏やかに過ぎていった。 ◆◆◆ セシリアとの会話は、大体学園生活のことである。既に生徒ではない俺にとって、皆のことはとても興味深かった。 例えば皆は、部活動に精を出しISに乗る。勉学に精を出しISに乗る。ときには教室で授業中、タブレットを片手にこっそりチャットに精を出す、そしてISに乗る。大体皆は青春を謳歌している様だ。 訓練機とはいえISは兵器だ。浮ついた状態で学べるのかという堅い意見も有ったそうだが、切り替えが出来ていれば問題ないと個人的に思う。無駄が出来る年代はそれ程多くないのだ。 俺は中学を卒業しそのまま働き始めたから、彼女らの気持ちは分からない。だが、一学期だけとはいえ高校生活を送った俺にはその大切さがよく分かったから、だからこそ尊重したいとおもう。無駄な時間を過ごして欲しいと思う。それを後押しするのが教師の務めだ、まあちょっとだけ、学生に戻れればと思うことはあるけれど。 大通りを歩き、交差点を曲がり小道に入る。セシリアに手を引かれ入ったそこは商店街だった。右には雑貨や衣類が並んでいた。左には居酒屋とラーメン屋があった。整備された学園都市とはいえ一歩裏に入れば地方都市と変わりない。白地に赤のラインが入った学園服がちらほら見受けられるだけだ。俺は少々面食らっていた。この通りに買おうとした物が無いからだ。服にしろアクセサリーにしろ価格帯が二桁ほど違う。勿論ここにある物は安い方だ。「真、どうしましたの?」 彼女の、裏表のない問い掛けに俺はこう言った。「セシリア、3丁目に行こう」 3丁目とは宝石店やブランドショップが建ち並ぶ高級商店街だ。某有名ブランドなどお馴染みのロゴを見ることが出来る。客層も異なり、学園服も更に稀。セシリアやティナの様なご令嬢御用達の一画だ。ここにセシリアに見合う物は無いと考慮にも入れておかなかった。「真、高ければ良いと思っておりません事?」「質と値段は得てして比例するだろ、安物を贈るつもりは無いんだ」「分かっておりませんわね」「すまない、よく分からない」「特別であれば良いのですわ、真が私の為だけに贈った物、それが重要です」「……」「そもそも、私が買うアクセサリーの価格は真の給料でも厳しいですわよ」 セシリアは笑っていた。とても嫋やかな笑みだった。 ◆◆◆「と、まあそんな事があってさ、何が欲しいかと思えば指輪なんだってかわいいよな。ほらこれ、右手の薬指にはまってる奴、プラチナのペアリングだって。俺には似合わないって言ったんだけどさ、是非付けて欲しいって言われちゃ仕方ないよな。知ってるかプラチナって白金なんだぞ、レアメタルなんだぞ、非常に安定した金属で、まるで2人の中が非常に安定しているって事に掛けているに違いない、っておいラウラ、料理は良いから聞いてくれよ」「これ程苦痛だとは思わなかった」「なにが?」 専用機持ちを含む大半の海外出身生徒に帰国命令が下ったのは俺が帰宅して数時間後のことだった。 ◆◆◆そろそろ波乱の予感。