運命という視点で見ればそれは「必然」なのかもしれないが、もっと小さな今や、少し前という視点で見れば「偶然」ともいえる。 まぁ「必然」であれ「偶然」であれ私にとっては過ぎたることで今起きてることに何ら変わりはない。 「必然」か「偶然」かを思案するのは悪くない。 ただ、タイミングを間違えれば今が疎かになるし、下手をすれば先がなくなりかねないことには注意したいと思う。 もし今の私の境遇が誰かによる「必然」だったとしても私が私だからこそ、その誰かにとって「必然」だったのだと思う。 要は相互作用だ。 ならばやはり私の道は私の選択によるものだ。 彼や彼女との出会いも私の選択の結果だ。「あんた達、誰?」 少女は地面にへたり込む自分より小さな少女と、その後ろの少年にそう声をかけた。 声をかけてきた少女の背後にはとても澄み切った青空。 その下、少女や少年の周りには背丈がひざ下ほどもない青々とした草原が広がっている。 声をかけられた小さな少女と、その後ろの少年は二人そろって草原にへたり込んでおり、声をかけてきた少女は、そんな二人を、腕を組んで見下ろしていた。 へたり込む少女の歳は見たところ十歳程度、その後ろで同じくへたり込んでいる少年は十五、六だろか。 小さな少女は声をかけてきた少女をジっと見つめる。 声をかけた少女は白いブラウスの上に黒いマント、桃色がかったブロンドの長い髪に白い肌。スレンダーな体は、残念なことに女の子にとって、あったほうがいいかもしれない胸部までスレンダーだった。 たぶん、かわいいとか美人とかそんな形容詞が似合う人だな。と小さな少女は思った。そして周囲を見渡せば声をかけてきた少女と同じような格好をした、少年少女たちがたくさんいる。無論、少年たちはスカートではなくズボンではあるが。 何より驚くべき 光景は、その少年少女たちのそばには大小さまざまな見たことのない、いろんな生物がいた。 へたり込む少女と少年が半ばポカンとしていると、「ちょっと! 聞こえてるのっ? あんた達は誰?」 先ほどの質問に答えないことに腹をたてたのか腕を組んだ少女は語気をあらげる。 正直、へたり込む二人にとっては、そっちこそ誰……ではあったのだが少女の方が軽くため息をついて、「ミルア・ゼロです。貴方は?」 ミルアが名乗ると少女は僅かに眉を寄せた。 周囲からも「ゼロだってよ」と明らかに嘲笑の意図が感じられる声がする。 その反応にミルアと名乗った少女は僅かに首を傾げる。 何か自分の名前はおかしいのだろうか? それは確かに数字みたいというか数字そのまんまだけど、と。 そして目の前の少女は何故か、こめかみをピクピクさせながら軽く胸をそらして名乗る。「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」 長い。無理だ。聞き取りきれない。 そんなミルアの苦悩を他所に、ルイズと名乗った少女は、ミルアの後ろにいる少年に視線を移して、「で、あんたは誰?」「え? 俺? 平賀才人」 少年は慌てて名乗った。 その時、ミルアはふと思った。 平賀才人は名前的に日本人で、だから苗字が先で、名前が後。ただ、先ほど聞いたルイズなんちゃらという長い名はたぶん家名が後になってるのではないかと。 だからミルアは才人の発言を訂正するように、 「サイトです。サイト・ヒラガが正式です」 ミルアがそう言うと才人は困惑の表情を浮かべるが、そんな才人にミルアは首をふる。 ほんの少し自分にまかせてもらえないか? そんなミルアの意図を理解したのか才人は軽く頷いた。「どっちでもいいわ。で、あんた達、何処の平民よ?」 ルイズは苛立ちを隠そうとせずに問う。 へいみん? なんだろうそれ? 僅かに考えてそれが、いわゆる身分の平民だとすぐに気が付くミルア。 そしてルイズと名乗った目の前の彼女の高圧的な雰囲気から察するに、ここは身分の上下に厳しい所なのだろうかと思案する。 そんななか周囲にいる沢山の少年少女もこちらを見て、平民だ、と口々に呟いていた。「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を召喚してどうするの? しかも二人も」「召喚じゃなくてどっかから連れてきたんだろ? 拉致だよ拉致」 そんな周囲の声にミルアはふと思い出す。そう言えばここに来る直前に才人さんと一緒に光る鏡のようなものをくぐったな……もしかして、アレをくぐったことによって自分たちは「召喚」されたのかな? と。 だが召喚も拉致もミルアや才人としてはあまり違いはない。 なんとなくではあるが状況を理解できつつあったミルアだが、才人は未だに全く理解できず地べたにへたりこんだまま、オロオロしている。「違うわよっ! 拉致なんてしないわよっ! ちょっと間違えただけよっ!」 ルイズは声をあらげ周囲の人間に抗議した。 しかしルイズの抗議に対して誰かが、「ちょっと? いつも失敗してるじゃないか? そもそも成功したことあるのかよ? 『ゼロのルイズ』」 「ゼロのルイズ」という言葉にルイズは眉をつり上げる。 周囲の人間やルイズが騒ぐ中、ミルアはさらに周囲を観察した。 広い広い草原の先、そこには石造りと見られる建物が見える。複数の塔とそれを繋ぐような高い壁。周囲に他の建物がないことから、恐らくここにいる彼らはあの建物から来たのだろうか? そう考えながら、ふと視線をルイズに戻すと、彼女は未だ自分をからかってきた連中と揉めていた。 ミルアはそれをしり目に才人の方を向く。 すると才人は小声で、「なぁミルア、ここ何処なんだ? もうワケわかんないんだけど」 普通は誰でもそうである。 しかし才人は比較的落ち着いている。 一人きりではないということからか、あるいはパニックになることすら忘れているか。「まぁ、地球じゃ無いでしょうね。仮に地球だとしても先ほどまで私たちがいた地球じゃないでしょうね。まぁ異世界じゃないでしょうか」「い、異世界ぃ?」 ミルアの突拍子もない言葉に驚愕する才人。 そんな才人にミルアはこくりと頷く。 ミルアは不意に才人に顔を近づけ、「才人さん、少しの間、私に任せてもらえませんか? 実はいうと私、こういう異世界とか慣れちゃってるのですよ」 ミルアのとんでもない発言に、追い付いていけない才人はただただコクコクと頷いた。 才人の了解を得たところでミルアは再び周囲を観察し始める。「ミスタ・コルベールっ! お願いです! もう一度召喚させてくださいっ!」 見るとルイズは中年の男性に詰め寄っていた。黒いローブに大きな木の杖。いかにも魔法使いといった格好だ。 髪の毛の量が残念に見えるが、もしかしたらファッションとして剃ってるかもしれない。異世界の、ましてや男性の美意識なんてよくわからないのでミルアに言及はできない。 ミスタ・コルベールと呼ばれた男性はルイズに発言に対して首を横にふり、「ミス・ヴァリエール、それは許可できない。今行っている春の使い魔召喚は神聖な儀式だ。それをやり直すということは、神聖な儀式を汚すということになってしまう。ミス・ヴァリエール、君は賢い生徒だ。理解できるね?」 ルイズは軽くたじろぐが、それでも諦めず、「でもっ! 平民を使い魔にするなんて聞いたことありませんっ!」 ルイズがそう抗議すると周囲の少年少女達がどっと笑った。 そんな彼らをルイズは睨み付けるが、彼らは笑うことをやめない。 ミルアがふと才人を見ると、その顔には不快感が出ていた。 その視線の先にはルイズや、彼女をあざ笑う少年少女達。 才人が不快感を表に出している理由がミルアにはなんとなく理解できた。 一人の少女をよってたかって笑いもの。しかも本人はそれを望んでいる様には到底見えない。 才人が不快感をあらわにしているのも理解できるし、現にミルアも表には出さないが不快感は感じていた。「ミス・ヴァリエール。彼らは平民かもしれない、人間を使い魔にしたという話も聞いたことはないが、彼らと契約しなければならない。何故かはわかるね?」 コルベールがそう言うとルイズは深いため息をついて肩を落とした。 そしてミルアや才人の方を見て再びため息。 ため息をつきたいのはこちらだ、という言葉を飲み込みつつミルアは左手をすっ、と挙げ、「あの、契約でしたら、こちらの才人さんとどうぞ」 ミルアの言葉に才人はぎょっとして、「ちょ、ちょっと待てよっ! なんでそうなるんだよっ!」 抗議する才人にミルアはぐっと顔を寄せ、「あの状況下、召喚されたのは才人さんだと思われますけど……それに私はあの鏡のようなものに吸い込まれる才人さんを助けようとして巻き込まれたんですよ? それに私がどうして召喚に巻き込まれたのかわかりますか?」 自分の目をまっすぐ見て問うミルアに才人は顔を軽く背け、ばつが悪そうに頭をかいた。 話はミルアと才人がルイズと呼ばれる少女に召喚される前、ミルアと才人の出会いまでさかのぼる。 ぽかぽかと気持ちよく晴れた空の下、才人は上機嫌で家路を急いでいた。 平賀才人。高校二年生の十七歳。 周囲の評価は「好奇心が強くて負けず嫌い、けど何処かヌケている」まぁおおむねそんなとこだった。 そんな才人はまだこの時、日本の東京にいて、ノートパソコンの修理を終えたばかり。 やっとこれでインターネットができる。ノートパソコンを修理に出す直前に、出会い系に登録していて今日までお預けをくらっていた。これで彼女ができるかも、と期待に胸を膨らませていた。 そんな帰路の途中、ふと、才人の視界に影が差した。 何事? と、才人は上を見上げる。 すると、一人の小さな少女が才人の目の前にふわりと降り立った。 いやに白く小さい女の子だった。 身長が百七十ある才人に対して少女は百三十前後しかない。 肌の色は病的といっていいほどの白。 そして少なくとも日本ではありえないような白い髪が太陽の光を反射してキラキラと輝いているように見える。 髪型も少し変わっている、前髪は目に少しかかるほどで後ろ髪の長さは肩までだが、ちょうど真ん中あたりの一束が異様に長く、腰まで届きそうなぐらいだ。 まるで後頭部から尻尾が生えてるようで。 一方で服装はとても簡素に、白いブラウスに黒のプリーツスカート。 手にしているのは黒いナップサック。 外人さんだろうか? 才人は目を丸くして少女をみていたが、少女はそんな才人をしり目に辺りをキョロキョロと見渡していた。 そんな少女に才人は声をかけてみることにした。 出会い系サイトに登録してメールを待つ、という異性にに対して受け身全開な才人であったが目の前の少女が自分より明らかに年下であろうと思えたことと、何より日本では、しかも地元では珍しいすぎる容姿。 持ち前の好奇心が強く刺激された。「や、やぁ今日はいい天気だね。ところで君は誰?」 と、通じるかわからないが日本語でファーストコンタクトをはかる。 すると少女は才人の目をまっすぐ見て、「ミルア・ゼロです。貴方は?」「平賀才人」 才人はそう答えたが視線をミルアから外せずにいた。 深い深い、ミルアの瞳はそんな赤い色をしている。 才人が見入っているとミルアは、つい、と左手の人差し指を空に向ける。 上? 空? 何事? サイトが訝しげに空を見上げると、「見ました?」 ミルアがそう問う。 その問いに才人は首を傾げる。 見た? 何を? 小さいのに黒いパンツとはやるな、この少女、とは思ったけど他は何にも見てないよ? 才人は心の中でそう答えておく。 ミルアも首をかしげながら「飛んでるとこ見られたと思ったんですが……」などとつぶやいている。 才人はそんな呟きに、何のこと? と、ますます首を傾げたくなるが生憎と首の可動範囲には限界がある。「才人さん此処は何処ですか?」「ここ? 日本の東京」 ミルアの問いに才人がそう答えると、ミルアは才人に背を向け「間違えたのかな?」と、つぶやいている。 そんなミルアを余所に、なんなんだろうこの子は? と才人は腕を組み考え始めた。 才人が見た時、確かにミルアは空から降ってきたように感じる。 しかし才人が見上げてみても周囲に飛び降りれるような都合のいい高さの建物はない。才人がいる場所は街中ではあるが、大通りから道を一本それた人通りが少ない場所。高い建物などがないわけではないが才人の目から見ても高すぎるのだ。 才人が見たように、ふわりと降りるのには無理がある。 どうやったんだろうと才人が考えていると、不意に後ろの方から誰かの声が聞こえた。 ふりかえってみれば、周囲三方を高い建物に囲まれた駐車場に誰かが引きずられていくのが見えた。ズボンを履いた足が見えたから間違いない。 なんだ? と才人が思っていると、その横をミルアが駆け抜け駐車場へと向かう。 何か危ない予感がするけどすごく気になる。 才人はちらちらと周囲を確認し、いざという時の為に逃げ道を確認し、そろそろと駐車場に近づいて、建物の陰から頭だけ出すようにして駐車場を覗き込んだ。「え?」 覗き込んだ才人は思わず声を漏らす。 視線の先に「非日常」があった。 せいぜい暴漢が暴れてるとか、喧嘩だとかそんな事かな、と思っていた。 それも才人にとっては「非日常」と言えるが、今現在才人の視線の先のソレは想像を超えた「非日常」だった。 逆三角形の頭部に巨大な複眼が二つ。ぎちぎちと鳴らされている大顎。写真や実物で見慣れたカマキリだった。ただし、おかしいほどに大きい。色も金属を思わせる銀色。それに鎌が途中で二股に分かれていて、まるで巨大な爪のようにも見える。 その上半身だけで才人の身長はありそうなソレが「空中にぽっかりと空いた黒い穴」から、その身を乗り出し一人の男性を、そのまま黒い穴へと引きずり込む。 そしてソレはもう一匹いて、ミルアに襲い掛かっていた。 空気を裂く音を鳴らしながら、幾度となく振るわれる巨大な爪のような鎌を、ミルアは後ろに下がりながら手ではたく様にしてさばいていく。慌てた様子はなく、一振り一振りを確実にさばいていた。 才人は体を硬直させてそんな光景を見ていた。正確には足がすくんで動けなかった。 すると空中に空いたままの黒い穴から、先ほど男性を引きずり込んだ、ソレが再び姿を現した。口周りが真っ赤になってるが、その理由はあまり想像したくない。 そしてソレはミルアに襲い掛かろうとするが、不意に才人の方を見た。 目があった。 才人はそう思うと同時に全身の毛が逆立つような感覚に襲われる。逃げたいと思っても足がいう事を聞かない。やっと動いたと思えば足がもつれて、その場に転んでしまった。助けを呼ぼうにも、先ほどから呼吸が荒くなっていて、息苦しく、声を出すことができない。 そんな才人にソレが迫ってきた。 死にたくない。誰か助けて。 才人が声に出すこともできずに懇願すると、ソレのが壁にでもぶつかる様に動きを止めた。 何が起こったのか、よく見てみるとソレの体に光り輝く鎖が巻き付いている。 そして、その光る鎖を視線で辿ってみれば、その先にいたのはミルアだった。 右手の平をこちらに突出し、その先に鎖同様の光る五芒星の魔法陣が空中に浮かんでいる。その魔法陣から鎖は伸びて、ソレに絡みついていた。 そしてミルアの左手は、先ほど戦っていた、もう一匹のソレの後ろから首根っこを掴み地面にねじ伏せていた。必死に暴れているが拘束は解けない。 ミルアは左手で抑え込んでいるソレを、そのまま片手で持ちあげて、勢いよく空中に浮かぶ黒い穴へと放り投げた。 ソレはジタバタとしながらもそのまま黒い穴へと消える。 次いでミルアは右手を勢いよく振り上げた。 すると魔法陣も左手にあわせて動き、その魔法陣から伸びる鎖も同様に動き、鎖につながれたソレは空中に放り上げられる。 ミルアがぐんっ、と右手を引けばそれに合わせて空中のソレは一気にミルアに引き寄せられる。「っあぁぁぁっ!」 ミルアは跳び上がると、引き寄せられたソレを、叫びながら左足で蹴り飛ばした。 そして蹴り飛ばされたソレは綺麗に黒い穴の中へと消える。 もし才人が平常心を保てていれば「ナイスシュートっ!」と称賛の声をあげそうなほど綺麗に決まった。 そしてミルアが魔法陣を黒い穴にかざすと、ばちばちと音を立てながら黒い穴は小さくなり、そして最初からそんなものなかったかのように跡形もなく消えた。「魔導師? 魔法使いなもの?」「まぁそんなものと捉えてもらっていいです」 一応「日常」帰ってきた才人はほんの僅か落ち着きを取り戻していた。 無論ここに至るまで少しの時間を要した。 あの巨大な銀色のカマキリが消えてからしばらくポカンとしていた才人だったが、やがて我に返ると同時に叫びそうになった。 しかしそれと同時に心配そうに様子を見ていたミルアが才人の口を手で押さえて、才人の叫びが響き渡ることはなかった。 ミルアに深呼吸を促された才人はゆっくりと深呼吸をして、ようやく少しではあるが落ち着きを取り戻した。もっとも、心臓はばくばくいっぱなしではあるが。 そして才人は質問をした。いったい何が起きていたのか。 才人の問いにミルアは自分は「魔導師」だと答えた。 その答えに才人はポカンとする。 「非日常」ではなく「非現実」なのだから才人の反応も無理はなかった。 現にミルアも、無理ないかな、と思っていた。 そして才人は次に、あの巨大なカマキリはなんだったのか問うた。 その質問にミルアはどう答えたものかと悩む。実の所、ミルアもよくわからなかったのだ。 小さい身ながら旅をしていたミルアは時折、黒い穴から現れる巨大な虫の話を聞いたことがあったのだ。 そして二、三度ではあるがその穴に遭遇して、穴の塞ぎ方を勘で見出していた。 しかし現実に巨大な虫と遭遇したのは今回がはじめて。 その虫が何かと言われても困るものがある。 答えに迷ったミルアはやがて、「まぁ野良イヌに噛まれたと思って……」「死ぬからね? あれに噛まれたら俺、絶対死ぬからねっ?」 才人の言葉にミルアは内心で「ですよね」と答える。 そして才人の反応に、少し気を持ち直してきたのかな、と思ったミルアは、 「しかし、魔導師とか嘘を言われてるとは思わないんですか?」 そんなミルアの問いに才人は冷や汗を流しながら、「いや、目の前で起こったことを考えれば素直に信じたほうが楽かなぁ、と」 才人の答えにミルアはふむふむと頷く。 下手に悩み拒絶するより、さっさと受け入れた方が楽と言えば楽かもしれない。 そんな才人にミルアは感心した。ある意味タフなんだな、と。 そして才人は続けて、「で、正直な話、あのでかいカマキリはなんだったの?」「異次元に棲む変な生き物、という感じでしょうか……たぶん。私もよくは知らないんです。話に聞いていただけで。普通は話にも聞かないし遭遇することもないんじゃないんですかね? 才人さんは聞いたことありますか?」 ミルアの問いに才人は首を横に振る。「まぁ才人さんは気にしない方がいいと思いますよ。今日の事は忘れた方がいいと思いますし」 そう言って両掌をひろげ胸の前でぱたぱたと振る姿はどことなく小動物を思わせ才人は少しほっこりした。 あれ? なんでこんなに穏やかな表情してるんだろう。 ミルアは才人を見てそう思う。 そして気を取り直すと、「ところで才人さん」「ん? なんだいミルア」「私と才人さんの間に浮かんでいる鏡のようなコレはなんでしょうね?」「あははー、魔法使いのミルアにわからないものが俺にわかるはずないじゃん」 才人とミルアの前には高さは二メートルほどにして幅は一メートルほどの鏡のような物が浮かんでいた。そして、それは明らかに才人の側に浮かんでいる。しかも才人を求めるように光を放っている。 正直無視したかった。さっきの事だけに非常に無視したかった。 それにミルアには、目の前の鏡のような光るコレに危険なものと思えなかったのだ。 というのも、まず見た目が綺麗な感じであること、それに何より、コレからは何か懇願するような、そんな感じがした。 しかしコレが何かわからない以上危険が全くないとは判断はできない。 才人をこれ以上危険にさらせないと思ったミルアは、才人を少し鏡から遠ざけると、何処から拾ってきたのか木の枝を、鏡のような物の中にゆっくりと、本当にゆっくりと突っ込んで、引き抜いてみる。「なんともないですね……」 ミルアは目の前の鏡のような物と木の枝をまじまじと見てそうつぶやいた。 それを聞いた才人は、何を思ったのか、あろうことか自分の頭を鏡のような物の中へ突っ込んだ。 「好奇心が強くて負けず嫌い、けど何処かヌケている」周囲からの才人の評価を、無論ミルアは知るはずもない。仮に知っていたとしても才人の行動はヌケすぎているというか、なんというか、想像もできない。 いらぬところで自分の特性を発揮した才人は頭を突っ込んだ瞬間気を失い、そのままズルズルと鏡のような物の中へと引き摺り込まれてゆく。 無論あわてたのは、それを目の前で目撃したミルアだ。 あほですかこの人はっ! などと思いつつ、すでに胸のあたりまで引き摺り込まれている才人の腰にしがみつき、なんとか引き抜こうとする。引き抜いたら胸から上がなかったとか、そんな光景は勘弁してほしいな、などと考えながら才人の腰を引く。 しかし引き摺り込まれる力とそれに対抗するミルアの力は完全に拮抗していた。いや僅かではあるがミルアのほうが力負けしている。 ミルアの中の焦りが徐々に大きくなっていた。 その時、ぐっと才人の腰が浮いた。もちろん腰にしがみついたミルアごと。 それが何を意味するか。 ミルアは才人を引き抜こうと両足を地面につけ踏ん張っていたのだが、才人の腰がミルアごと浮き、ミルアの両足も地面から浮きあがってしまったのだ。 結果として、ミルアがヤバイと思った瞬間にはミルアは才人ともども鏡のような物の中へと引き摺り込まれていったのだった。―――ぎちぎちぎち