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No.32215の一覧
[0] 仮面の理(リリカルなのは オリ主)[アルパカ度数38%](2014/07/27 12:11)
[1] 序章・前[アルパカ度数38%](2012/03/19 19:48)
[2] 序章・後[アルパカ度数38%](2012/03/19 19:49)
[3] 第一章 立志編 ムラマサ事件 新暦62年 1話[アルパカ度数38%](2012/03/19 20:19)
[4] 2話[アルパカ度数38%](2012/08/02 19:24)
[5] 3話[アルパカ度数38%](2012/03/25 20:16)
[6] 4話[アルパカ度数38%](2012/03/28 19:59)
[7] 5話[アルパカ度数38%](2012/03/31 19:51)
[8] 6話[アルパカ度数38%](2012/04/07 20:17)
[9] 7話(一章完結)[アルパカ度数38%](2012/08/02 19:25)
[10] 第二章 黄金期編・前 PT事件 新暦65年 1話 (無印)[アルパカ度数38%](2012/08/02 19:25)
[11] 2話[アルパカ度数38%](2012/04/18 19:45)
[12] 3話[アルパカ度数38%](2012/04/27 19:55)
[13] 4話[アルパカ度数38%](2012/04/27 19:57)
[14] 5話[アルパカ度数38%](2012/05/04 19:53)
[15] 6話[アルパカ度数38%](2012/08/02 19:26)
[16] 7話[アルパカ度数38%](2012/05/27 20:13)
[17] 8話(二章・無印完結)[アルパカ度数38%](2012/08/02 19:26)
[18] 第三章 黄金期編・後 闇の書事件 新暦65年 1話 (A's)[アルパカ度数38%](2012/07/01 20:59)
[19] 2話[アルパカ度数38%](2012/08/12 19:33)
[20] 3話[アルパカ度数38%](2012/07/13 19:35)
[21] 4話[アルパカ度数38%](2012/08/02 19:27)
[22] 5話[アルパカ度数38%](2012/08/02 19:33)
[23] 6話[アルパカ度数38%](2012/09/06 19:57)
[24] 7話(三章・A's完結)[アルパカ度数38%](2012/08/12 23:16)
[25] 第四章 斜陽編・前 戦闘機人事件 新暦67年 1話 (空白期)[アルパカ度数38%](2012/09/26 19:42)
[26] 2話[アルパカ度数38%](2012/09/12 19:48)
[27] 3話[アルパカ度数38%](2012/09/26 19:55)
[28] 4話[アルパカ度数38%](2012/10/06 19:30)
[29] 5話[アルパカ度数38%](2012/10/13 19:34)
[30] 6話[アルパカ度数38%](2013/09/07 19:04)
[31] 7話(四章完結)[アルパカ度数38%](2012/11/06 22:04)
[32] 閑話1話[アルパカ度数38%](2012/11/21 19:52)
[33] 第五章 斜陽編・中 再生の雫事件 新暦69年 1話 (空白期)[アルパカ度数38%](2013/09/07 19:46)
[34] 2話[アルパカ度数38%](2013/09/15 18:26)
[35] 3話[アルパカ度数38%](2013/09/23 18:16)
[36] 4話[アルパカ度数38%](2013/10/06 18:25)
[37] 5話[アルパカ度数38%](2013/10/27 08:27)
[38] 6話(五章完結)[アルパカ度数38%](2014/05/06 12:16)
[39] 閑話2[アルパカ度数38%](2013/11/24 18:36)
[40] 第六章 斜陽編・後 黒翼の書事件 新暦72年 1話 (空白期)[アルパカ度数38%](2013/12/14 18:59)
[41] 2話[アルパカ度数38%](2013/12/28 18:37)
[42] 3話[アルパカ度数38%](2013/12/31 18:05)
[43] 4話[アルパカ度数38%](2014/01/11 01:08)
[44] 5話[アルパカ度数38%](2014/01/18 00:16)
[45] 6話(六章完結)[アルパカ度数38%](2014/05/06 12:16)
[46] 閑話3[アルパカ度数38%](2014/03/21 19:49)
[47] 第七章 宿命編 JS事件 新暦75年 1話 (sts)[アルパカ度数38%](2014/04/06 18:28)
[48] 2話[アルパカ度数38%](2014/04/12 00:22)
[49] 3話[アルパカ度数38%](2014/04/23 00:19)
[50] 4話[アルパカ度数38%](2014/05/05 00:14)
[51] 5話[アルパカ度数38%](2014/05/10 00:34)
[52] 6話[アルパカ度数38%](2014/05/16 01:17)
[53] 7話[アルパカ度数38%](2014/06/09 00:41)
[54] 8話[アルパカ度数38%](2014/06/16 00:24)
[55] 9話[アルパカ度数38%](2014/07/06 00:17)
[56] 10話[アルパカ度数38%](2014/07/20 08:26)
[57] 11話[アルパカ度数38%](2014/07/27 12:12)
[58] 12話(全編完結)[アルパカ度数38%](2014/07/27 12:40)
[59] あとがき[アルパカ度数38%](2014/07/27 12:40)
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[32215] 3話
Name: アルパカ度数38%◆2d8181b0 ID:099e8620 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/04/23 00:19



1.



 夜中。
月明かりに照らされる機動六課の隊舎のすぐ近くにて、風切り音が断続的に響く。
森とコンクリの壁の間の広場にて、青髪を振るわせながらスバルはただただ拳を振るっていた。
滝のような汗に荒い息、拳や脚が鈍ってゆくのを感じつつも、スバルはその四肢を動かすのを止めない。
止められなかった。
スバルの求める強さは今より遙か先、届かぬ頂に位置していて、加え早くそこにたどり着かねばならない。
早く。
今すぐにでも。

「はっ、はっ、はっ……」

 しかし、内心の焦りに反し、疲労がスバルの四肢に溜まって行くばかりで、成果はさほど見えない。
拳も脚も鈍って行くばかりで、昼の訓練ではミリ単位の正確さを誇っていた型も、今は見る影も無かった。
歯噛み。
あのウォルターは、狂戦士の鎧なる魔法で生理現象すら操作し、20時間を超える連続戦闘を可能にすると言う。
対しスバルが拳を振るい続けたのは数時間、それも戦闘ではなく訓練による物である。
比べるまでも無い差がそこにはあった。
己の不甲斐なさに涙ぐみそうになるのを、スバルは辛うじて我慢する。
歯を噛みしめ、瞼をきつく閉じて、涙の衝動をやり過ごした。
背筋を振るわせる感覚が過ぎてから、スバルはぼんやりと呟く。

「……水分、補給しなくちゃな」
「はい」

 反射的に後ずさりながら構えるスバル。
その視線の先には、スポーツ飲料の入ったボトルとタオルを差し出したコンビの相方、ティアナが立っていた。

「……ぁ、ティア……」
「はい」

 有無を言わさず、再びボトルとタオルを差し出してくるティアナに、スバルは渋々とそれを受け取る。
俯きがちに、ちらちらと上目遣いに相棒の顔に視線をやると、ティアナはスバルを細くしたその目でじっと見据えていた。
怒鳴りたさそうにも見えるし、心配しているようにも見えるし、あるいは両方かもしれない。

 いや、きっと両方なのだろう、とスバルは独りごちた。
以前のホテル・アグスタの戦い。
功を焦り、死の光線を浴びかけたのは、スバルにとっても背筋の凍る思い出だ。
心配をかけているのは分かっていた。
それでも、スバルには成さねばならない事があって。
そのためには、自分の心身を削ってでも訓練するしか思いつかないのだ。

「……無茶、するわね」

 鈴、とティアナの声が響く。
鈴のような声は、澄んでおり、それでいて容易く割れそうで、切ない程だった。
胸の奥が縮まるのを感じつつ、スバルが意図して朗らかに笑う。

「大丈夫だよ、私、体力には自信あるしっ」
「それでも! 限度ってもんが……」
「だ、大丈夫だって。ほら、私の体は……機械だし、さっ!」

 ぱしぃん、と乾いた音。
遅れ、頬が熱を持つのを感じ、スバルは思わず頬を抑えた。
ぽろぽろと、涙を零しながらスバルを睨み付けるティアナ。

「馬鹿……! ばかぁっ!」

 続け、ティアナはスバルの襟を掴んだ。
スバルに比し、圧倒的にか細い力で、それでも必死にスバルを引き寄せる。
嗚咽を漏らすティアナの相貌が目前にあるのに、スバルは思わず息をのんだ。
その痛々しさに、そしてその痛々しさを他でもない自分が作り出していることに、胸の奥に重く冷たい物が溜まって行くのを感じる。
自然、スバルの口から素直な言葉が漏れ出た。

「ごめんね、ティアナ……」
「ごめんじゃないわよ! 悩んでるなら、苦しんでるなら、話をしてっ! あたしたち、コンビでしょ!?」
「――っ」

 普段スバルとコンビである事を恥ずかしがり、中々認めようとすらしない、ティアナの言葉である。
思わずスバルは、胸の奥が詰まるのを感じた。
吹き荒れる感情が、温度となって、顔面に集まって行く。
唇を噛みしめ、スバルは衝動をやり過ごすのに腐心した。

 言うべきか。
迷いが無いと言えば、嘘になる。
スバルの強さを求める理由は、不確かで、しかも危うく、加えてウォルターに関連する事柄である。
特に最後の理由は、ティアナ・ランスターに相談するには重要な点だ。
何故なら、ティアナはウォルター・カウンタックのファンだからである。

 スバル・ナカジマは知っている。
ティアナが何時もウォルターの写真を持ち歩いていることを。
辛くなったとき、悔しさに唇を噛みしめたとき、何時もティアナは次元世界最強の英雄の事を想って立ち直ってきた事を。
それでも、スバルがウォルターと因縁のある立場だと知ると、それをスバルに隠し続けてきた事を。
スバルに遠慮して、最初はウォルターの居る機動六課に入るのでさえ遠慮しようとした事を。

「…………」

 ――それでも。
目前の相棒の涙は、凍り付いていたスバルの唇を溶かすだけの熱量を秘めていて。
何より、スバル自身の心が、誰かに心の中のよどみを吐き出したがっていた。
だから。

「……ティア。少しだけ、お話聞いてくれるかな」

 スバルは、語った。
それは、一人の鋼の少女の昔話。
半ば鋼の絡繰で出来た少女は、自分を悪者と、許されるべき者では無いと感じていた。
それを吹き飛ばすだけの熱量を持った英雄と出会い、憧れて。
けれど英雄は少女の母を助けられず、その最後すら語ろうとしない。

「……最初は、訳が分からなかった。何週間か、家に引きこもっちゃったっけ。でもね、ふと、分かったんだ」
「……何、が?」
「ウォルターさんが、私たちに何も言えないのは。私たちが、真実を知ったほうが傷つくと思ったからなんじゃあないかって」

 ――例えば。

「お母さんを、誇りに思う気持ち。お母さんを、愛する気持ち。それらがへし折れてしまうような、現実が待っているんじゃあないかって」
「待って、スバル。それじゃあ……!」
「ウォルターさんを信じるのならば。お母さんが、自分で自分の名誉を踏みにじっていたんじゃあないかって」

 その言葉が、ティアナの傷を抉る言葉であると知っていて、スバルは告げた。
亡くなった兄を信じ、その名誉の為に戦おうとするティアナにとって、スバルの言葉は劇薬に等しい。
思わず、と言った様相で叫ぶティアナ。

「そんな!? あんたのお母さんは、立派な人だったって! あんたの自慢だったって!」
「……うん。それに、私自身には、どんな真実なのか、見当も付かないんだ」
「じゃあ、なんで!?」
「お父さんの目を見たから」

 冷や水を浴びせられたかのように、ティアナは押し黙った。
自分は今どんな顔をしているんだろうか、とスバルは思う。
思って手でぺたぺたと自身の顔を触ってみて、全くの無表情である事に気付いた。
ウォルターが母の死を告げた日と、全く同じ顔だった。

「お父さんは、半分真実に気付いているんじゃあないかって、思うんだ。だってお父さんは、いつもウォルターさんに謝ろうとしている。謝って謝って謝ってそれでも足らないぐらいだろうに、それでも私とギン姉を誤魔化すために謝れなくて、辛い思いをしている。見てて、分かるんだ」
「…………」

 同じ家族だから母の不名誉を信じられないけれど。
同じ家族だから、父の懺悔を感じ取る事ができて。

「でも。お父さんも、ギン姉も、そしてウォルターさんも。みんな辛い顔ばかりしていて、だから、一日でも早くウォルターさんが真実を明かせる日が欲しい」

 何処かに憂鬱さを何時も匂わせるようになったゲンヤ。
今でこそ許せるようになったものの、ウォルターを憎み続け、今でも悲しげな顔を続けるギンガ。
そして何より、あの英雄らしからぬ殉教者のような雰囲気を見せるウォルター。
3人のそんな顔を、見たくなくて。
何より、自分も真実を知りたくて。
だから。

「ギン姉は、ただ待つつもりみたいだけど。私は、待てない。一日でも早く、真実を明かしてもらえる日が欲しい。だけど、その為には……」

 スバルは告げ、拳を眼前に持ち上げた。
ウォルターが何時かそうしたように、開いた手をゆっくりと、全霊を籠めながら下げて行き、眼前で握り拳を作る。

「強さが要る」

 強さ。
ウォルターが真実を告げても、耐えきれる強さ。

「最初は、心の強さだと思っていたけど……。見えない強さをどうやって計ればいいのか分からなくって。だから私は、せめて肉体の強さだけでも、強くならなくっちゃならないんだ」
「それは……、でも……」
「うん。直接的には、ウォルターさんに真実を話して貰う道には通じてないかもしれないよ」

 きっぱりと告げるスバルに、驚きティアナが目を見開く。
そんな愛らしい様子に、スバルはくすりと苦笑してみせた。
虚ろな笑みだと、自身でも分かっていた。

「でも、駄目なんだ。計れない強さを鍛えるなんて、どうすればいいのか分からなくて。だから、目に見える強さだけでも鍛えなくちゃ、不安で不安で仕方が無いんだ」
「スバル……」
「でも、鍛えれば鍛えるだけ、ウォルターさんの居る場所が遠いのが分かって。なのに、あんなに遠くまで歩んでいける人なのに、私に遠慮して卑屈な態度を取るあの人に、私が勝手に苛立って」

 強くなればなるほど、ウォルターの強さがとてつもない物だと分かってくる。
山をも切り崩し、大陸でさえ切断するとさえ噂される、SSSランク――測定不能ランクの魔導師。
SSランク相当の真竜、それも制約付きの召喚状態ではない本体を2体、同時に相手して勝利を収め。
SSSランク相当とされる、惑星を打ち砕く程の戦闘能力を持つ黒翼の書の暴走状態と、辛勝とは言え一対一で勝ち。
古代ベルカの王達を戦闘能力では超えるとさえ噂される、力。
次元世界、最強。
そんな男がスバル如きに、隠しながらも卑屈な態度を取ってみせるのが、苛立たしくて仕方が無い。

「そりゃ、分かってるよ。強いからってそれが、イコールで偉いって訳じゃないし、それにウォルターさんが私に負い目を持っている理由も、何となく。でも」
「……でも?」

 ティアナの問いに、スバルは震えた深呼吸で答えた。
両手を胸に、凍えそうになる心を可能な限り温める。

「そんなウォルターさんを見ていると、怖くなるんだ。お母さんが不名誉な死だったなんて、私のただの妄想だったんじゃあないかって」
「そんな……」
「だって、そうでしょ? 私の考えには、何の証拠も無いんだよ? ウォルターさんに、何の言葉ももらえてないんだよ? 何も、話せていないんだよ?」

 俯き、スバルは矢継ぎ早に告げた。
顔面に集う温度が、ポロポロとスバルの両目から零れ始めていた。

「聞けば、分かるかもしれない。でも、怖くて。信じているんだけど、本当は違ったらどうしたらいいか、分からなくて。だから、聞けないんだ。なのに勝手に苛立って、不安で、怖くて、苛立って、不安で、怖くて。もう頭の中、ぐちゃぐちゃなんだよ」
「スバル、あんた……」
「――だから」

 俯いたままに。
スバルは、胸の内を告げた。

「だから今は、信じたい。強くなれば、ウォルターさんが真実を教えてくれるって。強くなって教えてもらえる真実なら、私の考えが妄想じゃなかった時の真実だから」

 後ろ向きな上に、弱虫の思考だな、とスバルは内心自嘲した。
もしかしたら、ウォルターはそんなスバルの弱虫思考を見抜いていて、だから真実をひた隠しにしているのかもしれない。
それでも。

「だから。今はただ、強くなりたいんだ」

 誰よりも早く。
誰よりも遠い、あの頂に立つ背中に、少しでも近づかなくちゃいけないから。
だから、放っておいてくれと、スバルがそう告げようとするその寸前。
溜息交じりに、ティアナが呆れ声で告げた。

「じゃあ、仕方ないわね。納得いくまで、あたしも付き合ってあげるわよ」
「――ぇ」

 思わず、スバルは頭蓋を跳ね上げた。
訝しげな顔が分かったのだろう、むっとした表情を作ったティアナが、高速ででこぴんを作り、スバルの額へ。
ぺちん、と力ない音と共にスバルの額を叩く。
あて、と小さく呟くスバルに、くすりとティアナは微笑んだ。

「なーにへんてこな顔してるのよ。相棒でしょ、あんたの足りない考えに付き合ってあげられるのなんて、私ぐらいしか居ないんだからさ」
「ティア……」

 目頭の熱量が爆発するのを、スバルは感じた。
どっと涙が溢れる量を増やすのを感じながら、ぎこちないながらも、できる限りの感謝を込めて笑みを作り。

「――ありがとう」

 スバルは、精一杯の笑みをティアナに見せた。



2.



 そして、数日でなのはに感づかれた。

「…………」
「…………」

 小会議室。
防音壁で区切られた部屋は採光に優れ、飾られた疑似花やクリーム色の明るい壁と、朗らかな雰囲気だ。
加え、スバルとティアナの目前に座るその人は、あの高町なのはである。
半ば鋼の血肉で出来たスバルにでさえ分かる程に、厳しくも優しい、スバルの自慢の教官。
その教官は、再びスバルに問うた。

「最近、夜間の自己訓練、オーバーワークが過ぎるみたいだけど。どうしたのかな?」

 参謀役であるティアナではなく、スバルに問う辺り、どちらが主導の訓練か察しているのだろう。
吸い込まれそうな瞳に、スバルは思わず内心を吐露してしまいそうになる自身を抑え、俯いた。
言う訳にはいかない。
思ってしまってから、ふとスバルは、自分が悪いことをしていると言う自覚はあるのだな、と思い当たった。
悪い事だと、逃げだと知りつつも力を磨く事は、やはり間違っていることなのだろう。
けれど、スバルはどうしてもそれを止められなくて。
ちらりと、相談すれば何か答えをくれるかも、という思いがスバルの中に芽生えたが、それも話しても無駄だと言う諦めにかき消された。

「……ウォルター君から、スバルとの関係、概要だけは聞いているよ」
「――っ」

 スバルは、思わず頭を跳ね上げた。
目を見開くスバルの視線の先、なのはは儚げな笑みを浮かべている。
遅れ、その笑みを陰らせているのが、自分がなのはを頼れない、信用しきれていない事だと気づき、スバルは顔を強ばらせた。
それでも尚、スバルは全てをなのはに告白するまでには至らなかった。
これが清い真実であればまだしも、スバルは母を、故人を疑うという、忌避されるべき行為を行っているのである。
それを目の前の眩しい人に告げる事ができる勇気を、スバルは持っていなかった。
歯を噛みしめるスバルを目に、なのはは微笑みかける。

「強くなりたいのは、ウォルター君が憎いから?」
「違うっ! ……ぁ、違い、ます」

 思わず叫んでから、スバルはしおらしく訂正した。
それだけは、無い、筈だった。
けれど否定の力強さが、スバルがウォルターを憎んでいる事から目を逸らしているのではないかと思えてしまって。
頭を振る。
考える事を、何時も相棒に預けていたツケが回ってきたのか。
スバルが難しい事を考えると、どうも上手くまとまらない。

「じゃあ、スバルはウォルター君と、どうしたい?」

 なのはの問いかけに、とくん、とスバルの胸が鼓動した。
真実を話して貰いたい。
けれど、真実を問うても答えてもらえないのは、聞かなくても知っていて。
だから。
一度しかチャンスがある訳ではないのだから、今の自分を。
この心身全てを、ぶつけたくて。

「……力を」
「うん?」
「真実を話して貰えるだけの力を、示したいです」

 気付けばスバルは、胸の内を僅かながら零していた。
ティアナに話したほどではなくとも、どうしても、溢れそうになる内心は抑えきれなくて。

「心の力は、目に見えないから。せめて、目に見える力だけは、ウォルターさんに」

 知らぬうちに、スバルは背筋を伸ばし、真っ直ぐになのはを見据えていた。
誇れるはずの無い言葉なのに、どうしてこんなに真っ直ぐに口に出せるのか。
それすら分からないままに、それでもスバルは告げる。

「……ウォルターさんと、戦いたいです」

 それを受け、なのはは眼を細めた。
半歩遅れ、隣からティアナ。

「――なのはさん。私は、スバルの相棒です。私も、参戦させてください。こいつの力を引き出す事にかけては、右に出る者は居ないと、そう自負しております」
「ティア……」

 相手はあの次元世界最強。
それも裏に有る事情が事情である、手加減されずにあまりの実力差に心を折られる可能性すらもある。
それを知って尚、ティアナの瞳は硬く、意思に充ち満ちていた。
あふれ出んばかりの意思宿る瞳には、なるほどウォルターのファンを続けているだけあるのだろう、彼の瞳に宿る炎に似た物が垣間見える。
安堵と感動と、ちょっぴりの嫉妬がスバルの胸の内に広がった。

「明後日の、昼休みを終えてすぐになるかな」

 きょとん、と一瞬スバルは目を丸くした。
遅れ、なのはの言外の許可に、徐々に理解の色を表情に表す。

「あ、ありがとうございますっ!」
「ありがとうございますっ!」

 2人の言葉に、なのはは儚げな笑顔をただただ表情に乗せていた。



3.



 廃棄区画が再現された、六課の訓練施設。
所定の場所で、僕は陰鬱な気持ちでただただ立ち尽くしていた。
スバルとティアナとの、組み手。
戦闘ではないが、模擬戦でもない、戦い。
互いの力を示すための行為。
その舞台がこの廃棄区画で、僕がスバルとティアナを待つのも、戦闘相手の2人が来るのを待つ為である。
それまでの数分、僕は瞼を閉じたまま静かに回想していた。

 スバルもまた、クイントさんの最後がどんな有様だったのか、朧気ながら予感していた。
それに気付いたのは、なのはの言葉からである。
無茶な訓練を繰り返すようになったスバルは、その真意を問うなのはとの面談で、僕に力を示したいと告げたのだと言う。
真実を話して貰うだけの力を、と。
そこから連想できる事実は、一つしかなくて。

 隠しておきたかった。
初めは、僕の心が耐えきれないからという、ただの我が儘。
クイントさんにとって、初恋の人にとって、僕はただの仲の良いませた子供に過ぎなかったという真実を、言えなかっただけの事。
本当の事を隠し続けてきたのは、約束があったから。
クイントさんが、僕の初恋を利用し、僕の心を縛った一言があったから。

 ――“私が死んでも、2人が真っ直ぐに育ってくれるよう、その目標になってくれない?”

 前提として、僕は既にナカジマ家の3人に真実を隠し、母親殺しの男も同然だった。
そんな男の言葉なんて届くはずも無く、だからと言って真実を告げ信じてもらえたとして、母親を信じられないギンガとスバルの心は折れてしまうだろう。
幼く潔癖だった2人にとって、クイントさんの使った手段は、理解すらもできなかっただろう。
時間が必要だった。
少なくともギンガとスバルが、真実を知って母親を嫌っても、理解はせめてできるために。
そしてクイントさん以外の心の柱を見つけ、例えクイントさんという心の柱が折れても、進みたいところに歩いて行けるために。

 でも、ゲンヤさんは元々、ギンガは3年前に、スバルはいつだか知らないが、少なくとも今は既に気付いている。
真実そのものではなくとも、その近くにまでたどり着いている。
そして。
ギンガは管理局員としての仕事にも、そして様々な仲間達に支えられていて。
スバルもまた、ティアナという素晴らしい相棒に、なのはのような素晴らしい先生を持っていて。
2人はもう、僕の嘘から巣立つ時が来たのだ。

「――その前に、一つだけ、やる事があるがな」

 呟き、振り向く。
靴裏がコンクリを叩く音に垂直な位置に視線をやり、スバルとティアナを視認。
胸元に手を。
冷たく凍り付くような温度のティルヴィングを手に、告げる。

「セットアップ」
『了解しました』

 極光。
現れた黄金の巨剣を手に、黒衣をはためかせる。
これからする事は、褒められた事ではない。
むしろ下種の行い、唾棄すべき行為、そういった部類に属するものだ。
何せ、これから僕は剣で問いかけるのである。

 ――お前が真実が知りたいのかどうか、教えて欲しいと。

 だって、僕はスバルから、何の言葉も聞いていない。
ゲンヤさんからは真実を問われ。
ギンガからは本当の事を教えてと言われたけれど。
スバルが真実を知りたいなんて、直接は一言も聞いていないのだ。
僕がいくら馬鹿でも、スバルの口から何も聞いていないのに、勝手に隠すべき真実を話すなんて事はしない。
自分の口で真実を問う勇気の無い子に、渡せる真実じゃあないのだから。

 単に選択権を相手に委ねているだけのような気がするし、せめて相手に真意を問うだけの年上の余裕があっても良いのではと思う。
そもそも、自分の真意は仮面で覆い隠して、なのに相手の真意は知りたいという僕の思考は、屑野郎の思考に違い無い。
自分を見せず、相手の姿だけ暴こうという人間が、真っ当な人間だなんて言える筈が無いだろう。
でも。
だけれども。

「よく来たな、スバル、ティアナ」
「……っ」
「――っ」

 僕から放たれるプレッシャーに、身じろぎする2人。
民間協力者たる僕に、リミッターの類いは存在しない。
故に僕は何時でも次元世界でも屈指の魔力を解放する事ができる。
無論本気を出す訳ではないし、解放している魔力もさほどの量では無い。
とは言えそれでも、2人には戦慄すべきレベルだったのだろう。
2人は脚を震わせ、半歩下がってみせる。

「なのはから聞いたが……、お前の口から、お前の言葉で、直接聞きたい。スバル、お前はどうしたい――?」

 それでも、僕の問いに2人は踏み止まった。
視線を合わせ、頷き、心の背を押すティアナはとても良い子なのだろう。
そんな相棒に支えられたスバルは、僕へと真剣な顔で振り向き、全霊を籠め告げた。

「力を。ウォルターさん、貴方に……、私の今の、力を示したいっ!」

 構えるスバル。
腰を低く、半身に片手を伸ばし、もう片手を腰にひきつける。
隣のティアナは顕現させた双銃を手に、数歩下がって見せた。
スバルとティアナから、魔力の高まりが波打つ。
僕の魔力に比べれば小波も良いところだが、それでもその力強さは不思議と僕の心を打った。

「そうか……。なのは」
(うん、開始の合図は私からするよ)

 空中に発生した投射ウィンドウから顔を覗かせ、なのはが言う。
こんな半ば以上私情の戦闘を組んでくれた彼女には、本当に頭が上がらない。
借りばっかりあるというのに、それを返せる見込みが無いどころか、彼女を現在進行形で仮面越しに騙しているのだと思うと、自分で自分に反吐が出る思いだ。
それでも必死の演技で頷くと、僕はティルヴィングを構えた。
スバル達の力量では秒殺で終わってしまうので、手加減は必須である。
緑色の宝玉が明滅。
電子音を小さく漏らす。

(3,2,1……)

 カウントダウン。
意外にも冷静に自分をコントロール出来ている様子のスバルは、最適量の脱力を己に課している様子であった。
逆にやや緊張気味だったティアナは、スバルの後ろ姿を見て我が振りを治しているように見える。
そんな様子を眺めつつ、僕の可能な限りの手加減をするための心構えを。

(スタートっ!)

 弾き出されるかのように、スバルが突進、ティアナが後退。
立ち尽くすままの僕に向けて、橙色の魔力弾が二発飛んでくる。
軽く一閃、打ち払うと同時に突っ込んでくるスバルの拳を避けた。
直後、スバルの足下に青光が宿る。
ウイングロード。
クイントさんと同じ先天性魔法。

「うぉおおおっ!」

 ウイングロードはスバルの前後の両方に発生。
コの字型に僕とスバルの足下を凹の部分として生まれ、片方は剣を振り終えた僕の視界を遮り、もう片方はスバルの壁を使った三角飛びの材料に。
そこに、合間を縫うような、視界外からのティアナの射撃。
嫌味な所を狙ってくる弾丸を避けつつも、スバルを視界に捉えようとするも、丁度僕の眼前、視界の中のスバルを覆い隠す大きさの弾丸が駆け抜けて行く。
中々の精度の射撃魔法であった。
関心しつつ、視界から消えたスバルの位置を、咄嗟にウイングロードから読み取れば、すぐ側面。
眼を細めつつ、ティルヴィングを振るった。
が。

「……ウイングロード、だけか」

 黄金の巨剣が打ち砕いたのは、青光の帯だけ。
遅れ、剣を振り抜いた体制の僕の背後に、スバルの魔力が発生。
カートリッジの炸裂音と共に怒号が響く。

「うぉおおぉぉっ!」

 元々人外並の膂力を魔力で強化した上、コンパクトな振りにマッハキャリバーの加速力が加わったそれは、音など容易く置き去りにした。
身体強化の基礎にして極限たる魔法で強化された、正拳突きが僕へと迫る。
半歩遅れ、その両隣からはティアナの弾丸が。
射撃しつつ準備はしていたのだろう、その数はほぼ同時に4つと、どう足掻いても一閃では弾けない数。
だが。

「――おいおい」

 この程度なのか。
気落ちしつつ、僕は瞬き程の詠唱で直射弾を4つ生成、ティアナの直射弾と激突する軌道に撃つ。
ティアナに比しやや精度では落ちるものの、近くの直射弾に当てる事ぐらいはなんてことはない。
と同時、ティルヴィングを軽くスバルへと振るい、拳を弾き返した。
後方に流れる体と共に信じられないような顔をするスバルだが、同時に僕の直射弾がティアナの直射弾と激突。
突破するかと思えば、ティアナの直射弾4つは全て多重弾殻弾であった。
外殻が破壊されると同時、爆発、目くらましとなってスバルの姿を物理的にも魔力的にも覆い隠す。

「ほぉ……、面白い使い方をするな」

 内部には攻性魔力と反応し爆発する魔法が籠められていたようであった。
僕にもできなくはないが、あの速度と精度では同時に2発が限界だろう。
中々小器用な真似をする物だと思いつつ、魔力を軽く放出、砂埃を打ち払った。
視界にはスバルとティアナ、2人の姿は見えない。
灰色のうち捨てられたコンクリが広がるばかりである。

「……まぁ、そりゃあそうだよなぁ」

 ティアナの強みの一つたる幻術魔法は、相手の視界外で使ってこそ本領を発揮する。
となれば、正対してからの戦闘開始となれば、一端姿を隠すのは定石と言えよう。
とは言え、僕がそれに付き合ってやる義理は、毛頭無い。

「俺に広域殲滅魔法が使えないっていう情報があるからだろうし、事実俺が広域攻撃をリニスに任せっきりっていう事もあるんだろうが……」

 呟きつつ、僕は飛行魔法を発動。
ビルの中程の高さに位置してから、ティルヴィングを振るう。

「そう」

 射撃魔法『切刃空閃』。
幼少の頃より改良を続けた魔法は、瞬くほどの時間で40もの射撃魔法を生成。

「でも」

 が、その勢いは止まらず、1秒で計150発。

「ない」

 2秒、計270発。

「ぜっ!」

 3秒、計400発。
1発1発が並の魔導師の砲撃魔法を超える威力の直射弾が、僕の号令と共に地上へと降り注いだ。
円錐型の破壊範囲だが、破壊範囲内のビルは当然下部を無くし崩壊するので、敵をいぶり出すのは悪くない魔法である。
とは言え、本家本元の広域殲滅魔法に比し圧倒的に攻撃範囲が狭く、加え高速戦闘中は3秒もチャージしてる暇が無い為、滅多に使わないのだが。
などと内心溜息をついていると、青い帯が伸びてくるのが視界に。
崩れ落ちるビル群の合間を縫い、スバルが突進してくる姿が見える。

「……ま、引っかかってやるか」

 と、軽い射撃魔法を発射。
白い弾丸がスバルを穿ち、幻術魔法が消えて行く。
遅れ多方向からの橙色の射撃魔法が僕へと飛来、8つの橙色の弾丸を8つの白光の弾丸で破壊する。
僕の集中が削がれ、加えて時間も稼がれたが、代償はあった。
余りに巨大なまき散らされる魔力に、フェイクシルエット系の魔法が耐えきれず、空中にヒビが。
隠しきれなかったウイングロードと、その上を走るスバルの姿がついに露わになる。
焦りを隠せぬ表情で、スバルは歯噛みし僕に接近、その拳を硬く握った。

「が、これも幻術なんだよなぁ……」

 だが、呟き僕は構える事すらせずに本物のスバルの場所を読み取ろうと意識を集中。
何せ僕は、ティアナと同じ幻術魔法が使え、総合的な練度では僕の方がまだ上なのである、幻術を使われている場所ぐらいは分かる。
目前のスバルの幻術を無視して探るも、透明化がかかっているらしき場所はウイングロードの上の3カ所を移動中。
どれも僕が目の前のスバルの幻術に対応した瞬間アクションできる位置であると認識した瞬間、はっと気づき僕はティルヴィングを構えた。
遅れ、金属音。
僕のティルヴィングと、スバルの……幻術かと思いきや、本物だったスバルのリボルバーナックルとが、噛み合った。

「く、ばれたっ!?」
「いや、本物のスバルの上に、スバルの姿の幻術をかけて、その上に透明化の幻術をかけていたのか……。二重幻術って奴か。器用だな、お前の相棒は」

 そう、恐るべき事にティアナは、最初の突進してくるスバルの幻術を1つ、何も無い場所に透明化の幻術を3つ、ウイングロードを透明化する幻術を1つ、スバルの上にスバルの姿を上書きする幻術を1つ、最後にその上から透明化を上書きする幻術を1つ。
つまり、平行して7つもの幻術魔法を使った上で、射撃魔法による援護まで行っていたのである。
しかも、姿を隠してから僕が切刃空閃を放つまでの、ほんの僅かな時間に全ての準備を終えて、だ。

「で、お前はウイングロードだらけの得意な場を作った上で、ティアナの援護を受け放題の、得意な距離を維持できる訳か。本当に良い相棒を持ったな、スバル」
「……うん。だから、私はっ!」

 咆哮。
カートリッジが連続して排出、超魔力が僕のティルヴィングと噛み合う拳に集まる。
が、僕の超弩級の魔力に比してあまりにも心とも無い量である。
このまま押し切ろうと魔力を籠めた瞬間、スバルが跳躍。
フェイントに籠めた超魔力を、事も有ろうにかぽいっと捨て流し、無防備な僕の背に蹴りを振り下ろす。
流石に目を見開く僕だったが。
それでも尚、僕には届かない。

「くっ……うぉおおっ!」

 ずしん、と音を立て、反転しながら垂直に受けた僕の左腕に衝撃が。
そのまま半回転、衝撃を逃しつつ右手に持ったティルヴィングが反撃の牙となり、軽やかにスバルへと襲いかかる。
スバルは決死の形相でそれを、ウイングロードを凹ませつつ姿勢を低くし、回避。
片手をウイングロードにやり支点に、水面蹴りを放つ。
が、僕は見切り脚で踏みつけ止めた。
僕が飛んで避けていれば頭蓋を穿っただろう位置を、ティアナの直射弾が通り抜けて行く。

「どうした……こんなものかっ!」

 叫びつつ、両手持ちに戻ったティルヴィングを縦に振るった。
脚を固定されたスバルは咄嗟の判断で一部のウイングロードを解除、僕の靴裏で挟み込む先が無くなり、体ごと空中に放り出される。
しかしそれも一瞬、どこぞから伸びて追いついてきたウイングロードに着地。
構えなおしつつ、叫ぶ。

「まだ……まだぁっ!」

 咆哮と共に、ティアナが放ったのだろう援護射撃を引き連れ突貫。
スバルを追い抜く射撃を僕が左手で弾くのとタイミングを合わせ、拳を振るう。
ティルヴィングで弾こうかと思った刹那、予感に僕はティルヴィングを待機状態に。
ティアナの細く絞り込まれた砲撃魔法が、ティルヴィングのあった場所を通り過ぎて行くのが、視界の端に見えた。
上手い物だと思いつつ、無手となった僕に、スバルの万力を籠めた拳が襲いかかる。
体勢の整っていない僕は正面から打ち合う訳にはいかず、受け流すも、続く拳が連続して飛んできた。
一合、五合、十合、瞬く間に五十合。
それらを捌きつつ、僕。

「……お前は、今の力を示したいと言ったな」
「はいっ!」
「……理由を。他でも無い、お前の口から聞きたい」

 ティアナの援護を受け、鋭さに磨きがかかっていたスバルの拳が、僅かながら遅れた。
その隙を見逃すはずも無く、反撃の僕の脚撃がスバルの脇へと襲いかかる。
肘で受けつつも、威力の違いに僅かながらスバルは体を浮かせてしまうが、それはウイングロードの操作でカバー。
巧みに壁と床を操作し、自分は自在な動きをしつつ、僕の動きの制御をし、叫ぶ。

「いま、さらっ!」
「今更でもだ」

 どの口で言うのか、と僕は内心陰鬱な気分になりつつも、仮面の表情だけは崩さない。
仮面を被って皆を騙し、本当の事をひた隠しにしながら、俯き怯え生きている僕が言って良い台詞では無いのだろう。
けれど。
だけれども。

「お前のやりたいことは、分かる。何となくだがな。だが、本当にそうなのかは、真実までは、俺には分からない」
「そんな……ウォルターさんは、何時だって、誰かの心を見抜いてきたんでしょ!?」
「あぁ。やりたい事とやってる事がちぐはぐで、本当にやりたい事を見失っている奴らに、本当にやりたい事を気付かせてきた」
「なら……」
「だがっ! 俺の敵達は、最後には、本当にやりたい事を口にしていたっ! 自分自身の口でだっ!」

 叫び、僕は一層力を込めた拳でスバルの拳を迎撃。
開いた距離に、即座に差し込まれる援護射撃を、こちらも即座にセットアップしたティルヴィングで切り払った。
そんな僕の視線の先では、スバルが顔を青白くし、小さく震えている。

 いくら僕に言う資格が無い台詞でも、僕は言わねばならなかった。
だって僕は、約束を守らねばならない。
真実を知った日、僕は仮面を被る理由を半ば失った。
妄想の男だったUD-182の為に仮面を被る意味は、最早無い。
あるのは、UD-182という僕が焦がれた妄想は、僕の内側から零れ出た物だから、自分でなりたかった自分だから、仮面を被り続けるのだと言う理由だけ。

 でも、それはあまりにも儚い理由で、僕が心の脚で立ち続け、歩き続けるには心許ない物だった。
だから僕は、約束に縋った。
果たしてしまったはやてとの約束は、最早僕の中では心の柱にはなり得ない。
あるのはただ、クイントさんとの約束だけ。

 ――“私が死んでも、2人が真っ直ぐに育ってくれるよう、その目標になってくれない?”

 僕は今、自分の妄想の他には、この約束だけしか仮面を被り生きて行く理由を持っていないのだ。
それが終わってしまうのは、心が凍えそうで、文字通り死ぬほど怖いけれど。
でも。
約束を果たそうとしない生き方を、僕はできなくて。
けれど、スバルの口から聞かれもしないのに、真実を教える事だって、する訳にはいかなくて。
だから僕は、言う資格の無い筈の台詞を、それでも叫び続ける。

「だから今度も、お前の口から聞きたい。お前は、何故俺に力を示したい。お前は、俺に何をして欲しいんだ。言葉にしなければ……、伝えようとしなければ、何も伝わらないっ!」

 言葉の一つ一つが、翻って刃となり、僕の心を切り裂いてゆくのを感じた。
叫ぶ度に心が揺らぎ、今にも膝をつき泣き叫びたいほどだ。
許してくれと、懺悔できたらどれほど良かったのだろうか。
けれど、それはできない。
僕は仮面を被り続け、ギンガとスバルに必要な間は、真っ直ぐに育つ目標とならなければならないのだから。
その約束を果たすと決めたのは、他でも無い自分なのだから。

「私は……私はっ!」

 叫びつつ、スバルは涙と共に、握り拳を己の眼前に。
瞼を閉じ、深呼吸。

「真実を、知りたいっ!」

 咆哮。
見開いたスバルの瞳は、黄金の色をしていた。



4.



 スバル・ナカジマは戦闘機人である。
人と機械が融合されたその存在は、魔力を用いずとも並の魔導師を超える戦闘能力を持ち、魔力を併用すれば超弩級の戦闘能力を発揮できる。
だが、その機能の殆どは平時封印されており、己の強固な意思でそのロックを解除せねばならない。
それは、世にも珍しい機人という存在を隠す為、とスバルは聞いている。
自分に使われている技術では次元世界でも超弩級の高度な技術を使われており、しかも半ば偶然に近い成功を収めた肉体であるため、貴重なサンプルとして狙われているのだ、と。
それ故に、できる限り正体を隠し生きていかねばならないのだ、と。

 ――だから、その力を使う時は、どうしても後が無い、譲れない戦いの時だけだ。

 スバルの父ゲンヤは、そう告げた。
今がその時だ、とスバルは思った。

「おぉおおぉぉっ!」

 絶叫。
スバルの戦闘機人としての機能、インヒューレントスキル・振動破砕が発動し、スバルの拳に超級の物理力が発生する。
加えリンカーコアから流れ込む魔力とカートリッジから流れ込む魔力とが合わさり、超魔力を形成。
鋼の肉体、振動破砕、超魔力の3つが連なり超弩級の破壊力を作り出した。

「行けぇぇぇっ!」

 エース級の魔導師の奥義に匹敵する、超威力の拳。
半ば不意打ちでウォルターにたたき込まれたそれは、咄嗟に構えられたティルヴィングに激突した。
全霊を籠めた一撃が、この試合で初めてウォルターを吹っ飛ばす。
直下にある重なったウイングロードを破壊、破片を散らばらせながらウォルターは地面へ激突した。
スバルは爆音と粉塵を無視、追撃に眼下へと加速する。

「もう一発っ!」

 続けカートリッジを排出。
天から再度三位一体の拳を腰だめに、生成したウイングロードへと踏み込む。
ウイングロードの強化地平が砕ける程の、踏み込み。
山をも穿つ一撃が、粉塵の中の影に放たれて。

「……まぁまぁやる、が」

 金閃。
超絶技巧に切り払われ、スバルの拳は地面へと激突し、巨大なクレーターを作り出した。
地面に半ば埋まりかけた手を引っこ抜き、飛び退くスバルの残像を斬撃が切り裂く。
そこでウォルターの全身を視界に捉え、スバルは戦慄した。

「……無傷……っ!?」
「いや、まぁ、結構重い一撃だったがな……」

 呟きつつティルヴィングを構えるウォルターの身には、かすり傷一つ無い。
リミッターのかかったフェイト辺りであれば、一撃で戦闘不能に陥りかねない威力を受けて、である。
背筋が凍り付くスバルを尻目に、静かな声で、ウォルター。

「さて、真実か。……クイントさんの事、でいいんだな?」
「……はいっ!」

 叫び、スバルはマッハキャリバーから振動破砕を発動。
地面を割り砕いて足場を崩し、自身は地表すれすれに発動したウイングロードで移動し、ウォルターへと突進した。
全霊の闘志を籠めた拳で、地平線まで吹っ飛ばす勢いで殴るも、あっさりウォルターの剣で防がれる。

「俺が素直に真実を話すと、そう思っているのか?」
「はい」

 告げ、スバルは振動破砕を拳から発動した。
臓腑にダメージを与える筈の”通し”は、ウォルターが刹那の遅れで寸分の違いも無い振動を魔力で生成、あっさり相殺される。
どころかウォルターの超魔力による膂力に負け、スバルの拳が後ろに弾かれた。
追撃の切り返しの斬撃は、ティアナの弾丸が牽制に消費させる。

「だって、本当にウォルターさんが真実を隠そうとしていたのなら、嘘をつけば良かった。けど、貴方はただ、それは言えないとしか言わなかった」
「……確かに、そう言ったな」

 告げ、待ちの姿勢を崩さないウォルターへと、スバルは歯噛みし掌を天に掲げた。
意図を読んだティアナの援護射撃が激しくなり、鬱陶しげに弾くウォルターの前で、スバルは一本一本、指を折りながら告げる。

「だから、貴方は待っていた。私が、ギン姉が、真実を受け入れられる心の強さを持つ、その日まで」
「…………」

 無言のウォルターを前に、スバルは指一本一本ごとに振動破砕を発動。
五指にそれぞれに微妙に違う振動係数の振動を起こし、共鳴させ、乗数倍の攻撃力を発揮させる。
吐気。
カートリッジの薬莢が、コンクリ床に落下する。

「だから、示します。心の強さは目に見えないから、せめてこの拳の、その強さだけはっ!」

 咆哮と共に、神速の踏み込みでスバルはウォルターの懐へと踏み込んだ。
振動破砕無しで地面をたたき割る、震脚。

「一」

 カートリッジとリンカーコアから供給される魔力は、最早限界を超えていた。
全身が引き裂かれるような痛みと共に、それでもスバルは拳を振るう。

「撃」

 血潮が全身から滲む。
時間が圧縮され、スバルの視界からは色が消えて行き、光と影だけのスローモーションの世界と化した。

「必」

 目前のウォルターが、ゆっくりとティルヴィングからカートリッジを排出。
一瞬で超弩級の魔力を絞り出し。

「倒っ!」

 全身全霊、全力全開の拳。
スバルのこれまでの全人生の籠もった、生まれてから今までで最強の拳が、ウォルターの剣と。

「――断空一閃」

 激突。
あっさりと、スバルの拳は打ち負けて。

「――ぁ」

 それでも、その圧倒的な強さが、どうしてか嬉しくて。
微笑みながら、スバルは意識が闇に落ちて行くのを感じる。
最後に何か暖かい物に包まれたような気がして、瞼を開くと、未だ色を失った視界に、泣きそうなウォルターの顔が見えたような気がした。
なんだ、幻覚か、とスバルは思い、その意識を手放した。



5.



 “ありがとう、これでもう、悔いは……無いわ”

 暗照明のみの、暗い部屋。
椅子に座ったナカジマ家3人の、その後ろの壁際に僕とリニスとが立っていた。
ティルヴィングの緑色の宝玉を通じ、リニスの手によって仮面を外した場面をカットされた、編集映像が流れる。
クイントさんが最後の一言を告げ、息を引き取るのを最後に、映像は途切れた。
何度も脳裏に思い出してきた映像なのに、今更な事なのに、胸の奥が引き裂かれるかのように痛くて、内心呆然としてしまう。
遅れ、リニスがスイッチを押す。
ちちち、と点滅した後、照明が部屋の中を照らした。
暫く、誰も口を利かなかった。

「……俺は」

 口火を切ったのは、他ならぬ僕であった。
本来なら間髪入れずに告げる筈だった台詞を、久しぶりに聞くクイントさんのあのときの言葉に衝撃を受けて、言えなかったのである。
自分の弱さに嫌気が差しつつ、続けて。

「俺は、この事実を打ち明けられなかった。あのときの、幼い2人にこの事を打ち明けてしまえば、クイントさんとの約束を……、お前たち2人を真っ直ぐに育てる事ができなかったからな」

 弾かれるように振り向く、スバルとギンガ。
両の瞳に涙を溜めた彼女達に、僕は微笑んだ。
自然、あの熱く燃えさかるような笑みを作れなくって、だから素に限りなく近い、ぼんやりとした笑みが浮かぶ。
弱虫め、と己の不甲斐なさを罵りつつも、反面この場面に熱い笑みは似合わないとも分かっていた。
ウォルター・カウンタックに熱い笑みが似合わない場面などあってはならなかった筈なのに、できてしまっていた。
真っ直ぐだった筈の仮面の道が、うねり、崩れ出すのを感じる。
それでも、必死の虚勢で続ける僕。

「で、だ。じゃあ嘘を言ったら、今度は何時か来る真実を受け入れる日が難しく……、いや、こいつは言い訳だな。他ならない俺が、クイントさんの最後を嘘で告げたくなかった。すまねぇ。我が儘だったが、許せ」

 ふるふる、と声も無く首を横に振る2人。
ゲンヤさんは唇を噛みしめ、俯いてぶるぶると震えている。
それを尻目に、続けて僕。

「……あとは、スバルとギンガがクイントさんという柱無しに生きていける物を見つけて、その上で自分から俺に真実を教えてくれと、そう言ってくるのを待っていた。……、で、その覚悟を見せて貰って、今日に至るって訳だ」

 言い、僕は壁に預けていた背を剥がす。
鉛のように、重い足取りだった。
一歩一歩、靴裏で踏みつける床は、まるで底なし沼のよう。
それでも、渾身の力を込めて足を動かし、3人の前まで歩み寄る。

「それでも、俺がお前たち3人に真実を隠していた事は事実。……すまなかったっ!」

 頭を、下げた。
ひゅ、と息をのむ音が3つ。
姉妹に続けざまに叫ばれる。

「ちょ、待ってよっ!?」
「ウォルターさんが頭を下げる事なんてっ!?」

 遅れ、静かな声でゲンヤさんが告げた。

「……許すさ。頭、上げな」

 言われ、ゆっくりと頭を上げる。
視界に入ったゲンヤさんに、涙が浮かんでいる事に、胸に穴が開いた心地だった。
崩れ落ちそうになるのを、必死で隠し耐える。
仮面を何とか維持し、真剣な眼差しをゲンヤさんへ向けた。

「……俺こそ、すまなかった。何となくだが真実を分かっていたが、それを娘達に言うべきじゃねぇって、都合良く悪役を引き受けてくれたお前に、そのまま汚れ役をやらせちまって」

 違う、違うんだ。
内心の悲鳴が、心臓を締め上げるかのようだった。
僕はスバルとギンガのために真実を言わなかったのではない。
単に自分の心が可愛くて言えなかっただけで、それから真実を隠し続けたのも、自分の仮面を暴かれるのが嫌だったからだ。
こんな僕の何処が、2人のことを想っていると言えるのだろうか。

 仮面の僕が、真実の僕に比し異常に美化されるのは、何時ものことだ。
けれど、ことクイントさんの事に関してそうされるのだけは、胸が軋む音が聞こえてきそうなぐらい辛かった。
それでも。
仮面の口は、惰性で動いてくれる。

「いいって事よ、お互い様さ」

 綺麗事を口にし、手を差し伸べる僕。
それに嗚咽を漏らしながら、ゲンヤさんも手を伸ばし、握手が成立した。
続け、両隣からスバルとギンガが手を伸ばし、合わせて4つの手で、僕らの握手を包み込むようにする。

「ウォル、兄……」

 ぽつりと漏らしたスバルの言葉に、全員が視線を集中させた。
てへ、と笑うスバルは、もう一度、桜色に染まった頬を動かし、告げる。

「ウォル兄っ」

 胸を打つような、明るい調子だった。
沈み込み、汚濁に濡れた僕の心が、暖かな温度に渇いて行くような感覚。

「ウォル兄、私、お母さんの事はショックだったけど。共感したく、無いけど。でも、少しだけ理解、できちゃうんだ。……大切な何かを守ろうって時、他の何かを傷つけちゃう時、あるから」
「……えぇ、そうね。それが自分自身の時もあれば、同じぐらい大切な何かの事も、ある」

 続けるギンガの視線は、刹那、大空へと向けられていた。
あの黒翼の書事件の時、命がけで姪を守ろうしたクリッパーが、ロストロギアを窃盗し暴走させ、多くの人を命の危機に陥れたのを思い出していたのかもしれない。
それとも、これまで関わった事件での事柄なのかもしれないし、その全てなのかもしれない。

「だから、お母さんのことは、綺麗な思い出ばかりじゃなくなっちゃったけど、それでも、大丈夫。私、立って、歩いて行けるよ」
「私も。私たちには、いろんな人との絆がある。絆がくれた、力がある。そして……」

 異口異音、しかし同じ意味で。
告げる2人。

「ウォル兄が居る」
「ウォルターさんが居る」

 僕の心を貫くような、真っ直ぐな視線。
その真っ直ぐさに、僕はふと、あぁ、この子達は真っ直ぐに育って来られたんだな、と実感が沸いてくるのを感じた。
不意に、涙が出そうになるのを感じ、必死の虚勢で覆い隠す。
それを誤魔化すように、顔をくしゃくしゃにして、言った。

「……ありがとう、2人とも」

 ――この日、僕は残る全ての約束を果たした。
仮面に縋って生きるだけでは、立って歩く事すらもままならなかった僕が、生きる理由に頼った約束。
”今度何かあった時。はやて、お前にはどうしようもない、力及ばない、何かがあった時。その時は何の躊躇もなく俺に助けを呼んでくれ。今度こそ、何があっても犠牲一つなく、助けてみせる。約束するよ”
“私が死んでも、2人が真っ直ぐに育ってくれるよう、その目標になってくれない?”
僕からした約束、クイントさんからした約束、主体は違えど、確かに結んだ約束は、今はもう無い。

 僕は、仮面を被る理由を半ば失いつつあった。
妄想の男UD-182が、それでも僕の心から生まれた妄想だと言う理由に縋る以外、僕が仮面を被る理由は無くなっている。
それでも僕は、仮面を被って進んで行く以外に、生き方を知らないのだ。
これでいいのか、それでいいのか、他の生き方を試したことが無いから少しも分からなくて、不安で仕方なくて。
それでも。

「…………」

 無言で僕は、胸元のティルヴィングを見つめる。
続け僕は、背後で壁に背を預けたままの、リニスを見つめる。
少なくとも、僕は2人が居てくれた。
背中を預ける事の出来る、相棒達が居た。
それを思うと、目の前の、ナカジマ一家の仲睦まじい姿も、心を引き裂かれるような感覚だけではなく、その暖かみを素直に受け取る事ができる、ような気がして。

 僕は。
できる限りの、満面の笑みを浮かべた。
今日ばかりは、無理をしての笑みではなかった。




あとがき
構成が……。
あと、幻術と多人数戦闘が重なると、ギミックが増えて戦闘描写が長くなりました。


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