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No.32103の一覧
[0] 幸茸の作品集【ファンタジー、現代物、SF?等】[幸茸](2013/06/18 18:44)
[1] 【オカルト?】一刻を争った話[幸茸](2012/08/02 02:09)
[2] 【ドイツ兵】柏葉は落ちない[幸茸](2013/06/18 18:36)
[3] 【ファンタジー?】七つの証拠[幸茸](2012/08/03 14:44)
[4] 【現代日本風】狩る者と狩られる者[幸茸](2013/06/18 18:37)
[5] 【現代風ファンタジー】星天の饗宴[幸茸](2013/06/18 18:38)
[6] 【オカルト】【ホラー】コツドン[幸茸](2013/06/18 18:39)
[7] 【魔術】赤い竜の夢[幸茸](2013/06/18 18:39)
[8] 【幽霊】【日本兵】勅使河原中尉[幸茸](2013/06/18 18:40)
[9] 【魔術文書】長月典太郎「自動書記文書486」[幸茸](2013/01/16 07:53)
[10] 【SF】ガンマンにビールを[幸茸](2013/06/24 17:23)
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[32103] 【オカルト?】一刻を争った話
Name: 幸茸◆7cd31f54 ID:6aa97e09 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/08/02 02:09
 自然に目が覚めた。
 時計に目を遣れば、いつもと同じ午前九時丁度だ。頭に絡みつくような眠気を振り払うため、軽く伸びをする。
 九時二十分の一限目から試験がある。家を出るまでに要する時間は十分、教室到着までに要する時間は急げば五分と少しだ。
 一分で顔を洗い、一分で髭を剃り、一分で着替え、五分でトーストの調理と咀嚼を終え、一分で歯を磨き終えた。いつものようにほぼ十分で支度が終わった。あとは靴を履いてドアを開けて教室まで歩くだけだ。今日もいつもと同じで、余裕を持って教室に入れる。
 しかし、そろそろ大学生活も倦怠期だ。正直なところを言えば、万年床から這い出す時と、こうして靴を履いて玄関の扉を開ける時が非常に億劫でならない。気を抜くと、次の瞬間には二度寝を始めている自分や、履きかけた靴を脱いでゲーム機の電源を入れている自分がいる。
 今日は特に気をつけないといけない。単位取得がかかった大事な試験がある。いつものサボり癖が顔を出しでもしたら、目も当てられないことになる。単位を落とすようなことがあったら、親からの仕送りが停まってしまうかもしれない。
 しかし、俺のサボり癖は重症のようで、単位取得や今後の生活費がかかっている程度では、自発的に引っ込んではくれない。教室に入るまでは、サボりの誘惑に魂を囚われないように気をしっかりと持っておくことが重要だ。
 ドアノブに手をかけたのとほぼ同時に、来客を知らせるチャイムが鳴った。
 誰だろう。
 友人知人はそれぞれの生活で忙しい。こんな平日の朝に訪ねてくるはずがない。大家さんも違う。家賃はこの間払ったばかりだ。新聞やら何やらの勧誘も違う。こんな時期ではなく、新入生が部屋探しを始める三月四月辺りにまとめてくるだろう。
 板一枚を隔てたすぐ近くに佇んでいるだろう来訪者の正体を推測し、「気になるあの子とかだったらいいな」という駄目人間的結論に達しつつ、よく見えない覗き穴を通して様子を窺う。
「……どちらさん?」
 そこにいたのは友人達でもなければ、大家さんでも、鬱陶しい勧誘の類でもなく、気になるあの子でも無論なかった。そこにいたのはスーツ姿の男だった。勤め人のようにも、学者や詐欺師のようにも見える不思議な男だ。義務教育以上の教育機関にはこういう不思議な人間がよくいるが、もしかして大学関係者だろうか。
「どうも。私、少々込み入った事情がありまして、名前を名乗ることができません。悪しからず」
 名前を名乗れない事情があるとは、どうやら大学どころか真っ当な社会とも無関係な人らしい。
「非常に怪しい男ですが、まあ、その辺りのことは気にしないでください。今時、怪しいから駄目、怪しくないから大丈夫、なんて二元論は通用しませんよ。怪しいけれど大丈夫な人もいれば、怪しくないけれど実は危ないという人もいます。あ、ちなみに、私は怪しいけれど大丈夫、というタイプですから安心してください」
 よく喋る男だ。絶対に信用できない。このドアは絶対に開けられない。しかし、玄関以外に出入り口はない。大学に行くためにはここを通らなければならない。だが、ドアを開ければ怪人とご対面と相成る。
 どうしよう。今日はもう諦めようか。しかし、それをすると、単位取得ができなくなる。「家の前に不審者がいて通学できません。今日の試験の救済措置とか、お願いできませんか」とでも担当教授の下崎に電話を入れたなら、追試か何かでどうにかして単位取得ができるようにしてくれるだろうか。いや、あのおっさんは冷血動物だから、多分無理だ。
 となれば、何とかこの男を追い返す、或いは突破するしか未来に通じる道はない。
 それも、制限時間五分以内にだ。下崎は偏執の域に達するほど時間に厳しい。奴が決めた時間を一秒でも過ぎれば即アウトで、欠席扱いにされてしまう。単位取得が懸かった今日という日に遅刻をするわけにはいかない。
「では、失礼しますよ」
「うわっ」
 貴重な三十秒を費やして考え込んでいたところ、そんな声と共にドアが開いた。まだ鍵は開けていなかったはずなのにどうして、と訝る俺には構わずに、男が上がり込んでくる。
「散らかっていますねえ。掃除とか、してますか。ちゃんとしないと虫が湧きますよ」
「おいあんた! 何勝手にずかずか上がり込んでるんだよ!」
「大丈夫ですよ。靴は脱ぎましたから」
「そういう問題じゃない!」
「まあ、お茶でも飲みましょうよ」
 図々しいことに座布団を敷いて座り込んだ怪人がそう言った瞬間、卓袱台の上に湯気の立つ紅茶のカップが二つ現れた。「カップが置かれる前」と「カップが置かれた後」だけがあって、「カップが現れる過程」がなかった。編集で途中経過を省略したような唐突さだ。
 何が起こったのか理解できずに混乱していると、怪人は紅茶を勧めてきた。
「どうぞ、美味しいですよ。あのべノアですからね」
「ちょっ、あんたっ、それっ、どっから!?」
 最初は手品かと思ったが、どうもそうではなさそうだ。我が家にティーカップなどという洒落た物はない。飲む茶と言えばコンビニか自販機で買うペットボトルのあれだ。だからこのティーカップと紅茶は怪人が持ってきた物に違いない。しかし、手品で出したと考えるには問題があった。そんな物を持っている様子はなかったということと、湯気の立つ紅茶を一瞬で入れる手品などどう考えても有り得ないということだ。
「え? ああ。実は私、悪魔なんてものをやっていましてね。この紅茶は、まあ、何と言いますか、悪魔の力で出したんですよ」
「悪魔ァ!?」
 心の病気を扱う病院から逃げてきた人なのでは、と俺が内心ビビり、何かされそうになったらすぐに大声を出せるように呼吸を整えていると、怪人はほら、と手品師がやるような態度で指を鳴らした。
 今度は、卓袱台の真ん中に本場物といった趣のある洒落た装飾のティーポットが出現した。
 ここまでされては信じないわけにはいかない。オカルトを信じる人間はもとより、「俺は俺が見たことしか信じない。魔法や超能力は見たことがないから信じない」と公言して憚らない俺のような人間でも、こうして目で見てしまい、他の可能性を思いつけないでいる以上は信じる外はない。
「……マジですか」
「信じていただけたようですね」
「ああ、信じるしかないよ……ところで、鍵もやっぱり……」
「ええ。開けさせて貰いました」
 ピッキングは歴とした犯罪なのだが、流石は悪魔。人間の法律などお構いなしらしい。いや、待てよ。法律といえば、悪魔にもいくつかのルールがあったはずだが。
「……ところで、悪魔って確か許可なしじゃ人間の家に出入りできないんじゃなかったか。つーかだな、そもそも訪問販売とかしないんじゃないのか」
「おや、成績の割に物知りですね。その話をどこで聞きましたか」
「おい待て、何で俺の成績のことを知ってる」
「悪魔ですからね」
「……『ファウスト』とか『悪魔全集』とかで読んだんだ。言っとくが、どっちも由緒ある資料に基づいた立派な本だぞ」
「知に対して誰よりも貪欲だった拳骨博士に、カビの生えた資料を基にした研究書が情報源ですか。ははは。これはまた何とも」
「何だよ、何がおかしい」
「『ファウスト』第一部は西暦一八〇八年、第二部は西暦一八三三年に発表されたものです。あなたが読んだ『悪魔全集』の基となった資料は、魔術華やかなりし中世に著された物が主ですね」
「それが?」
「やれやれ。拳骨博士のモデルはもっと賢かったですよ。それに、もっと落ち着きがありました」
 ドクトル・ファウスト、つまりDoktor Faustを直訳した上で、ラテン語由来の名前とドイツ語の単語を絡めて拳骨博士と呼び、言外に「俺はこれだけのことを知っているんだぞ」と教養とユーモア精神を誇示する嫌みったらしさは、流石は悪魔という感じだ。
「仕方ありませんから、もっとわかりやすく言いましょう。今の人間の社会では、二百年前の常識や法律、慣習はどうなっていますか」
「あっ……!」
 その指摘を受けて、悪魔の言わんとしていることが理解できた。人間社会は激しく流動している。二百年前どころか半世紀と少し前の常識や法律ですら、今それを適用しようとすれば、時代遅れだ、ナンセンスだと袋叩きにされるに違いない。つまりは、悪魔の社会もそれと同じように、常に変化を続けているということか。
「おわかりいただけたようで何よりです。昨日の道理は今日の無理。昨夜の非難は今朝の称賛。いやしかし。どうして人間という生き物は、先人の業績を疑いもせず受け入れるだけの温故不知新な輩ばかりなのでしょう。変化し、革新を続けるのが自分達だけであると驕る輩ばかりなのでしょう」
「知るか。社会心理学か何かの教授にでも訊けよ。そんなことより、あんたは俺に一体何の用があるんだ」
「ああ。これはいけない。私としたことが、すっかり用件を忘れていました」
 悪魔はわざとらしく手を打ち合わせ、おどけた態度で肩を竦めた。馬鹿にされているのが丸わかりで、しかも隠すつもりもないのだろう。
「実はですね、あなたに伝言を預かっているんですよ。下崎先生からのね」
「何ィっ!?」
 下崎は昔話に出てくる悪い魔術師みたいな顔をしている、とよく陰で笑っていたものだが、本当に魔術師だったとは驚きだ。
「いいですか。一度しか言いませんよ。ええ、おほん。『篠田くん。君は時間にだらしがなく、根本的に不真面目だ。そんな学生に単位を与えるわけにはいかん。だから、君には落第して貰うことにした』。以上です。なので、私はあなたから一刻だけお時間をいただくことにしました」
 はっとして時計を見た。九時一四分。あれ、この男が来てからまだ五分も経っていないのに一刻とは――いや、そんなことはどうでもいい。もう間に合わない。再履修が確定してしまった。これまでの無駄話は、全部このための時間稼ぎだったのか。
「最低限の出席をしてる学生に単位を与えないなんて、そんな暴挙が許されるものか!」
「だから試験に遅刻させて、欠席扱いにして、評価不能扱いにして、正当な手続きで落第にしてやるのだそうですよ」
「大学の上の方に文句言ってやる!」
「何とです? 『下崎教授が悪魔を使って僕の出席を妨害しました』とでも?」
「『下崎教授が人を使って僕の出席を妨害しました』と言えば問題ないだろう!」
「誰がそれを見ましたか。言っておきますが、私は悪魔です。下崎先生以外の誰の目にも記憶にも留まらずに依頼を受けることはもちろん、誰の目にも記憶にも留まらずにこうしてあなたに会いに来て、そして誰の目にも記憶にも留まらずに帰ることもできるんですよ」
「そんな馬鹿な!」
「信じるも信じないも自由ですが、どちらにせよ救われませんよ。信じても、信じなくても、結果は同じなんですから」
「クソ!」
 これでは本当にどうしようもないではないか。
「ふむ、そろそろ時間ですね。では学生さん。おはようございます」
 その言葉に疑問を抱くのと同時に意識が遠のき、視界が暗転していく。念には念を、と眠らせておくつもりなのだろうか。何が「おはよう」だ。ふざけやがって。
 ああ、眠い。もう駄目だ。

 自然に目が覚めた。よく思い出せないが、何だか嫌な夢を見ていたような気がする。
 午前九時一五分。
 しまった、寝過ごした。もう下崎は俺の入室を許してくれないだろう。遅刻確定だ。落第確定だ。仕送り停止確定だ。
 親父に何と言い訳しよう。何を言っても駄目な気がする。もう安穏とした生活は終わりだ。
 どうして俺という奴は、こんな大事な日に寝坊なんてしてしまったのだろう。本当に俺はどうしようもない奴だ。


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