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No.32064の一覧
[0] 【チラ裏より移転】おもかげ千雨 (魔法先生ネギま!)[まるさん](2012/03/24 23:09)
[1] 第一話「『長谷川千雨』と言う少女」[まるさん](2012/03/15 23:21)
[2] 第二話「キフウエベの仮面」[まるさん](2012/03/15 23:27)
[3] 第三話「少女と仮面」[まるさん](2012/03/16 13:47)
[4] 第四話「大停電の夜」[まるさん](2012/03/16 13:49)
[5] 第五話「モザイク仮面」[まるさん](2012/03/17 22:07)
[7] 第六話「君の大切な人達へ(前編)」[まるさん](2012/03/17 22:41)
[8] 第七話「君の大切な人達へ(後編)」[まるさん](2012/03/17 23:33)
[9] 第八話「今日から『明日』を始めよう」[まるさん](2012/03/18 22:25)
[10] 第九話「関西呪術協会」[まるさん](2012/03/19 20:52)
[11] 第十話「彼らの胎動」[まるさん](2012/03/20 21:18)
[12] 第十一話「京都開演」[まるさん](2012/03/21 23:15)
[13] 第十二話「夜を征く精霊」[まるさん](2012/03/23 00:26)
[14] 第十三話「恋せよ、女の子」[まるさん](2012/03/23 21:07)
[15] 第十四話「傲慢の代償(前編)」[まるさん](2012/03/24 23:58)
[16] 第十五話「傲慢の代償(後編)」[まるさん](2012/03/26 22:40)
[17] 第十六話「自由行動日」[まるさん](2012/04/16 22:37)
[18] 第十七話「シネマ村大決戦その①~刹那VS月詠~」[まるさん](2012/04/24 22:38)
[19] 第十八話「シネマ村大決戦その②~エヴァンジェリンVS呪三郎~」[まるさん](2012/05/01 22:12)
[20] 第十九話「シネマ村大決戦その③~千雨VSフェイト~」[まるさん](2012/05/06 00:35)
[21] 第二十話「そして最後の幕が開く」[まるさん](2012/05/12 22:06)
[22] 第二十一話「明けない夜を切り裂いて」[まるさん](2012/05/21 23:32)
[24] 第二十二話「【リョウメンスクナ】」[まるさん](2012/06/05 00:22)
[25] 第二十三話「『魂』の在り処」[まるさん](2012/06/14 22:30)
[26] 第二十四話「サカマタの仮面」[まるさん](2012/06/21 00:50)
[27] 第二十五話「鬼達の宴」[まるさん](2012/07/05 21:07)
[28] 第二十六話「『よかった』」[まるさん](2012/07/16 20:06)
[29] 幕間「それぞれの戦場、それぞれの結末」[まるさん](2012/08/17 21:14)
[30] 第二十七話「涙」[まるさん](2012/08/26 14:27)
[31] 第二十八話「春になったら」[まるさん](2014/08/10 15:56)
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[32064] 第二十五話「鬼達の宴」
Name: まるさん◆ddca7e80 ID:e9819c8b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/07/05 21:07
その小さな背中から、石の穂先が飛び出している。不意に目の前に現れた彼女の体が貫かれ、飛び散る血が僅かに頬を濡らした。
その時、心に渦巻いた何かを、千雨は未だ知る事は出来なかった。



フェイトの放った石の槍が、千雨の盾となったエヴァンジェリンの体を貫く。ごぼりと血を吐いたエヴァンジェリンを見て、フェイトは僅かに驚きに目を見開かせた。

「【闇の福音】……!?」

その時、血を吐いたエヴァンジェリンが、血まみれの口元をにやりと歪める。それと同時に、その小さな体が突如として解けた。少女の体は無数の蝙蝠となって、闇の中へと飛び去る。

「これは――!」

周囲を警戒するフェイトだが、その肩ががしりと何者かに掴まれる。驚きを持って振り向いたフェイトは、そこに、己の影から体を覗かせる、真祖の吸血鬼の姿を見た。

「――千雨や坊やが世話になった様だな、若造」

(影を使った、転移……!)

完全に姿を現したエヴァンジェリンが、固く握りしめた拳を振り被る。フェイトは、咄嗟に両腕を交差して防御の構えを取った。そして真っ直ぐに打ち出された拳は、空気の壁を破る破裂音を響かせながら、フェイトに突き刺さる。

「ぐ――っ!」

その瞬間、フェイトの体が水面を切りながら吹き飛んだ。何度か水の上をはねたフェイトの体は、対岸にある岩にぶち当たってようやくその動きを止める。

「……!まさか、ここに来て【闇の福音】の力が戻るなんて……」

顔を歪めながら立ち上がろうとしたフェイトは、何かに気付いて顔を上げた。その視線の先に、広げた五指に魔力を充填させたエヴァンジェリンの姿があった。

「高位の魔法使いと言うのは、裏にどんな切り札を隠し持っているか判らない。故に」

エヴァンジェリンは冷たい瞳でフェイトを睨みつける。

「私はお前に容赦はしない」

エヴァンジェリンの腕が薙ぎ払われる。その剛腕の一撃は、フェイトの体を背後の岩ごと袈裟掛けに両断した。

「む?」

だが、その手応えにエヴァンジェリンは眉を顰める。それは、肉を裂く感触とはまるで違っていたからだ。

「……やれやれ。今回はここまでのようだね」

そう言って片方しかない肩を器用に竦めたのは、たった今体を真っ二つにされた白面の少年であった。その両断面からは、血はおろか内臓すらも見えない。只、水のような液体が滴り落ちているだけであった。

「本体と寸分変わらぬ動きの出来る分身を作るのは、結構大変なんだが、ここまで破壊されれば、もう構成を維持する事も出来ない」

「……命に保険を掛けて戦場に来るなど、随分と舐めた真似をする奴だ」

エヴァンジェリンが憎々しげな顔をする。

「そうでもないさ。それなりのフィードバックはあるからね。当初の目的だった『天ヶ崎千草の勧誘』は、話を切り出す事すら出来なかったが、まぁいい」

「ほう、お前の様な魔法使いが態々出張った理由が、あの陰陽師の為だったとはな」

「そうだよ。世を憎み、恨み、世界を変えたいと願う彼女は、『僕達』の同志に相応しい。この極東の地にしかない魔法体系、【陰陽道】の使い手としても、彼女は一流だったからね」

(『僕達』、か)

その言葉で、エヴァンジェリンはフェイトの存在の裏に何らかの組織の存在を確認した。これ程の高位の魔法使いを抱える組織ともなれば、それほど数は多くない筈である。

(『黄金の夜明け』、或いは新しい所で『フリーメイソン』辺りか。それとも……)

つらつらとフェイトの背後の存在に思いを馳せていたエヴァンジェリンだが、次のフェイトの言葉でそれらの考察は一気に吹き飛んだ。

「幾つか重要な事柄の確認も出来たから、プラマイはゼロとしておこう。英雄の息子の現在の状態、貴女の復活、それに――」

フェイトは、湖の中央にある神楽舞台の方をちらりと見やる。

「『彼女』の存在について、ね」

「貴様……!」

エヴァンジェリンがその顔に鬼相を浮かべる。今フェイトが口にしたのが、誰であるのかはすぐに判った。

「あいつに妙な手を出してみろ。貴様の背後に何があろうと関係ない。全て纏めて、滅ぼしてやる……!」

「……ふふ、かの【不死の魔法使い】、【闇の福音】、【禍韻の使徒】と呼ばれた貴女が、随分とご執心の様だ。ますます興味深いね」

「…………」

最早語る言葉すらも無い、といった様子で、エヴァンジェリンはこの小賢しげな少年を物理的に黙らそうとした。そんなエヴァンジェリンの姿を見て、フェイトは最後に置き土産代りの言葉を贈る。

「どうやら、これ以上の会話は不可能らしいね。……最後に君達の奮闘を讃えて、面白い事を教えておこう。【リョウメンスクナ】は只の神性を写した強力な式神と言うだけじゃない。この京都と言う都市、土地において、もっと重要な役割を果たしている」

「……何?」

「その本質を見極めねば、下手をすればこの都市は滅びてしまってもおかしくはないよ?」

それを告げると同時に、フェイトの体は急速に崩れていく。

「またいずれ会おう、【闇の福音】。『彼女』にも、よろしく」

別れの言葉を残し、フェイト・アーウェルンクスと名乗った白面の少年魔法使いは、完全にこの場から姿を消した。



フェイトを下したエヴァンジェリンが神楽舞台へ戻ると、千雨が駆け寄って来た。

「エヴァンジェリン」

「千雨!無事か?」

「それは私のセリフだと思うが」

千雨は嬉しそうな顔をするエヴァンジェリンを見つめた。

「何故、あんな危険な真似を」

「む……。し、仕方ないだろう。あんな場面を見れば」

それに、とエヴァンジェリンは言う。

「何も、無策で突っ込んだ訳ではない。いくら各種封印具で力を封じられているとはいえ、吸血鬼として最低限の再生能力ぐらいは保持してある。せいぜい一週間寝込むぐらいで、死にはしなかっただろうさ」

五体バラバラにでもされれば、流石に死ぬがな、とエヴァンジェリンは洒落にならない事を言って笑った。

「……でも、今は何故か無事だな?」

「ああ。これを見よ、千雨」

エヴァンジェリンはシミ一つない真っ白な肌の二の腕を見せる。そこには、千雨がつい先日目にした、魔法と魔力を封印する『制約の黒い糸』がなかった。

「ものすごいタイミングで、私に掛けられていた制約が全て解けたのだよ。だから、復活した魔力に物を言わせて、全ての封印を解いたんだ」

エヴァンジェリンはそう言って、ほとんど筋肉など付いてない様な腕で、力瘤を作ろうとした。

「おかげで、真祖としての力を全て取り戻し、あの小賢しいガキをぶっ飛ばす事が出来たんだ。結果オーライと言うやつだな」

からからと笑うエヴァンジェリンに、千雨はそれでもなお平坦な声で言う。

「……でも、封印が解けなかったら、お前は大怪我をしていた。折角の修学旅行も台無しになっていた。それに、お前は昔の友達の後を追って、前に進むと決めたんだろう?だったら、私なんかの為にこんな無茶をする必要なんて――」

「何を言ってるんだ、千雨」

千雨の言葉に、エヴァンジェリンはむっとした様な顔を作る。

「お前だって、私の友達だろうが!」

その言葉に、千雨はしばし棒立ちになった様に黙り込んだ。

「……と、もだち?」

「そうだとも。今の友も、昔の友も、比べられる物ではない。両方大事な存在なんだ。だから、助けたのさ」

エヴァンジェリンは胸を張った。何も恥じ入る事はないとばかりに。

「お前がどう思っているかは知らんが、私にとって、お前が友であることは変わりない事実だ」

その言葉に、千雨は再び黙り込んだ。いつも通りの無表情。だが、エヴァンジェリンの目には、今の千雨は戸惑っているように見えた。

(全く、無理もないとはいえ、鈍感な奴だ)

やはり友人認定されていなかったのかと、少し落ち込むエヴァンジェリンである。そして、当の千雨は、しばしの沈黙の末。

「……すまない」

と、口にしていた。それを聞いたエヴァンジェリンは、びっ、と指を千雨の顔に突きつけた。

「千雨。前から言いたかったのだがな。こういった場面では、謝るのはおかしい」

真祖の吸血姫は、少し眉を寄せて言う。

「私は、お前に謝られる様な事は、何一つしていないのだからな」

そんなエヴァンジェリンの言葉に、千雨は逡巡の後、ゆっくりと口を開く。

「……『ありがとう』、エヴァンジェリン」

「うむ!」

その言葉に大満足したのか、エヴァンジェリンは満面の笑みで頷いた。

「さて、それじゃあ後は――」

「アレの始末、か」

振り向いた二人の視線の先に、天を突く異様の、鬼神の姿があった。



「千雨さん、エヴァンジェリンさん!」

【リョウメンスクナ】を前に立つ千雨とエヴァンジェリンの元に、明日菜を伴ったネギが近づいてきた。

「ふん、坊やか。まぁ、奮闘した様だな」

にやりと唇を歪めて笑うエヴァンジェリンは、幼い魔法使いの健闘を讃えた。

「ど、どうしますか?木乃香さんは無事に助ける事が出来ましたけど……」

「ほう、最大の目的だけは果たしたか。中々やるじゃないか」

「は、はぁ……」

魔法使いとして呆れるほどのキャリアの差がある相手からの評価に、ネギは少し戸惑った様子である。

「……でも、結局、千雨さんや、他の皆さんの助けがなければ、どうにもならなかった。僕、先生なのに……、み、皆さんを危険な目にあわせて……」

「ね、ネギ。そ、それは……」

ジワリ、と目に涙を浮かべるネギを明日菜が取り成そうとした。

「……先生達が動かなければ、誰も近衛を助けようとしなかった。近衛の危機に気付く事も出来なかった」

そんなネギに、千雨が静かに言う。

「もし今夜、先生達が頑張らなかったら、もっと早くあの鬼神は復活していたでしょうし、そうなったらどれほどの被害が出たか判りません」

千雨は手を伸ばして、少しだけネギの頭を撫でた。

「誇りに思って下さい。先生も、神楽坂も、桜咲も。あなた達三人の頑張りが、今の場を生み出したんです」

それを聞いたエヴァンジェリンも、少し肩をすくめて言う。

「ま、そういうわけだ。危険云々についてだが、今戦っている者達は、勿論それなりに覚悟してここに来ている。巻き込まれた連中については、自業自得とまでは言わんが、少し注意が足りなかったんだ」

(私も含めて、な)

まさか本山の護りが突破されるとは思っていなかったエヴァンジェリンも、注意を促さなかったのだから、一概にネギのせいとは言えない。

「千雨さん、エヴァンジェリンさん……」

頭を撫でられたネギは、顔を真っ赤にした。普段褒められた事のない相手からの思いもよらない一言は、少年の心大きく響いた。

(強く、なりたい)

ネギは、ぎゅっと杖を握りしめた。目の前にいる人達に並べるぐらい、大切な人達を護れるぐらいに、強く。
父の背をずっと追いかけていた少年が初めて思う、自分だけの強さを望んだ瞬間でもあった。

「……それで、ネギ先生のセリフではないが、どうする、エヴァンジェリン?近衛がいないのなら、あれは勝手に消えてくるれる物なのか?」

「そんな訳がなかろう」

その言葉と同時に、それまで沈黙を保っていた【リョウメンスクナ】が、低い唸り声をあげた。そして、ぎろりと眼下にある千雨達を睨みつけると、周囲一帯に轟く様な雄叫びをあげた。

雄々ォォおぉぉおおぉぉおおォォォォおおぉぉおぉおぉおおぉぉぉおおぉおおお!!!!

びりびりと体を貫く咆哮に、ネギと明日菜は思わず棒立ちになった。

「何か、怒っているようだが」

「ふん、無理やり叩き起こされた挙句、意に沿わぬ雌伏を強いられていたんだ。頭にも来るだろう」

それでも尚、千雨とエヴァンジェリンの態度は変わらない。無表情に、不敵に、鬼神を見上げている。

「そう言う訳だ、坊や。今から、あの鬼神を何とかして来る」

「何とかって……、だ、大丈夫なの!?」

焦った様な声で、目の前の鬼神とエヴァンジェリンを見比べる明日菜。ハッキリ言って、どうにかなるとは言い難い対比である。

「ふん、私を誰だと思っている、神楽坂明日菜。最強の吸血鬼にして悪の大魔法使い、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだぞ?あの程度の木偶の坊、敵ではないわ。……ま、足止め役がいないのは、ちとしんどいが」

(それに、少し気になる事もある)

エヴァンジェリンの見立てでは、この鬼神は確かに手強い相手であるが、エヴァンジェリンが倒せない相手ではない。だが、あの白面の魔法使いが言っていた言葉が、エヴァンジェリンには気にかかっていた。

(この鬼神には、まだ秘密があると言うのか?)

吠え猛る鬼神を見上げ、エヴァンジェリンは思考する。が、ふと横を見た瞬間、千雨が懐に手を伸ばしているのを見て慌てて止める。

「あ、こら、千雨!お前はもう戦うな!」

「……足止め役がいるのだろう?」

ピタリと手を止め、千雨はひたりとエヴァンジェリンに目をやる。

「昨日から続いて、どれだけ仮面の力を使ったと思ってるんだ、お前は!このままだと……」

「大丈夫だ」

千雨の体を心配するエヴァンジェリンに、当の本人は静かに返す。

「自分の限界ぐらいは判っている。無茶はしない」

「ど、どれだけ信用のない言葉なんだ、それは」

自分の体の状態など、あっさり無視して無茶をする千雨を知っているエヴァンジェリンは、じと目で千雨を睨んだ。

「……本当だ、エヴァンジェリン。さっさと終わらせて、帰ろう。明日は――いや、もう今日か。折角の修学旅行の、最終日なのだから」

「……ずるい言い方をする」

プイと、顔を背けたエヴァンジェリンだが、すぐに千雨と向き合って言う。

「少しでも負担に感じれば、すぐに仮面を使うのを止めるんだぞ!いいな!」

エヴァンジェリンはそう言うと、ふわりと宙へと舞い上がった。

それを見送った千雨は、後ろのネギ達に告げる。

「先生達は少し下がっていて下さい。片付けてきます」

「あ、あっさり言うんだもんなー、この人も……」

冷や汗をかきながら明日菜が力なく笑う。

「……千雨ちゃん、最後まで頼りっぱなしだから、こんな事しか言えないけど、頑張ってね!!」

「すみません、千雨さん、お願いします!」

「ああ」

軽く頷いてみせると、ネギ達は後方へ避難した。その気配を背中で感じながら、千雨は小さく咳込んだ。開いた掌には、吐いたばかりの血が少しへばりついている。

「……まだ、大丈夫だ」

言い聞かせて、その掌をぎゅうと握りしめ、千雨は懐の仮面に手を伸ばす。



【リョウメンスクナ】は怒り狂っていた。安寧を無理やり破られた挙句、強い力で無理やり言う事聞かされそうになっていたのだ。乏しい自我しかない式神の身であっても、流石にこれは許容出来ないほどの怒りを生んだ。加えて、小さき者達が、何やら小賢しくも自分と相対しようとしている。これもまた、鬼神にとっては気にいらない。
そんな怒りを込め、【リョウメンスクナ】はまず、目の前にいる長い服を纏った人間に向けて、岩の如く巨大な拳を振り下ろした。

「危ない!」

後ろで見ていたネギたとは、不意に振り下ろされた【リョウメンスクナ】の拳が向かう先にいる少女――長谷川千雨に声を向ける。だが、千雨はその場から動かない。目を見張るネギ達の前で、鬼神の拳が千雨に叩きつけられた。

「ち、千雨ちゃん!?」

慌てふためくネギ達は、次の瞬間あんぐりと口を開けて驚愕した。千雨が、鬼神の拳を真っ向から受け止めていた。否、それどころかじりじりと拳は撥ね除けられようとしていた。

『がぁぁああぁぁっ!!!』

咆哮一轟、鬼神の拳は撥ね除けられる。そして顕になった千雨の顔には一枚の仮面が嵌っていた。

『九州の伝承神話《修正鬼会》の四天鬼が一鬼、【荒鬼】!』

巌のような顔立ちに、ぎょろりとした目。獰猛さを現すように剥き出しになった牙。それは、黒い『鬼』の仮面であった。但し、鬼の象徴である角は何故か無い。

『嘗て武勇を誇るは両面宿儺!それを受け継ぐ形代が、邪気に堕ちるは無様なり。ならば!』

【荒鬼】の仮面は吠え猛る。

『滅してくれよう!神が『鬼』へと堕ちる、その前に!!』

千雨は先程払い除けた腕に飛び乗ると、それを伝って真っ直ぐ鬼神の顔を目指す。凄まじい早さで鬼神の眼前に辿り着いた千雨は、握りしめた拳を【リョウメンスクナ】に叩きつけた。
轟音が、響く。【リョウメンスクナ】の顔が跳ね上がり、その巨体がぐらりと傾いだ。

「嘘……」

目の前で起こった光景に、明日菜は茫然と呟いた。比べるもおこがましい程の体躯の違いを物ともしない剛力を、自分と変わらぬほどの少女が繰り出したのである。思わずそう漏らしていても、無理はなかった。
思わぬ痛みに声を上げた【リョウメンスクナ】は、ぐるりと首を回すと、もう片方の顔を千雨に向ける。がばりと開けられたそこから、凝縮された魔力の光が漏れる。その瞬間、千雨が顔を一撫でし、仮面を変える。そして吐き出される魔光の奔流が、千雨の体を消し飛ばそうとしたその刹那、千雨の体がゆらりと消えた。それと同時に、波打つような揺らぎを見せた空間に、鬼神の魔光が飲み込まれた。
驚愕した様な形相を見せる【リョウメンスクナ】。その背中に、突如として光線が突き刺さる。それは、先程自分が放った筈の魔光であった。

『《修正鬼会》四天鬼が一人、【災祓い鬼】!』

赤い『鬼』の仮面をつけた千雨が、そこにいた。

『己に降り注ぐ災厄を全て祓い、同時に敵へと祓い返す!』

それを見ていたエヴァンジェリンが驚愕する。

(空間を歪めて、相手の攻撃をそのまま返した、のか……?)

空間湾曲。先の大剛力を発する仮面と言い、この仮面もまた、強い力を持つ仮面に相違ない。少なくともあの夜、自分と戦ったあの風の仮面に匹敵するだろう。

(無茶をするなって、あれほど言ったのに!)

はらはらしながらも、エヴァンジェリンは一撃を持って【リョウメンスクナ】を滅ぼす為に、魔力を練り上げていく。
焼かれた背中の痛みに悶絶する【リョウメンスクナ】を見下ろした千雨は、更に仮面を付け替える。顔を歪めた、どこかひょうきんにも見える白い『鬼』の仮面。

『《修正鬼会》四天鬼が一人、【鈴鬼】!』

その仮面をつけた瞬間、何処からりん、と甲高い鈴の音が響いた。連続して鳴り響くそれは、やがて人の可聴領域を超えて行く。そして音の波がある一点まで辿り着いたその瞬間、【リョウメンスクナ】の体の半分が砂の如く崩れた。

「まさか、高周波!?」

ネギが目を見開いた。あらゆる物体には固有振動数と言う、その物体が自然に振動する際の振動数がある。この固有振動数に合わせた振動が外から加わった時、揺れが大きくなる。この現象を『共振』、『共鳴』と言う。地震などにおいて、特定の建物だけが大きく崩れているのも、この現象が作用した為と言われている。千雨が今行った攻撃も、同様、【リョウメンスクナ】の固有振動数に外からの高周波により、同様の振動数を与え、鬼神の体の分子結合を解いたのである。

体を半分以上失った【リョウメンスクナ】が絶叫を上げる。そして地上に舞い戻った千雨は、その途端、その場に蹲り激しく咳込んだ。

「ち、千雨さん!?」

「どうしたの、千雨ちゃん!?」

慌てて駆け寄ったネギ達が見たのは、仮面の下から大量に毀れた血であった。絶句するネギ達を眼前で、千雨は体を震わせ、更に血を吐いている。明らかに、内臓のどこかに異常が発生していた。

「坊や!!千雨に『治癒』を掛け続けろ!!!」

立ちつくしていたネギは、頭上から響いたエヴァンジェリンの声に我に返ると、少ない魔力を総動員させて、拙い治癒を千雨に掛け始めた。
一方、エヴァンジェリンは今すぐにでも千雨の元へ駆け寄りたい心境であったが、それをすれば千雨の頑張りが無駄になるとぐっと堪えていた。

(後で説教だからな、千雨!)

やはり無茶をした千雨をしっかり叱ってやろうと決意したエヴァンジェリンは、湧き起こる怒りを眼下の鬼神に向けるべく、練り上げた魔力を呪文によって魔法へと昇華していく。

「『リク・ラクラ・ラック・ライラック!契約に従い、我に従え氷の女王!』

【リョウメンスクナ】の足元が凍りついて行く。突如掛けられた魔法に必死に抗おうとする鬼神だが、傷付いた体ではそれすらも儘ならない。

「『来たれ、とこしえのやみ!えいえんのひょうが!全ての命ある者に等しき死を!其は安らぎ也!!』」

蒼い大気が夜空に揺らめく。翳した手の先にあるそれを解き放つべく、エヴァンジェリンはもがく鬼神を見据えて笑った。

「嘗て封印されていた身としては、同情せん事も無いが、今の世は、お前のような存在が生きるにはふさわしくないのだよ」

(或いは、私も、な)

自嘲気味にそう思ったエヴァンジェリンは、魔法を放った。

「再び眠れ、古の大鬼神よ!『おわるせかい』!!!」

全てを凍てつかせる蒼い大気が【リョウメンスクナ】に殺到する。その巨体は見る見る内に凍りつき、そして、エヴァンジェリンが指をぱちりと鳴らしたその瞬間、粉々に砕け散った。

「す、すごっ!!」

一撃を持って終わらせたエヴァンジェリンの魔法に、明日菜は目を丸くして驚いた。そしてネギは、ある種の感動を持ってその光景を見つめていた。千雨と違い、エヴァンジェリンはカテゴリー的に言えば、己と同じ「魔法使い」である。魔法とは、極めればばあれだけの事が出来るようになるのだと言う、生きた偉業が、目の前にあった(その間も治療の手を休めせない所は、少年らしいと言えた)。
ガラガラと崩れる【リョウメンスクナ】を背景に舞い降りたエヴァンジェリンは、すぐさま千雨に駆け寄った。

「千雨!大丈夫か、千雨!」

「……エヴァンジェリン、か」

仮面を外した千雨は、心配そうな顔をするエヴァンジェリンに目を向けた。その顔は真っ青で、今にも倒れてしまいそうな様子である。

「この、馬鹿もの!あれだけ無茶をするなと言ったのに……!」

エヴァンジェリンの目にはうっすらと涙すら浮かんでいた。

「すまない、エヴァンジェリン。そして、流石だな」

崩れ去っていく大鬼神を見て、千雨は言う。

「……それはこっちのセリフだが、もう、あんな無茶は許さんからな!しばらくの間、仮面禁止!!」

「……ああ」

うがーっ、と怒るエヴァンジェリンを見つめて、千雨は小さく頷いた。その時、なんとはなしに崩れる鬼神を見つめていた明日菜が、それに気付いた。それを目にした瞬間、体が震えた。言いようのない悪寒と息苦しさが、明日菜を襲った。

「……な、何、あれ……」

震える声で言う明日菜の様子に気付いた一同が、改めて崩れて行く鬼神へと目を向けた。そして、気付いた。
そこに、崩れ去る巨躯の後で、もう一体の【リョウメンスクナ】が立っていた。恰も【リョウメンスクナ】の影を切り取ったかのような、黒い体躯を誇り、鬼灯の様な赤い目を慧慧と光らせている。だが、奇妙な事に巨体が発する様な威圧感はない。まるで、幻を前にした様な感じである。代わりに、それを見つめているだけで、不快感や息苦しさ、その他諸々の負の感覚が襲い掛かってくる。
そして、エヴァンジェリンはそれが何なのか知っていた。嘗て吸血鬼として古にあった時代、大きな戦場後によく見られた物だ。だが、これだけ大きな物はエヴァンジェリンも初めて見る。

「……間違いない。あれは――」


――呪詛だ。




【あとがき】
さようなら、【リョウメンスクナ】。
次回はオリ設定でお送りします。
後、タイムリーな話題ですが、『にじファン』さんが終了してしまいますね。あそこにはこの『おもかげ千雨』を含めて3本の二次創作を書いていたんですが、うち一つはこちらへすでに移転済みなんですけど、もう一本もお世話になろうかと思っています。
因みに「リリカルなのは」物。クロスオーバーと言うの名のオリジナルキャラクターが登場するお話ですが、初めて書いた二次創作でもあります。もしそちら方面で作者「まるさん」を見かけたら、目を通して何か感想なり批評なりをくれるとありがたいです(まだ移転してませんが)。
それでは、また次回。


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