――現在の時刻、午後23時45分。
※
闇に沈む森の中を、僅かな月明かりを頼りに、4人の少女達が進む。先行するは、長谷川千雨と、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。その後を、少し遅れて桜咲刹那と神楽坂明日菜が続いている。一同は、時折襲ってくる鬼達を倒しながら、儀式の場へと足を早める。その時。
「カモ!?」
「カモさん!?」
いきなり、明日菜と刹那が、ここにはいないネギの使い魔の名を呼んだ。千雨は周囲に目を走らせるが、白い毛並のオコジョの姿は見えない。
「仮契約カードの念話機能だ。あのオコジョが、二人に念話を飛ばしているんだろう」
訝しげな(されど無表情)様子の千雨を見てとったのか、エヴァンジェリンが言う。そうこうしていると、今度は不意に、二人の姿がその場から消える。
「今度は召喚機能だな。坊やが、あいつらを呼んだんだろう」
「……それは、ネギ先生は今、あの二人をすぐさま呼ばねばならない状況にある、と言う事ではないのか?」
千雨がそう言うと、エヴァンジェリンが一筋の冷汗を垂らした。
「……少し、まずいかもしれん」
絞り出すようにそう言ったエヴァンジェリンを置いて、千雨はコートの内側から一枚の仮面を取り出す。
「すまない、エヴァンジェリン。後から、来てくれ」
「え?あ、ちょ!? 千雨!?」
慌てて千雨の方へ眼を向けたエヴァンジェリンだが、そのわずかな間に、今度は千雨の姿が掻き消えていた。
「あー!もうっ!相変わらず、なんてマイペースな奴だ!」
むきーっ、と喚きながら頭を掻き毟ったエヴァンジェリンだが、すぐさま体を翻し、儀式の場へ一人で向う。
「……仮面をあまり使うなよ、千雨!」
先んじた友の安否を気遣いつつ、真祖の吸血姫は、暗い森を疾走する。
※
時は少し遡る。ネギ・スプリングフィールドの前には、巨躯の大鬼。その肩には、陰陽師と救うべく生徒の姿がった。
「こ、ここ、こんなの相手にどうしろっつんだよ!?って、兄貴!?」
恐怖に目を見開いていたカモは、膨れ上がった主の魔力に驚愕する。
「完全に出ちゃう前にやっつけるしかないよ!」
ネギが見据える【リョウメンスクナ】は、確かに復活の直後ゆえか、霊体が完全に安定しておらず、所々で幻のように姿が霞んでいる。
「【雷の暴風《ヨウイス・テンぺスタース・フルグリエンス》!!!】」
酷使しきった体から更に絞り出した魔力を持って、ネギは今自分が使える最大級の魔法を【リョウメンスクナ】に放った。迫る雷を孕んだ竜巻を前に、大鬼の肩に立つ千草は、にたりと唇で弧を描く。
「阿呆が」
【雷の暴風】に全く動じる様子のない千草は、何も、しなかった。そして、ネギの渾身の魔法が【リョウメンスクナ】に炸裂するかと思われた瞬間、魔法が弾かれたように消滅する。
「そ、そんな……」
効く、効かない以前に届きすらしなかった己の魔法を見て、ネギが愕然とした表情になる。【リョウメンスクナ】の纏う圧倒的な魔力が障壁のような役割を果たし、魔法を弾いたのである。
「ははは、坊や程度の木っ端魔法使いの魔法が、【リョウメンスクナ】に通じる筈が無いやろ?身の程をわきまえや」
大鬼の肩からネギを見下し、嘲る千草。言われた方のネギは、己の力量不足を悔しさと共に噛みしめるしかなかった。その時、背後から何かが砕ける、甲高い音がした。振り向いたネギは、そこに、決死の思いで足止めした、白の魔法使いが解放されている姿を目にした。
「善戦したけど、残念だったね、ネギ君」
静かに見つめるフェイトを前に、ネギは蹲り、荒い息を吐く事しかできない。魔力、体力共に、既に限界を超えていた。
(マズイマズイマズイマズイマズイ!これはマズイ!何か打つ手は――)
絶望的な状況において、カモは頭をフル回転させて打開策を見出そうとする。そして、天啓のように一つの道を見出す。
(そうだ、仮契約カードのまだ使ってない機能!)
それを思いついたカモは、素早く明日菜達に念話を送ると、ネギにもカードの機能を伝える。そうこうしている内にも、フェイトはゆっくりと歩を進めてくる。
「殺しはしない。けれど、自ら向かってきた以上、それ相応のリスクは覚悟している筈だね」
フェイトはネギに向けてすっ、と手を翳す。
「体力も魔力も限界、か。よく頑張ったよ、ネギ君」
その瞬間、カモがネギに合図を送る。
(今だ、やれ、兄貴!)
その言葉に従い、ネギは素早く仮契約カードを取り出すと、二人の従者を呼び寄せる。
「召喚!ネギの従者、神楽坂明日菜!! 桜咲刹那!!」
その言葉と共に、眩い魔法陣が二つ、ネギの前に展開され、そこから明日菜と刹那が現れる。
「明日菜さん、刹那さん、僕……。すいません、木乃香さんを……」
「わかってる、大丈夫よ、ネギ!」
威勢良く返事をした明日菜は振り向いた拍子に背後に聳える【リョウメンスクナ】の威容を見て悲鳴を上げる。
「って、ぎゃあああっ!? な、何あれ!?」
「お、落ち着け、姐さん!」
いきなり取り乱した明日菜を、慌ててカモが宥める。そんな風に騒がしいネギ達を見るフェイトの瞳に、焦りも同様も一切ない。この二人が揃った所で、自分を阻む障害足り得ぬ、と言う事を判っているからだ。
「……それで、どうするの?」
問うたフェイトは、静かに起動キーと共に呪文を唱え始める。
「『ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト』……」
それを見たネギ達の目に焦りが浮かぶ。この白面の魔法使いの使う魔法が、「石化」と言う厄介な特性を持っている事を、後で千雨から聞いていたからだ。
「まずいぜ、奴の詠唱を止めねぇと!」
「駄目です、間に合いません!」
「『時を奪う、毒の――』」
不意に、フェイトの詠唱が止まる。一瞬遅れて、ネギ達もそれに気付く。フェイトの前方にある空間が、撓むように揺らいでいる。やがてそこから、滲み出るように仮面を被った少女が現れる。
『ファントム・マスク』
何の装飾もない、額から鼻までの部分を覆うだけの白い仮面を被った千雨は言う。
『19世紀のパリにあったオペラ座の地下に巣食う怪人が、生来の醜さを隠す為に身につけていた仮面。彼は神出鬼没、どのような場所であれ現れたという』
現れた千雨を見て、フェイトに強い警戒心が生まれる。
「瞬間移動《テレポート》、か。やはり君が立ち塞がるんだね、長谷川千雨」
『その通りだ。フェイト・アーウェルンクス』
シネマ村で見えてから数時間後、白面と無貌は、再び相対した。
※
現在の時刻、午後23時50分。
※
「ち、千雨ちゃん!? い、いつの間に……?」
突如現れた千雨に驚く明日菜。ネギや刹那達も同様の表情である。
「桜咲」
「は、はい!?」
呼び掛けられた刹那が少し声を上ずらせた。
「近衛はどうした」
「! お嬢様!」
千雨の登場で、色々な物が飛んでいた刹那だが、すぐに己の幼馴染を思い出し、【リョウメンスクナ】に目を向ける。はたして木乃香は、大鬼の肩口、千草と共に居た。意識がないのか、ぐったりとして身動きする様子もない。
「あんな高い所に……。ネギ、あんた空飛べたわよね?」
「す、すみません……。もう魔力が……」
明日菜の問い掛けに、ネギは首を横に振る。飛べるならば飛んで行きたいが、もうほとんど魔力がない。その言葉を聞いた刹那は、静かに告げる。
「……私が、行きます。私ならば、あそこまで行く事が出来ます」
「え……。ど、どうやって?」
刹那はしばし沈黙した後、重い口を開いた。
「……ネギ先生、明日菜さん、長谷川さん。私には、お嬢様にも秘密にしていた事があるんです」
そう言った刹那の姿は、何処か寂しげである。
「この姿を見られたなら、もう、今までの場所にいる事は出来なくなります」
言いながら、刹那は己の体に眠る『力』を開放する。
「でも、今なら、今だから、この力を、使います!」
力強い言葉と共に、刹那の背中から、服を突き破って一対の純白の羽根が生えた。それを垣間見たネギと明日菜は、目を丸くする(千雨は、いつも通りの無表情)。
「これが……、私の秘密です。奴らと――あの鬼達と同じ、『化け物』です」
その言葉を聞いた千雨の目が、少しだけ細くなる。
「妖の血を引く、神鳴流の鬼子……。それが、私なんです。でも、誤解しないで下さい。お嬢様を護りたいと思う気持ちに偽りはありません」
でも、と刹那は言う。この醜い姿を見られたくなかったと。
「怖かったんです……。お嬢様に、このちゃんに嫌われるのが。私は、宮崎さんの様な勇気も持てない、情けない女です……!」
何かを堪えるように、絞り出した声で告げる刹那。そんな刹那に、明日菜は。
「ふーん……」
「わひゃっ!?」
不意に刹那に近づくと、刹那の背中の羽根に触れ、その感触を確かめる。羽根にもきちんと神経の通っている刹那は、いきなりの明日菜の行動に小さく声を上げる。そんな刹那に構わず、明日菜は羽根に顔を埋めたり匂いを嗅いだりとやりたい放題している。そして一通り堪能して満足したのか、一歩体を離すと、手を振り上げて、平手を思い切り刹那の背中に叩きつける。
「きゃうっ!?」
いきなりの暴挙と背中の痛みに、今度こそ刹那が悲鳴を上げた。
「なーに言ってんのよ刹那さん。そんなの背中から生えてくるなんて、カッコイイじゃない」
「へ……」
ひりひりと痛む背中に涙目になりながら、刹那は明日菜を見る。
「刹那さんは、木乃香の幼馴染で、中学に入ってからも二年間も木乃香を見守って来たんでしょ?その間、木乃香の何を見て来たのよ」
明日菜は刹那に笑いかける。
「大丈夫!木乃香がこのくらいの事で、誰かを嫌いになったりする訳ないじゃない!」
「あ、明日菜さん……」
その時、それまで黙って明日菜と刹那のやり取りを聞いていた千雨が口を開いた。
「桜咲」
「は、はい」
「本当の『化け物』は、もっとおぞましく、残酷な存在だ。……私のように」
「え……」
「私の目には、お前の翼が美しい物にしか映らない」
「は、長谷川さん」
千雨の言葉に、刹那は少し頬を赤くする。千雨は、フェイトを改めて向かい合いながら言う。
「ここは任せて、お前は近衛の元へ行け。……先生、神楽坂。フォローをお願いします」
「! わかったわ!刹那さん、千雨ちゃんの言う通り、木乃香を助けに行ったげて!」
初めて千雨から頼られた明日菜が、パッと顔を明るくする。
「僕も出来る限り、頑張ります!刹那さん、木乃香さんをお願いします!」
ネギもまた、疲れた体に鞭を打ち、千雨に並ぶ。
「……はいっ!」
三人の言葉を受けた刹那が、顔を笑顔にして頷く。そして翼を広げると、【リョウメンスクナ】に向けて飛び立つ。飛び去る刹那をちらりと見やるフェイトだが、結局何もしなかった。
「……半魔《ハーフブルート》だったのか、彼女は」
妖怪と人間、魔族と人間の間には、極稀に子供が生まれる。えてしてそんな子供は、両方から爪弾きにされ、悲惨な人生を送る事になる。刹那や小太郎等は、まだましな方である。
「何か邪魔をするのかと思ったが」
千雨の言葉に、フェイトは静かに首を振る。
「君を前に余計な事をしている余裕はないよ。それに……」
その時、フェイトは時初めてうっすらと嗤った。
「君達は、天ヶ崎千草と言う人間を、甘く見過ぎている」
※
舞い上がった刹那は、ぐんぐんと【リョウメンスクナ】、その肩に立つ千草と木乃香の元へ迫る。
「天ヶ崎、千草!」
仇敵の名を呼ばう刹那。そんな刹那を前に、千草は少し驚いたように目を見開いた。
「何や、神鳴流の半人前。あんた、半妖やったんか。しかも烏族の中では禁忌の白。……とち狂って神鳴流なんぞに身を寄せる筈やな」
「黙れ!忌まわしい翼であっても、今はお嬢様を助ける事が出来るならば、本望だ!」
「助けられる、ねぇ……。世の中、そんな上手くいかへんで?」
刹那を嘲り、千草は嗤う。
「お嬢様のお力で維持しとるとはいえ、この【リョウメンスクナ】は、今うちと霊的に繋がっとる状態や。そこから逆流するように、少しだけやけど、お嬢様の力がうちにも流れこんどる」
「……何が言いたい」
「微々たるもんやとはいえ、今のうちには十分すぎる力……。それをきちんと使いこなせば、こういう事も出来るんやで?」
言うなり、千草は懐から取り出した二枚の符を宙に投げる。符は空中で膨れ上がると、形をなして千草の目に降り立つ。
「な……!?」
それを見た刹那は驚き、千草は得意げに笑う。
「これがお嬢様の力で強化したうちの式神、『猿鬼・改』と『熊鬼・改』や」
刹那の目の前に、千草の式神がいた。しかし、その姿は、いつか見た物とはかけ離れた姿をしている。
『猿鬼・改』。ぬいぐるみの様なかつての姿は欠片もない。大きな体、そして金色の毛並と青い瞳を持つそれは、腕が異様に長い狒々の様である。
『熊鬼・改』。こちらも以前の姿とはかけ離れている。赤い毛皮の巨体に、それよりも更に色の濃い、血の様な瞳。加えて、先端に鋭い爪が生えた腕が4本も生えている。
「以前の物は「姿に比べ」、やったけど、今のこいつら「姿以上に」恐ろしいですえ?」
嗤う千草に、一瞬ひるむ刹那だが、己の心を奮い立たせて、式神達に向かって飛翔する。
「神鳴流――斬岩剣!」
気を込めた一刀が『熊鬼・改』に向けて振われる。しかし、その一撃を『熊鬼・改』は悠々と受け止めてみせる。
「何……!?」
微塵の傷も与えられなかった刹那が絶句する。そんな刹那に向けて、『熊鬼・改』は左の二本の腕を薙ぎ払う。
「くっ」
それを危うい所で躱す刹那だが、それを追って『猿鬼・改』が飛び上がる。
ごああぁぁぁああああぁぁああぁぁっ!
大猿の雄叫びと共に、その太い腕が振われる。轟音を立てて通り過ぎる拳を躱す刹那だが、この二体を躱して木乃香に近づく事が凄まじく困難である事を知る。
「さて、どないする、神鳴流のひよこ剣士?」
焦りを浮かべる刹那を、千草は冷たい瞳で見据えた。
(強い……!あの妖怪達の頭、大鬼に匹敵するくらいに!)
立ちふさがる障害の高さに、刹那は唇を噛む。だが、ここで怯む事は出来ない。すぐそこに、大切な友がいるのだから。
「はあああああっ!!」
刹那は全身の気を高ぶらせると同時に、妖気を纏い身体を通常以上に強化する。この瞬間において、刹那は実力以上の力を発揮する。翼を振わせ、刹那は、真正面から巨熊に挑む。その握り住めた刀身に、紫電の輝きが灯る。
「神鳴流決戦奥義!真・雷光剣!!」
振る下ろされた一閃に雷光の光が煌めく。それを受け止めた巨熊は、撒き散らされた雷撃をその身に受け、絶叫を上げる。そして振り切られた白刃が、異形の式神を両断する。会心の一撃に、内心で快哉を上げた刹那だが、次の瞬間、拳を己に向けて振り被る大猿の姿を視界の端に映す。訝しむ間もなく、その腕が突如として伸びた。反して、片側の腕は縮んでいる。河童と言う妖怪は、左右の腕が繋がっており、伸び縮みさせる事が出来ると言う。どうやら、この式神もまた、同じ体の構造をしているらしい。大猿の一撃を何とか躱そうとした刹那だが、躱し切れず、翼の一部に強い衝撃を受けた。
「ぐあっ!」
苦悶の声を上げる刹那の体が、重力に引かれる。慌てて体浮かべようとする刹那だが、翼を動かした瞬間激痛が走る。それに邪魔をされて、上手く体を飛ばせる事が出来ない。
「ご苦労さん」
にたりと笑う千草が、その姿を見送る。だが、刹那の視線はその隣にいる木乃香に注がれる。
(お嬢様、お嬢様、お嬢様……このちゃん、このちゃん、このちゃん!)
必死の思いを浮かべる刹那だが、無情にも、広げた翼は地に落ちて行くだけである。
「このちゃあああああああんっ!!」
ついに叫んだ刹那の体が、不意に、浮く。下方から、上昇気流の様な揚力が生まれていた。驚いた刹那が下に目を向けると、そこには――。
※
「刹那さんが!」
フェイトの猛攻を、千雨を中心に迎え撃っていた明日菜は、落ちて行く刹那を見て声を上げる。そちらに目を向けた千雨は、体を翻す。
「先生、神楽坂、少し頼む」
「わ、千雨ちゃん!?」
そんな千雨の背中を追撃すべく、フェイトが走る。その前に、明日菜とネギが立ち塞がる。
「行かせないわよ!」
「邪魔だよ」
振り下ろされたハリセンを躱して、フェイトが明日菜に向けた拳を振う。だが、それはその間に割り込んだネギによって止められる。なけなしの魔力を身体強化に回し、フェイトの不意を突く様に動いたのである。死に体であったネギの動きに、フェイト顔に僅かな驚愕が浮かぶ。
「あ、明日菜さん、大丈夫、ですか!?」
「こっちは平気よ、ネギ……!さぁ、悪戯の過ぎるガキには、お仕置きよ!!」
腕を掴まれて動けないフェイトに向けて、明日菜がハリセンを一閃する。同時に、フェイトの纏う魔力障壁が粉々に砕け散る。
(障壁が……!)
その瞬間、ネギは残った魔力を全て拳に込め、フェイトを顔面を殴りつけた。顔を跳ね上げたフェイトは、その時、初めてネギ・スプリングフィールドと言う少年を本当の意味で認識した。
一方、刹那に向けて走る千雨は、一枚の仮面を取り出す。一見すると、飛行機のようにも見える、顔半分を覆い、後ろに長い仮面である。
『サカマタの仮面』
それを被った瞬間、急列な揚力が発生し、刹那の体を下から持ち上げた。驚いた刹那が、こちらに目を向けたのが判った。
『南米クァキトゥル族の仮面。サカマタとは、即ち海獣シャチ。日本の城にも使われるように、シャチは海洋生物と言うよりも、重力に逆らい、波間から飛翔するその姿のように、天空の象徴として使われた』
こちらを見て目を丸くしている刹那に、千雨は小さく頷いた。
「行け、桜咲」
唇の動きで判ったのだろう、刹那は大きく頷くと、揚力を翼に乗せ、再び天空を走る。先に勝る速度でこちらに飛ぶ刹那に、千草の顔が強張る。
「この、ひよこが……!」
傍らの『猿鬼・改』に命じ迎撃させようとした千草だが、その瞬間閃いた連撃に、細切れになった式神ごと吹き飛ばされた。
「神鳴流奥義、百烈桜華斬!!」
鎧袖一触のように大猿を切り捨てた刹那は、そのまま木乃香の姿を抱きかかえる。
「お嬢様、お嬢様!ご無事ですか!?」
口に貼られていた呪符を剥がし、刹那は木乃香に呼び掛ける。やがて、うっすらと木乃香の目が開かれる。
「ん……。ああ……」
寝ぼけた様な眼が、刹那の姿を捉えた。
「ああ、せっちゃん。へへへ……、やっぱり、また助けに来てくれたー……」
その時、木乃香は、刹那の背中から生えた翼に気付いた。
「せっちゃん、その羽根……」
「え?あ、これは……」
慌てる刹那だが、木乃香は目を輝かせて、その翼に見入る。
「なんや、キレーやなぁ……。まるで、天使みたいや」
月を背後に、二人の少女が天を舞う。幻想的なその光景は、一枚の絵画のように美しかった。
※
現在の時刻、午後23時58分。
※
殴りつけられたフェイトは、ぎろりとネギを見やる。
「……体に直接拳を入れられたのは、初めてだよ。ネギ・スプリングフィールド!」
「くっ!」
更に攻撃を加えようとしたネギだが、それよりも早く、フェイトの攻撃が、明日菜諸共ネギを吹き飛ばす。
「きゃあっ!」
「ぐあっ!」
叩きつけられるネギ達を置き、フェイトは再び千雨に向かって走る。
「君達も厄介だが、僕の中では、彼女の方が優先度が高い物でね」
「ま、待て!」
その背中を止めようとするネギだが、僅かも体が動かない。そうしている内にも、遂にフェイトは千雨を己の攻撃範囲内に捉えた。
「フェイト・アーウェルンクス」
「君を最早人間とは見做さない、長谷川千雨。その力は、あまりにも危険だ」
その瞬間、フェイトの足元から石の槍がまっすぐ伸び、千雨に向けて突き進む。仮面を変えている余裕は、既にない。死、その一字が、千雨の脳裏に一瞬浮かぶ。
その時。
「千雨!」
猛然と走り込んで来た何者かが、千雨と石の槍の間に割って入る。
「エヴァ――」
千雨の前に盾となって立ったのは、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだった。槍の鋭い穂先が、エヴァンジェリンの体に突き刺さる――。
※
現在の時刻、午前0時00分。
エヴァンジェリンの手首から、はらりと最後の黒い紐が、解ける。その瞬間、エヴァンジェリンの身につけていた全ての封印具が弾け飛ぶ。それと同時に、石の槍が容赦なくエヴァンジェリンを貫いた。
【あとがき】
このちゃん奪還回。次回は、【リョウメンスクナ】とガチンコです。
それでは、また次回。