番外編です。
本編とは一切かかわりはありません。
百合成分強めです。
――――――――――
淡い色のボブカットの前髪で目元を隠した、内気そうな少女は、おずおずと名を告げた。
「あ、あの、私……原村和、です……。よ、よろしく、お願いします……」
…………。
――のどか違いだろうがッ!
内心で激しくツッコんでしまった俺は悪くない。……と思う。
◆
遠足の日に友達になったのどかとは、それから仲良く遊ぶようになった。と言うか、何だかやたらと懐かれた。
聞けば、小学校に入学する時に麻帆良に引っ越してきたが、どうやら、引っ込み思案だったせいでいまいちクラスに溶け込めていなかったようだ。図らずも、俺が麻帆良で最初の友達になったために、印象が強かったのだと思われる。
気付けば、ことある毎に俺について歩くようになっており、だからと言って邪険にできようはずもなく、色々と面倒を見てやっているうちにさらにベッタリになってしまった。
可愛くて、控えめな性格であり、鬱陶しくは感じないため、まあいいかと思ってそのままにしている。
「そんな、私、可愛くなんか……」
「何を言う。のどかほどの美よ…少女は滅多にいないぞ? 自信を持つがいい。そして他の子達にも素顔を見せてやれ」
「アスナちゃんに褒めてもらえるのは嬉しいですけど……それは、恥ずかしいですぅ……」
こうやって、二人きりでいる時には前髪を上げさせることに成功したのだが、常にそうしているにはまだまだ精神的にいくつものハードルを越えねばならないらしい。
やれやれ。
ともかく、いいところはいっぱい褒めてやって、自信をつけさせてやらねばな。増長までいかないよう、注意は必要だが。
◆◆
「最近おどおどしなくなって来たのに、まだ前髪を上げないのか?」
「可愛らしいのに、もったいないですわ」
「いいんです。アスナちゃんにだけ見てもらえば」
「その発言はどうかと思うにゃー」
「意味深ですわね。激しく意図を追求したいところですが……ポンです」
「ちょ、今さらダブ東とか」
「確率的にマズそうですね。ここはベタ降りです」
「うー、うー……うにゃらばコレで……」
「通りませんわ。ロンです」
「うにゃー!?」
「チャンタ、白、ダブ東、ドラ1。親満、12,000点ですわ」
「うわーん。……アスナと囲むと牌の回りが悪いよー」
「アスナさんがいない時の桜子さんが回りすぎなのです。乗ってくるとダブリー当たり前、ひどい時には天和・地和・人和なども出してきますものね……」
「私が桜子を抑えておけるのは半荘が限度だがな」
「……そんなオカルトあり得ません」
大体分かったかもしれんが、小学生生活も半ばとなったこの頃、いつの間にやら全国的に麻雀が流行っていた。普段引っ込み思案なのどかが妙に食いつき、打ち方を教えている間に我が校でも蔓延してしまった。
どうしてこうなった。……聞かれるままに学校で教えてた俺のせいだろうけど。
で、一通りまともに打てるようになってくると、それぞれ特色が出てくる。
桜子は異常なまでの引きのよさ。が、反面、運頼りのため他人の手牌が読めない。
のどかは確率論に基づく徹底的なデジタル打ち。物覚えのよさや計算能力を褒めそやしたのが影響しているような気がしなくもない。欠点は、極めて人見知りなため、知らない相手と卓を囲むと実力が発揮できないこと。
あやかは普通の強さだが、他人の顔色を読むのが上手い。そして、どういうわけか、東場の親番で妙に強くなる。南入すると、親ではなく、南風で何故か強い。加えて、コンビ打ちの時はこの上ないサポート能力を見せる。自分が勝つよりも味方を勝たせる方が好きらしい。色々と損な性分である。早い手作りが苦手みたいで、速攻型の打ち方とは相性が悪い。
俺はまあ、もっと普通だ。強くもなく弱くもない。身内連中とは、大体誰と打っても五分の勝率である。だが特殊能力はある。カンカの気で卓を覆うと、常識を超えた打ち方を封じることができる。例えば桜子の引きの強さなどである。ただし、当然「氣」力が尽きれば使えなくなるのだが。要修行だ。
「何を言っているのですか。アスナさんの強さは粘り強さでしょう。基本に忠実と言いますか、高いレベルでまとまっていますわ」
「大きい手を張っても絶対振り込んでくれないしー」
「迷彩も上手ですよね。捨て牌から待ち手が読みにくいので、すごくやりづらいです」
防御特化と言うことか? デカい手が組みにくい打ち方なのは自覚してるが。
「……アスナちゃん、好きな上がり手は?」
タンピン(平和、タンヤオ)。門前ならなおよし。
……なんだ。その「ほら見ろ」みたいな顔は?
◆◆◆
「先日のパーティで龍門渕の令嬢とお会いしたのですけれど、麻雀の話題で盛り上がってしまいましたわ。で、それを横で聞いていた互いの両親が、これもまた盛り上がってしまいまして。今度、TV局に出資して、高校生の全国大会を中継することになったそうなのです」
それでいいのか雪広財閥。
◆◆◆◆
のどかの誕生日に、でかいペンギンの縫いぐるみをプレゼントしてみた。
「あ……ありがとう、アスナちゃん。一生の宝物にします!」
……いや、そこまでせんでも。普通に大事にしてくれたらいいさ。
◇
ふと気付いたら小学校を卒業していた。
……あれ? 確か小学生のうちに近衛木乃香と知り合うはずじゃなかったか?
試みに探りを入れてみると、学園長のお孫さんは京都在住で、麻帆良に引っ越してくるような話はない。しかも麻雀に入れ込んでるとか。
おかしい。どうしてこうなった。
危険がない分には助かるのだが。
◇◆
麻帆良学園女子中等部に進学した。寮ではのどかと同室になった。
「嬉しいです! よろしくお願いします!」
全力で抱きつかれた。
二次性徴からこっち、急成長を遂げたのどかの双丘がふにゅんふにゅんと二人の間でたわむ。大変柔らかい。
この魅惑の膨らみが垂れたりしたら人類の損失である。土台となる胸筋のトレーニングをさせよう。あと、時折クーパー靭帯に氣を流して強化を促してみることにしよう。
などと、アホなことを考えたりした。
◇◆◆
ちなみに実行してみたところ、さらなる成長と造形の美麗化が見られた。人体の可能性の持つ神秘を垣間見た心持ちになった。
◇◆◆◆
ところで、私とのどかの部屋では、最初にあった二段ベッドは知らないうちに撤去され、大きめのベッドで毎晩のどかの抱き枕にされている。人体の神秘を体感するのは、時たまでよかったのだが。夏になったらさぞ寝苦しかろう。
だから、今のうちにまた二段ベッドに戻さないか?
いや、言ってみただけだ。どうしても嫌と言うわけではない。だから、そのものすごく悲しそうな顔はやめて欲しいのだが。
◇◆◆◆◆
「麻雀部?」
「はい。今までなかったようなので、私たちで作りましょう」
ポジティブになったなあ。ポジティブついでに、いい加減前髪を上げないか? キャラだけでなく名前までかぶってる子もいるようだし。
「男の子もいなくなりましたし、アスナちゃんがお望みならいいですよ」
あれ、あっさり? 実は男が苦手だっただけ? 担任は男性教師だから……同年代の男子が苦手なのか?
◇◇
麻雀部を立ち上げてみたところ、思ったより部員が集まった。
部長は何故か私になった。
そうそう、中等部に上がってから、内心の一人称を「私」に変えた。
いい加減、自分が女であることを受け入れようと思ったので。男と同衾する気はさらさらないがな。
「男になんかアスナちゃんは渡しませんよ?」
「心を読むな。感触は嬉しいが抱きつくな。微笑ましげに眺めてるそこのブラコン、助けろ」
「よろしいのではなくて? アスナさんが男の子より女の子のほうが好きでいらっしゃるのはお見通しですわ」
否定はできん。ところで、あやかもブラコンは否定しないのだな。
ちなみに、この娘、小学1年の時に生まれた弟にゾッコンラブだったりする。この世界では無事に生まれていた。あやかの弟だけあって、非常に賢く愛らしい。アレなら、ブラコンになるのも理解はできる。同調はしないが。
◇◇◆
まがりなりにも部長を拝命してしまったので、それなりに真面目に取り組んでみた。
まずは部費で中古の雀卓と牌を2セット購入。意外に人数が集まったのでもっと欲しかったが、もらった部室の面積と部費の制約で、今のところはこの辺が限界だ。
秋葉原に足を運んで型落ちパーツやジャンク寸前のパーツを買い込んでPCを自作、ネット環境を整えて、面子が足りない時も気軽にネット麻雀できるようにしてみた。正直、PC本体は格安で組めるのだが、モニタが高価で、複数揃えるのが難しい。部員に、知り合いがモニタを買い替える時には古いのを譲ってもらえるよう交渉するように指示しておく。
中学生が参加できる麻雀大会を調べ、参加を申し込んだり、週一で部外生徒でも気軽に参加できる麻雀教室を開催したり、プロの牌譜を研究する研究会を開いたり、テーマを決めて打ち筋を考える勉強会を開いたり、もちろん普通に卓を囲んだり。
ま、こんな感じでやっていけば問題はないと思うのだが。どうだ? 副部長。
「やりすぎですわ。普通中学校でここまで熱心に活動している麻雀部はありません」
「そうなのか?」
「ええ。県内の麻雀部については全校調べましたから、間違いありませんわ」
……今、さらっとすごいことを言われたような気がするのだが。
こいつもやりすぎだと思うのは私だけだろうか?
まあ、ともかく、集めてしまった情報は有効活用しないと損である。
「とりあえず、大会より先に学外交流戦をしてみようと思う」
「いいアイデアですわね。適当な相手を見繕ってアポイントメントを取っておきますわ」
「よろしく頼む。移動の手間を考えると、最初のうちは麻帆良内でいい」
「ごもっともですね。となると……確か西中に同好会があったはず……」
人差し指をアゴに当てて検討を始めるあやか。実に有能だ。思わず頼もしげな目で見つめてしまった。
ちなみに、私とあやかを周囲の部員達が畏怖するような目で見ていたのは、気付いてはいたが全力でスルーさせてもらう。
◇◇◆◆
ウチの部の勝率は割と高かった。
あんまり勝つことだけにこだわらず和気藹々と打ってるだけなのだが。
「え。あんだけ研究会とか勉強会とか検討会とか真剣にやってて、こだわってなかったのかよ」
「参加を強制したことはないだろう、千雨。あと、やるからには真剣に取り組むのは当然だと思うが」
「参加しないとアスナのケーキが食べらんないからにゃー」
「うっせえ椎名。カロリー控えめであのウマさは反則なんだよ! 相伴に預からないなんて選択肢は最初から存在しねえ! ……あと、部長の教え方がやけに上手いんだよな。真面目に部活に出てるだけで、否応なく実力がついていくと言うか」
小学校の頃からずっと級友の勉強を見てたからな。教えるのはいい加減慣れた。
「私はおやつはなくても、アスナちゃんさえいれば必ず参加します」
「……じゃあ、原村の分のケーキは私がもらってもいいのか?」
「いいですよ。……アスナちゃんの手作りでない時に限りますが」
「お前……いや、いい。……これさえなきゃ、コイツも常識人なんだが……。まあ、私に被害が来ない分には問題ない。神楽坂はどうか知らんが」
千雨がぶつぶつと口の中で呟いた後半のセリフも、私の鍛え抜いた聴力はきっちり捕捉していた。……聞きたくなかったような気もするが。
◇◇◆◆◆
麻雀部で学外交流を多く持った結果、のどかの人見知りも多少マシになった。
「そう思ってるのはアスナさんだけですわ……」
「のどっちはアスナが視界にいないとおどおどそわそわしてボロボロなんだよねー」
何と。それは……どうすれば治るのだろうか。
◇◇◆◆◆◆
中等部に上がって初の麻帆良祭。ウチの部では、当然のように雀荘を開いた。いつもの中古卓ではまかないきれるはずもないので、全自動卓を6台ほど短期リースする。ちなみにフリー雀荘。メンバーはもちろん部員だ。可愛い女子中学生と卓が囲めるのだから、男性客中心に繁盛するだろうと見込んだ。
料理とケーキと飲み物も出した。
度胸づけにと、のどかに立ち番をさせてみたところ、砂糖に群がる蟻のように若い男性客が押し寄せてきた。そして、のどかは若い男性には近付きたがらない。そこを無理押ししてナンパしようとする不届き者どもは、涙目ののどかの手で床に転がされることになった。
護身用にと、幼い頃から簡単な化勁と合気道を仕込んでおいたのは無駄ではなかったようだ。さすがに本格的な武道経験者に通用するほどのものではないが。
結果、のどかにはある程度の勝負度胸(ただし実戦の)がついたようだった。
肝心の対人対処能力はさっぱり上がらなかったが。
「うう……それ以前に、この服、胸元を強調しすぎです。シフォンミニも頼りなくて、全体的に恥ずかしいですよう……」
「私のプロデュースに間違いはない! 原村も素材として極上だしな! 見ろこの客入りを!」
「じゃあ長谷川さんも着てくださいよ!」
「いや、私は……皆ほど素材がよくないしな……並ぶと引き立て役になるからヤだ」
「なんてワガママな……」
◇◇◇
ちなみに、私はウチの部に割り当てられた家庭科室の一角で、ひたすらチャーハンや麻婆丼や中華丼やカレーやヤキソバやサンドイッチや杏仁豆腐や餡蜜などを作り続けていた。メニューにはケーキとかシュークリームとかも乗っけてあるが、さすがに作り置きである。
「おかしい。何故こんなに注文が多いのだ? ウチは雀荘だぞ? 喫茶店や食堂ではない!」
『食事だけ頼んじゃダメですか? とか、麻雀打てないけどケーキ食べたい! とか言ってくる人がけっこういるよー』
インカム越しに桜子の気軽な声が聞こえる。さきほどの店内の様子は、桜子の報告で聞いた話である。
「雀荘ってそういうもんじゃなかろう。と言うか、明らかに色々と趣旨が違っているぞ」
『ウチの部員が部外でアスナのおやつとか自慢してたみたいで、口コミで広まってるらしいよ』
「……つまり、ある意味私のせいか? 今度からお菓子を作っていくのはやめるべきか」
『それだけは勘弁して!? と言うか、雀荘なら食い物を出せるようにすべきだ、とか言い出した人のせいだと思うよ!』
「誰だそんな迷惑なことを言い出したのは!?」
『アスナだよー』
ぎゃふん。
いや、もちろん自覚はしているが、言わずにいられなかったと言うか。
くそう。寂れた喫茶店のように、たまに来る注文をこなすだけの簡単なお仕事のつもりだったのに。
どうしてこうなった。
『あ、チャーハン2、中華丼1、ケーキセット3入ったよ』
「…………」
もはや無言で手を動かし続ける。来年は、同じことをするにしても、調理スタッフを増やそうと心に決めた。いや待て、そもそもドリンクはともかく食い物は外注でよかったような気がする。今更だが。
『はいはーい。……え? さらに餡蜜5杯追加ぁーって、マジ、たつみー? ……。マジだって、アスナー』
「龍宮ぁあああーーーッ!」
自重しろ! あと、ウチじゃなく甘味処でも行くがいい!
◇◇◇◆
「……疲れた」
「ご苦労様です、アスナちゃん」
滔々と流れ落ちる滝を見下ろしながら、ぐったりとベンチに背を預ける。
麻帆良祭2日目。昨日は開会からずっと、用意していた食材が尽きるまで料理を続け、午後はクラスの出し物の歌声喫茶でギター&ボーカルのノルマをこなし、中夜祭に引きずって行かれて騒ぎ、力尽きて泥のように眠った。今日になったら、あやかがムダにソツなく食材を手配してくれていやがったため、再びノンストップクッキングに駆り立てられ、昼を過ぎてようやく解放されたのだが、同じく非番になったのどかに引きずられて、図書館探検部の図書館島探検ツアーに参加しているところである。
絶景なのは確かなのだが、心があまり動いてくれないのは、色々とマズいような気がする。今日も中夜祭に引っ張って行かれそうになったら断固拒否して爆睡しようと固く決意した。
「……あのー」
「ん?」
呼びかけに振り向くと、何やらえらく既視感が刺激される風貌の少女が佇んでいた。二の腕に巻いた腕章と手に持つ小旗が、彼女の所属を明らかにしている。
「宮崎か。ツアコン役、ご苦労様。楽しませてもらっている」
「こんにちは、宮崎さん」
「あ、はいー。こんにちはです、神楽坂さん、原村さん」
クラスメイトではあるが、正直彼女とはあまり接点がなかった。図書館島は時折利用しているが、中等部の図書室にはほとんど行ったことがないし、成績優秀な彼女は私が勉強を教える必要もない。引っ込み思案な彼女が積極的に話しかけてくることもなかった。――これまでは、だが。
私も別に宮崎を避ける理由などない。交流を求めてくるのならば友好的に対応したいところだ。
ただいま蓄積疲労で絶不調である点を度外視すれば、と言う話だが。ちなみに、ここまで疲れているのは、昨日今日の作業だけでなく、クラスと部活の模擬店の準備で奔走しまくったからだ。ウチの身内どもは、悪乗りで盛大に話をあっちこっちに脱線させるくせに、凝り性で妥協を許さないと言う、非常にタチの悪い特性を持っていて、準備期間を無駄遣いしまくってどう考えても時間が足りなくなったのを体力でムリヤリ乗り切りやがったのである。当然、付き合わされた私の体力も相応に、あるいはそれ以上に、消耗を強いられていた。
「実はー、お二人とはお話ししてみたいなーと思ってたんですー」
「そーなのかー」
微妙に間延びした宮崎の口調についつい釣られてしまう。……いかん、体力の減退にひきずられて、気力とか思考力とかも萎えている気がする。
まあ、入学当初はのどかと色々と被ってたし、興味を持つのは当然と言えば当然か。名前、髪型、引っ込み思案、男性が苦手、万遍なく成績良好、美少女揃いの1-Aでもトップクラスの容姿。並べてみたが、よくまあこれだけ被っていたものだ。今は髪型は変わっているし、一部の身体的特徴に限っては絶望的な戦力差があったりするわけだが。
まあともかく、やたらと似たところが多いのどかと、その親友である私に対して大いにシンパシーを感じていて、仲良くなれそうな気がしていたらしい。
実際、話が合った。話していたのはもっぱら両のどかで、私は相槌を打つばかりだったのだが。
だが、何故かそれが、控えめ気質の宮崎から話題を引き出すのに適していたらしく、気付けば「こんなにいっぱい喋ったの初めてですー」とか言って照れ笑いされ、妙に懐かれた。笑顔はやたら可愛かった。
で。
「私も名前で呼んで欲しいかなー、なんて……」
……いや、さすがにそれは……。
ちなみに、小学校時代からの知人・友人は名で、中学に入ってからの知り合いは姓で呼ぶことにしている。お子様の頃ならともかく、いきなり名呼びは馴れ馴れし過ぎると思うので。部の仲間など、親しくなって本人が望めば名前呼びに切り替えている。
苗字呼びがよそよそしく感じると言われれば、まあその通りなのだが。この場合はなあ。
「愛称でもつけるか?」
クラスでのアダ名は「本屋」だったか。気安くはあるが、あまり親しげな感じはしないな。
「ミヤミヤ」……と言うには裏表がなさすぎる。
「みやむー」……いや、宮村じゃないし。
「のとまみ」……「まみ」はどっから出て来た?
「ロサ・ギガンティア」「ニュイ・エトワーレ」……いやだからどっから来た電波だ。
「ほのか」……本屋とのどかを混ぜて。語感も本名と近いし、これでどうだろうか。さらに語感が近い近衛木乃香は麻帆良にいないことだし。なお、桜咲刹那もいない。念のため。
確認してみるとこくこく頷かれたので、私から彼女への呼び方はそう決まった。
なお、のどか同士の呼び名は、原村→宮崎は同じく「ほのか」、宮崎→原村は麻雀部ののどかと言うことで「まどか」に……なりかけたところでストップをかけた。
「釘宮とかぶるだろう、今度は」
「あ」
「気付きませんでした」
……くぎみー乙。
◇◇◇◆◆
なお、結局「のどっち」に決まった。ほのかが口にしているのは最初のうちは違和感が強かったが、何度も聞いているうちに耳に馴染んだ。人間は慣れる生き物である。
◇◇◇◆◆◆
ほのかとの繋がりで、綾瀬や早乙女ともそれなりに打ち解けた。
「よろしくです」
「よろしくね! いやー、ようやくコナかけたんだね。のどかってば、ずっと気にしてたのよねぇ」
「はははハルナ!?」
「はいです。恋する乙女のごとくそわそわしていましたね」
「ゆ、ゆえまで~」
ぎゅ。
ふと見ると、のどかが何やら警戒感を漂わせる視線を彼女らに向けつつ、私の腕に抱きついていた。
…………。まあ、感触が気持ちいいからいいのだが。
人見知りなタチだからな。見るからに大人しいほのかはともかく、ハイテンションな早乙女と、物静かだがちょっと突き放した感じのある綾瀬を相手にすると、身構えてしまうのだろう。
……ん? 視線が、その二人でなく、いじられて頬を染めるほのかに向いてないか?
「要観察です」
ごく小さく呟くのが耳に入ったが……何でさ。
◇◇◇◆◆◆◆
夏休み、麻雀部の合宿で海に行った。
「海っつーか、南海の孤島じゃねーか! せめて国内のプライベートビーチくらいにしとけよッ!」
砂浜で絶叫する千雨。
落ち着け。あやかのブルジョア振りに突っ込んでも、今さらすぎる。
「旅費や宿泊費的に非常に助かった。多少落ち着かないとしても、文句を言う筋合いはあるまい」
「そりゃそうなんだが……つい、な」
ちなみに千雨には麻雀部の金庫番をやってもらっている。現実感覚が強固な彼女は、こういったシビアな仕事を任せるのに最適の人材だ。
「アスナちゃーん! こっちこっちー!」
満面の笑顔ではしゃぐのどかと言うのも、珍しい絵面だな。しかし……。
「大胆な水着だな」
「えへへ。他に人はいないと聞いたので、頑張っちゃいました。どうですか?」
色合いはおとなしい桜色だが、布面積はかなり少ない、きわどいデザインのビキニを身に付けたのどかは、くるりと一回転して見せ、やや前かがみで両手を膝に置いた。二の腕で左右から押された魅惑の麗峰が柔らかく変形し、深い谷間をアピールしている。
始終抱きつかれたり、毎晩抱き枕にされたり、入浴の度に背中を流し合ったりはしているのだが、正面からまじまじと見る機会は実はあまりなかったりする。時として大胆になるくせに妙に恥ずかしがりなところがあるしな。
太陽の下でじっくり眺めてみると――。
「デカいな。デカすぎる。色々と規格外な1-Aでトップだけのことはある。――チクショウ、モゲロ」
……同感な部分は多いが、その黒いオーラは何とかならないか、千雨。
「ああ、よく似合っている。可愛らしさと大人っぽさが両立していて、実に綺麗だぞ、のどか」
飾らず感想を述べると、のどかは微かに頬を染め、南国の日差しにも負けないほど輝かしい笑みを見せてくれた。
◇◇◇◇
サンオイルとか、ビーチバレーとか、色々あったが割愛する。
合宿後半からは何故か図書館探検部連中が合流して、のどかとほぼ同じやり取りをほのかと繰り返したような気もするが、まあ、大したことではない。多分。
◇◇◇◇◆
なお、合宿自体は非常に有意義だった。これを機に実力をグンと上げた部員は多い。
のどかは、そんな部員を相手にしてもトップクラスの勝率を誇った。
対人恐怖症さえ何とかなれば、非常に頼りになる戦力なのだが……。
もっと色々試してみるとするかな。
◇◇◇◇◆◆
ちなみに、合宿から一気に部内で頭角を現した者の一人は千雨だったりする。
もとからPCに強く、プログラミングなども得意で、論理思考能力が高かったため、研究会の度に力を付けてはいたのだが。
論理思考を元にしているため、のどか同様ロジカルな打ち手ではあるが、その方向性はのどかとは少々趣が異なっていた。
のどかの場合は高度な記憶力と膨大な計算能力を背景にした徹底的な確率論打法を駆使するが、前提となる高速計算能力に劣る千雨は、グローバルな視点に基づく戦略的な打ち筋を開花させた。防御的に打ちつつ、他者の大物手の気配を敏感に察して潰しにかかり、振り込みを避け、安手でもちまちまアガっていく。トップは取りにくいものの絶対に最下位にならず、長丁場になるほど順位を上げていくという、至極玄人好みの打牌である。
私としても実に好ましい打ち筋……と言うか、主に私が教えたためにこうなったのかもしれん。
なお、千雨の実力アップを絶賛していたところ、のどかが妙に不機嫌になった。ほっぺを膨らませているのは小動物チックでかえって愛らしかったが。
◇◇◇◇◆◆◆
ところで、いつの間にか某新興ネットアイドルのサイトに麻雀関係のページができたらしい。
あと、ネット麻雀で2大アイドル雀士が頻繁に頂上決戦をしていたりするらしい。
詳しくは知らんが。
◇◇◇◇◆◆◆◆
時間は飛んで、中学三年。
別に中二から中三にかけて子供教師が担任になったりするイベントはなかった。
あれ? 原作とかどうなったんだろうか。
平和な分には文句はないが。
「そう言えば、いつの間にか例の上がり症? はかなりマシになってるようだな」
色々やってみた結果、どれも失敗に終わったのに。どうやって克服したんだ。
「アスナさんの肖像入りの銀のロケットをプレゼントしたのですわ」
…………。
「え? それだけ?」
「それだけですわ」
どうしてそれだけでよくなるんだ?
◇◇◇◇◇
「……まさか、その勢いで全中個人優勝してしまうとは……」
「勢いって怖いねー」
「桜子さんが個人戦に興味がなかったのも大きいと思いますわ」
「桜子はほとんど反則だからな。桜子禁止、とか看板を出されても文句が言えん」
「卓にアスナがいないと打つ気にならないよー」
運が良すぎると言うのもいいことばかりではないのかもしれんな。
◇◇◇◇◇◆
中等部の卒業式が終わった。
この日のうちに、のどかは地方都市に引っ越すことが決まっていた。
そののどかは、今、がらんとした寮部屋で、私の胸に顔を埋め、「やっぱりアスナちゃんと離れたくない」と大泣きしている。のどかほどの超美少女にここまで慕われるのは悪い気はしない。
とは言え、どうしてこうなった。
背中や髪をそっと撫でて、落ち着くのを待つ。
泣き止んだ後、一度顔を洗いに行ったのどかと、二人で向き合う。
「アスナちゃん。私、アスナちゃんのことが、大好きです。――友達として、じゃないですよ?」
そう告白して、唇を重ねてきた。
温かくて、柔らかい。ほのかな甘い香り。
頭の中が真っ白に染まる。
気付くと、のどかは最後の手荷物を担いで、逃げるように駆け去っていた。
見送りのために、みんなで駅に集まる約束をしている。私はしばし迷ってから、のどかの後を追った。
◇◇◇◇◇◆◆
駅前広場で、級友達に囲まれて寂しげに笑っているのどかは、私の姿を見て頬を染め、逃げ出しそうな様子を見せた。
「のどか!」
呼び止めるように声をかける。
「全国大会で会おう」
それだけ告げると、瞳の輝きを強くしたのどかは、大きく頷いたのだった。
...to be continued to "SAKI" ?
――――――――――
最初の5行だけの小ネタだったのが、気付けばこんなことに。
ちなみに続きません。多分。