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No.32063の一覧
[0] 神楽坂明日菜、はじめました。[折房](2012/04/28 18:01)
[1] 01 幼女生活、はじめました[折房](2012/04/27 16:23)
[2] 02 修行、はじめました[折房](2012/04/27 16:31)
[3] 03 トモダチ、はじめました[折房](2012/04/27 16:40)
[4] 04 幼女生活、やってます[折房](2012/04/28 17:37)
[5] 05 デート? はじめました[折房](2012/04/28 17:40)
[6] 06 遠足、はじまりました[折房](2012/04/28 17:53)
[7] EX01 部活、はじめました?[折房](2012/04/28 17:59)
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[32063] 04 幼女生活、やってます
Name: 折房◆d6dfafcc ID:6f342f26 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/04/28 17:37
 ピピピピッ、ピピピカシャ。
 鳴り始めた目覚ましの頭を叩いて電子音を止める。
 就寝時刻が早かったので目覚めは悪くないのだが、眠気はなかなか取れない。結構寝てるのに。これも日々成長していく代償だろうか。寝る子は育つと言うしな。
「ふわぁぅ……」
 あくびを一つ、目をこすりながらもそもそ起き出し、寝室を出る。保護者殿が居間のテーブルに書類を広げて、コーヒーを飲みつつ書き物をしていた。どうやら、俺と生活時間を合わせるために、なるべく残業をしないようにして、代わりに仕事を持ち帰って深夜とか早朝に片付けているらしい。
 心遣いは嬉しいのだが、そこまで気を遣わなくてもいいものを。とは言え、この身は幼女。心配するなと言うほうがムリか。
「おはよう」
「おはよう、アスナちゃん。毎日早いね」
 そちらこそな。俺より遅く寝るくせに俺より早く起きている。幼女と比べるのが間違いかもしれんが。
 洗面所に行き顔を洗い、眠気を飛ばす。軽くブラシを当てて簡単に髪を整える。
 台所に向かい、エプロンをつけ、朝食の下拵えにかかった。ここ最近の献立を思い返しつつ冷蔵庫の中身を確認。そろそろ卵を使い切っておくべきか。あとは……おっと、マグロの刺身が少し残ってるな。こいつは焼いてしまおう。で、ほぐして卵焼きに混ぜてしまうか。人参も半分あるから、これも刻んで混ぜ込んでしまえ。あ、いや、味噌汁の具にも使おうか。それと豆腐。付け合わせに、いつもの白菜の浅漬けピリ辛バージョン。こんなものかな。
 よし、朝食メニュー決定。踏み台に乗って調理台に向かい、洗米して米研ぎして水張りして水を吸わせる。
 手を拭いてエプロンを外し、部屋に戻る。長髪をポニーテールにまとめ、台所で少し動いたおかげで目覚め始めた感じのする体をストレッチでほぐす。効率的なストレッチングについては、図書館島でスポーツ科学の本を読んで学習した。
 時間をかけてじっくりと腱を伸ばし、関節の稼働域を広げていく。日々続けていると、じわじわと効果が出てきているのがわかり、意外に楽しい。やっている最中は痛苦いたくるしいが。
 ――ちなみに、継続的な身体負荷に対しては脳内麻薬が分泌され、それを和らげようとする作用が働く。いわゆるランナーズハイと言うものだ。これはスポーツや武道、肉体的トレーニング全般に敷衍ふえんできる話で、まあ要するに、「修行は苦にならない」「つらいトレーニングもへっちゃら」「いくらでも頑張れる」とか言ってるアスリートは、体を苛めて脳内麻薬でトリップしているのであり、本人の自覚の有無はともかく、虐待を好むマゾヒストの資質を育てているようなものではないかと考える。
 む? この理論からすると、俺も日々Mっ気を増進させているということだろうか?
 ……この考えは、怖いからやめよう。
 益体もない思考に耽りつつ半時間くらいストレッチに費やし、台所に戻ると、米が十分に水を吸っていたので、保護者殿に頼んで炊飯器にセットしてもらう。で、炊飯器のスイッチオン。ぴ。
 再度部屋に戻り、今までずっと着ていたパジャマからトレーニングウェアに着替える。ちなみに子供用のジャージであり、味も素っ気もないシロモノであることはあらかじめ断わっておこう。
「修行に行ってきます」
「……行ってらっしゃい。気をつけてね」
 何にだ。
 あと、いい加減、修行に向かう俺を苦笑混じりで見送るのはやめて欲しい。一種のお遊びと解釈して放置してくれるのは、ある意味ありがたいので、口に出しては言わないが。
 一応、日は出ているが、管理人さんもまだ寝ているので、静かに職員寮を出る。
「……ふっ! ……ふっ! ……ふっ!」
 右崩拳、左崩拳、右崩拳。繰り返しながら歩を進めていく。拳児によると、最初のうちは正確な型よりも勢いが重要であるようなことを言っていたので、なるべく全身の力で拳を打ち出すよう心掛ける。大展より緊凑きんそうに至る、だったか。
 気も魔力もカンカ法も使わない状態だと、情けないほど頼りない幼女ナックルではあるが、踏み込み、腰、肩、全身の連動を意識して、拳に集約させていく。始めた頃はヘロヘロフラフラと拳の軌道すら定まってはいなかったが、最近はそこそこ一直線を描くようにはなってきている。
 未だ弱々しいままだが。
 拳速も次第に上がってきているように思うので、まだまだこれからだろう。
 半歩崩拳、あまねく天下を打つ。
 遠い境地だが、ま、半歩ずつ進んで行くとしよう。八年もやれば、それなりにはなるだろうさ。

 世界樹広場に到着。スポーツドリンクを一口飲んで気息を整え、八卦掌の套路に移る。スタミナの鍛錬も兼ねているため、疲れが抜けきるほど長時間休んだりはしない。
 手法と歩法を取り混ぜて走圏。右回り、左回り。ぐるぐるぐるぐる。通常の、趟泥歩しょうでいほで八歩のものをメインに、自然歩(普通の歩き方)や鶴形歩(腿上げ式)、三~四歩で一周したり、逆に増やしたりと、歩法や歩数、歩速を変えた走圏なども行う。
 魔力の扱いやカンカ法はともかく、気は武術をやってれば身についてもおかしくないことに先日気付いたので、時々わずかながら併用して練度を上げていく。
 套路の動作もそこそここなれてきたため、肉体機能掌握と外界把握の修行も同時に行う。どのような動作で、どこの筋肉がどれほど動き、関節がどう曲がり、血流や呼吸とどんな関連があり、内臓への影響はどのようなものかを感得し、考察し、動作の目的への最適化を図る。外「気」を感じ、魔力の流れを感じ、空気の流れ、風の匂い、外界からの刺激と、俺が起こす外界への変化の反響を読み取る。
 ――と、格好つけて述べてはみたものの、正直全然できてはいない。
 八卦掌の套路自体も、一通り覚えられたとは思うが、そこからの上達が今一つである。そもそも今の套路も本やビデオで見取っただけのものであり、正式に師に付いて教わったものではないしな。
 そんなわけで、ただいま絶賛壁にぶつかり中である。
 暗礁乗り上げ中でも可。
 無論地道に修行を続けるつもりではあるが、この先に行くには何らかのブレイクスルーが必要であるような気がしてならない。
 だが、ふと、自らの感慨を振り返って自嘲する。
 修行を初めて二ヶ月にも満たない分際で何を考えているのか、俺は。ここまでの上達が早すぎて錯覚していたのかもしれない。その上達も、この体が持つチートスペックのおかげであり、「俺」自身が強くなるのは、これからだと言うのに。
 壁にぶつかったというなら、とりあえずは愚直にその壁にぶつかり続けてみるとしよう。しばらく続けて、破れなかったならその時にまた考えればいい。

 なお、指折り数えて、破れていない壁の多さに、思わず膝と両手をインターロッキング舗装についてしまったのは……とりあえず、なかったことにしておく。

 崩拳をしつつ帰宅。
「ただいま」
「お帰り、アスナちゃん。先にシャワーを使ったよ」
「ん」
 つまり、保護者殿も自分の修行を済ませたということだろうか? 武術家とは生涯修行するものだとどこかで聞いた覚えもあるし、まさか「今さら修行など必要ない」とか妄言を吐くような人格でもなさそうだ。多分俺よりもずっと効率的で密度の濃い習練を心得ているのだろう。
 そう考えると、保護者殿に鍛錬を見てもらうというのも、選択肢の一つとして考慮に入れておくべきかもしれない。
 アスナ姫に一般人としての幸せを謳歌して欲しいと思っているだろう彼は頷かないかもしれないが。
 炊飯器を見ると、ちょうど炊き上がったばかりのようだ。蒸らしの間に整理運動代わりのストレッチ。着替えを用意して部屋を出て、蒸らし終えたご飯に空気を含ませて保温し、洗面所に向かった。
 ジャージを脱ぎ、朝脱いだパジャマと一緒に洗濯機に放り込んで、粉末洗剤を適量入れてスイッチオン。下着を脱いで脱衣籠に。いっぺんに洗いたいが、色移りしてしまうから仕方がない。
 湯を浴びて汗を落とし、体と髪を洗い、シャワー室を出る。体を拭いて替えの下着を穿き、タオルで押さえるように髪の水気を取って、別のタオルで髪を巻いてクリップ止め。初等部の制服(セーラーカラーのワンピース)を着込む。
 では、調理を開始しよう。
 エプロンを着け、冷蔵庫から食材を出して、踏み台に乗る。
 まずは人参を短冊切りにし、出汁で煮込む。残りの人参を刻み、マグロの刺身をフライパンで炒め、ある程度火が通ったら菜箸で適当にほぐし、刻んだ人参も投入してざっと炒める。ボウルに溶いた卵に軽く味付けしてフライパンに流し、下手に固まらないうちにガシャガシャガシャッ、と菜箸でひたすら掻き混ぜる。保護者殿の前でカンカ法を使うわけにはいかないので、非常に疲れる。
 焼けてきたらフライパンの端に寄せ、フライ返しで何度も折り畳みつつ火を通す。あんまりカチカチに焼くより、中は微妙にとろ味を帯びてるくらいが好みだ。焼き加減を見るために、焼きながらこっそり卵焼きに微量の気を通して、状態を確認してみたり。うむ、魔力の扱いがあまりできない分、気の細かい扱いが割と上手くなってきたような気がする。焼き上がったら皿に移して、ちょんちょんと包丁を入れてメインは完成。
 角切り豆腐を出汁に投入、味噌を溶いて、一煮立ち。味噌汁も完成。
 白菜の浅漬けと、茶碗に盛った白飯。
 上手にできましたー!
「朝ごはん」
 完成した料理を保護者殿が食卓に並べる。
「いただきます」
「めしあがれ。そしていただきます」
 手を合わせ、朝食に箸をつけた。
 メインの卵焼き、上手く火が通っている……が、ちょっと量が多かったかもしれん。同じ味ばかりで飽きる。使い切ろうと思って卵を使いすぎたか。一個か二個は温泉卵にするとかデザート用にするとかして、フライパンを使ったんだから、ついでにベーコンと細切りポテトでも炒めて、付け合わせにすればよかったような気がする。
 保護者殿は如才なく褒めてはくれたが。成人男性だし、消費カロリーは多いので、彼の食事量は多い。きっちり完食してくれた。
「ごちそうさま」
「おそまつさま」
 朝食後、保護者殿は出勤。俺は濡れ髪で服が濡れないよう肩にバスタオルをかけてから頭に巻いたタオルを解き、湿った髪にドライヤーを当てる。ぶおー。ああ面倒。……でもなくなってきたな、最近。毎日朝晩やっていたから、ようやく体がこの作業に慣れてきてくれたのかも。そうなら、気分的に楽になるのだが。
 乾いた髪にブラシを当て、左右の側頭部で結い上げ、いつものリボンを装着して完成。
 ちなみに、俺の髪型は基本ツーテール(ツインテールと呼ぶ者もいる)にしているが、まとめる位置は毎日ちょっとずつ変えているし、気分によってはストレート、ポニー、緩めの一本編み、うなじで縛ってみたり、髪先の方で縛ってみたり、シニョンにしたり、fateのセイバー編みに挑戦してみたりと、色々試している。
 せっかくの長髪だ。手入れが大変な分、楽しまないと損だろう。……色々やっていて、段々楽しくなってきたのは秘密だ。
 今日の授業内容とランドセルの中身を見比べ、問題なければランドセルとポシェットを装備して準備完了。靴を履き部屋を出て施錠する。
「おはよう、管理人さん。行ってきます」
「行ってらっしゃい、アスナちゃん」
 いつものごとく、玄関前を掃き掃除している管理人のお爺さんに手を振り、学校へ向かった。

 身体把握と外界把握の修行をしながら、級友と合流しつつ登校。
「おはようございます、アスナさん」
「おはよう、あやか」
 あやかとも合流。以前は校門までリムジンで乗り付けていたが、最近は途中で降りて待っていてくれる。
 ムダな気負いが抜けて態度に余裕が見えるあやかは、自然にクラスの中心になり始めていた。ムリのないリーダーシップを備えてきたと言えばいいか。
 今も、柔らかな笑顔で級友共との雑談に興じている。テレビやゲームやマンガの話題には、一部ついていけていないようだが。某氏の初の長期連載である霊力バトルマンガが去年完結したものの、7つ集めるとどんな願いでもかなうアレとか、伝説的なバスケマンガとかが未だとある少年誌で連載中だと言う、マンガ黄金期だと言うのに。ついでに、数年前には魔女狩りがごときマンガ規制の嵐が吹き荒れたりもしたのだが。
 ちなみに、昨年プレイステーションやらセガサターンやら発売されており、コンシューマゲーム黄金期でもあったりする。
 生真面目なあやかに色々とマニアックな知識を教え込んでやってみたらどうなるのかとか、興味はあるが、無理強いはすまい。無論、尋ねられれば、微に入り細を穿ち語ってやろうかと目論んではいるわけだが。

「アスナさん、ちょっと教えて欲しいのですけれど」
「ああ、そこはだな」
 さて、あの日以降、ことあるごとに突っかかってくることはなくなったあやかだったが、代わりにことあるごとに教えを請うてくるようになった。ついつい求められるままに教授し続けた結果、元々高かった彼女の学力は、学校の授業より随分先行してしまっている。少なくとも半年分、下手をすれば一年分以上。
 この流れに待ったをかけたのは、本来は当然のはずだが何故か意外の感がある、我らが担任教師だ。
「あのー、ちょっと待ってもらえる? 神楽坂さん、雪広さん」

 学習相談室と称する小部屋で、俺とあやかは並んで座り、長机を挟んで担任と向かい合った。
 何となく申し訳なさそうにしょんぼりする女教師は、これから叱られでもするかのようだ。
「……立場が逆に見えますわ」
 俺と担任を見比べてぽつりとこぼすあやかの独白は聞き流し、担任教師に話を促す。
「で、どういうお話ですか、先生?」
「う。あ、あのね?」

 二人だけでお勉強するのは、やめて欲しいの。

 その言葉の意味を理解するのに、やや時間がかかった。
「――なっ! 何故ですの!?」
 椅子を鳴らして立ち上がるあやかを宥める。
「落ち着け、あやか。理由もなくこんなことを言い出しはすまい。まずは詳しい話を聞こう」
「……わかりましたわ」
 深呼吸して無理矢理に感情を鎮め、着席するあやか。大した自制心だ。

 集団学習とは難しいものである。
 どうしても個々人の学習速度にはムラがあり、授業の進行速度をどこに合わせるべきかは、教職にある者にとって尽きない悩みの種に違いない。遅れ気味の生徒に合わせれば、成績優秀者にとって退屈な授業となって学習意欲を奪うし、全体進行も遅れていく。中庸に合わせようとすれば、授業についていけない生徒を生み出し、成績不良者を切り捨てるがごとき様相を呈する。
 特に、徐々にゆとり教育が進行し、授業のコマ数が削減されつつある昨今、この問題は一層重みを増してきている。
 私立の麻帆良学園であっても、公立より授業内容の質を高めることは可能だが、授業時間の減少ばかりは避け得ない。
 この流れに危機感を抱く、教育意識の高い保護者は、子供を塾に通わせたり、家庭教師につけたりして学力の向上を目指し、結果としていっそう教室内の学力格差を広げてしまったりする。
 俺達がやっていたのは、それに類する行為だったようだ。
 自学自習は素晴らしいことだが、少数が進みすぎてしまうと、学校の授業としては問題があるのである。
「つまり、勉強するのはいいが、できれば成績の悪い子の面倒も見てあげて欲しい、と」
「なるほど……そういうことですの」
 己の向学心を燃え立たせすぎて、クラスメイトをないがしろにしかけていた自分に気付いたらしいあやかは、いともあっさり教師の言い分に納得してみせた。
「いいのか、あやか?」
 一応確認する。
「かまいませんわ。知らなかったことを覚えて、どんどん色んなことがわかっていくのは、とても面白く楽しいですけれど、わたくしだけでなく、クラスの皆さんにもそれを教えてさしあげたいですわ!」
 笑顔で宣言する。協調性が高い。あと気高けだかい。
 日本の学校教育は、突出した才能には向かない。単純な学力向上だけを目的としておらず、協調性、道徳、一般常識などの、他者と円滑にコミュニケートする能力、すなわち社会性の習得に大きなウエイトを置いているためだ。このような環境では、他者に配慮できる優れた人間性こそが尊ばれ、公平性と均等化が重視される。学力「だけ」高くてもダメなのだ。
 欧米のエレメンタリースクールであるならば、学力に応じてどんどん飛び級させてくれるのかもしれないが、日本ではそうはいかない。それ自体は悪いことではない。万遍なく平均的に児童の学力を向上させることにかけては、間違いなく日本は世界でトップクラスである。一部が突出した人材をそのまま育成するのが苦手だと言うだけのことだ。
 あやかの発言は、無論善意と博愛と公共心に根差したものであり、高貴なるものの義務ノブレス・オブリージュの本来の意味そのままのものだろう。ただ、その根底には日本人的な、機会の公平性と能力の平均化を美徳とする考え方があるように思うが。
「よかったー。よろしくね? えへへっ」
 胸前で拝むように両手を合わせ、小首をかしげて照れたように微笑む担任教師。……愛らしいが、二十代女性が6~7歳児に見せる仕草ではないぞ。子供に媚を売ってどうする。多分天然無意識なんだろうが、同僚の男性教員にでも見せてやるがいいさ。どこか幼い仕草の天然美人。モテると思うぞ?

 テストの点数がよい者は勉強を教えるのに向いているか?
 必ずしもそうではない。
 全般的に経験が足りないちびっ子どもは、己が体感していない事象をシミュレートして擬似的に掌握するのが不得意であり、つまり好成績を取るのに困ったことがない者は、そうでない者が何故そうできないのかが理解できなかったりする。
 こんな簡単なことが何故わからないの? と言いつつ、その「何故」を自分もわからない。
 勉強ができる優等生だからこそ、はまりがちな陥穽である。
 あやかもまずはそこでつまずいたが、元より努力家で負けず嫌いな上、力の及ばない部分は他人に頼ることを覚えた彼女に隙はなかった。
「あの……アスナさん? ちょっと助けて欲しいのですけれど」
 具体的にはこんな感じだ。
 元々美幼女である彼女が、恥ずかしげに頬を染め、ちょっと潤んだ瞳で困ったように見上げてくる、その破壊力は半端ではない。
 ついつい求められるままに「勉強の教え方のコツ」を全力で教授してしまったとしても、仕方のないことなのだ。多分。……そのはずだ。

 給食後、精密視力の訓練を経て、本日最後の授業に向かう。
 体育である。
 今日は、体育館でマット運動と平均台渡りをするらしい。
 ラジオ体操後、ちびっ子どもに指示して一緒にマットと平均台を並べる。
 平均台はともかく、マット運動か。今回やるのは精々前転・後転くらいだが、確か床運動は体幹を鍛えるのにいいと聞いたことがある。時間のある時に、マットを借りて宙返り系の技を練習してみるのもいいかもしれない。
 ……さすがに今はやらないぞ?
 そこまでKYな真似は……。
「いくぞひっさつ! たきざわサマソー!」
 見事な抱え込み後ろ宙返りを披露するちびっ子が一人。おおー、と盛り上がってはやし立てるクラスメイトども。
 …………。
 ああ、そうか。ここは麻帆良だったな。
 担任にアイコンタクトを送ると、困った笑顔で、だがきっちりサムズダウンして見せる。
 頷きを返し、騒ぎを鎮圧するために指を鳴らしつつ歩み寄っていった。

 ああ、別段、暴力は振るっていないので、念のため。

 帰りのホームルーム時に、担任教師が何やら紙束を抱えてきた。
「みなさーん! 来週は遠足があります。遠足のしおりを配りますから、おうちの人とよく読んで、しっかり準備してきてくださいねー」
 そうか、遠足か。
 遠足。
 …………響きだけで微妙に萎えるな。小1ではいかんともしがたいが。
 とは言え、周囲で盛り上がっているちびっ子どもに水を差すのは気が引けるので、おもてには出さない。
 前の席から回ってきた遠足のしおりを受け取る。A4用紙2枚を2つ折り中綴じにした8ページの小冊子である。やけに凝ってるな。と言うか、クラスの人数分を一人で作ったのか? いや……1年5クラスが全員行くようだな。と言うことは、各クラスの担任が集まって5人で製作したのだろう。それに、多分プリント類のテンプレートくらいあるんだろうし、大体は前年度の使い回しで用が済む。コピーと紙折りとホチキス止めの手間は必要だがな。
 教師と言うのは意外に忙しい職業だが、就業時間中にそのくらいの作業は可能だと思う。俺達の下校後も彼らは定時まで帰れないわけだし。
 が、まあ、そんなことはどうでもいい。
 益体もない思考をうっちゃって、内容を吟味する。
 日時は来週木曜。雨天順延。
 目的地は麻帆良近隣の山。山と言っても周囲との標高差数十メートルの小山で、どちらかと言えば大きな丘のようなものらしい。ピクニック向けに整備されているようだ。
 出発は朝9時、ここ麻帆良学園初等部より。学内路面電車をチャーターして最寄駅まで向かい、以後は徒歩。
 解散は同じくここにて、15時予定。
 服装は動きやすく、過度に肌を露出しないものを推奨。歩きやすい運動靴を履いてくること。
 雨具は空模様と相談して、必要であれば準備すること。
 鞄ではなくリュックサックを持って来ること。電子的遊具やカードゲーム・ボードゲーム等の室内遊具は持参禁止。歩くのに邪魔になるほどの長物や大荷物も持参禁止。
 弁当持参。水筒、またはペットボトル持参。炭酸飲料は禁止。500ミリリットル程度が望ましい。
 おやつは300円まで。バナナはおやつに入りません。
 ……と言うような事柄が、上手いとも下手とも言えない微妙なイラストをまじえつつ、なるべくわかり易くしようと苦心惨憺したような表現で書いてある。ところで、最後の項目はネタなのか? それともお約束なのか?
 まあいい。それより遠足だ。
 今のままで問題ないか、と遠足対策をシミュレートしてみる。
 …………。
 いくつか問題があるな。対処せねばなるまい。

 放課後になった。
 あやかは少し習い事を減らしたようで、週に1~2回は一緒に遊ぶようになっている。
「今日は何をしますの?」
 体育の授業以外でこういう庶民のお子様向けの遊びはあまりやったことがないらしい彼女は、きらきらと好奇心に輝く瞳を向けてくる。
 集まったメンバーをざっと見回し、運動能力や気質を考慮する。
「では、麻帆良湖畔で水切り合戦をする」
「水切り?」
「各員、投げるのに適した平たい石を拾い集めつつ、30分後に図書館島に渡る橋のたもとに集合。ただし、拾い集めるのに夢中になって周囲の警戒を怠らないように注意すること。よし、行け」
『りょうかーい!』
 ぱーっ、と蜘蛛の子を散らすように駆け去るちびっ子ども。一人疑問顔で立ち尽くすあやかに、簡単に説明をする。
「水切りとは、水面に平行に回転させた石を投げ、沈まないように跳ねさせて、沈むまでに跳ねた回数や到達距離などを競う遊びだ。別に競わなくてもいいが。この遊びには手頃な大きさの平らな石が必須なのでな。さ、私達も行こう」
 麻帆良は高度に都市化が進んでいるため、石を拾うのも一苦労だったりするのだが。大きな河原とかあれば早いが、手近な場所には小川しかない。
 あやかを促して移動しつつ、砂利道や砂利敷きから適当に石を探す。両手一杯に石を持って集合。
 図書館島への橋の横の地面にガリガリと棒で線を引き、五メートル置きくらいに橋にちびっ子を並べる。
 線と湖畔は少し離して、危険がないよう計らった。
「二人ずつ並んで立ち、三回ずつ投げて、遠くまで飛ばした石が多かったほうの勝ち。ただし、三回以上跳ねなかった石は数えない。審判員は跳ねた回数と距離をしっかり確認すること」
 とりあえず全員で数回ずつ練習させ、本番に移った。

 ――けっこう盛り上がった、とだけ言っておく。

 あやかが帰る時間になったので解散。帰りしなのあやかに声をかけ、一つ約束を取り付けておく。まだ遊び足りなそうなちびっ子どもには、くれぐれもうかつに水辺に近付かないよう念を押しておいた。
 俺は帰る前に買い物をしていかなければならない。
 夕食のメニューは、特売品を見て決めるとしよう。
 帰ったら今朝洗った服を干して、分けておいた白系の洗濯をしなければ。
 今後の予定を立てつつ、ランドセルから畳んだエコバッグを取り出し、商店街せんじょうへ向かう。とか言いつつ、商店街のおじちゃんおばちゃんとはけっこう顔見知りになっていて、殺伐とした雰囲気なぞどこを探しても出てこなかったりするのだが。
 肉屋のおばちゃんと魚屋のおっちゃんの顔を思い出しつつ、今日のメインをどっちにするか悩む俺だった。





――――――――――





水切りの詳細はカット。そこまで描写してたら(ry


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