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No.3205の一覧
[0] ultramarine glass minds/under the flaming sun (Fate×クロスチャンネル)[男爵イモ](2008/08/08 19:07)
[1] 群青学院Ⅰ[男爵イモ](2008/08/08 19:08)
[2] 群青学院Ⅱ[男爵イモ](2008/08/08 19:08)
[3] サイレントシティ■月■[男爵イモ](2008/08/08 19:18)
[4] サイレントシティ■火■[男爵イモ](2008/08/08 19:16)
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[3205] サイレントシティ■月■
Name: 男爵イモ◆16267a69 ID:23e52052 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/08/08 19:18
□■月曜■□


「ぐえっ」

 変な声を上げて、士郎は目を覚ました。
 腹部に走った鈍痛。まるで空から降ってきた岩に押しつぶされたような。

「…………イリヤ」
「おはよう、シロウ」

 なぜそんなに楽しそうなのか、とか。
 なぜそんなに元気なのか、とか。
 色々尋ねたいことはあったのだが、一番訊きたいのは、

「なんで俺の上に乗ってんだ?」
「だってシロウ、死んだように眠って起きなかったんだもん」
「"もん"と言われても」

 士郎はイリヤスフィールを丁寧に押しのけて、それから上半身を起こした。少なくない汗をかいていたようだ。寝巻きが肌に張り付いて気持ち悪かった。
 高いところは暑い。したがって、アパートの最上階にある士郎の部屋は暑い。
 イリヤスフィールに叩き起こされるまでもなく、もう数十分も経てば暑さで目を覚ましていただろう。
 欠伸をかみ殺して、士郎は立ち上がる。寝ている間に固まった体をゆっくりと伸ばして解す。
 考えてみれば久しぶりの布団の上での睡眠だった。だからだろう、体に疲れは残っていない。
 というのも、士郎は昨日まで放送部の合宿に参加しており、昨晩帰宅したところなのだ。慣れない環境での、初対面の人物が多い中での生活は、体よりも心に負担が行ったように士郎には感じられた。澱のように溜め込んだそれは、しかし久しぶりの安眠で、どうやらきっちり吐き出されたようだ。
 そこまで昨日までのことを思い出したところで、

「―――ああ」

 起動に何分もかかるコンピュータのように、士郎はようやく理解したのだった。



 昨晩。
 気疲れするばかりの合宿が終わり、皆で下山した。
 人類は姿を消していた。



「セミの鳴き声すらしないのか」

 呟いた声が妙に通り良く聞こえる。
 ギラギラ輝く太陽。生ぬるい風がゆるりと流れる。
 さわさわと木々が揺らめくかすかな音しか聞こえない。これではまるで群青学院と同じだ。
 昨晩の内に、ガスも電気も水も止まっていることを確認していた。なので、そんな状態でも準備できる献立は考案済みだった。
 栄養が第一、準備のしやすさが第二の選択基準だ。
 そのように考えたとき、まず手間のかかる米は却下となる。主食は出来合いのパンで代用できる。遠くない未来、いや、未来というほど遠くない時間の後に製品として形になっているパンもダメになるだろうが、それまでのつなぎとしてなら及第である。野菜も同じく、いくらかはスーパーマーケットから調達を完了している。こちらはパンより早く寿命が来るだろうが、自分で菜園を作ればどうにかなるだろう。
 非常識な事態だ。異常な事態だ。
 もちろん士郎とて、原因を探るつもりはある。だが、そもそも現状すらよく分かっていないのに原因も何もない。だから士郎はまず町の様子から調べることに決めていた。
 現状の解明を達成するだけで長い時間がかかるだろう。原因の究明ともなれば、どれほどの時間がかかるかは士郎には目算も立てられない。
 だからこそ、まずは生活の安定を目指す必要がある。それも長期にわたって。
 目的を達成するために目標を立て、目標を達成するために更に条件を設定する。その根元にあるのが、まず自分が生きていなければならない、ということだった。
 そして、生きていなければならないのは自分だけではない。同じ学院に通い、合宿に参加した放送部員たちがいる。彼らとは知り合ったばかりだが、そもそも知り合いでなくとも士郎は助けようとしたはずだ。

「イリヤ、できたぞ」

 パタパタと団扇を仰いでいたイリヤスフィールに、キッチンから声をかける。狭い部屋なので叫ぶほどではない。
 手早く作ったサンドウィッチ。いくつかの大皿に盛って、居間に戻る。
 このままでは昼前にはアイスクリームのように溶けてしまいかねない様子のイリヤスフィールは、気だるげに士郎へと目を向けた。そして見事な出来の朝食を見て、シャキーンと元気になった。意外と現金なのか、それとも料理人に気を使ったのかは、士郎では見抜けなかった。

「無理しなくてもいいんだぞ」
「いいの。それよりシロウ、いつまでも立ってないで座ったら?」
「ああ。いや、ちょっと待ってろ」

 言って、士郎はそのまま踵を返して玄関へと向かう。ギィ、とドアが開く音。バタン、とドアが閉まる音。どういうわけか、士郎は部屋を出て行ってしまった。
 イリヤスフィールはぽかんとしながらそれを見送る。日常での突飛な行動はそれほど多くない、むしろ真面目な日々を送る士郎だ。だからイリヤスフィールには士郎の意図が読めなかったし、何が起こるか予想もつかなかった。
 ドンドンと他所の扉を叩く音が聞こえた。それは何度か続き、やがて止む。
 士郎が戻ってきたのはほんの一分後だった。

「どうしたの?」
「いや、山辺にも声かけようと思ったんだけど」
「ミッキ……ミキ?」

 ちょっと危ない発音をしかけて、イリヤは言いなおした。
 士郎は華麗にスルーして言葉を続ける。

「もうどこかに出た後みたいだった。佐倉にでも会いに行ったのかもな。返事がなかった」
「だからちょっと多めなのね」

 イリヤスフィールは四角くカットされた白い食パンを視線で指した。
 士郎は頷く。

「昨日はかなり混乱してたみたいだから心配だったんだ」

 イリヤスフィールの対面に、士郎が腰を下ろす。二人が囲むこのちゃぶ台を初めて見たとき、何の影響なのか、イリヤスフィールは喜んだものだった。
 二人で食べるには少しばかり多いパンの小山を、士郎はイリヤスフィールの方に寄せた。

「余った分は包んでおけば昼にでも回せるし、無理して食おうとしなくてもいいからな。ほら、何飲む?」
「とか言いながら、もうジュース入れてるじゃない」
「ん、じゃあさっさと食っちまおう」

 グラスを渡して、士郎はサンドウィッチに手を伸ばした。イリヤスフィールもそれに続く。
 二人してもしゃもしゃと朝食をとる。イリヤスフィールは主にジャム系を狙っているようなので、士郎はそれを避けるように密かに注意を払っていた。

「それにしても」士郎が言う。「何なんだろうな」

 なにが? とイリヤスフィールが目で問う。
 士郎は窓の外を一度見て、

「夢を見てるって言われた方が、まだ納得できそうだ」
「そう? でもシロウ、仮にそうだとしても、目覚めるどころか夢だって気づくことすらできないと思うけど」
「……む」
「もしかしたら、いまこうしてシロウと喋ってるわたしも偽物で、ホントは本物のイリヤスフィールに夢を見せられてるのかもしれないじゃない。わたしなら気付かせるような失敗はしないし、あり得なくもないでしょ? もしかしたら、シロウが気づいてないだけで、何度も何度も同じ一週間を繰り返してたりするかもしれないわ」

 にぃ、とこれまた楽しそうに意地悪な笑みを浮かべるイリヤスフィール。
 魔術の使用を考慮に入れれば、その類への抵抗力の低い士郎は、十分に虜たりえる条件を満たしている。イリヤスフィールの行ったことを否定できる材料はない。
 むむむ、と唸り、士郎は眉根を寄せた。
 言われてみれば、たしかにそうだ。現実感のある夢は、それが夢であると主観からは看破し得ないのだ。現実こそが、現実感のある夢のようなものなのだから。

「ふふふ」

 考え込む士郎の顔をじっくり堪能してから、イリヤスフィールが笑った。今度の笑みは、可愛らしいそれだった。だが、イリヤスフィールに言わせれば、出もしない答えに悩む士郎こそが可愛らしいのだとか何とか。
 無言のしかめっ面で遺憾の意を示す士郎を更に笑って、

「それならそれで、リンあたりが助けに来てくれるんじゃないかしら」
 
 などと、少女はあっさり解決策を示して見せた。
 士郎は「ああ、そうだな」と納得し、まずはいま現在向き合ってる世界で頑張らなければいけないのだと再確認する。結局、最初と同じ結論なのだ。
 要するに、これはただの雑談。食事の間にはさむコミュニケーションだ。
 最近では二人の間のコミュニケーションといえば士郎が一方的にからかわれるだけになってきているのが納得いかないが、イリヤスフィールの笑顔が見られるならば高い買い物ではないと諦めてもいる。少女の方もそれを承知の上でじゃれついているのだから、これはこれでいいコンビなのだった。

「それで、シロウは今日はどうするんだっけ?」
「とりあえず食料と水を確保しようと思ってる。昨日、島が言ってただろ、ほら……」
「平和維持活動部?」

 名前を思い出せずに詰まった士郎に、イリヤスフィールが助け船を出す。が、それはドロ船なのだった。
 しかも士郎はドロ船と気づくことなく乗ってしまう。

「それだ。全員に配れるだけの食糧と水を探しながら、ついでに街の様子も見てくるつもりだ」
「ふーん」
「イリヤはどうするんだ? 日中この部屋にいるのはあまりオススメしないぞ」

 食料を調達して帰ってきたら、溶けたイリヤスフィールが畳に染み込んでいたりするなんて嫌すぎる。
 少女も似たような絵を思い浮かべたのだろう、げんなりしてしまう。それから少しだけ考えるしぐさを見せ、

「そうね、わたしはder Mercedes……車の中で涼んでようかしら」
「その手があったか」

 ポン、とこぶしを手の平に落とす士郎。
 それを呆れたように見るイリヤスフィール。

「なに? 自分の足で歩きまわるつもりだったの?」
「せいぜい自転車くらいだったんだけど、そうか、燃料も確保しといた方がよさそうだな」
「別に必要ないと思うけど……、ううん、士郎がやりたいなら別に構わないわ。そうね、わたしもやることがあるわけでもないし―――」イリヤスフィールは外見に似合わぬ妖艶な笑みをつくり上げ、「手伝ってあげよっか、おにいちゃん?」
「…………ッ」

 士郎は自然と呼吸が止まっていたことに気づいた。彼の妹分は、時々不意打ちで、このように効果が計算されつくした仕草をする。反応してしまう士郎も士郎だが、普段とのギャップを考えれば仕方のないことなのかもしれない。
 だが、士郎だってたまには反撃してみたくなる。してみたくなる時に反撃のタネが見つかることは稀なので、彼の反撃率は低空飛行を続けるのだが、今回は稀なケースに相当するようだった。

「だったら代わりに俺も口元を拭くのを手伝う」

 口元のジャムとパン屑を、イリヤスフィールが反応する前にティッシュペーパーで拭き取った。押せば押し返してくる柔らかい頬の感触が指先に楽しい。無駄にムニムニとつまんでみた。
 イリヤスフィールは思いがけぬ逆襲を目を丸くしたまま、士郎の犯行を見逃してしまった。伸ばされた手が自分の顔から離れていくのを見て、ようやく何が起きたのか認識した。大きな目を吊り上げて怒りを示すが、そんなものは羞恥に赤く染まった頬とセットではいかほどの効果もなかった。それどころか逆効果でさえある。

「もう、信じられない! レディになんてこと……!」
「人を面白半分でからかうからだ」

 フグのように頬をぷくーっと膨らませて怒るイリヤスフィールは、結局、しばらくの間機嫌を直さなかった。







 無人の街をベンツェが往く。ステアリングを握るのは、つい先ほど機嫌をなおしたばかりのイリヤスフィール。小さい体で危なげな体勢をとってはいるものの、手つきは熟練のそれだ。車両同士の交通事故の確率がまず皆無といっていい状況であるから、スピードはそれほど抑えていない。
 窓の外を家々が流れていく。士郎の優れた視力は、そこに何か不審な物事が存在しないかしっかりと観察していた。

「どっち?」

 迫って来た分かれ道を前に、イリヤスフィールが声だけで助手席に問う。士郎は右手方向を眺めるのを止め、正面を向いた。田崎食料の看板が視界に入る。

「そこは―――、いや、ちょっと停まってくれ」

 食料が置いてあるのが明らかなので、先に回収しておこうということだ。
 了承の返事は、すぐさま減速でもって行われた。要求の理由を察していたからだろう、車はぴったり商店の前で停止した。
 少し待っているよう言ってから、士郎は車を降りた。とたん、押しつぶすように熱い空気が体を包む。息苦しいとさえ感じられる熱気は、自然と士郎に顔をしかめさせた。
 まるでゲルの中を泳ぐように空気をかき分け、士郎は田崎食料へと足を踏み入れる。扉をくぐれば、閉鎖空間であることに起因する更なる熱気が待っていた。適当にダンボールでも見積もって、それに食料を詰めて持ち出そうと考えたところで、しかし手が止まる。目が、あるものを捉えたからだ。
 何枚も重ねて貼り付けられたメモ。
 商品名と値段、そして見知った苗字。一番上には9月7日、つまり今日の日付。人がいないのに決まりを守るのは、異常事態の中にあってへ異常な心を守るための行動だろうか。
 何枚かめくり、過去のものにも目を通す。

「やめとくか……」

 一言つぶやいて、士郎は手ぶらで引き返すことにした。
 この店が通学路の途中にある放送部員も数名いる。彼らがこの店を利用するのならば、手をつけないほうがいい。マラソンの道途中に飲料が用意されているように、生活圏の中に物資を確実に補給できる地点を作っておくのは悪くない。田崎食料のほかにも数ヶ所、似たような地点を作って告知しておくべきだろうか。
 簡単な計画を立てながら、車に戻る。
 短い時間だったが、もう汗をかいたようだ。車内の冷房がひやりと冷たい。
 収穫なく帰還した士郎に、もの問いたげな視線が向けられる。

「山辺や黒須も使ってるみたいだったから、ここには手を着けずにおこうと思う」
「ふぅん」

 特に思うところがないのだろう、おざなりな返事。隣に士郎がきちんと座るのを確認してから、少女はアクセルペダルを踏んだ。
 それから数分で目的地に着いた。

「わ、なにこれ」

 弾んだ声が上がる。高い塀、というより壁に囲まれた施設を見てのことだった。
 士郎も初見で驚きはしたが、運転席ではしゃいでいるイリヤスフィールのように面白がりはしなかった。自分が通うということを抜きにしても、何か異常なものを感じたからだ。それが何であるかを適切に説明する言葉が見つからないが、あえて言葉にするなら、ざらついた灰色といったところだろうか。人の心に巣食う灰色を物質にすれば、ちょうど群青学院を囲むそれになるのではないか。
 二人の乗った車は速度を落とし、ゆるゆると壁に沿って走っていた。傍で壁を観察したいが、しかし外に出るのは嫌なのだろう。その両方を叶えるための、極力壁に近づけての運転である。
 一度正門を通り過ぎ、そのままぐるりと敷地の外側を撫でるように周回して戻ったきた。そこには、先ほどまではいなかった人物が立っていた。
 島友貴だ。
 彼は昨晩、事態を大まかに把握すると、食料集めを始めることをいち早く宣言していた。そこに協力を申し出る形で士郎も参加を表明したのだ。部員同士の仲がギクシャクしていることもあって、協力者はそれ以上現れなかった。そこに今朝、イリヤスフィールが参加を決め、この町に生存する全員の食料事情は三人の手に委ねられることになった。もちろん個々人でもどうにかするのだろうが、長期的な生存を考えたとき、士郎たち働きがきっと生きてくるはずだ。
 炎天下、強烈な陽光を銀色の塗装で反射する外国産の高級車を、いや、その運転席をこそ驚きの目が注視していた。
 後輩になった少年が見せた表情に、士郎は苦笑する。自分だって、小さな少女が車を巧みに操る光景を見たら、何かの冗談かと思うはずだ。実際、今日初めて見るまでは、話に聞いても想像すらできなかったのだから。
 だが、さすがは放送部員であるといったところか、十把一絡げの奇行にわざわざ声を上げたりなどしない。それどころか、メルセデスが彼の前に停車したとき、当たり前のように「おはようございます」などと挨拶をして見せた。

「おはよう、島」

 返事を返しながら、士郎は太一に聞いたことを思い出していた。島は元バスケ部員である。体育会系の部活動出身者なだけあって、学内での年上への礼儀というものが刷り込まれているのだろう。士郎も短い期間とはいえ弓道部に所属した経験があるので、まだ付き合いの短い後輩の敬語に自然な対応できた。
 士郎はイリヤスフィールに目を向け、イリヤスフィールはうなずいた。その許可をもって士郎は友貴に声をかけ、後部座席へと招き入れた。

「うわ、涼し」思わず、といった風に友貴が感想を漏らした。そして、すぐに次の思考へと続く。「そっか、燃料ガソリンも―――」
「俺もそのうち燃料は集めようと思ってるんだが、とりあえず今日は食料と水にしないか?」
「あ、はい。そうですね」

 我に返り、もともとの目的を思い出す。
 士郎は友貴に、先ほど田崎食料で考えたことを話した。皆が日常で使うような施設からではなく、大型の、たとえばスーパーマーケットなどを標的として食料を集めよう、と。そうした方が効率よく集められることも考慮に入れれば、友貴がそれに賛成しないはずもない。かくして彼らの意思はひとまずの統一を得ることとなる。
 それから二人でしばらく話し合い、計画を煮詰めていく。といっても、担当区域や回収を優先する物品、そしてそれらの保管場所くらいしか決めるべきことはない。そんなわけで、小さな会議はすぐに幕を下ろした。
 その間、イリヤスフィールは特に何をするでもなく傍観に徹していた。本当に、涼むついでの運転手と洒落込むつもりらしい。そんな少女が気になるのか、友貴はときどき目だけでそちらを見ていたが、結局、彼女について言及することはなかった。
 会議もお開きになり、さてそろそろ出発するかという頃になって、士郎は自分が大切なことを伝え忘れていたのに気がついた。

「―――あ」あわてて口を開く。「それと、スーパーマーケットには数日分しか……と言ってもスーパーで捌く量の数日分って意味なんだが……商品が置かれてないのは知ってるか?」
「そうなんですか?」

 士郎は頷く。

「普通、スーパーっていうのは集荷センター、要するに外部の倉庫なんだが、そこから売り物を運び込む仕組みになってんだ。だから本当は、その倉庫を狙いたい」
「何か問題があるんですか?」
「いや、問題というか、それ以前に」士郎は少し言いよどみ、「……場所が分からない」

 越して来たばかりではなくとも、普通は知らない。かろうじてそのような仕組みになっていることを知っていたのは、かつて多くのアルバイトを転々としてきた経験による。
 ―――どこにあるかおまえは知ってるか?
 士郎はそんな目を向けてみたが、そもそも存在すら知らない人間が所在地を知るはずもない。あえなく首を横に振られてしまう。二人してため息をつくことになった。
 こうして、倉庫に関しては、知人に訪ねて、それでもダメなら地図に頼ろうということになった。問題の先送りである。とにかく今日はスーパーマーケットを襲撃して、当面の食糧危機を乗り切らねばならないのだから仕方がない。

「じゃあ行くか。イリヤ、頼む」
「それはいいけど、ちゃんと案内してよねシロウ。ここに来るときだって、方向だけ言って自分はずっと外見てるんだから」
「いや、それは……」

 町に異常がないか――異常しかないとも言うが――探していたのだが、異常を発見できなかった以上、呆けていたと見られても仕方がない。
 士郎は素直に頭を下げた。

「俺が悪かった。今度はちゃんとナビを務めるから、許してくれ」
「そこまで言うなら許してあげるけど」

 朝の出来事を引きずっているわけではないのだろうが、なぜかむすっとしている。その原因が士郎には分からないので、せめて傾きつつある姫の機嫌がこれ以上垂直に近づかないように、出来るだけつつかないように気をつけることにした。
 こうして彼らは最初の標的へと向かった。





 強盗さながらに真正面からガラス扉を割って侵入したスーパーマーケットには、並べられた商品の数が、まるで虫食いのようにところどころ欠けていた。商品がきちんと並んでいない店内など、店員のいるときには見ることのできない光景だ。
 店内は、奥へと進み窓から離れるほどに薄暗さを増し、日中の森林を連想させる。違うところがあるとすれば、

「静かだな……」

 風が鳴らす音すらも、この場所には存在していないということだった。
 士郎と友貴の足音。そして現地調達したカートの車輪が回る音。
 普段、明るさと人の気配に満ち溢れている施設なだけあって、それらが無いだけで随分と様変わりするものだ。士郎はそう感心していた。

「じゃあ、さっさと集めるとするか」

 二人はその場で二手に分かれ、食料の回収を始めた。
 レトルトやインスタント食品をターゲットとする友貴とは違い、士郎は手始めになま物の様子を見に行くことにした。このところ毎日続けて夏日、真夏日である。こんな中で放置されれば、放置されて何日経ったのかは分からないが、まず間違いなくダメになっているはずだ。それでも、町がこのような状況下にあれば、一番の貴重品はなま物である。ペットとして飼われていたはずの動物から大合唱を奏でるはずのセミまで、ありとあらゆる命あるモノの姿が見えない。それはすなわち、動物性のタンパク質を調達できないということに他ならない。だから、なま物がダメならせめて加工食品は確保しておきたかった。

「む……」

 たどり着いた生肉コーナー。覚悟していた腐肉と腐臭が蔓延する阿鼻叫喚の地獄絵図は存在していなかった。代わりに、食べるのを遠慮したくなるほど温かくなった生肉が、パックの中でドロリとしていた。もしやと思い覗いてみた生魚コーナーも同じ状態だった。
 品薄ではあるものの、これだけ並んだ中から好きなものを持ち帰ることのできるというのに何一つ持ち帰れない屈辱に、士郎の主夫魂が泣いた。
 悔しがっていても仕方ないので、士郎は額の汗を拭いつつ当初の予定通りに次善の策、加工食品を当たることにした。
 こちらも一目で分かるほど品目も品数も少なくなっているが、両手の指で数えられる数程度の人間が生き残るには十分な量を手に入れることができた。これらを集めるだけで、カートを押して行ったりきたり、数往復することになった。
 そうこうしている内に、士郎は自分のすべき作業を終えてしまった。友貴の方が未だに頑張っているようなので、そちらに力を貸しに向かう。
 結局、二人が汗まみれになるほど夢中で作業した結果、この日だけでしばらく全員が食いつなげるだけの食料は集まってしまった。それだけの成果を出した二人を迎えたイリヤスフィールは、しかし、涼しい車内に汗でびしょびしょに濡れた二人が乗るをの大いに嫌がったものだった。それなりに長い付き合いのある士郎が拝み倒して、夕食の豪華さを約束しなければ、二人の男は大量の荷を持て余したまま交通手段を失っていたはずだ。
 顔をしかめたままのイリヤスフィールが運転する車は、夕日の中を進む。目的地は、今朝と同じく群青学院だ。位置的に集まりやすいこともあり、手に入れた大量の食糧を保管する場所はそこに決めていた。今日の作業はこれまでとして、明日からは段ボールに詰めて各人に配る作業に入るつもりだ。
 やがて、夕焼け色に染まった群青学院に到着した。メルセデスの車内、そしてトランクにたくさん詰まった食料品が運び出される光景に、イリヤスフィールはますます嫌そうな顔をした。それをなだめながら一通りの作業を終わらせて、本日の平和維持部の活動はこれでお開きとなった。

「お疲れさま」
「先輩も、お疲れさまでした」

 簡単な挨拶を交わして二人は別れた。
 長い影法師を伸ばした友貴の後姿を、士郎とイリヤスフィールは二人で見送った。

「島のやつ、まだ学院に用事でもあったのかな」

 友貴の後姿が吸い込まれていったのは、帰路ではなく学院の正門だったのだ。先ほどまで荷物を運び込んでいた場所であるから、あるいはこれから一人で作業を続けるつもりやもしれぬ。士郎がそう考えるのを待っていたかのようなタイミングで、イリヤスフィールが訂正した。

「違うわ、シロウ。ほら、あれ」

 イリヤスフィールが指さしたのは屋上だ。
 誰かが、宮澄見里だ、何か作業をしている。アンテナの設置作業。

「そういえば言ってたな。部活を再開して救難信号出すって」

 彼女は昨晩、部活動を再開する、と言っていた。そもそも部活動が停止していたことを知らなかった士郎は大変驚いたのだが、皆を包む雰囲気が最悪だったあのとき、誰も事情を説明してくれなかった。
 思わずため息をついた士郎に、イリヤスフィールは言った。

「あの二人、姉弟ね」

 あまりにも当たり前のように言うので、士郎は危うく聞き流しそうになった。驚きが首を少女へと向かせる。
 赤い瞳がちらりと士郎を見た。

「聞いたわけじゃないわ。こっそり覗いたんだけど、血もちゃんとつながってるみたい」
「覗いたって……」
「わたし達の仲の良さを見習ってほしいわね、まったく」イリヤスフィールは急に士郎の腰に抱きついた。「こんな風に仲良く……」
「わ、バカ、汗かいてるのが嫌だって言ったのイリヤだろ」

 汗で重たくなった衣服が、少女のの抱擁を受けて、絞られた雑巾のようなことになる。士郎の忠告は一歩遅かった。
 まるでカエルが潰れたときのような、レディが上げたとは思えないほど無様な悲鳴が上がる。そしてイリヤスフィールはふらふらと士郎から離れた。その顔は、まるでゲジゲジ虫を噛み潰したような顔。
 イリヤスフィールが次に悲鳴を上げるのは、今晩は湯船に水を張れないということに気づいたときのことなのだった。
 怒り狂ったイリヤスフィールは魔術を使って綺麗な水を調達してしまった。凛やセラに見られれば何を言われるか分かったもんじゃないと士郎は反射的に震えたが、あいにく彼女らとは連絡もつかないことをすぐに思い出す。
 士郎がイリヤスフィールに隠れてほっと一息ついたのは彼だけの秘密である。


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