※このお話はフィクションです。実在する人物・団体・事件とは関係なく、全て架空のものです。
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赤い屋根の家を買った。
少々年代物のその家は中々趣があり、幼い頃に見た人形のお家のようで気に入っていた。
しかし暮らし始めてみるとおかしな事に気づく。
二階の廊下の奥の部屋。そこがどうも外観より狭い気がする。
もしかして隠し部屋でもあるのだろうか。
この古めかしい家ならありえそうだと、少年のように無邪気に探してみる。
廊下の突き当たりの壁紙をはがしてみると、ドアノブの無い扉が封印されていた。
もはやテンションは天頂に達し、躊躇いもせずに扉を開け放つ。
高揚した気分は一気で冷えて体を固めた。
扉の中は暗かった。
窓は一つも無く、電灯のあるはずの天井には、代わりに縄が一本ぶらぶらと揺れている。
床には何かが這いずったような跡があり、扉の内側には無数のひっかき傷。どちらの跡も茶色く染まっていた。
それが何の跡か、考えずとも理解する。
異様な光景に止まる思考。様々な臭いの混じり合った異臭に体までもが異常を訴える。
それでも部屋を観察してしまうのは、くだらない好奇心か。そして見つけたのは、茶色い跡に混じった文字らしきもの。
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい』
『おとうさんおとうさんおとうさんおとうさんおとうさん』
『出して出して出して出して出して』
『もうしませんもうしませんもうしませんもうしません』
『許して許して許して許して許して』
『助けて助けて助けて助けて助けて』
部屋中に書かれた茶色い文字に、魅入られたように足を踏み出す。
ぐにゃりとした何かを踏み、ずるりと何か動く音がした。
「……たす……けて」
かすれた声がして、何かがすがりついてきて、そこで意識を失った。
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「……で?」
心底つまらないといった顔をして、私はそう聞いた。
すると机の向こうに座った幼なじみのユウヤは、大袈裟に手を上げた体勢のまま固まる。肌寒い中であるにもかかわらず、その額にタラリと汗が流れた。
「……怖くなかった今の話?」
「実際に遭遇したら怖そうだけど」
要するにほとんど怖くなかった。私がそう言うと対面に座るユウヤはガクリとうなだれてみせる。
教室に残り今のやり取りを見ていた何人かも、やっぱり駄目だったかと苦笑していた。
「やっぱルナちゃんは強いよね」
「人形姫は伊達じゃないってか」
人形姫。
そう呼ばれて私は内心で苛立つ。
私の代名詞となっているあだ名には、二つの意味がある。
全体的にミニマムで、整った容姿がお人形みたいだという、一応の誉め言葉。
そして表情がまったく変わらない鉄面皮を指して、人形みたいだという忌み言葉。
後者の意味は勿論、身長にコンプレックスがある私にとっては、前者の意味でも愉快なものではない。
「ルナだって取り乱すことはあるんだぞ。ゴキブリが出たら騒いで……いや最近は速攻で叩き潰してたか。無表情というかゴミを見るような目で」
とりあえず、フォローを入れようとして盛大に失敗した幼なじみにデコピンをしておいた。
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「ルナが可愛くなーい。いや、すんごい可愛いんだけど可愛くない」
学校からの帰り道。よく分からない不満を言いながら追従してくるユウヤ。
中学の頃からすくすくと伸びやがったユウヤの背は、私と並ぶとお互いの低さと高さが際立ってとても同い年に見えない。
私の身長はユウヤに吸い取られたに違いない。寝る前に呪っておこう。
「何でついてきてるの? 部活は?」
「休んだ。最近不審者が居たって先生言ってただろ。ルナ一人で帰せるかよ」
「……過保護」
「そりゃ過保護にもなるって。ルナ一回誘拐されてんだぞ」
呆れて言った私に、ユウヤは少し怒ったような口調で答えた。
確かに私は、小学生の頃に誘拐されたことがある。
犯人は当時何人もの女子児童を誘拐、殺害した変質者。一歩間違えれば、私の命も無かっただろう。
だけど私には、誘拐された記憶がない。帰宅中に意識を失い、気づいたら病院だった。
そのおかげで特にトラウマなどは無いのだけど、そんな体験をしておいて警戒心が薄い私がユウヤは心配でたまらないらしい。
「私もう歳16」
「別の意味で危ないじゃん。いや、見た目小学生だからやっぱ危ないじゃん」
人のコンプレックスを突いてくる不届き者に蹴りをいれる。しかし体格差のせいか、ユウヤは痛くも痒くもないらしく、落ち着けと猫でもあやすみたいに頭に手をおいてくる。
その行動にまた腹が立ったので、効かないと分かりつつもお腹を一発殴っておいた。