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No.31770の一覧
[0] パートナー ~竜使いと竜殺し~   (異世界現代ファンタジー)[MK](2013/06/21 09:23)
[1] 幼竜殺し 0-1 第二の誕生[MK](2012/04/28 13:03)
[2] 幼竜殺し 0-i 幼竜殺し[MK](2012/05/30 20:45)
[3] 幼竜殺し 1-1 パートナー[MK](2012/04/28 13:04)
[4] 幼竜殺し 1-2 日々[MK](2012/03/02 22:14)
[5] 幼竜殺し 1-3 模擬戦[MK](2012/03/03 20:00)
[6] 幼竜殺し 1-4 帰り道、小学生[MK](2012/03/04 20:34)
[7] 幼竜殺し 1-5 飲み友、パートナー、そして幼竜殺し[MK](2012/03/07 20:59)
[8] 幼竜殺し 1-i キメラ[MK](2012/04/28 13:04)
[9] 幼竜殺し 2-1 小[MK](2012/03/07 20:06)
[10] 幼竜殺し 2-2 竜[MK](2012/03/08 20:04)
[11] 幼竜殺し 2-3 貴族様[MK](2012/03/09 20:56)
[12] 幼竜殺し 2-4 戦前[MK](2012/03/13 15:47)
[13] 幼竜殺し 2-5 緊張の一時[MK](2012/03/11 20:02)
[14] 幼竜殺し 2-6 対竜 前編[MK](2012/03/12 17:42)
[15] 幼竜殺し 2-7 対竜 後編[MK](2012/03/13 21:18)
[16] 幼竜殺し 2-i もう一人のキメラ[MK](2012/04/28 13:04)
[17] 幼竜殺し 3-0 貴族[MK](2012/03/17 22:51)
[18] 幼竜殺し 3-1 模擬戦の顛末[MK](2012/03/21 22:18)
[19] 幼竜殺し 3-2 気丈[MK](2012/03/24 23:20)
[20] 幼竜殺し 3-3 予兆[MK](2012/03/28 10:14)
[21] 幼竜殺し 3-4 パートナー[MK](2012/03/31 15:50)
[22] 幼竜殺し 3-5 宴[MK](2012/04/04 20:54)
[23] 幼竜殺し 3-6 花火[MK](2012/04/11 18:10)
[24] 幼竜殺し 3-7 秘密[MK](2012/04/11 18:09)
[25] 幼竜殺し 3-8 祭りの後[MK](2012/04/24 08:56)
[26] 幼竜殺し 3-iー1 安穏[MK](2012/04/28 13:04)
[27] 幼竜殺し 3-i―2 竜使い、キメラ使い[MK](2012/04/21 18:55)
[28] 幼竜殺し 3-9 バックグラウンド[MK](2012/06/02 16:32)
[29] 幼竜殺し 4-1 隠しごとと計画[MK](2012/04/28 15:43)
[30] 幼竜殺し 4-2 夕暮れ[MK](2012/05/02 18:17)
[31] 幼竜殺し 4-3 悲しい話[MK](2012/05/05 23:44)
[32] 幼竜殺し 4-4 学生[MK](2012/05/24 16:27)
[33] 幼竜殺し 4-5 教師達、パートナー[MK](2012/05/16 22:24)
[34] 幼竜殺し 4-6 裏話[MK](2012/05/24 18:34)
[35] 幼竜殺し 4-7 アーサー[MK](2012/05/19 12:27)
[36] 幼竜殺し 4-8 竜殺し[MK](2012/05/23 16:13)
[37] 幼竜殺し 4-9 既視感[MK](2012/05/26 15:10)
[38] 幼竜殺し 4-10 決着[MK](2012/05/30 08:02)
[39] 幼竜殺し 5-1 その後[MK](2012/06/02 15:47)
[40] 幼竜殺し 5-2 その後 結末[MK](2012/06/06 19:41)
[41]  * ここまでのキャラと世界観の設定です[MK](2012/06/20 21:05)
[42] 悪食蜘蛛 0-1 新しい風と陰謀[MK](2012/06/09 14:02)
[43] 悪食蜘蛛 0-i 遥か過去[MK](2012/06/09 14:04)
[44] 悪食蜘蛛 1-1 余波[MK](2012/06/13 17:55)
[45] 悪食蜘蛛 1-2 ギルド①[MK](2012/06/16 08:03)
[46] 悪食蜘蛛 1-3 ギルド②[MK](2012/06/20 21:04)
[47] 悪食蜘蛛 1-4 開始[MK](2012/06/27 18:58)
[48] 悪食蜘蛛 1-5 初めての実戦[MK](2012/06/27 22:52)
[49] 悪食蜘蛛 1-i ひきこもり[MK](2012/06/30 09:50)
[50] 悪食蜘蛛 2-1 宴会[MK](2012/07/04 01:59)
[51] 悪食蜘蛛 2-2 竜使い[MK](2012/07/07 22:26)
[52] 悪食蜘蛛 2-3 その後、そして[MK](2012/07/11 18:41)
[53] 悪食蜘蛛 2-4 分岐[MK](2012/07/14 23:55)
[54] 悪食蜘蛛 2-i 形成[MK](2012/07/18 17:16)
[55] 悪食蜘蛛 3-1 村[MK](2012/08/02 13:56)
[56] 悪食蜘蛛 3-2 悪食蜘蛛?[MK](2012/08/03 14:58)
[57] 悪食蜘蛛 3-3 そのとき[MK](2012/08/04 18:00)
[58] 悪食蜘蛛 3-4 真相[MK](2012/08/05 17:34)
[59] 悪食蜘蛛 3-5 漂白[MK](2012/08/06 17:43)
[60] 悪食蜘蛛 3-i しあわせ[MK](2012/08/08 19:12)
[61] 悪食蜘蛛 4-1 鬼ごっこ[MK](2012/08/11 20:11)
[62] 悪食蜘蛛 4-2 決戦[MK](2012/08/15 06:09)
[63] 悪食蜘蛛 4-3 疑惑[MK](2012/08/18 12:04)
[64] 悪食蜘蛛 5-1 結末[MK](2012/08/22 22:47)
[65] 悪食蜘蛛 5-2 結末②[MK](2012/08/30 10:39)
[66] ここまでの設定&キャラ解説[MK](2012/09/23 19:15)
[67] 貴族からの刺客 0-1 転校生[MK](2012/09/23 19:20)
[68] 貴族からの刺客 0-i 罪[MK](2012/09/23 19:21)
[69] 貴族からの刺客 1-1 婿と家族とその他[MK](2012/09/27 15:19)
[70] 貴族からの刺客 1-2 ファン[MK](2012/09/30 13:28)
[71] 貴族からの刺客 1-3 やるか[MK](2012/10/06 00:19)
[72] 貴族からの刺客 1-4 婿[MK](2012/10/07 23:45)
[73] 貴族からの刺客 1-5 友人[MK](2012/10/11 21:35)
[74] 貴族からの刺客 1-i 転落[MK](2012/10/14 12:20)
[75] 貴族からの刺客 2-1 変化[MK](2012/10/26 21:39)
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[77] 貴族からの刺客 2-3 放送[MK](2012/10/25 23:02)
[78] 貴族からの刺客 2-4 不器用[MK](2012/10/28 22:48)
[79] 貴族からの刺客 2-i なぜ[MK](2012/11/01 16:19)
[80] 貴族からの刺客 3-1 大会[MK](2012/11/05 00:00)
[81] 貴族からの刺客 3-2 主人公とボス[MK](2012/11/08 18:54)
[82] 貴族からの刺客 3-3 物語[MK](2012/11/15 17:47)
[83] 貴族からの刺客 3-4 その後、嚥下[MK](2012/11/15 17:49)
[84] 貴族からの刺客 3-5 決着[MK](2012/11/18 16:51)
[85] 貴族からの刺客 3-i どうしようもないもの[MK](2012/11/22 16:52)
[86] 貴族からの刺客 4-1 決着① はじまり[MK](2012/11/25 23:04)
[87] 貴族からの刺客 4-2 決着② 理想の女[MK](2012/11/30 00:25)
[88] 貴族からの刺客 4-3 決着③ 狂人[MK](2012/12/07 00:50)
[89] 貴族からの刺客 4-4 決着④ 蚊帳の外[MK](2012/12/23 02:16)
[90] 貴族からの刺客 4-5 決着⑤ 幕切れ[MK](2012/12/23 02:17)
[91] 貴族からの刺客 5-1 目覚め[MK](2012/12/29 20:04)
[92] 貴族からの刺客 5-2 その後[MK](2013/01/06 21:04)
[93] 貴族からの刺客 5-3 幕[MK](2013/01/13 00:00)
[94] ドラゴン 0-1[MK](2013/05/04 15:26)
[95] ドラゴン 1-1[MK](2013/06/19 13:17)
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[31770] 貴族からの刺客 4-3 決着③ 狂人
Name: MK◆9adc7e33 ID:a4fbf450 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/12/07 00:50








 槍が降ってくる。走る。更に降ってくる。更に走る。
 時折、仕掛ける。交差する。そして次の瞬間には、また走って槍を避ける。

 言葉にすればそれだけの簡単なやりとり。

 しかしどうしようもなく楽しかった。

 対戦相手を見る。
 カーゴパンツに肌にはりつくシャツ、ブーツという模擬戦用の服装。
両手で正面に剣を持つ、オーソドックスな構え。
滑らかな長髪は首元でまとめられ、柔和で凛々しい顔には薄い笑み。見慣れた絵だ。

しかし目が違う。爛々と輝いている。
おもちゃを与えられたこどものようだが、一種の凄絶さを伴った光が見える。
いけない遊びをしているような、そんな感じだ。

頬はほんのりと赤く染まり、身体はゆっくりと上下している。疲労がたまり始めている。
しかしそれも楽しい。わかる。自分もそうなのだから。

 ぱん、と地を蹴る。途端に近付くみゆきの姿。ぴくりと腕が動き、剣を動かすのが見える。

 目と目が合う。それだけで何かを分かり合ったような気がした。

 ギルド部で別れてから、何をしていたのか。屋上での邂逅の後、何を思ったのか。
やつと二人きりだった時間はどうだったのか。どう思っていたのか。

 疑問はいくつもあったが、どうでもよくなってきた。

ほぼ無意識に棍を振るう。がん、と手応え。剣と交わる。その瞬間も何かが弾ける。
 何とも言い難い、感情の、思いの、破裂。同時に凝り固まった何かが霧消していく。
 みゆきとの間だけでなく、自分自身の中のものまで消えていっている。

 禊。それだ、今やっているのは、と思った。

 みゆきと目があう。笑み。いままでのみゆきにはない凄絶な笑み。
 みゆきも歩と同じ。わかる。分かり合っている。
 意外とこどもっぽい、脳筋なところもあるんだなと思いながら、そんなことも知らなかったの、と突っ込まれる。
 そんな気がした。

 しかしそれももう終わる。

 ふとみゆきの後方に目をやれば、イレイネが見えた。
 みゆきと同じ位の通常の大きさから、半分ほどまで小さくなっている。
 槍で放出した分だ。狙いを外しくだけた水は、そのまま捨て置かれることなく、本体の方へずりずりと移動しているのだが、それが槍の放出分に追いついていない。
 序々に足元の水たまりのかさは増しはじめている。踏み抜くときの感触が序々に厚くなっているのでわかる。

 破局はいずれ訪れる。それもそう遠くない内に、歩にとって有利な方へ。

 そう思っていたとき、みゆきが、イレイネが動くのが見えた。
 構えがやや前傾気味になり、イレイネの手から槍が伸びなくなった。

 代わりに、イレイネがゆっくりと両手を上げはじめた。
みんな立って、と言うように、あまごいをするように、手のひらを上に向け、ゆっくりと。

 同時に前面で浮きあがる。水たまりと思っていたものが、一斉にきらきらと光る粒へと変わり、宙を満たしていく。

 雨だ。

 とっさに両腕を上げ、目を庇った次の瞬間には、全身を雨粒が叩き始めた。

 それは横殴りだった。文字通り、無数の雨が真横から叩き続けてくる。気を抜けば飛ばされそうだ。
 おそらくこれは、雨というより竜巻。雨粒の竜巻。
視界が両腕の隙間から、ほんの少しの見通ししかないが、おそらくそういうことだろう。

 飛ばされないよう腰を低く構え、雨粒を受ける。
全身を無数の小さな腕で殴打されるような感覚が走り、ざーざーと轟音が聴覚を占める。
視界はなく、水の匂いしかしない。舌には粘っこくなったつばの微かな酸っぱさと苦さののみ。
頭がぼうっとしそうになる。わけがわからない。

 そのとき何かが見えた。
ばっと身体を後方に飛ばすと、ばしゅんと抜ける音。
水を斬る音。みゆきの剣だ。

 続けて後方に飛ぶ。後を追って剣が振るわれる。その繰り返し。
 棍は使えない。使おうと腕をどければ、かすかな視界がなくなってしまう。
 かすかとはいえ、なんとなく動きを察せられるのは、そのかすかがあるからだ。
 できるのはただ避けるのみ。それも微かな五感と、その情報を元にした勘頼りの。

 ただ一生このままされっぱなしでいるしかないかというと、違う。
 一度だけ――確実な一撃を狙うとき、一度だけ振るえる。
 成否がほぼ結果に反映される、賭けだ。

 狙うなら、みゆきが攻め疲れたときか、空振りすることに慣れたとき。

 さあ行くか、と思い始めたときには、全身を叩きつける雨の感覚が薄れはじめていた。
代わりに冷えた感触、全身の肌を覆う雨つぶが、熱を奪っている。
剣をよけようと激しく動かしているため、身体の芯の部分は熱い。しかし寒い。
真冬に軽装で激しい運動をしているような感じ。
そして遠からず体調が崩れそうな悪寒。

やるしかない。

 バシュン。剣が雨粒を裂く。
 バシュン。まだだ。
 バシュン。変わらない。
 バシュン。まだか。
 バシュン。――ほんの少し、音が低いかも。
バシュン。気のせいか?
 バシュン。間違いない。キレが鈍くなってきている。
 バシュン。――次だ。

 棍を握る。こころなしか、きりきりと全身が締まった感じがした。

 バシュン。

 そう聞こえそうな一瞬前、目をつむり棍を振るう。
 両腕で、渾身。
そのはずが動き出した瞬間鈍い感覚がした。
途端に続く、あ、これだめだ、という感触。
空振り。

 まぶたに水が張り付いた。
異物がアウトの目と、皮膚一枚挟んでの精霊型の水。
 視界は完全に塞がれた。

 そして続く衝撃。身体が真横へ、こんどこそ吹っ飛ばされる。

 肩に当てられた。剣の、おそらく刃ではなく横の部分。
 だがそれでも十分な一撃だった。

 ずささー、と地面を滑る。「くっ」と声が漏れた。
 すべっていると途中で全身を包んでいた感触が消えた。雨の圏外にまで飛んでしまったようだ。
 背中にどん、という軽い衝撃を受け、ようやく止まった。おそらく壁だ。

 痛みに抗いつつ、なんとか起き上る。すぐに目をごしごしと擦り、水をあらかた飛ばし、おそるおそる目を開けた。
途端に広がる光景。勢いを失っている雨に、きょとんとした観客、反対側端の悪魔使い組とリンドヴルムに乗ったリズ達、そしてすぐそこにみゆき。

 爆発する歓声に乗り、みゆきの声が聞こえてきた。

「上」

 言うが否や、みゆきは突進してきた。
 それを見ながら、ちらりと上空確認。

 巨大な槍。いや、棘。下向きに向いた、透明の円錐がそこにあった。
 透けて見えた円錐の底の部分に、小さなみゆきに似た――イレイネがいる。
この円錐が本体。つまり、強度の高い、受けてはならない武器。

 そこまで至った時には、みゆきはすぐそば。振り被った剣。
 気付くまでにかかった時間は一秒に満たなかったが、余りにも遅れてしまっていた。

 慌てて棍を握り、前へ。
棘はダメ、避けたらみゆきに狙われる、ならみゆきに向かう。
 ほぼ反射の思考だった。

 剣と棍が交わる。幾度となく繰り返したもの。そして常に歩が勝った。それも向かった理由だった。

 しかし棍を振った瞬間、右肩に鈍い痛みが走った。
みゆきの一撃による負傷。
そう頭をよぎったときには、歩が弾かれていた。
 身体は元いたところ、つまり棘の下。
 急場作りの姿勢、万全の態勢から勢い付けての一撃、負傷、疲労、一個前の攻防の結果での雰囲気。

 それらが全てよぎり、雨にぬれてどこか艶めかしくなったみゆきの、見開く眼が見えた後、背中でぷつり、という音がした気がした。

 すっと滑る。左肩から真下に、肌を肉を。
そしてすぐに激痛。雨でうっすら濡れた肌を、血が滴る感触。

ああ、これはダメな感触だ。そう思った。怪我の経験が多いだけに、歩は自分の傷の程度には詳しい。

「歩!」

 剣を半ば捨てるようにしながら、駆けよろうとするみゆきが見えた。

 対戦相手に傷を負わせて慌てるなんて言語道断かもしれないが、それも仕方ないか、とも思ってしまった。
 そもそも今回の大会はぬるい。剣は刃引きするし、パートナーの牙や爪にはサポーターをする位だ。
 選手同士でも暗黙の了解として、やりすぎないのはある。棄権が多いのもそのためだ。

 この後、試合はみゆき達の勝ちで終わり、歩は勝者であるみゆきに付き添われ、担架で退場、病院へ移動。そしてそれらは自分が意識のない中、行われる。
 大会は後味の悪い決勝で終わり、盛り下がって終了。喜ぶ姿は、何故だか悪魔使いだけ想像できた。
 そして気がついた歩。そしてずっと付きそっているみゆきを見る。自分が負わせたため、おそらくみゆきはずっと自分につくだろう。
 そのとき、目があう。喜ぶみゆき。涙を流す。そして途方に暮れる歩。

 それじゃ、だめだろう。
 そこに先程までの夢のような共感と理解はない。
 そして一生、ない。

 歩は、声も漏らせない痛みの中、それはダメだ、と思った。

 ノスタルジックになっていた脳みその幻想かもしれない。
 しかしみゆきにここで助けられては、この戦闘はそんな終わらせ方ではいけないと思った。

「あああああああ!!!!」

 振るい起こす。怪我? 傷? 冷えた身体? 疲労。

 そんなもの何もない。

 あるのは、一つ。

 棍。

 背中の傷を無視して、全身を振り絞る。傷から血が流れ出る。だからどうした。

 え、という口の形できょとんとしたみゆきを見て、軽くしか握られていない剣に向かって、思い切り振るった。

 がん、と当たり、剣が飛んで行く。そして余力がみゆきの右腕に。
 骨が折れる感触はなかった。しかし確実な一撃だった。
 当てた瞬間、歩の右肩と背中の傷もはげしく呻いたが、満足な一撃だった。

 そのまま倒れこみそうになったが、なんとか踏みとどまる。
 棍を左手で地面に刺す。そうしないと持ってられそうになかった。

 飛んで行ったみゆきに視線を向ける。
途中、あぜんとした観客が目に入ってきたが、無視した。

 みゆきは既に立ち上がり始めていた。右手はぶらんとさせている。
 顔が見えた。
 笑っていた。これまでで一番の凄絶な笑みだ。ぞくりと冷たい血が巡るような、妖艶さがあった。

 歩も笑った。なんて馬鹿な二人だ。

「甘かったな」
「だったね」

 みゆきの声には力がない。自分で言うのもなんだが、かなりの一撃だったようだ。

「では、行こうか」
「はい」

 お互いの声は本当に小さい。聞き取れているのが不思議なくらい。
 しかしお互い聞こえている。わかる。

 棍を抜き、左手で構える。右手は添えるだけ。背中からはだらだらと力が抜けていっている。

 次で決まる。そして、みゆきもまた同じ気持ちのようだ。

 ああ、なんて気持ちのいい勝負なんだろう。

 笑みがこぼれる。みゆきもまた笑う。
狂人同士だ。観客には間違いなくそう見えているに違いない。
だが何故かそれがどうしようもなく嬉しかった。


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