翌日、慎一に大会参加の話をすると、どうせだからギルド部で出よう! という話になった。
「丁度暇してたとこだし。やること見つかって丁度いいじゃん?」
というのが慎一の弁。
歩にとっても、啖呵をきったはいいが、後になって相方がいることに気付いた位だったので、丁度よかった。
誰が誰と組むかは、リズの要望により、歩とリズ、慎一と唯が組むことに決まった。
書類申請まで済ませると、事務は全て終わり、後は本番までにしっかりと鍛錬することのみとなった。
大会の一回戦は二週間後。
それまでに急造のタッグをどうにかしなければならないということで、鍛錬の日々が始まった。
しかし。
「なまってんな」
放課後、また割り込むのもアレなので、慎一が頼んで借りた岡田屋の屋外鍛錬場にて。
キヨモリと軽く手合わせした後、歩はそう呟いた。
「そうね。キヨモリも同じみたい」
「ここのところ、ずっとだべってたからなあ」
ギルド部に所属していることもあり、みんな毎日なんかしら身体を動かしてはいた。
しかしずっとイベントがなかったため、気が抜けてしまっていたのだ。
ただのルーチンワークと化した訓練は、河原のジョギング位の効果しかない。
手にした棍棒も、ただ振るだけならよかったが、態勢を崩した状態からだと、途端にひどくぶれる。
二週間は短いものになりそうだ。
「ひとまずやるしかないね。次は、どうせだからお互いの力量調査兼ねて、相方同士でやる?」
「いいね。私、実際に歩とやってみたいし」
「……キヨモリ、わかってるよね?」
ぽん、と太ももに置かれた慎一の手に、意図がわからなかったのかキヨモリが首をかしげる。
威圧感さえある巨体の可愛らしい動作に、慎一以外の全員がぷっと吹き出してしまった。
「私が相手するよ。手加減なしで」
「えっと、お前、竜使い、俺、ただのパンピー。いじめ、よくない」
「大丈夫。怪我はさせないから」
「歩、行こう」
白線で仕切られただけの訓練場に歩き始めたリズ飛竜型パートナー、リンドヴルムの後を追った。
途中、慎一の背中をばんと叩くと、力ない声が漏れて、また笑ってしまった。
「今回、我は指示せんぞ」
「どうして」
「一人立ちせい」
「ま、いいか」
訓練だからいいかと納得したところで、リズがまず人同士でやろう、と言った。
リズはやはり竜使いだった。
手にしたのは唯と同じ基本の剣だったが、アグレッシブに振ってくる。
時折、こちらがひやりとするほどの一撃もあった。
人相手では感じたことのない、うすら寒さも感じた。
これは十分な戦力になりそうだ。
手合わせの後、そう感想をもらすと、リズが呆れた笑いをもらした。
「私は一度も当たる気がしなかったよ。ほんと、すごいな歩は」
「そうかねえ」
「自信もってよ。頼りにしてるから。けど本番じゃリンドヴルムと一緒に私もしっかり働くから」
「へえ、やっぱ竜騎士?」
竜騎士は竜の背にのって人も武器を振るう戦法のことだ。
飛ぶことに関しては他の追随を許さないが、じゃっかん膂力にかけてしまう飛竜において、そこそこ見られる。
ただ、いくら武器を持とうが所詮は人の力でしかなく、大した効果はない、とも最近は言われてしまっている。
なんともロマンのない話だ。
「まあ所詮は人の力でしかないけどね。でも最近になってようやく動けるようになってきたんだ。でまだ必要なものがないから見せられないんだけどね。一週間後には届くから、楽しみにしてて」
にこやかに笑うリズの髪は、激しく動いてもいいように、後頭部で折り畳まれ、大きめの銀製クリップで止められており、活動的に見えた。
少し変わった一面を見た気がして、なんだか照れてしまった。
その後、順調に訓練は進んでいった。
岡田屋の人にも相手してもらい、大分勘が戻ったところで、リンドヴルムに乗り空を飛びまわるリズとの連携練習に切り替えた。
その姿はまさに竜だった。宙を飛びまわり、下りてきては強烈な一撃を見舞うだけで、岡田屋の人も相手にならなかった。
頼もしすぎるほどの相棒だ。
しかし歩は少しだけ寂しさを覚えていた。
アーサーは常時空中で指示出しだ。
リズまで飛翔すると、歩は地上で一人になってしまう。
味方は二人と二体もいるのに、背中に誰もいないのがなんだか物足りないのだ。
だからといってリズに降りてという選択肢は当然なく、歩はなにも言わず、ただ槍を振るうことしかできなかった。
一週間後、ひさしぶりに授業でも身体を動かす機会を得た。
久しぶりの学年合同模擬戦だ。
いつもの模擬戦授業では、集まるクラスがいつも同じのため、面子も固定してしまっている。
だが今回は全クラスが集まって、能力別に分かれる。
いつもとは違った相手に自分の力を試せる、絶好の機会なのだ。
大会を控えた歩としては、調整にかなり有難い時間になるはずだった。
しかし歩はいらだっていた。
「あの二人、付き合ってるよね」
「だよね。これは決まりだ! 私の勝ち!」
「まだ結論出てないから。賭けは最後までわかんないよ」
よく知らない同級生の噂話に、頬のあたりに力が入る。
もう忘れて調整に集中しようと何度も思うが、できなかった。
自然と目が二人の影を追ってしまう。
五センチと離れていない距離で立ち、にこやかに談笑している、少女漫画にでも出てきそうな完璧なカップル。
みゆきと敬悟だ。
クラスも違い、強いて見ようともしないのでどうなっているか知らなかったのだが、こんなことになっていたのか。
こんなことになっていた。
いやこれもよくある光景だ。
片方がみゆきに変わっただけだ。姉のような妹のような存在がそうなっただけだ。
しかしどうも――いらつく。
「歩?」
「――ああ、出番か」
「気をつけてね。相手巨人だよ」
隣にいたリズが、アドバイスをくれた。
リズと唯は最後に竜同士の演武を見せることになり、それまでは暇なので、こうして傍についてくれている。
「おう。慣れた相手だし、いつも通りやるよ」
「頑張って」
にこやかな笑みで送りだしてくれるリズを背にし、白線で仕切られた円の中に入った。
「おうおう似非竜使いさんよお! E級だとさぞ大変な就活に追われてんだろうに、俺の相手とはお疲れさん! それか受験か? まあちびっこごときが行ける大学なんて……」
いらついていたので、一気に馬鹿狙いで行った。
巨人を適当にいなし、隙を見つけて馬鹿に一撃。
最短で決着がついた。
「すごいよ、歩は。リンドヴルムでもあんなに早く終わらせられないよ」
「そうかな。馬鹿狙っただけだし」
「それでもすごいよ! 巨人の動き完全に見切ってたからできたことでしょ? 完璧だよ」
「ありがと」
「ケーニッヒブルグでもでもそんなことできる人ほとんどいないよ。少なくとも同世代にはほとんどいない。ケーニッヒブルグは竜騎士の本場って思われてるけど、実際はかなり違ってきてさ」
その日の帰り道。
最近はリズと帰るのがいつものことになっている。
外国人のリズは歩の知らない外国事情をよく知っていて、かわりに歩の国のことは疎い。
自然と会話のネタには困らなかった。
その上リズは語り手と聞き手双方ともに上手く、帰宅のときのこうした他愛ない会話は、ここのところの楽しみの一つだった。
歩もまた盛り上げようと、普段そんなに達者に動かさない口を動かしていたのだが、今日はそんな気にならなかった。
「それで私が竜騎士やるって言ったら、友達がみんなえって顔してさ。嫌になっちゃうよね」
「本当にね」
「全く。パートナー頼りにしてたら、なんのための人間かって話だよね」
「全くだ」
「私胸Eあるんだ」
「そうなんだ」
一瞬ぴくっとした後、ぱっとリズの顔を見た。
いたずらな笑みを浮かべていた。
「いきなりなによ」
「上の空だったから」
「――ごめん」
「実際ありますけどね」
少し間を開けた後、リズは言った。
「ちょっと寄りたいとこあるんだけど、いい?」
「いいよ」
今日も放課後みっちりと訓練をしたせいで、周囲は真っ暗になっていたが、断れなかった。
それからリズの誘導で移動したのだが、たまにちらっとリズの胸元のふくらみに目が行ってしまったのは、仕方がないと思うことにした。
ついていった先は、リズの家だった。
アパートの一室だったが、入口には電子錠がついており、パスを知らない人は入れないようになっていた。
ガラス越しに中を除くと、綺麗な内装に温かな光がちらばめられ、落ち着いた雰囲気が覗える。
貴族の女子学生にはこれでも足りないかとは思ったが、今まで歩が見てきた中で一番高級そうなアパートだ。
しかしそれとこれとは話が違う。
「えっと」
「どうぞ遠慮なく」
「ってかいきなり行くのは」
「四の五の言わずに」
こんな時間に女子の家に入るなんて、それもリズの家に、そういえばみゆきや唯の家にも入ったことない、ってかこれなんの用なんだ。
色んな言葉が頭をかけめぐり、だからこそ口からは何も出ないでいると、
「ではお邪魔しよう」
とアーサーが中に入ってしまった。
もう後に続くしかなかった。
中は思ったよりもシンプルな部屋になっていた。
入ってすぐに洗濯機や台所、逆側にトイレと浴室、奥に居住空間と、よくある間取りだ。
それでも一つ一つになんだか落ち着いた印象を受けるあたり、おそらくただの量産品というわけではないだろうが。
そのまま奥に進み、差し出された座布団の上に座ると、こたつ机を挟んで向かい側にリズも座った。
「それでなんでここに?」
「婿候補を呼んじゃいけなかった?」
「あ、まあ」
そういえばそういう関係だった。
「ごめんなさい。勝手なことばかり言って」
「いや、こちらこそ」
寂しそうに笑うリズを見て、いまさらになって自分の考えなしを自覚してきた。
正面から好意を向けてくれる女の子に対し、自分はただ受けるだけで、何もしようとはしていない。
受けることも、断ることもせず、だらだらと過ごしている。
どうも自分の考えなしが、色んな事をダメにしている気がしてきた。
「では本題に入ります」
今はリズの話に集中するのが大事だ。
ひとまず後悔と反省は置いておくことにして、しっかりと聞くことにした。
「一つ謝らなければならないことがあります」
意外だった。
「えっと、何?」
「私はまだ言っていないことがあります。アーサーに関しての重大な秘密です」
アーサーに関しての秘密。
そういえばインテリジェンスドラゴンについて、知っていると言っていた。
そのことだろうか。
「それって?」
「そして謝らなければならないのは、それを言えないことです」
一瞬ぽかんとした後、じっくりと理解がおよび始めた。
勿体ぶった秘密がある。挙句、まだ言えない。
余りにも人を馬鹿にした話だ。そんなことで人を家に連れ込んだのか。
ふざけるな、と言いたくなる。
しかし熱情はすぐに萎えていった。
リズの瞳にこらえきれない何かが見えたからだ。
言えないのが歯がゆくて仕方がない、しかし言うしかない、と思っているのが、ありありと見えてしまった。
歩は責められなかった。
代わりに静かに尋ねる。
「言えないというのは?」
「家の秘儀だからです。世界の秘密といっても、言いすぎじゃないと思います。少なくとも、私はそう考えています」
「どんなこと?」
「インテリジェンスドラゴンの出自。なぜ伝説上の存在なのか。そしてなぜ竜殺しの竜なのか。そういったことです。アーサーは知りたくて仕方がないことだと思います」
アーサーに視線を向ける。
超然としていた。だから? とでも言いそうなふてぶてしい表情だった。
しかし興味がないわけはない。あえてこうしている。
理由はわからないが、ひとまず話を進めることにした。
「それで実際に言えない話を、今になってしたのはなんで?」
リズはきっぱりと言った。
「大会後に、答えが欲しいからです。一週間後、どんな結果に終わろうと、決勝の次の日に答えを聞きに、学校の屋上で待ちます」
宣告だった。何も答えを出さない半端な自分に対する、最後通告だ。
続けてリズは言った。聞いていてこちらが惚れぼれする位、きっぱりとした言い方だった。
「私はここに来るまではあなたのファンでした。それはただの憧れでしかありませんでした。婿に来てほしいというのは、あくまでも家の意見が主で、私にとっては都合がいい、という代物でしかありませんでした。
しかし今は違います。こうして一緒に過ごして、確信しました。この気持ちは恋なんだと。あなたは強くて、どこか抜けてて、優しくて、そして恰好いい人です。
私はあなたが好きです。結婚してください」
プロポーズだった。学生には不釣り合いな、しかし完璧な求愛の言葉だった。
歩は答えられなかった。答えをなんら用意していなかったからだ。
ただ漫然と過ごし、どこか他人事だと思っていた。
正面から受け止めるどころか、悩みもしなかった。
目の前の人は常に自分を意識してくれていたのに。
答えなんて出せるわけがなかった。
それがわかっていたのか、リズはすっと立ち上がると、言った。
「もう暗いね。お母さん、今日はいるの?」
「ああ」
「ならもうご飯用意してるね。はやく帰らないと」
「――お邪魔しました。アーサー」
「おう」
そのまま立ちあがり、顔も見ずに家を後にした。
道中の寒さがひどく堪えた。