テーブルの上の料理のほとんどが胃の中におさまり、ゆったりとした空気が流れていたころ、アーサーが話をぶった切って言った。
「全員もう満足か?」
「おう、十分食った」
「美味しかったねー」
突然言い出したアーサーに違和感を感じつつも、それぞれが答えると、それを聞いて、ふむ、ならば、とアーサーがおもむろに言いだした。
「歩、唯、幼竜殺しの一件には裏がある、と言ったことを覚えているか?」
幼竜殺しの単語一つで、ほのぼのとした空気がひきしまった。
唯と目合わせした後、アーサーに頷いて返すと、慎一の声が聞こえてきた。
「なんだそれ? 聞いてねえぞ」
「お前とみゆきと分かれている間のことだ。それに綾辻明乃についても語らねばなるまい」
慎一とみゆきは明乃の独白を聞いていない上、明乃が消えた後、不機嫌なアーサーに、やつは裏切り者だったのだ、としか説明されていない。
二人は聞きたそうだったが、死闘で疲れ果てた身体でアーサーの剣幕に押され、そのまま今に至っている。
皆が見守る中、アーサーはテーブルの上に立ち、滔々と語りだした。
初めは明乃について、二人に説明をした。
明乃の裏切りの内容を知ったとき、慎一は時折毒づき、みゆきは目に強い光を灯したが、話を止めることはなかった。
慎一が聖竜会ってそんなことやってんだ、と感想を漏らしたところで、アーサーが、次は幼竜殺しの件だ、と言った。
そちらは歩も初耳で、驚くべき内容だった。
昨年の幼竜殺し事件の際、副担任で色々と関係のあった雨竜にはまだ裏があったというのだ。
歩達が知っていたのは、彼が軍の人間で、最初は唯を守るために、途中からは幼竜殺しの監視のために、学校に潜入。
そして最終的には、幼竜殺しの監視の任務がメインで、唯を守るのをおろそかにしてしまった、ということだった。
「実際には違う。やつの任務は幼竜殺しが唯を殺すのを見守ることだったのだ」
そう言ったとき、思わず唯の顔を見た。
ああ、と声には出さなかったが、その唇がかすかにあけられるのを見た。
驚いた、といよりも、やっぱり、という感じだった。
その可能性に薄々気づいていたようだ。
聞いてみれば、筋の通った話だった。
そもそも幼竜殺しの監視にシフトした時点で、唯を守るために転校なりなんなりすればよかった話だ。
なのにそうしなかったということは、唯がどうでもよかったというより、むしろ被害者になってほしかった、と考えるのが自然だ。
歩が想像していたよりも、もっと事態は深刻だったようだ。
雨竜についても話が及んだ。
当初はただの任務で、途中から葛藤し、最終的には軍を裏切ってまで歩達を守ろうとした元副担任。
全てを許すには、失われたキヨモリの翼と、幼竜殺しと対峙した際の恐怖が邪魔をした。
しかし、今雨竜がこの場にいても、罵倒することはできなかったと思った。
全てを語り終えた後、アーサーは頭を下げた。
「黙っていて、すまない。我は任務に従ったとはいえ、葛藤し、結果我らを選んだ挙句、軍で懲罰人事を受けるであろう雨竜に、鞭うつことはできなかった。同情してしまった」
「いや、分かるよ。その気持ち」
唯が言った。顔にかすみがかっているかのような微笑を浮かべていた。
どんな心境で、そんな達観した笑みを浮かべられるのだろうか。
ひとまず、それで一件は終わった。
一番の当事者である唯がそう言っては、それ以上誰も続けることはできなかった。
唯が宴の後の部屋を見回し、言った。
「これで終わりかな」
「そうだね」
みゆきに相槌に、慎一が場を変えようとしたのか、少しおどけて続けた。
「まあ次があるさ。次は何する? 俺はもっと楽なのやろうぜ。もうこんなのはこりごりだ」
誰のものでもない力ない笑いが続いたが、唯だけは頭を下げて首を振っていた。
「唯?」
みゆきが眉をひそめて怪訝そうに尋ねると、唯が顔を上げた。
悲しげな笑みが張り付いていた。
「ねえ、聞いてほしいことがあるの」
「ギルド解散と、昼食会の中止とかか?」
唯の言葉が終わるや否や、ぶったぎるようにアーサーが言った。
はっとした後、すぐに深い笑みを浮かべた唯が答える。
「……気付いてたんだ」
「分かってたんだ。でも言わせてよ、最後位」
「言わせんよ。機先を制すのは戦の常道故」
「戦って」
「戦いだ。逃げるお前と、追う我らのな」
唯がさっと見回し始め、歩は急いで顔をひきしめた。
決して視線をそらさない。アーサーの意図を決して見逃さない。
そうしないといけない。
唯が三度笑みを浮かべ、言った。呆れたような笑みだった。
「みんなどうして? 私と一緒にいたら、またこんな目に会うかもしれないんだよ? アーサーが言ったでしょ? 私が狙われたの、二回目で、それも相手は聖竜会の上層部。どうしようもないよ」
「だからといって、共に戦った仲間が、一人になるのを見過ごせると思うか? お人よしの我らが」
「慎一、岡田屋の人達にも色々影響出るかもよ? 今回だって圧力かかったんでしょ?」
「ああ、聖竜会からいくら取れるか、悪だくみしてたよ」
慎一は苦笑しながらそう答えた。
返答はそれだけだった。
こいつもすごいやつだ。色々思うことはあっただろうに、すんなりと終えた。
唯がもう一度見回した。今度も目をそらさないでいると、四度目の笑みを浮かべた。
嬉しそうな、泣きそうな笑みだった。
「アーサーはキヨモリいいの? 竜苦手なんじゃない?」
「我の乗り越えるべき課題だ。取りかかっている最中に課題にいまさらいなくなられても困る」
「何それ」
唯が笑った。その目に涙が浮かび、つーっと頬を流れた。
「そういうことだから、唯」
「そうそう」
「……言うことねえ」
「みんな仲良すぎ」
唯が背もたれに身を預け、苦笑した。
「みんな、よくこんなに上手い連携プレイできたね。事前に聞いてたの?」
「慣れた」
「私は基本アーサーに任せただけ」
「俺は口挟めなかった」
「こんなの見せられたら、離れられないじゃない」
「いいじゃんそれで。折角作ったギルドも一カ月足らずで解散勿体ないし」
「C+だしな」
口元を意地わるげに歪めたアーサーが言うと、慎一は悔しそうに頬をひきつらせた。
いまだに自分達が受けた竜使いの特別扱いに悔しがっているようだ。
「ま、折角あるなら使うさ。次何するかね」
「そんな慌てんな時間はあるだろ?」
「そうだね」
歩が唯に向けて尋ねると、端的な答えが返ってきた。
「乾杯するか」
アーサーがグラスを引きずりだしてきた。
「何に?」
口ではそう尋ねたみゆきだったが、既に人数分のグラスとキヨモリとマオ用に皿を出していた。
その後ろでは、イレイネが冷蔵庫に向かって手を伸ばしている。
「我らがギルドに」
「いいね。――キヨモリ」
「マオ、来い」
パートナーも呼び寄せ、それぞれに杯を手にし、テーブルを囲む。
頬に線を描く唯、寝起きで半開きの目のキヨモリ、気を取り直した慎一、忠犬らしくぴしっとしたマオ、瓜二つの柔らかな笑みのみゆきとイレイネ、自分、そしてアーサー。
音頭はアーサーがとった。
「では我らがC+ギルドに」
「性格悪いね、お前」
ぼそっとつぶやいた慎一に柔らかな笑いが周囲で木霊した。
笑みを浮かべず、少し待っただけのアーサーが、言った。
「乾杯」
からんと高い音が立てられ、何度か音が続いた後、歩はグラスの中身を口に注いだ。
中身は何度も飲んだノンアルコールシャンパン。
だがこれまでで最高の極上の味だった。
悪食蜘蛛編、完です。
ありがとうございました。
続きは一カ月以内にでも書きだすので、よかったらどうぞ。