3-4の最後に修正加えました。よかったらみてください。
私が反抗した理由はなんだったのか。
今でもなぜかわからない。黒い粉雪が降り積もったような、それまでに積み重なった貴族への嫌悪はあった。気持ち悪い空間にいることが耐えられなかったのかもしれない。キヨモリがいたからかもしれない。
言ってから私は覚悟を決めた。自分の運命を握っているじいさまへの明確な反抗だ。目下の者に逆らわれた経験など、ほとんどなかったにちがいない。どんな怒りが向けられるのか、のどの奥を固くして待った。
だがじいさまは怒らなかった。その目には純粋な悲しみしかなかった。
じいさまはどうして、と聞いてきた。辛そうな顔をして。
その顔に母親の面影を思い浮かべた瞬間、私は内心を吐露していた。淡々と、しかしはっきりとした口調で。
途中からじいさまの目には涙が浮かんでいた。
最後まで言い終えると、今度はじいさまが語りだした。
じいさまは本当に何も気付かなかったらしい。母さんが何を思い死んだのか、私がなぜ凍りついたような表情をしていたのか、どうすれば解消できるのか。小学生時代、私がいじめられていたことを知り、犯人を見つけ一応の始末をつけたが、それ以上何をすればいいかわからず、ただ見守ることしかできなかった、と言った。あの中学に通わせたのも、それしかできることがなかったからのようだ。
じいさまは生まれたときからの貴族だった。藤原の直系の長男として生まれ、何不自由なく育ち、竜使いとなり、訓練を経て軍に入り、竜使いとして最前線で戦いに明け暮れ、常に貴族の中核にいたじいさまにとって、雑事は全て他人に任せるもので、じいさまが労することではなかった。そう思っていたのだ。
事実、それでうまく回っていたようだ。生まれたころは親が、学校では取り巻きが、軍では副官が、家では妻が、妻が死んでからは秘書が、全てフォローしていたようだ。それでよかったのだ。ただ一つ、愛人とその子どもを除いて。唯に言われ、ようやく気付けたのだ。唯に教育を施したのも、唯のためになるからだと思ったからのようだ。
じいさまは謝らなかった。立場上、そんなことはできなかった。
ただ、唯は貴族の高校ではなく、今の高校に入学した。それまで受けていた教育も、唯の希望により内容が改められた。頻度は少なくなり、政治や謀略はごくたまになった。代わりに武術と、自由に本を読む時間が増えた。
そして、時折二人とそれぞれのパートナーだけで話すようになった。といっても、お互い何を話せばいいのか、相手が何を望んでいるのかわからず、談笑になっていなかったが、なんとか会話はしていた。
今の唯は、対外的にはかなりややこしい話にしているらしい。同時期にあった、もう一人の後継者の死亡も重なったことも事態を複雑化させた。少なくとも、唯が望んで今の学校にいることは、貴族関係者にはほとんど知られていない。
継承権を私からはく奪することも考えたが、しなかったようだ。直接言いこそしなかったが、私には才能があると教育を受け持った人達が認めており、彼等の反対があるようだ。それにじいさま自身も、私に継いでほしいと思っていると、自身のエゴだと認めながら話した。将来、私の選択肢として残しておきたいという思いもあるようだ。
雨竜の件もまだ聞けていないが、おそらく何らかの政治的取引と、雨竜の人柄を考慮してのものだろう。それもじいさまが倒れて、狂ってしまっているようだが。
じいさまが倒れたと聞いたとき、思いのほかショックだった。今ではだいぶ持ち直したようだが、以前の覇気はなくなってしまっているようだ。周りの反対に負け、唯との面会も果たせないでいる。唯に好意的な人達も、自分の仕事に忙しく、なかなか動けないようだ。
会えなくてさみしく思うときもあったが、生きているならそれでよかった。またいつか会えるし、一人ではない。キヨモリもいる。
そうしてゆっくりと過ごしていたが、序々に空虚になっていっていたころ、みゆきと歩に出会った。
幸せだった。幼竜殺しの事件で、キヨモリの翼を失ったりもしたが、それでも幸福だった。担任が幼竜殺しだったことも、藤原の謀略も、どうでもよかった。キヨモリもそう感じていたようだ。友だちができたのだ。
最近になって慎一も増えた。初めは竜使いに媚売る輩かと思い、自分だけでなくみゆきや歩のためにも警戒していたが、それもないようだ。楽しかった。
これから更に増えるよ、とみゆきは言ってくれた。実は模擬戦以前に、少し話しをした人達がいた。内容は取るに足らない雑談だった。ただのクラスメイト同士がするような、他愛のない世間話だった。みゆき曰く、最近の険呑とした雰囲気になる前には、私と話してみたいけど、勇気が出ないといった人達がいたらしい。打算抜きの純粋な興味で。それもいじめの対象となりかけた空気の中では、なかなか二の足を踏めずにいたらしいが、それでもほんの少しだけ、声をかけてくれた人もいた。それも空気が一変した今なら、容易くなる。
しかし。
私は自分の都合にみんなを巻き込んでしまった。
もう潮時なのかもしれない。