悪食蜘蛛の討伐にあたり、まず依頼者のいる村に向かった。
村は外地に近い、国の端のほうにあたるところにあった。特産品はキノコと炭用の木々、そして石油で、多くの人達が農業をしている、ほそぼそとした村のようだ。
そこへは今回もバックアップを担当してもらうことになった、慎一の両親が経営するギルド、岡田屋の牛車で移動することになった。岡田屋の面子は慎一の両親と四、五人いて、どれも二十代位の若い青年達だった。
そして当日。
半日かけてようやく村に着いた。小振りな一軒家位の大きさの村の集会所に行くと、事前に通達していたおかげで、既に村の主な人々は揃っていたが、揃いの戦闘服を身に纏った歩達を見ての村の住人達の反応は意外なものだった。
彼らにはギルド連合で見た女性のようなせっぱつまった様子がなかった。
「悪食蜘蛛の討伐に来たのですが、依頼されましたよね?」
慎一がそう尋ねると、応対してきた、細い枯れ木のような中年男性の村長はあっさりと答えた。
「はい、そうです。ありがとうございます」
柔和に言いきられ、歩が困惑していると、その様子を不審に思ったのか、村長が尋ね返してきた。
「それで、なにか問題があるのですか?」
「あ、竜だ」
子どもの声だ。
声のほうを見ると、そこには小学校低学年位の子ども達がたくさんいて、目を輝かせていた。視線の先を辿ると、牛車から降りるキヨモリがいた。
その中の一人が村長の顔を、なにか期待しているような目でじっと見てきた。
「あの話しの途中ですが、この子たちがあの立派な竜に興味があるみたいで、少し、あの」
「いいですよ」
唯がそう答えた途端、喜びの声を上げながら、子ども達がキヨモリに殺到した。
「すげー」「本物だ」「かっけー」「かてえ」「あんまり獣臭くないね」「……思ったよりあったかい」など、思い思いの感想を漏らしながら、キヨモリをぺたぺたと触っている。キヨモリは困惑しているようだったが、少し離れたところに移動し、されるがままになった。
ほほえましいその光景に、歩は一層違和感を覚えた。
あの女性は、なんだったのだろうか。
唯が率直に尋ねた。
「私達は以前、この依頼を必死になって訴える女性をみたことがあったのですが、彼女に心当たりはありますか?」
女性の容姿を言うと、村長は唸った。心当たりはないようだ。
「そもそも、うちはそれほど困ってはいませんから。もともと外地が近い関係もあって、深いところまでは行きませんし」
「危ないんですか?」
「いえ、やっぱり気味が悪いじゃないですか」
そこまで言うと、村長は口の形を『あっ』という形にした後、口ごもった。今からその気味の悪い場所に行く、歩達に向かって言うことではない、と思ったのだろう。
もじもじとし始めた村長に、みゆきが言った。
「それで心当たりはありませんか? 他の方にも聞いてくださると、助かります」
それで呪縛が解かれたのか、村長は周りにいた人達に声をかけ始めた。
「なんか心当たりあるか?」
「おまえんとこの、娘はどうだ?」
「妊娠中だぞ? ない」
「外れのやつら、どうです?」
ほとんどの人が白髪交じりの老人たちばかりだったが、その中にいたおじさんとお兄さんの中間くらいの人が問いかけるように言った。
「たしかに、やつらならあり得るな」
「やつらってどなたです?」
村長はあっけらかんと言い放った。
「この村から少し離れたところにある、森の中に住んでいる連中です。やつらは代々山の中にある臭水をとって、売っている連中なんです」
「くそうず?」
オウム返しをしたのは慎一だった。
「臭い水と書いて、臭水と呼びます。一般には石油って呼ばれますね」
そういえば、村の特産品に石油があったような覚えがある。
「その中に、おっしゃられた女性がいるかもしれません。よかったら案内しましょうか?」
「お願いしていいですか?」
村長は、こちらこそ喜んで、と答えた。
案内人は、最初に『やつら』と言いだした、若めの男の人が仰せつかった。村長が迷わず指名したあたりに、村社会のピラミッドが見えた気がした。
歩達は、村に拠点を作り出した岡田屋の面々を残し、学生と教師だけで向かった。
序々に細く、荒れ果てて行く道の中、案内人と談笑していく中、慎一が言った。
「それでやつらって、なんか嫌ってるみたいな言い方ですけど、なにかあるんですか?」
案内人は眉間にしわを寄せ笑いながら、愚痴を言うように口をすぼめた。
「やつら、臭うんですよ。石油の匂いぷんぷんさせて。それと以前、運んでいる最中に石油の入ったタンクを落としてしまって、川に石油を流したことがあるんです。川の魚は死ぬわ、農業用水としては使えなくなるわ、大変でした。国に頼んでなんとかしてもらったことはしてもらったんですが、それまでの間に、かなりの損失出してしまいましたから、きっちり保証はさせたんですが、それでもこっちとしちゃ納まらないですよね」
「なるほど」
「あ、もう着きますよ」
匂いがしだした。石油の鼻につく匂いだ。
さらに進んでいくと、山小屋が見えてきた。かなりの大きさだ。脇には大きなドラム管があり、奥にはそれを運ぶ巨大なリアカーが見えた。おそらく『やつら』のパートナーが引くのだろう。
「おーい、客だぞ!」
案内人のおじさんがそう叫ぶと、おそるおそると言った感じで、入口のドアが開けられた。そこから出てきた顔が、すぐにはっと息を呑んだ、歩もあ、と漏らした。あの女性だった。
数瞬置いた後、女性はぱっと出てきて、唯にすがりついた。
「助けてください!」
「落ち着いてください」
唯が声をかけたが、女性は変わらなかった。必死の形相で訴えかけてくる。
「お願いします! はやくやつらを!」
「落ち着けおめえ」
案内人に怒鳴られると、女性はようやく離れた。
そのまま自分が進めたほうがいいと思ったのか、案内人が話を進めてくれた。
「んで、なんでおめえはそんな必死なんだ?」
どこか他人事のような物言いだった。女性は再び燃え上がった。
「言ったじゃないですか! 私達にとっては死活問題なんです!」
「死活問題?」
女性は視線を唯に戻し、懇願するような目で続けた。
「私達は石油をとって生活しています。代々の家業です。ですが長いことやっていたせいで、近場が取りつくしてしまって、もう奥にしかないんです。なのに悪食蜘蛛が現れて、行けなくなって。収入が途絶えてるんです」
「ならもうやめて、普通に畑やら田やらやればええでないか。おまえら長年溜めこんだ金で、ぎょうさん土地もっとろうに。いくらでもやりようがあろうに」
案内人の口調に訛りが入ってきはじめた。気が抜けてきたのと、『やつら』への不満が募ってきたからだ。
「私達にはこれしかないんです。山の分け入り方、石油の見つけ方、組み上げるやり方、運搬方法、一杯積み重ねてきました。代々培ってきたその技術を、伝統を捨て去るなんて、できません」
「何がだ。金になる仕事ができなくなるのが、嫌なだけだろ」
「お金になるんですか?」
石油の使用は、一般には薄い。機械型の運用や、発電所、一部の暖房器具、しか歩は用途を知らない。精錬すると、プラスチックなどもできるらしいが、一般には出回らない。
尋ねた慎一に、案内人のおじさんが口先を尖らせて答えた。
「あんま馴染みはねえけど、値段は馬鹿みたいに高けえんだ。需要が高いとからしく」
なんとなくやつら呼ばわりの理由がわかった気がした。妬みだ。それに先程の流出事件が重なった結果、いまの扱いになっているのだろう。
歩達は村に帰った。うやむやとしたものは残ったが、受けた依頼をほっぽりだすことはできない。
「困ってることは本当ですし」
案内人に依頼をやめてもいいんですよ、と言われた唯はそう返した。
甘いやつらだ、とはアーサーの弁。