七つの色が歩達をほのかに照らしていた。
七色の火花が弾け、綺麗な円を作っていた。緑ががった黄色の光が、唯の満面の笑みを浮かび上がらせている。その隣で巨躯を窮屈そうに縮めつつも、両手と口に薄緑の花火を持ち、リラックスした表情のキヨモリ。そっくりな一人と一体はそれぞれ赤青二色に照らされ、優しげな表情を淡く色づいていた。
しかし線香花火の命は短い。夜風にゆらされ、ぼつん、と火のしずくが落ちて、途端に薄暗闇の世界に戻された。
これが最後の花火だ。
「終わっちゃったね」
「そうだねー」
祭りの後、といった感じだ。花火はカバン一杯にあったが、夢中になっていたせいで、一瞬で終わった気がした。まだまだ物足りないが、もうないのだから仕方がない。
戻ろうか、と歩が言おうとしたが、先に唯の声が響いた。
「そうだ! 私、買ってくるよ! キヨモリでひとっ飛びだし! 駄菓子屋ならまだ空いてるよね?」
確かにいつも世話になっている駄菓子屋なら、二十四時間だし、花火も置いてある。
だが、時間はもう夜中で、人通りはほとんどないだろう。そこに唯とキヨモリを行かせるのは流石にできない。実感は余りないが、自分達は幼竜殺しに狙われている。
それがわかっているのはみゆきも同じようで、口を開いた。
「もう時間遅いからやめよう。行くとしても、私とイレイネが行くよ」
夜中に女子学生が出歩くのはいいことではないが、まだ唯達が行くよりはマシだ。みゆき自身、少し物足りなく思っているのかもしれない。
しかし唯は少し困ったような笑みを浮かべながら、言った。
「大丈夫だよ。この位大丈夫だって。ちょっと飛んでくるだけだから」
「それでも、危ないでしょ?」
「それに実際会っても、私とキヨモリなら負けないよ。歩とアーサーには負けちゃったけど、これまで一度だって負けたことなかったんだから」
さすがに止めようと、歩は口を開こうとしたが、止めた。
唯の瞳が少し潤んでいるのが見えたからだ。
歩とみゆきが何も言えないでいると、唯が照れくさそうに言った。
「それにさ、楽しいんだ。本当に。私はご飯作る時も何もしてなかったし、ただ食べて、遊んだだけじゃん。参加したいんだ、私も」
唯の声は震えていた。内心を吐露したせいだろう。それだけに、唯の言葉には真に迫ったものがあった。心からの言葉であることは明白で、歩は何も言えなくなってしまった。
沈黙が続いた後、みゆきが口を開いた。
「でも危ないよ。私が行くよ。また次のときがあるよ」
「ごめん、みゆき。行きたいんだ。このままだと私はお客さんで終わっちゃう。私も何かしたいんだ」
歩と同じ心境だったろうが、それでも覚悟を決めて止めようとしたみゆきも、それを聞いて黙ってしまった。
冷たい風が吹きすさぶ中、みゆきと歩をすっと見た後、唯は言った。
「じゃあ、行ってくるよ! キヨモリ! 行くよ!」
その場の空気を理解できなかったのか、きょとんとしていたキヨモリだったが、唯がざっと飛び乗のると、ぱっと翼を広げた。そのまま空に飛び上がり、二人の影はまたたく間に遠くなっていった。
「唯! 気をつけて!」
「危ないと思ったら、すぐに引き返してね!」
歩とみゆきの声が聞こえたかはわからなかった。
残された歩とみゆきはしばらくその場でじっとしていた。途中で、風を防ぐようにイレイネが身体を広げてくれたせいで、余り寒くはなかった。
みゆきが口を開いた。
「良かったのかな」
「……さあな」
「……だね」
唯が飛び立ってから、時がたつほどに後悔は積もっていく。
それからみゆきと話すこともなく、風が唸る音だけが歩の耳に響いていた。花火の焦げくさい匂いは消え去り、初春というにはまだ厳しい空気が鼻を刺激する。空を見上げると、厚い雲が漂っており、月の姿はまるで見えなかった。
五分ほどたったころ、雨竜の声が聞こえてきた。
「平とキヨモリはどうした?」
声の方に振りむく。その顔は心なしか青い。
正直に話しをすると、雨竜が片手で耳の上あたりを掻きながら言った。
「どうして止めなかったんだ!?」
「すみません」
今になってみれば、なんとか止めればよかったと思うが、出来なかった。
更に怒鳴られるかと思ったが、雨竜はそれ以上続けず、冷静な声で言った。
「とりあえず、私は追い掛ける。お前らは中に入っててくれ」
「すみません」
「いや、悪いのは私だ」
そう言うと、雨竜は室内履きのまま中庭に降りると、中を抜けて外に走っていった。
残された歩達は、待つ以外できることはない。どうか、凶報だけは届きませんように、と祈るしかなかった。