序章
水城歩は、病院の薄暗い廊下を歩いていた。
消灯時間も過ぎているため、硬質ゴムで覆われた足元を照らす光は青白い無機質なものしかなく、深夜の病院は一層怪しく見えた。ほの暗くしか照らしていないのは、蛍光兎の毛でできたフィラメントの中でも、細いものを使っているせいだろう。
蛍光兎。
間違いなく最も人類に飼われている生物だ。その毛は電気を通すと多種多様な色で光を生み出し、夜の帳を軽減してくれる。気性もおとなしく、人とうまく共存できている好例だ。ペットとしての人気も一番だ。
そうこう考えている内に、ようやく薄暗い廊下を抜けることができた。大きく開かれた戸を目の前にし、歩はほっと息をついた。
やはり、夜の病院は怖い。板張りの廊下に反響するコツコツという自分の足音すらも、歩の背筋を冷たくした。必死で色々なことを夢想して、ようやく戻ってくることができた。
どうして十二歳の誕生日にこんな思いしてんだよ、とひとりごちりながら外に出る。
外に出て向かう先は、玄関からすぐそこにある建物。学校にある物置を大きくして三つつなげたような、長方形の建物だ。オーソドックスな四角形の窓と戸が一つずつ付いており、そこから光が燦々と漏れ出している。大型の蛍光兎からとったフィラメントなのだろうが、先程までの薄暗い光とは段違いだ。
ひんやりとした寒々しい風に身を強張らせながら、早足で駆けこむ。
入った先は、手前から数えて三つ目の部屋。
「大丈夫だった? 道中ちびらなかったか? いや、ちびったから一人でトイレ行ったのか。夜の病院なんて怖くてなんぼだから、仕方がないよ。お姉さんに白状してみなさい」
「……なんとも母親らしいお優しい言葉で」
迎えて第一声は、母親のなんとも心温まる煽り文句だった。
肩にかかる位の黒髪を後ろで軽く縛っており、スーツと相まって活動的な印象を受ける。ただ顔に浮かべているにやついた笑みのせいで、多分に意地悪な印象がした。
彼女の名前は、水城類。歩の母親だ。
「っていうかお姉さんってなんだ? それを言うなら、おばさんだろ?」
「おばさんって誰のこと? ここには可愛らしい女の子が二人とクソガキしかいないんだけど」
「何が女の子だ。一児の母で三十路越えが、女の子ってどうよ」
「あら、年齢なんてのは目安に過ぎないのに、見た目でしか事を測れないなんて。お姉さん悲しいわ。そんなガキに育てた覚えはない!」
「母親が女の子とか言ってんの流すほうが子供としては悲しいわ! 言ってて悲しくなんねえのか?」
「全然。十代の子にナンパされる内は立派な女の子でしょ」
確かに類の見た目はお化けの類だ。一緒に歩いていると、類のことを知らない友人から、どうやってこんなお姉さん捕まえた云々聞かれるのが定番となっている。
だからといって母親の女の子発言は、息子にとっては違和感しかない。
「年甲斐もない。それに十代の『子』って完全にババア目線じゃねえか」
「あら、そりゃ年季が違うからね。いい年のとり方をすると、女の子といい大人の両立はできるもんよ? 覚えておきなさい、馬鹿息子」
「何いってんのかわかんねえよ、クソババア」
「あら、なんて口の悪い! 誰に似たのかしら」
「間違いなくお母様にございます」
「あの、喧嘩は……」
声のほうを向くと、そこには歩と同年代の、正真正銘の女の子がいた。
うつむきがちにこちらを覗っている彼女は、能美みゆきというらしい。昨日、類から「家族増えたから」といきなり紹介された。これから類が彼女の親代わりになるらしく、仲良くするようにと言われたのだが、それからまだ二十四時間もたっておらず、いまいち会話できていない。
ちらりとみゆきを覗った。
長い黒髪は艶やかで、怯えた様子には似つかわしくないきりっとした眉が美しい。その下の瞳は薄めの茶色なのだが、左目はどこか灰色がかって見えた。全体に華奢なつくりをしており、美少女というにふさわしい姿だと思った。会話をしてもいまいちはずまないのは、歩がどぎまぎしてしまうせいもある。
彼女はおどおどとしながらも、華奢な両手で大事そうに『卵』を抱えていた。
それが歩達が深夜の病院にいざるをえない、諸悪の根源だ。
「喧嘩じゃないよ。しつけしつけ。ごめんね、うちのガキ、しつけがなってなくて」
「親子喧嘩とも言わないか?」
「あんたが引けばいいのよ」
言い合いが再開するかと身がまえたが、みゆきがびくつきながら割って入ってきて止まった。
「あの、私、余計なことしました……?」
「全然ないよ。しつけにも飽きてきたところだから」
「そんなことないよ。むしろありがたい位だよ。ありがと」
いい加減類のことは放置して、みゆきに声をかける。
怯えるみゆきに声をかけずにはいられなかったのだが、やはり気恥ずかしさが先に来てしまう。肩を縮こまらせている彼女を見ると、どうかリラックスしてもらいたいのだが、上手く言葉をかけられなかった。悔しさばかりが募る。
「そもそも私いないほうがいいんじゃ……? 十二歳の大事な誕生日なのに」
十二歳の誕生日。生まれた時から持っていた卵が孵化する大事な日だ。今病院にいるのは、卵の孵化は指定された病院で迎えることになっているからだ。
そこから様々な姿の『パートナー』が生まれてくる。
「そんなことないよ。居てくれてうれしい」
卵の孵化は『第二の誕生』とも呼ばれるほど大事なイベントだ。それを迎える今日は確かに楽しく過ごしたい日ではあるが、別に身内だけで過ごししたいわけではない。母親との煽り合いで迎えるほうがどうかとも思う。
「こんな口の悪い息子だけど、よろしくね。それにしても誰に似たのかしらね」
相変わらずの母親にツッコミたいと思ったが、みゆきを見て思い留まる。
何かみゆきも参加できる話題はないかと考えていると、すねに何か柔らかい感触を感じた。
目線を下げると、身体をすりつけてくる白猫が見えた。甘えるような動作で、愛らしいことこの上ない。
「どうした、母さんになんかされたか?」
「ひどいな。流石の私も『パートナー』にはしないって。なあミル」
ミルと呼ばれた猫はにゃーんと鳴いた。どこか品のいい声音は、パートナーの片割れである母親とは似ても似つかない。
歩はため息をつきながら言った。
「どうしてこんな落差あるかな。片や口うるさいおばさん、片や洗練された美しい猫。『パートナー』にこんな差があるもんかね」
「それを今日あんたは知るんでしょ。さっさと済ませてくれないかね、仕事たまってるのに」
「俺にはどうしようもないんでね」
歩はちらりと視線を移した。
そこにあるのは歩の『卵』だ。なめらかな表面には傷一つない。歩が生まれた時から傍に置いていた割に、まるで傷ついていないのはいつ見ても不思議だ。
この卵からどんなパートナーが生まれてくるのか。
「早く生まれないかな。この際なんでもいいから」
「あら、竜がいいとか昔は騒いでたもんなのに。今日、夢で見たんだ! 僕、竜の背に乗ってた! とかさ」
「何年前の話してんだよ」
小さい頃の話を持ち出すあたり、やはりクソババア。竜に憧れるなんて、この世界に住んでるやつなら皆そうだろう。
「もうキメラ以外ならなんでもいいや」
「不埒なやつめ。フラグになっちゃうぞ?」
「俺、迷信とか興味ないんで」
「迷信を迷信と断じちゃうなんて、まだまだ子供だね~」
「あ、あの」
みゆきが話に入ってきた。こころなしか先ほどよりも顔色が青ざめている気がする。
「キメラって、その、どんなのなんですか?」
ようやく話ができそうだ。歩は慌てつつ、表面上はおだやかに取り繕って言った。
「色んなのが混じった感じ。一般的なのは頭が獅子で胴はヤギ、尾は蛇とかかな。聞いたことない?」
「は、はい。そ、それで何か悪いことがあるんですか?」
こころなしか青ざめた
すこしためらってはいたが、パートナーに関しての興味は躊躇に勝るようだ。
類が内心嬉しく思いながら答える。
「生まれる前から色々考えるのも、まあ不埒なことなんだけどね。キメラは特殊だから」
「どんなですか?」
「他の人の『パートナー』を食べて、その能力を手に入れられる、っていう能力。いわば同族殺し」
「……なるほど」
青ざめていた顔が一層青くなっているように見えた。嫌な想像が頭の中を駆け巡っているのだろう。
慌てて歩は補足する。
「まあ実際誰も見たことはないけどね。おとぎ話の類だよ」
勇気を出して、みゆきにすっと近寄ってみる。
みゆきは一瞬身体を強張らせたが、歩から身体を遠ざけるようなことはしなかった。
歩は明確に拒否されなかったことに安堵しつつ、みゆきの卵に視線をあわせて言った。
「どう? 生まれそう?」
「あ、いや、わかんない……」
そりゃそうだ、自分も全く分からないのに。
自分の質問があまりにも馬鹿らしかったことに気付き苦笑しながらも、再度会話を続ける。
「そりゃそうだね。馬鹿な質問だったよね」
「いえ、その……」
「じゃあさ、どんなパートナーがいい?」
「えっと、その。生まれてきてくれればなんでも……あ、でも、やっぱり、その、キメラは。って、あ……」
「そんな気にしなくていいよ。母さんの言うことなんてさ」
「あらひどい言い草」
母親のフラグ発言を思い出してか、みゆきは黙り込んでしまった。
母親の言を無視して、歩は必死に言葉を探す。こういうことは苦手なのだが、怯えるみゆきを見てられない。
必死に頭に血を巡らせ、なんとか絞り出した。
「パートナーって、どんななのかな」
出てきたのは余りに抽象的で、場を盛り上げるには向いていない質問だった。
「なんか、こうやって一日がかりで待ちかまえて、人生を左右しちゃう存在ってさ。人の方もいろんな影響受けて、変わっちゃうし。『人は二度生まれる』って格言もあるくらいだけど、不思議な存在だよね」
みゆきは黙り込んだままだ。歩がいきなり語りだしたのだから当然だろう。どうも上手くいかない。
それでも歩はなんとか言葉を紡いでいった。
「でも、生まれるならやっぱ竜だよね。かっこいいし、強いし、その後の人生も順風満帆だし。みゆきさんはどう?」
いきなりの質問に戸惑ったようで、なかなか返答はなかったが、少ししてしぼりだしたようなかぼそい声で答えてきた。
「私は、なんでも……」
「キメラでも?」
「……それはちょっと」
「ごめん、ちょっと意地悪だったね」
歩が渇いた笑いをすると、みゆきもほんのすこしながら微笑んできた。
「え、と、歩……君は?」
「竜かな。まあ、一番っていうと竜じゃん。現実的な意味でも」
強さ、カッコよさ。それらに加えて、竜をパートナーとしたもの――俗にいう竜使いは、社会的地位を約束される。その地位は貴族と呼ばれるほど高く、安定している。俗に、竜は宝くじ一等よりも価値がある、といわれるが、それは金銭的なものでも根拠があった。
みゆきの声から少しだけ緊張が解けていっていた。歩のはしゃぐ様子が功を奏したのかはわからないが、内心ほっとしていると、小さく硬質な音が聞こえてきた。
「あっ」
みゆきの視線が、彼女の手のひらの卵に向かった。
歩もそちらに視線をやると、卵がぴくりと動くのが見えた。
「時間ね」
すぐに卵の表面にヒビが入った。時折揺れ、そのたびにヒビがひろがってゆく。
類が彼女に近寄って声をかける。
「そのまま焦らず待って。ゆっくり出てくるから、何もしなくていいよ」
みゆきはこくりと頷くと、それから微動だにしなくなった。
そんな彼女とは対照的に、卵は少しずつ動いてはヒビを広げていく。ヒビが入るたびに、小気味良い音を立てながら細かな破片がこぼれていく。
教室の中にいる人間は固唾を呑んで見守っていた。歩も、類も、みゆきも全く口を開かず、ただ小さな響く音だけが部屋を満たしていく。
一分とかからずヒビが卵全体にまんべんなく行き渡ったところで、急にヒビから淡い光が漏れ始めた。
それが合図だったように、一気に卵が崩れた。
「っ」
反射的に光を手で遮ったが、遅かったようで、目がくらんでしまった。
視界が戻ったのは数秒後。まだ少しかすむ目を凝らして卵のあったところに目をやった。
そこにはもう卵はなかった。残骸もない。
代わりにいたのは、『パートナー』だ。
「精霊系かな? 綺麗なパートナーだね~」
類が声をかけるが、みゆきは驚きに目を見開きながらただじっとパートナーを見つめている。
パートナーは、重力を失った水のような姿だった。手のひらの上で漂うように鎮座している。無色透明で不純物が一切なく、奥が綺麗に透けて見える。掌の上で踊るように形を変えていくのが、幻想的で美しい。
生まれたばかりのパートナーは少しずつ動き始めた。最初はぐにょぐにょと、身じろぎをするように。その動きは序々に規則的になり、同時に形が定まり始める。
まず机の上にこぼした水のような不定形から、ゆっくりと太い棒状に伸びていった。そこから更に四本の棒が飛び出し、上部にくびれができる。変化は加速度的に起こり、動きも確かなものとなっていくのがわかった。ところどころ膨れたり、細くなっていったりしていくころになると、ようやく全体形が見えてきた。
それは人型だった。輪郭はまだあやふやに変化していたが、それは間違いなく人間状だった。のっぺらぼうだった頭と思しきところからも、見る見る内に髪が伸び、横から気泡とともに耳状のものがぽこんと浮きあがる。
最後に顔ができてきた。鼻が伸び、口がへこみ、瞳のない目ができる。その顔は、どことなくみゆきに似ていた。
歩は綺麗なパートナーだと思った。みゆきに似た造詣も、まじりけない透明な質感も、ただただ綺麗だ。
顔が先程と真逆に赤らんでいるみゆきに、類が言った。
「いい感じのパートナーだね、おめでとう。そしてハッピーバースデイ」
「ありがとうございます」
みゆきは頬を上気させていた。類への感謝の言葉も、いつもよりこころなしか感情がこもっているように見える。
その様子をみて、歩はふと自分の卵に視線を向けた。部屋の中央に置かれた机の上に、ぽつんと置かれた鶏のものより少し大きな卵。自分の脳みそが完成する前の段階から手に掴んでいた代物。
歩はなんとなく近付いていき、卵を手の上に乗せた。これまで二十時間近くじっと待っていたためか、いつの間にか存外に扱っていた自分が恥ずかしくなってきた。
顔の近くまで持ち上げてから、卵の表面を軽く指で撫でる。一切ヒビはなく、中から返ってくる反応もなかった。
反応の無さに少し落胆して卵への注意が薄くなった瞬間、目の端に母親の顔が映った。母親がにやにやしているのを見て、顔が熱くなった。
「現金だな~ みゆきちゃんのが孵る姿見て、急に愛おしくなったって感じかな? いや~見え見えすぎてお姉さん恥ずかしくなっちゃうわ~」
頬が急激に熱くなっていくのがわかる。
「うるせえよ、だれがお姉さんだ。三十も半ばを過ぎたおばさんが何言ってんだよ」
「残念ながら見た目若いからさ」
「あら、生まれましたか?」
そう言い、入ってきたのは、見知らぬ若い女性だった。白衣を着ており、おそらく病院の人だろう。
「はい、おかげさまで」
「それなら、書類に記入していただいていいですか?」
類が近付いて行き、なにやら書類を受け取った
その時。
手のひらに、振動が伝わってきた。
離しかけていた手を戻し、両手で抱える。
「どした? 始まった?」
母親の言葉もどこか遠くに聞こえた。
こつこつと殻が叩かれるのがわかる。些細な力だが、それは確実に殻の中から返ってきている。
「あわてんなよ」
慌てるもなにも、掌に全神経が集中していて、瞬きひとつ自由にできる気がしない。
中から伝わってくる力は序々に力強くなっていき、卵を揺らし始めた。
ぴしりとヒビが入る。
入った亀裂は大きなものだった。一気に卵を両断するような、そんな大きさだ。
続くひと揺れで、卵の表面が斑状と化した。
歩は激しく狼狽した。先ほどのみゆきの時とはまるで違う。何か不穏なことが起こっているのだろうか。自分が放置していた天罰だろうか。
類がなだめてくれているのはわかるが、よく聞こえない。目の前の異変ともとれる光景に、ただ動揺するしかできなかった。
卵の変化はなおも加速していく。
先程の廊下で見た光よりもかぼそい光が点ったと思った次の瞬間には、光が膨張した。
狼狽は自律神経にまで伝わっていたのか、まぶたの反応が遅れてもろに目に光を浴びてしまった。目を焼かれるような痛みに、喉から形容しがたい音が漏れた。
痛みが少しおさまったころ、まぶた越しに光がやんだのがわかったが、すぐには目を開けられなかった。
生殺しに近い状態では、いやな予感ばかりが先に立つ。どうして自分の場合は早かったのか。もしかして、キメラだろうか? 自分が卵を放置していたのが悪かったのだろうか?
十秒程度たったころ、なんとか瞼をこじ開けた。
心臓の音を肌で感じながらの視界は白濁しており、目の前にいるはずのパートナーの姿があやふやにしか写らない。更に続く生殺しにいらだちを覚えた。
その間に思考はどんどんマイナス方向に向かう。反応がないが、類やみゆきも見えないのだろうか? もしかして見えているのに生まれたパートナーを見て声を出せないでいるのだろうか。もしかして、本当にキメラなのか。
視界はなかなか戻らないが、怖くて周りに聞くこともできない。
ただただ焦燥感だけが増していく。
視界がようやく像を結び始めたころ、声が聞こえてきた。
渋く、深い、威厳のある声だ。
「視界が戻らぬか」
その発言の後、すっと視界の靄が消えていった。急激に目の焦点が結び始める。
「我が生まれたことで貴公の身体は進化し始めた。視界の回復も速くなろう」
大雑把な輪郭が見え始めた。尖った口、やや前傾姿勢ながら二つの足で手のひらに立っているようだ。身体にしては大きな足に、一転してちょこんと前に出る形の小さな腕。
そして……翼。
ばさりという音とともに手のひらの感触が消え失せ、代わりに軽く風が流れてきた。
風の起こる場所がだんだん上昇していく。
歩の顔位まで上がったところで、歩の視界は完全に戻っていた。
「竜……」
みゆきのつぶやきが聞こえてきた。
続くのは、先程の渋い声。
「その少女の言うとおりである。竜の中の竜、そして貴公のパートナーである」
竜! それも、言語を解するインテリジェンスドラゴン! 人語を自在に操り、竜の中でも最も格式の高い存在。人語をしゃべることのできるパートナーなど、竜以外のものも含めても、インテリジェンスドラゴンだけだ。
一角獣のような額の上から真っ直ぐ伸びた角の下に、大きな目があった。
透き通るようでいて深みのある緑の瞳と、黒真珠のような艶のある体が競うように強調し合い、それでいて協調のとれた姿だ。
翼をはためかせ、空中で静止しているその姿は、卵のときとさほど変わらない大きさだが、雰囲気を持っていた。
『強者』の持つ、絶対的なまでのオーラ。
竜が言った。
「貴公と命を共にし、生を分かち合い、力を高め合う。我がこの世に誕生したこの瞬間、貴公との契約が成立した」
歩の喉が鳴った。
竜、それもインテリジェンスドラゴン。
余りにも予想外な僥倖に何も言えないでいると、竜の雰囲気が柔らかいものに変わった。
続いて響いてきた声も、幾分砕けたものだった。
「ハッピーバースデイ」
歩の頬が咄嗟に歪んだ。現れたのは、すこしばかり意地のわるい笑顔だったように思う。
「ハッピーバースデイ、パートナー」