「う~ん、おいし~♪」
そんな満足気な、上機嫌な少女の声が辺りに響き渡る。それはようこ。ようこは自らの前に運ばれてきたチョコレートケーキを次々に口の中に放り込んでいく。まるでスナック菓子を食べるかのような勢い。ようこはおもちゃを手にした子供のように至福の表情を見せながら一心不乱にチョコレートケーキを平らげて行く。放っておけばいくらでも食べてしまうのではないかと思ってしまうほどの光景がそこにはあった。
「ほんとによく食うよな……そんなにチョコレートケーキが好きなのか?」
「当たり前でしょ!? こんなにおいしいんだもん! ケイタも食べる?」
ようこはそのまま自らの前に置かれているチョコレートケーキをフォークで切り取り、そのまま啓太に向かって差し出してくる。いわゆるあーん、という奴だ。啓太はそんなようこの姿に圧倒されながらも呆れるしかない。その顔はどこか引きつっている。だが無理のない話。子供のようにチョコレートケーキに夢中になっているようこもだが、それ以上にそのせいで自分達に集まっている視線の方が啓太にとっては居心地が悪くなっている原因だった。
今、啓太とようこは街にあるファミレスにいる。今日、啓太ははけからの久々の依頼を受け、それを解決するために出かけてきた。死神の呪いが解けたとはいえまだまだ家の財政事情は火の車。加えてまだ一時的とはいえようこという新しい住人も増えたこともあり、渡りに船の依頼。いつもなら啓太一人で請け負うのだが、今、啓太にはようこという新しい犬神(見習い)がいること、そして何よりもようこ自身が自信満々にやる気を見せながら手伝うと騒ぐため、啓太はようこと共に依頼を行い、その帰りに(主にようこの希望によって)街に寄ることになったのだった。
「いや……俺はいい。お前もそんなに食ってると太るぞ」
「うっ……啓太のいじわる! ちゃんと運動してるし、今はいらいの後だからいいの!」
「あっそ……」
太る、という啓太の言葉に一瞬怯むような表情を見せるも、ようこはどこか必死さを見せる形相でそれに反論する。口調とは裏腹にその目は笑っていない。乙女の尊厳を汚されたが故の怒りがそこには秘められていた。この話題に触れれば燃やされかねないと悟るには十分すぎる物。そのことを本能で悟った啓太は内心冷や汗を流しながらも自らの発言をなかったことにし、そのまま自分が注文したコーヒーを飲み始める。どこか非難めいた視線を、ジト目を向けながらもようこはそのまま再びチョコレートケーキに夢中になってしまう。本当にともはねの相手をしているのではないかと思えるような騒がしさだった。
まったく……ほんとに世話が焼ける奴だな……まあそんなことは出会った時から分かり切ったことではあるのだが如何せんそれにずっと付き合わされるこっちの身にもなってほしい。しっかしこいつ、ほんとにチョコレートケーキが好きなんだな。見てるだけでこっちも腹いっぱいになりそうな食べっぷり、喜びっぷりだ。でもなんでこいつ、チョコレートケーキなんて知ってんだ? 山の中にずっといたんだからケーキなんて食う機会あんまなさそうなもんだけど……前に聞いた時もなぜかはぐらかされたし。あれだ、なんかなでしこが俺の犬神になってくれた理由を教えてくれない時と似たような雰囲気があった。きっと不用意に聞いちゃやばいことなのだろう……俺の危機察知アビリティもそう告げている!
まあそれはともかく、今日は初めてようこ一緒に依頼を行った。そういえばそういう流れになることをすっかり忘れていた。犬神って本来そういう存在だった。なでしことずっと一緒に生活してたからそんな当たり前のことを失念してしまってた。きっとはけもそれを考えて依頼を持ってきたんだろう。ようこはやる気満々、今にも飛び出して行きかねない勢い。それを何とか宥めながらも俺はそのまま依頼へと向かった。その際になでしこと視線が合い、少しどうするべきか悩んだものの、そのまま俺は目くばせをした後そのまま留守をなでしこに任せた。
それは俺となでしこのルール、いや暗黙の了解と言ってもいいもの。依頼、仕事は俺が、そして家のことはなでしこが行うという今の価値観で言えば古臭い関係。だがそれがこの四年間ずっと続いてきた俺となでしこの生活。
以前はなでしこが戦えない、いや戦わないやらずであったのが大きな理由であったが、今は違う。なでしこはやらずではなくなったがそれでもその関係は変わらない。まあ俺自身の意地というか、なでしこに戦わせ、家事から何まで全部やらせたら完璧にヒモだ。一応一家の主として稼ぎぐらいは自分で……っと話が脱線したが、とにかく俺はようこと初めて依頼を行った。よく考えれば犬神使いとして戦うなんて死神の時以来。よし、ここはいっちょ犬神使いとしての実力をみせてやろう! そんな珍しくやる気を見せたのだが……
ものの数秒で依頼は終わってしまった。ようこたった一人で。俺が何もすることなく。
今回の依頼は蛇女と呼ばれる女の怨念が形になった魍魎を退治すること。蛇女は魍魎の中でもかなり厄介な部類に当たる相手。だがそんな蛇女をようこはしゅくちで翻弄し、じゃえんで一気に薙ぎ払ってしまった。息一つ乱すことなく。傷一つ負わずに。まさに規格外の強さ。以前の森の中での勝負で分かった気になっていたがそれでもここまで圧倒的だとは。間違いなく実力で言えばはけレベル。それが自らの犬神であることの意味を改めて俺は認識した。同時に気づく。そう、自らの祖母である宗家や、薫はこんな恵まれた環境の中で依頼をこなしていたのだと。
ち、ちくしょう……まさかこんなに差があったとは……こっちが汗水たらして全裸を晒して必死に依頼をこなしているというのに……! もっと早くそれに気づいていれば……い、いや、決してなでしこに文句が、不満があるわけではないのだがそれでもここまで差があると驚きを通り越して笑いしか出てこない。あれ? でも俺、何もやってなくね? せめて指揮位する気だったのにその間もなかったんですけど……
啓太は大きな溜息を吐きながらテーブルに突っ伏す。そこには疲れ切ったサラリーマンの様な哀愁があった。だが啓太は今回の依頼では何もしていない。体力も使っていない。なのに何故そんな姿をみせているのか。それは
「どうしたの、ケイタ? もしかしてまださっきのこと気にしてるの?」
「あったり前だろうがっ!? もう少しで捕まるところだったんだぞっ!?」
紛れもなく、目の前にいるまるで他人事のような態度を見せているようこの仕業によるものだった。
「え~? だってケイタが悪いんだよ? せっかく手伝ったのに全然見てくれなかったじゃない?」
「だからってしゅくちで全裸にする必要がどこにあるんだよっ!?」
「おしおきだよ。犬神はちゃんとしつけをしないといけないんでしょ?」
「それじゃ立場が逆だろうがっ!? 俺が、お前の躾をするんだよ!」
「も~、どっちでもいいでしょ? それにわたし、りゅーちじょーってところに行ってみたかったの! はけから聞いたよ。ケイタ、よく裸になってそこに行ってるんでしょ?」
「ふっ、ふざけんなあああっ!? 行きたいなら自分で行けっ! 俺を巻き込むんじゃねええっ!?」
啓太は身を乗り出しながらようこに食って掛かるがようこはまるで自分は悪くないと言わんばかりに頬を膨らませたまま。ようこは依頼を済ませた後、蛇女を倒した後、すぐに啓太に褒めてもらおうと上機嫌に近づいて行った。だが肝心の啓太はそんなようこに気づくことなくきょろきょろとまるで不審者のように、挙動不審な動きを見せているだけ。何度も声をかけても反応がない。それは啓太が見えない力を警戒しているが故の行動。啓太にとって依頼とは全裸になるかどうかの戦いでもある。もはやそれ自体に疑問の余地はない。だからこそこんなに簡単に依頼が終わってしまった以上、その分反動が来るのではないか。そんな不安と恐怖によって啓太は挙動不審に周りを警戒していたのだった。だがそんなことなど知る由もないようこはそのままいつまでたっても自分の相手をしてくれない啓太に向かってお仕置きを実行する。
しゅくちによる全裸という、ある意味お約束とも言えるお仕置きを。
啓太はそのまま結局、ようこが満足するまで全裸で衆目の元に晒され、警官と鬼ごっこを演じることになったのだった……(結果は啓太の逃げ切り、現在二勝十八敗)
く、くそう……やっぱこうなっちまうのか……俺は全裸になる運命からは逃れられないのか!? しかもこれからはようこのしゅくち、じゃえんというまさに俺を裸にするためといっても過言ではないような力がある。今まで以上に全裸を晒す危険性が上がっちまったんじゃ……い、嫌だ!? なでしこだけでなく、ようこも一緒に留置場に迎えに来てもらうなんて……どんな羞恥プレイだっつーの!? な、何とかしなければ……
「ねえねえ、ケイタ! わたし、ちゃんと役に立ったでしょ? 犬神らしくしてたでしょ?」
「ま、まあな……助かったぜ……」
そんなことを考えているうちに、ようこがまるで初めてお使いをしてきた子供のように目を輝かせながら、興奮しながら詰め寄って来る。思わずその勢いで後ろにのけぞってしまうほど。
「ふふっ、わたし、強さにはちょっと自信があるの! 今までケイタ、ずっと一人でいらいしてたんでしょ? これからはわたしが手伝ってあげる!」
「そ、そうか……」
まるで勝ち誇ったかのように胸を張りながらようこは高らかに宣言する。どこか自信に満ちた表情で、態度で。そんなようこの姿に啓太は圧倒されっぱなしだった。
な、なんでこいつ、こんなにやる気になってるんだ? 確かに犬神として初めて役にたった訳だから分からないでもないが……あ。
啓太は瞬間、ようやく気づく。ようこがここまで自信満々に、上機嫌になっている理由。
(そういえばこいつ……なでしこがやらずじゃなくなってんの知らねえのか……!)
それはやらずであるなでしこの代わりに自分がその役割を独占できると思っているから。なでしこに対する優越感があるからだということ。その事実に啓太の背中に嫌な汗が滲み始める。ようこは勘違いしている。なでしこがやらずであるから啓太が一人で依頼をしているのだと。確かに一か月前まではそうだったが今は違う。啓太が頼めばなでしこは既に犬神として戦うこともできる。しかもその力は天に返した力がなくともはけやようこと互角、いやそれ以上。だがそれを今のようこに告げることもできない。新たに踏んではいけない地雷が増えたようなもの。だがいい加減それも限界に近付きつつあるような気がする。というかいつまでも誤魔化すことができるはずもない。この件もだが、それ以上に自分となでしこの関係。それを伝えなくてはいけない。もう期限の一週間の内、五日が過ぎている。もう時間は残されていない。いろんな意味でカウントダウンが始まっている。爆発までのカウントダウンが。比喩でも何でもなくガチで。
そしてなでしことようこの関係もよくなっていない。いや、むしろ悪くなっていると言った方が良いかもしれない。特にようこの方。俺の前ではいつもどおりに接しているようだが俺がいないときはやはり険悪なままらしい。この前、薫の家に遊びに行っている間を任せていたはけから聞いたから間違いない。心なしかはけが今にも消えてしまいそうなほど疲れ切っていたような気がするがきっと気のせいだろう。心労で白髪にならないことを祈るしかない。なったら妹のせんだんのように赤毛にするのもいいかもしれないな。ほんとは他人事ではないのだが……
とにかく、そろそろ腹をくくらなければ……くそっ、男同士なら川辺で殴り合って、その後夕日を背中に互いを讃えあう、なんて展開もありうるのだがそんなことをすれば辺りが焦土になりかねんし、だいたいそんな都合よくいくわけもない。とにかく出来るだけのことはしなければ! そして後は天に任せるしかない! できれば俺が死なない方向性で……
「ねえ、ケイタ、わたし達って今、恋人みたいにも見えるのかな?」
「ぶっ!? い、いきなりなんだよ!?」
「だってこういうのって『でーと』って言うんでしょ? ねえ、わたしケイタの犬神じゃなくて恋人になってあげよっか?」
「なっ!? お、お前、何言って……」
「くすくす……ケイタってえっちなのに純情だよね♪」
「………」
「もう、そんなに拗ねないでよ、ケイタ。じゃあ今度はあそこに行ってみよう! げーむせんたーって言う所! 前行ってみたんだけど遊び方がよく分からなかったの!」
そう言いながらようこは啓太の腕を取りながらも強引に走り出す。啓太はどこか心ここに非ずと言った風にされるがまま。もはや啓太の胸中はたった一つ。
俺、死ぬしかないかも……
そんな今更の感想だけだった―――――
「う~ん……」
ようこはそんな声を漏らしながらもごそごそと部屋の中を漁っていく。まるで犬のように。もっともようこは犬ではなく狐なのだがそれは置いておいて。
「やっぱりないなー、ケイタ、えっちな本とかもってないのかなー?」
ようこはようやくあきらめたかのように溜息を吐きながらその場に座りこむ。だがその表情はどこか不機嫌そうなもの。絶対あると思っていた物がみつからないことが納得いっていないが故のものだった。
今、ようこは一人、部屋で留守番をしているところ。部屋には啓太もなでしこもいない。今日は休日ということで啓太と遊べると思っていたのだが啓太は学校へと出かけてしまった。何でも補習というものがあるらしい。休みの日まで学校に行かなければならないとは思っていなかったのでようこも駄々をこねたのだがどうにもならなかった。そんなに学校という所は楽しいところなのだろうか。今度こっそり付いて行ってみようと心に誓いながらもようこは渋々啓太を見送ることにする。あまり我儘ばかり言ってはいけない。もうすぐ期限の日が来るのだからそれまでは出来る限りいい子にしていなくては。何よりも慣れた様子で啓太を見送っているなでしこへの対抗心がほとんどだったのだが。
だがそうなると部屋にはいつものようにようことなでしこ。二人だけが残されてしまう。ようこは初日の宣言以来、啓太がいないときにはほとんどなでしことはしゃべっていなかった。何日かはなでしこの方から話しかけてきていたのだがようやくあきらめたのかここ数日はしゃべりかけてくることもなくなっていた。しかし
『あの……ようこさん、よかったら一緒に買い物に行きませんか?』
意を決したようになでしこがようこに向かって話しかけてくる。ようこはそれに一瞬驚いたような表情を見せる。まさかなでしこがまだ話しかけてくるとは全く思っていなかったから。だがようこはそのままそれを聞き流す。まるで聞こえていないかのように。なでしこはしばらくようこの返事を待っていたものの、ついにあきらめたのか落ち込んだ顔を見せながらそのまま一人で買い物へと出かけて行ってしまう。そんななでしこの姿に少し罪悪感を覚えるものの、ようこはそれに付いて行こうとはしない。あくまでもようこにとってはなでしこは恋敵、そして自分を裏切った存在。もはや意地にも近い感情だった。
そんなこんなでようこは珍しく、というか初めて部屋に一人きりになった。今まではほとんどなでしこが家にいたため、ようこはその間街で遊び、啓太が帰って来る頃に帰って来る生活だったため。ようこは改めて部屋を見渡した後、考える。それは今の自分の状況、そしてこれからのこと。
啓太との関係。これはきっと悪くない。確かに多少我儘を言ってしまってはいるがそれでも啓太は受け入れてくれている。何よりもやっぱり一緒にいて楽しい。啓太がそれをどう思っているかは分からないが、嫌われていないのは間違いない。だから問題は啓太にどうやって好かれるか、いや惚れさせるかにかかっている。もちろん、犬神としての本分も忘れてはいない。だがこの点では自分はなでしこにはないアドバンテージがある。
『やらずのなでしこ』
それがなでしこの二つ名。その名の通りなでしこは戦うことができない。オトサンとの戦い以来なでしこは自ら戦うことを禁じている。だからこそその役割を自分が独占することができる。家事ではどうやっても敵わないがその点では負けていない。破邪顕正を志している犬神にとってはむしろそちらの方が重要だろう。そういった意味ではこの時点では少なくても自分となでしこは五分五分。ならば後はいかに啓太の好みの女性になれるかにかかっている。
「む~」
ようこはそのまま両手で自らの胸を、おっぱいを何度も揉んで確かめる。その大きさを、形を。そして同時にその尻尾をスカートから現す。ふりふりとそれを振りながらも胸と同じようにそれを撫でまわし、そのまま鏡の前まで移動し、くるくると自分の容姿を確認する。その脳裏にはライバルであるなでしこの姿があった。
なでしこは美人だ。それは認めざるを得ない。美人というよりは可愛いらしいと言った方が正しいかもしれない。だがそれでも自分がそれに劣っているとは思っていない。ようこは自分の容姿が優れているという自負がある。それは自意識過剰でも慢心でもなく客観的なものとして。タイプは違うものの、なでしこにだって負けていない自信がある。
胸、おっぱいに関しても同様だ。確かに大きさという点については負けを認めざるを得ない。あの後、風呂場に一度突撃し、敵情視察を済ませたから間違いない。そこはきっちりと認めるしかない。だが自分の胸も決して小さいわけではない。むしろ大きい部類に入るはず。なでしこが規格外なだけだ。おっぱいお化けといってもいいだろう。だが形の点では自分の方が勝っているはず。なでしこに負けないようにノーブラにもした。尻尾もあっちの方が細くて綺麗だがそもそも啓太は尻尾には興味はないらしいから除外。となればやはり問題は一つ。
啓太の好みがどうであるか。その一点に尽きた。
胸が大きい方がいいのか、小さい方がいいのか。
お尻が大きい方がいいのか、小さい方がいいのか。
背が高い方がいいのか、低い方がいいのか。
スラっとした方がいいのか、ふっくらした方がいいのか。
髪が長い方がいいのか、短い方がいいのか。
それこそが一番重要な、ようこが知りたいこと。それに合わせて容姿を変えようと考えていたのだが啓太に聞いても応えてくれなかった。もっとも啓太からすればなでしこもいる状況でそんなことに応えられるはずもないのだが。(加えて容姿という点ではようこの方が好みのため)
ようこは悩んだ挙句、あることに気づく。答えてくれないなら啓太の趣味、嗜好を別の所から知ればいいのだと。そう、男が必ず持つというえっちな物からそれを調べようとようこは考えたのだった。そしてその結果がこの散らかりきった部屋の惨状。足の踏み場がないほどにぐちゃぐちゃになってしまった状況。なでしこが見れば涙目になってしまうこと間違いなしの光景だった。
「ふう」
ようこはそのまま座りこんだまま何の気なしに天井を見上げる。これだけ探しても見つからないと言うことは啓太はもしかしたらえっちな物は持っていないのかもしれない。あんなにえっちな啓太からすれば信じられないがそう考えるしかない。本人がいればえっちではないと否定するかもしれないが自分やなでしこの胸やお尻ばかり見ているのでバレバレだ。もっとも手を出さないところが純情な啓太らしいところであり、自分にとっては悩みの種なのだが。あれだけアピールしているのに一度も触ってきてくれないのは女の沽券に関わる。まあそれはなでしこも同じなのだが。
ふと、ようこは気づく。もう自分が山を出てから、啓太の犬神になってから五日が過ぎている。本当にあっという間の出来事、そして今までと比べ物にならない程楽しい日々だった。四年間、ずっと待ち続けた甲斐があると思える程の日々。なでしこという邪魔ものはいるものの、それを差し引いても楽しい時間だった。
でも、なんだろう……最近、ヘンな、おかしな感覚を、違和感を覚えることがある。この部屋にいると、いや啓太となでしこと一緒にいる時に。
何か言葉にできないような異物感のような、意味もなく不安になるような感覚。
初めてここに来た頃には全く気付かなかったのに、ここ最近はそれが強くなってきたような気がする。それが何なのか。でも心のどこかで警鐘が鳴る。それに気づいてはいけないと。気づけば取り返しのつかないことになると。無意識の自分がそう訴える。でも、でもそれを感じながらもその正体が何なのか探ろうとした時
ピンポーン
そんな大きなチャイムの音が部屋に響き渡り、ようこの意識を現実へと引き戻す。どうやら誰かが訪ねてきたらしい。だがこの部屋の主である啓太はおらず、まだいつもは留守番をしているなでしこもこの場にはいない。どうするべきか。
ピンポーン、ピンポーン!
だがそんなようこの迷いなど知ったことではないと言わんばかりにチャイムは激しさを増していく。もはや居留守を使うことなどできないほどの連打。流石にこれを無視できるほどの図太さをようこは持ち合せてはいなかった。
「ああもう、うるさいわね! 今開けるわよ!」
ようこはイライラを隠しきれないままそのまま一気にドアを開ける。このぶしつけな来客を出迎えるために。もしろくでもない奴だったらしゅくちで飛ばしてやろうと思いながら。だがその考えは一瞬で消え去ってしまう。
「「………え?」」
二人の少女の声が重なる。一人は言うまでもなくようこの声。そしてもう一人の少女。
そこにはぽかんとした表情を見せたツインテールの髪と尻尾をした犬神、ともはねの姿があった―――――