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No.31760の一覧
[0] なでしこっ! (いぬかみっ!二次創作)[闘牙王](2012/05/06 11:39)
[1] 第一話 「啓太となでしこ」 前編[闘牙王](2012/02/29 03:14)
[2] 第二話 「啓太となでしこ」 後編[闘牙王](2012/02/29 18:22)
[3] 第三話 「啓太のある夕刻」[闘牙王](2012/03/03 18:36)
[4] 第零話 「ボーイ・ミーツ・ドッグ」 前編[闘牙王](2012/03/04 08:24)
[5] 第零話 「ボーイ・ミーツ・ドッグ」 後編[闘牙王](2012/03/04 17:58)
[6] 第四話 「犬寺狂死曲」[闘牙王](2012/03/08 08:29)
[7] 第五話 「小さな犬神の冒険」 前編[闘牙王](2012/03/09 18:17)
[8] 第六話 「小さな犬神の冒険」 中編[闘牙王](2012/03/16 19:36)
[9] 第七話 「小さな犬神の冒険」 後編[闘牙王](2012/03/19 21:11)
[10] 第八話 「なでしこのある一日」[闘牙王](2012/03/21 12:06)
[11] 第零話 「ドッグ・ミーツ・ボーイ」 前編[闘牙王](2012/03/23 19:19)
[12] 第零話 「ドッグ・ミーツ・ボーイ」 後編[闘牙王](2012/03/24 08:20)
[13] 第九話 「SNOW WHITE」 前編[闘牙王](2012/03/27 08:52)
[14] 第十話 「SNOW WHITE」 中編[闘牙王](2012/03/29 08:40)
[15] 第十一話 「SNOW WHITE」 後編[闘牙王](2012/04/02 17:34)
[16] 第十二話 「しゃっふる」 前編[闘牙王](2012/04/04 09:01)
[17] 第十三話 「しゃっふる」 中編[闘牙王](2012/04/09 13:21)
[18] 第十四話 「しゃっふる」 後編[闘牙王](2012/04/10 22:01)
[19] 第十五話 「落ちこぼれの犬神使いの奮闘記」 前編[闘牙王](2012/04/13 14:51)
[20] 第十六話 「落ちこぼれの犬神使いの奮闘記」 中編[闘牙王](2012/04/17 09:57)
[21] 第十七話 「落ちこぼれの犬神使いの奮闘記」 後編[闘牙王](2012/04/19 22:55)
[22] 第十八話 「結び目の呪い」[闘牙王](2012/04/20 09:48)
[23] 第十九話 「時が止まった少女」[闘牙王](2012/04/24 17:31)
[24] 第二十話 「絶望の宴」[闘牙王](2012/04/25 21:39)
[25] 第二十一話 「破邪顕正」[闘牙王](2012/04/26 20:24)
[26] 第二十二話 「けいたっ!」[闘牙王](2012/04/29 09:43)
[27] 第二十三話 「なでしこっ!」[闘牙王](2012/05/01 19:30)
[28] 最終話 「いぬかみっ!」[闘牙王](2012/05/01 18:52)
[29] 【第二部】 第一話 「なでしこショック」[闘牙王](2012/05/04 14:48)
[30] 【第二部】 第二話 「たゆねパニック」[闘牙王](2012/05/07 09:16)
[31] 【第二部】 第三話 「いまさよアタック」[闘牙王](2012/05/10 17:35)
[32] 【第二部】 第四話 「ともはねアダルト」[闘牙王](2012/05/13 18:54)
[33] 【第二部】 第五話 「けいたデスティニー」[闘牙王](2012/05/16 11:51)
[34] 【第二部】 第六話 「りすたーと」[闘牙王](2012/05/18 15:43)
[41] 【第二部】 第七話 「ごきょうやアンニュイ」[闘牙王](2012/05/27 11:04)
[42] 【第二部】 第八話 「ボーイ・ミーツ・フォックス」 前編[闘牙王](2012/05/27 11:21)
[43] 【第二部】 第九話 「ボーイ・ミーツ・フォックス」 中編[闘牙王](2012/05/28 06:25)
[44] 【第二部】 第十話 「ボーイ・ミーツ・フォックス」 後編[闘牙王](2012/06/05 06:13)
[45] 【第二部】 第十一話 「川平家の新たな日常」 〈表〉[闘牙王](2012/06/10 00:17)
[46] 【第二部】 第十二話 「川平家の新たな日常」 〈裏〉[闘牙王](2012/06/10 12:33)
[47] 【第二部】 第十三話 「どっぐ ばーさす ふぉっくす」[闘牙王](2012/06/11 14:36)
[48] 【第二部】 第十四話 「啓太と薫」 前編[闘牙王](2012/06/13 19:40)
[49] 【第二部】 第十五話 「啓太と薫」 後編[闘牙王](2012/06/28 15:49)
[50] 【第二部】 第十六話 「カウントダウン」 前編[闘牙王](2012/07/06 01:40)
[51] 【第二部】 第十七話 「カウントダウン」 後編[闘牙王](2012/09/17 06:04)
[52] 【第二部】 第十八話 「妖狐と犬神」 前編[闘牙王](2012/09/21 18:53)
[53] 【第二部】 第十九話 「妖狐と犬神」 中編[闘牙王](2012/10/09 04:44)
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[31760] 【第二部】 第九話 「ボーイ・ミーツ・フォックス」 中編
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/05/28 06:25
「初めまして。ようこと言います」

「―――――」


目の前の少女、ようこはそう告げながら正座をしたまま啓太に向かってお辞儀をする。全く淀みなく、流麗さすら感じさせる仕草。だが啓太はそれに全く反応を示さない。それに応えることも、声を出すことも。まるで時間が止まってしまったかのように。だがそれは決して間違いではない。そう、間違いなくこの瞬間、川平啓太の時間は止まってしまっていた。目の前の少女、ようこに目を奪われてしまったことによって。

翠の髪。それが腰元まで、まるで絹のように流れている。そのスタイルも桁外れ。胸の大きさはなでしこには劣るものの、間違いなく美乳であろうことが分かる。その切れ長の瞳が、身に纏っている紺の着物と相まって魔性の美しさを感じさせる。この荒れ果てた寺の隙間から入り込んでくる月明かりが少女の抜けるような白い肌を照らし出す。それはまるで一枚の絵画のような幻想的な光景だった。


あれ……なんだ……これ? めちゃくちゃ美人なんですけど……これ、どういうこと? 確かに美人だといいなあくらいには思ってたよ? うん、ドッキリにしてもやっぱりどうせなら美人の方がいい。でもまさか……いや、ここまでとは!? 間違いなくなでしこに匹敵する超が付く程の美少女だ! だが雰囲気はなでしことはまるで違う。そのスタイルもだが纏っている雰囲気が全く別ものだ。なでしこに可憐とすればこの少女、ようこは美麗という言葉が当てはまるかもしれない。なんというかもう一つの女性の究極の形といってもいい。これは……そう、大人になったともはねの雰囲気に近い! ま、まさかこれほどの美少女がまだ犬神にいようとは……犬神ってマジで可愛い子しかいないのか!? いや、きっとその中でもこのようこはトップレベルに違いない! よし! じゃあさっそく契約を


「って違――――うっ!?」
「きゃっ!?」


ちょっと待て!? ちょっと待て俺っ!? 何普通に、ナチュラルに契約しようとしてんだ俺っ!? 落ち着け、落ち着け俺っ! これは公明の罠だ! いや、公明ではなくばあちゃんとはけの罠なのだがとにかく心を落ち着けるんだ! 確かになでしこ以外の、こんな可愛い娘が俺の犬神になってくれるなんてあり得ないようなシチュエーション! ハーレムという俺の、いや男の夢が目の前にある! だが、だがそれは罠だっ! 俺はもう気づいている、これがばあちゃんたちの仕業、もとい俺がなでしこの主人に、犬神使いに相応しいかどうかを試すための試験だということを! 

くそっ……何て残酷な試験なんだ……これほどの誘惑……嘘だと分かっていても心にくるものがある。しかし……それでもこれを乗り越えられなくてはなでしこに合わせる顔がない! あんな不安そうな姿を見せていたなでしこに胸を張って会えるようにここは男を見せなければ!


「あの……」
「え? あ、ああ! 悪い悪い! 驚かしちまったな!」


どこか恐る恐ると言った様子で着物を着た少女、ようこが話しかけてくる。どうやらさっきの俺の叫びで驚かせてしまったらしい。いきなり大声をあげてしまったのだから当たり前か。悪いことをしてしまった。だがもう取り乱したりはしないぞ。うん、めちゃくちゃ残念ではあるがここはびしっと決めないとな! というかミスったらどうなるか想像したくもない。特になでしこの反応が。


「ごほんっ! あー、その……ようこだっけ? お前が俺の犬神になりたいって奴か?」


まずはそこから始めなくては。設定は大切にしないとな。初めからこっちが気づいている気配を気取られるわけにはいかない。しかし自分でやってて悲しくなってくる。確かに俺、山の犬神たちに嫌われてるのは分かってるけどだからってこんな美少女に監査役をやらせることないだろう。というか俺だと分かってるからこその人選なのかもしれんが。

啓太がそんなことを考えていると、ふと気づく。それはほんの些細な、見逃してしまいそうなほど小さな空気の変化。同時に


「………覚えてないの?」


そんな、消え入りそうな声がかすかに聞こえたような気がした。


「……え? 何か言った?」
「………いえ、何でもありません。ケイタ様のおっしゃる通り、わたしがケイタ様の犬神になりたいとお願いさせていただきました。どうかわたしをあなたの犬神にしていただけないでしょうか?」


ようこはどこか一瞬、深呼吸をしてからそう俺に向かって懇願してくる。その姿はまさに真剣そのもの。とても演技とは思えないようなものだった。これがプロの仕事というやつか……恐ろしい。もし俺が真実に気づいていなければあっという間にやられてしまっていただろう。マジで危なかった……だがやっぱり心の涙が止まらない。俺の犬神になりたいなんてなでしこ以外に言ってくれる奴がいるわけないのに……。


あ、なんか無性になでしこに会いたくなってきた。もういいだろう。さっさとクリアして家に帰ることにしよう。俺にはなでしこがいるんだ! これは……その……決して、決してやましい気持ちを持ってしまったからではない! 


「そっか……うん、そっか……」
「……? あの……?」
「ああ、悪い悪い。ちょっと考え事しちまってた……ごほんっ! 悪いけど、俺、君を犬神にすることはできないわ」
「えっ!? ど、どうしてっ!?」


俺が答えを口にした瞬間、ようこは目を見開きながら、驚きの声を上げる。まるで告白を断られてしまった少女のように。その姿はまさに小さな子供のよう。先程までのお淑やかな雰囲気はどこかに消え去ってしまっていた。というか、え? 何これ? まるで別人なんだけど、あれか、二重人格って奴か? 見たことないけど。


「ねえっ!? どうしてっ!? どうしてダメなのっ!? ちゃんと大人しくしてたのにどうしてっ!?」


どこか必死さを感じさせる表情と勢いでようこは俺に向かって迫ってくる。何だか今にも泣いてしまいそうな勢いだ。というか何でここまですんだっ!? ちゃんと断れたんだから合格でいいだろっ!? まさか不合格にしないと監査役として面目が立たないとか? だがこれ以上押し問答をしてても時間の無駄だし、ちょっと気は引けるけどははっきり言うか。


「いや、悪い。もう俺、これがドッキリ、嘘だって分かってるからさ。もうそんなに演技しなくてもいいって」


啓太はどこか参ったと言うポーズを取りながらネタばらしをする。それはこれ以上嫌いな自分に向かって演技をしなければならないようこを思っての行動でもあった。そう、あくまで啓太にとっては。


「嘘……?」


ぽつりと、心ここに非ずと言った風にようこが言葉を漏らす。だがその瞬間、啓太は感じ取る。それはまさに本能。これまで幾多の危機を乗り越えてきた啓太だからこそ感じ取ることができるもの。その正体に啓太が気づかんとしたその瞬間、何か凄まじい感覚に啓太は襲われる。だがそれが何なのか分からない。いや、理解できない程にその感覚がマヒしてしまっている。それは自らの右手。そこから何かこれまで感じたことのない様な感覚が襲いかかってくる。そう、まるで手が火に炙られているかのような……


「………え?」


啓太はふと、そこに目を向ける。そこには光があった。いや違う、火の玉が。そしてそれによって燃やされている自分の右手が。


「わちゃ! あちあちあちいいいい――――!?」


啓太は突然の事態に驚く暇もなく、そのまま燃え盛る右手を何とかせんと辺りを駆け回る。だがその場には水もなにもない。だがいくら振り払おうとしても炎は全く勢いが無くならない。ただ啓太は混乱しながら走り回るしかない。


「みず、みず、水――――っ!?」


なんじゃこりゃあああっ!?何でこんなところに火があんだよっ!? 意味が分からんっ!? しかも何で俺の右手にっ!? 一体何故……じゃなくてとにかくなんとかせにゃ火傷じゃすまねえっ!? どうするどうするどうするどうす……


「はい、水♪」


瞬間、啓太の視界はふさがってしまう。何かが自分に突然降ってきたことで。だがその感触が、冷たさがそれが水であることを伝えてくる。その量も尋常ではない。溺れてしまうのではないかと思ってしまうほどの水が突然、文字通り啓太に降ってきた。その証拠に地面は水浸し、服はずぶぬれ、先程まで燃えていた右手の火もすっかり沈火してしまっていた。


な、何だ……? 一体……? 何がどうなってるわけ? いきなり右手が燃えだしたかと思ったら水が、しかも洪水みたいな水が降ってくるなんてありえんだろっ!? 夢でも見てんのかっ!? でもいくら頬を引っ張っても痛みがある。何よりもさっきの熱さと冷たさは間違いなく本物だ。じゃあ……


「くす、くすくす……」


啓太が何とかこの状況を理解しようとしている中、どこか楽しげな笑い声が聞こえてくる。それは少女の声。まるで悪戯が成功した子供の様な、無邪気な笑い。啓太がふりかえったそこには


「寝言は寝てから言おうね、『ケイタ様』♪」


どこか楽しげに、そして妖艶さを感じさせる笑みを浮かべている少女、ようこの姿があった。だがその足は床に着いておらず、宙に浮いている。まるで風船のように宙を舞っている。どこか啓太を馬鹿にしているかのように、いやその姿を楽しんでいるかのように。


「お、お前……」
「ケイタが悪いんだからね。嘘だとか演技だとかふざけたことばっかり言うんだから」


目を細め、不機嫌そうにしながらもどこか邪悪な笑みを浮かべたままようこは啓太へと近づいていく。まるで空を滑るかのようにスライドしながら。月明かりも相まってまるで啓太の周りでダンスを踊っているかのようだった。だが啓太はそんな姿に目を奪われたまま。当たり前だ。

それはようこの姿、その豹変。はっきりいってまるで別人。月とすっぽんどころの騒ぎではない。本当に二重人格ではないかと思えるほどの変わり様。だが啓太は悟る。目の前のようこ。それこそが本当のようこの姿であると。だからこそ先程『大人しくしていたのに』と口走っていたのだと。知らずその背中に冷や汗が流れる。女の猫かぶりの恐ろしさに、いや、それにあっさり騙されてしまった自分の間抜けさに。


「何訳分かんねえこと言ってんだっ!? これは試験だろうがっ!? っていうかさっきのはお前の仕業かっ!?」
「もう、そんなに大きな声出さないでよ。シケンとかはよく分かんないけど、さっきのはわたしだよ。ちゃんと言われた通りに水を出したでしょ?」
「ふ、ふざけんなあああっ!? どんだけ出してんだよっ!? そもそも火もお前の仕業ってことじゃねえかっ!?」
「そうそう♪ よくわかったね、ケイタ♪」


こ、こいつ……一体何なんだっ!? その変わり様が尋常じゃねえ……っていうかただの悪戯好きの子供、お子様じゃねえかっ!? いや、これはお子様であるともはねに失礼かもしれん程のひどさだ! ほんとにこいつ犬神なのかっ!? 変わり者だらけの薫の犬神達ですら直接的に力を振るってくることなんてなかった(たゆねを除く)のにこいつは平然としてやがる。しかも全く反省してねえし、明らかに退治される側の存在じゃねえのか!?


啓太は事ここに至ってようやく気づく。自分が何かとんでもない思い違いをしていたということに。これは試験などではないということに。そして結果的にいえば勘違いしていたことによって自分が救われたであろうことに。


「お前、一体……」


啓太がそう口にしかけた瞬間、何かが自分の頬にあてられる。どこか冷たさと温かさ、矛盾する二つを感じさせるもの。ようこの両手が、その白く細い指がそっと、それでもしっかりと啓太の頬にあてられている。そう、まるでキスをする時のように。


「予定は狂っちゃったけど……まあいっか。することは変わらないんだし……」


いきなりのことで固まってしまっている啓太をよそにようこは一度溜息をついたあと、そのまま啓太を真っ直ぐに見つめる。その瞳で。その瞳の奥に見えないはずの何かが見えてしまうのではないかと思える程の感情を秘めたまま。啓太はそれに魅入られる。知らず息を飲む。まるで蛇に睨まれてしまった蛙のよう。ようこは口元を妖しく釣り上げる。それは笑み。長い間ずっと、ずっと待ち続けていた獲物をついに目の前にしたかのような高揚感がようこを支配する。ぞっとする程の妖艶さ、魔性を感じさせる笑みを見せながら


「ねえ……わたし、あなたのものになってあげる」


そんな誘惑を、呪いを告げた。


「………え?」


啓太はそんな声を漏らすことしかできない。何を言われたのか分からない。いや、言葉が分からないかのように間抜けな顔を啓太は晒し続ける。事実、啓太にはようこが何を言っているのか全く分からなかった。それを感じ取ったのか、ようこはさらに顔を、本当に唇が触れあいそうな距離まで近づけながら続ける。


「わたしがあなたの犬神になってあげる……本当ならこのようこ様が人間相手にそんなことするなんてありえないんだけど……あなたは特別。あなたが望むならわたし、何でもしてあげる」


囁くように、誑かすかのように啓太に向かって、その顔を近づけたまま。


え……? こいつ何言ってんの? 俺のものになる? 何で? どうして? そもそもどうしてこんなことになってんの? 試験を受けにきたと思ったら何故か燃やされ、水をかけられ、しまいには告白ですか。いや、これはどっちかって言うと服従、奴隷になると宣言してるようなもんだよな。だって俺のものになるって、どう考えてもこいつ、そういう表現でそう言ってるよな? その証拠にさっきからエロスが半端ないんですけど。というかめっちゃ俺今、誘惑されてねえ? 改めて見てみるとこいつ、ほんとに美人だな。いや、間違いなく今まで生きてきた中でトップスリーに入る美少女だ! それが俺のものになってくれるって言ってるんだぞ!? おい、これどういうこと!? この唇を、胸を、お尻を好きにできるってことっ!? 男にとっての夢が、桃源郷が目の前にある。なら、ならそれを前にして何を迷うことがある!? ここまで女の子に言われて恥をかかせるわけにはいかない! いざ―――――!!


啓太が走馬灯の様な。極限にまで圧縮された思考を巡らせながらも、その本能に、煩悩に導かれるままに唇に、言葉に応えようとする。だがその瞬間、ある光景が見えた。


焦土と化してしまった我が家と、巻き添えになってしまった啓太だったモノ。


これ以上ないバッドエンドだった。



「ふ、ふざけんなあああああ―――――っ!?!?」
「きゃっ!?」


啓太は奇声を、叫びを上げながらようこの両手を振り払いながら一気に距離を取る。まさに鬼気迫った、命のやり取りをしているかと思えるような気迫を以て啓太はその誘惑を、地雷を振り払う。それは啓太の最期の良心、いや、死にたくないと言う生物が持っている最も強い本能だった。


あ、あぶねえええええ―――――!?!? 今まで生きてきた中で一番危なかった!? 死神との戦いが子供騙しに思えるほどの核地雷踏むとこだったわ!? 落ち着け俺っ!? 相手はともはねじゃねえんだぞっ!? マジで死にかねん! っていうか俺よりもなでしこが死にかねん! 心中なんて結末絶対御免だっ!! とりあえず冷静になるんだ! 今日知り合ったばかりの女の子にこんなこと言われるなんてどう考えてもおかしいだろ!? それにこいつは人を燃やしたり、水浸しにして楽しんでるような奴だぞ、このまま言いなりになったらどうなるか分かったもんじゃない! 


「ちょっといきなりなにするのよ!? びっくりしちゃったじゃない!」
「やかましい! ビビったのはこっちだっつーの! これ以上付き合えるか! 俺はもう帰る!」
「えっ!? ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!?」


俺は水浸しのまま足早に荒れた寺を後にし、夜の森を進んでいく。その出口である鳥居に向かって。これ以上ここにいると危険だと俺の直感が告げている。何よりも流石に俺の堪忍袋も限界だ。こんな訳分からんことにいつまでも付き合ってられるか!


「どうして帰るの!? わたしがあなたの犬神になってあげるって言ってるのに!?」
「余計な御世話だ! お前みたいな常識知らずな奴をどうして俺の犬神にせにゃならんのだっ!? これ以上付いてくんじゃねえ!」
「………」


森を出て行こうとする啓太に並行して飛んでいたようこだがふと、そのまま立ち止まり、姿が見えなくなってしまう。啓太はどこか呆気にとられたかのように振り返るもその姿は見当たらない。先程までの騒がしさが嘘のように森は静まり返ってしまう。


ちょっと言いすぎちまったかな……い、いや、俺は何も間違っていないはず! とにかく一旦森から出よう。詳しい事情をきっとはけは知っているはず。だからこそあんな意味深なことを言ってたんだろうし。もし言いすぎだったならまたその時謝りに来ればいいだろ。


啓太はそう考えながら森の出口の鳥居、人と人ならざる者の住処の境界線を越えて宗家の屋敷へと戻ろうとした瞬間、


「おかえり、ケイタ♪」


目の前に満面の笑みを浮かべたようこが出迎えてくれた。


「…………え?」


啓太はいきなりの事態に驚愕し、しばらく固まったまま。だがすぐに我を取り戻し、辺りを見渡す。そこはついさっき、ようこの姿が見えなくなった場所、森の中。だがおかしい。さっき俺は間違いなく森の出口。鳥居を通ろうとしていたはず。なのにどうして


「どうしたの、やっぱり考え直す気になった?」
「ふ、ふざけんなっ! 誰がそんなことするかっ! 何でお前がこんなところにいるんだよ!?」
「さあ? どうしてでしょう?」


どこか笑いをこらえきれないような表情を見せながらようこが楽しげに、謎かけをするように啓太へと話しかけてくる。だがそれを頑として無視しながら啓太は凄まじい勢いで再び森の出口まで一直線に下り、再び鳥居をくぐろうとする。だが


「あ、早かったね、ケイタ♪」
「なっ!?」


再び啓太の前にようこが現れる。まるで最初からそこにいたかのように。だがようこは汗一つかいていない。自分を先回りしているわけではない。一体何がどうなっているのか。だがこのままでは気が済まない。こいつに負けるのはどうしても気にくわない。


「おおおおおおおおおっ!!」


そんな感情によって啓太は全速力で再び山を下り、鳥居へと向かって行く。その速度はとても人間とは思えないようなもの。啓太の常人離れした身体能力の為せる技。だがそれでも鳥居をくぐろうとした瞬間、再びようこの元に、元いた場所に戻ってしまう。啓太は理解不能の事態に混乱しながらも必死に抗い続ける。このまま屈することなどできないという子供のような理由で。その点ではある意味二人は似たもの同士とも言えなくもなかった。

啓太は走り続ける。まるで同じところをぐるぐる回り続ける犬のように。文字どおりの意味で。その光景にようこは楽しそうに笑っている。まるで待ち望んだおもちゃを手に入れた子供のように。そのせいで余計意地になり啓太は走り続けるもそのエンドレスランは終わらない。先に根を上げるのはどうやっても啓太だった。


「ハアッ……ハアッ……! ど、どうなってんだ……一体……?」
「あはははは! 面白い、やっぱりケイタは面白いね♪」
「お、お前……一体何してやがんだ……?」
「知りたい?」
「あ、当たり前だ!? いくらなんでもおかしすぎるだろうが!?」
「そっか。じゃあ教えてあげる……『しゅくち』♪」


ようこがその人差し指を振るった瞬間、見えない力が啓太を襲う。それが収まった後には


「な、なんじゃこりゃああああっ!?」


一糸まとわぬ、紛れもない全裸になってしまったいつも通りの啓太の姿があった。


「くすくす……これがわたしの力、『しゅくち』 ある程度の距離にあるものを何でも持ってくることができるの。こんな風にね」


自慢げに、楽しげにようこはその手に持っているものを啓太へと見せびらかす。そこには先程まで啓太が着ていた衣服がある。そう、ようこは啓太の衣服だけを瞬間移動させたと言うこと。啓太は悟る。さっきから森を出られなかったのはようこが出口を通る寸前に自分を瞬間移動させていたのだと。信じられないほどめちゃくちゃな、でたらめな力だった。


「て、てめえ、他人をおもちゃにしやがって! いいから早くその服返しやがれ!」
「え~? じゃあ服返したらわたしを犬神にしてくれる?」
「ふざけんなっ! それじゃあ完全に脅迫じゃねえか!?」
「ふ~ん、じゃあ返さない」
「お、お前な……マジで容赦しねえぞ!?」


啓太は怒りをあらわにしながら吠えるも両手で秘部を隠したままでは威厳も何もあったものではない。負け犬の遠吠え以下だった。それをようこは満足気に見つめている。その瞳が輝いている。楽しくて楽しくてたまらない。クリスマスとお正月、誕生日がまとめてやってきたばかりの喜びっぷりだった。


「やっぱりケイタは面白いね! ねえ、ケイタ! わたしとずっとここで遊ばない? それならいいでしょ? ちゃんとケイタの犬神にもなってあげるから!」
「何がどうなったらそうなるんだっ!? いい加減にしろっ! 俺にはもう犬神なんていらねんだよ、なでしこっていう犬神がもう憑いてるんだっつーの!」


ついに堪忍袋が切れた啓太が怒鳴り声を上げながらようこに叫ぶ。自分が他の犬神を持たない一番の理由。一応ようこのことを考え最後まで口に出す気はなかったがここまでめちゃくちゃな目にあわされ、からかわれたままでは収まりがつかない。あまり言いたくはなかったがこれを知れば流石にようこと言えど納得するしかないだろうと。もうすでに自分には犬神がいると。確かに複数の犬神を持つことも犬神使いはできるがそれをする気はない。第一それをするなら儀式の日に行うべき。一度儀式を終えた犬神使いが犬神を増やすなど聞いたこともない。何よりも嫉妬深いなでしこと契約している自分がそんなことできるわけがない。はけの話ではなでしこは了承しているとのことだがどう考えてもあり得ない。いいかげんこの状況を何とかしたいと言う啓太の判断だった。だがその瞬間



「なでしこ……?」


世界が冷気に包まれた。そう啓太は感じた。だが違う。それは冷気ではなく熱気。だがようこが発する熱気の様な霊力、殺気が啓太に熱さを通り越して寒さを感じさせる。あり得ないような感覚。そうさせてしまうほどの明確な殺気をようこは発している。間違いなく先程の自分の言葉。


『なでしこ』という言葉によって。


ようこの顔から一瞬、表情が消える。先程までも子供のようにはしゃぎ、興奮していた少女はもうそこにはいない。いるのはただ一匹のケモノだった。どこか冷徹さを感じさせる瞳をようこは啓太へと、啓太が今、思い描いているであろう、ここにはいないケモノに向ける。


「……逃がさない。絶対に、二度と渡さない。ケイタはわたしのものだもん……」


知らず、啓太は息を飲んでいた。まるで自分がこれから狩られるのだと、そう体が感じ取ったかのように。その姿に目を奪われる。


月明かりを背中にし、自分を空から見下ろしている少女。その瞳が光っている。だがそれは犬神のものではない。その瞳の光がいつか見た光と重なる。


そう、それはまるで四年前、儀式の日に見た、狐火のよう。



「力づくでも……わたしのものにしてあげる、ケイタ」



宣誓と共に笑みが浮かぶ。ケモノの、女の本性を隠しきれていない笑みが。



今、最初で最後、落ちこぼれの犬神使い川平啓太と金色のようこの戦いの火蓋が切って落とされようとしていた―――――


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