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No.31760の一覧
[0] なでしこっ! (いぬかみっ!二次創作)[闘牙王](2012/05/06 11:39)
[1] 第一話 「啓太となでしこ」 前編[闘牙王](2012/02/29 03:14)
[2] 第二話 「啓太となでしこ」 後編[闘牙王](2012/02/29 18:22)
[3] 第三話 「啓太のある夕刻」[闘牙王](2012/03/03 18:36)
[4] 第零話 「ボーイ・ミーツ・ドッグ」 前編[闘牙王](2012/03/04 08:24)
[5] 第零話 「ボーイ・ミーツ・ドッグ」 後編[闘牙王](2012/03/04 17:58)
[6] 第四話 「犬寺狂死曲」[闘牙王](2012/03/08 08:29)
[7] 第五話 「小さな犬神の冒険」 前編[闘牙王](2012/03/09 18:17)
[8] 第六話 「小さな犬神の冒険」 中編[闘牙王](2012/03/16 19:36)
[9] 第七話 「小さな犬神の冒険」 後編[闘牙王](2012/03/19 21:11)
[10] 第八話 「なでしこのある一日」[闘牙王](2012/03/21 12:06)
[11] 第零話 「ドッグ・ミーツ・ボーイ」 前編[闘牙王](2012/03/23 19:19)
[12] 第零話 「ドッグ・ミーツ・ボーイ」 後編[闘牙王](2012/03/24 08:20)
[13] 第九話 「SNOW WHITE」 前編[闘牙王](2012/03/27 08:52)
[14] 第十話 「SNOW WHITE」 中編[闘牙王](2012/03/29 08:40)
[15] 第十一話 「SNOW WHITE」 後編[闘牙王](2012/04/02 17:34)
[16] 第十二話 「しゃっふる」 前編[闘牙王](2012/04/04 09:01)
[17] 第十三話 「しゃっふる」 中編[闘牙王](2012/04/09 13:21)
[18] 第十四話 「しゃっふる」 後編[闘牙王](2012/04/10 22:01)
[19] 第十五話 「落ちこぼれの犬神使いの奮闘記」 前編[闘牙王](2012/04/13 14:51)
[20] 第十六話 「落ちこぼれの犬神使いの奮闘記」 中編[闘牙王](2012/04/17 09:57)
[21] 第十七話 「落ちこぼれの犬神使いの奮闘記」 後編[闘牙王](2012/04/19 22:55)
[22] 第十八話 「結び目の呪い」[闘牙王](2012/04/20 09:48)
[23] 第十九話 「時が止まった少女」[闘牙王](2012/04/24 17:31)
[24] 第二十話 「絶望の宴」[闘牙王](2012/04/25 21:39)
[25] 第二十一話 「破邪顕正」[闘牙王](2012/04/26 20:24)
[26] 第二十二話 「けいたっ!」[闘牙王](2012/04/29 09:43)
[27] 第二十三話 「なでしこっ!」[闘牙王](2012/05/01 19:30)
[28] 最終話 「いぬかみっ!」[闘牙王](2012/05/01 18:52)
[29] 【第二部】 第一話 「なでしこショック」[闘牙王](2012/05/04 14:48)
[30] 【第二部】 第二話 「たゆねパニック」[闘牙王](2012/05/07 09:16)
[31] 【第二部】 第三話 「いまさよアタック」[闘牙王](2012/05/10 17:35)
[32] 【第二部】 第四話 「ともはねアダルト」[闘牙王](2012/05/13 18:54)
[33] 【第二部】 第五話 「けいたデスティニー」[闘牙王](2012/05/16 11:51)
[34] 【第二部】 第六話 「りすたーと」[闘牙王](2012/05/18 15:43)
[41] 【第二部】 第七話 「ごきょうやアンニュイ」[闘牙王](2012/05/27 11:04)
[42] 【第二部】 第八話 「ボーイ・ミーツ・フォックス」 前編[闘牙王](2012/05/27 11:21)
[43] 【第二部】 第九話 「ボーイ・ミーツ・フォックス」 中編[闘牙王](2012/05/28 06:25)
[44] 【第二部】 第十話 「ボーイ・ミーツ・フォックス」 後編[闘牙王](2012/06/05 06:13)
[45] 【第二部】 第十一話 「川平家の新たな日常」 〈表〉[闘牙王](2012/06/10 00:17)
[46] 【第二部】 第十二話 「川平家の新たな日常」 〈裏〉[闘牙王](2012/06/10 12:33)
[47] 【第二部】 第十三話 「どっぐ ばーさす ふぉっくす」[闘牙王](2012/06/11 14:36)
[48] 【第二部】 第十四話 「啓太と薫」 前編[闘牙王](2012/06/13 19:40)
[49] 【第二部】 第十五話 「啓太と薫」 後編[闘牙王](2012/06/28 15:49)
[50] 【第二部】 第十六話 「カウントダウン」 前編[闘牙王](2012/07/06 01:40)
[51] 【第二部】 第十七話 「カウントダウン」 後編[闘牙王](2012/09/17 06:04)
[52] 【第二部】 第十八話 「妖狐と犬神」 前編[闘牙王](2012/09/21 18:53)
[53] 【第二部】 第十九話 「妖狐と犬神」 中編[闘牙王](2012/10/09 04:44)
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[31760] 第二十二話 「けいたっ!」
Name: 闘牙王◆53d8d844 ID:e8e89e5e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/04/29 09:43
その日、運命の日。五つの人影がある。だがそこは地上ではない。空の上。真っ赤に染まった夕日を浴びている大きな機械の中、飛行船の中に啓太達はいた。その中の一際大きなスペース、広場で啓太はどこか自信に満ちた、やる気に満ちた表情で体を動かしている。まるでこれから試合を控えている選手のように。どこか楽しさすら見せる表情で。

「さんきゅーな、セバスチャン! これで心おきなくやれるぜ!」
「いえ、お気になさらずに。このぐらいどうってことありません」

にかっという笑みと共に啓太は目の前に入るセバスチャンに向かって礼を述べる。今の状況、それは啓太が死神、暴力の海と戦うために依頼したもの。『完全に外界から隔絶された状況』それをセバスチャンが用意してくれた。まさか飛行船まで用意してくれるとは流石新堂財閥といったところ。思わず驚きに目を見開くことしかできなかったがこれならば何の問題もない。むしろこれで状況は予定よりも完璧になったと言えるだろう。

セバスチャンもそんな啓太の姿にサムズアップしながら答える。どこか誇らしげな、自信を感じさせる姿で。実はセバスチャンはこの状況を作るために少し、いやかなり無理をしていた。この後には裁判所通いをしなければならない程の。だがそんなことなど全く問題ない、気にしていないとばかりの姿。今のセバスチャンにあるのは戦えない自分の代わりに、文字通り命を賭けて戦ってくれる啓太のためにできる自分なりの全てを成し遂げたと言う達成感だけだった。

そんな啓太とセバスチャンの姿を見つめている三人の姿。一人ははけ。はけは少し離れた所からそれを見守っている。目を閉じ、その手に扇を持ったまま。いつもと変わらない、清らかな、流麗な雰囲気を放ちながら。だがはけを知る者ならその違いに気づいただろう。はけがその閉じた瞳の下に、確かな、隠しきれない程の高揚を、闘志を秘めていることに。

もう一人がなでしこ。なでしこはどこか沈んだ、暗い表情で目を伏しながら自らの主の姿を見つめている。まるで何かを言いたい、伝えたいにも関わらずそれができない、言えないかのように、そんな自分を押し留めているかのように。その両手が自らのエプロンドレスを握りしめている。その感情を、悔しさを、情けなさを滲ませるかのように。

そして最後の一人、新堂ケイはそんな啓太の姿をただ黙って見つめ続けている。だがその瞳には陰りしか、絶望しかない。そう、今日は運命の日。生まれてきたその日から決まっていた、自らの命が奪われる日なのだから。でもそれだけであったならここまで沈み込むことはない。確かに死ぬのは怖い。それはどんなに誤魔化しても、言い訳してもなくなることはない。でもそれ以上に怖いことがある。それは


「これは何の冗談なの、川平君……?」


自分のせいで誰かが傷つき、命を落とすこと。


「ん? どうしたケイ? 心配しなくてもいいぞ。お前とセバスチャン、なでしこにはアイツがきたらすぐに脱出してもらうことになってるから」
「……っ! そんなこと聞いてるんじゃないわっ! あなたは一体何をする気なのかって聞いてるのっ!」

ケイは声を荒げながら啓太へと詰め寄って行く。その表情に鬼気迫るものを、怒りを見せながら。これまで見せたことのないような必死さを見せながらケイは啓太を問い詰める。もはや問うことすら意味がないほど明確な理由を。だがそれを聞かないわけにはいかなかった。だが


「決まってんだろ、あの馬鹿にひと泡吹かせてやるのさ」


まるで当たり前のことのように、ちょっとそこまで行ってくるような気軽さで啓太はその答えを口にした。その言葉に、姿にケイは思わず我を忘れてしまう。そうしてしまうような何かがそこにはあった。だがそれでもケイは歯を食いしばりながら、唇を噛みながら告げる。

「正気なのっ!? あなただって分かってるでしょう、アイツの強さを! 勝てっこないわ! 今度は怪我じゃ済まないわ、間違いなく殺されるのよっ!? なんでこんなことするのよっ!?」
「な、なんでって……そりゃそういう依頼だし……」
「嘘よっ! あなたなら分かってるんでしょう!? この依頼に意味なんてないことが! 例えあなたが勝ったって得る物が何もないことぐらい!」
「そ、それは……」

ケイの言葉に啓太は思わず黙りこんでしまう。何故ならケイの言葉の意味を知っていたから。新堂財閥は死神の力によってその富を、栄光を得てきた。もし、死神が倒されればそれは全て消え去ってしまう。そうなれば約束している報酬も全てなくなってしまう。それでは依頼が成り立たない。もっとも啓太がその事実に気づいたのはちょっと前だったのだが。それを持ちだされると啓太としてもどう答えていいものか分からずあごに手を当てたまま考え込んでしまう。そんな啓太の姿を見ながらもケイは叫び続ける。


「もう放っておいてよっ! わたしは早く死にたいの! ずっとこの日が来るのを待ってたのっ! 生まれた時からそう決まってたの! あんたに分かる、わたしの気持ちがっ!? お前は死ぬぞってずっと言われてきた、呪われてきたわたしの気持ちがっ!? だからもうやめてよっ! もうこれ以上わたしを苦しませないでよ! ねえ、お願いだから……わたしを……わたしを死なせてよおおおおお!!」 


まるでこれまでの自らの心を晒け出すかのように。形振りかまわず、泣きじゃくりながら、親に泣きつく子供のように。支離滅裂に、ただ心のままに。それが二十年間、誰にも言えず抱えてきた小さな少女の、新堂ケイの心の叫びだった。

そんなケイの叫びになでしこもはけも何も答えることができない。いや、答えることなどできるはずもなかった。その苦しみを、嘆きを知らない自分たちには。しかしそれを知るセバスチャンが初めて怒りの表情を見せながらケイへと声を上げようとする。だがそれは止められる。他でもない啓太の手によって。


「なあ、ケイ、勝負しねえか?」
「………え?」


それはあまりにも場違いな言葉だった。啓太の言葉にケイはどこか心ここに非ずといった風に、ぽかんとしたまま啓太へと顔を上げる。当たり前だ。そこにはまるで自然体の、いつもと変わらない啓太がいる。あんなにひどいことを言ったのに、八つ当たりをしたのに、何でそんな風に入られるのか。一体何を言っているのか分からない。そんな混乱しているケイをよそに啓太は告げる。自らの戦う理由を。


「もし俺が死神に勝ったら、お前の言うこと何でも一つ聞いてやるぜ」

「――――――」

その言葉にケイは文字通り声を失う。それはその言葉の馬鹿馬鹿しさ。何故自分が勝ったのに命令されることになるのか。普通は逆なのではないか。だが


「俺からの誕生日プレゼントだ、ケイ」


その意味を、ケイは知る。それが自分は絶対に死神には負けないという誓い。そして、自分の二十歳の誕生日への、彼からの誕生日プレゼントなのだと。

『生きたい』

少女の、新堂ケイの本当の願い。それを聞きとげた啓太からの誕生日プレゼントだった。


瞬間、ケイの瞳から涙が流れ出す。先程までの絶望の、悲しみからのものではない、喜びからの涙が。今までずっと恐れていた、呪うしかなかった誕生日。その本来の意味、祝福される日。


「う、うああ、うわあああああ―――――――――――!」


ケイはただ涙を流しながら、嗚咽を漏らしながら啓太へとしがみつく。まるでこれまでの全てを吐き出すかのように。ただ、力のままに。今までの全てが救われたと、もしこのまま命を落としたとしても悔いはないと、そう思えるほどに。


それがケイの生まれて初めての誕生日、そしてその魂が救われた瞬間だった――――――




「悪いな、はけ。付き合わせちまって」
「いえ、これはわたしが決めたことですから」
「そっか……でも後が怖えな、ばあちゃんになんて言われるやら……」
「ふふっ、それは啓太様にお任せしますよ」

二人きりになった啓太とはけがどこか冗談交じりのやりとりを交わす。とてもこれから戦いを、命のやりとりを前にしているとは思えない程二人は落ち着いていた。いや、もしかしたらそれを前にして感覚がマヒしてしまっているのかもしれない。既にケイ達の姿はここにはない。セバスチャンと共に脱出した後。後は海岸で待機してもらっている薫達に任せれば大丈夫。だがなでしこだけは自分もここに残ると言い張り残ろうとした。だが悪いが戦えないなでしこはこの戦いでは足手まといでしかない。今回の相手を前にしてなでしこを庇う余裕は一片もない。少し可哀想だったが強引にセバスチャンに連れて行ってもらった。この埋め直しは帰ってからだ。ただ今は


「ほう、本当に逃げなかったとは驚いたぞ。イヌガミツカイ」


目の前の死神を倒すだけ。


「ふん、てめえこそまた日付を間違えるんじゃねえかと思ってたぜ」
「減らず口は変わっていないようだな。どうやらケイ達はこの場にはいないようだが……まあいいだろう、それよりもいいのか? どうやら新しいイヌガミを連れているようだが一匹だけで? なんなら仲間を呼ぶまで待ってやってもいいぞ」
「余計なお世話だ。それよりも自分の心配をしたほうがいいと思うぜ。お前は今日、ここで倒されるんだからな」
「くく、くははははは! お前が!? 我を!? もう忘れたのか、昨日の戦いを!? お前は我の前に為すすべなく敗北したであろう! たった一日で何が変わったというのだ!?」


先日と同じ、馬鹿馬鹿しいテーマソングを流しながらも死神は心底おかしいと笑い続ける。だがそれは正しい。啓太は先の戦いで完膚なきまでに敗北した。一日経ったとしてもその強さが大きく変わることはない。そんなご都合主義は決してあり得ない。だが一つ、大きな間違いを、勘違いを死神はしている。それを見抜いているかのように、啓太の隣に控えているはけの纏っている空気が変わっていく。その霊力が、気配が、まるで破裂する前の風船のように高まって行く。それを感じ取った死神の表情に変化が生じる。それと同時に

「確かにあの時はあれが俺の全力だった。でも今は違うぜ……」

啓太がその口元を歪める。それは笑み。まるで狩りを行うケモノのような、楽しげな笑み。その姿に死神が思わず目を奪われる。その気配に、雰囲気に。まるで先日とは別人のようなその姿に。


「言っただろ……俺は『犬神使い』だ!!」


宣言と共に、『犬神使い』川平啓太の戦いが始まった。



「っ!?」

その驚愕は死神のもの。目の前の光景が死神の予想外だったからに他ならない。そこには真っ直ぐに、ただ愚直に自分に向かって疾走してくる啓太の姿があった。だがその速度に驚いているわけではない。確かに人間にすれば驚異の速度ではあるが自分なら簡単に対処できるもの。驚きはその行動。

死神は自分に向かってくるのはあの白い着物を着た犬神だと思っていた。犬神使いという名の通り、あの犬神を使役してくるのだろうと。一見しただけだがその力は確かに凄まじい。先日のイヌガミの少女を上回っているのは間違いない。だがそれでも自分には遠く及ばない。それだけで自分に勝てると思った人間の思い上がりを正してやるつもりだった。だがどうやらあの人間はただの馬鹿らしい。自ら突っ込んでくるなど、思い上がりもはなはだしい。虚を突かれたのは確かだが子供だましにもならない。


「どうやら我の買いかぶりすぎだったようだな……すぐに終わらせてやろう!」


つまらなげに履き捨てた後、死神は突進してくる啓太に向かってその拳を以て迎え撃つ。それは先の戦いの焼き回し。徒手空拳、格闘戦の流れ。だがそれでは啓太には勝ち目はない。まさに大人と子供ほどの力の差が、技量の差が二人にはある。歴然とした差。それは今も変わっていない。だが

それを埋められる、覆せる者を、力を今、啓太は手にしていた。


「――――なっ!?」


驚愕は死神だけのもの。何故なら啓太にとってはそれは狙い通りの、分かり切ったもの、光景だったから。

紫の結晶。

それが突如死神と啓太の間に現れる。まるで狙い澄ましたかのような、完璧なタイミング、死神の拳を受け止める、啓太を守る位置へと。死神の拳、攻撃はその結晶の前に受け止められる。その強度に死神は驚愕する。自分の拳は決して簡単に止められるようなものではない。霊力を込めたその拳は岩すら簡単に粉々にする程の力がある。先日はケイの誕生日ではなかったことで手加減をしなければならなかったが今は違う。全く手加減なく、殺すつもりで拳を放ったにも関わらずそれが防がれている。死神は瞬時に悟る。これがあの白い犬神、はけが張った結界であることに。

『破邪結界 二式紫刻柱』

それがこの結界の名。自らの主を守ってきたはけの絶対防御の結界だった。


「はあっ!」


そんな死神の隙を突くかのように啓太の凄まじい蹴りが放たれる。突然の、予想外の事態によって死神の反応が一瞬遅れる。だがそれでも驚異的な身体能力によって死神はそれを躱し、後方へと跳ねる。しかし避けきれなかったのか、啓太の蹴りが、足が死神の纏っていた黒衣を巻き込み破り去る。それに舌打ちしながらも死神は一旦体勢を立て直そうとする。だがまるでそれを阻むように、死神の後方に先程と同じ結界が次々に生まれ、その逃げ道を塞いでいく。この勝機を、状況を逃さないかのように。


「っ! こんな子供騙しなどっ!!」


焦りながらも死神はその霊力を使い、結界を破壊せんとする。確かに強力な結界だが自分の力ならそれを破壊することもできる。加えてこの結界には大した攻撃力はない。どうやら防御に重きをおいた結界らしい。なら何も恐れることはない。そう判断しかけたその瞬間、


「よそ見してる暇があんのかよっ!?」
「っ!?」


それをまるで待っていたかのように、啓太の拳が死神へと放たれる。まさに霊力を放たんとしていた死神は虚を突かれながらそれを何とか受け止める。だがそれによって結界を破壊することができない。まるで思うように動けない状況にいらだちを募らせながらも死神はまずこの人間を葬るのが先だと判断し、再び近接戦を挑む。犬神使いである人間を倒せば犬神を倒すのも容易い。そう判断してのもの。啓太の放った拳を払いながら自らも拳を、蹴りを放って行く。だがそれは唯の一つも啓太の体に届かない。全てが完璧に、一寸の狂いもなく次々に生まれてくる結界によって阻まれる。まるで啓太がそれを行っているかのような、その結界を纏っているのではないかと疑いたくなるほどの光景。だがそれを前にしても啓太はただ真っ直ぐに死神だけを見据え、攻撃の手を緩めることはない。その光景に死神は初めて驚愕する。啓太とはけの神業と言ってもいい連携に、そしてまるでこの場を支配しているかのような展開に。


今、はけはただ一つの感情に支配されていた。

『楽しい』

そんな命を賭けた戦いを行っている中ではおよそ考えられないような感情。ましてや相手はこれまで戦ってきた中でも間違いなく一、二を争うほどの難敵。だがそれを前にしてもまったく恐れも恐怖もない。ただあるのは凄まじい、怖いほどの高揚感、昂ぶりだった。

前衛が啓太で後衛がはけ。

それが啓太が命じたこの戦いの布陣。それは犬神使いを知らぬ者から見ればあり得ないと思うような配置。誰でも犬神使いが後衛で、犬神が前衛を務めるのだと、そう思うだろう。故に犬神使いと戦う者は必ず同じ間違いを犯す。犬神使いを潰せば犬神も倒せると。犬神使いは後方支援であり、司令塔だと。だがそれこそが間違い、いや犬神使いの狙い。

犬神使いになる者が何故皆、強靭な肉体を作るのか。何故死ぬ思いをしてまで自らの肉体を、技を磨くのか。その答えがここにある。

死神は後方支援に徹するとばかり踏んでいたがために虚を突かれ、接近を許してしまった。

啓太を潰せば犬神も潰せると思い攻撃を加えようとするもその全てを阻まれ、体勢を立て直す暇も与えぬ接近戦によって翻弄し、追い詰められている。

全てが啓太も思惑、掌の上。

もし最初から霊力による戦い、遠距離戦ならばいかにはけといえでも防ぎきれず、また啓太達も有効な攻撃手段を持たないため勝負にすらなかっただろう。

これが啓太の戦う者としての、司令官としても力。


そしてもう一つが『犬神使い』としての力。

まるで神業の様な結界による防御。だがそれは決してはけだけの力によるものではない。確かにはけは犬神達の中でも最強に近い存在。その技量もずば抜けている。その真価は防御、絶対とも言える守りの力、結界術によるもの。

圧倒的な攻撃力を持つ本来の主、宗家と共に矛と盾、その役割を持った時、二人は最強の一対となる。だがその盾の力も宗家の存在があってこそ。その連携がなければ力は半減してしまう。

だが今、はけはそれを感じ取っていた。

まるで自分の力が際限なく引き出されていくような、そんな信じられないような感覚。歳が若返って行くかのような、そんな荒々しい、猛るような感情が自分を支配している。こんなことは生まれて初めてだった。だがそうではない。かつて自分はこれと同じ感覚を覚えたことがある。

そう、初代の下で大妖狐と戦ったあの日。それが今、時を超えて蘇っている。


見える。聞こえる。啓太の心が、意志が。その命令が、声が。


『一心同体』 『以心伝心』

それが犬神使いと犬神の極致。互いの心と体が一つとなることで初めて可能になる到達点。

啓太は全ての防御を、回避を頭から消し去り、ただ攻撃に専念することで死神との技量差を埋め、攻勢に出ている。だがそれだけではない。その指先で、体のゆらぎで、目の動きで、攻撃のタイミングを、防御のタイミングを、命令をはけへと伝えている。死神はそれに全く気付かない、いや気づくことなどできないほどの動き。だがそのすべてをはけは感じ取りその意を酌み取る。本来ならあり得ないこと。

契約した主と犬神は霊力を共有することでその感情を感じ取ることができる。それが連携において大きな役割を果たす。だが啓太とはけの間にそれはない。だがそんなことなど関係ないかのように。いや、そんなものなど必要ないほどの力が、犬神使いとしての才が啓太にはある。

これまで一度も使われることのなかったその天賦の才が呼び起こされていく。その片鱗が、はけを魅了する。はけは何十年振りかに咆哮を上げる。その力に呼応するかのように。


それが『犬神使い』川平啓太の真の実力だった――――――



「調子に乗るなああああっ!!」

激高と共に死神がその霊力を力まかせに振るいながら矛先をはけへと向ける。死神は認めざるを得なかった。確かに自分はこの人間を侮っていたのだと。間違いなくこれまで自分が葬ってきた中でも一番の強者だと。だがそれでも地力の差は変わらない。その格闘技術も確かにあるがこの程度の打撃を一撃や二撃受けたところで問題ない。ならばそれを受けながらでもあの後方に控え、扇を使いながら結界を張っている犬神を排除する。それができれば目の前の人間も為す術がない。狙うべきはあの犬神だったのだと気づき死神はその力をはけへと向けんとする。

だがその瞬間、得もしれぬ感覚が死神を襲う。それが何なのか分からない。だが自分はこれを知っている。いや、誰よりも知っている。何故なら―――――


瞬間、啓太の右腕が死神に向かって放たれる。その絶対に躱せない、完璧なタイミングで。まるで狙い澄ましていたかのように。そう、この瞬間こそが啓太が待ち望んでいた瞬間。


何故初めの一撃で死神の体ではなく、黒衣を狙ったのか。

何故今まで一度も蛙の消しゴムを、霊符を使わなかったのか。

そして、何故これまで一度も右腕を使わなかったのか――――


「白山名君の名において告ぐ――――――!!」


啓太はその右の拳を強く、強く握りしめる。その掌の中にはある。自らの霊力を限界まで込めた自らの霊符、蛙の消しゴム達が。

かつて修行した地でできた友達から得たかけがえのない力。

自分には祖母程の霊力はまだない。はけに釣り合うほどの矛とはなりえない。だからこそその持てる力を全てこの一撃に、直接右手に込めた一撃に賭けるしかない。

限界以上の霊力を扱うことによって右手に激痛が走る。その痛みで意識が遠のく。ちょっとでも気を抜けば気を失ってしまいそうなその痛み。なんで自分がこんなことをしているのか。そんな疑問を抱いてしまうほどのもの。それを感じながらも、歯を食いしばりながら、全ての力を、最初で最後の一撃を振りかぶる。


ケイとした約束を守るため。


そしてもう一つ、破るわけにはいかない約束のために。


本当なら、本当なら俺はなでしこに共に戦ってほしいと告げるべきだったのかもしれない。

俺は知ってる。なでしこがきっとあの死神に匹敵するほどの力を持っていることを。だからこそなでしこはずっと、何かに悩み、ずっと後悔したような姿を見せていたのだと。そんなになってまで、戦えない理由があるのだと。

なら……はけの力を借りる形になったけど、それでも俺はなでしこを戦わせるわけにはいかない。


浮かぶのはあの夜の日の光景。月明かりが照らしていた、一人の少女の姿。


『実はわたし、戦うことができないんです………だから他の犬神のように一緒に戦うことができない……それでもわたしと契約してくれますか……?』


どこか恐る恐る、それでも縋るように、祈るようにそれを告げた少女。その約束を守るために。そして


好きな女の子の前でいい格好を見せたいという、譲れない意地のために


「蛙よ……爆砕せよ――――――――!!」


俺は絶対に負けるわけにはいかない―――――――


瞬間、凄まじい爆発が、爆風が巻き起こる。啓太の放った一撃によって。その直撃を受けた死神が叫びを上げる暇もなく吹き飛ばされる。自らの防御である黒衣を失っている死神は啓太の全ての霊力を込めた一撃によって為すすべなく地へと這いつくばる。それほどの規模の攻撃。まさに一撃必殺と言ってもいい一撃だった。だがそれを放った衝撃と霊力の消費によって啓太もその場に膝を突き、今にも倒れそうな姿を見せる。それが死神を倒した一撃の代償だった。

「啓太様っ!!」

それを見て取ったはけが慌てながら啓太の元へと駆け寄って行く。この作戦を聞いた時から覚悟はしていたものの、肝が冷えっぱなしだった。確かに今の自分たちにとっては最善の策、いや、これ以外の手はなかっただろう。だがそれでも危険は十分あった。もし最初から死神が遠距離戦を仕掛けてくれば、もしはけではなく啓太の身を狙われ、右手の切り札を看破されていればどうなっていたか。だがそのすべてを啓太は乗り切った。いや、勝ち取った。間違いなくこの戦いは川平啓太の勝利だった。そう、この瞬間までは。


「―――――はけっ!!」
「っ!?」


瞬間、はけは知らず動いていた。今まで一度も自分に向かって直接声を掛けることがなかった啓太が何故声を荒げているのか。そして今、自分が何を為すべきなのか。はけはその姿を捉える。そこには


凄まじい憤怒の形相を見せながらこちらに向かって歩いてきている死神の姿があった。その姿はとても先程までと同じ人物とは思えないようなもの。口からはとめどなく血が流れ、肌は黒く焼け焦げている。その服は敗れ、もはや元の服装がどんな物であっったかすら定かではない。だがその霊力が、その力が全く衰えていないことを示していた。


「やってくれたな……イヌガミツカイよ……貴様だけは楽には殺さん……そこのイヌと一緒に八つ裂きにしてくれる……!!」


それまでの役者ががったしゃべり方ではなく、狂気と怒りに染まったち地の底から響くような声が飛行船の中に響き渡る。だが既に啓太に戦う力は残っていない。右腕は動かず、霊力はゼロ。いや、例えあったとしても今の死神を前にしては通用しないだろう。だが啓太の目にはあきらめはみられない。そのことに気づいた死神がそれを問いただそうとした瞬間

死神は再び結界に閉じ込められる。だがそれは先程までの紫色の結晶ではない。四方を囲むような結界。


「破邪結界一式『弧月縛』」

はけがその名を口にする。それが啓太の策。張った者以外を絶対に通さない、瞬間的な力では決して破れない結界だった。

だがそれを前にしても死神は全く恐れをみせない。それはその結界の特性を理解したから。


「なるほど……確かに厄介な結界だがいつまでもは持つまい。それに我を封じておける内はいいがその後はどうするつもりだ。無駄な時間稼ぎだぞ。く、くはは、くはははははっ!!」


死神は高らかに笑う。嘲笑する。無様だと、無意味だと。例え一時的にここに自分をとどめておけたとしても何の意味もない。死ぬまでの時間がほんのわずか伸びたにすぎないのだと。だがそれを聞きながらも啓太とはけの表情は変わらない。いや、むしろ先程よりも決意を感じさせるようなもの。何故そんな表情を、姿を見せているのか。状況は何一つ変わっていないと言うのに。まるで何かを待っているかのような。援軍でもあるのか。いや、そんなものがあるなら初めから呼んでいるはず。一体何故。そしてついに死神は気づく。

それは今、自分達が立っている場所。そこは飛行船。ケイが自分から逃げるためにこんなことをしたのだとばかり思っていた。だがその間違いに死神は気づく。今、この場には自分たち以外誰もいない。なら一体誰がこの飛行船を操縦しているのか。その意味。


そう、それは自分もろとも地上にこの飛行船を墜落させるためだと。


「貴様っ!? 正気かっ!? 心中などとそんなバカげたことをっ!?」
「お、気づいたのか。馬鹿なお前の割には気づくの早かったじゃねえか」
「ふ、ふざけるなっ!? 今すぐここから出せ! 殺されたくなければさっさとしろおおおっ!!」

啓太達の姿にそれが冗談ではないことを悟った死神は断末魔の様な声を上げながら結界を破ろうとあがく。だがその結界を破ることができない。霊体であれば飛行船の墜落など問題ない。だが今の自分は実体を晒している。加えて結界に捕えられているこの状況では墜落に耐えられない。今、死神は初めて死の恐怖を感じることになったのだった。


そんな死神を見つめながらもはけはその結界を維持しながら啓太へと近づいて行く。啓太はふらつきながらも何とかはけへと向き返る。どこか申し訳なさそうな笑みを浮かべながら。


「悪いな……はけ。やっぱこうするしかなかったわ……」
「いいえ、これはわたしが決めたことですから……。啓太様が気に病むことはありません」

そんな謝罪の言葉にはけは微笑みながら答える。そこには一切の迷いも恐れもない。それは覚悟。啓太と共に死神をこの世から消し去るという。その命と共に。結界を維持しなければ死神はすぐにでもこの場から逃げ去ってしまう。そして間違いなくその牙は新堂ケイに、そしてそれを守らんとする川平家に向くだろう。なら一体何故、それを恐れ、悔いることがあるだろうか。

だが啓太だけならこの場を離脱しても問題ない。はけは当初そういう予定でこの計画を立てていた。もっとも、啓太もその計画を立ててはいたものの言いだせなかったようだが。そして啓太は共に残ることを選んだ。元々は自分の依頼、戦い。それにはけを巻き込んでおき、命を賭けてもらいながら自分だけ逃げるなどあり得なかった。


「ちぇっ、惜しいな。はけ……お前が女だったら間違いなく惚れてたのによ……」
「奇遇ですね。わたしもあなたが女性であったなら求婚していたかもしれません」


そんな冗談とも本気とも取れないやり取りを交わしながら二人はその時を待つ。飛行船の行先。終着点。誰もいない土地。そこに向かいながらはけは思う。恐れはない。この方と一緒ならば。もしこの方を見殺しにすれば自分は一生、宗家に顔向けできないだろう。これはいずれ来る別れ。それが少し早まっただけ。ただ違うのは先に逝くのが自分になったということ。その時の主の顔が見れないのが少し心残りではあるが。そんな穏やかな空気が辺りを支配しかけたその時


「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


それはまさに断末魔だった。この世の物とは思えないような音、振動が全てを支配する。瞬間、その衝撃によって飛行船は大きく揺れ、床が崩壊し、爆発が起こり始める。

「啓太様っ!!」

はけが一瞬で啓太の前に出ながら扇を振るい、己の全力で結界を展開する。先程まで死神を閉じ込めていた結界の維持を切り捨てて。いや、それは既に意味をなしていなかった。結界は死神の力によってもう壊されてしまっていたのだから。

何者も敗れるはずのない結界。だがそれすらも覆す。まさに死を司る神たる者の力。

はけは悟る。自分が、いや自分達がその力を見誤ってしまっていたのだと。だがもはやそれは遅かった。はけは何とかその霊力を受け流そうとするも叶わず、一気に吹き飛ばされる。後ろにいる啓太を守り切ったことだけがその最後の意地とも言えるものだった。


そこには影がいた。まさに黒い影そのもの。まつで実体のない架空の、虚構であるかのようなその姿。元の美青年の様な風貌はもはや影も形もない。あるのは純粋な殺意と呪われたように邪悪な霊力だけ。


それが死神、暴力の海の真の姿だった。


「おいおい……ちょっとは空気読めよな……」


どこか呆れ気味に、笑いながら啓太はぼやく。だが死神はまるで何も聞こえていないと言わんばかりに啓太へと近づいて行く。一歩一歩確実に。死神に相応しい、死の足音を立てながら。


だが啓太はその場を動くことができない。立っているだけでやっとだった。そして今にもその意識が途切れんとする。


まったく……どうなってんだ……主人公ならもっとこう……大逆転があるんじゃねえのかよ……? ちきしょう……やっぱここまでか……慣れないことするもんじゃないな……。シリアスはダメだな……俺ってやっぱ、服脱ぎながらでも馬鹿やってる方が性に合ってるのかも……まあ、今更気づいても仕方ねえけど……


薄れ行く意識の中で啓太はそんなことを考えながら笑みを浮かべる。どうやら俺は何だかんだ言いながらあのはちゃめちゃな毎日が楽しかったらしい。だけどできることならもうちょっとそれが続けたかったと、そんな愚痴をこぼしながら啓太はその目を閉じ、倒れ込む。だがその瞬間



温かい何かが啓太を包み込む。


啓太は目を開けることすらできず、それが何なのか見ることはできない。


でもすぐに分かった。それが何なのか。


当たり前だ。自分はそれを知っている。いつも自分はそれを感じていたのだから。



愛する少女の温もり、それを確かに感じながら啓太は意識を失った――――――




そう、川平啓太は犬神使い。

その犬神が今、三百年の時を超え、再び目覚めるときが来た――――――


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