「どうやらお困りのようですな、裸王」
そんなどこからともなく現れた男の言葉に啓太は呆気にとられ、声を上げることができない。だがその表情は驚愕に満ちていた。まるで認めたくない、信じたくない光景がそこにあるかのように口をパクパクさせるだけ。それは知っていたから。目の前に現れた三人の男たち、いやヘンタイ達のことを。
「お、お前ら……どうしてこんなとこに……」
かすれるような、絞り出すような声を啓太は漏らす。それは心からの疑問。何故こいつらがここにいるのか。というか決してこいつらは日中の往来を出歩いていいような連中ではない。何故ならこいつらは紛うことなきヘンタイ。留置場でお世話になることが当たり前のヘンタイの中のヘンタイ。もっとも彼らと面識がある時点で、留置場に何度もお世話になっている時点で啓太もまた間違いなく彼らの同類なのだが。
「啓太さん……この方たちはお知り合いなんですか?」
「い、いや……知らん! こんな奴らなんて全く一切これっぽっっちも知らんっ!」
留吉のどこか引き気味の質問に啓太は慌てながらも全力で否定する。どうやらモノノケである留吉から見てもあの三人の異常さは感じ取れるらしい。だがそれは無理のない話。シルクハットとタキシードを着た男はともかく後の二人の恰好はどうみても常軌を逸していた。
「水臭いこと言うなよ、裸王! 俺たちの仲じゃねえか!」
「そ、そうです、裸王! ぼ、僕たちはいつでもあなたの力になります!」
「そういうことです、裸王。我らは英雄であるあなたの助けになるべく馳せ参じたのです」
「なんじゃそりゃっ!? っていうかその名前で俺を呼ぶんじゃねえ――――!!」
どこか親愛を、忠誠すら感じさせる三人のヘンタイの姿に啓太は困惑しながらも突っ込みを入れる。いや、入れざるを得なかった。
こいつら何でこんなところにっ!? っていうかナチュラルにその名で俺を呼ぶんじゃねえ! 確かに俺は全裸になったことで留置場に送られているがそれは決して自分の意志じゃない、こいつらとは違う! なのにこいつらときたら何故か俺のことを英雄だの何だのと……ま、まじでやめてくれ……ここにはなでしこがいるんだぞ!? こんな奴らと知り合いだなんて知られたらどうすればいいんだっ!? い、言い逃れができなくなっちまう……まあ今は体が入れ替わってるから俺の姿なのだが………ん? ちょっと待て……そういえば……
「お、お前ら……俺のことが分かるのか……?」
啓太はどこか驚きながらそう三人に尋ねる。だがその驚きも当然。今、啓太はともはねの姿をしている。端から見ればただの少女。そして隣には啓太の姿をしたなでしこがいる。なら普通はなでしこに向かって話しかけるはず。だが三人は間違いなくなでしこではなく、啓太へと話しかけていた。
「当然です。例え姿が変わっても我らがあなたのことを見間違えるはずがありません」
「そういうこった!」
「僕たちはいつでもあなたの傍にいます、裸王!」
「お……お前ら……」
こ、こいつら……こんな姿になっちまった俺のことを分かってくれるなんて……やっぱりこいつらは俺のことを………
って違―――――う!! 落ち着け、落ち着け俺!? なんか流れに身を任せて感動しかけてしまったが待て俺っ!? ちゃんと気をしっかり持て! 俺はこいつらとは何の関係もない、そう無関係だ! 断じて俺はヘンタイの仲間ではない! 確かにちょっと嬉しかったがそれだけは認めてはいかんっ!
「だいたいお前らが何で俺たちの事情を知ってんだよっ!?」
「愚問ですな裸王。私は覗きのドクトル。あなたのことはいつも見ております」
「さらっと犯罪行為を暴露すんじゃねえ!!」
「紳士の嗜みです。そこにおられるなでしこ様の体を探せばよいのでしょう?」
「ま、まあそうだけど……あれ? お前、なでしこのことも知ってんの?」
「はい、お久振りです。マドモワゼルなでしこ」
「え……ええ……」
なでしこはどこか困惑しながらもその言葉に頷く。どうやら本当にドクトルはなでしこと面識があるらしい。
「何でお前がなでしこと知り合いなんだよっ!?」
「いえ、彼女は私の覗きに気づいた唯一の女性。故に親愛を込めて忠誠を誓っているのです。流石は裸王の伴侶となる方。心服しております」
「あ、あの……」
「やめろっ! それ以上なでしこを巻き込むんじゃねえっ!?」
啓太は必死の姿を見せながら何とかヘンタイ達がなでしこに絡んでいくのを阻止せんと動く。唯一の良心であるなでしこまでこいつらにこれ以上関わらせるわけにはいかにない。友人である留吉にも迷惑はかけれない。というかこんなことしている場合ではないのだがヘンタイ達を止めることは今の啓太にはできない。
「おお、 流石裸王! もう女を持ってるとは! じゃあお近づきの印にこのブラジャーをプレゼントするぜ!」
女性物の下着を頭にかぶり、ブラジャーを付けた大男、親方がどこからともなくその手にブラジャーを持ちながらなでしこに差し出している。なでしこはその光景に固まることしかできない。しかも傍目から見れば親方が啓太に向かってブラジャーを差し出しているさらに危ない光景がそこにはあった。
「な、なにをやっとるんじゃお前はっ!?」
「ん? 気に入らねえか? こいつは俺のお勧め、吸水性、着心地も最高の優れモノだぜ!」
「そういう問題じゃねえっ!? 何で下着泥のてめえからブラジャーをもらわなきゃなんねえんだっ!?」
「違うぜ、裸王。俺は下着泥じゃねえ……女性の下着を愛するランジェリーアーティストだ!」
「何もかわってねえっつーの! っていうか盗んでいる時点で犯罪だろうがっ!」
「堅いこと言うなって。それになでしこちゃんもブラ付けた方がいいと思うぜ。胸でけえんだろ?」
「余計な御世話だ! なでしこはノーブラだ! ノーブラじゃないなでしこなんてなでしこじゃねえっ!」
そう、そこが一番重要だ! 確かにブラジャーは素晴らしい。それは認めよう。だがしかしそれはなでしこには必要ない。何故ならノーブラという、ある意味もう一つの男の夢をなでしこは体現してくれているのだから! それだけは断じて譲れん!
「なるほど、流石裸王! そこまで考えてたんだな!」
「け……啓太さん……」
「……はっ!? ち、違うんだ、なでしこ! 今のはその……物の例えで……」
啓太の宣言に親方はどこか感心し、なでしこは羞恥心で顔を真っ赤にしている。そこでようやく啓太は自分がとんでもないヘンタイ発言をしていることに気づくも時すでに遅し。知らず周りにできていた人だかりからひそひそ話が聞こえてくる。心なしか冷たい視線が向けられてくる。まるで三人と同類を見るかのように。
い、いかん……このままでは間違いなく俺は留置場送りにされてしまう! 既に見物人の何人かが携帯を手にどこかに電話をかけている。間違いなく通報されている。そしてそれが何を意味するかなどもはや考えるまでもない。一刻も早くこの場を立ち去らなければ!だが
「ああ、もっと、もっと僕を蔑んでくださいっ! その冷たい視線で射抜いてくださいっ!」
そんな通行人に向かってどこか光悦とした表情を見せながら小太りのサラリーマン、通称係長が飛び跳ねていく。何故から係長は縄によって亀甲縛りにされ歩くことができなくなっているから。だがそれは決して誰かに強要されたわけでも、罰でもない。彼自身が望んでやっていることだった。その光景に通行人達は悲鳴を上げながら逃げ去って行く。まさにヘンタイ行為ここに極まれり、といったところ。なでしこと留吉はもはやその場に立ち尽くすことしかできない。それに対抗できるのは啓太のみだった。
「や、やめるっ!? 何でそんな恰好してんだっ!? それじゃあ歩けねえだろうが!?」
「し、心配いりません、裸王! この程度は僕にとっては何でもありません! む、むしろ力が湧いてくるぐらいです!」
「なに訳分からんこと言っとんだっ!? いいから早くその縄をほどけ!」
「裸王、あなたも分かるはずです! 僕には分かる、あなたは間違いなく天性のMです! 僕のMが保証します! SMプレイの素晴らしさをお教えします!」
「やかましい! あんなもん痛いだけで楽しくとも何ともないわ!」
啓太は何とか係長を止めようとするがともはねの姿ではそれもできずあたふたすることしかできない。だがふと気づく。ドクトルと親方は感心したように、なでしこと留吉は乾いた笑みを浮かべている。一体何故。だがすぐに気づく。その意味に。
「さ、流石です、裸王! もうSMプレイなどでは満足できないのですね!」
「俺たちの理解を遥かに超えてるとは……やっぱり裸王だぜ!」
「あなたは我らの誇りです、裸王」
「ち、違うっ! あれは事故みたいなもんで喜んでやったわけじゃねえ! な、なでしこ、違うんだ、これは言葉のあやで……」
あらぬ誤解を受け啓太は狼狽することしかできない。だが真っ向から否定することもできない。SMプレイをしたことがあるのは事実なのだから。不可抗力、自らの意志ではなかったとはいえそれは真実。だがそれでも自分がそういった趣味をもったヘンタイではないと啓太は己に言い聞かせる。
「裸王、あなたにはドSな女性も似合うはずです! きっと新しい世界が開けます!」
「うるせえっ! どこに燃やされたり脱がされたりして喜ぶ奴がいるんだよっ!?」
だ、ダメだっ! こいつらとずっと付き合ってたら埒があかない、っていうか何で俺がMってことになってんの!? ドSな女なんて絶対御免だ! ………ん? 俺今何て言った? 燃やされるとか脱がされるとか意味が分からん! 変な電波でも受信しちまったのか!? と、とにかく
「分かった! お前達にも手伝ってもらうからさっさと手分けして探すぞっ!」
「承知いたしました、裸王」
「そうこなくっちゃな!」
「ぼ、僕たちに任せてください! 裸王!」
啓太のやけくそにも似た号令によって三人は動き出す。その目的はなでしこの体になってしまったともはねを、もしくは双子の仏像を見つけること。この三人をこのまま放っておくほうが問題があると判断した啓太の苦肉の策だった。
「留吉はあっちを、なでしこは向こうを頼む!」
「わ、分かりました!」
「………」
啓太の言葉に合わせるように留吉が慌てながら探索へと走って行く。啓太もそれを見ながら自らも動き出そうとするもふと気づく。そこには何かを考え込んでいるなでしこの姿がある。
なでしこは焦りに囚われていた。ともはねの安否、そして自分の秘密を、力を啓太に知られてしまうかもしれないことに。何とか啓太に見られる前に、気づかれてしまう前にともはねを止めなくては。そんな中
「心配すんな、なでしこ。ともはねもお前の体もすぐなんとかなるさ」
「……はい」
啓太の言葉がなでしこに掛けられる。その姿になでしこは驚きながらも笑みを漏らす。そこにはともはねの姿だったため手が届かず、なでしこの頭を撫で損ねた啓太がいた。
啓太となでしこは互いに頷き合いながら散らばって行く。こんな事態になってしまった原因である仏像、そして危なっかしい小さな犬神を見つけるために―――――
「よっ! っと!」
そんな掛け声と共に一つの影が住宅街の上空を飛び跳ねて行く。だが人々はそれには全く気付かない。いや、気づくことができない。何故ならそれはまさに目にも止まらない程の速さで動いていたから。
(すごいっ! すごいっ!)
ともはねは心の中でそんな歓声を上げながら疾走する。まるで鳥が飛ぶような速さで屋根から屋根へ飛び移り移動していく。それがなでしこの体を得たともはねの力だった。
その感覚にともはねは驚き、そして興奮していた。まるで力がみなぎってくるかのよう。自分の体が自分の物ではないという違和感も最初はあった。力を持て余すかのように最初の内は上手く体を動かすことができず転んでしまうこともあったがようやく慣れてきた。ともはねは危なげなく、どこか華麗さすら見せながらなでしこの体を操っている。
それは決して慣れだけで為せるものではない。間違いなくともはね自身の力。その才能によるもの。
ともはねは薫の犬神の中でも最年少であり、最弱。故に序列も最下位。それがともはねの大きなコンプレックス。しかしそれはあくまで現段階での話。ともはねの潜在能力は薫の犬神の中では群を抜いている。それはなでしこ、はけにも匹敵、凌駕するほど。それが今、偶然なでしこの力を得たことで目覚めてしまっていた。
ともはねはそんな感覚の中考える。間違いなくこんなに力が湧いてくるのは自分がなでしこの体だから。それはつまりなでしこがそれだけの力を持っているということ。小さな自分でもこれが恐らくは自分が見たことのある中で一番強いたゆねを上回っていることが分かる。
でもそれなのになんでなでしこは戦わないんだろう? こんなに強いのに、力があるのに。どうして『やらずのなでしこ』なんて呼ばれているんだろう?
だがいくら考えても分かるはずもない。今は大人になれたことの喜びでともはねは一杯だった。早く大人になりたい。それがともはねの願い。それはずっと前から持っていた物。だが最近はさらに強くそれを意識するようになっていた。
啓太となでしこの関係。それを目にするようになってから。
啓太と知り合い、遊んでもらっている中で二人の関係をともはねは誰よりも近くで感じ取ることができた。それはまるで父と母のよう。互いを信頼しあっている関係。でもそれは自分たちと薫の関係とは何かが違う。それが何なのかまでは小さなともはねにはまだ理解できない。しかしどこかそれを羨ましいと感じ始めていた。自分もなでしこのように啓太と接することができれば。そうなればそれが何なのか分かるのではないか。そんなことを考えていると
「あ、仏像さん!」
ともはねはついにその姿を捉える。捕まえなければいけない二つの仏像。それはまるでダンスを踊っているかのように宙を舞っている。まるでともはねを挑発しているかのように。そんな仏像の姿にともはねの目に輝きが宿る。まるでおもちゃを見つけた子犬のよう。
「えいっ!」
ともはねは一気に飛び跳ねながら仏像へと手を伸ばす。それはタイミングも速度も完璧な物。ともはねはなでしこの体の動きをほぼ完璧に把握し、コントロールしている。まさに天賦の才とも言えるもの。だが
「あれっ!?」
その手は後一歩というところで空を切る。まるでともはねの動きを感じ取ったかのように仏像たちはひらりひらりとともはねの手をかわしていく。それは決してともはねが未熟なせいではない。双子の仏像の力。体を入れ替えた者の動きと思考を読み取る力によるもの。それを前にしてともはねは為す術がない。だがその目にあきらめはない。むしろ力がみなぎっているかのよう。
「よーし! 負けないよ、仏像さん!」
ともはねは一度体勢を整えてからその手を、人差し指を仏像へと向ける。それは構え。ある技のもの。幼いともはねが使うことができる攻撃手段の一つ。
「破邪走光、発露×1! 『紅』!」
それは犬神達が持つ攻撃手段、光線技。ともはねはそれを自らの指から仏像へと放とうとする。だがそれは仏像を狙ったものではない。そんなことをすれば仏像を壊してしまう。それくらいはともはねも分かっている。ともはねはその光線を仏像の気をそらすための囮として使うつもりだった。だが
「え?」
ともはねはそんな声を上げることしかできない。それは自らが放とうとしている攻撃。『紅』の力を感じ取ったから。その凄まじい力の奔流が辺りを襲う。その光景に、事態にともはねは為す術がない。ともはねはいつもの感覚で紅を使っただけ。だが決定的に違うことがある。
それはこの体が『最強の犬神』であるなでしこの体であったこと。
それは薫の犬神達全員で可能な最大必殺技、『煉獄』にも匹敵しかねないような力。それが一直線に仏像へ、そして住宅街へと迫る。ともはねはその力に驚き、制御することができない。ともはねが悲鳴を上げる間もなく光が全てを飲みこもうとしたその時
「破邪結界、二式紫刻柱」
突如、その光を遮るように紫の、まるで水晶の様な柱が姿を現す。その力によってともはねが放った紅は防がれ、霧散していく。まるで何もなかったかのように一瞬で。その光景にともはねは呆気にとられるしかない。
「なにをしているのですか、なでしこ?」
そこには白い着物を身に纏い、扇を構えながら鋭い視線を向けているはけの姿があった―――――