「探査ポット1番から6番まで圧搾空気式射出準備」 左右に展開し浮かび上がる仮装ウィンドウの変動しつづける環境情報に表示された赤色アラートに目を通しつつ、ハーフダイブ中の美月は仮想コンソールを軽く叩き緊張した声色で指示を発す。『ヤヴォール。準備開始。射出後の艦移動を具申致しますがいかがなさいますか?』 VITマルチインターフェイスシステム。 verbal instructions 。口頭指示。 input。入力操作。 Thinking。思考。 この3要素の頭文字を取った操作システムが、美月の思考を読み取り、操作入力と口答指示を受け、アンネベルグ荻上町店特製特殊サポートAI群の一つで、仮装ウィンドウの1つを占領する戦術サポートAI『シャルンホルスト君』という名の二頭身仮想体が艦の移動推奨ルートを表示する。 いくらエネルギー感知されにくい空気射出と言えど絶対に感知されないとは断言できず、放出ポイントでそのまま呆けていれば撃沈されかねない。 「お、お願いします」 射出ポットの放出しか考えていなかった美月は、AIからの提案に慌てて頷く。『ヤヴォール。カーゴハッチ開放。ステルスモードを維持し探索ポッド射出。艦移動ルート設定』 仮想ウィンドウの1つに映っていた薄い三角形状のステルス探索艦の探査ポットを納めた前面カーゴが拡大表示される。 僅かな光も返さぬ特殊塗料で覆われた船殻の前面ハッチが開き、空気の力によってゆったりと押し出された細長い探索ポッドがノロノロとした動きで船から離れていく。 オプションで取りつけた圧搾空気式軌道変更補助スラスターを使い、僅かに軌道変更をしながら、ポッドが設定ポイントに向かって行くのを確認しながら、美月は右手を仮想コンソールに走らせ艦の移動を承認。 こちらも圧搾空気の放出でノロノロとした動きではあるが逆方向へと艦が移動し始める。 高速で目的地点まで飛ばせる電磁射出や重力射出出機能は艦には積んであるし、ポッド自体にも無論推進装置は搭載されている。 だがそんな物を使えば、無人警備艦隊の警戒網に即座に引っかかってしまうし、敵対プレイヤー達にもかぎつけられてしまう恐れもある 今は艦の隠蔽を最優先しなければならない。 赤色アラートは警告レベルとしては上から二つ目。 現在いる地域の治安レベルや危険度に対して、今の装備、スキルでは遠く及ばない事を示すものだ。 美月にも自分が無理をしている自覚はある。 VRMMOにおける師匠である宮野美貴からも、何も出来ずにやられるだけだから止めておけと忠告をされていたが、それでも美月は頼み込んでアドバイス(美貴曰く気休め)をしてもらい、この危険地帯でのクエストに挑んでいた。 美月が選んだ初期艦の正式名称はM型LD432星系調査艦。 平べったい三角形の形状や後方に伸びた紐状のテールアンテナもあってかエイに見える事で、プレイヤー間からは早々と『マンタ』という愛称がつけられている。 美月が選んだアクアライド星域人が選択可能な初期艦が、基本が魚形状をしている癖にやたらと遊びの無い正式名称がつけられているのは、色々と小細工を仕掛けてくる開発側が、ユーザー間での愛称論議を狙ったのだろうというもっぱらの噂だ。 仮想体に付けられるオプション特徴の見た目の可愛らしさや、魚類を模した彩り鮮やかで様々な形状を持つ艦船を選べるアクアライドは、初期キャラとして選んだプレイヤーも多いらしく人気種族、人気艦種となっているらしい。 公式発表では初期キャラはコンバートキャラが全体プレイヤーの三割で最大勢力であるが、その内情は規制前の各種ゲームからなのでばらばらで、実質はアクアライド星域人が一番多いとの事だから、その人気のほども判るだろう。 VRMMOを初体験であり、ゲーム自体にも不慣れな美月がアクアライド星域人を選んだ理由はそこにある。 先達者が大勢いれば、それだけ参考に出来るプレイやスキルの使い方を学びやすいというメリットがある。 しかしもちろんデメリットも存在する。 同種族プレイヤーが多いという事は、どうしても共通クエストが被り、パイの奪い合いとなってしまうからだ。 ましてやゲーム初心者の美月には、色々説明を受け、予習していても、咄嗟の判断では経験の差が物を言う。 上達するには模倣が必要だが、模倣だけでは美月の目標である、イベント入賞は難しい。 オープンβテストは明日まで。 明後日には正式オープンとなり、オープニングイベントが始まる。 失敗や、無謀なチャレンジが出来るのは今日、明日までと覚悟を決め、今の自分が最前線でどれだけ通用するかを確認する為に、美月が受領したクエストが、この封鎖星系でのクエストだ。 銀河大戦時には一大軍事拠点であり、激戦地だったという封鎖星系は銀河の各所に繋がるワープゲートが星系内にいくつも存在している交通の要所であったそうだが、詳しい情報は居住惑星の破壊された中枢都市にあるという。 障害を排除し、情報を手に入れ、各種設備を再配置して、この星系を再利用する事が出来れば、星系連合にとっては大きな利益が生まれるという。 だが今も自動迎撃要塞艦が星系の要所に鎮座し、クラッキングによって無差別撃退モードに入ったバーサーカー艦が無数に彷徨っている。 星系外のワープゲートから、星系内唯一の居住可能惑星までの間には、巨大ガス惑星がいくつもあり、惑星の周囲には大昔の戦争で沈没し破壊された艦船やコロニー群が、無数に点在し、その素材を狙う高レベル武装スカベンジャーMOB艦が大量に湧く危険地帯。 しかし危険を冒し、侵入するメリットがある。眠っているワープゲートだ。 文献には登場するのに未だ未発見星域や、光学観測だけされている未到達星域への扉がここにはあるのだろうと、プレイヤー間で推測されている。 銀河系内にはこのような感じで重要ポイントである封鎖星系がいくつも用意されており、そのうちの何個かはクリアされ、それが実際に新しい未知の星域へと繋がっていたのだから、その推測はおそらく間違っていない。 星系開放やワープゲート取得はゲーム内の功績ポイント的には最高得点に分類されるが、難易度が高く、準備にも時間がかかり、協力者もたくさん必要となるので、素人の美月には到底無理だ。 だが静かに忍び込んで、さわりだけでも調べる星系内調査ならば、単独でも何とかいける……かもしれない。 麻紀や伸吾達だけで無く、ベテランゲーマーである美貴達に頼るという選択肢もあるが、それではプレイヤースキルは上がらない。 実際に美月と同レベル構成の艦で、偵察をやってのけて高ポイントを稼いだという話も珍しい物では無い……同時に失敗したという話も腐るほどあるが。 高ポイントが入れば役職もあがり、艦の選択や人員補充等など多くの選択肢が広がる。 トップを走るプレイヤー達に何とか食らいついて行くためには、まずは自分のプレイヤースキル上昇が最優先。 そう考えた美月は、自らのレベル。プレイヤースキルでは無茶だと思いつつも、封鎖星系外縁部惑星ラグランジュポイントに浮かぶ朽ち果てたコロニーの残骸が無数に浮かぶ危険地帯の簡易マップ製作というミッションに挑んでいた。『探査ボッド稼働予定地点まであと60秒。カウント開始します』 AIの音声アナウンスが静かに響き、カウントダウン表示と一緒にマップに表示される探索ポッドの予想位置マーカーがじりじりと移動していく。 亀のような動きに焦れるが、それでも美月は息を殺し手を握る。 筐体内は空調で適温に保たれているというのに、緊張からか手汗が酷い。 ハーフダイブ状態なのだから、どれだけ騒ごうが音をたてようがゲーム世界にはなんの影響も無いというのに、ついつい押し黙って、マップを見つめつつ手順をもう一度頭の中で繰り返す。 1~3ポッドが高出力の全方位アクティブレーダーを発し周囲の情報を取得しつつ、周囲の防衛機構や、スカベンジャー艦隊を引きつける囮に。 4~6ポッドはパッシブセンサー内蔵型で、防衛機構やスカベンジャー艦隊の探知能力検知をメインに。 探査ポッドのうち2番は高価ではあるが、破壊される事で周囲の時空間を歪める時空間ジャミング機能搭載式。 一瞬で情報を集め、ジャミングをかまし、即座に本艦は撤退。星系外のワープゲートに飛び込んで逃げるという一撃離脱戦法。 他星系であるが同じような危険地点で情報収集したプレイヤーの動画に乗っていた戦法を真似したものだ。『30秒』 タイミングが全て。 ポッド群からの情報を受け取り,ジャミングがかかった瞬間に逃亡を開始。 逃げるのが遅くなれば、発見される危険性も増し、ステルス優先で碌な防御機構も持たない脆いマンタでは、中出力レーザーが至近距離で掠めただけでも致命的な一撃になりかねない。 かといって臆病風に吹かれて早々と逃げてしまえば、ジャミングも無い上に、ポッドから十分な情報を受け取る前に、交信可能距離を離れてしまう。 早鐘のように脈打つ心臓の鼓動を落ち着けようと美月は息を小さく深呼吸をしつつ、仮想コンソールに手を乗せる。 『5,4,3,2,1……ポッド起動』 シャルンホルスト君が腕を振り下ろした瞬間、沈黙していたポッドが甲高く声を発し始め、同時に無数の敵性キャラに探知される。 残骸のあちらこちらに隠れていた無人艦船や,防御機構からいくつものアクティブレーダーが発せられ,マンタの表面装甲がなでられ赤色アラームが激しく点滅をする。 だが初期艦と言えど曲がりなりにもステルス艦。レーダー波を吸収し隠れ潜む艦はまだ発見されていない。 恐怖心に怯えて逃げ出しそうになるが耐える。逃げ出すのはジャミングがかかってから。 そうで無ければすぐに探知され、星系外まで到達が難しくなる。 『大型ミサイル射出確認。予想目標ポイントはポッド2』 ジャミング機能を持たせたポッドに向かってミサイルが迫っていると警告をシャルンホルスト君が発する。 着弾と共に破壊されたポッドに仕掛けられたジャミング機能が発動する。後はタイミングを、『やば!? 美月ちゃん即逃げ! 迎撃レーザーじゃない! 対策してきてる!』「へ!?」 回線を繋いで黙って様子を見ていてくれた美貴が焦った声をあげる。 しかし美月は咄嗟に反応できない。 今動けばジャミング前で気づかれてしまう。咄嗟にそう思ってしまったからだ。 それが命運をわける。 赤色アラームからさらに警告レベルは繰り上がり、致命的な打撃を受けた事を知らせる黒色アラームが仮装ウィンドウで点滅を開始する。『ミサイル着弾。ポッドからの信号ロスト。超高出力パルス検出。戦術級EMPミサイルと推測。電子機能防御開始……失敗。本艦制御機能7割消失。復旧まで……』 状況報告の途中で仮装ウィンドウにノイズが走りシャルンホルスト君の映像が途切れ,砂嵐画像をバックに、緊急帰還跳躍開始という赤文字が画面内を躍る。 それはここ数日で美月には見なれた光景。 搭乗艦が撃沈されたという知らせであり、同時にそれは情報収集失敗、クエスト未達成という知らせだった。