かつて銀河の大半を勢力下に納め隆盛を誇った銀河帝国最終皇帝直系。皇女ミリティア・ディケライアを設立者の一人とし、銀河帝国末期に設立された惑星改造企業ディケライアは現在銀河を統べる統治機構である星系連合の歴史よりも、古い社歴420万年を誇る老舗企業になる。 帝国末期の動乱時代から星系連合が設立され安定期に入るまでの間、激しい勢力争いが繰り広げられた中央領域ではなく、未完成の開拓星系や、戦乱の混乱で流通の途絶えた星系など辺境領域を中心に活動し、企業力を高めていた。 その縁もあってか、中央領域では滅多に姿を見ない辺境少数種族も、社員として多数参加しており、ディケライア社が得意とした生存環境の違う様々な顧客のニーズに合わせた細やかな気づかいや精度の高い調整に一役買っていたという。 先代と大半の社員を事故で失い、代替わりし現社長アリシティア・ディケライアが率いる最盛期とは比べものにならない少人数となった今でも、他企業では非効率といわれるほどに多種多様な種族が参加している。 当然というべきか彼らが現実において一同に顔を合わせる事は無い。 誰かにとっては心地よい大気で満たされた空間が、誰かにとっては触れただけで死す猛毒の大気であるからだ。 その為、情報共有と意思の統一を図るための全従業員が集まって行われる全体会議は、仮想空間におけるVR大会議ルームで行われるのが会社設立以来の不文律となっていた。 (…………) まるで玉座のような最上段の社長席に座るアリシティアは、硬い表情のまま広大なホールを見渡し、どうしても閑散としてしまう室内をみて、拭いきれない不安を懐いてしまう。 光年級距離をナビゲートするディメジョンベルクラドである母と、銀河帝国近衛親衛隊長の末裔として指揮力に長けた父に率いられた数百万の社員と、800隻の恒星系級惑星改造艦を抱えた銀河系最大級の大企業。 それこそがアリシティアにとってのディケライアであり、取り戻そうとする往時の姿。だが今はそれとは比べるまでに無いほど弱体化している。 若輩な社長であるアリシティアの足元を支える7人の幹部と、それぞれの課に所属する従業員総勢511名と、帝国末期に建造された銀河系現役最古の惑星改造艦である創天一隻のみ。 これが今のディケライアの総戦力。『アリシティア様。全社員出席確認が取れました』 緊張から耳をピンと立てていたアリシティアに、創天メインAIであるリルが静かに告げる。 あの大跳躍からリルはアリシティアをお嬢様とは呼ばなくなった。リルが自分を一人前として認めたという事だろうか? だがアリシティア自身は、未だ自分が未熟である事を知っている。 現に表面上はすまし顔で取り繕っているが、その心情には大きすぎる重圧への不安と、自分自身への不信が残っている。 その証である金属の補助器具に覆われる髪から突き出た空間把握耳は、アリシティアの心情を表しゆっくりではあるが落ち着きなく左右に動いている。 「うん。ありがとリル」 リルに礼を言ってアリシティアは一度息を軽く吸い心を落ち着かせる。 大きい勝負に出るときのあの男の真似。 減少した戦力。絶体絶命な状況下。後には退路無し。 その時でもあの男は何時も口では文句を言いつつ、笑って乗り切ってきた だからあの男のパートナーである自分もどのような苦境であろうとも、矢面に立つ。立たなければならない。 著しく減少した戦力で難局を凌ぎ、乗り越えなければならない。 あの時とは違う。自分の未熟さに心折れ、世間の噂に傷つき、己の殻に篭もって、世間を斜めに見ていた頃とは。 …………自分はアリシティア・ディケライアだ。 ボス戦の最前線を駆け抜け、諦めず食らいつき、何度負けても最終的には勝ってきた精鋭集団ギルド『上岡工科大学ゲームサークル』二代目ギルドマスターだ。 ゲーム世界の話だろと、遊戯で勝ったからといって何になる、偽りの世界の話が真実の世界で何の糧になると笑われようとも、それこそがアリシティアの軸たる自信。 絶対に諦めない。窮地を楽しんでこそあの男のパートナーたる自分だ。 この負け一歩手前の状況からでもひっくり返してやる。 全社員のため、地球で知り合った友人達のため、そして…… 「全員揃いましたので時間流停滞フィールド第一次内部調査報告全体会議を始めます! グラッフテン星外開発部部長、まずは調査結果報告をお願いします!」 広い広すぎる議場全体に響けとばかりに声を張りアリシティアは全体会議の開始を宣言する。 せわしなく動いていたそのウサミミはピタリと動きを止め、目の前の難局を全て快刀乱麻に断つ名刀とばかりにピンと雄々しく立つ。「はい姫様。まずはこちらをご覧ください」 アリシティアの言葉を受け、年上の従姉妹でもあるシャモン・グラッフテンが立ち上がると、壇上に展開された大スクリーンと全員の手元にある小型スクリーンに、現在位置の星域図が映し出される。 ディケライア本社でもある創天の現在位置はライトーン暗黒星雲の縁。 かつてここに存在した名も無き恒星系のハビタブルゾーンの中心を廻っていたメイン開発惑星予定だった第6惑星の軌道上だ。 だがその星系に存在した恒星や星は既にこの場所には無い。残っているのは第6惑星の衛星であり、かつてこの恒星系を発見した山師でもある冒険家一行によってレアメタルが掘り尽くされ穴だらけになった小さな衛星のみ。 しかしそれさえも過去の話。 最新星図には恒星が存在した位置に創天とほぼ同じ大きさの天体が鎮座し、その東西南北を4つの惑星が囲んでいる。 4つの天体に比べて最大値でも1/5ほどの体積でしかない星が、自らより大きな星をしかも4つも従えるという異常事態も、アリシティア達にはある意味で見慣れた物。 中心部に位置するあの天体は人工天体。それも創天と同クラスの出力を持つであろう強力な船だ。 その証拠ともいうべきだろうか、中心の天体からは強力な時間流停滞フィールドが張られており、謎の天体を除いた周囲の時間流は完全に止まっている。 時間の流れが止まり光さえ停滞するあの一帯は、肉眼では黒い膜に覆われていて中を観察することなど出来無いが、時間流が停止した程度ならば、惑星改造業者であるアリシティア達の科学レベルでは機具さえあれば観測はおろか進入も造作も無い事。 自分達も安全性とコストのために、時間流停滞フィールドで覆った恒星や惑星を運搬することもザラにあるからだ。「恒星位置に出現した人工天体は、こちらからのアクセスは拒否し今現在も沈黙を保っています。しかし交わされる言語系、通信系から推測しまして銀河帝国末期の建造艦と思われます。メイン機関は出力波形から六連O型恒星湾曲炉と断定します。こちらが観測した波長……」 シャモンの報告が続いているというのに議場がざわつく。 銀河帝国が滅亡したのは、地球時間で今より400万年以上前。アリシティア達の時間感覚でも4万周期前の大昔の話だ。 しかも銀河帝国末期は、特定分野では今よりも科学技術が発展していた最大隆盛期。 現にこの創天もメイン機関や区画は当時の設計、建造であり、細やかな部分は最新艦に譲るが、出力だけならば銀河系最大級といって良い大出力を誇る。 それを支える物が、稀少なO型恒星を6つも使い建造された次元湾曲炉。 高位次元への穴を開け、無尽蔵ともいえるエネルギーを得る帝国の最秘奥であり、技術的に困難であることと、O型恒星が稀少であるため、現在は建造が禁止されたロストテクノロジーだ。「O型恒星炉しかも六連ってなると帝国以外に無いですね。創天の同型艦の天級でしょうか?」「当時の天級は戦乱でほとんど沈んでる。残っている船や無傷だった炉は、創天以外は星連の厳重な管理下だ」 「接収から逃れた帝国のアウトナンバーズってのも変な話だぁね。あの滅亡待ったなしの状況下で戦力の出し惜しみをする意味がにゃーわさ。星連にしたって残っている船があれば、跳躍門をふやしとーでしょ」 現在の技術では、10光年を超える空間跳躍には色々制約があり、現実的には特定艦と最高位のディメジョンベルクラドの両者を持つ船以外はほぼ不可能といっていい。 それ以外の船が光年距離長跳躍をするには、同じく帝国設計で、今は星系連合管理下の銀河系要所を繋ぐ恒常相互ワープゲートである跳躍門しか無い。 物流の要を握るからこそ星系連合が今の銀河を支配しているのは純然たる事実。 外に外にと広がっている星系連合にとっては新開発領域への近道である新しい跳躍門を設置できる恒星炉は、喉から手が出るほど欲しい品。 現にディケライアが苦境に陥ってからは、定期的に創天の買い取りが裏表から打診されているほどだ。 報告そっちのけで言葉を交わす社員を前にアリシティアはその声を遮ろうとはしない。報告者であるシャモンや他の幹部も同様。 当然だ。自分達だって一月前に報告を受けた時には驚き慌てふためいたのだ。それなのに部下達に驚くなと言うのは酷な話だろ。 それに次に来る報告はより度肝を抜かされる物。どうやってもざわつくのだから今鎮めてもすぐに意味は無くなってしまう。 「続きまして4つの天体ですが、こちらは我々のデータにある惑星と全て数値が一致しました。全ての天体がG45D56T297恒星系に属する星です。現地名称で水星、金星、火星、そして……地球と呼ばれている星です」 シャモンが驚愕の事実を、そしてアリシティアにとって一縷の希望を与えた事実をもたらしたとき、議場は一瞬静寂に染まる。 見下ろす種族の異なる幅広い社員達の表情や、雰囲気は、皆合致していた。 今なんといった。あり得ない。理解しようとしても理解出来ない。 そんな色で染まっている。 当たり前だ。当然だ。惑星4個を一度に跳躍させるというのも無理では無いが、かなり困難だというのに、その距離があり得ない。 地球と呼ばれた星が位置したのは銀河中心核を挟んでほぼ反対側。地球ではオリオン腕と呼ばれるスパイラルアームに位置する。 約6万光年も離れた恒星系から惑星を跳躍してきたなんてほら話の領域。データを見せ、証拠を幾万も積み上げようとも誰も自分の目で見てさえ信じられないだろう。 それほどにあり得ない事態。 だがディケライアに属する者は知っている。自分達が支え、助けようとした少女が得た偶然の果てに得た伴侶を。 自分達よりも遥かに劣る生命力と、未だ自由に星を離れることすらおぼつかない低い科学力しか持たない未開星の原住生物が、住まう星の名を。 ディメジョンベルクラドとは、伴侶を感じ取り、この銀河を見る。例えどれだけ離れていようとも、いくつもの障害があろうとも、彼ら彼女らは見通す。 それこそが銀河帝国を強大化させ、広大すぎる銀河系を繋げる力。 ましてや帝国の長たる皇帝の直系一族の末であるアリシティアの力は未だ完全開花せずとも、すでに同年代ではトップクラスとなっている。 そしてさらに一部の者は知っている。その男の名を、考えを。 窮地に陥るディケライアを救おうと、自分達が掲げる君主を守ろうとするその男の身に起きたことを。「姫様」 先ほどとは違いシャモンが説明は続けず、アリシティアを見る。 沈黙に彩られた議場をこじ開けるには、アリシティアの言葉が一番有効だと考えたようだ。 アリシティアは無言で頷き立ち上がると、社員一人一人の顔を見つめるようにゆっくりと見渡してから言葉を紡ぐ。「……グラッフテン星外開発部部長のご報告に驚かれたと思いますが、事実です。あの星々が……地球が転移してくる直前に私のパートナーが事故により死の淵に立たされました。私は彼を、シンタを失いたくない。死なせるわけに行かないと強く思いました」 思った。願った。祈った。自分は諦めない。見捨てない。最後に伸ばされた三崎の手を必ず掴んでみせると。 「あの星が地球である事は間違いありません。グラッフテ……いえシャモン姉には無理を言って、完全時間停止空間に進入し地球からシンタを搬送してもらいました。あの星では既に手をつけようも無い状態でしたが、私たちの医療技術なら救えると」 アリシティアはあえてシャモンをその名で呼ぶ。 あの星が地球だと判ったときにアリシティアの頭の中に社長としての意識とは、別の思いが強かった。 それは一人の少女、女性としての想い。掛け替えのない伴侶の無事を、再会を唯々願っていた。 未開惑星保護法に違反すると知りながらも、完全時間停止空間への立入進入が非常に危険であると知りながらも。 社長として命令を下すことは出来無い無理難題。 だからシャモンに家族の情でねだるしか無かった。 シャモンが三崎のことをあまり良く想っていないのは知っている。 それでも姉と慕う従姉妹は、アリシティアの懇願に快く返事を返し、砕け散った三崎の細胞の一欠片に至るまで全てを回収して来てくれた。 だからこそ道は繋がった。より困難であるが一筋の希望を残した道へと。「私のパートナーであるミサキシンタは、今創天内の医療設備を持って肉体再生を行っています。未だ意識は戻っていませんが、彼が彼である事は間違いありません。私は彼を強く感じています。だからあの星が地球である事は紛れもない、純然たる事実です」 静かに語り終えたアリシティアが断言すると社員達の表情が切り変わった。 アリシティアがそう語る以上、感じる以上、これは疑いようも無い真実。 事実を受け入れた以上、次に考えるべきは、問題点を把握し、これからどうするかだ。「ここより各部署での意見交換の時間とします。転送された資料を基に議論を始めてください」 自由議論としたアリシティアの言葉を受け、気の早い者は早々と動き出す。 「アリシティアお嬢の力に反応したって事はやっぱ帝国製か? そのつもりで進入経路を探るか」「戦後にうちの会社が建造って筋もあり得る。相当無茶した先達達がいるだろ」「うちらのご先祖じゃけぇの。星系連合なんぞ敵にしてもどうとないっておったがの。そこらの古資料を当たってみりゃ」 謎の天体の正体を探る者達。「まずは確保っしょ。相手は完全時間流停止空間か。久々に技術屋としての腕が鳴る難関だわ」「一つ一つ切り離すか。それとも中枢一気に落としていくかだな」 危険で困難な完全時間停止空間への安全な進入方を探る部署。「今は恒星が無い状態です。第1、第2惑星は別としても文明のある地球と生命体反応がある火星をそのままはまずいですよ」「提案。保護フィールド準備必要。星外開発部装備フルメンテ優先」「星内開発部もだって。中にいくつか中継点を打ち込まないと、うぁ大仕事」 装備関連に関する意見を交わす部署。「あのクラスの大規模時空振動じゃ今頃ファルー星系でも観測されてる。星系連合にばれるのも時間の問題よ。口出ししてくるわね」「そこはやったもん勝ちで切り抜けるか」「却下だ馬鹿たれ。こいつは非常事態って事で特例法が採用できるかもしれんぞ。ローバー専務中心に法務チームの出番だな。おい! 他に法務関係で必要なとこ考えている部署あるか! 練り合わせるぞ!」 各部署がざわざわと議論を交わし活発化し始める。その輪は瞬く間に広がり、各部署が連携した話し合いへと変貌していく。 最盛期と比べるのもおこがましいほどにディケライア社の設備が困窮し、社員数が少なくなったことは確かなデメリットだ。 しかし別のメリットも生まれている。 窮地に追い込まれ小さくなったことで、物や人材の貸し出しが活発化し、部署間での垣根が外されて、横の繋がりが強化されている。 元々種族間での区別をしない社風だったが、それがさらに深化しているといえるだろう。 この光景をみたアリシティアの表情が心なしか和らぐ。 信頼できる。信じられる人達に自分は足元を支えられていると改めて実感できる光景に、アリシティアの中で張り詰めていた感情が癒やされていくからだ。「アリシティアお嬢様。我々は部下との打ち合わせを致します。しばらくご中座なさって休憩はいかがですか? ここしばらくご心労がますます溜まっているご様子です」 アリシティアの横で浮かんでいたローバー専務がその表情を見て今が好機と判断したのか提案し、その言葉に他の幹部社員達も頷いたり、同意の意を示す。 地球が転移してからアリシティアが気の休める暇が無く、常に報告に目を通し各部署に指示を飛ばしていたのは誰もが知ること。 休めと言っても動いていないと不安でしょうが無いという心情は明らかだった。 だが今は違う。休めるときは休んだ方が良い。これから先に困難はいくらでも待ち受けているのだから。 そんな気づかいが判るから、アリシティアとしても無碍に断ることは出来無い。 かといって部下達だけ働かしているのはそれも悪い。「ありがと。甘えさせてもらうね。でもその前に。リル。仮想物で悪いけどみんなに飲み物と軽食を提供。各自の好みに合わせて最上級の天然物データでお願いね」 『かしこまりました』 現実と変わらない仮想世界を作り、現実においても森羅万象の物質を合成してのける技術を手に入れた銀河文明においては、金さえあれば何でも手に入る分、実体がある物を、本物を尊ぶ傾向が強い。 最上級な物は現地で人の手によって作られたり、収穫された天然物。 ついで少し下がって機械任せの大量製品、ずっと下がって元素合成による合成物、最下級に本物と寸分も変わらない物を体験できるが、リアルでは存在しない仮想物となる。「それとイコク。リアルに戻ったときも、なるべく同じ物が出てくるように用意してあげて。もちろんイコクの分もだよ」 今のディケライアの窮状では頑張ってくれている社員達に自由に天然物を振るまうのは難しくなっているが、その社員が好みの飲食物は天然物をというのがアリシティアの方針だ。 ここが仮想空間だからどうしても仮想物となるが、リアルに戻ったときにも同じように振る舞おうという気づかいだ。「お嬢。ありがたいんですが部下共の分だけで俺は遠慮します。俺らの飲み食いする量はご存じでしょう」 仮想空間では大男といった資材管理部部長イコク・リローアは、現実においては40メートルを超える大巨人である自分達の事を考え遠慮する。 自分達の一口だけで、他の社員の何人分になるやら。創天の資材を管理するイコクだからこそ計算はしたくない数字だ。「私達は部下も含めて仮想物だけで遠慮を致します。私一人で他の一般社員分に匹敵致します。私たちを気遣ってくれるそのお気持ちだけで十分です」 鯨の肉体から伸びた提灯アンコウのような触覚の先の女性体を点滅させながら、イサナリアングランテ星内開発部長も断りの声をあげる。「ダメ。社長命令。イコクとイサナさん達もちゃんと取ること。シャモン姉監視お願いね」「はい……そういうわけよ。イコクにイサナ先輩。姫様の気づかいを無碍にするってなら張り倒すわよ。リアルで」 アリシティアの言葉を受けてシャモンがイコク達をギロリと睨み威圧する。 現実においてはシャモンは仮想空間と変わらない体格で女性としては高い身長175㎝ほど。 だがディケライア社最強戦力たる星外開発部の長であり、帝国近衛隊隊長の末裔であるシャモンなら、イコクどころか、1キロ近い全長でディケライア最大の体格を誇るイサナさえも真正面から打ち倒すのも造作も無い事だ。「お嬢様の指示を受けたときのシャモンに逆らわない方が良いでしょ。イコ兄。俺は何時ものでよろしく」 シャモンととっくみあいの喧嘩をやっても損するだけと言わんばかりの調査探索部部長クカイ・シュアが、その軟体ボディーから触手を伸ばし、シャモンとイコク達の間に割って入った。「わーったよ……でもいいんですかサラス部長。財布的に。俺らの飲食物は資源転用も可能ですよ」「構いません。士気向上を考えれば安いものです」 ディケライアの財務を管理する経理部部長サラス・グラッフテンは即答し頷く。 普段は無駄にはこの上なく五月蠅いが、社員を気遣うアリシティアの提案を否定する意思がないのはその頭の上のイヌミミを見れば明らかだ。 否定時ならもっとぴんと立って警戒色をしめしているだろう。「ふむ。やはりサラスもシャモン嬢も母子だな。アリシティア嬢の意思は絶対か。嬢よ。儂は無論酒精を求むが良いな?」 酒豪とも知られるノープス・ジュロウ企画部部長の場合、飲み物と言えば酒しかない。 会議中であろうとも常に酒瓶片手で何時も飲んでいる酔っ払いながら、酔っているときほどよいデザインを出す銀河に名を馳せる天才星系デザイナーに意見する者などディケライアはおろかこの業界に存在しないだろう。「聞かなくてもノープスお爺ちゃん何時も飲んでるじゃない。もちろんオッケーだよ。ただしお爺ちゃんだけ。酔っても仕事になるから特例ね、リル、社則に追記しておいて。全体会議開催中は創天内はノープス部長以外は禁酒って、最優先事項ね」 既に酔っているノープスに、アリシティアもあきれ顔なら頷き、半分本気な冗談を口にしたが、『申し訳ございません。その社則を設定し現時刻から採用しますと、即時に違反者が出てしまいます。開始時刻のご再考を提案致します』 リルからは予想外の言葉が返ってくる。「ノープスお爺ちゃん以外に飲んでる人いるの。ひょっとしてプレッシャーとかが原因だったりする?」 『逃避や精神安定の為という事ならば可能性は低く想われます。摂取する飲料のアルコール度数は低く、過去の飲酒量から推測致しましても酩酊状態にはほど遠いと診断を致します。ご本人のお言葉ですが『あんな物は水だ水』とおっしゃっておりますし、実にリラックスしたご様子です』 事の大きさに誰もが緊張している事態だというのに、この状況下でリラックスして酒を飲む剛胆というか、平然と出来る者で今の言葉。「…………リル。飲料データ提示」 アリシティアの耳が臨戦状態のようにピンと張り断ち、押さえきれない怒気が全身からあふれ出す。 まさか……いややりかねない。普段は常識人な癖に、追い詰められれば追い詰められるほど開き直って大胆になるあの非常識なパートナーなら。『こちらでございます』 リルが提示した映像データに映る飲料の外見は良く見慣れたものだ。あまりに多いから少しは控えたらと気遣っても、本人はまともに取り合っていなかったのが少しむかついたから記憶に残っている。「……何時目が覚めたの? あたし最優先でっていったよね」『全体会議開催直前ございます。この会議の重要性と情報収集を加味なされて、アリシティア様には後でお伝えするようにというご指示です』 そうか。そうくるか。あの男はそう来るか。 確かにらしい。社員達のアリシティアへの評価、さらに自分の置かれた状況を把握するにはこの会議は重要だろう。 考えれば考えるほどらしい。 人に散々心配を掛けておいて、泣かせておいて、こう来るか。「…………ローバー。じゃあ休憩してくるね。後よろしく」 アリシティアはにこりと笑って現実空間への復帰手続きに入る。 この怒りは一切合切、理解は出来るが納得いかない薄情者の三崎にぶつけてやろう。その意思がありありと込められた凄惨な笑み。 撲殺兎。切り裂きラビット。最強廃神。 かつて仮想世界で名を馳せた数々の二つ名にふさわしい、それはそれは恐ろしい笑みを残してアリシティアが姿を消す。「「「「「「「…………」」」」」」 壮絶な怒りように、百戦錬磨の重役達ですら思わず無言で見送るしか無いほどの沈黙の中、『やはり三崎様ですね。お嬢様が本調子に戻られたようです。あのご様子ならば我が社は安泰でしょう』 リルの感心声が主の消えた玉座に響いていた。