7月初旬日曜早朝。 駅前にある喫茶店の窓際の6人掛けのテーブル席に腰掛け、大きなガラス窓を梅雨らしい長雨がシトシトと叩く音をBGMに、高山美月は目の前に仮想展開した網膜ディスプレイに映るゲームマニュアルを熱心に読みふけっていた。 物静かで大人しい黒髪の文学少女らしい美月の見た目と、雨の喫茶店という組み合わせは、読んでいる物を考えなければ、実に収まりの良い絵面だ。 しかし店内の席をまばらに埋める客や、傘を差して駅前を足早に行き交う通行人達の目線は、その美月の隣に自然と向けられている。 通行人の目線を自然と集めるそれは、ジメジメとした梅雨にある意味ふさわしい、じっととしたオーラを全体から醸しだしていた。 その黒いゴミ袋……もとい西ヶ丘麻紀は、黒マントで全身を覆い隠しフードまで被った完全鬱モード状態だ。 もぞっとした緩慢な動きで、モーニングメニューのフレンチトーストを少しずつ切り分けて、サイコロ状の大きさにしては、口に運んでは僅かに咀嚼を繰り返している。 その麻紀が身につけたマントから、4本のコードが伸びて座席に座る他の同席者達に繋がっているのも人目を引く理由だろう。 美月と麻紀以外に同席しているのはクラスメイトである峰岸伸吾、谷戸誠司、中野亮一の男子3人だ。 VRMMO初心者5人組である彼らは、VRMMOについて教示を受けるべく通う高校の教師である羽室頼道を待っていた。 人の身を操作端末へと変える脳内ナノシステムは既に5人の頭の中に構築されているが、全感覚変換状態であるフルダイブが出来るだけの高性能端末が無ければ、規制状態とはいえVRMMOを十分にプレイする事は出来無い。 麻紀はマント型とはいえ自作品があり、美月も自宅に急遽、買った端末があるが、伸吾達の分はVR端末の制作を引き受けた麻紀が、先月末から鬱状態を引きずっている為に思うように進まず完成の目はまだ見えていない。 ハーフダイブ状態なら端末一台でも可能だが、攻略対象は利用時間制限が掛かっているとはいえ紛れもないフルダイブ可能VRMMO。 高スペックのVR端末を使えるなら、それに越した事は無い。 かと言っても、さすがに私的な事、それもゲームをやる為に5人が通い、羽室が管理する戸室高校の端末を使うわけにもいかない。 そこで羽室から、良い講師を紹介するついでに、格安で使える場所を紹介してやろうかという提案があり、休日の早朝だというのに集合という事になっていた。 少し遅れるという連絡があった羽室を待つ間、5人は麻紀の携帯型VR端末機器である黒マントこと『Schwarze Morgendämmerung zwei』を使い、絶賛オープンβ中の次世代型VRMMO『Planetreconstruction Company Online』の電子マニュアルを読みふけったり、適当に関連情報収集を行ったりと暇を潰していた。「おっ! あったぞ。これだろ羽室センのやってたゲームの動画……うぉやべ。亀でけぇ!」 羽室が大学時代にやっていたというVRゲームの動画をネットから適当に漁っていた誠司が目当ての物を見つけたのか、静かな店内に少し響く声で歓声をあげる。「誠司。もうちょっと静かにしようよ。周りに迷惑だって……これだろ、共有させるよ」 ただでさえ麻紀の奇異な恰好と、着席者全員がマントから伸びたコードを首筋につけているという行動で人目を引いているのに、これ以上は勘弁してくれと顔にありありと描きながら、亮一が、誠司の見ている動画を新たに呼び出した共有ウィンドウに表示する。 美月もマニュアルを移していたウィンドウを指を振って縮小化させると、そちらへと視線を移す。 VRMMOどころかMMOすらも初めての美月にとっては、今は少しでも参考になるならどんなプレイ動画でもありがたかった。 テーブルの真ん中辺りに浮かんだウィンドウに、『移動要塞型モンスター【砲城亀ガイストキャッスル】戦の手引き』と銘打ったタイトルが表示され、次いで日常生活では絶対に目をしないだろう髪色や恰好をした鎧姿の者達が、一斉に空を鳥のように飛翔し、地を滑るように駈ける様が映し出される。 彼らが目指す先には、名が示すとおり、無数の砲台が設置された城塞を甲羅の上に乗せた山ほどの体躯を誇る6つ足巨大純白亀の姿がある。 のそのそとゆったりした動きで前進する亀の動きとは対照的に、背中の砲台からは空中、地上へ四方八方に無差別な砲撃が絶え間なく行われている。 自動照準かつ自動迎撃なのか、プレイヤーが増えれば増えるほど固まるほど固まるほど、弾幕は濃くなる一方だ。 砲台事に属性が違うのか、着弾するごとに、炎が吹き荒れ、雷光が走り、有毒なガスが撒き散らかされ、プレイヤーが着弾と共にダメージエフェクトを纏い吹き飛ばされる。 派手かつ圧倒的な火力で進軍を続ける大亀の前に、プレイヤー達は禄に近づく事もままならず、手をこまねいていうようにも見て取れる。「これボス戦か? どうやってこんなのぶっ倒すんだ。敏捷性は低そうだけど、近づきにくいし、防御値は見た感じでやばいだろ。近づけない、堅すぎなんて即修正もんだろ」 画面に映る大亀を指さした伸吾は、調整をミスっていないかと懐疑的な声をあげる。 足一本を見ても陸亀らしい太い脚部には白銀に光る金属装甲がびっしりと施されており、遠距離から散発的に飛ばされる矢や、長距離魔力砲撃など生半可な攻撃は無効化されているのか、あっけなくはじき返されていた。 「んちょっと待って……ガイストキャッスルは、これ1つが迷宮になった超大型モンスターだって。全身の砲台から一定以上の弾幕を放出した後、内部に蓄積した熱量でオーバーヒートを起こして一時的に攻撃速度が低下するから、その隙を狙って内部突入してコアを破壊するのが公式アドバイスだって」「そりゃまたありきたりだな。だったらなんでこんな無駄に攻撃してんだこの人ら?」 亮一が展開した公式コメントを見た伸吾は首を捻る。 しばらく耐えれば攻撃が止むのが判っているなら、それを待ってから一斉攻勢に出た方が楽だし、安全だ。 だというのに画面に映るプレイヤー達は無理矢理に肉薄し、簡単にはじき返される攻撃を何度も撃ち込んでいる。 見た感じでは10人が飛び込んで攻撃まで持っていけているのは1人か2人という所だ。 「えーとこれかな。一定以上のダメージ攻撃を加えた上でオーバーヒートモードにすると、ハイヒートモードに移行。ためこんだ熱量を広範囲ダメージ攻撃の熱線放射にして口から30秒間はき出す代わりに、その後全ステータス減+攻撃速度低下モードに突入っていうの狙ってるみたいだね」 亮一の説明をする間もプレイヤー達は絶え間なく攻撃を繰り返し、徐々に真っ白だった亀の全身が赤く染まっていく。 ほどなく全身が深紅に染まったか思うと、目も眩むような閃光を放ち、砲台亀は点滅発光を始めた。 どうやらハイヒートモードとやらに移行したようで、先ほどまでののっそりとした動きから一転、俊敏に身体を動かし方向転換。 塔のように太い首を大きく捻りながら、口から熱線放射を吐きだし始める。 熱線の直撃を受け転がっていた大岩が焼き抉られ、うっそうと葉を生やした大木が叩き折られ瞬く間に燃え上がる。 荒れ狂う熱線は周囲に暴風を巻き起こし、炎を纏った竜巻、火災旋風がフィールドのあちらこちらに出来上がる大惨事が展開された。「おーすげぇ! でもこれってまずくねぇ? こんなの三十秒もはき出されるくらいなら普通のオーバーヒートの方がマシだろ」 ゲームプレイに関してはクレバーな誠司は、冷静な損得勘定からか、後のステータス低下効果よりも、こちらの攻撃の方が危険だと判断したようだ。 実際画面に映るプレイヤーの大半は、圧倒的な大火力に大混乱状態で逃げるのが精一杯のようだ。 しかしそんな逃げ惑うのがやっとなプレイヤー達とは、別にまとまった動きを見せる者達がいた。 数十人単位に固まったいくつもの集団が、大亀の周囲や上空に展開しつつ、熱線直接攻撃は回避し、防御結界をはって火災旋風からの間接ダメージを無効化しながら機を窺っている。 彼らは所属ギルドが違うのか、装備に描かれたエンブレムはいくつも存在する。 軽装な暗殺者。 杖を構えた魔術師。 弓に矢を番えた弓兵。 身の丈を超える大槌や、巨大な刃渡りの刀を獲物とする戦士。 分厚い盾を構えた騎士達。 それぞれの特色に別れていた集団のうち、地上を走っていた盾騎士達が一斉に方向転換。 先ほどまでかろうじて避けていた熱線へ向かって、何を思ったのかダッシュを始めた。 自ら熱線へと飛び込もうというのか。 タンク役らしき彼らといえど、ボスの必殺攻撃を真正面から受け止めようなんて無茶とも思える無謀行為。 しかも先ほどまでを見ていれば躱そうと思えば躱せるはずなのに何故後数秒で攻撃が終わるというのに今突っ込む? 画面を見ている美月達が誰もが思う中、先導していた重装甲騎士が熱線の先端へと身を躍らせる。 一瞬でHPが減りつくし死亡するかと思われたプレイヤー。 しかし彼はボスの攻撃に耐えている。 何らかのスキルが発動しているのか、プレイヤーの構えた盾が発光しつつ熱線を受け止め……いや、吸収しはじめる。 さらには後に続いた騎士達が次々に盾を投げ込み、盾が一枚増えるごとに、構えた盾がみるみる巨大化していく。「これ特殊スキルか。一定以上のプレイヤー数と高いギルドレベルで使える『乾坤一擲リフレクター』ってのみたい。今動いているタンク役以外もふくめて集団全員がリンク状態だってさ」 重騎士が発動したのは、多数のプレイヤーが揃って初めて行える連携発動奥義スキル『乾坤一擲リフレクター』と呼ばれたギルドスキルの1つ。 所属ギルドメンバー及び同盟ギルドメンバーを対象とし、所属プレイヤー達全てのHP分までのダメージ攻撃を盾に一時吸収し、激しく変動するメーターに上手く合わせれば、割合でダメージを返すことができると、補足説明のPOPウィンドウを亮一が表示する。 蓄え込んだダメージが多ければ多いほど、ゲージの変動は高速化し、さらに反射割合がひくい目が出やすくなるとスキル説明が書かれおり、さらにボスモンスターの攻撃に関しては、反射率0%。 つまりは全ダメージがプレイヤーにダイレクトで与えられるという、自爆な目もかなりの割合で含まれるとのこと。 正に運をサイコロに託す乾坤一擲なスキル。 ボスモンスターがはき出した熱線がようやく止まった瞬間、その攻撃を最後まで受け止めていた盾が収縮、分離し持ち主の下へと戻っていく。 その瞬間、連携していたプレイヤー達の頭上に掲示されていたHPバーが軒並み3割ほど減少した。 どうやら先導していたプレイヤーは70%反射という高反射の目を無事に引いたらしい。 熱線を吐き出し尽くし、赤色していた砲台亀の動きは鈍くなって色も元の純白に戻っている。 空を染め上げるほどに濃く放っていた弾幕も散発的になった。 どうやらステータス低下状態へと移行したようだ。 『しゃぁっ! ぶっつけ本番成功! ざまーみやがれ! 全員投擲! 甲羅割ってやんぞ!』 渋い重装甲の見た目に反して少し軽薄そうな若い男の声で、攻撃を受け止めていた騎士が号令を掛け、騎士達が一斉に盾を投擲。 高速で飛翔する盾が大亀の甲羅でもある城塞へと次々に命中し爆発、純白の装甲をたたき割り、内部の弱点らしき生体部を晒しだした。 反射率7割といえど、ボスの必殺攻撃。 しかもリンクしたプレイヤーの数は百を優に上回るようで、堅牢な城塞といえど無傷ではすまなかったのだろう。『おし甲羅の一部破壊成功! 各ギルド追撃任せた!』 次いで男が広域ボイスで声をあげると、それぞれの集団が一斉に動き初め、『了解! KUGCは右舷の穴から突入! 内部魔力伝達線のぶった切りで永続ステ減少狙いね!』『餓狼いくわよ! 私たちは小型砲台の無力化最優先!』『おうよ! 弾丸特急は今のうちに足元集中だ! 脚部門を破壊して低レベルプレイヤーの突入補佐開始!』『いろはかしこまり。内部マッピングは任された! 先行して次々にあげてくよ!』『FPJ全火力一斉放射! 正面砲台群無力化させんぞ! 今日こそ火力こそ正義だって、ちまちました仕事しかしないクソ狼共に見せつけてやれ!』『あ”!? 正面から当てるだけのクリックゲーなどっかの火力馬鹿は黙って仕事してなさいよ! こっちは再稼働までにどれだけ立ち回って潰せるかで忙しいんだから!』『んだとセツナ! てめぇら事蒸し焼きすんぞ!』 同盟関係にあるらしきギルド達が次々に声をあげ攻撃や突入を初めていく。 多数のプレイヤーが参加するMMOらしいギャアギャアとやかましく言い合いが始まる。『またかよ。もう好きにやってくれ……アリス。回復終了次第、俺も中に行って盾役に廻るからあんまバカみたいに突っ込むなよ』『すみませんマスターさん。アリスちゃん既に乱戦モードです。返す暇がないようですけど、早く来いと耳が動いてますね』『だぁっ! こっちもか! あの馬鹿兎! ユッコさん行くまで頼みます!』『はい。任されました』 弾む声が飛び交い、手柄を競い合うように繰り広げる猛攻が画面のあちらこちらで繰り広げられる。 その誰もが好戦的な笑みを浮かべている。 何せあの暴虐を振るっていた巨大なモンスターに、こうも見事なまでに一矢報いたのだ。 自然に気分が高揚したのだろう。 そしてその熱は他のプレイヤーにも伝染する。『またあいつらか。廃人共に負けてられるか! 俺らも行くぞ!』『あの人らあのスキルをボス戦でよく使えるな。下手すりゃ全滅なのに』『餓狼とFPJがなんであの仲の悪さで連携ができるんだよ……巻き込まれないように離れて突入な』『KUGCのナンパ師の仕業だって。ほらそんな事よりうちらも行くよ。きばってレベル上げレベル上げ。アイテムもざっくざくなんだから』 戦いを先導してきた一団への嫉妬混じりの激や呆れ声を交わしながらも、先ほどまで苦戦し逃げ回っていたプレイヤー達も、テンションが高い一団につられるように、戦線へとぞくぞくと復帰していく。 その様に美月は画面に映る全てのプレイヤーが、全力でゲームを遊び尽くそうと、楽しんでやろうと思っているように見えた。 この切っ掛けを作ったのは……「今の……あの人か」 この戦いをまとめ上げていた男の声は、美月には聞き覚えがある物だ。 今に比べて些か乱暴な口調だが、おそらく声の主は、美月達の前に現れた謎の男三崎伸太。 三崎がGMになる前にプレイヤーとして辣腕を振るっていたという話は、あの男について情報を集めている最中に聞きかじっていたが、こうしてプレイ映像を見るのは初めてだ。 何せ三崎が現役時代だったのは今から5年以上も前で、ゲーム自体も既に規制の余波を受けて終了している。 無数に上げられたプレイ動画の中から探すのは根気がいる。 それでも探そうと思えば見つかるのだろうが、三崎をみたときの麻紀の状態が心配で、美月は積極的に探す気にはならなかった。 現に隣に座る麻紀の方を見てみると、食事の手を止め小刻みに震えている。 麻紀も声の主に気づいたのだろう。(高山……よく判らないけど、西ヶ丘はこの状態で大丈夫なのか?) 美月達の対面に腰掛けていた男子3人組のリーダ格である伸吾が、フードを被って顔をうつむける麻紀をちらちらと見ながら、麻紀に気を使ったのか口に出さず美月にしか見えない秘匿メールを送ってくる。 (あんまり大丈夫じゃないけど、放って置いたら、自分はいらないと思って余計に落ち込むからダメなの。麻紀ちゃんのフォローはするから、峰岸君達もなるべく普段通りに接してあげて) (判った。二人にも伝えとく) 伸吾の返事に軽く頷いた美月は手を伸ばし麻紀の身体に優しく触れる。「……みつきぃ」「大丈夫だから。今ので判ったから。あの人はゲームが大好きだって。ゲームに乗っている間は変なことは起きないと思うから安心して。何かあったら麻紀ちゃん頼りなんだし」 「……美月がそう言うならがんばってみる」 少しだけ震えが収まった麻紀が、そろそろと顔を上げた。「そうそう西ヶ丘ちゃんならどのゲームでもいけるだろ。端末を作ってもらえるだけじゃ無くて、一緒に協力してもらえるならこっちも心強いっての。なぁ」「だな。俺らもMMOならともかくVRMMOは初心者だからここは身体能力スペック高い西ヶ丘が一番上手くやれんだろ」「高山さんが関わってたら、西ヶ丘さんにはブースト掛かるから余裕で入賞できるかもね」 美月のフォローに合わせ、三人もそれぞれ気を使ったのか麻紀のテンションを上げる言葉を掛ける。「うん。美月の為に頑張ってみる」 最高潮ならばマントを翻し高笑いの1つでもしてみせるのだろうが、今日の麻紀はまだまだ本調子ではないが、それでも多少は食べられるようになったし少しずつ復調の様子を見せていた。 「にしても羽室センおせぇな。なにしてんだ美月さん?」「なんか先に急遽待ち合わせが出来て、そっちと合流してからこっちに来るって話だけど、あ、羽室先生、来たみたい」 誠司の問いに首を捻りながら答えた美月が何気なく入り口へと目を向けると、4,5人の集団が丁度店に入ってくるところで、その中には美月達の待ち人である羽室の姿もあった。「ようお前ら遅くなって悪いな。休みの日だってのにこんな朝から呼び出しておいて、自分が遅刻なんぞ教師失格だわ。しかしお前ら怪しい儀式やってるようにしか見えんな」 美月達の姿に気づいた羽室がテーブル席に近づき、マントから伸びたコードで繋がれた状態を見て苦笑を浮かべる。 「羽室先輩。それが噂のマント型VR端末端末ですか? またすごいの作ってきましたね。さすが先輩の教え子」「宮野それを言うなら、どっちかっていうとシンタ先輩絡みだろ。この子らあの人の紹介なんだろ。先輩、今回はなに企んでるんですかあの人? マジであり得ないんですけど今回の試験は」 「俺が知るかよ。シンタの奴の無茶苦茶さは何時ものことだろうが。カナ達こそ聞いてねぇのか?」「知るわけ無いでしょ。大学四年で絶賛就活中なのに、まさか現役復帰することになるなんて誰も考えませんての」 羽室と一緒に入ってきた20代前半くらいの宮野と呼ばれた女性が麻紀の端末をみて目を丸くするなか、小太りの男と羽室が言葉を交わす。 就活中という言葉通り、羽室以外は全員同年代の男女は皆リクルートスーツ姿だ。 これから会社面接に行くと言われてもおかしくない恰好だ「人の虚を突くのがシンタ先輩でしょうが。金山諦めなって。それにゲームがやれるんだから、私たちの得意分野でしょうが」「いやまぁそりゃそうだけどよ。普通やるか? しかもホワイトやディケライア以外にも他業種企業も結構参加してるって話だぞ」「そこはカナやんあれだ。ナンパしたんだろ何時ものごとく。うちのギルド一のたらしの腕は錆びついていない所か、ますます強化中ってか」「先輩側には今はあっちゃんもユッコさんもいっからね。いやぁ下手に権力を持たせるとまずい人が握ったね。あははは。そのうちゲーム布教の為に世界征服しかねないでしょシンタ先輩達」「ユリ。笑えないからな、それ笑えないからな」「うちの生徒と店の方々が困惑してるだろ、とっとと席に着け。奢ってやるから。悪いな騒がしいのばかりで。こいつら全員シンタと同じく俺の大学の後輩連中だ」 宮野達が身内内でのみ判る話題に盛り上がって美月達が困惑していると、羽室が手を振って着席を促すと、宮野達は美月達の近くの席にぞろぞろと座って、テーブル上のオーダーシステムに注文を手早く打ち込んでいく。 「さすがタロウさん気前良い。しかも教師ぽい」「タロウ言うな……お前ら本当に相変わらずだな」 席に座ったあとも先輩、後輩というわりにはやけに気安い会話が繰り広げられる。 羽室と彼らの年齢差を考えれば、同じ大学出身と言っても直接な付き合いは無いはずだが、そのわりには距離が近すぎる。「あの先生。こちらの方々は? ゲームを教えてくれる人を紹介していただけるというお話でしたけど」「だからこいつらだよ。宮野妹。この世代の部長おまえだよな。ほれ自己紹介しとけ」 「妹いわないでください。えーと皆さん初めまして私は上岡工科大学ゲームサークル通称『KUGC』の先代部長をやっていました宮野美貴です。今回は先輩共の依頼と無茶ぶりで、うちのギルドが皆さんにVRMMOについて講師を行うことになりました。というわけでよろしくお願いします」 宮野がまず名乗ってとりあえず美月達も一言ずつ挨拶をしていると、注文した飲み物が運ばれてきて、そのまま雑談モードに突入する。「あはは。でもほんとよろしく~ね。いやぁさすがシンタ先輩。就活でゲーム指導しろってさすがあっちゃんの御婿さんらしい提案だねぇ」「笑ってる場合かよ。マジで厄介だぞ。ゲームで食えるって他のゲームの廃神連中も本気出してきたらしゃれにならねぇんだぞ」「しかし特技欄にMP管理なんて書く時代になるとはな……あの人なに考えてんだ?」 「あれだろゲームを楽しめって何時ものごとくだな。そういうわけで君たちもゲームを楽しんでくれ。ついでに成長してくれ。あんた達に俺らの就職が掛かっている」 どういう事だろう……美月達が意味が判らず困惑していると、羽室が机の上に一枚の書類をそっと差し出す。 今時珍しい紙の書類には、小難しいビジネス用語を、簡易に略するとこう書かれていた。『第一回新世代型VRMMO開発企業連合合同就職試験』 書類面接を通過した皆さんへ。 次いで皆さんのそれぞれの個性や技能を確認させていただく為の試験を実地させていただきます。 7/20正式オープンとなる新世代型VRMMO『Planetreconstruction Company Online』へ参加し一般プレイヤーに混じって、希望企業、職種事に設定されたミッションクエストを実行してください。 試験はクリア=採用ではありません。 皆様の人間性や、応用力など総合的な判断を行う資料とさせていただきます。 善人プレイ、悪人プレイ等は関係ありません。 所属企業に利をもたらせるか。 如何に他社を出し抜くか。 どれだけの味方を作るか。 等など、複数の要素をみさせていただきます。 ちなみにオープニングイベントに関連した賞金は、入賞した場合も対象外とさせて頂きます それではどうぞゲームをお楽しみを。「あ、あの先生これって……冗談ですよね」 書かれた内容を三度見直した上で美月は己の目を疑う。 要約すれば就職活動でゲームをやれと。 ド外道な手であろうとも、儲ければ勝ちと明言している辺りは本気なのだろうか? しかも一番下に書かれたこの巫山戯た試験への参加企業は、VR関連企業が多いが、それ以外でもサービス業や製造業など多岐にわたっている。 本当にこんな多くの企業が、こんな巫山戯た試験に賛同し、参加しているのだろうか? 「本気も本気だな。ちなみにこいつらに課せられたのは、VRMMO初心者に如何にゲームを面白いと思わせ、成長させられるかだと。分かり易い説明や、魅力紹介なんかをみる試験じゃないかと疑ってる」 羽室の顔は真剣だ。 これが冗談でも無ければ嘘でも無いと美月に判らせる。「これを仕掛けてきたのは、君たちもこの間に講師に来て会ったっていう、うちの初代ギルマスのシンタ先輩の所属する会社なんだけど。あの人らは規制でがんじがらめにされたVR業界を立て直すってマジなのよ。ゲームからの引退理由として一番多いのが、リアルに忙殺されてやる暇が無くなるってのがあるでしょ。ならリアルともっと密接に関連させれば良いって方針みたい。ゲームやりつつ資格取得やら、講座受講とかも色々考えてるみたいで動いてるのよ。それがこの結果。単なるVRMMOなのに複合職種に渡る企業連合を作り上げた理由らしいわね」 宮野の言葉に美月は思う。 自分達は一体何に巻き込まれようとしているのだと? ゲームをやらせるのが三崎の狙いだとは単純には考えてはいなかったが、それでも予想外すぎる。 父の行方を知るというのが美月の最優先目標だが、三崎の狙いがますます判らなくなってきた。「ゲームやって金も稼げて就職もオッケーってすげぇ! マジッすか!?」 誠司が喜色で満ちた声を上げる。 確かに話だけを聞けばそう思えるが、相手が相手だ。「そこのやつ誠司っつたっけ。単純に喜ぶと痛い目みんぞ。相手はうちの初代ギルドマスターかつ、悪辣で知られたゲームマスター。どんな罠が仕掛けられてるか。今から気が重いっての」 はしゃぐ誠司に、運ばれてきたコーヒーをすすりながら金山が苦言をのべる。 三崎を知る美月や麻紀もその意見に同意せざるえない。 何を考えているか判らない。 三崎の視線の先に移る光景が、目標がどこにあるか判らない。 ただ大きな事を仕掛けている事だけは間違いないだろう。「それも何時ものことでしょ。さてとじゃあ先輩そろそろ行きましょ。あちらさんも待ちくたびれてますから。何せ伝説の『特攻ハムタロウ』のリアルにお目にかかれると楽しみにしてる人多いんですから」「宮野妹、その二つ名で言うな。それに楽しみっていうか、お礼参りを心配した方がいい気がするんだがよ」 「羽室先輩が妹っていうの止めてくれたら考えておきます。ほら美月ちゃん達も不安そうな顔しない。相手が連合で来るならこっちも連合。私たちギルド連合の力を見せてあげるってば」 そういって笑った宮野の顔に、美月はどこか三崎の顔の面影を見いだしていた。