微かな虫の鈴音と塩気まじりの夜風が木立を揺らす囁きに心地よさを僅かに感じながらも、威圧感が篭もるほどの目つきでサラス・グラッフテンは半日留守にしていた間に溜まっていた報告書へと詳細に目を通していく。 たった半日では良くも悪くも劇的な変化などそうそう有りはしないが、日常の微妙な差異や前兆が積み重なり、大きな事態へと移行していくのもまた事実。 数少ない手札をどこへ投入するか。 1つの崩れが社内全体へと繋がっていかないか。 微かな歪みが致命的な傷とならないか。 ディケライアの命運が風前の灯火であることは、経理部長であるサラスこそが、誰よりも痛感している。 ディケライアが過去に作り出し、今でも銀河屈指のリゾート星として名高い、惑星パラディアックを完全再現したリル謹製VRリラクゼーション空間ならば、疲れ切った心情を安らがせるには十分な効果が常ならある。 しかし今日ばかりは、あまり効果が無いと断言できるほどにサラスの顔は険しい。 心が安まらない原因を、サラス自身もはっきりと自覚している。 サラスが今日新たに積み重ねた心労。 その全ての元凶は、姪であるアリシティアが見いだした地球人ミサキシンタだ。 なんでよりにもよって、あんな男に引っかかってしまったのだろう。 アリシティアに対する扱いがぞんざいで、しかも時には暴力すら振るう最低な男。 何時か兄夫婦達が帰ってきた時の申し開きを考えると、仮初めの肉体だというのに胃の辺りがきりきりと痛む。 表情をまた1つ険しくしたサラスが胃の上に手を伸ばそうとすると、 『サラス様。ノープス様がお戻りになりました。ご面会をご希望ですがお通ししてよろしいでしょうか?』 リルの音声と共に、報告書を写していたメインディスプレイの片隅に承諾スイッチが浮かび上がる。 ミサキの所属する企業主催の説明会が終了したのは、現地時間で8時間以上前だが、すぐに戻ってきたサラスと違い、ノープスはその後は名目上の理由であった地球文明の観察と託けて物見遊山を続けていた。「もうお戻りですか……どうぞ。ご案内ください」 サラスがスイッチにタッチすると部屋の中央に転送ゲートが生成されて、透き通ったクリスタルの体をもつ鉱物種族であるノープス・ジュロウが姿を現す。 好奇心旺盛でおもしろ好きなノープスのこと、下手をすれば2、3日は戻らないかとも考えていたが、ずいぶんと早い帰りだ。 ノープスが視察と称した見物を早めに切り上げる時のパータンは大きく分けて2つ。 1つは純粋に見物した星や星域がつまらなく興味を失った場合。 そして2つ目は、インスピレーションを得た場合。「あの坊主はなかなか面白い事を考える。お嬢ちゃんも少しは男を見る目が付いたようだな」 禄に挨拶もないまま開口一番笑ったノープスは、部屋の主であるサラスの許可もとらずに、そのまま床にどかりと座ると、片手に持っていた酒瓶に直接口を付けグビリとあおる。 「ノープス老。貴方が興味を引かれたのはどのような仕事でしたか?」 自由人であるノープスの行動に文句を付ける気など毛頭無く、上機嫌を絵に描いたような態度から、胃痛の原因であるミサキに対してどういう評価だったかなんて聞く気にもならない。 ノープスを引き入れる為にミサキが出したであろう依頼内容を率直に問いかけた。「暗黒星雲探索練習用星系設計だ。無論あの坊主の計画通り仮想現実空間用だが、サンプルに星連の未知探査連隊採用試験用の配置図を見せてやったら温いとかぬかしおったわ。難易度を上げて、探査ポッド帰還をクリア条件で要求してきおった」 星系連合直属の未知領域探査連隊は、未踏域星域へと切り込んでいくエリート部隊。 その採用試験用となれば公的機関への採用試験でトップクラスの難易度を誇る難関中の難関。 しかも作り上げたのは一筋縄ではいかない偏屈星系デザイナーノープスの作。 前期までの採用試験と難易度は天と地ほどの差があるといわれたほどに、意地が悪く、一瞬の油断でリタイアとなる代物。 「……無知故にではないのでしょうね」 そんな高難易度を温いといい、ましてや、”使い捨て”が前提の探査ポッド回収をクリア条件に加えろ等と、星雲調査を、いや銀河文明をなめているのだろうか? だがあの策謀好きのこと、何らかの裏があるのだろう。 思わず苛立ちを覚え、それが切っ掛けでさらに胃がきりきりと痛む幻痛がサラスを苛む。「お嬢ちゃんからある程度は聞いた上であの条件を出してきおった。それくらい出来無ければ無理筋を通すまでの価値が無いと考えておるな。お前さん対策じゃろ」 使い捨てといえど探査ポッドも安い物では無い。 ましてや巨大な暗黒星雲探査に用いるとなれば、恒星化に適した原始惑星が見つかるまでにいくつ投入することになるか判らない。 だが投入した探査ポッドの半分、いや2割でも回収できれば、簡易修繕と整備で再投入が可能となるだろう。 経費削減効果は馬鹿に出来ず、そのクラスの腕を持つ操縦士が大量に確保できるならば、高価となるがより高性能な探査ポッドを投入しても、高い費用対効果も期待出来る。 今のディケライアの状況を考えるならば、それらの人材を合法ギリギリでも確保できるならば、行う必要性は高い。「っ……やはり評判通りの男ですね」 コストやリスクを計算し、前提条件のハードルが高いが、それらをクリアさえ出来ればこの策が有益である事に納得する。 しかし、こちら側の心情を加味しギリギリの条件を狙ってくる小癪さに現地でのミサキの評価が間違いでは無かったと、改めて確信する。 「自らの目的の為ならば、友人、知人を平気で踏み台にし、さらには所属する組織すらも平然と利用し業界征服を目論む野心家……じゃったかな。ふむふむ。やはり面白いのあやつは」 どう聞いても悪評な評判しか無い三崎の評価にノープスは実に面白そうに笑い、良い酒のつまみとばかりにまたも豪快に酒瓶をあおる。「姫様はなんでよりにもよってあんな輩をお選びになってしまったのでしょう」 アリシティアがパートナーと出会ったなら誰が相手であろうとも応援する。 遺伝子にまで刻み込まれた生粋の従者家系であるサラスにとっては、当然の理だったが、思わずその信念が揺らぎそうになっていた。「この男に味方する気か……しら。セキリュティー会社の社長である貴方ならこいつの本性を知らない訳では無い……でしょ」 いきなり出てきた中溝社長に対してクロガネ様が一睨みしてから、俺へと向き直り鋭い敵意を向けた。 あんな強面相手に真正面からよく噛み付けるなと、クロガネ様にある意味感心していると、 「自らの目的の為ならば、友人、知人を平気で踏み台にしてのけて、自分の会社や顧客すらも平然と利用し業界征服を目論む野心家だろ」 全てを踏み台にして自らの栄華を求めるなんて、どこのピカレスクな主人公な評価を、この親爺は宣いやがった。 中溝社長があげた理由に俺は唖然とするが、クロガネ様は頷いている。 ギルメンの協力でゲーム内MVPを取って、会社側にボス操作スカウトまでされたのに、GMに内定が決まったらそのギルメン達を平然と捨てて、関係を絶った。 ギルメンやらアリスを贔屓していると疑われないように、後輩やら知人筋を使い俺が自身の悪評を流布した結果、これが俺をよく知らないリーディアン一般ユーザー内での評判だったのは紛れもない事実。 だから前半部分には思い当たる節がありありなのだが、後半については身に覚えが”まだ”無い。 会社を利用するどころか、就職してからこっち、お客様優先の社畜生活で利用されまくりだ。「あーさすがに買いかぶりって言うか、過剰評価過ぎませんか」 そりゃ今日のPCO発表で上手く状況が運べば、今みたいな評価を受けたり、陰口を囁かれたりするかも知れないと予想はしている。 だからその評価が出るのは事を成してからというのが、俺の予測なんだが、ちょいと早すぎだろ。 「今日の手管見た限り正当な評価だろうが。最近業界の一部で噂されていたホワイトソフトウェアの三崎伸太が、ついに本性をむき出しにしやがったってのが、俺が警戒していた理由だつってんだよ……白井さん。こいつに立ち位置位は教えとけよ」 やたらと深刻な表情を浮かべる中溝社長は深い深いため息を吐く。 周囲のお客さんへと目をやれば、幾人かが同じようにやたらと疲れた顔を浮かべていて、中溝社長の発言に深く頷いていた。「三崎君はゲーム関連やら他者分析の読みは鋭いんだけど、何故かゲーム外での自己評価だけはやたらと低いですからね」 中溝社長やら一部のお客さんが憮然としている一方で、うちの社長といえば、いつも通りの気の抜けた笑い顔の、平常運転状態だ。 「自己評価が低いって、会社で一番ペーペーの使いっ走りでしょうが俺。第一自分が業界を牛耳ろうなんて考えるほど大胆じゃありませんって。どこからんなデマが」 クロガネ様みたいな輩が撒いた悪意ある嘘かと思って、ちらりとクロガネ様を見るとやはりなと言いたげな、蔑む目で俺を見ていらっしゃる。 ……あんたもデマを信じた口か。 親父さんを筆頭に幹部連中は別格としても、上の先輩らと比べても俺のVR制作に関するスキルはメインスキルであるプログラミングもまだまだ未熟も良い所。 まぁ数千行のエラー無しコードを一晩で生み出してくるような、須藤の親父さんを基準に考えれば、業界大半が未熟になるんだろうが。 得意な事といえばゲーム操作くらいだが、いくらGMといえどゲーム操作が上手ければ万事オッケーなんて、そんな甘いもんじゃねぇってのは嫌になるほど思い知らされている。 「お前今年の初めに、なにやらかしやがったか忘れてるのか。業界内じゃ大口クライアントの愛人に収まって好き勝手してるとか噂されたぞ」「愛人って……それ絶対別の奴でしょ。つーかこの業界の過酷さなんて知ってるでしょうが。女友達の1人さえ作ってる暇すら無い位なんですけど」 IT土方やらコンピュータ土木作業員なんて言葉があるほどのこの業界。 仕事、仕事で自分の生活なんぞ二の次なのは、どこも似たようなもんだろう。 だから今の中溝社長の発言は、正真正銘身に覚えが無い。 年明けからこっち愛人だ云々なんてそんな色気のある状況なんて皆無。 昨年末まで暇すぎた状況が嘘のように、忙しい日々を過ごしていた 昼間は会社で同窓会プロジェクト関連の仕事。 帰ったら帰ったでアリスとPCO組み立ての打ち合わせ、準備と、誇張抜きで寝る間を惜しんで励んでたくらいだ。「そこらの事実関係はさっき聞いたがよ。愛人云々抜きにしても、おまえ自分が警戒された理由くらい気づけよ……なんでこんなのに振り回されてんだよ俺らは」 だが俺の至極当然な反論に、中溝社長はますます頭痛を覚えたのか、不安げな表情を浮かべだしたくらいだ。 なんか認識の差にかなり大きな隔たりを感じるんだが、「ゲームしている時か、追い込まれている時以外の三崎に期待するのが間違いさ。通常モードじゃステータス半減がこいつの特徴だからね。正真正銘のゲーム脳って奴さね」 話がずれて妙な膠着状態に陥りそうになっていると、やたらと伝法で威勢の良い女性の声が辺りに響いた。 どこからか声を飛ばしてきているのか、発言者の姿は見えないが確認するまでも無い。 この言い方と啖呵の切り方は我が社の女傑佐伯さんしかいない。「学生時代ならともかく、真っ当な社会人やっている今でもその評価は実に不本意なんですけど」 1日二十時間プレイなアリスに付き合って、ゲーム>飯>風呂>仮眠>ゲーム>飯>風呂>仮眠>ゲームのコンボ繰り返しで、留年間近まで出席日数と成績を落としたあの頃ならそう言われても仕方ないとは思う。 特にうちの親父など激怒物で、姉貴の取りなしが無ければ、精神修練と称して山奥の寺に強制出家させられていたようだ。 だから今でも親爺からの信頼度は低く、姉貴には頭が上がらず、お袋には毎月給料の一部を強制貯金させられると、我ながら情けない物の、真っ当な生活を送っているつもりだ。「はっ。真っ当な奴が、下手すりゃ業界全体を敵に回すような手をぶち込んできたり、トップデザイナーの愛人だなんて囁かれたりしないさね。ねぇセンセ」 俺のぼやきを鼻で笑いながら、佐伯さんが俺とクロガネ様の中間地点へと転移魔法陣を展開して姿を現した。 その横には世界的に有名な服飾デザイナー三島由希子こと、我がギルドの副マスユッコさんの姿があった。 この言い方と登場タイミング。 俺が誰の愛人だ云々といわれていたのかを悟るが、さすがにそれは無理があるだろ。 ユッコさんうちのお袋よりもかなり年上なんですが。 「……いや愛人って。それさすがにユッコさんと旦那さんに失礼でしょう。ユッコさんすみません。俺の所為なんかどうかよく判らないですけど変な噂立って」 ユッコさんは数年前にご主人は無くしているが、おしどり夫婦で有名だったのはあちらの業界に詳しくない俺でも聞いたことのある話。 以前ご自宅にデータ撮りでお邪魔した時にも、居間やら仕事場とかに旦那さんとの写真が飾ってあったくらいだ。 真偽のほどは別としてもユッコさんの名声と旦那さんへの思いに傷を付けるような噂に俺は頭を下げる。「ふふ。こちらこそ。ごめんなさいね。こんなお婆ちゃん相手に。ほら百華堂さんの関連でいろいろなお仕事を、相場よりかなり割安で引き受けたでしょ。こっちの業界でも三島由希子が若いツバメに貢いでるなんて噂があったみたいね」 普通なら不本意やら恥と思うんだろうが、ユッコさんは何時もの朗らかな笑顔で小さく微笑している。 見た目の清楚さや上品さとは裏腹に、肝座ってるからなユッコさん。 この程度の噂話なんて意にもかけていないようだ。 同窓会プランはユッコさんがクライアントとして依頼してきたのは、先ほどの説明会で話してあり、ユッコさんにもオープニングで少し挨拶をしていただいたので、その顔には観客の皆々様も覚えている。 ただいきなりの登場と、先ほどまでの堅い挨拶と違い、世界的なデザイナーという大仰な肩書きとは裏腹なほんわか親しみやすい近所のお婆ちゃんというユッコさんの素に、目を丸くしている人が多いようだ。「三島先生。あんたがそこの若いのに、常識から考えて異常と思えるほどの協力をした、本当の理由をここで話していただいても良いですか? 知り合った経緯も含めて。白井さんからも聞いたんですが、あんたほどの年齢と立場がある人が、そのアレだったってのは……正直信じられないってのが本音でして」 中溝社長が些か申し訳なさそうに、ユッコさんが俺に協力した理由やら、出会った経緯を確認する。 まぁその2つは、前者はリアルばれの問題に関わるし、後者も下手に美談だ云々と騒がれて神崎さんの生活を騒がせたくないというユッコさんの意向に従って隠してきた物。 そこに触れるのはユッコさんにはある程度のリスクがあるはずなんだが、「えぇ。私もこれでも廃人の端くれ。デザイナー三島由希子とは仮の姿。私の正体は……」 悪戯っぽい笑顔を浮かべたユッコさんが、ゆっくりと喋りながら俺の右隣へと歩いてきて横に立つ。 その頭上に仮想体生成リングが生成され、高速回転をしながら降りていく。 リングの動きに沿ってユッコさんの仮想体がリアルボディ再現体から変化していく。 お年をめしていた顔が面影を残したまま若返り、その背中には猛禽類めいた大きな羽根が生え、服装も金銀の刺繍が細やかに施された暗褐色の怪しげな雰囲気を持つ長ローブへと変化する。 この早変わりの仕掛けは佐伯さんの仕業だな。外見データを持ってきたか。 広範囲魔術攻撃を得意とし、狩りでは驚異的なダメージソースを叩きだし後衛火力魔術師の教科書みたいなプレイで名を馳せた彼女の名は、「リーディアンオンラインのギルドが1つKUGC副マスター『ユッコ』です」 うむ……ユッコさん一切の躊躇無くばらしにいきやがった。 しかもこの芝居がかった台詞回し。あのウサギ娘を彷彿させる物がある。 俺が引退してからアリスの奴が感染させやがったか? 「ちなみに私どものギルドの創設者がこちらのシンタギルドマスターです。だからお互いのリアルの姿なんて知らない一介のプレイヤー時代からのご縁です。皆さんがご想像しているような関係ではありませんよ。どちらかといえば幾度も死線をくぐり抜けた戦友とか、協力し合ってきた家族みたいな物でしょうか」 姿は変わってもそのおっとりとした笑顔は変わらず、ユッコさんは横で聞いている俺が背中が痒くなるような台詞を宣う。 うん。今の台詞で確信した。途中まではともかく、最後の台詞はユッコさんらしくない。脚本作った奴がいやがる。というかアリスだ。 あいつ何を考えてやがる? サラスさんを説得しにいくと別行動をとっていたアリスへと目をやると、つい先ほど確認した時はいたはずのアリスの姿がいつの間にやら消え失せていた。 「家族? 疑わしい。どれだけ言いつくろってもその男は、貴女達を裏切ったのは変わりないのでは。利益があるから協力した。ただそれだけの関係……でしょ。その男の本質が裏切り者の野心家である事に変わりないでしょ。そんな戯れ言でごまかせると思ってるのか……しら」 有名デザイナーの廃人発言に会場が唖然とするなか、ある意味空気を読まないクロガネ様が反論してくる。 しかも家族って言葉になんかトラウマでもあるのか、吐き捨てるように言い切ってだ。 うむ。狙い通り高いヘイトを維持は出来ているが、ちと方向性がアレか?「私の”パートナー”をよく知りもせず、いろいろ言うのはそろそろ止めて貰うわよ。転送陣展開!」 クロガネ様以上に、もっと空気が読めない奴の台詞が会場に響き渡る。 しかもキーワードを口にした本気台詞。 アリスの奴。出のタイミングを計っていやがったか。 左隣の地面を見ると、校庭に引かれていた白線のラインが光を放つラインへと切り替わり、瞼が開くように中央で別れて複雑な文様を展開していく。 ドイツ系アメリカ人アリシティア・ディケライアでは無く、先ほどのPCOデモプレイでも見せたばかりの、リーディアン時代の金髪・赤目にウサ耳の仮想体が出現する。「KUGC二代目ギルドマスターアリシティア・ディケラァ!」 「本日二度目は言わせねぇぞ。この馬鹿が」「いたたたいっ! シンタ拳骨で押さえないでよ!」 仰々しい名乗りと共に足元の魔法陣から徐々にせり上がってきたアリスの頭上に、固く握りしめた拳を置いてぐりぐりと動かしてやると、ウサミミをばたつかせタップするように俺の手を叩きながら、涙目のアリスが抗議の悲鳴を上げる。 「なんで邪魔する!?」 さすがに押し戻す事はシステム上は出来無かったが、相当なダメージを負いつつもアリスが俺の胸ぐらを掴みつつ、さきほどの拳骨のお返しとばかりに俺の臑をコツコツと蹴り上げて来やがる。「そりゃこっちの台詞だ! この阿呆! 話の流れぐちゃぐちゃじゃねぇか! 足元に出てきて靴で踏みにじらなかっただけ感謝しろよ!」 「女の子に対して酷くないそれ!? そんなんだから、腹黒いとか性格が腐ってるとか、性悪外道ナンパ師とかいろいろ言われるのよ!」 「最後の悪名はお前が広めた奴じゃねぇか! しかもお前もう一つの攻略はどうした!? てめぇ。ボス戦での持ち場放棄は絶対やるなって教えてただろうが!」 地味に痛いじゃねぇか。 アリスのコツコツ攻撃に苛立ちつつ、そのウサミミを両手で掴んで引っ張る反撃に出る。 パーティ戦は何よりも連携重視。1人1人がちゃんと役割を果たさなければ、安定的な攻略なんて出来無い。 その事は耳が腐るほどに教えてきたのに、よりにもよってこの大勝負の場でなんでお前がこっちに来てるんだよ。「放棄してないもん! おばさんの攻略で必要だから! それにユッコさんとかサエさんに協力して貰ってようやくシンタの悪名を晴らせる機会が来たんだもん!」 「はっ? 俺の悪名ってお前何を言っ!?」 予想外のアリスの台詞に一瞬俺の手が緩んだ瞬間、アリスの奴が俺の鳩尾に体重の乗った水平チョップからの股間蹴り上げという凶悪コンボをぶち込んで来やがった。 「……お、ま……リアルじゃ……死ぬぞこれ」 一定以上の痛覚が自動遮断される安全装置が働き痛みは多少緩和されたが、言い換えればそれは許容範囲最大攻撃な訳で、一撃でグロッキー状態になった俺は思わず前のめりに倒れ込む。 「ふん。VRだから平気でしょ。せっかく人が格好良く決めようってしてたのに邪魔しないでよ」 倒れ込んできた俺をひらりと避けたアリスが勝ち誇るように言って、その足で俺の背中を踏みつけてきやがった。 相変わらず敗者に対しても容赦が無いなこいつ。「なんの茶番のつもりだ……ったのかしら。この通り情けない男だから疑うなとでも言いたいのか……しら」 こっちもぶれないな。蔑んだ目で俺を見てやがる。この姿勢と相まって実に情けない物がある。「あんたいい加減にしなさいよ! 私の”パートナー”を舐めるな! シンタの本性はね、勝つためには手段を選ばす、ありとあらゆる人脈、情報を駆使して、悪辣外道な手でも平然と行って他人どころか”自分”も利用する、お人好しの善人よ!」 確信を持って力強く発せられた声は、時に多大な説得力を持つ時があるというが今のアリスの発言はまさにそれだ。 さすが銀河帝国末裔という胡散臭い肩書きを持つだけあって、その言葉の強さは俺が生涯聞いた中でも5本の指に入るほど、心に響いて聞こえてきた しかし……たまに思う時がある。こいつ俺のこと本当は大嫌いじゃ無いのか?