背のスラスターを噴射させ予測弾幕を張る小型艇の攻撃を躱して前に進む。 目標はあくまで湾曲回廊出口。雑魚に関わっている暇はない。 元来あの湾曲回廊は小衛星帯基地から出撃する艦艇が、周囲に浮かぶ小衛星の影響を受けず星系内速度へと到達する為の滑走路。 回廊を突破すれば、小衛星帯基地はすぐ目前となる。 三崎が回廊の存在に気づき、逆に利用し衛星帯基地目前へと侵攻するまでは、多少の計画の違いはあったがほぼ予定通り。 あとは三年ぶりの直接対戦を成立させ、完勝するだけ。 それでようやく自分は言うべき言葉を伝えられる……伝えられたはずなのに。 三崎の性格の悪さを見積もり損なったとアリシティアは臍をかむ。 状況が不利とみるや、ゲームシステム上の勝利ではなく、精神的勝利を狙って来るとは夢にも思っていなかった。 「あー! もう! 邪魔! 性格悪すぎ!」 雹やあられのように音をたてて身体に降り注ぐ、小型実体弾に余計に苛立ちながら、アリシティアは小刻みに進路を変えつつ、敵の主力である砲撃の予想射線軸を避けながらを突き進む。 先ほどから振り払っても振り払っても三艇一チームで纏わり付いてくる小型艇が、アリシティアの進路上に巻き散らかすのは、対ミサイル、対艦載機用の小型実体弾を中心とした防御兵器群の弾雨。 今のアリシティアの仮想体はリアルボディと同じサイズとはいえ、そのステータスは高速戦艦の攻撃力と防御力と速度をもつ鋼の肉体。 小型艇搭載の防御兵器の低い攻撃力では数百発直撃を喰らった所で、ドット1目盛り分のHP減少すらしない。 ならばそんな無意味な攻撃を何故三崎が行い、そしてアリシティアは回避を行うのか? 答えは単純。 砲撃艦到達までにアリシティアをたどり着かせないように、実体弾による質量慣性攻撃で、アリシティアの移動速度を減少させるのが主目的の、時間が限られた現状で有効的な嫌がらせを仕掛けているからだ。 PCOにおいてアリシティアのデータは元となった戦艦と同程度のステータスを持つが、その挙動を制御する物理エンジンは、アリシティアのリアルボディと同じ質量で計算を行っている。 アリシティアの背中のスラスターは、元となった戦艦と同一の”加速”と”速度”を出す事は出来るが、その質量は比べるまでもなく少ない為、推進力自体は十桁以上も少ない。 重い物を動かすには大きな力がいり、軽い物を動かすには少ない力ですむ。 VR宇宙であるこの世界にも、その質量法則は原則として組み込まれている。 だから小型艇の小型実体弾でも、アリシティアの速度を落とす程度には十分な効果を発揮していた。 アリシティアが出現した最初の戦闘で突っ込んできた戦闘機に押され後退した事で、その質量が戦艦と同一ではないと見抜き、この攻略プランをでっち上げてきたのだろう。 PCOに使っている物理エンジンは、元々リーディアンに使っていた物の流用。 人間大サイズで宇宙戦艦の数十万トンクラス質量を持つ物体の物理演算は、数値さえ打ち込めば適用可能となるが、元々そんな無茶苦茶な数値を元にしたプレイ感覚やバランスは考慮されていない。 大質量を動かす為にはスラスター出力のみではなく四肢を動かす為に筋力ステータスの大幅上昇が必要になる。 だが上げれば上げたで今度はプレイヤーの操作感覚などが激変し、まともなゲームプレイに支障が出る。 極端な話、プレイヤーが指で軽く指を触れただけのつもりでも、宇宙戦艦用複合装甲が粘土のように抉り取られたりと、プレイヤー自身が埃を払い落とそうと軽く身体をはらっただけでも、システムは高筋力による接触ダメージと判断して、HP大ダメージの誤爆と予想外の事態になりかねない。 物理エンジンがVRにおいて基本システムである以上、そう易々といじったり変化させる事が出来ない為に、祖霊転身した場合も、あくまでも通常仮想体と同様のデータを適用し、戦闘スキルシステム上の攻撃力や防御力の数値だけ戦艦時のステータスを適用したのが、現段階でのPCOにおいての仮設定となっている。 簡潔に言えばただ殴ればアリシティア本来の筋力を元にしたダメージ計算がなされ、攻撃スキルを通した攻撃にのみ戦艦ステータスが適用される。 無論これらの設定や仕様はアリシティアと佐伯で決めたので、三崎は知る由もないのだが、それらの細かい事情はともかく、設定を見抜き、さらにどう利用するかを一瞬で判断したのだろう。 システム上の不備や妥協点を逆に利用したゲームプレイ。 所謂ウラ技による攻略。三崎が現役時代に得意としたプレイの一つだ。 今の速度では砲撃開始予想時刻までには到達できない。 長年のゲーマーとしての勘が告げ、アリシティアをサポートする戦術AIも現スピードでの到達不可能を予測算出する。 元来の”アリシティア・ディケライア”としての思考能力と肉体追従能力をフルに使えるならば、 最適な予測進路をすぐにはじきだし、飛び交う弾幕を避けて進む事は造作もない。 だがここはゲーム世界。 地球人であるならば己の肉体限界を超えた活躍を出来る世界であっても、超絶とした科学レベルを持つ銀河文明の恩恵をフルに受けるアリシティアからすれば、地球の制限されたVR空間ではスペック上許す限りの最上級の反応でさえ遅い。 しかもPCOはリーディアン時代よりも規制強化された影響でさらに反応が鈍い。 反応していても避けられず、攻撃が当たるのもストレスが溜まる要員だ。 さらにチームで纏わり付いてくる小型艇の艦種は耐マナシールド艇で、中途半端な魔法攻撃はキャンセルされてしまう。 名前が指し示すとおり魔法攻撃防御に特化した特殊船で、アリシティアが三崎の傘下艦隊に内緒で組み入れておいた船達だ。 アリシティアの全力攻撃ならば一撃で沈める事も可能だが、目標砲艦に全力攻撃を打ち込む為にスキルポイントを温存している上に、妨害を主目的にして飛ぶ相手を追っかけ回している時間も無い。 自分だけが魔法攻撃を可能とした状況で、三崎側に防御手段がないというのは、アリシティアとしては、対戦マナーとしてアウトだと思い組み込んだのが、完全に裏目に出ていた。 少しでも隙を見せたり、情報を与えれば、そこを最大限に活用してくるのがあのパートナーの特色だとは、骨の髄に染みこむほど知っている……知ってはいるが。「なんでそうやって嫌がらせばっかり、すぐに思いつくのよシンタは!」 ここまで短時間で有効的な手を打ってきたのは、ひょっとしてリル当たりから事前にアリシティアの動きでもリークされていたのではないか。 そう疑いたくなるくらいにあの男は用意周到で性格が悪い。 三崎がこんな嫌がらせプレイを躊躇無く行う所為で、一番大切な言葉を未だに伝えられないのだ。 自分でも自覚できる逆恨みを抱きつつも、アリシティアは周囲を見渡し、情報を精査し、打開策を練り、即断する。 三崎が張り巡らせた罠を得意とするならば、アリシティアの持ち味はその直感力と決断力 取るべき行動、狙うべき目標を一瞬で判別し、迷う事無く行う意志の強さ。「シングルストレート!」 右手を一降りして、杭打ち機の蒸気圧を高める。 スキルゲージが発動に伴い減少するが、使用するのは最低威力のシングル魔法。最大威力の攻撃を使う余力は残っている。 魔法銀杭の先端に光が集まり魔法陣を描き出すと共に、サイドの巨大な歯車がギチリと音をたてて激しく回り始め、魔法システムが立ち上がる。 歯車と蒸気機関。 宇宙文明においては、すでに太古の遺産というのも失笑物の低効率な原始的機械機構だが、アリシティアにとってはある意味で新鮮で物珍しい。 何よりこの時代遅れな機構には浪漫があって心が躍る。 そんな自分の趣味を策略の一環だろうが心底馬鹿にした、あのど腐れ外道なパートナーの顔を思い浮かべる。「今からぶん殴りにいくから首洗って待ってなさいよ! ボルケーノスピア!」 アリシティアの右手の魔法陣が発光し、高圧縮発熱化した火山弾が召還される。 召還した火山弾をアリシティアは進路上へと先回りして割り込もうとしていたマナシールド艇の鼻先へと掠めるコースへと打ち出す。 今必要なのは一瞬の時間。 マナシールド艇は小回りが利くが、加速度では高速戦艦のステータスを持つアリシティアに軍配が上がる。 三崎はマナシールド艇三隻によるチーム攻撃で、その優位である加速を十二分に出せない状況に追い込んでいた。 獲物であるウサギを徐々に追い詰めていく猟犬を操る猟師のつもりだろうか? だがこのウサギは凶暴。猟犬などでなく猟師その者を狙う事を思い出させてやろう。 ボルケーノスピアによって進路をふさがれたマナシールド艇の一隻が進路を変更した事で包囲網が一瞬だけ緩む。 その隙を見逃さずアリシティアはスラスターを全開で解放し一点に向かって飛ぶ。 目指すべきは先ほどまで執拗に避けていた方向。 あと少しでもっとも危険になるだろう。退避推奨ルート。 敵側の戦闘AIも危険度が高すぎるから予測方向として優先度が低い見積もりをしているだろう。 しかしそれが故にAIの意表を突ける。 残り二隻のマナシールド艇がアリシティアの進行方向に妨害弾幕を張ろうとするが、弾幕のカーテンが閉まる直前、紙一重でアリシティアは目標進路へと乗り入れる。「とっ! どっ! いたっ!」 最終目標を睨み付け、ウサミミを威嚇するように激しく揺らす。 覚悟は決めた。ならあとは突き進むのみ。ここからはただ一直線に加速するのみ。 マナシールド艇の網を振り切りアリシティアは突き進む。『敵砲艦の予想射線軸に侵入しています。砲撃予想時刻まであと1分。目標地点到達までに敵砲撃開始予測が極めて高し。至急退避を勧告します』 アリシティアの躍り出た場所は敵砲艦予想射線軸の真っ正面。 最高加速で突き進んだとしても間に合うかどうか判らない。 だがこのまま指をくわえて砲撃を待つのはアリシティアの趣味ではない。 「はっ! これもシンタの思惑!? チキンレース上等! KUGCギルマス兼切り込み隊長のあたしをなめないでよね!」 戦術AIの警告を無視し、アリシティアは啖呵を切る。 三崎のことだ。追い込まれればこの進路を自分が取るという事も計算済みだろう。 精神的勝ちのみならず、三崎があわよくばシステム上でも勝ちを狙うつもりだと今更ながらに気づく。 勝利の為にいくつも罠をはっていたのだろう。そしていくつも用意しているだろう。 だがその罠を承知の上でアリシティアはさらに勝負に出る。 肉眼で見れば遙か先に、要塞すらも沈める一撃を放つ大型荷電粒子砲に申し訳程度の推進機関を付けた中型特殊砲撃艦をその眼に捉えた。 敵砲艦への真正面からの突撃というひねりも何もない愚直で力業な正面突破。 しかし時間で見れば僅か1分後には敵艦から砲撃が開始される。 だがそれがどうした。関係ない。 砲撃艦を落とし、三崎を追いこみ、祖霊転身を使わせたうえで勝利する。 それが元々の目標だ。この機会を地球時間で三年間も待っていたのだ。 覚悟を決めたアリシティアは背中のスラスターを最大噴射で、迷い無き突貫攻撃を敢行する。 アリシティアの移動速度は目標地点での減速など考えない無謀な物だ。だが減速を考えなければまだ間に合う。 故に勝算はある。高速移動状態から砲艦をすれ違いざまに攻撃するのは、今の反応追従速度では苦労するかもしれない。 ならいっそ真正面から突っ込めばいい。何せ的はでかい。真正面からぶつかるつもりなら外れるはずもない。 砲口という名の口から入って、主炉という名の内臓を喰らい破ってくれよう。 『シングルウェイトタイム終了。スピアストライカー再稼働』「フィフスストレート!」 一番負担の少ないシングル起動によって僅かなウェイトタイムで再使用可能になった主武器である右手の杭打ち機を再度稼働。 最大威力の5重魔法陣が鈍く光る魔法銀杭の先端に展開される。 こちらは再稼働まで180秒ほどの時間が必要となるがここが勝負所。 出し惜しみは無しだ。「マジックウェポン! ナイトランサー!」 呼び出すのはリーディアン現役時代アリスがもっとも得意とした攻撃。対陣突破攻撃武具魔術『ナイトランサー』 キャラクターのDF、MDF値を半減させる代わりに全て攻撃力へとプラスし、持ちうる限りの最大攻撃を喰らわす一撃必殺の近接魔術攻撃。 大槍の発動によりアリシティアのHPを保っていた戦艦の高DFは半分となり、撃たれ弱くなる諸刃の剣。 だがこれこそがアリシティアの戦い方だ。 伸るか反るかの一発勝負に中途半端な妥協などしてたまるか。 突き出した右手のスピアストライカーを中心に円錐上の巨大な光の槍が形成される。 スラスターが残す尾と相まって一筋の矢となったアリシティアは猛禽類のような獰猛な笑みを浮かべて最終加速へと突入した。「さすがアリス。思い切って来やがったな」 砲撃コース正面ど真ん中を突き進みながら殺意ありありな言葉を宣うアリスを、手元の小さなモニターで確認しながら、昔と変わらない相棒の攻撃一辺倒プレイスタイルに俺はつい笑う。 俺の思惑通りっちゃ思惑通りだがあいつの事だ。 こっちが計算済みで、さらに罠を張り巡らせている事は百も承知。その上で食い破る気だろう。 この思い切りの良さは、背を預けている時は頼もしい事この上なかったが、相変わらず敵に回すと恐ろしい奴だ。 ここからは秒単位の勝負。あいつの加速度を僅かばかりに減少させているこっちの攻撃はまだ有効状態。 あの様子じゃバットステータスにゃ気づいてないな。 執拗に仕掛けていたマナシールド艇による妨害行為も、加速度減少をあいつに気づかせない為の前振り。 先ほど”振り切らせた”マナシールド艇もアリスの減少に合わせて、ちょいとばかり加速度を落としておいたのがよかったか? 感覚優先プレイな奴で細かなステータス変化まで見ない悪癖は変わらずか。 まぁ普通なら気になるステ減少も、プレイでどうにでもカバーできる当たりがアリスの恐ろしさなんだが。 おかげで正面突破王道なあいつに対して、こっちは小細工もりもりとなるわけだ。「制圧艦部隊ルート上に。真正面からぶつけるぞ」 相手が槍なら、こっちも槍だ。 アリス側はナイトランサーの魔法の槍で、こっちは高周波船首衝角という機械の槍。 そういや魔法属性と機械属性の相性値やらなんやらも設定、調整しなきゃいけなかったな。 基本は魔法優勢で機械が弱め。ただし魔法はそれぞれの属性で相性の増減が激しいのに対して、機械は一律減少でフラット気味に……『はっ! 時間稼ぎのつもり!? ぶち抜く!』 ほぼAI自動戦闘に任せていた為か、一瞬意識がプレイヤーから離れて制作者側に戻りかけていた俺に怒るかのようにアリスの声が響く。 と、あいつ相手に気を抜いたら勝てる物も勝てやしない。何せこの罠を突破されたら、ある意味俺の負け確定な勝ちしか出来ないからな。 あいつを怒らせない為にも、ここできっちり勝ちを納めておきたい……是非にも。というか心の底から。 砲撃予想ルートに乗り入れた麾下艦と砲撃艦は損失させるのが前提。 それを差っ引いてもまだ撤退値まで少しばかり余裕はあるから、最終手段にも問題はなしと。 アリス側の艦隊がもっと積極的に攻撃を仕掛けてくるなら余裕はなかったが、アリスの奴が自分のプレイに集中しているせいかAI任せの最低限の攻撃なので防ぐのが楽なのが幸いだ。 アリス側にユッコさんでもいたら、この状況に持ってくるのすら不可能だったろう。 縁の下的な地味な仕事で有能なユッコさんの実力を再認識しつつ、俺は勝負時の一瞬に合わせて息を深く吸った。『ルート上に敵艦侵入。物理防御艦を中心とした小隊構成。砲撃開始まであと30秒』 予想射線軸へと真正面から割り込んできた部隊に対して、戦闘AIが警告を発する。 相手は防御力の高い物理防御艦が5隻で密集円錐陣を組んで、蟻の子一匹すら通さないガードを組んでいる。 防御艦による足を止めさせる為の馬防柵か? 今更砲撃進路に送り込んできたのだ。消耗前提の捨て駒として投入してきたのは間違いない。 だが三崎の事だ。ただの時間稼ぎである訳がない。 記憶を浚ったアリシティアは即座に一つの記憶を呼び起こす。あの陣形は覚えがある。 艦数規模こそ違うが、先ほどの中盤戦で湾曲回廊形成衛星へと突撃を仕掛けた制圧艦を伴った陣形と酷似している。 あの後ろに隠れて高周波船首衝角を備えた制圧艦が牙を顰めて伏せているだろう。 確信をもってアリシティアは予測する。 小回りの利く自分ならばあの部隊を回避する事は出来るが、この速度でコースを変えれば時間が足りなくなる。 ナイトランサーは対陣突破魔術。前衛MOBモンスターを蹴散らして、敵BOSSへ一撃を加える必殺攻撃。 どんな敵でも貫いてクリティカルを打ち込んできたアリシティアの自信が回避判断を却下し迷う事無く突き進ませる。「止められる物なら止めてみなさいよ!」 気合いと共にアリシティアの構えたナイトランサーの先端が先陣を切る防御艦の装甲へと突き刺さり、薄紙を破るかのようにその装甲を貫いていく。 極化した攻撃力は防御艦のDFやHPを物ともせず瞬く間に葬り去りアリシティアは第一陣を突き抜ける。 抜けた先には高周波船首衝角を最大稼働させた制圧艦が手ぐすねを引いて待ち受けていた。 制圧艦の四方に繋がられていた牽き船のトラクタービームが切り離され、高速戦艦のステータスを持つアリシティアよりも、短時間ながらさらに爆発的な加速力を持つ制圧艦のスラスターが流星の尾を引きフル加速で突っ込んでくる。 アリシティアの背後で突き抜けた防御艦が一足遅れて爆散。 背後からせまる爆熱を吸収したかのように、アリシティアの心はさらに熱く燃える。 立て続けに迫る敵の手。 一瞬の判断が勝敗を分ける。 どれだけ追い込まれていようが、この状況に心が躍らなければゲーマーではない。 勝ちを得る為に常識や限界を越えたプレイをしてこそ廃神プレイヤー。 激しく振動する高周波衝角へと”寸分の狂い”も無くアリシティアは、ナイトランサーの刃先を合わせる。 刃先が見えているわけでも、タイミングを読めたのでもない。 だがプレイヤーとしての本能が勝利を掴む瞬間を見抜く。刃先を合わせた一瞬にアリシティアは僅かに角度と突き込む力を変化させる。 微妙な角度変化によりナイトランサーの攻撃力が僅かに勝り衝角を打ち砕く。 砕いた勢いのままアリシティアはさらに突き進み、制圧艦の船体を貫き突き抜ける。 制圧艦のスラスターが噴き出す残火に突っ込む事になり、全身が痺れるようなダメージ感覚と同時にHPが僅かに減少する。 しかしそれすら今の高揚感の足しだ。 何せその眼前には、今にも火を噴きそうな砲撃艦の砲口が見えている。 砲撃開始まで予測5秒。しかし到達まではあと3秒あればおつりが来る。 2秒差で自分の勝ちだ。 アリシティアが勝ちを確信し、ナイトランサーを構え治し、最後の突撃を駈けよう再加速としたその時、一瞬視界の隅を何かがよぎり心の中で警報音を鳴らす。 それは一機の偵察機。その姿には見覚えがある。三崎が最初に使ってきたステルス偵察機だ。 この瞬間まで隠れていたいたであろうあの機体のウェポンベイが大きく開かれている。 あの機体にはそのステルス性能を犠牲にしてまで、不釣り合いなほど強力な反物質ミサイルが搭載されていた。 事前情報がアリシティアの意識を僅かに向けさせ、再加速へと0.5秒のロスを発生させる。 だがあの船は最後にミサイルを全部放出していたはずだと思い直し、無視して再加速へと入る。 だがアリシティアは気づいていなかった。 この瞬間を三崎は狙っていたのだと。 僅かに遅くなる再加速に合わせて、最後まで控えていた三崎の伏兵がその牙を奮う。 それは攻撃力は皆無であり戦闘AIが脅威度は低いと見積もっていた船。 アリシティアも出番を終えたと思い失念していた存在。 この場へと制圧艦を運び込んでいた4隻の牽き船達がすれ違いざまに強力な牽引能力を持つトラクタービームをアリシティアに向かって放つ。 その不穏な動きと、そしてそこに潜む三崎の意図に遅ればせながらアリシティアも気づく。 アリシティアの加速度が最大値であれば、至近距離で放たれたトラクタービームを交わす事も可能だっただろう。 ステルス偵察機に意識を奪われていなければ、曳舟の行動に早く気づけていただろう。 だがそれらも全て織り込んだ上で仕掛けてきた三崎の攻撃が迫る。 左上方からのトラクタービーム身体を僅かにひねり躱す。 左下方。足をたたみ掠めつつも避ける。 右下方。スラスター角度を調整し何とかコースをずらす。 しかし最後まで勝利を掴む為にナイトランサーを構えていた右腕が最後のトラクタービームに捕まる。 加速度で勝るがスラスター出力では曳舟には劣るアリシティアの体は、勢いに負けて後方へと引き戻される。 致命的なロス時間が発生し、アリシティアが到達する前に砲撃艦の砲口がうなりを上げてその眼前で光をはき出す。 「ちょっ!?」 思わず声を上げたアリシティアの視界は、自滅覚悟で限界を超えて威力を上げた重粒子砲撃の閃光で埋め尽くされた。