「よし懐飛び込んだ! 4分隊円錐陣形! 突入艦をエスコートするぞ!」 ブリッジ中央部に展開する巨大正方形戦域図を視界の片隅に常に納め、戦域全体を気にかけながら、最後の湾曲衛星防衛線を突破した、外側の各種防御艦と内に潜む突入制圧艦で構成された突入部隊へと意識を向ける。 正面左右に展開した平面上の3つの仮想キーボードから手を離して、中央キーボードの上に浮かぶ球状の3D戦域モニターに浮かぶ戦況図へと俺は十指を伸ばす。 戦況図に映った一塊の突入部隊にドラッグ&ドラップの要領で指で触れて、上下左右4方向に分散してからの突入コースを入力する。 4つに分散した集団は、指示を出さずとも俺が脳裏に描いたそれぞれの比率と突入陣形へと自動変換される。 verbal instructions 。口頭指示。 input。入力操作。 Thinking。思考。 それぞれ違う3つの入力方式で俺が行った操作を、AI側がくみ取り、統合してプレイに反映させている。 万人に受け入れやすいように新機軸インタフェースとして考案したのが、この複合型入力指揮システム。 頭文字をとった仮称で【VITマルチインターフェース】 考案といいつつも、その元ネタは宇宙側で遙か大昔に使われていた装置の焼き直しだったりするのは俺とアリスの秘密だ。 俺がやったように3つの操作を複合してやってもいいし、口で言うだけでも、黙々とキーボードを叩いて入力するだけでも、 面倒なら頭の中で考えただけでも良い。 こいつの肝は、プレイヤーそれぞれのプレイスタイルや取っつきやすさに合わせて、プレイヤーが重視する操作方法をそれぞれ自由に選べるということだ。 棋士のように脳裏で何十手先まで考えながら、思うままに艦隊を動かす緻密な思考プレイ。 おおざっぱに口頭で指示を出して、あとは鍛えた補助AIにお任せ。 指揮者のように指を使った艦艇操作でダイナミックに戦闘を楽しむ。 ゲームの楽しみ方は千差万別という基本方針をもとに、俺達はこのゲームを構成している。 何せ諸事情あって、集めるプレイヤーはなるべく長期で、多ければ多いほどいい状況。 大昔の格ゲーのように初心者お断りな複雑なコマンドゲーやら、最初期MMOにありがちだったクリックゲー。 はたまた戦闘は全部お任せで手持ちカードを成長させるだけのソーシャルゲー。 嵌まれば嵌まるが、飽きやすいってのは俺らの目標にはそぐわなかったりする。『しゃ! 大将突っ込むぞ! 最後だ! 接収スキル使い切りでいいか!?』 俺の横にポップウィンドウが開き、威圧感を放つひげ面な中年黒騎士が実行最終確認をする。 デフォルメされた状態だとマスコット人形ぽくて、正直何とも頼りない印象だったが、フルダイブした事で黒妖精も等身大のキャラ表示へと変わった所為で頼もしい事この上ない。 PCOのアクティブスキルはゲージ回数制時間回復型として俺はとりあえず組んでいる。 接収スキルレベル1なら使用ゲージは1メモリ、レベル2なら2メモリ、レベル3なら4メモリという感じで、実行レベルが上がれば上がるほど増えていく。 使用したメモリは1分で1回復し、時間経過以外で回復手段は無し。 これは回復ポットがぶ飲みでのスキル連発防止やら、どのプレイヤーも効率の良い同一スキルのみでの構成となるマンネリ化を防ぎ、戦闘に奥行きを持たせる為だ。 ただ特定スキルが使えないと戦闘にならないとかではお話にならない。 スキル総数を大幅に増やして、一部のスキル効果を重複させることで、代替え手段がいくつもある形で対応する形を考えている。 プレイヤーの皆様にはどのタイミングでスキルを使うかAIに使わせるか、NPCで部隊構成をするさいにどのスキルを持ったNPCをいれるかなど、いろいろ悩んで貰おう。 部隊構成やAIへの方針指示などならば、わざわざフルダイブしなくてもちょっとした空き時間に、簡易機具でVRネットに繋いで設定できる。 稀少なフルダイブ時間を浪費しないでも、ゲームを楽しんで貰える構成。それが俺の狙いだ。「任せる。最短で頼んだ!」 湾曲空間形成後に敵基地、そしてアリスへと決戦を挑む突入艦隊を手持ちから抽出しつつ、俺は頷いて答える。 相手がAIだとは頭では理解しているが、どうにも反応やら喋りが人間ぽい感じで、ついギルメンに返すような感じで返事を返してしまう。 他のNPCは問題無いが、俺が未監修のアリス特製妖精NPC共の感情表現がハイレベルすぎるのはちと懸念事項か……まぁさすがに宇宙人特製AIなんて真相に至るのはいないと思うが。 リルさんに頼んでアリスの親父さん(仮)の技術力をもう少し盛っておいたほうがいいか?『おうよ! 野郎共いくぞ!』『『『『へい! 合点だ!!!』』』』 勢いよく答え何故か後ろを振り向いた黒妖精の後ろで、間髪いれず合いの手があがる。突入艦に搭乗する白兵部隊員達の反応だろうか。 さっきまでの戦闘前にはなかった反応。山場にのみ出現する特殊状況、台詞ぽい。 ……さすがアリス。突貫制作のはずなのに、どこまでもこだわって作ってやがる。 子供ぽい顔やら雰囲気に似合わず、些細な部分にまでこだわる職人気質な相棒に呆れ半分に俺が感心している間にも、モニターには激しい戦闘が表示される。 4つに別れた突入制圧部隊に衛星の防衛陣から、数は少ないながらも荷電粒子やら対艦ミサイルが撃ち放たれる。 だが外側に展開する防御艦群が、能動的に動き、対エネルギー艦の磁場シールドが荷電粒子を減退かき消し、耐物理艦のカウンターミサイルや連射型砲台で構成されたCIWSシステムが、迎撃を無力化し突き進む。 瞬く間に防衛圏を薄紙のように突き破った突入制圧部隊。その円錐陣の先端を務めていた防御艦の一部が四方に広がり、開口部が開く。 その内側から姿を現したのは、鋭い牙のように威圧感を放つ黒色の突入制圧艦と、突入艦をトラクタービームで牽引する補助スラスター代わりのタグボート艦。 高圧縮外殻を幾重にも重ねた重装甲の前面装甲と、艦の後ろ半分を占める過剰なまでに直進加速性能を伸ばした4対の大型スラスターと特徴的な外観をしている。 突入制圧艦のコンセプトは、その直線番長な加速力と高周波船首衝角に物を言わせて、敵惑星級艦もしくは敵施設へと突っ込み穴を開け内部へ侵入、制圧すると何とも粗っぽい仕様。 最短距離で最大加速というコンセプトな直線加速優先のスラスター配置で、小回りは効かず、後ろのスラスターに直撃を食らえば一撃轟沈という癖が強いにもほどがある設定にしてある この一隻を確実に投入するのに俺は、周囲を囲む防御艦群でエスコートした上、艦隊行動に追従する為にスラスター補助の牽き船を4隻も使っている。 一芸極化な尖った性能は、他ならぬ相棒の趣味。 アリス曰く、『どの局面でも使用可能なマルチ艦一辺倒で組んだ艦隊なんかより、癖の強い艦をいろいろ組合わせていく方が面白いし楽しいでしょ……っていうかシンタ好み仕様だがら反対無し』 さすが廃神ゲーマーで我が相棒。いろいろよく判ってらっしゃる。 「突撃進路オールクリア。突撃制圧艦4隻スラスター最大稼働開始」 黒妖精と違って無機的なNPCオペレーターが前方の安全確認終了を告げ、4隻の艦の主機関に火が点ったことを告げる。 『オラ! 奥までずっぽしつっこんで、とっとといかせんぞ!』 黒妖精の威勢の良いかけ声と共に、スラスターを最大稼働させた突撃制圧艦が尻に火がついた猛牛のように解き放たれる。 要約すれば、敵衛星の最深部まで突入して最短でコントロールを奪取するって意味なんだが、このオヤジテイストな下ネタは佐伯さんのネタか? 佐伯さんの発想や技術力は尊敬し見習いたいと思っているが、この辺りはアリスが影響を受けない事を切に願っておこう。 度を超えた廃宇宙人ってだけでお腹一杯だってのに、これ以上濃い属性は胃もたれしそうだ。「敵衛星コンタクト。高周波衝角により偽装外殻、内殻装甲突破。エネルギーラインおよびネットワークへの制圧および白兵戦部隊の展開開始」 速度×硬度×熱量。 三重の暴虐ステータスが衛星の纏った偽装外殻を容易く打ち砕き、さらには内部の高密度装甲隔壁すらもあっさりと貫いて、内部へと浸食を成功させる。 突き刺さった突撃制圧艦から白兵戦要員たちが飛び出し制圧を開始し、それと同時に大小様々なチューブが船体から伸びて、自動遮断されたエネルギーラインに強制接続して、湾曲空間通路を形成する為の準備に入る。 黒妖精の強化スキルと俺がフルダイブした事によって、ステータス値が跳ね上がった麾下艦隊員達はあっという間に侵攻処理を進めていく。 衛星内部でのアリス側の抵抗は、無人防御兵器群がちょこちょこ顔を見せるだけで、ほぼ皆無と言って良いほどの抵抗の無さ。 通常ならこうまであっさりいくと、罠かと疑う所だが、今回はアリスが相手でしかもプレゼン。 オードブルはあっさり、メインを重くって言うアリスの意向だろうと、気にせず制圧を続行させる。『エネルギーライン強制接続! スキル発動強制接収!』 黒妖精のスキル発動の叫びが響く。 バータイプのゲージが中央に展開し、スキル発動までのカウントを始めるが、激しく火花を散らす導火線のように、ゲージは僅か12秒で0へと変貌する。 スキル発動と共に、無害な岩石小衛星に偽装されていた星が軽く身震いし、その中心部に虚空が生まれた。 最初は小さな黒い点だった穴は、瞬く間に周囲の空間を歪めながら口を広げていく。 大きく開かれた漆黒の穴の先には、外部リングと内部リングの切れ目。小衛星が激減した中間層が姿を現す。 無数に並ぶ小型、中型の艦で構成された艦隊が穴の向こうで整然と並び、その背景には白色に輝く全域バリアに囲われた真珠のような惑星が映る。「湾曲空間探査終了。内部空間は湾曲作用において直径3キロ、直線約2000㎞まで延長。衛星基地発進後の星系内戦闘加速用空間と推測されます」 直径十数㎞の星に空いた穴が200倍近い長さに延長。さすがチートな宇宙技術。これがゲームだけじゃなく、現実にある技術だってんだから、地球との科学技術の差は考えるまでもなし。 「出口地点に展開する敵部隊は、長距離精密砲撃艦および観測艦で構成されたツーマンセルの狙撃迎撃艦群。超大型砲の存在は感知できません。空間制圧型の大規模口径砲に次いで、遮蔽物のない限定空間において効力を発揮する構成だと思われます……いかがなさいますか?」 穴の中に飛び込めば遮蔽物のない直線空間でただの良い的。 かといって衛星を回避して脇を廻ろうとしても、濃厚な衛星群で進路は限定される。 しかも単艦ずつしか通れないと、こっちはこっちで個別撃破の的+時間切れが目に見えている。 穴の中を埋め尽くすほどの大規模砲の気配がないのが唯一の救いってか。 勝ちを狙いにいくなら、どうするかなんて考えるまでもない。 かといってなんの対策もなく、ただ運を天に任せて、突っ込むなんぞ俺の流儀じゃない。「予定変更無し突っ込むぞ! 補助AI切り替え」 オペレーターの問いかけに即答した俺は右手を走らせ、アイテムボックスウィンドウから、妖精詰め合わせを選択、未選択だった最後の1つを呼び出す。 ブリッジ中央の3D天図内に仮想体生成リングが出現し高速回転を始める。 模るのはかつての飛行機黎明期時代の飛行士が身につけていたような、ゴーグルと毛皮の帽子、防寒具を身につけた金髪の女性。「黄妖精。宇宙船パイロットならこの私。要塞艦! 原始太陽系縦断航路! 何でも任せなさい!」 黄色妖精は出現と共に、この短時間でお馴染みとなった口上を、勝ち気な声でブリッジに響き渡らせる。 赤妖精が潜入探査、白妖精が商取引、黒妖精が短距離戦とそれぞれに特化したなか、この黄色妖精は、艦隊機動や宇宙船の操作能力向上に特化したスキルをもっている。 「黄妖精。直径3キロの穴の中で2000キロのチキンレースだ。前衛防御艦群で先行。後衛打撃艦群を無傷で舞台に送り込む。いけるな」 穴の向こうのアリスと打ち合いなんぞしている暇なんて、残り時間を考えると無い。 ならば防御艦で攻撃を防いで通路を突破。武装フル装填状態の打撃艦で一斉攻撃の強行突破作一択のみ。 現役時代のコンビ戦で、前衛俺、後衛アリスでたびたび使った十八番の手。 この手をあいつが読んでいないわけ無いだろうから、穴を抜けた先でさらなる罠があるかもしれない。 だが……上等。勢いで食い破ってやろうじゃねぇか。「誰に物を言ってるのかしら! 正面戦闘の馬上槍試合は貴族のたしなみ! 宙の騎士の力をとくと見せてあげますわ!」 黄妖精が響く声で宣言を宣い、たなびく金髪を両手で束ねてポニーテールに纏めて縛り上げ、ゴーグルを降ろす。 黄妖精の戦闘準備終了と共に、艦隊全艦の主機関が+スペック最大値となるフルドライブ状態へと強制強化された事を、情報ゲージが示す。 黄妖精の所持スキルの1つ『先陣を駈ける戦乙女』の効果らしい。 アリスやら佐伯さんが好きそうなネーミングのスキルは、麾下艦隊の推進能力をスッペク最大値で発現させる強化パッシブスキルの1つ。黄妖精が出現している間は自動補正が掛かり、艦隊や艦の動きが格段に良くなる仕様だ。 パイロットならこの私という黄妖精を良く表したスキルといえるだろう。 ……しかし忍者に老執事、騎士に貴族の末裔。一々AIそれぞれに背景設定まで作っている拘りが、アリスらしいっちゃらしい。「期待してる。特攻隊全艦突入陣形形成開始! 粒子一筋も後方に漏らさず、受け止めていくぞ!」 通路の幅は直径三キロ。人の身で見れば大穴だが、宇宙を駈ける船から見れば極々狭い穴。 さらに湾曲空間と圧縮空間境界面に下手に触れれば、内外の次元差で最悪艦が大破断裂するかもしれないとの予想も出ている。 この狭い穴の中をアリスの攻撃を防ぎつつ、強行突破するのだから、黄妖精の補助があっても困難だろう。 まぁそれが面白い。 無理ゲー、弾幕ゲー、鬼畜ゲー、難しければ難しいほど、ゲームは面白いってもんだ。 手持ちの対エネルギー防御艦を6艦構成でグループ化。直径3キロの通路の中で一グループを平面展開。それを全20層で縦列陣形で形成。 中央に物理防御艦。こいつらは道中では出番無しだが、向こうに到達後に必須となる指、この突撃の最後には破城槌の役割をしてもらう予定だ。 そして最後尾に乗艦する防御指揮艦と、アリスの切り札を警戒して虎の子の耐マナ艇を配置して前衛グループ。 後衛は、全長の半分以上を占める対要塞砲を積んだ単一武装特殊砲撃艦を軸にして、その周囲を各種攻撃艦で形成した大火力仕様艦隊を空間が許す限り詰め込む。 一隻でも撃沈されたら、その爆風やら衝撃波で連鎖的に被害が増しそうで、爆薬庫状態だが、突破後の初手で大規模な攻勢を仕掛ける為の苦肉の策だ。「全艦艇陣形成終了。突入準備完了いたしました」「……んじゃいくぞ! 全艦突入開始!」 制圧地点の最低限の保持戦力のみを残した乾坤一擲な総力戦。止められる物なら止めてみろってんだ。 中央の噴水から噴き出す水に投影された水面モニターには、絶え間のない激しい火線を撃ち放ち続ける防衛砲撃艦隊と、その攻撃を幾重にも重ねた防御艦で防ぐ侵略艦隊が映る。 撃ち続けてエネルギー低下を起こした砲撃艦が後方へと一時退却すると、即座にその穴を埋める為に待機していた砲撃艦が攻撃を開始する。 荷電粒子を受け止め続けていた防御艦群は磁場シールドが減退すると、進行速度を落として後続の防御艦群へと防人の立場譲り、後衛最後部まで引き下がって、再エネルギーチャージを始める。 侵略艦隊の突入開始からまだ2分ほどしか過ぎていないが、その激しい応酬で各々入れ替えた隊はすでに10以上にも及ぶ。 行程はまだ30%ほど。この激しい攻防が、単純でもあと6分は続く計算になるだろうか。 攻め手と守り手。 手持ちのカードを限界ギリギリ以上まで酷使するのではなく、限界が訪れるその遙か前に余裕を持って交換していく。 常に不測の事態に備え、最低限の予備戦力を残そうとしているからだろう。 相対する両者の手は、どことなく似かよる。 あの”二人”が現役時代に調子が最高潮の時は、文字通り1つの暴力として荒れ狂った物だ。 崩して、ぶった切って、防いで、たたき割る。 狩り場で揉めて同レベル帯のプレイヤー十人に囲まれていても、それを軽々と跳ね返すほどのコンビ戦の相方同士。 その戦い方が似かよるのは、当然だろうと、常に手を残そうとする慎重な戦術思考を見て宮野美貴は思う。「おぉ! 今の攻撃7段目まで抜けたぞ! これ後方までいけるんじゃねぇか!? いいぞアリス! 火力こそ正義だ! 薄情な旦那なんてぶっ倒せ!」 防御艦と防御艦の隙間を縫って突き進んだ一筋の粒子砲が、分厚い防御陣形の7段目でかろうじて防がれた事に大きな喚声がわき上がった。 度重なる先陣入れ替えで10段目以降の防御艦群は、未だフルチャージ状態ではない。磁場シールドが弱まっているのながら、上手くすれば撃沈できるかもしれないと期待が上がる。 防御艦の数が減れば穴が開き、後方の打撃艦隊を護る壁が減る。一度崩れたら総崩れになるのではと期待が上がる。「喜ぶのは待ちなさいってば。最悪でも物理防御艦を犠牲で防げるくらいに威力減退させてる。相手はミサキよ。現役時代にそんな感じで調子に乗って、KUGCに散々やられたでしょうが。ほんと学習しない火力馬鹿ね」「んだと。お前の所みたいに不意ついて一撃なんぞ卑怯な手より、真っ正面から叩きつぶすのが王道だろうが」 歓声を上げる若いサラリーマン風のスーツの姿の男と、その横で某VRカフェの制服を身につけた女性従業員があきれ顔で戦力分析数値を指し示す。 リアルの知り合いなのか気安さを感じさせる二人は、そのままあーだこーだと戦いの推移や予測論をぶつけ合い始めた。 美貴の兄の企みは上手く成功。当初は閑散としていた会場は今では多数の仮想体であふれかえっていた。 漏れ聞く声を聞けば、三崎の悪評を知っていてアリシティアを応援するリーディアンのプレイヤーだった者もいれば、どんなプレイヤーなんだと問いかける単なる興味本位の野次馬。 別ゲームのヘビーユーザーらしき者などは、自分のやっていたゲームを引き合いに出してゲーム構成や作りのダメ出しなど論評で忙しいようだ。 兎にも角にも盛り上がっている事は間違いなし。 一斉にダイブして1カ所に固まっていた美貴達の周囲にも、メールで評判を聞きつけた新旧のギルメン達が次々に潜って、この降って湧いたお祭りに参加し始めていた。 学生ギルメン連中は大半が春休み期間中だからまだしも、社会人ギルメンまでも時間的に昼休みだったり、自営業だから大丈夫というかなり怪しい理由で潜って来ているのだから、『SA』というコードの意味合いの強さを改めて実感する。「部長。部長。あのAIってアリスさんのお手製ですよね? あんな感じの自然な受け答えするAIってどんなプログラム組んでるんでしょ?」 顔に似合わずというか、根っこの部分が技術者系の後輩千沙登はゲームそのものよりも、そこで使われる特製AIに興味を引かれたのか目をきらきらと輝かせている。 人工知能搭載型ぬいぐるみを作りたいというファンシーな入学動機は伊達ではなさそうだ。 「あー……あっちゃんの場合、MODもそうだけど独自技術多いから聞いてみないと判らないわね。相当ハイレベルな事してるのは間違いないけど。ねぇユッコさん。この後あの二人と連絡が取れますか?」 工業技術そのものよりは、その技術がどういう経済的効果を生むかや応用できる分野を模索する工業経営学を学ぶ美貴は、後輩からの質問にあっさりと白旗を上げて、そばで社会人同士で集まって雑談を交わすユッコに問いかける。 千沙登の質問は別としても、あの二人にはいろいろ問いただしたい事もある。 一年近くもなんで連絡の1つさえよこさないとか、連絡ついてたなら一言くらい教えてくれと文句がほぼ大半になるだろうが。「はいはい。ホワイトソフトウェアの方に確認しますね」「なんだ美貴。後輩の質問くらい答えられないって部長の名が泣くぞ。情けないな」 雑談をしていた社会人メンバーの一人である兄の宮野忠之はわざとらしいため息をはき出し、大げさな身振りで首を横に振る。「兄貴うっさい。っていうか兄貴にも文句あるのよ。なによあの地下倉庫の乱雑振り。兄貴のせいで今日の倉庫探索に苦戦してるんだからね」 にやにやした笑いを浮かべる兄を見て、先ほどまでの苦労も思い出した美貴が詰め寄る。「お前らあそこに手を出したのか? 俺の前からあんな感じで触れたら不幸になるって場所だぞ。ほれ入り口にも掘ってあっただろ。『この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ』ってな」 「あれ兄貴の手書きでしょうが! 癖字過ぎて丸わかりだっての!」 どこ吹く風で戯言で嘯く兄に対して、常に振り回される美貴はつい声を荒げる。 何でもその場のノリや悪戯心で行動する兄は、いい年してどうにかならないのかというのはここ数年の美貴の悩みだ。「ほらほら兄妹喧嘩は後にしましょう。ミャー君も妹さんで遊ばないの」 端から見ればじゃれ合いのような兄妹喧嘩に周囲があきれ顔している中、ユッコがのんびりとした口調で間に入っていさめる。「ういっす。ユッコさんにいわれちゃしゃーない」「あぅ。ユッコさんすみません。いろいろ」 雰囲気の悪い時にユッコの存在は一服の清涼剤のように周囲を鎮静させる効果があるのか、忠之はからかいの笑みを顰めるとばつが悪そうに頭を掻き、激高し掛かっていた美貴は軽く息を吐き、気を落ち着かせる。 かつてあの世界でよくあった光景を美貴は思い出す。 揉めたり喧嘩したりと騒々しく騒がしく、そしてそれら全てが楽しめた時代。 それはゲーム終了と共に消え去ったはずの空間。 今のやり取りに周囲の誰もが過去を懐かしむような目をする中、「マスターさんはこの後も2,3日はいろいろ雑用やら後始末で忙しくなりそうですけど、アリスちゃんの方は明日には手が空くみたいですね……ふふ。ようやく戻ってきますよ。私たちのギルドと世界が」 一人全ての事情を知るユッコが僅かな笑みを浮かべて噴水と目を向け瞬間、今までで一番の喚声が会場に響き渡った。 先頭の物理防御艦が本来は防衛用に使うはずの短距離迎撃ミサイルや小型艦砲をばらまき、入り口に申し訳程度のバリケードを作っていた砲撃艦らを、その堅い船殻硬度に物言わせてど突き飛ばす。 必殺破城槌ってか。「湾曲通路突破。損傷率2%。戦闘開始時より累計損傷率は17%となりました。限界値まで残り13%。危険領域へと突入いたしました」 ついに湾曲空間を抜けて、広々とした空間に躍り出る。行程2000キロといっても宇宙尺度で見れば短距離。 その行程で落とされた防御艦は8隻。 距離が近づけば近づくほどに威力を高めていく狙撃砲艦の攻撃で、シールド減退していない無傷の対エネルギー防御艦は皆無という状況。 しかし度重なる全力連撃でアリス側の砲撃艦もエネルギーチャージが十二分ではないのか、次々に突破していく防御艦への攻撃は散発的だ。「橋頭堡陣形形成! 対エネルギー攪乱幕射出! 全天精査! 後衛艦隊到着までに敵基地の所在割りだし!」 黄妖精の能力でスムーズに艦隊行動をとる防御艦群が拡散して、湾曲通路の出口に簡易陣を作る。 チャージ不足な対エネルギーシールド艦と違い、耐物理防御艦群はほぼ無傷。後衛到着までの僅かな時間くらい稼ぐのは分けがないはずだ。「全天精査終了。敵基地所在の割り出し。正面9時の方向に若干の空間揺らぎを発見。巨大質量によるステルス重力変異と推測。さらに無数のステルス反応を周辺空間に感知。100メートル級から300メートル級の物体が隠れているようです」 手早く動いたオペレーターによって、周辺空域で異常数値を放つ場所が特定され、艦隊中央の3D天図に表示される。 遠距離では感知できないが、ここまで近づいて目と鼻の先ともなれば、艦クラスのステルスを見破るのは難しくないようだ。 中央部にクローズアップされた大型質量反応は、おそらく第一目標のアリス側の防御基地。 まずはここを落とすか、占拠一定時間の保持が俺の最低限の勝利条件となる。ここまでは予測範囲。 しかしさらに隠れているという無数のステルス反応は俺の予想外。推測しているアリスの手持ち戦力よりもさらに多い数の何かが隠れているらしい。 俺がゲームプレイを始める前に、アリスのいっていた『工作艦にもいろいろ小細工を指示して』という台詞が脳裏をよぎる。 こいつがその小細工の成果か? 何が小細工だ。ど本命の切り札じゃねぇか。「後衛艦隊現着まであと20秒。全ステルス目標へのマーキングをいたしますか」「対要塞砲は巨大質量一点狙い。他は自在で任せた。手近なのからぶち込んで」『フルダイブ感知。敵プレイヤーがフルダイブ状態へと移行いたしました』 攻撃確認に俺がおおざっぱな指示をしようとした時、艦橋に大音量のアラームが鳴り響き、警戒アナウンスが流れる。 相手がフルダイブしてきた事を知らせる緊急通報だが、アリスの奴、何故このタイミングで?『あーっもう! 何とか間に合った! シンタ早すぎるのよ! もう少しタイムスケジュールとか盛り上がり考えなさいよ!」 俺が疑問に思うと同時に、強化したステ値による強制通信割り込みウィンドウが開いてかなり理不尽な台詞を宣う我が相棒が姿を現す。「当初のままならともかく。打ち合わせもしてないアドリブ仕事に巻き込んだのはお前だろうが」 タイムスケジュールなんて無茶な事を言うアリスに、いつもの感じで無茶振りするなと返す。『ふんだ。あたしとサエさんの切り札いくよ! 全艦ステルス解除!』 目を爛々と輝かせ、ウサ髪をピコンと跳ね上げたマックステンションなアリスが腰掛けていた提督席から立ち上がり右手を大きく振る。 またもアラームが鳴り響き、先ほどま判明していたステルス反応地点のいくつかから隠れていた艦艇群が姿を現した事を知らせ、3Dモニターに反映される。 隠れていた艦はこちらを半包囲するような形で展開しているが、こちとら防御艦がメイン。攻撃は出来なくとも防げない数じゃない。 初撃を耐えきって、攻撃の打ち終わりを狙うように後続の打撃艦隊で反抗攻撃をすれば良いだけの話。 アリスだってそんな事は早くも承知だろう。『全艦砲撃目標セット。周辺”マナ”コンテナに向かって一斉砲撃開始』 …………なるほど実装してやがったか。 アリスが高々にはなった台詞で俺はこの先に何が起きるのか把握する。 これは俺がPCO初期スタートダッシュの為に考えていた手の1つ。そしてVRを”取り戻そう”として練った策の1つ。 一斉に火を噴いたアリス艦隊の砲撃は、俺の麾下戦隊には1つも襲いかかる事無く、周囲にステルス状態で隠していた気体コンテナを直撃する。 コンテナ内部に充填されたのは何のことはない。このちょっと先でバリアに覆われた星から持ってきた大気だ。 惑星にありふれた大気を詰め合わせただけの、気体用圧縮コンテナは運搬用名で防御力など無いに等しい。一条の砲撃であっさりと爆散する。 無数のコンテナが、周辺空域に濃厚な空気を拡散させていく。含んだ水分が一瞬で凍結しダイヤモンドダストのように輝く中、『マナ濃度の急上昇を確認。周辺星域の限界マナ濃度までフル蓄積。特殊ダイブシステム『祖霊転身』の発動条件が満たされました』 アナウンスと共に先ほどまでは、最底辺のレッドゲージで微動もしなかったゲージの1つが急上昇し、ゲージ全体が金色に輝く。『5連装ガトリング砲ペンタグラムモード発動!』 芝居掛かった身振りと共にアリスが右手を大きく天に向けて掲げると、それに連動してアリスの乗る乗艦高速戦闘艦レッドラビットの主砲である5連装ガトリングが北天にその砲口を向ける。 その砲口の先には、先ほど破壊されたコンテナから溢れた大気の残滓たるダイアモンドダストが煌めく。『全力砲撃!』 アリスのかけ声でレッドラビットから撃ち放たれた5筋の紅い光は、ダイヤモンドダストに着弾。 ビーム砲はただの薄い大気をあっさり突き抜けるどころかその場に留まり、あろう事か着弾地点を基点にして1つの陣形を作り出す。 その形は、魔術系のゲームではお馴染みの五芒星。 紅い光で出来た五芒星は渦を巻きながら周囲に散らばっていた他のコンテナからこぼれ落ちていたマナを集め瞬く間に巨大化。『祖霊転身!』 どこぞの変身ヒーローかと突っ込みたくなる台詞と共に、巨大化した五芒星の中心部へとレッドラビット号が突っ込む。 平面上に展開した五芒星に、巨大な宇宙艦が音もなく飲み込まれていくシュールな絵面が展開される。 いろいろ感想はあるが……とにかく派手すぎだろ。 俺が正直な感想を脳裏に浮かべている間に、宇宙戦艦丸々一隻を船首から船尾まで飲み込んだ紅い五芒星は、その形を大きく変え一筋の光へと縮小、さらに今度はその線が中央から2つに分かれ、内部に折りたたまれていた複雑な魔法陣を展開していく。 その魔法陣に俺はある意味で懐かしい感慨を覚える。うちのゲーム。リーディアンのユーザーだったら誰でも見た事のある同じみな図形。 そしてこの魔法陣は、俺にとって特別な物 俺が、もっとも頼ったそして信頼する相棒を呼び出す。文字通りの最後の切り札。 完全に開ききった魔法陣が、大きく光を放ちながら強く発光し、その中から一人の少女が姿を現す。 モニターに映る魔法陣から出てきたのは10代中盤くらいの少女。 キラキラと光る長い金髪に透き通った碧眼。さらには頭にはデフォルメされた機械仕掛けのウサミミ。 全身を覆う燃えるように真っ赤な外装鎧。全体の基調は古めかしいデザインだが、所々にブースターらしき噴射口がついていてどこか未来チックな成分も混ざっている。 右手には二の腕まで覆う巨大なシールドと5本の短槍で構成され、蒸気が噴き出し歯車がせわしなく動く実に古めかしいマシンアーム。 古今東西混合という何ともアレな恰好に変わっているがその基盤は変わって……いや俺がよく知るアリスへと”戻っている”。 若干違うといえば、アリスのウサミミが動物チックな物から、本当のアリスが使っているような機械に変わっているくらいだろうか。 目をつぶっていたアリスが目を開くと共にそのウサミミがピコンと立って臨戦態勢へと入った事を告げる。 戦闘態勢に入ったアリスは背中のブースターをフル加速させて攻撃を開始する。 一番手近にいたこちらの物理防御艦へと一直線に向かっていくその加速度は、先ほどのレッドラビットそのものの速度。 右手の歯車が激しく廻り、立ち上る水蒸気が一筋の線となってその航跡を漆黒の宇宙に刻む。 高速接近するアリスに防御艦の自動迎撃システムが、接近を防ごうと弾幕を張り、迎撃ミサイルを撃ち放つが、それらをアリスは持ち前のチートじみた超反応で紙一重で交わし、あっという間に距離を詰めた右手を大きく振りかぶる。『スピアストライカートリプルモード! 地魔術ボルケーノスピア!』 アリスの詠唱と共に蒸気が盛大に噴き出し、圧縮蒸気によって加速された短槍型杭打ち機から”三重魔法陣”がその船体に刻まれる。 アリスが右手に装備するのは所謂パイルバンカー。 ただ普通のパイルバンカーと違うところがあるといえば、スピアストライカーが打ち出すのは”魔法陣”。 相手艦の物理防御、魔術防御を貫き、その内部で魔法陣を展開、魔術攻撃を炸裂させる防御力無視な武装だ。 アリスが打ち出した魔法陣は、地上の火山から火山弾を呼び出し撃ち込む地系低位の攻撃魔術。 呼び出された火山弾はアリスの攻撃位置から見て艦の主機を直撃したのか、アリスが撃ち込んだ反対側から火柱が上がる。 攻撃を終えたアリスはブースターを吹かせて離脱すると、俺が搭乗する艦をまっすぐに見据えて右手を突き出す。 『KUGC二代目ギルドマスターアリシティア・ディケライア推参!』 拡大モニターの中で実に溌剌として楽しそうな広域シャウトで名乗りを上げたアリスの背後で防御艦が大きく爆散していた。 俺の切り札その1。このPCO世界はかつての世界の延長線上の世界。 つまりはリーディアンオンラインの数千年後と仮定した魔法と科学の融合した世界で繰り広げられる宇宙戦争がこの舞台だ。 アリスの今の姿は、俺のその目論見を濃いほどまでに具現化した姿そのものだ。