「母さんの魂胆は判ってるのよ。悪評やら後ろめたい部分は全部自分が背負って、その責任とって辞めるって幕引きまで考えているってのは……だぁっ! ほんと! むかつく! あの性悪は! んなことされてあたしやら姫様がどんな気分になるかわかってんの!?」 ひくひくと頬を引きつらせついでに頭のイヌミミもプルプル震わせ怒りを押し殺しつつ意見を述べていたシャモン・グラッフテンだったが、最後までその調子は続かなかった。「そこまで判ってるなら殴りかかるな」 あきれ顔を浮かべたイコク・リローアは目の前のカップに手を伸ばし喉を潤す。 舌が焼けるように熱くどろっとした液体は複数の刺激を持つ複雑な味わいで楽しませてくれる。 重金属の肉体を持つイコクのカップに注がれているのは、溶融した岩石が地表の大半を覆う灼熱の惑星フー産のケイ素塩混合物。いわゆるマグマだ。 イコクにとってはマグマ茶の香りは眠気覚ましには丁度良いのだが、シャモンを初めとした炭素生命体には茶から出る硫化水素などのガスが悪影響を与える。 だがここが仮想現実世界。周囲に害を及ぼすこともないからこそ、好物の茶を飲みつつ打ち合わせることができていた。 第一リアルで山のような巨体であるイコクが満足する量のマグマともなれば現状物資不足気味な創天では無理な注文。 ましてやその物資を一元管理するのは資源管理部。その部長である自らの嗜好のために強権発動する訳もなく、VRということに多少物足りない物を感じつつもそこそこに楽しんでいた。「母さんの独りよがりな態度がむかついたから殴った! 反省はしてる!」 反省めいた言葉を口にするがその言葉の勢いは強く、ぷいと顔を背けたシャモンの表情にも不満がありありと浮かんでいた。「状況を見る目はあんのに、なんでそんな直情的なんだよお前は。ホントに」 幼い頃よりディケライア社の守護者たる星外開発部を目指していたシャモンは、状況判分析力、戦闘力などはずば抜けた力を誇るが、いかんせん持って生まれた性が難敵だった。 理性よりも感情が先に立ち、相手が間違っていると思えばついつい手が出てしまう。 よくいえば熱い、悪意を持って言うならば短気。それが周囲と、そしてシャモン自身も自覚する彼女の欠点だ。「正確に言うならば殴ったのではなく、殴りかかったが一発も当たらず返り討ちにされたでは? 私の記憶違いでしょうか」 触覚の先の人型発光体を点滅させつつを首をかしげたイサナリアングランデが涼やかな声で尋ねる。 これが嫌味ならまだ対応には困らないが、イサナは自分の記憶違いかと本気で疑問に思い尋ねているのだから質が悪い。「っぐ…………イサナ先輩。そんなところ突っ込まなくてもいいでしょ。そんな事よりこれから先よ先! いつまでも会議要請をいろいろ理由つけて拒絶してる訳にもいかないんだから、母さんの強攻売却策に対する対案を見つけないと!」 天然気味なイサナに対して怒るにも怒れず唇をかんだシャモンは、どうにも自分にとって悪い流れを無理矢理に断ち切り、話の筋を無理矢理修正する。 今日集まっていたのは他でもない。このままではサラスの思い通りに進んでしまう事業計画をどうにか潰そうという内々の会合の為だ。間違っても愚痴をこぼすためではない。 といっても反対する理由はそれぞれ違う。 シャモンの場合は、先日の会議を見れば判るが、ディケライア社社長であり年の離れた従姉妹でもあるアリシティアが、地球の売却を嫌がっているから反対だという、単純明快な物。 イコクの場合は、彼の種族の出身母星も過去に列強星間国家の間での駆け引きであずかり知らぬ間に資源惑星認定され滅亡の危機を迎えていたという似たような状況を体験していた為、気持ち的に反対というスタンス。 イサナの場合は、原生初期文明生物を壊滅させる強攻策での売却は、ディケライア社が創業以来築き上げてきた弱者の味方であるという金看板に大きく傷をつける物であるからといった理由だ。「対抗策ってすぐには無理っぽくねぇ? 人も予算もたりねぇで、サラスさんから却下されまくりだろ」 「うっさい! だから考えてるんでしょ! っていうかなんでいまさらいるのよ! あんた売却反対派じゃないでしょうが! 何! スパイ行為!?」 机の上で力なくべったと倒れ込んだクカイ(少年型崩れかけ)にシャモンは苛立ちを晴らすように指を突きつけ問い詰める。 少女型と中間であるスライム型の時はまだ良いが、どうにも少年型の時はクカイのそのだらけた口調がシャモンはいらつくらしく、怒るか注意しているときが多い。 しかし今日はそれに輪を掛けて言葉と態度が刺々しい。 理由は簡単。このメンバーの中でサラスの強硬案の一つである地球売却に反対しなかったのがクカイだけで、しかもここ数ヶ月まともに姿を見せなかったからだ。 「だから保留中だっての。お前らと違ってこっちは三形態で思考が変化すんだからまとまんねぇんだよ」 一方クカイはというと面倒そうにそれでも律儀に顔を上げて答えるだけで、シャモンの刺々しい態度を意にも介さない。 その形態事に姿形だけでなく言葉遣い思考も変化する特性を持つ種族の為、一つの事柄に対してもクカイ達は決断するまでに時間が掛かる特性を持つ。 特に今回のような大きな利点もあるが、それと同じほどの欠点もあるサラスの強硬案のような場合は意見がまとまらず、しばらく保留するのは常々あった。 「じゃあここの所、姿を見掛けなかったのはなんでよ! 打ち合わせやるって言ったのに忙しいって顔も出さなかったでしょ」「あーそりゃイコ兄に頼まれて創天内部調査してたんだよ。今日はその報告。シャモンには黙ってろって言われたから言ってなかったけどよ。なんか最近ヒスすぎんぞ。いろいろあるからストレスが溜まっているのは判るけどよぉ、少しは落ち着けや」「落ち着いてっ……内部調査? どういう事」 どういう事と不審な色を帯びた目で問いかけてきたシャモンに、イコクが茶を飲みつつ返す。「創天にはリルさんの管理も外れた封鎖区画やら通路消失区域なんぞ腐るほどあるだろ。使えそうな物が残ってないか、あるならサルベージできないか調べてんだよ。ともかく物資も人手も足りないからな、暗黒星雲を調べるよりもまずは身近ってところだ」 創天は衛星級の大きさと銀河帝国末期から脈々と受け継がれた歴史を持つ遺跡のような船。 イコクもそれほど期待している訳でないが、管理外の圧縮空間に資源衛星の一つでも残っていないかと淡い期待を掛けてクカイに調査依頼していた。 現状でサラスの強攻策への実行可能な対案は思いつかないが、帳簿外の在庫を調べて少しでも手を増やそうという窮余の策。やらないよりマシ程度といった所だ。「だったらなんであたしに黙ってるのよ。調査に協力したのに」「猪突猛進なお前にこの事を言ったら、当てもないのに探しに行くだろうが。管理区域外ってのは次元ねじ曲がってる場所もあって、一部迷宮化してるから下手すりゃしばらくかえって来られねぇし、そうなったらお前の場合、単一素粒子隔壁やら亜空間障壁もぶち壊してでも這い出てくんだろう。後始末が大変になる」 容赦ないイコクの指摘にイサナとクカイが深く頷き同意する。 シャモンの性格や過去の所行をよく知る三人からすれば、ある意味予知に近い未来予想図がその脳裏に浮かんでいた。 「…………は、反論できないんだけど」 即断即決即行動。敵だろうが罠だろうがなんだろうが力ずくで突破する。 自分自身でも思い当たる節がありありとあるシャモンは反論する言葉を失い、ただでさえ垂れ気味な頭のイヌミミがさらに力なく垂れ下がる。「なら反省しろ」「しとけ」「してください」 追い打ちを掛けるように他三人の言葉が揃った。 シャモン、イコク、イサナ、そしてクカイの4人は、出身種族こそ違うがディケライア社に勤めていた親、親族を持ち、ディケライア社麾下の訓練校を卒業した先輩、後輩の間柄であり、今は同僚兼友人である。 イコクとイサナが同期、その一期下にシャモンとクカイではあるが、訓練生時代も8期前ともなれば、多少敬語はのこるが、対等な関係を築いている。「っぅぅぅ……クカイあんたが同席するのを特別に許可するから調査結果話しなさい」 完膚無きまで言い負かされたシャモンは涙目になりつつも、それでもその強気の態度を崩さず虚勢を張る。「お前ホント負けず嫌いだよな……クカイ。許可も出た所で頼む」 もっともシャモンの反応も何時ものことといえば何時ものこと。気にもせず軽く受け流して、打ち合わせを再開する。 「んじゃ報告だけどよぉ。書類やら記録に載ってない圧縮空間がかなりあるけど、あんま期待できねぇかも。なんて言うか、外に漏れてくる反応が微妙な所ばかりだわ。それこそ大半がゴミ漁りになっかな。一応見つけた所はこんなとこ。赤が高エネルギー反応で黄色、青の順に下がってる」 だらっと半分溶けかかったような右手を上げてクカイが空中にウィンドウを呼び出し、創天の見取り図を表示すると、見つけた管理外空間を色分けして塗りつぶしていく。 管理外空間は1カ所に固まっているのではなく、創天の中心、外側、北極側南極側とあちらこちらにばらけるように無数に散らばっており、その比率は青8割、黄色1.5、赤0.5といった所だ。「こりゃまた見事にばらけてやがるな。正規転送通路なんぞとうの昔に潰れてるか無効化してるな。イサナ、当時の形式に合わせて通路形成できるか?」 そこあると言っても、それは圧縮された次元違いに位置する空間。物理的に繋がっている訳ではなく、そこへと入り込むための通路を確保するだけでも一苦労だ。「創天はその艦齢にふさわしく改良や増築を幾重にも重ねた船と聞き及んでおります。おそらくこれらの空間にも何らかの影響がでているかと。正規規格で再現しただけでは不具合が予想されます。これらを一々解析していては時間が掛かりすぎますので、シャモン達に空間を揺らして貰い、その隙に力尽くで繋げるのがよろしいかと」 イコクの問いかけに、イサナは涼しい声で答えてから、ふてくされ顔のシャモンへと目をやる。 敵船へ乗り込んでの白兵戦と乗員拘束もシャモンを筆頭とした星外開発部の役割。 敵戦闘員を退け無限空間や船外排出などのトラップを廃して船内中枢へと侵攻する彼らかすれば、戦闘中でない船のしかも放置されている封鎖空間へと入り込むのもそう難しくない。 もっとも強制接続なんてすれば、後々どこで不具合が生じるか判らない。空間構造を軽く揺すって不安定になった所を繋げるのが最適だというのがイサナの判断だ。「結局力尽くになるんだったら、あたし、いじめなくても良いじゃん……クカイ。適正変動値を読み取るのはあんたらの方が上手いでしょ。作業環境はあんたの方に合わせる。星外開発部は人員の都合つけるから。あと完全に疲れ抜いてからにしなさいよ。とろけ過ぎ。ミスりそうよ今のあんた」 戦闘時なら星外開発部だけで行う作業も、今のような平時であればより精度の高い調査ができるクカイ率いる調査探索部に任せることができる。 なら自分たちの仕事はクカイ達の調査データにあわせて空間干渉を実行することとシャモンは即決する。「じゃあ1日だけでいいから完全休養で頼むわ。こいつの調査でみんな出っぱなしで疲れて、シャモンの言ってるとおり精度が落ちてらぁ。イサナ先輩。リアルで休暇をさせたいんだけど環境って作ってもらえます?」 VR空間でゆったりとすれば精神的疲労は抜ける。肉体は副作用の無い薬物等で疲労回復も調整もできる。だがそれではやはり違うのだ。 何万光年離れた他星の風景、気候その他諸々が再現調整できるVRリゾートよりも、地元惑星の慣れ親しんだリゾート地が人気ランキングのトップを常に取り続けるように。 完全調整された合成食品に比べて質が劣っていようとも、野山を駆け巡る動物や人の手により育成、収穫されたの食材は数十倍の高値で取引されるように。 高度な技術を手に入れ、ほぼ不可能はないというこの時代において、もっとも尊ばれるのは、リアルに存在する本物ということだ。 「空間内時間流を3倍にして、ナント星系トアルの環境に合わせたリフレッシュスペースなら用意できますがいかがでしょうか。イコク君の指示でメタン海に合わせた成分調整もできています」 トアルはクカイ達の出身母星である高重力低温惑星。メタンの海がトアル達の本来の住処でもある。 故郷と似た環境でゆっくりと休養できるのは何よりの骨休めとなるのは言うまでも無い。 このところ星系強奪犯の航跡調査や、創天内部調査など他部署に比べ仕事負担が大きかった調査探索部の面々のために、資材管理部のイコクが何とか少ない在庫のやりくりをつけ物資を確保していたからこそできるささやかな贅沢だ。「さすがイコ兄。判ってらぁ。3日分の休みが取れるなら万全の体制でいけるって。じゃあイサナ先輩。それでお願いします」「はい。承知いたしました。では船内時間で夕刻には利用可能になるように手配します」 嬉しそうに全身を震わせたクカイに発光体を緩やかに点滅させたイサナが答えると、コンソールを呼び出し待機中の部下達へと指示を出し始める。「シャモン。クカイらが休息している間に、俺らは各部で必要な機材の運搬やるぞ。大型は俺らがやるから小物は任せる」「了解。ウチの部でだぶついている空間波動探査装置があるからそっちクカイの方に回して。イサナ先輩の方に時空固定アンカーって予備あります? うちのって中古品で最近調子悪くて動作不安定なんですけど」「何台かはあったと思います。動作確認してからそちらに送りますね」「んじゃ資材管理部で不具合あるアンカーは整備しておくから後でもってこい。故障が中枢部分じゃなきゃ何とかなるだろ。最悪でもニコイチしてみる」「待ったイコ兄。星外部のアンカーもリストン社のだろ。探査部の倉庫に古い型の予備パーツがあったと思う。あの会社のなら共通性あるはずだ。確認させてくる」 一度方向が決まればこの四人の場合は気心が知れているので、あれよあれよという間に、役割分担や機材の確保が決まり、それぞれの部署に指示が飛ぶ。 星外、星内の両開発部。調査探索部。そして資材管理部。 惑星改造において主力を勤めるこれらの部署は一纏めに現場組と呼ばれる。 ディケライア社の現場組は、先代の事故の際に多くのベテラン技術者を失い、残されたのはイコク達のように新人研修で現場を離れていた中堅所が少しと、訓練校を卒業して入社したての新人ばかりという惨憺たる有様だった。 組織としては死に体の状況から、新人の育成と互いに補完しあう現場体制を作り惑星改造業者としての最低限の事業能力を復旧させたのは、この4人の部長による連携があるからこそ。だがそれでも人手不足、機材不足はいかんともしがたい物がある。 最盛時は800隻を数える惑星改造艦と十万のベテラン作業員を有した現場組も、今では500にも届かないほどに減っており、社の財務状況もあってしばらくは新人の補充も見込めず、機材の新規購入所か補修もままならない。 今いるメンバーと保有した機材を限界まで酷使する綱渡り的なやり繰りをしているのが現状であった。「……とりあえずこんな所か。抜けないな。サラスさんに反対されそうな無駄はなるべく排除したから問題無いとは思う。認証サイン頼む」 最初の調査区域への機材の手配や作業の流れを記したリストをスクロールさせ一通り確認したイコクは、表紙ページへと戻して他の三人の前に指しだす。 中止命令をできるのは社長であるアリシティア。その下で実質的に社を纏める専務ローバー。そして財務を管理する経理部のサラスの三人。 このうち社長と専務はよほどの無茶でない限り基本は現場に任せるというスタンスなので問題は無いが、経理部のサラスは採算性やその効力など厳しい目で精査するので厄介な相手だ。「大丈夫でしょ。母さんが横やりいれたら殴ってくるから」「確認しました」「無理なんだからやめとけって」 他の三人はそれぞれの言葉で答えてから、目の前のウィンドウに表示されたリストに指や触手を伸ばしてサインを書き込んだのを見てイコクも同様にサインする。 4部長のサインが施されたリストは正規書類として、即座にディケライア社の業務を総合管理するAI『RE423L』通称リルの元へと送られ、上役三人の認証待ちとなる。 「認可待ちしている間に解散、準備を始めるぞって所なんだが、その前に一つ良いか?」 許可が返ってくるのをただ待っていても時間の無駄。すぐに準備に取りかかろう席を立とうとした三人をイコクが止める。「なによ?」 シャモンが刺すような鋭い目を向ける。 もっともシャモンのこの視線に敵意や悪意がないのを付き合いが長いイコクは百も承知。単に生真面目すぎて気負い気味なだけなので、不快に思うでもなく言葉を続ける。「いや、ほれ。サラスさんのもう一個のほう。お嬢のパートナーを攫ってくるって話についてなんだが……お前らやっぱり反対か?」 腕組みをしたイコクが、彼にしては珍しく歯切れの悪い言葉で問い掛ける。「あーありゃイコ兄だけ賛成だったな。つってもシャモンも言ってたけど、相手は原生文明生物で愛玩目的で攫ってきたら問答無用で犯罪だろ。やっぱ無しじゃねぇ」「私も同様です。これ以上社や社長の風評に傷をつけるのは得策ではないかと考えます。サラス部長の第一案である売却となった場合も、殲滅認定を受けた種を保護するのは禁止されているはずです」 クカイとイサナは、イコクの問いかけに即答で答える。 売却前に攫ってくれば未開文明生物保護法違反。かといって殲滅認定された後に保護となれば危険生物関連の諸々の法に引っかかりでこちらも違法行為。どちらにしろと犯罪行為となる。 ましてやそれが未開惑星にも直接、間接的にいろいろと関わることにもなる惑星改造会社の社長となれば、そのモラルが問われることになり、評判的にはかなりの痛手になるのは間違いない。 「……………………」 だが明確な答えを見せるそんな二人を尻目に、シャモンだけは目を閉じ小さく唸って答えを考えあぐねていた。「何悩んでんだよ。シャモン。気持ち悪いな。お前も反対だったろ」 思い悩むシャモンという彼女にしては珍しい姿にクカイが驚きの表情を浮かべ、ついで恐ろしい物を見たとばかりに全身を振るわせた。「うっさいわね。これでも熟考の末の反対なのよ……母さんの手段は言語道断なんだけど、連れてくるってのは賛成すべきだったかなって」「社長に付いたどこぞの虫はこの手でひねり殺さないと気が済まないって事か?」「クカイ……あんたどういう目であたしの事見てるのよ」 納得したとうんうんとうなずくクカイにシャモンがギロリと目を向け、ついでに頭のイヌミミを不愉快そうに揺すった。「あたし的に複雑なの。それを選んだの姫様ご自身でしょ。しかも姫様って勘は鋭いから、自分にとって悪意とか下心を持ってるのは拒絶するはずなのに、そんな姫様が友達にしてましてパートナー候補に選んだ生物でしょ。ディメジョンベルクラドにとってパートナーがどれほど重要かなんて今更言わなくてもだし」「では賛成に意見を翻すと?」 うーと唸りつつイヌミミをパタパタと動かすシャモンの様子に答えが変わったのかとイサナが問いかけるが、「でも未開文明種族でしかも未だに身内で殺し合いやって星を滅ぼしそうな低能腫族なんて姫様にはふさわしくないって思う部分もあるんです」「じゃあ、やっぱり反対じゃねぇか」「そうなんだけど……あれだけ思い詰めてすっかり暗くなっていた姫様をそいつが昔の明るかった頃の姫様に戻してくれたでしょ。だからそれには掛け値無しに感謝してるの。でもぽっと出の奴に姫様の信頼を持ってかれたのがなんか悔しいってのも」 クカイの言葉にさらに頭を抱え悩ませたシャモンは眉根に皺を寄せ考えあぐねる。 その生物に感謝はしているが、どうにも納得いかない部分もあって、その両者が混ざり合いどうにも調子が出ないようだ。「なんかいろいろごっちゃになった末で…………一応反対……うー……でも姫様そいつが来てくれるのずっと待ってるみたいだし、本当に連れてきたら一気に成人しなさるかもしれないから、そうしたら会社的にも万々歳だったりとか…………あーっっ! もうっ! 母さんが全部悪い! 変な案を出してくるから混乱するのよ!」 散々悶々とした末に苛立ちが限界に達したのかシャモンが吠える。しかしそれは最初の質問からはずいぶんと見当違いの着地点だった。「結論それかよ。っていうかどれだけお嬢好きなんだよお前」 何ともらしくない悩みっぷりに質問したイコクもついあきれ顔を浮かべてしまう。 「うっさい。そういうあんたはどうなのよイコク。犯罪行為でも姫様が喜ぶからって、特に考えずに賛成したんじゃないの」「んなわけねぇだろ。第一サラスさんだぞ。何かしらの脱法手段考えてるだろあの人場合」 明らかな犯罪によるリスクをサラスが放置するとは思えない。それを軽減する秘策か、裏道的な手段を使うつもりだろうとイコクは予想していた。「俺が賛成したのはなんつーかな……あれだ。お前もさっき言っただろ。お嬢は勘が鋭いって。お嬢に物資量を報告に行ったとき独り言でつぶやいてたんだよ『シンタなら何とかしてくれるかも』ってな」 少なくなった物資リストを見て暗い顔をしていたアリシティアがその言葉を漏らした瞬間だけ少しだけ表情が緩んだのをイコクは思い返す。「正直、未開星の奴に何ができるとは思う。ただお嬢がそこまで期待している奴なら、一度呼んでみるのも有りかって思ってな……っと、無事に許可が降りたな。悪い。今の話は忘れてくれ。まずは物資の確保だ。そこらはまた今度だな」 上役三人の許可印が押されたリストが返ってきたので、イコクは話を打ち切ると残っていた茶を一気に流し込んで立ち上がる。「了解。あたしも一応もう少し考えとく。クカイ。あんたしっかり休憩取りなさいよ。休みすぎでだらけてたら引きちぎるからね」「へいへい。しっかり休ませて貰うっての。んじゃイサナ先輩たのみます」「はい。では準備に取りかかります」 そちらの話も重要といえば重要だが優先度が違う。また機会を設けてからという先延ばしの結論で現場組の意見はとりあえず固まった。 しかし彼らは知らない。この時点ですでにその原生生物、地球人三崎伸太が動き出していたことに。