俺の質問に反応を示したメタリックウサミミによって、鈍く光る銀髪がさらりと流れアリスの顔に掛かり、いきなりの質問に驚いたのかぱちぱちと瞬きを繰り返す金色の瞳を一瞬覆い隠す。 そんなアリスの姿に、なぜかデジャヴュを覚える。「あぁ、そうか」 記憶を漁るまでもなく、既視感を覚えた理由に早々合点がいき、つい笑いを漏らす。 忘れもしない6年前の夏。 律儀に再現された猛暑に耐えかねて、リーディアンオンラインの拠点としていた街の菓子屋のベンチでかき氷を楽しみながら涼むついでに、固定コンビを組まないかとアリスに持ちかけると、スプーンを口に加えたまま驚いた顔で固まりウサ耳を動かしていた。 あの時と同じ反応。懐かしく思ったのは当然だ。「シンタ……説明するのは良いけどさぁ、なんか締まらない。コンビの話持ちかけてきた時もそうだったけど……片付けるから出て。あと服も。もう少しきっちりしたのにしてほしいんだけど」 俺と同じ事を思いだしたのか不機嫌そうに頬を膨らませてテーブルの上に散乱したミカンの皮を頭のウサミミで指さし文句を漏らすと、アリスは炬燵から抜け出て立ち上がった。 雰囲気を重視するロープレ派であるアリスは、この炬燵に入ったままのんべんだらりとした様で話をするのがお気に召さないようで、俺にも炬燵から出るように促すだけでは飽き足らず、服まで変えろと告げてくる。「あいよ。仕事用のスーツで良いか?」「うん。大事な話だからあたしも正装するから」 先ほどまでのやさぐれてふてくされた表情はなりを潜め、真剣味を帯びたアリスは軽く頷く。どうやら相当マジのようだ。 俺は立ち上がると右手を振って仮想コンソールを呼び出しインベントリーを手早く開く。 VR開発会社社員として当然というべきか、取引先や顧客との会議や挨拶、説明会はリアルだけでなく、VR空間でやることも多々とある。 その時季、場のTPOに合わせ服飾データはいくつか持っているが、俺はとりあえず無難なシングルスーツと無地のワイシャツを選択し、スーツ色も基本色である黒バージョンを選択。 次いでネクタイくらいは気をつかってやるかと、この間の同窓会後にユッコさんから楽しませて貰った謝礼にといただいたオリジナル試作品データを選択。 プリント柄が紋章風にデザインされているが、ウサギとコンソールが向かい合った物というのは、偶然なのか、それともユッコさんらしい遊び心だろうか。 選択を済ませ実行キーを軽く指で弾くと、普段着のジーンズにトレーナーだった俺の姿は一瞬でスーツを身につけた物へと変わる。 着替えは一瞬。仮想体のデータに合わせてサイズは自動変更。皺一つ無く、着用後にクリーニングに出す必要もなし。 この辺りをリアルと比べて便利と思うか、所詮作り物の世界だと思うかが、VRに対する認識の差や好感度の違いだろうか。「オッケ……ってお前また気合い入ってるな。それなら確かに宇宙人って感じだな」 着替えを終えた俺は襟元を正してタイの位置を調整してからアリスに向き直り、つい呆れ声を上げてしまう。 先ほどまでは半纏にスウェットという、炬燵にあってるというか実にだらけたというかとにかくラフな恰好だったアリスは見違えるように様変わりしている。 すらっとしたその体型があらわになった白銀色のボディースーツの上に、ディケライア社のロゴが入った深紅のジャケットを羽織り、長い銀髪を頭の上で丁寧に結い上げまとめているその姿は、一昔前のSF映画に出てきそうな宇宙船の乗組員といった所か。「茶化さないでよ……リル。シンタに今回の仕事とディメジョンベルクラドの事について説明するから、モード切り替え。分かり易いように映像補正もいれて」 少し緊張気味なアリスは軽口を叩く俺に軽く注意を促してから、天井に顔を向けリルさんへと指示を出す。 相棒という言葉が持つ意味を尋ねたのだが、アリスはなぜか仕事の事について話し出す。必要なプロセスなのだろうと俺は黙って続きを待つ。『かしこまりました。周辺イメージ映像へと切り替えます』 涼やかなリルさんの声と共に、宇宙船の無重力メインブリッジに浮かぶ重力制御機能を持った畳と堀炬燵という超技術なんだか古風なんだか今ひとつ判断がつきづらいシュールな光景が一変して、俺とアリスは立ち上がった体勢のままで、夜の帳がおりたような暗闇の中に浮かんでいた。 畳に接触中だけ作用するという人口重力が切れると、水中にぷかぷかと浮かぶような浮遊感を覚える無重力状態へと変わる。 周囲の光景も先ほどまでの創天のVRブリッジから一変し、目算で二百メートル先くらい先に黒い霧のような渦巻く光景へと変わっていた。前方にはその霧以外は何も存在しない。何とも寒々しい光景が広がっていた。「ずいぶん暗いなここ。どこっうぉ!?」 接触物が無い今の無重力状態で大きく動くとそれだけで予想外の勢いがついて、独楽のように廻る未来図が容易く想像できる。ゆっくりとした動きで辺りを見回そうとして、まず上を向いた俺はそこにあった存在に驚き思わず声を上げる。 丁度真上に、虫に食い尽くされたかのように無数の穴が空いた無残な姿をさらす巨大な岩の固まりが視界を埋め尽くすほどの大きさで鎮座していた。 比較対象がないので正確な大きさまでは判らないが、その重くのし掛かってくるような威圧感は今にも押しつぶされそうな圧迫感があって気持ち悪くなるほどだ。「ここは今創天が停泊しているZ24F97S645ポイントのVR画像。あたし達が開発するはずの星系があった場所」「……恒星がなくなった所為でこんな真っ暗なのか?」 開発するはずの恒星や惑星。さらには惑星のリングである小衛星帯まで、資源価値がある星は根こそぎ盗まれ、残っていたのは過去にレアメタルが掘り尽くされ放棄された古い鉱山衛星のみだったという。 おそらく頭上に浮かぶ岩がその残されたという衛星だろうか。あまりに強い圧迫感はここがVR空間だということを忘れそうになるほどだ。「この星系は超巨大暗黒星雲の側にあって、口の狭い壺型みたいな形で暗黒星雲に囲まれているの。前方に広がっているのがその暗黒星雲。分かり易くしたイメージ映像だけどね。あの暗黒星雲は範囲300光年にわたって広がっている。だから元々他の恒星の光が遮られていて暗い星系ってのはあるけどね。後ろ見て。南天方向に出入り口になる切れ目あるから、見える星があるでしょ」 アリスの言う通り背後を振り返ってみれば、周囲を囲む暗黒星雲にぽっかりと開いた穴から、ハッブル宇宙望遠鏡が映し出してきた映像にもよく似ているようで細部は微妙に違う(地球外の視点からだろうか)見覚えのない星空が広がっていた。 しかし見覚えのない星空といえど、やはり明かりがあると心の余裕が違うのか安心感を覚える。 そんな背後の光景に対し前方には真逆な暗雲が立ちこめるといった言葉通りの景色が広がる。 会社存続の為に最後の希望を掛けてここにと跳躍したアリスはこの光景を目撃し、何を思ったのだろう。「リル恒星間距離尺度切り替え。星雲を抜けて反対側に移動して」 その時を思い出しているのか親の敵を見るような鋭い目で周囲を見てから指示を出したアリスの声は堅い。「了解いたしました。北天方向へ向け視点移動開始いたします。星雲通過に4分22秒かかります」 アリスの指示に合わせて頭上を覆い尽くしていた鉱山衛星が瞬く間に縮小されてあっという間に砂粒のように小さくなり、さらには目の前から消えてしまう。その代わりに先ほどまで遠くにあった用に見えていた 同時に俺達はガラス張りの球体に入っているかのように前に向かって動きだし、黒い霧の中へと突入していく。 飛び込んだ暗黒星雲は埃のようにも見える細かな物質が立ちこめていて視界を遮り、先を見通す事がほとんど出来ない。 台風の夜のように風が吹き荒れ、絶え間なく稲光が奔るような光景を想像していたのだが、暗黒星雲の中はそんな俺の想像とは真逆の静かで暗い場所だ。 前に向かっているはずなのに真っ暗な深海に落ちていくような雰囲気に、どうにも寂しく心細い感覚を抱く。「シンタ、ここが静かな場所だって思っている? リル。時間進行100倍で赤外線イメージを重複させて。探査予測で良いから」 俺が考えている事を勘の鋭いアリスは見抜いて、リルさんに新たな指示を出す。 すると今まで暗く静かだった星雲のあちらこちらで、イルミネーションを点灯したように発光が始まり、光点からは紅い波紋がいくつも広がっていく。 「暗黒星雲には細かい星間ガスや星間物質が他の星域より濃密に分布してるの。これが外部からの光や熱を吸収して暗く見える原因。時々光っているのが原始星。星間物質が集まって出来た星の卵で、発光しているのは周囲の物体が超音速で星に落ちていってそのエネルギーが熱に変化されているのを視覚化しているの」「星が出来てるのか……すげぇな」 アリスの説明を聞きながら、俺はあちらこちらで生まれていく星達の誕生に思わず感嘆の声を漏らす。 今生まれている星々は徐々に質量を増しやがて自己核融合を開始して恒星化し、散開星団と呼ばれる若い恒星の集まりとなる存在だろう。 そんな生まれたばかりの星々は尾を引くようにあっという間に後方へ流れて視界から過ぎ去っていく。 尺度を天文単位まで拡大した状態で相当なスピードで移動しているはずなのに、それでもまだ終わりが見えず暗黒星雲が続いている。 アリスが先ほどいっていた300光年にもまたがる巨大暗黒星雲というスケールの大きさを、擬似的とはいえ俺は体感し理解する。「分厚いでしょここ? 普通の範囲の暗黒星雲じゃ原始星が周囲の星間物質を飲み込んだり吹き飛ばして、姿が見えるようになってくるんだけど、ここは大きすぎて周囲に暗黒星雲が残ったまま形成されている星がいくつもあるの。だから跳躍の妨げになる原始星フレアだけじゃなくて、重力変異源になっている巨大星なんかも存在していて、銀河でも屈指の難所なんだ。VRだからこんな一直線に星雲の外に向けて移動できるけど、リアルでやったらこんな重力変化も対星間物質も考慮しない跳躍航路じゃ100万回やって100万回、座礁、轟沈かな」 「なんつーか……通るのも危険な場所なんだな。お前。こんな所で何するつもりだったんだ?」 映像を見ているだけでは実感は湧かないが、アリスの淡々としながらも堅い声が、この宙域を通ることがいかに危険で困難な事なのか悟らせる。 明らかに命がけな場所である暗黒星雲近傍の星系でアリスは仕事をしようとしていた。さらには暗黒星雲の仲間で俺にみせ説明をしたんだから、無関係なはずもない。「リスクは高い。でも最初みたいに出来るかどうかぎりぎりな仕事じゃなくて、ちゃんと勝算が高いお仕事だったんだ…………抜けるよ」 アリスが呟きウサミミをぴくりと動かすと共に、永遠に続くかとも思えていたきり暗黒星雲から俺達は一気に突き抜けて、輝く星々が鎮座する解放感があふれる星空の元へと躍り出た。 しかしこれもまた見覚えのない星空。アリス達は銀河の反対側にいる。おそらく地球人類が初めて見た光景だと思うと、VR映像といえどなんか感慨深い。 俺達は止まることなくそのままグイグイと進んでいく。後ろを振り返れば、つい先ほど抜けた暗黒星雲が雲海のごとく分厚く広がっている。 境界線がはっきりしすぎているのは、先ほどのアリスの言葉もあるが、おそらくこれもイメージを分かり易いように強調して映し出されたVR映像だからだろう。 暗黒星雲を突き抜けたアリスは一直線に一つの星へと向かい、星系外縁まで来るとぴたと止まった。 横幅30メートルほどにまで縮小されたミニチュアの星系が俺達の前に広がる。「これ人工物か?」 天然の星に交じり、明らかに人工物くさい物を発見し俺は指さす。初日に創天を訪れた時に目にした鋼鉄に覆われた人工惑星らしき物だ。「正解。ここは星系連合に属する星系で辺境にあるファルー星系。シンタの感覚でいえば過疎地方の県庁所在地って感じ。シンタが指さしたのは外縁部にあるのは海賊対策や暗黒星雲からのメテオや有害電磁波の遮断もしてる星系防衛用の要塞衛星の一個」 星サイズの人工物がいくつも廻っている所と、寂れた県庁所在地を一緒くたに考えるのは無理があるだろ。 そんな突っ込みが心をよぎるが、アリスの雰囲気が真面目一辺倒なのでとりあえずは黙っておく。『アリス様の曾祖父であるレザルト社長が開発なさった星系の一つでございます。居住惑星を二つ。恒星近辺に反物質製造衛星を4機。資源採取惑星を3つ備えた標準的なプランで開発されています。特に外部防御衛星はその当時の最新作で傑作品。我が社の来客者様にご覧いただく映像にも使用されております』 似ていると思ったのはそりゃ当然だ。同じ物か。 リルさんの補足説明に納得していると、周囲がクルリと回転し前後が入れ替わり、先ほど抜けてきた暗黒星雲が俺達の前に再度姿を現す。 「あたし達の所属する星系連合はあのライトーン暗黒星雲内に、レア資源探索と搬出の為に星雲内を横断する探査路を作成しようとしているの。ファルー星系側からは別の惑星改造会社がすでに航路開発を始めていて、ディケライア社が請け負ったお仕事は反対側からも航路開発を始めるために、開発拠点として補給や整備が可能になるインフラを作って、さらに開拓者になる移住民を集めることなの」 アリスが暗黒星雲を指さすと同時に、俺らの前にVRMMO内で使う3Dミニマップのような形式で、この周辺とおぼしき拡大星図が表示される。 マップ中央を横断する触手付き芋虫のような暗黒星雲。その中央付近で僅かに細くなったくぼみのような部分に、青と赤の光点が点滅していた。 青の方には『開発予定星系』と、赤の方は『ファルー星系』と日本語で表示される親切使用だ。 分かり易いのは実にいいが、この仕事がいかに困難な物であるかということも同時に悟らせる。 何せ二つの点のある位置は直線で結べば他に比べ短いといっても、広がっている暗黒星雲の横幅が1メートルほどあるとすれば、削れているのは5センチほどだろうか。「なんつーかスケールでかすぎていまいち実感が湧かないんだけど、これ相当大事業じゃないか?」 銀河屈指の難所といっていた場所で、先ほど抜けてきた時も相当な時間を食っている。 そんな困難で長大な距離に、要はトンネルを通せということだろうと俺は自分なりに解釈する。 アリス達がやるのは本工事前の事前準備って事だが、その準備だけで星系一つを改造するという地球人類の想像を越えたスケールの大きさ。さらにこれで暗黒星雲を突っ切る道を作れとは。「大きいよ。今は暗黒星雲内の資源開発とファルーへの搬出が主目的だけど、これも事前準備の一つ。計画の本命は暗黒星雲の向こう側。創天が停泊している星域の外側に広がる未開発恒星系の開発計画。その初期段階計画だから」 3Dミニマップが引いて、より大きな範囲を映し出す宇宙図を描き出す。 ファルー星系を含む紅く色づけされた宙域が眼前を遮る山脈のように広がる暗黒星雲の縁ギリギリまで迫って広がっている。その向こう側には真っ白に色づけされた星域。 紅い方がアリスのいっていた星系連合の支配領域。白い方が未開発区域ということだろう。 「これを見れば判ると思うけど、星系連合の開発はライトーン暗黒星雲に邪魔されて止まっている段階。この先に主系列星に属する安定期の恒星が主星の星系がいくつもあるのは、さっきのレア鉱石衛星を採掘した冒険家の報告で判っていたんだけど、今までは他に楽に開発できる所もあったから手を出してなかったの」「冒険家ね。宇宙開拓ってまたロマンだなそりゃ……迂回するのは時間がかかるからやらないのか?」 何ともいつの日か忘れた子供心がうずく話だが本線を外れそうなので、我慢して気になる事を尋ねる。 話を聞いていると無限の時間があるようにも思える宇宙人の事。多少遠回りで時間が掛かっても暗黒星雲の縁を進めば問題無いんじゃないかと思うんだが、「それもあるけど他にも原因があるの……シンタ。宇宙船の航路ってどんな感じだと思う? ファルーから、この辺りまでの航路を書いてみて」 しかしアリスは首を横に振ると、ファールーからすぐ近くの暗黒星雲の1カ所を指さしながら逆に俺に質問を返してきた。「どんな感じって言われてもな……あーこうか。こんな感じでルートが決まっていてその上を進む、んで所々跳んで距離を稼ぐって所か」 俺は3Dマップに手を伸ばし、ファルー星系を基点に暗黒星雲の縁をなぞりつつ、所々飛び出ている触手を避けながら、アリスが指し示した地点までの蛇行したルートを書き示す。 俺がなぞった線がマップに表示されているのは、おそらくリルさんが気を利かせてくれたのだろう。「これだと不正解。リル。航路を書き示して」 アリスは俺の示した答えに×をくれる。 まぁそりゃそうだ。どういう基準かも判らず、とりあえず適当に書いた線だし。『はい現状のお嬢様の能力に合わせた航路予想図を表示いたします』 元々当るはずもないと思っていたんだが、映し出された予想外の正解に目を丸くする。 リルさんが正解として3Dマップに示したのは、青、黄色、青、紫。色取り取りの水玉模様だ。「…………あーアリス。これだと点だぞ。これのどこが航路なんだ」 水玉はそれぞれ全く繋がっておらず、しかも不規則に適当にばらまかれている。 水玉が集中している場所があるかと思えば、ぽつんと一個だけ置かれている物。はたまた逆に全く存在しない星域。 一つだけ見いだせる法則性があるとすれば、内側は薄い青から始まり、外側に行くほど濃い色に変わっている。 こんなの予想できる訳も無いし、これを見て航路と思えは無理がありすぎる気がするんだが、「シンタが想像したのは、たぶん地上とかの道路みたいな感じでしょ。ここに行くにはこの道を通るって感じで。でもここは宇宙。とてつもなく広いんだよ」 ここまで聞いてアリスの言いたい事を理解した。 ついマップ上での通りやすさ等から線で航路を考えていたがこれは俺の想像を超えたレベルで縮尺された地図。 小指の爪くらいの大きさでも現実には太陽系がすっぽりと収まるくらいの広さがあるのかもしれない。 そんな距離を律儀に進む必要は無い。宇宙人は手に入れている。未だ地球人類には空想の世界である空間跳躍という胡散臭いショートカット方法を。「……そういうことか。要は跳びやすさって事か?」「そう正解。宇宙船はね線で進むんじゃないの。点で跳ぶんだよ。だから航路は点で示されるの。ただ跳躍には膨大なエネルギーを使うから、並の船じゃ跳躍を繰り返せばすぐにエネルギー不足になるし、メンテも必要になるの。だけど迂回ルート上には、安定しているめぼしい恒星がなくてエネルギー補充とメンテのための中継点を作れないし、余所から恒星を持ってきて作るとなると、千以上の中継点を作る事になったうえ、航行にも膨大な時間が掛かるの。だから迂回路は創天みたいな長期無補給航行が可能な船以外じゃ、現実的じゃないの。実際あたし達も星雲の向こう側に出るのに、このルートを通ったけど、五百回以上の跳躍して地球時間で三十年も掛かったから」 暗黒星雲に沿って無数の点が一直線に伸びていく。創天は何百回もの跳躍を繰り返して予定星域に到達したというが、それが如何に長い旅路だったのか俺の想像ではとても追いつきそうにない。「それならいっそ技術的には高度だけど、暗黒星雲内の原始星を圧縮して、丁度良い恒星化して中継ステーションを作って、ついでに跳躍可能な空間を確保する方が手間が掛からない。それが今回の開拓計画」「恒星を運んでくるより作る方が楽っておい……すげーな宇宙」 アリスの説明に思わず頭がくらくらしてくる。楽と大変の基準が俺の理解の範疇外すぎる。「これくらいで驚かないでよ……話を戻すね。こっちこそシンタに聞いてもらいたいからちゃんと聞いて」 ぼやく俺を見て微かに笑みを浮かべたアリスはかなり無茶な注文をつけてくるが、すぐに表情を改める。 その口ぶりからするに、これから話す話が俺の本命の質問。 アリスにとって相棒という存在が何を意味するかの答えなのだろう。「点がある所が跳べる場所とその成功率をしめしてるの。青色は安全。黄色で要注意。赤、紫は危険度が高いって順。点が無い所はあたしの今の力じゃどうやっても跳べない場所。さっきシンタに書いてもらった場所は、危険性を無視すれば跳べる最大距離地点。機械補正もいれた上でのあたしのディメジョンベルクラド能力の限界点」 アリスが言うとおり先ほど俺が線を繋げた地点には、実に嫌な色をした紫の水玉が鎮座している。アリスが安全だと言った青色はその1/10以下の距離にしか存在しない。 悔しそうに下唇を噛んだアリスが右手の人差し指で自分のメタリックウサミミを弾くと、澄んだ金属音が響いた。「非常事態でもないのにそんな危険な事出来ないから、青色の安全距離での跳躍を5回やったら、しばらくエネルギーチャージでお休みって感じで小刻みに移動するしか出来ないの。本来の創天のスペックならもっと大距離を跳べるんだ……リル。お母さんの能力値で出してみて」『了解いたしました。先代スティア様の最終データで跳躍可能地点を表示いたします』 リルさんの声が響くと共に3Dミニマップは一気に様変わりする。 アリスの時はまだらな点となっていた水玉は、ファルー星系を中心に巨大な青い円を描きながら、外に外に広がっていく。 その巨大な円は暗黒星雲を軽々と越えミニマップの端ギリギリで青色から、うっすらとだが黄色に色が変わり途切れていた。 「すごいでしょ。これが光年距離をナビゲートできるディメジョンベルクラドでも当代最高って言われてたお母さんの力。その気になれば、ブラックホールの縁だろうが恒星の直近だろうがタッチダウンして、銀河系の端から端まで10万光年を一ヶ月で往復できるってよく言ってた」 母親を自慢するようにも聞こえる言葉に対し、アリスの声は寂しげでそれに少しいらついている成分が混じっている。 根が真面目なこいつのことだ。自分の現状と、偉大すぎる母親とを見比べたりでもしているのだろうか。「ディメジョンベルクラドの能力値の違いは遺伝とか経験とか年齢もあるんだろうけど、それよりもっと大切なことがあるの。それが”パートナー”の存在。お母さんのパートナーはあたしのお父さん」 アリスは俺に向き直り少し上目遣いながらまっすぐに俺の目を見つめてきた。「あたし達はこの宇宙だけじゃなくて、違う次元の宇宙まで感じる事が出来るっていったでしょ。それをより遠く、より深く感じる為には、心の底から信頼できるパートナーが必要なの。パートナーに対する信頼が強ければ強いほど、より遠くの、より深い場所まで見通す事が出来る……あたしにとってパートナーであるシンタはね。この暗い宇宙で強い光を放ってあたしの周りを照らし出してくれる灯台みたいな存在なの」 瞬きもせず俺を見つめる金色の目に吸い込まれそうな力を感じ、俺は言葉もなくただアリスの言葉に聞き入っていた。