「偵察って……待てひまり? お前、付き添いは!?」 周囲を見渡してみたが、出現したのはうちのかわいい姪っ子のみ。 姉貴や義兄さんは、お盆が過ぎたとはいえ、まだまだ夏休み期間中で旅館仕事で忙しいから無理としても、女将の菊代おばちゃんか、誰かが一緒かと思ったのだが、「そうやってすぐ子供扱いする。あたし1人だよ。新幹線だって問題なし!」 元気いっぱいにVサインしてみせるが、小学3,いや4年か? どっちにしろ子供だろうが。 姉貴。ちっとは娘の心配しろよ。一人旅には早すぎんぞ。まさか陽葵の帰還時に俺が送ることを狙いやがったか。くっ、姉貴ならやりかねない。 強硬手段に出るとは思っておらず、対処が遅れている間に陽葵が次の手に出る。「シンにぃどぶ掃除まだかかる? なら、手伝う手伝う! うちじゃこういう事って、あんまりやらせてくれないからおもしろそう!」「まて、ひまり。そのお出かけ着では止めてくれ。姉貴にあとで買わされる」 直接顔を合わせるのは、俺の感覚では半世紀以上ぶり、陽葵視点では一年以上ぶりだってのに、挨拶もそこそこに俺らの作業を見たひまりが助っ人を名乗り出るが、即座にインターセプト。 こいつの魂胆は分かっている。俺の偵察目的と名乗ったからには、まずは周囲からの情報収集って所だろう。 田舎とはいえそれなりの伝統も格式もある温泉旅館の一人娘。 まだ小学生とはいえ、多数のリピーターを確保して、地方記事にたびたび取り上げられるミニ看板娘のコミュ力を侮る気なんぞ一切無い。 ただあからさまな妨害は、こいつの後ろに控える黒幕な姉貴に余計な不信感を抱かせる。 とりあえず速攻で脳内プランを立て直し、対実家用に前から考えていた対策を追加する。「大磯さん! すみません。ちょっといいですか」「ほいほい。問題発生みたいだね」 闖入者とエンカウントしていた俺をちょっと離れたところで見ていた大磯さんを呼んで、こっちに来てもらう。 興味津々という感じだが、陽葵がまだ子供で良かった。これで女子高生辺りだったらご近所様に怪しげな噂をされかねない。「こいつ、うちの姪っ子なんですけど覚えてます?」「あー。ひまりちゃんだっけ? 大きくなったねー。前に社員旅行でお世話になったけど覚えてるかな?」 この業界特有な腰痛がやばい社員が多いのはうちも変わらず、そこを見越した姉貴が、嫁ぎ先の温泉旅館の割引券攻勢やら団体割引サービスなどで、うちからもリピーターを確保していやがる。「覚えてる大磯のおねーちゃん。シンにぃの先輩さんでしょ。いつもシンにぃが、無茶ばかり言ってご迷惑をおかけして申し訳ありません。ありがとうございます」 姉貴仕込みの礼儀正しさを発揮するのはいいが、陽葵よ。小学生姪に、その手の挨拶をされる叔父の社会的地位を気遣う気持ちは持ってくれ。 遠巻きに見ていた後輩共もしっかり聞き耳は立てていて、なにやら気持ちは分かるという表情で頷きやがってるし。「三崎君だからねぇ。三崎君ちのお姉さん、ひまりちゃんのお母さんも、とんでもないことしでかしてないかって、心配してよく連絡くれるよ」 陽葵の目線に合わせてしゃがみ込んだ大磯さんも、陽葵に負けないにこにこ顔で、さらっと俺にダメージの入る精神攻撃を繰り出しなさる。 この2人、どちらも年配者受けの良いじじばば殺し。シンパシーみたいなもんでもあるんだろうか。 このままニコニココンビに、暴露大会でも始められたら叶わない。「俺もこっち終わるまで手が空きませんし、その間はひまりが手伝いたいそうなんで、服装どうにかしてそっちの手伝いに使ってもらえますか」 まずは陽葵のご希望通り手伝いの手配をする。 とは言っても、さすがに小学生にコンクリートの蓋をはずしたりする力仕事メインの男衆の仕事は危険って常識と、こっちである程度は、陽葵経由で姉貴やら実家に伝わる情報を操作するために、大磯さんらと一緒にさせるのが、まぁ無難だ。「オッケー。着替えはさすがに無いから、ちょっと熱いかもだけど、倉庫にあった雨合羽を羽織って予備の軍手があればいいかな」「頼みます。戻るならついでに、アレも持ってきますか」(リルさん天候操作、雲を薄めて日射し強めに)(畏まりました。天候調整を開始いたします) 大磯さんに提案する裏で、リルさんに連絡を取って、雲で陰らしていた真夏の日射しを召喚。 雲が切れて真夏のぎらぎらした直射日光が差し込み、一気に気温が上がって来る中で、すかさず、「竹内会長! 日が出てきたし、一度休憩入れませんか!? うちの会社から差し入れでおしぼりやら飲み物も冷やしてあります」 こういうイベント事でご近所への気配りを欠かさない社長の命令で、近所の潰れた飲食店から仕入れた型落ちの業務用プレハブ冷蔵庫に、飲み物やらほどよくぬらしたタオルが冷やし済みだ。 いつもなら秋口の清掃が、真夏に繰り上がった段階で、熱中症対策に手配済みの社長はさすがの一言。「白井社長からか悪いね。あとでお礼を伝えてもらえるかい。あと今度また一緒に飲みに行こうって」 いくら日が陰っていたとはいえ、炎天下の作業が続いていて、皆様方少しへばり気味だったので、俺の提案に異論が出るわけも無く、竹内町内会長の快諾に参加者の皆さんからは歓声があがる。「カナ! 悪い。そういうことだから何人かつれて取り入ってもらえるか!」「ういっす。んじゃ羽室先輩高校生組、借ります」「おーいけいけ。俺らは腰がやばい」 休憩と聞いた瞬間、座り込んだ羽室先輩やらご近所では若手でも四捨五入すると30、40代組と、立ったままの高校生含めた20代組のフットワークの差が顕著だ。「じゃあちょっと取ってくるね。いこうかひまりちゃん」「うん。シンにぃの仕事場って、初めて見るから楽しみにしてたんだ」 大磯さんは、陽葵やら後輩連中を引き連れ会社の方へと一度戻っていき、参加者の皆さんが日陰に入ったり、座り込んで休憩に入るのを横目で見てから、俺は集団から少し離れる。 今回の奇襲の黒幕へと連絡を入れる為だ。 仮想コンソールを立ち上げ、回線を接続し姉貴の嫁ぎ先みさきや温泉旅館の予約状況をまずは確認。 地元じゃそこそこの伝統を誇るみさきやと、俺の名字が一緒のは何のことは無い、そこの若旦那はじいちゃんの兄貴の孫で、はとこに当たる親戚筋。 名字を変えなくて楽だから、義兄さんのプロポーズを受けたとか嘯くが、結構大きくなった陽葵もいるってのに、未だ時折夫婦水入らずデートに出かけている姉貴の言い訳は無理がある。 個人端末に繋いでも、日帰り温泉もやっているので昼前じゃ出ないだろうから、旅館の予約専用回線に繋ぐと、『お電話ありがとうございます。みさきや温泉、あれシン君じゃ無い。お久しぶりね。ひまりお嬢さんはもうそっちついたのかい?』 仮想ウィンドウに映るのは仲居頭の加代ばあちゃん。 こっちの顔は表示されていないんだが、アドレスから通信相手が俺だと分かると、皺なのか苦笑なのか判断しづらい笑顔を向けてくれる。 俺もガキの頃に何度も遊びに行っていて、その頃から仲居頭をしている人だが、さっきの陽葵に対する大磯さんじゃ無いが、未だに子供扱いされかねないので、こっちの顔は映さなくて正解だったな。「来ました来ました。俺は聞かされてないってのに。小学生を一人旅させるなって、そちらの親御さんに説教したいんで、姉貴を出してもらっていいですか」『はいはい。若女将! やっぱり来ましたよ! シン君から!』 保留画面にも切り替わらず、画面の向こうでばあちゃんが席を立つと、すぐに仕事着である着物姿の姉貴が顔を出す。待機してやがったな。『シンあんた昼前の忙しい時間に予約回線に連絡しない。あと姉ちゃんと話すなら顔くらい出せ』 「今は外だっての。姉貴もご存じの通りどぶ掃除中だ。狙いやがったな」『そりゃそうでしょ。守秘義務とかぬかして不義理果たす弟を捕まえられる千載一遇の機会なんだし』 俺のかまかけに、悪びれた様子も無く姉貴は答える。やっぱりか。 現在時間流遅延状態の地球上と、時間の流れが違う宇宙側と行ったり来たりしている関係上、どこから齟齬をかぎつけられるか分からない事もあり、俺のスケジュールは家族相手でも極秘事項。 羽室先輩経由常連客になってくれているOG路線か、それとも市内一斉のどぶ掃除を伝える市の広報経由か、その両方か。とにかくこの時間に。ここに陽葵を送り込めば確実に俺が捕まえられると読んでたな。 「それでも手段は選べ。ひまりに一人旅させるなんて何を考えてんだ。義兄さんが心配しすぎで心労で倒れんぞ」『昨日から五月蠅かったから丁度いい。旦那もいい加減に少しずつ娘離れしとかないと、ひまりが反抗期に入ったら胃が死にかねないし。お義母さん、女将もむしろ見聞を広める良い機会だって大賛成してるから問題なし』 姉貴の口ぶりからして義兄さん既に寝込んだ後っぽいな。菊代おばちゃんも敵に回っているから義兄さん孤立無援か。マジで申し訳ない。「それより問題はあんたよ。あんた! シン! 姉ちゃんに隠してることあるでしょ!」 こっちの文句などぶった切った姉貴は、怒髪天な鬼の形相でマジギレをかましてくる。 思わずびくりとし身震いしてしまうのは、年のちょい離れた姉貴を持つ弟の悲しい性なのだろうか。「あのな、こっちもいい大人だぞ。家族に言えないことの一つや二」 のらりくらりと躱そうとするが、姉貴はそれを許さない。『あんたの場合一つ所か、いつも山積み! しかも今回は極めつけ! 隠し子!? エリスって子の見た目から逆算したら、生まれたの大学の頃でしょ! 親族会議でつるし上げられる前に、アリシティアさんの親御さんに土下座しにいくから、今から頭丸めてきな!』 いや姉貴よ。一気にまくし立てるな。もう少し駆け引きしろや。 あとアリスのご両親は、限りなく死亡に近い行方不明状態なんで、物理的に無理だっての。 こっちのプランを徹底的に破壊して、一気に結論まで持って行く一気呵成な総攻撃は姉貴の得意技だが分が悪すぎる。 しかし予想通りというか、最悪というか、羽室先輩発信、OGのお姉様方経由で、一番やばいところに情報が行きやがったな。 エリスの顔ばれは、娘様が美月さんらに仕掛けたときの映像あたりが出所か。 さて、ある意味で一番厄介な所に漏れた極秘情報に対して、俺が打つ最善の手は、「あー分かった分かった。それかよ。エリスは確かに俺とアリスの娘だよ。ただ生まれたのは、えと……まだ”一年”も経ってないぞ」 顔を見られながら伝えたら、姉貴相手だと100%ばれる可能性があるが、声だけならば何とかごまかせると信じて、呆れ声で伝える。『……どういう意味』 眉間に皺を寄せ不審顔の姉貴の反応は、1:9くらいでまだまだ分が悪い。だがそれでもこっちの話を聞くモードにはとどめられているようだ。 なら。そこでさらにだめ押し。「だから言葉通りだって。まぁ丁度いいや。今日のお客さんらに先行公開する予定だったから、ついでにひまりと姉貴らにも顔合わせ出来るように会社に頼んどくから。とりあえずどぶ掃除が今日は優先だ。二時間くらい後でまた連絡するから、空けといてくれ。出来たら義兄さんと、あと親父とお袋も摑まるなら、たのまぁ」 ピンチはチャンスなりってか。 姉貴だけでもやばいのに、さらにやばい親父も召喚することで、後ろめたい所は無しというアピールをぶちかます。『シン……あんた、またとんでもない嘘ついてないでしょうね』 向こうからは映っていないはずの俺の内面を見透かすかのように、じと目を飛ばしてくる姉貴はまだ半信半疑って所か。 マジで家族からの信頼度低いな俺。「ついてないついてない。ちったぁ弟を信じろよ」 そう俺は嘘は言っていない。何一つだ。 エリスは俺とアリスのかわいい娘。こればかりは否定しない。 否定しちゃいけない。 例えそれがごまかすためだとしても、本心からでも無いとしても、例えこの問答をエリスが知らずとも、一生知ることが無いとしても、エリスを思えば、否定しちゃいけない。 そして俺自身の根っこから譲れない部分だ。 だけどそれ以外は臨機応変に。 つまりは一切嘘はつかずに、相手を騙す。 そう。時間流が停止状態から遅効状態になって極めて遅い歩みを進めている”地球時間”で考えるならば、娘様が生まれたのは、確かに一年以内なんだからな。 嘘は言ってないと胸を張れるってもんだ。