創天とフォルトゥナ。 本社モードを展開した創天が伸ばした埠頭アームを接続されたフォルトゥナからは、表層部の移動用軌条を埋め尽くす幾百もの流星が流れ落ちてくる。 その明かり一つ一つが旅客カーゴであり、上陸希望第一陣合計一万二千ものフォルトゥナ搭乗員、そして今回のイベントバトル最大のボスキャラであるシャルパ率いる特別査察官チームが乗っている。 降り注ぐ流星雨に対して、こちらから上っていくカーゴ。龍勢はただ一つ。 ただ一つ逆送する小さな光点は大海に投げ込まれた砂粒のように、あっさりとフォルトゥナに飲み込まれ姿が見えなくなる。 普通ならば不安を覚えるほどに儚くか弱い戦力差。 だがアリシティアの心に、不安という存在はあっても、そこにネガティブな要素は一切の欠片さえ含まれない。 相手が強大。しかも二大ボスは、アリシティアの事をよく知る従姉妹と、呼ぶのは癪だが師匠っぽい性悪羊。 こちらは愛娘の粗相という大ピンチに加えて、物資の少なさ故に法的にちょっとばかり極めてダークよりなグレーゾーン案件をいくつも抱え込んでいる状況。 勝ち目は少ない。だが言い換えれば勝ち目だってある。 ならば楽しむだけだ。この攻略激ムズな無理ゲーを。 自分は、自分達は、ディケライアは、火星の人々は負けない。 パートナーが持つ逆境を楽しむ性癖を、悪癖だとなんやかんや文句は言いつつも、とうの昔に感染していたアリシティアにとって、先ほど大海に飲み込まれた砂粒は砂粒にあらず。 たった一粒で塩っ辛い海を、甘いシロップに変えてしまう劇薬だ。 「リル。どーせシャルパ姉の乗ってくるカーゴって最後尾でしょ?」『はい。搭乗リストでは、シャルパ特別監察官およびチームご一行の乗るカーゴは最後尾となっておりますが、よくおわかりになりましたね』「とーぜん。あの性悪羊のことだからシャルパ姉を、シャモン姉に認識させて揺さぶりかけてくるはずだから。ふんだ。そんなぬるい手で揺さぶりが出来ると思っている段階で負け確定。ざまーみろ」 天に浮かぶ純白の外装が勝ち誇っているようにも見えてちょっとむかついたので、楽しげな笑顔を浮かべたまま舌を出してあっかんべーと勝利宣言代わりの挑戦状を叩きつける。 どうせあの性悪羊の事だ。アリシティアが姿を見せていれば、不安げな表情を楽しんでやろうとこちらに船外カメラに合わせてのぞき見しているはずだ。「当ての外れた性悪羊のむすっとした顔が見られないのが残念かなー」 カウンターをたたき込んでやったアリシティアは、矢継ぎ早の連続攻撃とばかりにと、頭のうさ耳を勢いよく振り回しながら、声が届かなくても何を言っているかわかりやすいように、口の動きを見せつけて煽ってさえみせる。 直接通信を繋ぐことも出来るが、相手を煽るなら言葉よりも、わざとジェスチャーやら遠回しにした方が、ヘイトが稼ぎやすい。これはあの仮想世界で学んだ経験の一つだ。『わざわざ外部から観測されやすい展望公園に陣取ったのは、このためでしたか。三崎様達が苦労するのでは』 底意地の悪いレンフィアなら、出迎えの挨拶代わりの軽い気分で、三崎達に致死性の罠でも仕掛けてくるかもしれないが、それでも信頼する家族2人なら大丈夫だと太鼓判を押す。「平気平気。シンタならどんな状況でも楽しんでくるだろうし、シャモン姉が一緒でしょ。いざとなったら、あんなくす玉ごときパッカって割って返ってくるから」 対照的にアリシティアの横で緊張した面持ちが抜けないカルラは、重力制御によって安全とわかっていても、視界を埋め尽くしのし掛かってくるかのような重圧を覚える、接舷状態の衛星クラス艦の大きさに圧倒されていた。「いくら姉さんでもさすがにアレは……」 数キロサイズの小衛星程度ならクラッカー感覚でたたき割る姉だが、いくら何でもさすがに最新鋭の要塞用外装を持つ恒星間航行艦を単身でどうにか出来るとは思えない。「それが出来るからあなたたちは特別なんだって。さてと、でももう1人できるお客様が御搭乗か……」 カルラの心配を軽く流したアリシティアは睨み付けていた天のフォルトゥナから、目の前に意識を向け直す。 あっちはもっとも信頼するパートナーに任せた。相性の問題で言えばそれが適任。 だけどこちらが楽できるわけではない。相手は姉と呼んだ人であり、その部下には社長としてのアリシティアの手腕に疑問を覚え一度は見限った元社員達も多い。 デバフの入った状態での戦闘。だけど恐れることは無い。不利な状況下での戦闘? そんな物はいくらでも超えてきた。こっちの成長を見せてやるだけだ。「難癖つけられないようにしっっかりいくよ。リル。全お客様にフル検疫実行指示。同時に飽きさせないように特別惑星滞在用チュートリアルスタート」『はい。全カーゴに対して検疫システムを開始。星系連合特例惑星法に基づいた個別滞在プランを提示。選択肢レベルVIPクラスを標準とし、火星環境非適応生体のお客様向けにナノセル義体のプライベート設定をご案内いたします』 基本的には、恒星間航行技術を持たない知的生命体が住む星は、星系連合では原始文明惑星と定義し、学術研究目的以外の接触は禁止されており、生身での接触も禁止されている。 しかしこれにはいくつかの特例が存在していた。 原始文明惑星近隣航路で起きた、何かしらの事故や事件の事態収束のための間接的な接触や、非合法組織による希少生物や希少鉱物を狙った違法な漁や採掘に対する取り締まり目的での惑星降下等。 これらは現地知的生物に察知されないように秘密裏に行われることも多く、やむを得ず接触した際は記憶消去などの手段を取ることもあるが、規模としては極めて小さい事例。 それらとは別におおっぴらに接触できる例もいくつかあり、代表的な例としては自文明としては星系間航行能力や技術を保有していないが、星系連合設立以前に、銀河帝国時代に何らかの干渉や生体改造が行われたとはっきり証明できる原始文明や生物への接触案件となる。 未開惑星接触法においては地球および地球人類はこの後者に当たる。 かつて銀河帝国に対する反抗勢力であった反乱軍をその主な出自とする星系連合の根幹に通じる。 戦力的には比べるべくもない弱小組織であった反乱軍が戦力差を覆す為に取った戦略は、星間航行権利の有無や生殖制限など階級事に定められた厳密な身分制を敷いていた帝国に対して、対等な同士として帝国に隷属させられていた種族を迎えるというものであった。 当時使い捨ての生体兵器として用いられていた戦闘種族などを仲間に引き入れるための選択であったが、それが遙か未来に、地球人への特例を認めさせるための事例として、意地の悪い男が掘り起こしてくるとは当の幹部達も思いもしなかったことだろう。「検疫が終わり次第、火星に降下予定のお客様はそれぞれの滞在区域にご案内。クカイに環境管理はお任せで。サラスおばさんは都市部観光担当。イコクは工場地域物資補給案内担当。イサナさんは大分広いけど海洋全域担当。ノープスおじいちゃんは次元門跳躍影響のデータまとめ飲酒可で。ローバーとあたし、それにカルラで基本査察に対応。担当部署はそれぞれ副部長クラスが補佐で対応。必要になった各部長に繋いで」 既に事前に決めており、それぞれ各所に散らばっているが、担当の割り振りをあえてアリシティアはもう一度全社員向けに口にする。 査察には全社あげて対応が最善だろうが、それを選べる人的余裕などディケライアには無い。 査察と同時に休養目的で降りてくるフォルトゥナ搭乗員、そして多数の異次元跳躍ナビゲーターディメジョンベルクラドの卵達。 これらの攻略も同時に成し遂げなければ、ディケライアには、地球には未来は無い。 多数展開したモニターには、創天管理区域へと入ってきた各カーゴと搭乗者達のデータが目まぐるしい勢いで流れていく。 第一陣は約12000名。それが第二七陣まで続き最終的には50万もの者達が創天や火星に来訪することになる。 しかしこれでもフォルトゥナ全乗員の1割強。現実を最上とする銀河文明において、本物の惑星という魅力をプラスしても、まだまだ降りるほどの価値は無いと思われている証左だ。 そしてフォルトゥナは銀河中から集まった多種多様な人種が乗る船。今の星系連合を表す縮小図のような人種のるつぼともいえる形態を持っている。 これを満足させなければ、もっと引き出せなければ、これから先の勝ちだっておぼつかない。 困難な状況であろうとも、将来に向けたテストケースとして最適な状況が転がり込んできた吉報と喜んでやろう。それくらい出来無ければ銀河に喧嘩なんて売れるわけがない。「通信機能は最大を維持。追加希望者が申し込みやすいように案内サイトも調整。基本アクティビティにプラスして、細やかな要望に応えられるように。無理そうなら仮想側で対応ね」 現時点での受け入れ最大可能数からみれば余裕があるが、あくまでそれは普通に受け入れた場合の話。生態が異なる為に満足してもらえるだけのサービスが出来るかはまた別問題。 だからあえて銀河文明では代用品扱いである仮想での対応も考慮する。 なぜなら仮想世界は、仮初めであっても、代用品では無く、もう一つの世界だとアリシティア自身が知るが故に。 もう一つの世界だと認めさせずナニがゲーマーか。『未対応環境人種を数例確認。データベースからの情報を元に、滞在環境構築を開始いたしますか?』 かつてのディケライアは銀河を股に掛けた惑星改造会社。そのデータベースには銀河中の主要、辺境を問わず多種多様な人種が好む基本環境データが揃っているが、相手は銀河最大の運送会社バルジエクスプレス。 ディケライアですら実際に対応したことの無い惑星出身の人種がいても不思議では無い。「うちのよりもバルジに当たってから、クカイに対応投げちゃって。バルジ側に基本データ確認してご要望をお伺いしつつ微調整。あとデータとれるなら、調査探索部の誰か1人に仮想で感覚体験してもらって問題点あぶり出し」 しかし慌てず騒がず、あとで情報料を請求されるのを承知でバルジエクスプレスからも情報を受け取るのを含めて基本指示を出す。 以前のアリシティアであれば、自分で自分達だけで何とかしようとしたかもしれない。 出来ることは出来る。出来無いことは出来無い。そんな当たり前の事ですら考えることが出来ず、何とかしようとしていた。 前衛後衛があって職種によってスキルがまるで違い、戦い一つでどんなスキルでもやれることがあると知った、そして自分でも実際にやってみた。 問題が起きないわけはない、起きて当たり前。それを前提条件とし、いかに即座に対応するかカバーするか。起こさないように事前に対処できるか。 予想外のスキル構成のボスに追い込まれつつも対応を考え、対人戦で囲まれていようとも、信じるパートナーがいればスキルをやりくりしてどうにか出来る。 それを仮想世界での実体験として学んできたのだ、理解したのだ。 経験値として手に入れたのだ。これがリアルで無くナニをリアルとする。 その自信がアリシティアを支える。『三崎様達との通信途絶。現在位置を見失いました。こちら側のカーゴが原子分解された事により、ナノセルを用いての再接続に失敗、外部通信からクラックを開始し通信復旧を試みます』 パートナーたる三崎との連絡が途絶。しかもリルの報告と同時にいつも感じている三崎の気配がいきなり感じられなくなっても、動揺なんて生まれるわけが無い。生まれる道理が無い。 「ふんだ。揺さぶりのつもりでしょ。その程度であたしとシンタがどうこうできると思わないでよね。どうせ向こう側から挨拶代わりにこっちの懐を探ろうってクラックが来てるでしょ。シンタ達の方は良いから、リル、あとメルもちょっと遊んでやって」 可動埠頭によって物理的に繋がった段階で情報戦はさらに激化している。 こちら側がやったように、フォルトゥナ側も相手側の管理区域に正々堂々と送り込めるカーゴを体の良いトロイの木馬として用いている。 だから相手陣営に飛び込んで三崎達の行方を探るよりも、こちら側の情報防衛を優先。下準備も出来ていないのに心配して向こう側に飛び込むなんてそれこそ相手の思うつぼ。 あくまでも勝負するなら自分のフィールドで。 帝国が誇った天級制御AI二つ相手にどこまでやれるか見てやろうと、がっつり受けて立つ方を選択する。 『ういさっ! なるほどなるほどなるほど。これが今の銀河の最新鋭AIの坊やお嬢ちゃん達ですか。お上品なことで。おねーさんが面白可笑しく童貞狩りをしてやがりますよ!』『メル。やり過ぎて貴女の劣化模造品を量産をしないように。あとで天文学的な賠償金を請求されかねないので』 送天が転移門形態に変化し活性化した影響をAIも受けているのか、いつもより2割増しのハイテンションで軽口を叩くメルを、リルが注意する。 しかし彼女たちの主はさらなる燃料を注ぎ込む指示を出す。「甘いリル! メル好きにやっちゃって! サラスおばさんに最大限の弁償金を取れるように請求書作成を頼んでおいて。カーゴ内には火星さんの希少な生成物や手製工業品が入っていたって目録もつけちゃおうか。ふふんだ。ちくちく地味な嫌がらせしてやるんだから!」『いいねいいねあっちゃんさすが! ヒストリー加えちゃうよ!』 相手から見れば端金だろうが、レンフィアの守銭奴的性格に地味に刺さるちくちく攻撃を、過去の様々な屈辱への憂さ晴らしを兼ねた三崎への援護攻撃として繰り出す『カルラーヴァ様。お姉様方の検疫が終了しましたが、どうなさいますか?』 実に楽しげに悪巧みをはじめた1人と1AIの主従に対して、リルはあきらめてカルラに指示を仰ぐ。「……乗艦許可を……すみません。叔母様が叔父様とコンビなんだなって、それにエリス姉さんのお母さんなんだって改めて実感してました」 カルラの知っている普段のアリシティアは時折子供っぽいところはみせてはいたが、それでもここまで逆境において楽しげに笑う好戦的な性格をしていなかった。むしろそのコンビである三崎に呆れている表情の方が覚えがあるほどだ。 だけど今の姿は、負けず嫌いな所はエリスティアにそっくりと思ってしまった。『彼の地には朱に交わるという表現があるそうです。そういう意味ではボス戦時のアリシティア様は真っ赤に染まってますね』「ふふんだ。自分の血じゃ無くて返り血だけどね。オッケーリル。監察官ご一行はこのままここまでご案内。カルラ駅までお出迎えにいきましょ」 あまり良い意味で使われない表現であるが、むしろそれを勲章のように誇ったアリシティアは、テンションに任せてボスとの接触イベントへ一気にスキップさせる為に展望公園駅へと先陣を切って歩き出した。 駅について数分後。創天の標準カーゴよりも二回りは大きく、長い10連結式の新型カーゴが音も無くホームへと滑り込んでくる。 いざというときには星間程度の距離なら移動可能な緊急ポットとしても用いる事の出来るカーゴの銀色の車体には傷1つ無く、リルのセンサーですら内部構造を見通せない防諜機能を完備しており、製造メーカのロゴはあるが、カタログで見たことが無く特製品らしい。 停車後すぐにカーゴの搭乗口が開き、整然と足並みを揃え、多数の人々が降りてくる。 彼らはフォルトゥナの搭乗員では無く、あくまでも唯一の乗客達として、銀河の辺境も辺境に属するこの星系まで訪れた。 ディケライアの法律違反をあぶり出し、その活動を停止させ、地球を管理する権利さえ、星系連合の物へとする事。 星系連合からの注意では無く、全権委任された惑星特別査察官が実際に査察に来るという事例は、目をつけられたという事はそういうことだ。 人種によって形状の違いはあるが揃いのダークブラウンの制服に身を包んだ監察官達がホームに並び、その先頭に立つのは隻眼犬。 その背後に並ぶ中にも見知った顔がいくつも見て取れる。 片目が潰れたひどい傷を残したまま硬い表情を向けてくるディケライアの敵に対して、アリシティアがまずすべき第一声は……そんなの考えるまでも無かった。「乗艦許可をいただきありがとうございます。星系連合惑星特別」 他人行儀な挨拶なんて受け付けないという断固たる意志を発揮してインターセプトを仕掛ける。「お帰りなさい、シャルパ姉、みんな。元気にしてた?」 例え敵であろうとも、彼らにもう一度会えた時にはすると決めていた笑顔で迎えてみせる。 強くなった自分を見てもらうために、見せつけるために。