銀河史にディケライアという名称は特別な意味を2つ刻んでいる。 互いの存在を古代より認識し、技術の発展と共に、交信を交わし、やがて宇宙空間へ進出しながらも、実際に出会うには、光でも数年単位で離れた距離は遠すぎるいくつかの初期宇宙文明が存在した。 数世代の交流を重ねる内に、やがて1つの文明が、とある特殊能力に目覚めて、しばらく後に初めて超空間跳躍航法の開発に成功する。 彼らは、星々の海を渡り、地上資源が枯渇し困窮していた星には、無人星系から数百年分にも相当する資源衛星を運ぶ計画を共に立て、また文明の発展と引き替えに産み出した汚染によって苦しむ星には、知恵を寄せ合い惑星規模の浄化装置を共に作りだし、人口爆発によって収容限界を迎えていた星には、手をさしのべ、未だ知らぬ未知の星域へと共に歩みだした。 彼らの思いはただ1つ。 唯々遠くを。 未だ知らぬ何かを。 未だ出来ぬ何かを。 未知を知りたい。未知を克服したいという、いわゆる好奇心によって突き動かされていたという。 その勢力は好奇心のままに、精力的に銀河全域を探索し、出会った初期宇宙文明を次々に併合して一大帝国を築きあげる。 銀河史において初の銀河統一国家の誕生。 中心に存在したのが、初めて超空間跳躍航法技術を確立した文明の長にして、極めて優れた多次元空間認識能力を持つ一族。銀河帝国皇家ディケライアである。 だがその長き治世で、おごり高ぶった皇家、帝国中枢は、未知を求め、惜しげも無く分け与える者から、変化を嫌い、奪い支配する略奪者へと変貌していく。 やがて帝国は、ディケライアは知る。この宇宙の終わりを。そして自らの始まりを。 だが既に初期理念よりかけ離れた皇家は、最悪の選択肢を選び、故に帝国は崩壊を迎える。 支配者たる銀河帝国への抗議運動が同時多発的に発生し、過激化した争乱へとなり、帝国軍と複数の勢力に別れる反乱軍が入り乱れる銀河中央域での激しい戦乱。 通称銀河大戦の発生である。 初期は銀河中枢域要所での有人艦隊による局地的な会戦だったが、規模と被害が1会戦ごとに肥大化し、ほどなく中枢全域に広がり、無人特攻艦隊が流星雨のごとく星へと堕ち都市部をなぎ払い、その報復によって恒星破壊兵器による星系壊滅さえも躊躇無く行われるほどの殲滅戦へと至るまでになった大戦乱は、いつ終わるとも知れぬ地獄を産み出す。 銀河を繋ぐ細かなネットワークを築きあげた恒常跳躍門群は、その支配を巡った争いの中で相次いで破壊され、数え切れないほどの惑星、恒星との連絡、流通網は途絶。 それによって、戦乱の主な戦地となった中央宙域のみならず、戦乱から逃れた避難民で溢れただでさえ困窮していた開発初期段階であった広大な辺境域のあちらこちらで、居住コロニー、人工恒星、重力制御衛星が、収容人員過剰、長引く戦乱による人材、資材の枯渇、電子ウィルスによるメンテナンスユニットの暴走や情報破壊等、複合原因による機能停止や暴走故障を起こし始め、惑星規模での異常気象や星体崩壊さえも起こり始めていた。 だがそれでも中枢領域では戦乱は続き、ついには指導部が滅びようとも敵壊滅を絶対命令として与えられた人工機械軍が形成される有様となっていた。 そのあまりに醜く、そして深い憎悪をぶつけ合う戦乱に見切りをつけ離脱する者達が、帝国、反乱主流軍の両者から現れ、果てには皇家からも幾人もの離脱者が生まれることになる。 領地の民と共に新たな国を立ち上げた皇族もいれば、昨日まで敵として相対していた反乱軍と独断で講和を結び、周辺復興を始める地方軍等々、今の銀河でも名を知られる国家の礎がいくつも築かれていった。 そんな改革者達の先駆けとなったのは、帝国皇家直系の皇女である。 戦乱を悪戯に広げる父皇に絶縁を突きつけた皇女は、銀河帝国最大戦力である恒星系級侵略艦天級の船体を用いて建造された、複数星系を同時に改造可能とする能力を持つ最新鋭恒星系級惑星改造艦【創天】を奪取。 討伐隊として派遣された一部の帝国親衛隊さえも味方に引き込み、中枢星域を跳躍離脱し、辺境域へと去って行った。 創天の力を用い、滅亡を待つだけであった辺境の星々を救い、多くの命を助けるという、初期理念を取り戻した皇女達の活動は、銀河帝国の次に生まれた統一組織星系連合統治時代には、銀河最大の惑星改造企業ディケライア社として鳴り響いていくことになる。 この世の春を誇った両者。 だが帝国としてのディケライアは既に滅び、惑星改造業界の雄であったディケライアも倒産間近の泡沫弱小企業へと落ちぶれた。 それでもディケライアという名は、そしてその名を持つ一族が持つ力は、良くも悪くも、未だ一定以上の力を持ち続けている。 皇帝を頂点とし中央集権型の政治構造であった銀河帝国に替わり、新たな銀河の統治機構となった星系連合は、その名が示すとおり、星系ごと、もしくは惑星単位でそれぞれに独立した小さな政府が集まって出来た連合議会制となっている。 故に各国を代表する議員達も、外見のみ成らず、生息環境域や、時間感覚も多種多様に溢れていた。 意志持つエネルギーとも呼ばれる、銀河最速の光速思考を可能とする光粒子生命体アルゴス人。 超重力惑星を故郷とし、知的生命体の中で最も生命力と硬度が高く、その代償として、1つの物事への思考速度が数年単位となるクライドロスベルタ。 銀河全ての種族と生殖行為を可能とする遺伝子自由対応能力で知られたペディアン人。 脆弱な自らの肉体を停止空間へと封じ、仮想世界には精神体を、実世界では航宙艦を己が身体とするトレーダー種族ランドピアース。 緊急招集された星系連合議会が開催されるまでの僅かな時間、星間航行技術を持つ宇宙中の知的生命体達の代表者である連合議会議員たちは、仮想空間上に設けられた連合議会本場のあちらこちらにグループを作り、雑談という名の情報収集にいそしんでいた。 住まう環境は元より、感じる時間の流れさえも違う彼らが同一の場で意見を交わせるのは、ここが仮想空間であるからにほかならない。 時間の流れさえも自在に操る銀河文明は、全ての種族が公正に話し合えるようにと、基本時間流速度を設定し、それぞれの種族がそれに合わせ集っている。 実際に顔を突き合わせるのは仮想空間ではあるが、彼らの実世界の本体もまた同一星系へと集っている。 そこは銀河座標の中心。隆盛を極めた銀河中心域の心臓部。 かつて帝国本星が有った星系であり、帝国軍本体と反乱主軍が最終決戦を行い、全ての要塞惑星と共に壊滅し、今は唯一残った恒星を包み込むダイソン球殻だけが残されたポイント0宙域。 二度とあのような悲惨で実りのない戦いを産み出さないようにと、いまも周辺域に残骸が浮かぶ中に設けられた、犠牲者を弔う墓標であり、モニュメントとして、ここにリアルの星系連合議会が設けられていた。 もっともその議会で話し合われるのは、何時も大体決まった議題に限られている。 星系連合は、表面的にはそれぞれの政府の独立性を尊重する寄り合い所帯。 帝国系と反乱軍系と辺境系と大別されるが、その中にもいくつもの派閥があり、時には地政学的に、派閥を越えて手を取り合い、時に同派閥内でも政争をうむ原因となっている。 だがどの政府が、別星系と揉めようが、自分の領域でどのような活動をしようが、それが銀河全域や、無関係の他星系へと影響を与える物で無ければ、積極的には動かず、当事者達から仲裁要請があれば干渉する程度だ。 これらは銀河全域であまりに大きすぎる力を忌避する考えが、主流となっているからに他ならない。 銀河帝国として1つに纏まってしまったから、そして反乱軍としてまた巨大な力が生まれたがゆえに、あの戦乱は銀河全域で広がった。 だから集まらなければい。 むしろ他星系との交流は閉ざし、直接には関わらなければいい。 恒星間航行能力を封印して、かつての交信程度に留めるべきだという極端な考えさえも、ある程度は受け入れられているほど。 だがそれでも関わりを続けるのは、他ならぬ銀河大戦の爪痕が今も残っているからだ。 あの戦乱により、当時の居住星系の90%近くが何らかの損傷を受け、そのうちのさらに30%は、ここポイント0宙域と同様に、恒星、惑星ごと、この宇宙から消滅している。 母なる星を失った住民達の中で、似たような環境の惑星に移住できた者など一握りに過ぎない。 一時的に肉体をコールドスリープし宇宙を彷徨った種族もいたが、急造された故にシールドが不十分で宇宙放射線の影響で、種族全てが遺伝子に悪影響を受けた者達や、物資不足から食料や修理素材へと原子変換する対象として抽選で選ぶ種族などさえもあったという。 精神体の構造やその維持技術が編み出されてからは、一時的に肉体を捨て去り、仮想世界を住まいとする者達も増えたが、それは能力的に劣る者達の肉体を物資として用いる為の方便。しかもそれさえ、数々の惑星で取り入れられるほどに困窮した苦難の時代 それら種族各々の歴史が、銀河全域での現実を尊ぶ現実至上主義、そして仮想空間を仮初めの物と見下す思想が蔓延する一因となった。 だから星連議会議員は、顔を突き合わせるのは仮想空間ではあるが、その実体は同じ場へと集っている。 実体を近くへと持ってこない者には二心があると思われても仕方なく、事情があって来られない者であっても、その発言力はどこか軽んじられるという事も珍しくない。 ディケライア社を初めとする惑星改造企業の尽力もあり、惑星復興や、新たな星系開発で、戦乱を生き抜いた者達を収容するだけのキャパシティは長い年月を掛けて復活させた今の時代でもその傾向は色濃く残っている。 しかもそれとて多数の人口爆発が起きれば支えきれなくなるほどには、ギリギリの状況は今も続いている。 今住民達が住まう星系も、常に恒常的メンテナンスをし続けなければ、数年で生存環境が激変し、生命体が滅びかねないという危機的状況を抱えている星など数え切れないほど。 物質構造改変技術によって、あらゆる物質を産み出せる銀河文明と言えど、星系で必要とする分をまかなえる物資量とその生産能力が無ければ、どうしようもない。 ましてやレア元素を含む物質ともなれば、いくつかの星系を廻って1つでも見つけられれば御の字という物まである。 そこまでいかなくとも、それまでの採掘や開発で既に星系内では枯渇した資源は、歴史ある星系であればあるほど増えていく。 そしてこの世界には住まう環境が違う種族が、それこそ星の数ほどにいる。つまりは求める物質が違う種族達が。 互いに必要とする資源の交換交易や、時には求める物質が同じが故に、共同での辺境未開発領域開発計画の起ち上げ等。 星を、そして種族を生き残らせるための延命措置を、円滑に行うための交易組織としての連合議会としての重要な役割の1つ。 その中には数は少ないが大戦後も無事に残った恒常跳躍門の維持管理もあげられる。 もう1つ重要な役割として連合議会が求められるのは、無人自動化艦隊。いわゆるバーサーカー艦隊への銀河全域での観測、対処網構築。 自己修復、自己増幅、自己進化能力を基本的に持つ無人AI艦隊は、今も銀河の辺境域で、最終命令である敵の殲滅を達成するために活動している。 主立った大艦隊は連合議会艦隊によって、発見次第殲滅されてはいるが、それより厄介なのは発見が難しい少数の艦によって構成された特殊艦群。 無差別惑星破壊を目的とし、数千、数万、時には十数万年が掛かろうとも、通常空間経由超長距離狙撃を可能とする特殊艦の中には、弾頭として極めて重い中性子星を数ミリの大きさで砕いた物を多数搭載し、それを光速の5%まで加速して防御不能な千発以上の散弾として発射するいう、はた迷惑にもほどがあるコスモクラッシャーなる狙撃船が、しかも複数が確認されているほどだ。 銀河全域の交易網の復旧と、銀河全域に今も残るバーサーカー艦隊への対処。 この2つを達成するためにも、星系連合が、それぞれの派閥が、それぞれの惑星政府が昔から求めているのは、矮小たる人には些か広すぎる広大な宇宙を旅する力。 すなわち多次元感知能力であるディメジョンベルクラドを高いレベルで持つ稀人。 そして銀河帝国のみが作成可能とし、今も出力だけならば銀河文明最大の桁外れのエネルギーを生み出す天級のメイン動力炉であり恒常跳躍門を発生させる六連O型恒星湾曲炉。 その2つを持ちながら、星系連合直属ではない者達が、艦がいる。 現ディケライア社長にして銀河帝国皇家末裔アリシティア・ディケライア。 今のディケライア社が唯一保有する惑星改造艦にして本社たる始まりの船恒星系級改造艦【創天】 非公認記録ながら複数惑星を1万光年超距離で跳躍をさせた恒星系級超質量長距離跳躍実験艦【送天】 そしてそのアリシティアの能力を最大限に発揮させるパートナーにして、銀河帝国最後の実験生物地球人として初めてこの連合議会へと生身で乗り込んできた三崎伸太。 2つの天と2人の人。 この2人を如何に籠絡し、自分達の勢力へと組み込めるか。 もしくは弱みを握り、屈服させるか。 政略、陰謀、買収。武力以外のあらゆる駆け引きが、自らの星の為にならば許される謀略の議場。 それこそが星系連合議会。 ましてや今回の緊急会合は、その件のディケライアに関して開かれる物。 勢力不足で表面的な事情しか知らぬ星。 調査員を送り込んで密かに情報を集めていた星。 非合法なスパイ衛星を送り込んで観察していた星。 そして三崎と内通し、議会開催を働きかけた星。『では皆様時刻となりました。これより星系連合特別招集議会を開催いたします。まずは今回の特別報告を惑星改造企業ディケライア社より行ってもらいます』 各々の思惑と意向が複雑に絡み合う連合議会の開催が、連合議会議長によって厳かに告げられ、数十万の議員達の目が球型議場の中央に注がれる。 もたらされた情報がこの先の銀河の行く末を左右するかも知れないという緊張感と共に、辺境域の創天との通信回線が開かれ、『だっー! エリスが、地球に直接行こうなんて悪巧みするようになったのはおまえの教育が悪いからだろ!』『はぁ!? 絶対シンタの影響でしょ! シンタの腐れ外道成分が遺伝したに決まってる! 第一あたしが気づかなきゃ地球への転位に成功してたんだから、今回はあたしの落ち度は無いわよ!』『落ち度がないだ!? 巫山戯んな! あのやり過ぎな悪趣味ワールドのせいでエリスがどんだけ怖がったと思ってんだ! おまえの資料とか監修はやり過ぎだったろうが!』『なによ! シンタが聞いたんでしょ! 地球にいくの怖がる程度に脅す仕掛けないかって! 採用したのはシンタじゃん! それを私の所為にしないでよ! やーいエリスに大大嫌いって言われた八つ当たりにしても、論理的に破綻してますよ! おーほほほヘイト管理ミスって! プレイヤースキルが錆びついたんじゃないの!』 『勝手に大1つ増やすな! 大っ嫌いだ! ぜってー泣かす! あとでハイスラでぼこる!』 激しい言い争いをしながら、互いの頬や耳を引っ張るあまりにも低レベルの喧嘩が議場中央に映し出され、議会場には先ほどまでと違った意味での沈黙が訪れた。 今宵ディケライアの名前はまた新たに銀河史に刻まれる。 それぞれの星の思惑によって陰謀が色濃く渦巻く星系連合議会本場において、初の極めて私的な争い。 すなわち濃過ぎるにもほどがある『夫婦喧嘩』を行ったカップルとして。